Nicotto Town


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꙳アーヴァン・ランス×エル・ハック

投稿者:うるるん


1コメお願いいたします(* ॑꒳ ॑* )



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2025/05/02 22:09
風に当たる、そう言った俺は再び頭の中で現状の整理をしながら屋敷のバルコニーへ向かった。
エルはアーヴァンの暗殺計画を阻止して彼の命を救いたい。彼や自分のためではなく"この街のみんな"のために。
アーヴァンは自分が狙われている事は知らないが、エルの正体には気が付いている。けれどエルが好きだから捕まえないまま彼女を野放しにしている生温い男だ。
そして暗殺計画を企てているのが貴族の連中…そうえばこの一家も関わっていると言っていた。つまりコーディ家…?いや、というより主人であるアリアが関わっている可能性が高い。
(あ゙〜クッソ、イライラする。)
光が入らない濁った瞳で遠い空を眺める。
(始めは、エルに協力したいと思った。大好きなエルの頼みだから、エルがそれで嬉しいならって…それに、幼馴染が無事に助かれば『一緒に帰る』と言ってくれたから。)
でも気は変わってしまった。エルに向けるあの視線を見てしまったから。エルは優しい天使様のような人だからあんな奴救おうとしているけれど、結果的にはアイツが居なくなれば、すぐに俺と一緒に帰ってくれるって事だろう?そうすれば、俺を、ようやく俺をその瞳に映してくれるはず────

「ア、アリア様‼︎」

足音が聞こえていたから、俺はすぐに好青年として対応した。誰かと話す気分では無かったが、これは好機だ。
『ありがとうございますっ』とガウンと受け取り、寂しげな子犬のような表情を浮かべ、視線を下へ向けた。

「実は、アーヴァン様の…ことで。
 我がロバーツ家は貴族派です。今回も貴族派の皆様のお力になるようにと、父から仰せつかったのです。
 ですので、出来ればアーヴァン様とお話し合いが出来たらと思っていたのですが…どうにも、難しそうで…」

俺息を吸うように嘘を吐く。そしてアーヴァンと対立しているが、これ以上一人では何も出来ない弱者…アリアの駒になれるような青年を装って見せた。
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2025/02/12 15:59
2人が何を話しているのかは分からなかった。しかし少しずつ曇るリアムの表情が気になってしまった。アーヴァンが彼の気に触れるようなことを言うはずがない。他の人には分からないリアムの細かい表情の変化に、アーヴァンも気づいていないだろう。
少しすれば、リアムはアーヴァンから離れ、1人部屋を後にした。彼を追いかけようとしたとき、先にアリアが後を追うように部屋を出て行った。そのことに気を留めるよりも、ここで自分が追いかけたって、リアムの正体と私の正体がバレてしまうに違いない。面と向かって彼と話せる環境にならないと判断し、リアムを追わないで、その背中を見届けることしかできなかった。

再びアーヴァンの方へ目を向ける。彼は自分が伝えた通り、ワインを片手に会食を楽しんでいるようだった。

____________________________________

アリアは部屋を出て行くリアムの姿に目を止めていた。彼の地位も経歴も容姿も、申し分ない。気づけば私は彼に興味を持ち始めていたのだ。彼と2人きりで話がしたい、そう思っていた矢先に彼が1人で部屋を後にしたのだ。これは好機だ。私はすぐに彼の背中を追って部屋を後にした。付き人達は慌ててついて来ようとしたが、屋敷内にいるから大丈夫だと伝えて一人にしてもらった。

しばらくして、彼を見つける。屋敷のバルコニーで一人夜風に触れていたのだった。

「…今宵は冷えますわ。一人じゃ、余計に。」

そう言って彼の隣に立つ。傍に置いてあった大きめのガウンを彼に渡しながら、彼の表情を覗き込む。何かに落ち込んでいるような表情を不思議に思い、問いかける。

「…何か、お辛いことでも、ございましたか?」
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2025/01/25 21:47
────────────────
↓1コメントに抑えられず2コメントに分けていますm(_ _)m
 見にくかったらすみません;;
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2025/01/25 21:47
(ワインワイン〜…、あ、これ美味そう。)
不安の種も消え、軽い足取りでワインを取りに行く。ワインが置かれたテーブルの傍には美味しそうな軽食が置かれている。少し持っていけばエルも食べるかな、なんて考え手を伸ばそうとした時だった。

「アーヴァン•ランスさん」

背の方から名前を呼ばれ振り返ると、そこにはつい先程まで俺の不安の種であった"リアム•ロバーツ"の姿があった。彼は目をスッと細め、穏やかな笑顔で俺を見ている。
(エルは何とも思っていないようだけど、やっぱり何だかこの瞳を見ると胸騒ぎがする。
 …何なんだろう。…何だか、見透かされている、ような…?)

「……後ろから突然すみませんっ!驚かせて…しまいました…?
 アーヴァンさんとはまだご挨拶をしていなかったので、この機会に是非と思って…」

ほんの一瞬無言の時間はあったものの、次に口を開いた彼の様子は明らかに好意的なものだった。予想と反した様子に俺も目を丸くさせる。

「あ、…そう、だったんですね! 態々ありがとうございます。
 俺はアーヴァン・ランスです。よろしくお願いします。」

俺の反応で周囲に違和感を持たせるのは良くないと思い、俺も笑顔で友好的な態度を示し、握手を求めて自分の右手を差し出した。

────────────────

「俺はリアム・ロバーツと申します。…こちらこそ…よろしくお願いします。」

差し出された右手を見て、無防備な男だと思った。もしも毒針を仕込んでこの手を思い切り握れば数秒後にはあの世行きだ。ただ、俺をそこまで警戒していないから手を差し出したとも言える。何にせよこの場でコイツに危害を加えることは出来ないから、俺は大人しく求められた右手を伸ばし、この憎たらしい男の手を握った。

「…実は俺、遠方の田舎からこの街に来たばかりなんですが、既に貴方の話を沢山耳にしているんです。
街の人や、この屋敷の方々からも!みなさん貴方がとても素敵な英雄様だと仰っていたので、こうしてご挨拶が出来て光栄です」
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2025/01/25 21:46
この男に出会えたのは本当にただの偶然。俺はエルだけを追ってこの屋敷に来たのだから。だが結果的に邪魔な男を殺せるいい機会が巡ってきた事は非常に光栄とも言えるから…この言葉は必ずしも嘘とは言えないかもな。
彼は謙遜した様子を見せたが、俺はそれすらも気に食わない。

「……本当に皆さんから好かれているんですね。俺も今話していてその気持ちが分かりました。
…それに、女性の方だとアーヴァンさんの"良い人"になりたいとい、と皆口を揃えて言っていますしね。
俺は男ですけど…格好良くて素敵だから、女性の皆さんの気持ちも分かっちゃいます。」

煮えたぎる苛立ちを抑え込み、俺はニコニコと笑顔を浮かべて穏やかな青年を演じる。小声で女性人気があると伝えてみれば、本当に驚いたような顔をしてみせた。額にある傷が〜とか何とかいう女も居たけれど、そういう意味での彼の評価はそれなりに高いらしい。だがこの男、自分で気付いていなかったんだろうか?

「──俺、はあまり、…そういう事に興味が無いので。
 嬉しい反面、少し戸惑ってしまいます、ね…」

俺は、何年もこの組織で生きている。物心着いた時から人を騙し、盗み、もがき続けて生きてきた。過酷な環境で育った俺は、人より観察能力が高い自負がある。表情、顔の筋肉、瞳、身体の動きで何を思っているのか予測することが出来た。自然と身についた…否、身につけなければ俺はもうとっくに死んでいただろう。

だから、今も理解してしまった。恋愛ごとには興味が無いと言いながら、ある方向へ一瞬瞳を動かした。今は誰も居ないが、先程までエルが立っていた場所だ。怒りや苛立ちも通り越して吐き気がする。
(この男が、エルを好き…?彼女を好きだから、正体を知っているのに、捕まえないでいるのか…?)
俺の中でバラバラだったピースが突然綺麗にハマり始めた気がした。

喋らなくなった俺を心配に思ったアーヴァンが「大丈夫ですか?」と声を掛けるが、今はこれ以上の接触はしたくなかった。

「…すみません、少し体調が優れなくなってきて。
 お酒を飲み過ぎたのかもしれないので、少し風に当たってきます。」

俺はそう言い、一度屋敷の外へ足を運ぶことにした。
***このコメントは削除されています***
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2025/01/25 17:21
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 見にくかったらすみません;;
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2025/01/25 17:21

(ワインワイン〜…、あ、これ美味そう。)
不安の種も消え、軽い足取りでワインを取りに行く。ワインが置かれたテーブルの傍には美味しそうな軽食が置かれている。少し持っていけばエルも食べるかな、なんて考え手を伸ばそうとした時だった。

「アーヴァン•ランスさん」

背の方から名前を呼ばれ振り返ると、そこにはつい先程まで俺の不安の種であった"リアム•ロバーツ"の姿があった。彼は目をスッと細め、穏やかな笑顔で俺を見ている。
(エルは何とも思っていないようだけど、やっぱり何だかこの瞳を見ると胸騒ぎがする。
 …何なんだろう。…何だか、見透かされている、ような…?)

「……後ろから突然すみませんっ!驚かせて…しまいまいた…?
 アーヴァンさんとはまだご挨拶をしていなかったので、この機会に是非と思って…」

ほんの一瞬無言の時間はあったものの、次に口を開いた彼の様子は明らかに好意的なものだった。予想と反した様子に俺も目を丸くさせる。

「あ、…そう、だったんですね! 態々ありがとうございます。
 俺はアーヴァン・ランスです。よろしくお願いします。」

俺の反応で周囲に違和感を持たせるのは良くないと思い、俺も笑顔で友好的な態度を示し、握手を求めて自分の右手を差し出した。

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「俺はリアム・ロバーツと申します。…こちらこそ…よろしくお願いします。」

差し出された右手を見て、無防備な男だと思った。もしも毒針を仕込んでこの手を思い切り握れば数秒後にはあの世行きだ。ただ、俺をそこまで警戒していないから手を差し出したとも言える。何にせよこの場でコイツに危害を加えることは出来ないから、俺は大人しく求められた右手を伸ばし、この憎たらしい男の手を握った。

「…実は俺、遠方の田舎からこの街に来たばかりなんですが、既に貴方の話を沢山耳にしているんです。
街の人や、この屋敷の方々からも!みなさん貴方がとても素敵な英雄様だと仰っていたので、こうしてご挨拶が出来て光栄です」
***このコメントは削除されています***
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2025/01/25 17:21
この男に出会えたのは本当にただの偶然。俺はエルだけを追ってこの屋敷に来たのだから。だが結果的に邪魔な男を殺せるいい機会が巡ってきた事は非常に光栄とも言えるから…この言葉は必ずしも嘘とは言えないかもな。
彼は謙遜した様子を見せたが、俺はそれすらも気に食わない。

「……本当に皆さんから好かれているんですね。俺も今話していてその気持ちが分かりました。
…それに、女性の方だとアーヴァンさんの"良い人"になりたいとい、と皆口を揃えて言っていますしね。
俺は男ですけど…格好良くて素敵だから、女性の皆さんの気持ちも分かっちゃいます。」

煮えたぎる苛立ちを抑え込み、俺はニコニコと笑顔を浮かべて穏やかな青年を演じる。小声で女性人気があると伝えてみれば、本当に驚いたような顔をしてみせた。額にある傷が〜とか何とかいう女も居たが、そういう意味でも、彼の評価はそれなりに高いらしいが、この男自分で気付いていなかったんだろうか?

「──俺、はあまり、…そういう事に興味が無いので。
 嬉しい反面、少し戸惑ってしまいます、ね…」

俺は、何年もこの組織で生きている。物心着いた時から人を騙し、盗み、もがき続けて生きてきた。過酷な環境で育った俺は、人より観察能力が高い自負がある。表情、顔の筋肉、瞳、身体の動きで何を思っているのか予測することが出来た。自然と身についた…否、身につけなければ俺はもうとっくに死んでいただろう。

だから、今も理解してしまった。恋愛ごとには興味が無いと言いながら、ある方向へ一瞬瞳を動かした。今は誰も居ないが、先程までエルが立っていた場所だ。怒りや苛立ちも通り越して吐き気がする。
(この男が、エルを好き…?彼女を好きだから、正体を知っているのに、捕まえないでいるのか…?)
俺の中でバラバラだったピースが突然綺麗にハマり始めた気がした。

喋らなくなった俺を心配に思ったアーヴァンが「大丈夫ですか?」と声を掛けるが、今はこれ以上の接触はしたくなかった。

「…すみません、少し体調が優れなくなってきて。
 お酒を飲み過ぎたのかもしれないので、少し風に当たってきます。」

俺はそう言い、一度屋敷の外へ足を運ぶことにした。
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2025/01/07 20:55
アーヴァンが傍を離れた後、更に部屋の隅へ移動し、バレないように壁際に置かれている観葉植物の植木に手を伸ばした。軽く土を払って抜き取った小さな機械は盗聴器だった。これで仕掛けた盗聴器はすべて回収した。どこかにアーヴァンの暗殺計画に関する会話が録音されていることを期待する。決行日はいつなのか。計画はどのように遂行されるのか。ここまで動きに音沙汰がないものの、嫌な胸騒ぎを感じている。今まで仕事をしてきた勘が働いているのか、…それとも誤作動を起こしているだけか。後者であることを願いたいが、その前に計画を阻止しなければ。…みんなの、ために。

今すぐにでも別部屋へ移動して再生しようかと思ったが、ふと先ほどリアムのいた場所に彼がいないことに気付く。彼はどこに向かったのだろうかと思った矢先、先ほどリアムを囲っていたメイドたちが同じ方向を一斉に見ている。そちらへ目線を送るとリアムがアーヴァンに接触しようとしていたのだった。

「リア!……」

むやみに近づかない方がいい。アーヴァンもアーヴァンでリアムのことを警戒しているようだった。すでに勘づかれている。私なりに言葉を並べて視線を逸らそうとしたのに。
此処から彼を呼び止めるのはあまりにも距離があり、無理があった。その接触が悪い方向に行かないよう見守ることしかできなかった。
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2025/01/02 15:40
やっぱり俺の気のせいか)
彼女はリアムに対して特に不信感を持っている様子は無かった。寧ろ良い評価をしている。確かに貴族家系でありながら誰にでも平等な姿は好感さえ抱く。…今回は俺の考えすぎだったようだ。この胸騒ぎの理由が分からないままなのはスッキリとしないけれど。

「え?あ〜…、そうですね。折角楽しい場ですし。じゃぁ少しだけ!」

周りでも酒を飲んでいる人は少なくない。こんな楽しい席なら少しくらい気を抜いても良いのかもしれない。俺の悪い予感もどうやら気のせいだったようだし。飲みすぎなければ護衛という任務にも支障は出ないだろう。というか、あの日の犯人である彼女は今俺の隣に居るのだ。今アリアが彼女に襲われる、なんて事もないだろう。

「じゃぁちょっとワイン取ってきますね」

そう言って、俺は彼女の傍を離れた。

────────────────

…アイツか。『アーヴァン』っていうエルの幼馴染。
家の者と楽しく談笑しつつも、俺は視界の端で捉えていた。会場の隅の方、2人並んで会話するエルとあの男の姿を。このパーティーが開かれるまで、挨拶回りや仕事内容を覚えつつ、情報収集を行なっていた。アーヴァンという男について。彼はこの街で英雄扱いされているらしい。貴族でありながら誰にでも平等で、自衛団にも所属しているらしい。以前からアリアに護衛として雇われているそう。エルがこの屋敷に来たのも同じ時期だと知った。
(クッソ、エルがどっかの男と2人きりで話してるだけでもイラつくのに‼︎
 コイツも、コイツも、コイツも、俺に色目でも使ってるつもりかよ。)
俺の演技は自然と馴染んでいるらしく、今日だけで周囲に好印象を与えられているようだった。本当の俺を知らないクセに、明らかに好意を示してくる女も居る。 バカバカしい。エルがここに留まると選択していなければ、お前ら全員俺が殺していたというのに。

「ははっ、…あ、俺まだお一人まだちゃんとご挨拶出来ていなくて…っ!ちょっと失礼しますね」

ようやくあの男がエルの傍を離れた。あと挨拶出来ていないのはあの男だけだ。煮えたぎる嫉妬心を押し殺しながら、俺は奴の元へ向かうべく足を踏み出した。
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2025/01/01 15:35
彼は察してくれたのか、敬語を使うように言い直していた。そしてどうやらリアムのことを疑っているらしい。やはり、彼は本当に勘が鋭い。こうなることが想定されていたから、リアムにはこの場を抜けて組織に戻って欲しかったのに。私の気持ちの甘さが招いたことだ。

「勤務態度に問題はありませんでした。加えて彼は、貴族家系でありながら、私なんかにも気さくに話してくれる優しい方です。…ランス様の望む姿を、体現されている方だと思いました。」

貴族だとか平民だとかを気にしない世の中になってほしい、そう彼が言っていたことを思い出す。彼がそんな世界を作ろうとしていることは、彼が成していることを見れば分かるし、あの時言葉にされて本気なんだと知った。お話ししてみたらどうですか?なんて言えるはずもない。関わってしまったら尚更バレてしまうかもしれないから、なるべく彼にはリアムのことを好印象に思ってもらえるようにと言葉を添えてみた。
事実、側から見れば私の言った通りの振る舞いをしているし。

「それより、遠慮しなくていいですよ?…ワイン、飲まれたらどうですか?」
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2024/12/31 20:12

(け、敬語…いやいや。これに関しては俺が悪い!)
彼女から敬語で返事をされ、グサリと大きな矢が心臓に突き刺さった気分になる。それは俺を拒絶しているようにも思えたが、この会場内では関係を気付かれない様に…という彼女なりの配慮かもしれない。…そうであって欲しい。
(でも、なんか…)
俺の勘違いかもしれないけれど、彼女の声色は俺にあまり敵意が無いような優しい声に聞こえる。どこか暖かい感情さえも感じていた。

「…‼︎ごめッ…じゃなくて、ゴホン!…すみません。ちょっとハックさんにお伺いしたくて。
 今日来た彼…、"リアム•ロバーツ"。
 遠方から来た貴族の息子さんらしいんですが、何だか少し…嫌な感じが、していて」

思わぬ彼女の声色に数秒ぼうっとしてしまった。彼女が不可解そうな面持ちを浮かべた所でようやく意識を引き戻し、慌てて謝ろうとしたがこの会場に人が多く居る事を思い出す。態とらしい咳払いをし、適度な距離感を保ちつつ言葉を続けた。

「誰にでも丁寧な態度で仕事も一生懸命…今日来たばかりなのに、もう皆さんには既に好かれているようです」

決して良い話ではない。声のボリュームは彼女にギリギリ聞こえるほどに抑えて話し続けた。チラリと一瞬リアムの方へ視線を移すと、家の侍従と楽しく談笑しているようだった。そこに不可解な点は無く、寧ろ見ていて和むような光景。
(なのにどうして、彼を見ると胸騒ぎがするんだ?)

「俺はまだまともに話した事もないし、決して彼を嫌っているだとかそういう訳では無いんですが
 …ハックさん、貴方は彼の事、どう思いますか?
 今日2人で執事長の所へ行った時、何か違和感を感じたりとか…」

俺の勘違いであればそれで良い。だからこそ彼女に確認を取りたかった。俺が違和感を持ち、彼女も同じく違和感を持っていれば、それはリアム・ロバーツが危険人物である可能性が十分あると捉えられる。逆に彼女が彼に対して何も感じていないのであれば───、俺のこの胸騒ぎは、きっと気のせいなのだろう。
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2024/12/31 14:12
アーヴァン・ランスに振られてしまい、苦虫を噛む。私の失態だ。こんなパーティーならワインを飲んでくれると思ったのに…いや、前回も飲んでいなかった気がする。任務だからと遠慮しているように見えたが、もしかしてこちらの計画がバレていて、警戒されているのか?…いや、あり得ない。
私の元から去っていく彼は、エル・ハックのところへ向かった。彼らの関係性など、今まで気に留めることもなかったのに、今日は妙に気になった。



すると、アーヴァンがやってきてノンアルコールのカクテルを渡される。この前の夜のことがふと思い出される。あの夜のこと、私に告げられた言葉、きっと傷ついたに違いないはずなのに、彼は何事もなかったかのように接してくる。…本当、健気ね。
グラスを受け取ると一口飲もうとする、が。その前に思い出したかのように彼の持っているグラスに軽く当てた。乾杯、を意味していた。それからゆっくり一口飲み、彼の方を向く。

「……どうか、されましたか?」

敬語で返事をしたのは、ここでの会話の仕方を気を付けてほしかったから。タメ口で話していたら、怪しまれてしまう。しかし口にした声色は以前に比べて、だいぶ柔らかくなっていた。


お久しぶりです!!お世話になっております◯
こちらこそ、管理人様とオリチャできるのはとても楽しいので、
来年も変わらず構っていただけますと、幸いです。

来年もどうぞよろしくお願いいたします!
よいお年をお迎えください◯
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2024/12/29 18:50
「お誘いは嬉しいんですが…お酒を入れてはいざとなった時アリアさんをお守り出来ないので
 ワインはまたの機会に是非。」

ワインを勧めてきた彼女を極力傷つけないよう、にこやかな表情で誘いを断った。彼女の屋敷に居る内は、あくまでも俺は彼女の"護衛"だ。酒は好きだがアルコールに強くない俺が飲んでしまっては確実に仕事にならないだろう。祭りの日も酒を飲んでから完全に理性が欠けていたし…穴があったら入ってしまいたい…。
それに、だ。
俺は視線をズラし、今日現れた『リアム・ロバーツ』と言う男性を遠目に見つめた。履歴におかしな所は無かったし、今彼の周囲に集まる人たちに対しても丁寧な対応を見せている。俺から見ても若く一生懸命な青年…何だが、何故か引っかかる。執事長の所まで彼を案内し終わったエルの様子が、いつもとほんの少しだけ違った気がしたのだ。勿論、俺の気のせいだって可能性は全然あるけど…もしかしたら、があるかもしれない。

「すみません、ハックさんと仕事の話があるので少し外しますね」

眉を下げ申し訳なさそうにアリアにそう伝え、俺は迷わずエルの元へ足を運んだ。会場内のかなり隅の方にいるようだ。俺はノンアルコールのジュースが入ったグラスを2杯持ち、エルの元へと行った。

「これ、良かったら」

アーヴァン本人は完全に無意識だったが、他の人へ向ける声色とは明らかに違う、好意が籠ったやや甘いような、でもどこか緊張したような声色だった。捕まえると宣言した相手だが好きな女性でもある。やや複雑な感情のまま片手に持った1つのグラスを彼女に差し出した。

「…少し、聞きたい事があるんだけど」

***
お久しぶりです!いつもお世話になっております(* . .)⁾⁾
年末に入りましたので、少し早いですがご挨拶の方だけこちらで失礼します(´︶` )
今年も大変お世話になりました‼︎いつもありがとうございます(;_;)
おりちゃは本当に生き甲斐なので、今後も是非活動にお付き合い頂けると幸いです✿*
あと少しで新年ですが、来年も何卒よろしくお願い致します。
良いお年をお迎え下さい(* ॑꒳ ॑* )
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2024/12/09 00:17
彼に抱きしめられ、一緒に組織に帰ることを諭される。…嬉しかった、すごく安心した。今まで一人で任務を続け、組織の指示を無視してまで行動していた状況に、味方なんていなかったから。こうやって自分の考えを受け止め、私に居場所を思い出させてくれた。そうだ、私の居場所はこの組織なんだ、彼といる時間…ではない。きっと、…きっと。
なのにどうしても、頭からアーヴァンの笑顔が離れない。

「……うん、帰ろう。…一緒に。」
____________________________

その後、一通りリアムへの案内を終えて任務に戻った。あっという間に日が暮れて、歓迎会への準備が行われた。私も参加するとアリアに伝え、配膳の準備などをメイドたちと共に行なった。リアムとアーヴァンはアリアに捕まり、会場で会話をしていた。
立食パーティーのような会場が整い、歓迎パーティーが始まった。メイドたちは一直線にリアムのところへ向かう。女性たちは彼に釘付けだった。「さすが、素敵なお召し物ですね…!」「と、とっても素敵です…!」「明日大きな荷物を運ばなきゃで…手伝っていただけません?」など、質問攻めに合っていた。一方アーヴァンはまだアリアがピッタリと付いている。

「お好きなもの、遠慮なく召し上がってくださいね…! そうそう、ランスさんは赤ワインとかお好き?これ、年代物のワインでとっても美味しいのよ?」

そう言ってアリアは手元に持っていた口付け済みのグラスを差し出した。勿論見定めのための行為だ。次の計画を進めるための、足がかりでしかない。

エルはリアムとアーヴァンの光景を部屋の隅から眺めていた。アリアがアーヴァンの暗殺計画に関わっているのは事実。わたしが目を離した隙に行動に移さないよう、見守らねば。ただ、アリアと話をする彼を見るのは、ひどく心が傷んだ。
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2024/11/17 22:22
「おさ、ななじみ」

恐らく、以前エルが話してくれたあの男の話だろう。昔は友達だったとか何とか。話を聞いた当時、俺はエルに恋心を抱いていなかった。だからそれ程深く気にもしていなかった。恋心を自覚してからもそこまで気にならなかった。あれ以来彼女がこの話を持ち出すことは無かったし、きっと故郷のことなんて忘れたんだろうと思っていたんだ。
だけどどうだ。今の彼女はその"アーヴァン"という男を守りたいと言う、"みんなのため"と。彼女は差別を嫌い、一般市民を守ろうとする意識が組織の中でも特段強い。故郷の一般市民を守るために、その男を救う必要がある…筋は通っているし、彼女の思考を理解することは出来る。

「…そっか、そうだったのか!
 エルはこの街の"みんな"のためにソイツを助けないといけないんだな?」

パッと顔を上げ、うんうんと小さく顔を頷かせながら笑顔を見せた。彼女の意見を心から受け入れているような態度。

「エルの意見はよく分かった。でも、その幼馴染には正体バレてんだろ?
 危険な状況ってことには変わりない。
 …だから、やっぱ俺は此処に残ることにした‼︎エルが捕まらないようにサポートするくらいは良いだろ?
 んで、エルの目的が果たせたら一緒に組織に帰るんだ」

全て言い終えた後、俺は彼女を優しく抱きしめた。エルは優しい人だから、こうすれば突き放す事もきっと出来ないに違いない。
ああ、今の俺は一体どんな酷い顔してんだろな。
言葉と態度では彼女を受け入れておきながら、俺は"アーヴァン"という存在が憎くて堪らなかった。
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2024/11/16 00:26
「……幼馴染、なの。…彼が…危ない、の。」

リアムの目を見ていられず、伏し目がちに伝える。しかし、ここまで素直な言葉で伝えられているのは、リアムだからだろう。”幼馴染”という単語を出せば、彼は分かってくれると思った。昔友達だった貴族家系の男の子がいたこと、彼の友達に虐められていたことがきっかけで、彼と喧嘩してしまったこと。それ以来一度も再会できていないこと。この出来事は私が組織に入るきっかけを与えてくれたようなものだ。全て、リアムにしか伝えていない。勿論、彼の言い分は分かる。今すぐに逃げようと言ってくれることも、嬉しかった。だけど、

「この任務に就く前、彼の暗殺計画を聞いた。…狙っているのは、貴族の人間たちだ。この一家も加担している。…彼は、…アーヴァンは貴族だけでなく、一般市民達からも慕われている。彼を失えば、街の均衡も、人々の差別もさらに酷くなってしまう…だから、守りたいの。…みんなの、ために。」

「今言ったことは絶対秘密ね。」と俯きながら言葉をつけ加える。
本心を言っているはずなのに、何故か嘘を付いている気分になった。
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2024/11/10 01:16
「は?!」

刺客が居り、既に正体もバレている事態を知り俺はつい声をあげてしまう。しまった…と直ぐに自分の口元を骨張った大きな手で多い、苦笑いをしながら控えた声量で『ゴメン』と告げた。彼女から手渡されたメモ用紙の方はついグシャリともう片手で握ってしまった。今回の出来事があまりにもイレギュラーだったから。任務は期間内に必ずこなすし、ミスも限りなく少ない。そんな彼女が任務を終えた今、何故かまだここに留まる事を選び、しかも刺客に正体がバレていると言う。

「刺客ってさ…じゃぁ此処に残ることないだろ?そもそも任務が終わってるなら此処に留まる意味もない。
 すぐ俺と一緒に帰ろう‼︎」

俺は気が急く様子で彼女の手を握った。此処に居てもただリスクが上がる一方だ。けれど不思議だ。彼女は少し落ち着いているようにも見えた。刺客に正体を知られていると言うのに。正体がバレている今、もし彼女が身を隠していたのなら状況に少しは納得出来るが、どうしてか平然と仕事をしている。手を引こうとする今でさえ、彼女は俺と一緒に行こうとしない。

「…此処に留まる理由って、何?俺らより大切なこと?
 その"刺客"が何か関係あるわけ?」
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2024/10/31 23:09
まるで大型犬と戯れているようだ。尻尾が見えてしまいそうな程、嬉しそうに笑う彼に本題を吐かせようと視線を送ると、意図を汲み取ったように理由を話した。事の次第を聞き、一度ため息をついた。

「もう仕事は終わってる、…でも、私はまだここに居ないといけない。ここにあるから、組織に持って行ってちょうだい?」

そう言って暗号化された小さなメモを渡す。この屋敷に潜入してから、他にも市民から奪った宝石やアクセサリー類を取り戻しておいた。犯罪だと言われればその通りだが、それが私の仕事だ。それらを保管している場所が暗号化された内容で記載されたメモを彼に渡す。暗号化は組織共通の方式で解読できるようになっている。ただし、アリアから舞踏会で奪ったネックレスだけは自分で持っている。これは、これだけは自分で持って置きたかった。

「それから、すぐにこの屋敷から出て行きなさい。…刺客がいる。すでに、私の正体もバレてる。いくら貴方でも捕まってしまうかもしれない…。勿論、会えたのは私も嬉しいけれど、…すぐに組織へ戻って。」
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2024/10/28 13:42
多分どうして俺が此処に居るのか気になって仕方ないはずだろう。案の定エルは俺の提案に乗り、2人で部屋を出る事となった。
彼女の後を着いていく形で足を進め、結構な距離を移動する。人通りの無い離れた部屋の前まで着いたところで、彼女はようやく足を止めた。

「エル〜〜〜‼︎久しぶりだぁ‼︎」

俺は彼女の言葉を聞き切る前に、喜びいっぱいの笑顔を浮かべ、思い切りしがみつくように彼女を抱き締めた。

「どう??俺この2年でまた身長伸びたんだ‼︎ エルは…相変わらず小さくてかわいい!」

抱き締めたと思えば今度は距離を離し、自分の頭に手を当てて『見て見て!』と子供ように身長が伸びた事を主張する。今度は彼女のことをじっと見つめて目を細めて微笑む。アリア達の前に居る時とは違い、全身で彼女へ好意を伝えているようだった。けれど彼女の表情がより曇り、『早く説明をしなさい』と目線で訴えられている事に気が付いた俺はシュンとした表情で口を開く。

「…視察。エルの視察だよ。戻りが遅いから様子を見てこいってさ。
 確かにおもちゃは無いけど〜…でも、俺は久しぶりにエルと会いたかったから‼︎」

どうせ嘘をついたってエルには見破られるんだ。だから俺は正直に任務の内容を話した。折角良い屋敷に潜入できた訳だし、暇潰しに金目のモノを何個か貰ってから帰ろうとは思っているが…それは今は言わないでおこう。
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2024/10/25 22:41
「……私でよければ。」

驚いていた表情をすぐに戻し、さっぱりとした回答を返した。魂胆は何となく分かっている。もしかしたら組織から何らかの連絡を受け取っており、それを伝えるためにここに居るのかもしれない。私の身勝手な行動を止めようとしているのであれば、充てるべきメンバーとして最適だと思われても仕方ない。とにかく今は彼と話す時間は必要そうだ。

「午後には戻ってきてくれる?私の護衛が、貴方のお仕事なんだから。」

「勿論存じております、お屋敷の案内と規則について教えた後、すぐに戻ってまいりますので…。では一度、失礼いたします。」

そう言ってリアムの元へ歩み寄り、一度彼を通り過ぎて部屋のドアを開ける。「どうぞ、こちらへ」と無表情のまま誘導し、彼と共に部屋を後にする。

____________________

しばらく歩き、滅多に使われない置物部屋の前までやって来る。前を歩いていた私は立ち止まり、辺りを見回してから大きくため息をつくと、呆れた表情でリアムに向き合った。

「ったく、…何で君がここにいるの。ここには、君が好きそうなおもちゃ(任務)なんてないよ?」
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2024/10/19 22:44

アリアから"優秀な方"と褒められた俺は「そんな…‼︎有難いお言葉です!」なんて過剰に喜んだ様子をしてみせた。こんな奴に褒められた所でどうとも思わないが、この屋敷では『愛想』を振り撒くことにした。素直で真っ直ぐで一生懸命な青年。そんな男がまさか極悪な犯罪者とは想像も出来ないだろうからな。チラッとエルの方へ視線をズラしてみるとそりゃぁもうびっくり!って顔をしてる。クク、久しぶりに俺に会えてびっくりしてる‼︎可愛い‼︎嬉しいって思ってくれてるかな〜!

は?

この女、明らかにエルを下に見る態度を取った。意図的に。…ああ、そういえば差別が激しいとか何とか言ってたな。だけど俺には微塵も関係無いね。嫌いな奴は全員殺すよ。この女も此処で殺しちゃっても別にイイけど…この男が邪魔だな。俺はエルの隣に立つ金髪の男に視線を移動させた。誰だコイツ。武器も持っている所を見ると雇われてる傭兵かなんかか? エルに見られるだけなら問題ないが、武器を持った部外者が居ちゃ流石に俺もやりにくい。それにいきなり殺すんじゃエルに怒られるかもしれないしな。俺は金髪の男をパチっと目線があったので、にこりと笑顔を浮かべる。向こうからも愛想の良い笑みが返ってきた。

「あ、実は執事長を探していまして‼︎もしかするとアリア様がご存じかなと…
 ですがアリア様がお忙しいようだったので、よければ…えっと、ハックさん?にご案内していただきたいので すがよろしいでしょうか?」
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2024/10/18 23:31
突然扉がノックされ、人が入ってくる。その男の姿を見てハッと顔に出してしまった。彼もまた驚いた表情をしている。こんなところに”仲間がいる”なんて、互いに想像できなかっただろう。加えて彼は長期任務にあたっていたはずだ。尚更彼がここに居ることを、この空間の中で一番理解できずにいた。

「ちょうどよかったわ。…彼もその一人、リアム・ロバーツさん。今日から働いてもらうことになったの。貴族家系の方で、とても優秀な方よ。…私には、勿体無いくらいなんだけどね。」

そう誇らしそうに彼を説明する。貴族家系なのは嘘だ。素性を隠してうまく潜入したんだ。優秀な人であることは正しい。現に組織への貢献度は1位2位を争えるほどの実力がある。甘いマスクだけではない、巧妙なスキルを兼ね備えた人だ。

「……あらハックさん。どうしたの?」

呆気にとられていたところをアリアに見つかってしまう。ハッと我に返ってどう言い訳すればいいかと考えあぐねた。

「あ、いえ………その、…」

「何よ~…もしかして見惚れちゃった?確かにとっても綺麗なお顔の方ですもんね~… でも、貴方みたいな人とは釣り合わないでしょ? ほら、貴方市民様、なんだから。」

にこッと浮かべるその笑みに「…そうですね。」と相槌を打つだけで精いっぱいだった。彼女の市民嫌いは本当に磨きがかかっている。自分じゃなかったら、耐えられない程の図太い言葉だった。

「…それで、あたしに聞きたいことって?」
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2024/10/14 19:28
エルと挨拶を交わした後、部屋に入ると其処にはいつもより機嫌の良いアリアの姿があった。何かいい事でもあったんだろうか? 俺はそこまで深く考えることはせず、彼女の問いかけには「はい、街の皆もとても楽しそうでしたよ」と笑顔を浮かべながら答えた。

「新しい執事の方が…、…勿論です。是非参加させて貰いますね」

どうやら新しい執事がこの屋敷に来たらしい。挨拶をすることも歓迎会に参加する事も賛同だが、エルに対する彼女の態度に眉の間を微かに曇らした。だが怒りと同時に寂しさや悲しさも覚える。エルにそういった態度を取っている事は勿論だが、アリアはきっとエルに限った話ではないからだ。身分が下の者には同じような態度を取るんだろう。貴族も平民も関係なく仲良く過ごせる世、俺の理想とする世の中にはまだまだ近付けていないんだと実感してしまった。

コンコン

そんな中、扉の向こうからノックの音が聞こえる。アリアが入ることを許可すると、扉の向こうからは灰色の髪の執事服に包まれた青年が現れた。

──────────────

時は遡り数時間前。無事メイアスに到着した俺は目的地であるアリア・コーディ家へと足を運んだ。エルが彼女の屋敷に居るようなので、俺も同じくアリアの屋敷に潜入する事になった。だがアリア・コーディは完全貴族派の女らしい。つまり孤児の俺なんか雇う筈も無い。そのため今回はロバーツ家の息子、貴族の「リアム•ロバーツ」として名乗っている。アリアとは1度顔を合わせたが、俺を疑っている様子は見受けられなかった。
そして現在。俺はアリアの部屋の扉をノックしている。理由は分かるだろう? 別にアリアに用がある訳じゃ無い。俺の大好きな…ずっと会いたかった人がこの先に居るって分かっているから。

「失礼いたしま…すみません!お話し中でしたか。アリア様に少しお伺いしたい事があったのですが…」

アリア以外の人間が居る様子をみて、俺はわざとらしく驚いた顔をしてみせた。まるで知らなかったように。
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2024/10/12 08:03
祭りから数日、彼との関係性はこれと言って変わることはなかった。むしろ感覚的には少しだけ再開してから初めて距離が遠くなった気がした。彼が好きだと伝えてくれてから、私の気持ちはどうなんだろうと考えたりはしなかったが、彼が万が一私を捕まえたその時、私はどんな気持ちになるんだろうと考えてしまった。やはり、悲しく思うのだろうか。それとも安心してしまうのだろうか。一方、彼は普段通りに接してくれているつもりなのだろう。でも、好きだと告白した割にはこちらの出方を伺っているような、何かを探るような視線を時折感じた。その感覚に、少し寂しさを覚える。

「……………おはよ」

今まで感じることなかった寂しさ。私から散々彼を避けておきながら、私への見方が変わった途端にそう思ってしまうのはだいぶ我儘だな。

部屋に入るとアリアが優雅に紅茶を飲んでいた。

「ご機嫌よう。昨日はお二人共祭りに行かれてましたかね。…楽しめました?」

こちらは何やら機嫌が良さそうで、違和感を覚える。そうだ、昨日仕掛けた盗聴器を回収しなければ。彼女からの指示の後、こっそり取りに行こうと計画した。

「今日から数名、執事を雇いましてね。お二人にも仲良くしていただきたいので、適宜空いている時間にご挨拶なさってください。…それから今日は彼らの歓迎会を行いますので、貴方はどちらでも良いけど…ランスさんは必ず参加されてくださらない?」

アリアの中では、歓迎会で振る舞われる料理や酒に対して、アーヴァンがどんなものに舌鼓するかを見定めたかった。…今後の計画に、役立てるために。
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2024/10/12 00:29
祭りの日から数日の時間が流れた。あれからは祭りで暴れたことを同じ自警団の奴に怒られたり(女性を守っていたという証言があったことから散々怒られはしたもののお咎めは無しになった)、翌日からまた仕事が始まりアリアの屋敷で護衛として働くものの、エルと何か進展することは無かった。

──────────────

「ここかぁ、エルが居るっている街は!」

美しい水上都市。俺は汽車の中からその街を一望していた。エルの故郷であり、今のエルが仕事をしている場所らしい。昨日はどうやら祭り?があったそうだ。隣町で「1日早けりゃイイもん見れたのになぁ〜」と知らないオヤジに言われたが、エルに会えるのなら祭りなんて別に関係ない。エル元気にしてるかなぁ。俺この2年でまた背も伸びたからびっくりするだろうなぁ。

「……早く、会いたいなぁ」

────────────────

「あ、おはよう。エル」

屋敷に入ったところで丁度エルと鉢合わせた俺は挨拶をした。彼女を捕まえると意気込んんだものの、今だそれは叶っていない。だが彼女を捕まえるために奮闘しているのは事実だ。彼女を犯人だと突き出すのは簡単だが、そう簡単な話では無い。彼女が犯人だと決定づけられる証拠や状況を掴むまではまだこのままになるだろう。
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2024/10/08 23:06
彼の正直な思いと真っすぐな表情に内心驚いてしまった。てっきり彼は私を捕まえる気なんて持てないだろうと思っていたから。でも違う。今伝えてくれている言葉が、口先だけのものではないことが私でも分かった。臆病で、泣き虫で…でもとても優しいところは変わらないのね。私は彼を見くびっていたようだ。

「……………そう。」

私はネックレスを再び懐に戻す。今日彼は貴族でも英雄でも、仕事仲間でもない赤の他人として接してくれている。朝にそう言って私を祭りに誘ってきたことを覚えている。きっと今のすぐには捕まえてこないだろう。身体の向きを水路に戻し、水面に反射し昇っていくランタンを見つめる。このランタンのように心がスーッと軽くなるのを感じた。

「その鬼ごっこ、楽しみにしてるね。」

アーヴァンに見せたその横顔は、彼と再会して初めて見せたであろう安心したような…いや少しだけ、悲しそうな、優しい微笑みだった。
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2024/10/05 20:09
─分かってた。俺と彼女が敵対している事実から逃げることは出来ないと、決して避けることが出来ないと。
彼女が懐から差し出したものはあの日、アリアから奪ったサファイアのネックレスだった。否が応でも思い出してしまう。彼女はこれを奪った張本人で、俺はそんな彼女を捕まえなくてはいけないんだと。そして彼女の懐から一瞬見えたピストルが、彼女の言葉に重みを与える。俺を撃ってでも彼女は逃げるつもりなんだろう。再会したあの日だって迷いなく銃口を向けられた。

「正直、迷ったよ。…俺はエルが好きだから、"あの日"も躊躇した。
 エルを捕まえたくないって、出来る事なら俺の気付かないところで、どこか遠くへ逃げてほしいって思った事だってある。」

彼女は俺と敵対する覚悟があるだろうが、俺は最初、そんな覚悟を持ち合わせていなかったんだ。口では「捕まえる」と言っておきながら。でも今はハッキリと認識している。

「捕まえるよ。好きだからこそ、…俺が、エルを捕まえる」

俺は彼女のしている事を肯定出来ない。最初はそれを肯定し、許す事が愛だと思った。たがそれは俺の正義を曲げることになる。…俺は、今の俺のままで彼女を好きでいたいから。だから、もう迷うことは無いだろう。
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2024/10/04 13:12
彼と喧嘩したあの日から、私はもう二度と彼に会うことはないだろうと思っていた。そして再開した今も、私は彼とあの頃のように接することはないと思っていた。何て言ったって、原因は私だ。私がもっと社交的な人間だったら、彼以外にも友達を作れた。もっと性格のいい人間だったら、友人の増えた彼を妬むこともなかったし、妬みの原因になった貴族たちから宝石を奪うような犯罪者にもならなかった。今だってそうだ。彼が私に好意を抱いてくれていたなんて驚きが隠せない。ならあの時、私はなんて酷い言葉を彼に言ってしまったんだろうか。「嫌いだ」と、あの日傷ついたのは私じゃない、彼なんだ。…もっと優しい人間だったら、彼を傷つけなかったはずだ。
分かっているのに言葉が出せない。ごめん、と素直に伝えられるほど、私はもう彼の言う勇気のある人間ではない。

「…もう気にしてない。だから貴方も気にしないで。それから、」

彼の方を向き、スンとした表情で彼を見つめた。そして懐からネックレスを取り出す。青く光るサファイアは彼と再会したあの日に奪った物だった。そしてチラリと小さなピストルが覗かれた。

「貴方が好きだと言ってくれた私は、もう貴方の敵だよ。…それでも、ちゃんと私を捕まえられる?…私は、また貴方を傷つけてでも、ここから逃げる。」
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2024/09/28 20:14
彼女の瞳を見つめていると全身の血液が顔に集中してゆく。俺の頬や耳元はじんわりと熱を持ち始めていた。

「俺、エルのことが好きだ。…友達として、じゃなくて。恋愛として。
 昔も、今も俺はずっと好きなんだ。…そういう意味で、エルの事が大切なんだ。」

ごくりと息を大きく飲み込んだ後、ゆっくりと感情を言葉へ表した。彼女が驚いた表情をしているのも視界に入る。ただやっぱり今の俺には余裕が無くて。彼女に向けて居た視線は広がる景色の方へと逸らし、再び口を開く。

「…昔さ、俺もエルも臆病だっただろ。でもいつもエルは俺の手を握ってくれた。2人一緒なら怖く無いよって。
 最初はそんなエルの姿に惹かれたんだ。俺には無いものを持ってる、勇気のある人だなって。
 それに昔から…今日もだったけど、人に優しく出来る所とか、たまに見せてくれる笑顔なんかは凄く可愛いくて。久しぶりに会えた今でも、やっぱり俺はエルのことが好きなんだって改めて思った。」

そしてこの"好き"を伝える以外にも、俺はもう1つ、今彼女にどうしても伝えたい事があった。

「それと、"あの時"のことも、本当に…エルのことを傷付けて。会えなかったこの数年の間、何回も謝りたいと思ってた。
 エルが虐められてることに気が付けなくて、その上問い詰めたりして…後悔も、反省もしてる。
 嫌われたって分かってても、やっぱり俺はエルが好きで、エルを忘れることなんか出来なくて。
 許されなくたって良いからちゃんとエルに謝りたかった。…あの時は、本当にごめん。」

身体ごと彼女の方へ向けると、俺は深く頭を下げた。彼女にずっと謝りたかったのだ。あの日、心に深い傷を付けてしまったことを。
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2024/09/15 23:06
唐突に彼に名前を呼ばれて身体が反応する。そして彼は病院で話したことを覚えているかと尋ねてきた。その日のことならよく覚えている。しかし私の中では彼に”大切だ”と言われた言葉よりも、彼に言ってしまった言葉が強く残っている。…思っていたこととはいえ、本人に直接言い過ぎた。私なりに反省していたことだった。だからこそ、彼が言ってくれた言葉はあまり強く覚えていない。ただ、言ってくれたことだけは覚えている。

「……そんなこと、言ってたね。でもそれがどうし___」

何も気に留めず彼の方を見て、言葉を引っ込める。こちらを見つめる彼の表情はどこか緊張していて、少し幼くて、いつもの彼にはある余裕というものがなくなっていた。なんでそんな表情をしているのか、どこか具合が悪いのを無理しているのか?私にはその真意が分からなかった。

怪訝な表情で彼を見つめた。
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2024/09/14 20:40
俺は一瞬、彼女を横目で見た。言葉に出したり大きなリアクションがあった訳では無いが、この景色を見つめている彼女の姿が視界に入り嬉しかった。きっと彼女もこの景色を気に入ってくれただろうと思えた。俺とエルはしばらくの間、言葉を交わすことは無くただこの景色を眺めていた。そんな中で唐突に彼女から名を呼ばれる。

「ん?」

俺は彼女の方に顔を向け、笑顔のまま軽く首を傾げる。けれど彼女はすぐに顔を背けてしまい,なんでも無いと伝えられた。何かを言いかけて止めたのか、それとも本当にただ名前を呼んでくれただけなのか…気になる気持ちはあったものの、詮索はしなかった。ただ彼女に名前を呼ばれた瞬間、鼓動が早くなり始めた。目の前には美しい景色。そして今周りには誰もいない。俺とエルの2人だけ。今日1日で彼女の良いところ、可愛いところも見つけられてより一層気持ちが強まった。多分…俺と彼女の距離も、少しは縮まったと思う。この気持ちを彼女に伝えたい。今なら、俺の気持ちを聞いてくれるのでは無いだろうか。そして彼女が俺をどう思っているか、聞けるのでは無いだろうか。

「………なぁ、エル」

俺は覚悟を決めて口を開いた。今から気持ちを伝えるんだと思うとより鼓動が高鳴っていく。

「前、俺が病院でエルに伝えたこと覚えてる?
 …昔も今も、エルのことが、大切…って話。」
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2024/09/12 22:42
彼に案内されて到着した場所は何の変哲もないただの水路。水面には真っ黒な夜空が映し出されており、水路を挟んだ先で賑やかな灯りが漏れている。ここが彼の秘密の場所、だという。こういう場所が落ち着くということなのか?と思っていた矢先に、彼は”今からだ”と言う。その言葉にクエスチョンマークを浮かべていた瞬間、彼の背中越しに視界に一つ一つ明かりが見え始める。
火の玉…?いや、違う。あれは、ランタンだ。風の流れに身を任せながらゆったりと上昇していく。それがそこかしこから浮かび上がってきて、光が水面にも映し出されている。暗い世界に灯り始める光の世界に私は目を奪われてしまった。

(綺麗……)

小さい頃から水路は遊び場だった。魚釣りをしてみたり、水面の近くまで行って水に触れてみたり。子供たちがかくれんぼをしている光景だけは見たことがある。そんな庶民には慣れ親しんでいるこの場所に、こんな綺麗で幻想的な景色が見れるだなんて。

ちらっと彼を見る。小さな光たちに照らされて見える彼の横顔は、大人の姿ではなく、小さい頃によく見ていた子供の頃の姿で映し出される。今日は英雄様でも貴族の人間でもない、私の”友人だった”アーヴァンに会えた気がした。それは大人になっても変わっていない。今目の前にいる彼は、…きっと。

「…アーヴァン」

何も意識していなかった。ただ、自分でも驚いてしまってすぐに顔を背けて「ごめん、本当…何もない。」とすぐに平常を装った。
何で名前を呼んでしまったのだろう。自分でもその理由が分からなかった。
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2024/09/11 22:05
俺は彼女の手を引き狭い路地を突き進んで行く。
(…間に合うかな)
少し時間を気にしつつ歩く俺だが、彼女には悟られないよう平気な顔を浮かべていた。折角ならうんと驚かせたいから。きっと彼女も気に入る。だって、本当に素敵な場所だから。

「…ついた、ここ!」

とある水路に到着し、空いている片手をバッと広げ俺は満面の笑みを浮かべた。だが目の前に広がっている景色は…暗い夜空が映った一面の水面。その向こう側には先程までいた中心街。光が飾り付けられた中心街は綺麗とは言えるがこの遠さでは迫力があるとも言いにくい。彼女も不思議そうにこの景色を見ていた。けれど俺はずっと満足そうな笑顔を浮かべている。

「大丈夫、"今から"だよ。ここが俺だけの…いや。俺とエルだけの、秘密の場所!」

俺が言葉を言い終えた丁度のタイミングだった。街の方からぽつ、ぽつと光るランタンが放たれていく。次第に街中から沢山のランタンが浮かび挙げられた。、柔らかな風に乗るランタンは、数分する内に見える限りの大空いっぱいに広がっていた。先程まで暗闇だけを写していた水面も、今はランタンの光を写している。此処から見るのはまだ2度目だが、きっと何度見ても感動するんだろうな、と思える程の絶景だった。
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2024/09/10 23:16
言葉を伝えてから酷く恥ずかしく思った。人に感謝を伝えるとか、「こうして欲しい」とわがままを言うとか、正直慣れていない。分かりやすいと言われるからこそ、自分の感情に素直にならないように本心がバレないようにと必死に隠してきた。しかしあの夜、彼が私と向き合って素直な感情を伝えてくれたことがすごく心に刺さっていた。今こうして感情を言葉にすると、彼があの時伝えてくれた言葉にどれほど勇気が必要だったか、身に染みて実感する。

とはいえ、まだ一緒に居ようなんて言ってしまったが、彼の迷惑になっていないか不安になる。その時彼から返された言葉にキョトンとする。

「………秘密の、場所?」

提案されたのは彼自身しか知り得ない特別な場所だという。そんな場所に自分も連れて行って良いのだろうか。そんな不安を抱く間もなく、彼は私の手を引き、立ち上がらせた。怪訝そうな表情を浮かべていたが、彼は得意げな表情でどんどん狭い路地を進んでいく。
しっかり繋がれた手に心地よさを感じた。あぁ、昔もこんな事あったっけ。…いや、あの時は私が彼を連れ回していた。こんな風に手を掴んで、怯える彼を半ば強引に彼を無理やり引っ張った。…覚えていたら、彼にとって嫌な記憶だろう。

そんなことを考えていると「もうすぐだ」と彼の声が耳に入ってきた。
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2024/09/08 17:42
…‼︎
グイッと衣服が掴まれる感覚。彼女がそうしたんだと直ぐに理解した俺は、逸らしていた視線をゆっくりと彼女の方へ向けた。すると彼女が言うのだ。『助けてくれてありがとう』『貴方が来てくれたから大丈夫』『今日は楽しい』『まだ一緒に居よう』と。もしかしてこれは…夢、的な…幻覚か何かか?と俺は一瞬かなり動揺した。彼女を怖がらせて完全に嫌われたとばかり思っていて、まさかそんな言葉をかけてくれるとは想像していない。でも俺が彼女を少しでも救えたのなら、本当に良かった。それに祭りに来た事も、楽しいと思ってくれているなら…本当に嬉しい。あの暴漢から彼女を守ったのは俺のはずなのに、俺の方が彼女に救われている気がする。

「……うん。ありがとうエル。…さっきは怖がらせるような真似して、ごめんな。
 気晴らしと言っちゃなんだけど、俺だけの秘密の場所、良かったら一緒に行ってみない?
 人も居ないし…絶対エルも気に入ってくれると思うから!」

俺は彼女を目線を合わせるようその場にしゃがみ込んだ。そして密かに胸を高鳴らせながら、彼女に"あの場所"へ行く事を提案した。去年あの場所を見つけた時は1人で大興奮していた。本当に、言葉では表せない程の美しい景色だと思う。ずっと彼女を思い続けていた俺は『エルが今もこの街に居たら、一緒にこの景色を見れたのかな』と考えた程だ。彼女に会いたいとは願いつつも、もうその願いは叶わないだろうと半ば諦めていた俺にとって、今この提案を実際彼女にしている事は結構勇気がいる事だった。
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2024/09/08 08:15
その時、彼から聞こえてくる言葉にハッと我に帰る。悲しそうな表情と言葉。違う、私はこんな表情をしてもらいたかった訳じゃない。あたかも私が思っていることを理解しているようなことを言っているが、どれも違う。
震える身体を押し切り、ゆっくりと彼の方へ左手を伸ばしてジャケットの裾を掴んだ。

「……助けて、くれ…て…、ありが、とう…」

途切れ途切れに絞り出した言葉。伝えるの恥ずかしいという反面、ちゃんと伝えなきゃと思った。それはあの夜、彼が真っ直ぐに言葉を伝えてくれたから。そして少しずつでも向き合おうと、今日からと祭りに行こうと思った理由はそうだった。

「怖かった、…昔を…思い出して……。でも、…貴方が来てくれてたから、…大丈夫。…私も、…今日はその、…楽し…くて。…だから、まだ一緒に居よ。」

貴方が良ければだけど、と言葉を付け足す。軽く伏し目がちに言葉を伝え切っていた。
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2024/09/07 21:24
殴られるとは思ったが特に避けようとは思わない。俺は『殴られた後どうこの男達を倒すか』という事しか考えていなかった。だが此処で予想外の事が起きる。殴られた時に付けていた仮面が落ちたのだ。だかこの瞬間は冷静さが欠けており仮面が落ちた事だってどうでも良かった。俺が誰なのか理解して酷く驚愕している男に拳を向けようと思ったが、男らから抜け出した彼女に腕を掴まれ、その場から逃げるように2人で走り去っていった。

走っている間に随分と冷静さを取り戻したと思う。多分酔いも少し冷めたからだ。息を切らしその場に座り込む彼女に目を向けているものの、心中は悶々とした気分で埋め尽くされている。
(しまった…本当にしまった‼︎)
顔もしっかり見られているからきっとすぐ噂になるだろうし、自衛団から事実確認される未来も容易に想像出来る。自衛団としていきなり手を出すのは不味かった。…脚だったからセーフか?いやいや、どっちでも駄目だろ‼︎
(…それよりも)
エルに、きっと怖い思いをさせてしまった。座り込んでいる彼女の肩は小さく震えている。ただ祭りを楽しんで欲しかっただけなのに、…俺が自分勝手にどこかに行ってしまったから。それにあんな俺の態度見たから、きっと幻滅してるに違いない。今の俺に、彼女に優しい言葉をかける資格さえ無いように思えた。

「……っあのさ、……いや…ごめんな。嫌な思い、させて…。
 …今日1日、付き合ってくれて楽しかったよ。嫌だとは思うけど…良かったら送らせて。
 祭りの日は絡んでくる奴が多いし……勿論ちゃんと距離は空けて歩くから」

悄然とした声色。無理に笑顔を作って彼女にそう言って見せた。本当は今日、俺が昨年見つけた景色のいい場所に連れて行こうと考えていたが、彼女にこれ以上無理はさせたくなかったから。
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2024/09/04 21:22
群衆の視線が自分に集まる。身動きの取れない状況。嫌な記憶が嫌でも思い出される。小さい頃に受けた虐め。あの時も同じように複数人が私を捕らえて暴力を振るった。あの痛みと恐怖は忘れられない。竦む身体が強張る中、私の脳裏にはアーヴァンの____

その時、鈍い音が目の前で聞こえ、ハッと我に返る。そこには仮面を被ったアーヴァンの姿があった。男は気絶したのか倒れたまま動きもしなかった。そして低い声で両脇の男たちに言葉を打ち付ける。こんな彼を見たことがない。驚いた表情で彼を見ることしかできなかった。
しかし、左腕を押さえていた男が腕を放し、怯むことなくアーヴァンの前に立ちはだかる。

「てめぇ、貴族に手出ししてただじゃ済まねぇこと分かってんだろうなぁ? 気持ち悪りぃ仮面もしかやがって…なぁ!!」

そしてアーヴァンの顔を殴るように拳を振りかざす。アーヴァンは防御することも抵抗することもなく、その拳を頬に受けていた。その瞬間、仮面が落ち、彼の素顔が晒されると男は酷く動揺した。

「ア、…アーヴァン・ランス?!」

それには右腕を押さえていた男も、群衆もどよめく。あの英雄様が目の前にいるのだから。私はできる限りの力を振り絞り、男に抵抗した。そして右腕が離れるとすぐに男の腹を殴る。怯んでいる隙にアーヴァンの腕を掴み、彼と共にその場から逃げ出した。

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「はぁ…はぁ……っ…」

暫く進み、路地裏へと逃げ込む。周囲には誰もいなければ祭りの活気も遠くに聞こえる。これならもう大丈夫だろう。彼から手を離し、その場に座り込んだ。彼に声を掛けなければ、そう思うのに言葉がなかなか出てこない。まだ震えが止まらずにいた。
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2024/08/31 18:43
(ごめんエル!アイツらが行ったらすぐ戻るから…!)
俺は心の中で彼女に謝罪しながら足早にその場を去った。一旦路地裏へと身を潜め、壁に背を預ける。少しすればアイツらもどこか別の場所に移動しているはずだ。今は此処で身を隠しておこう。そうして静かな路地で時間を潰している間、ふと今日1日の出来事を思い出す。嬉しくて、楽しくて、幸せな気持ちだ。俺が知っているエルは子供の頃の記憶がほとんどだから、今1日でで今のエルを少しずつ知れている事が嬉しかった。そして仮面の下で口を緩ませながら、早く彼女の元に戻りたいという気持ちでソワソワと落ち着きのない様子をしていた。


5〜10分程度時間が経っただろうか。流石にもうどっかに行っただろう…と思いながらも、念の為に人混みに紛れながら彼女の元へと再び足を向ける。大丈夫かな、とキョロキョロ周りを見渡すが自衛団の姿は見えない。別の所へ移動したんだろう。俺はホッと息をつくが、1つ違和感を覚えた。やけに周りの視線が一点に集まっている。心配そうな表情を浮かべる平民の女性、それとは裏腹にニヤニヤと含みのある笑みを浮かべる貴族男性。もうこの雰囲気だけで嫌な予感がする。俺もすぐさま注目されている方向へ視線を向けると、そこには恐らく貴族の男3名。そして、その男たちに動きを押さえ込まれているエルの姿が。

俺はしっかりとした足取りで奴らの方へ近づく。「何だお前」とエルの頬を掴んでいた男が言葉を発した次の瞬間、俺はそいつの顎を思い切り蹴り上げた。かなり強めに蹴ったからか、倒れた男は気絶している様子で起き上がる事は無かった。彼女の腕を掴んでいた男2人も初めは強気な様子だったが、仲間が1人倒れた事で怯んでいる様子を見せたものの、彼女の腕からその汚い手を離そうとはしない。

「おい。その手、離せよ」

いつもエルと話している声色とは違う、トーンの低い怒りが込められた声色で男らにそう告げる。いつもは暴力なんて反対だが、こいつらがエルに手を出していたからだろうか。それとも酒が入っているからだろうか。何にせよ今の俺はいつもより冷静さに欠けていた。
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2024/08/18 13:15
彼が突然用事を思い出し、その場を離れた。不思議そうに彼の去っていく背中を見つめる。別に引き留めることもせず、彼の言ったとおりここで彼の帰りを待つことにした。
酒を片手に賑わう様子を眺める。華やかな灯りの下で和気藹々としている人々の様子が目に映って、少しだけ頬を緩ませた。一般市民達が楽しそうに笑って酒を酌み交わす。私に依頼してくる市民達の多くは悲しそうな表情をしていた。私がモノを取り返して来れば安心した表情を浮かべる。彼らの表情から「悲しみ」がなくなる瞬間はよく目にしているが、あんな風に笑っている表情を見るのは物珍しかった。私の知らない時間に彼らが笑っていられる時間がある。それを知るきっかけを彼は与えてくれたのだ。
そっと彼が先ほどまで座っていた場所を見つめる。ぽっかりと空いたのは場所だけではなく、私の心もそうだった。…やはり、引き留めても良かったかな、なんて。

しばらくして人が近づいてくる気配を感じた。彼が戻ってきたのだろうと何食わぬ顔で見上げると、そこには知らない人たちが私を見下ろしている。すぐに険悪な表情を浮かべた。

「…何?貴方達、…何の用?」

「いやぁ~こんな祭りの日に一人で酒を飲んでいる女性がいるなんて珍しいので…良ければ僕たちと一緒に飲みません?」

そういうと後ろからもう2名程姿を現す。身なりからして貴族であることはすぐに分かった。

「…人を待っているので、結構です。」

「そんなこと言わずにさ~…あ、君の目面白いね。左右で色が違うのかい?」

そう言って一人が目に触れてこようとしたところ、その手を払い退けて立ち上がる。

「気安く触るな!…っ…?!」

「おいおい、こちらは貴族家系だぞ?平民が取っていい態度ではないだろう?…躾け直しが必要か?」

男2名が私の両腕を掴み、身動きを封じる。上手く手に力が入らないところにもう1人の男が、片手で頬を掴んでくる。

「俺たちの命令は絶対だぞ平民?こっちへ来い!」
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2024/08/14 21:20
彼女が片方のカップを受け取り、俺の仮面の下は満悦な笑みを浮かべていた。そしてコツっと軽くコップを触れ合わせ乾杯をした後、仮面を少しずらして俺も酒をちょびっと口に含める。甘いジュースの中に酒独特のアルコールの味がする。初めて飲んだ時はこのアルコールの味が違和感しか感じなかったが、何度も口にするとこれが美味しいと感じる。慣れってやつだろう。彼女も思わず声に漏れてしまう位、このお酒が美味しかったようだ。彼女の好きなものが見つけられた事に俺はまた大いに喜んでいた。そして俺は先ほどより量を増やして二口目の酒を飲む。

「ん⁉︎あ、あぁ…」

袖を捕まれ、誘導されるように木箱の方へと向かいお互い腰を下ろした。彼女の方から俺に触れてくる事なんて無かったので(実際触れたのは服だけだが)、俺はついて慌てた様子を見せてしまった。普段の彼女ならあまりしなさそうな動作なので、もしかすると彼女も酒で少し酔っているのかもしれない。

「このお酒美味しいな。……エルは結構お酒とか好きだった…り、⁉︎」

ぐびぐびと酒を進めながら彼女と何でもない会話を続ける。ただ今の彼女はどんなものが好きなのか知りたくて、今あるこの酒の話題なら自然に聞けるかと思い口に出した時だった。俺の目線の先、そしてエルが背を向けた方面に自衛団の仲間の姿が数人見えた。大抵の人なら仮面を被っていれば素性がバレずに済む自信があったけれど、常に行動を共にしてきた彼らとなると、仮面を被ったくらいじゃ見破られてしまうだろう。

「……そうえば少し用事があるんだった!少しだけ席外すけど絶対戻ってくるから此処で待ってて…!」

(今は…まだ、駄目だ)
俺は数秒考えた末、苦し紛れの言葉を残しその場を慌てて去っていく。俺のところに仲間が集まれば、エルも自然と彼らの注目を集めてしまう。そうすれば自衛団の奴らが彼女に興味を持つのは自然なことだ。彼女の素性も今は説明することはできない。したくない、と思った俺は一度その場を離れる判断をした。
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2024/08/11 10:31
美味しそうだと思った同じ酒を彼も興味を持ったようで、自分の制止を無視して買いに行ってしまった。すぐに戻ってきた彼の手には2つのカップがあった。「お代は要らない」とまた彼がご馳走してくれた。今日は何でも至れり尽くせりなのが申し訳ないが、祭りのことを何も知らない自分は彼に頼る他なかった。
夜は大人たちが酒を酌み交わして楽しむ時間だと教わり、自分達もその中へ紛れようとのことだった。いつも一人で疲れと罪悪感を紛らわすために酒を飲む。それもまた自分の時間として好きなのだが。

カップを受け取り、触れる程度に乾杯する。軽くクイッと飲むとフルーティーな甘さが広がる美味しいカクテルで「おいしっ」と声が漏れてしまった。人と一緒に酒を飲む、意外と好きかもしれない。

彼を見ると少しだけ頬が赤く染まっている。あまり耐性があるわけではなさそうだ。辺りを見回して座れそうな木箱を見つける。軽く彼の袖を掴んで

「…あっち、座ろう」

と声を掛けた。彼と一緒に座り込むともう一度酒を飲む。…うん、やはり美味しい。
少しだけ明るい場所から離れており、目の前には楽しそうな貴族たちとその遠くに一般市民達のグループがある。見慣れている光景だが、やはり交わることは無さそうだ。

貴族と交わる一般市民。それは私たちしかいないが、酒のせいで目をつけられていることなど知らず、私はもらった酒を堪能していた。
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2024/08/11 00:36
色々な出店を見て回ったが、アイスクリームを買った事以外で彼女がお金を使う事は無かった。初めて来た祭りの最初で最後のお金の使い道が知らぬ少年へのアイスクリーム。普通の人なら知らない者のために多額を使う事など出来ないだろう。分け隔てないその優しさは彼女の美徳であるが、危うさでもある。しっかりしている彼女の事だ。誰かに騙される…なんて事は無いだろうが、優しさのあまり自己犠牲に陥っていないか。杞憂であればそれで良いんだ。でも、今日の彼女の姿を見て俺の中の不安が大きくなっていた。

────────────────

時間が過ぎていく中、薄闇がついに夜に変わった。空色の変化と共に、祭りの雰囲気も昼間とは印象は違って見える。1番は酒を飲む酔っぱらいが増える事だ。夕闇の時間帯から飲み始めえている者もちらほら見かけていたが、それが夜の暗さに変わった途端酒を楽しんでいる者の姿が多く見受けられる。俺自身は嫌いでは無いが物凄く好き、という訳でも無い。まずあまり酒に強く無いのだ。すぐ顔色も変わるし、何より酔うと眠くなるタイプ。だからこうして酒をたらふく飲む楽しみ方はまだ未経験という訳だ。

「……………あれ、美味しそうだな〜!ちょっと買ってくる!」

ただ、横にいる彼女が興味ありげに酒を見ていたので、自分はあまり得意では無いものの酒を買うことに決めた。1杯くらいなら少し酔うくらいだし、何より今日は彼女に楽しんでもらうと決めているから!
「待って」という彼女の言葉が聞こえないフリをして、その店で酒を2杯買ったあと再び彼女の元に戻った。

「夜はさ、大人は酒を飲んで楽しもう〜って感じなんだよ。毎年な。
 …だから折角だし、俺たちも乾杯しよう!」
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2024/08/10 18:20
それから彼に連れられるがまま、祭りを回った。彼は宝石や骨董物がある出店を周り、興味深そうに眺めていた。それ以外にも美味しそうな香りを漂わせる串焼きやご飯ものの出店を周り、様々な食に舌鼓していた。時折、私を見兼ねてか買った食べ物を半分くれたりした。最初は断ていたものの「折角だから食べて欲しい」と押されてしまい、貰ってしまった。私が物珍しそうに食べる姿が面白かったのか、彼は隣で笑っていた。
やはり彼の笑顔は眩しい。多くの一般市民のためにも、彼を守らなければ。

____________________________

夜になり、辺りは暗くなり始める。これはまた一段と祭りの雰囲気を変えさせた。辺りは装飾されたランプ明かりでムードな雰囲気を与える。子供たちの姿はさほどみられない。これは大人の時間になってくるのだろうか。お酒を提供する店も増え始めており、辺りには大人たちの楽しそうな笑い声が響いていた。
酒を飲むのは好きだ。ある程度は飲める。

(うわぁ…あの酒美味そう…)

そんな表情を見せながらまた彼と共に歩いていた。
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2024/08/04 00:50
『美味しい』の言葉は無かったけれど、彼女が数口進めた様子を見て俺はホッと安心した。
お金のことも「別にいいけどな」と言ってみたが彼女は納得しなかったらしい。それもまた彼女らしい、というべきだろうか。

(…頼ろうとしない姿勢はエルらしいか)
彼女が犯罪者だという事、忘れている訳ではない。犯罪組織に居る理由は皆違っても、大抵ある共通点がある。貧困層だということ。犯罪をする大元の理由が『金が必要』なのだ。彼女も富裕層では無い。なので犯罪をする詳細な理由は分からないが、お金がないという点は共通しているだろう。俺は本来彼女を捕まえる立場だから、俺には頼りたくないだけかもしれない。

「…うん」

(…忘れてない、忘れちゃいけないのに)
アイスクリームを食べて昔みたいに笑う君を犯罪者扱いして、今の俺は迷いなく捕まえられるだろうか?正直、答えは出せない。いつもならすぐに捕まえると即答出来る筈なのに。
いつだって正義に忠実で居た。悪と呼ばれる者は迷いなく捕まえた。だから俺はいつの間にか"英雄"になった。
彼女を捕まえることも"正義"に当たるだろう。でも、今の俺は判断しかねていた。彼女が正義なのか、悪なのか。

「っあ、ああ!じゃあ次はこっちに行こう!」

彼女の声が聞こえハッとさせられる。慌てて笑顔を作ると、彼女の手を引いて俺は再び足を進めた。

(… 今だけは"忘れたい"のかもしれないな)

そしてぽつり、心の中でそう呟いた。
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2024/07/28 21:31
口をつけてしまった以上、彼に返すわけにもいかない。もう二口ほどアイスクリームを食べると、目線を少し下にしながら口を開いた。

「お金……今度、返す。」

今度って数日後の話ではない。これ以上のお金を再来月まで使わないように最大限の節約をすれば、最短で2カ月後に返せるかもしれない。そこまで彼が待てないというのであれば、また宝石を盗み売ればよい。あまり辿りたくない道だが。
しかしアイスクリームの味は絶品だった。思わずホッするような程よい甘さがどこか、懐かしい。

「…昔、一度だけ食べたものと似ている味がして…すごく、懐かしい。」

貴方から貰ったものだと恥ずかしくて言葉にできなかった。ただ、私は無意識に笑みを零していたらしい。いつもボロが出ないよう必死に隠している。もともと感情に素直で”顔で分かりやすい”とよく言われるからだ。いつもはちゃんと気を付けているのに、なぜ今は、気をつけられなかったのだろう。

「…私はこれ以上お金使えな…使わなくて十分だから、貴方の行きたい場所に行こう。」
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2024/07/28 17:11

差し出したアイスクリームを彼女は戸惑いつつも受け取ってはくれたが、それを口にしようとしない。昔、彼女にアイスクリームをあげた事があった。その時は食べてくれたので嫌いではないと思っていたが、大人になれば味の好みも変化する事も良くある。もしかすると今はあまり好きではないのだろうか?余計なことをしてしまっただろうか、と仮面の下は不安げな表情を浮かべていた。

(…やっぱり食べたく無かったかな、無理に押しつけちゃったかもな)
彼女を困らせたい訳じゃない。苦手だったら無理しないでと伝えようとした矢先、溶け始めたアイスクリームの雫を彼女が口で掬う。

「っあ。………ど、どう?…美味い?」

アイスクリームに口をつけた彼女はまるで『やってしまった』という表情をしているが、不味いと感じているようには見えなかった。もしかすると何か理由があって食べなかったのだろうか?俺は恐る恐る味の感想を彼女に聞いてみる事にした。
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2024/07/27 00:10
会話する少年とアーヴァンの姿に心がじんわりと暖かくなるのを感じた。無邪気な笑顔と懐の深い優しい笑みにその光景が光に包まれているようだった。それから少年は両親の元へ戻るためか、どこかへ行ってしまった。するとアーヴァンはアイスクリームを一つ差し出す。先ほど彼が購入していたものだった。片方の手には同じアイスクリームを持っている。私の分だと受け取るが、口をつけられずにいた。

「代金を返せない」なんて言えなかった。これを一口でも食べてしまえば代金を支払う必要があるだろう。しかし先ほど1つ購入しただけでも精いっぱいで、もう一つ分の代金を彼に渡すことなどできなかった。彼はいとも簡単に2つも購入していたが、これこそ貧富の差。貴族と庶民はやっぱり違うのだ。

「…やっぱり要らな___」

と、彼に差し戻そうとしたとき。アイスクリームが溶け始めており、コーンからアイスクリームの溶けた雫が零れそうになっていた。それをすかさず目撃し、掬おうと口をつけてしまう。

(あっ……)

顔にも”やってしまった”と言うような表情を浮かべる。これで彼にアイスクリームも代金も返すことができなくなってしまった。
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2024/07/21 23:12
この祭りは前夜祭・本祭・後夜祭と続くが、やはり1番盛り上がるのは本祭。つまり今日である。身分も関係無い、老若男女が楽しめるこの祭りはまさにこの国の誇りだと思う。毎日皆が今日のように過ごせたらどれだけ幸せだろう。俺はこの日を彼女に楽しんで貰いたくて、沢山の出店を見て回った。人気な美味い串焼きだったり、面白い仮面が売っている出店やキラキラとした小物が売っている店。けれど彼女は何かを買おうとはしなかった。無関心な様子ではなかったのでただ買わなかっただけかもしれないが、せめて何か美味しいものでも食べさせたいと思っていた矢先だった。『この店はさー』と声を出そうとした寸前に、彼女から少し待っているようにと言われ、繋いだ手を解いてどこかへ向かっていった。向かった先に視線を向けるとそこはアイスクリーム屋だった。今までの様子とは変わり迷わずアイスクリームを購入した彼女だったが、しゃがみ込んで少年へとそれを渡したのだ。祭りに来て最初に買ったのが少年のためのアイスクリーム。それが何とも彼女らしいと思った。
そして、泣き虫だった俺を救ってくれた少女の時のエルの姿が、一瞬重なっているように見えた。

(…優しい、顔)
俺は通行人とぶつかるまでの少しの間、彼女の微笑みに見惚れ、その場でボーッと立ち尽くしてしまった。ぶつかった方へ「すみません!」と謝罪をした後、俺は愛しくてじっとしていられず彼女の方へを足を向けた。

「オヤジさん、アイスクリームあと2つお願いします!」

店のほうへ着くなり俺は店主にアイスクリームを2個注文した。代金を払い終えた後、美味しそうにそれを食べている少年へ俺も膝をつき視線を合わせた。

「美味しいか?」

そう問いかけると、少年は満面の笑みで「うん!」と答えてくれる。その様子を見て何だか俺も嬉しくなって、少年の頭を撫でながら「そうかそうか!良かった!優しいお姉さんだな」と朗らかに答えた。

「じゃ、これはエルの分」

店主からアイスクリームを片手に1つずつ受け取った俺は、片方を彼女へと差し出した。
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2024/07/21 00:30
仮面を少しずらし見せてくれた彼の笑顔は明るくて、真っすぐだった。暗い心を明るく照らしてくれるような眩しささえも感じる。それから彼は私の手を握って会場内へと進んでいった。

進んだ先に広がっていた光景に私は目を奪われた。舞踏会のような高貴な装飾とは違い、布や風船などで飾り付けられた空間に心が躍る。辺りをキョロキョロと見るだけでも十分気分が上がる。そして聞こえてくる笛やハーモニカの明るい音色により高揚する、束の間。香ばしい匂いや甘い匂いが鼻を通った。屋台が立ち並び、食べ物を頬張っている人が多く見られた。私の目に映る平民の多くがそれは楽しそうに笑っていて、じんわりと心を温める。
私に依頼してくる多くは悔しそうな、悲しそうな表情をしていた。この世界に私たちが笑顔でいられる場所など無いんじゃないかと思っていた。けれどここは誰もが楽しそうに、幸せそうに笑っているのだ。それは屋台で物を売っている人も、音楽を奏でている人も同じで。…あぁ、私たちにも笑える場所があったのか。

アーヴァンは色んな出店を教えてくれた。ここには何が売っているとか、どれが美味しいだとか。その情報を聞き入れるだけで手を伸ばすことはできなかった。実際にお金を使おうにもどれに使っていいのか分からなくて。その時、ふと1つの出店に目が止まる。「アイスクリーム」と書かれた看板のお店だった。小さい頃、一度だけアーヴァンから貰ったことがある。食べたときの衝撃は忘れられなかったが、それ以降食べることができなかった。…平民にとっては高価な食べ物だからだ。
握り締めていたコイン袋の中身を確認する。アリアからの賃金は貰っているが、払ってしまえば生活が苦しくなってしまう残高になりそうだ。諦めようとしたとき、その店に1人の平民の少年が現れる。手一杯のコインを店主に見せるも金額が足らないのかアイスクリームを売ってもらえなかった。その悲しそうな表情が心に刺さる。

「ごめん、ちょっとここで待っててほしい。」

アーヴァンに伝えると、私はその男の子のところへ向かった。見上げる少年を横目に店主にアイスクリームを1つ注文する。代金と交換にアイスクリームを受け取ると少年の目線に合うようしゃがみ差し出した。

「え、お姉ちゃん…いいの?」

「うん、あげる。」

無意識にか、ほんの少し微笑みながら彼に渡していた。
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2024/07/14 18:06
祭りの会場へ向かう途中、仮面の効果で俺がアーヴァン・ランスだとは今の所気付かれていないようだ。もしかすると自衛団の奴らには俺だと気付かれてしまうかも、と懸念はしていた。
路地裏を抜けて大通りに出て、彼女と横並びで足を進める。昔よく一緒にいた時の事を思い出して少し懐かしい気分になっていた。そうして足を進めた先には本格的な祭りの会場がある。相変わらず華やかで美しく、楽しげな会場だ。俺は今回怪我や仕事の件があり参加出来ていないが、自衛団は毎年祭りの準備には参加していたので見慣れた光景ではある。だが見慣れていても毎度この光景にはワクワクが止まらない。

「今年も大盛り上がりみたいだ!エルは何か……」

隣の彼女に興味のある所はないか聞こうとし、ふと視線を向けた。するとそこには瞳を輝かせて周囲を見回す彼女の姿があった。彼女が姿を消す前までの期間は祭りに行ったことが無いと知っていたが、この反応を見る限り今回初めてこの祭りに来たんだろう。彼女の仕事上、こういった場所には好んで来れなかったのかも知れない。だがどうやら祭りが嫌いという反応では無さそうだ。寧ろ色々と興味を持っているように見える。

「…色々興味ある、って感じだな。
 よし、じゃぁ片っ端から見ていこう!」

彼女の顔を覗き込み、俺は嬉しそうに笑顔を浮かべた。今はまだ昼間。祭りは夜も続く。寧ろ夜が本番と言ってもいい。ただ夜は大人が酒を飲み始め、酔っ払いが増えるので昼間よりも治安が悪くなるのが難点。だが夜空や光飾りが水面に映される様や、音楽をかけ広場で人々が自由に踊る光景は現実を忘れられるほど自由で、素敵な空間だとは思う。そんな夜まではまだ時間もあるので、一先ず色々と祭りを見て回るのが良いだろう。俺はパッと彼女の手を握り人混みの中をゆっくり歩き始めた。
手を握ったのは勿論はぐれないようにという気遣いから…だが、いつもより気分が高揚しているせいか"好きな人と手を繋いでいる"という事実にはまだ気付いていないままだった。
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2024/07/14 08:12
彼の嬉しそうな表情を見たのも束の間、温かく包まれた。驚くあまり声にも出せずポカーンとしていた。彼が慌てて手を離し、少し待ってて欲しいと行ってしまうまで、彼の声が届かなかった。しかし彼がどこかへ行ってしまった後、ぶわぁと顔が赤くなった。何だろうこの気持ちは。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちと、ちょっぴり足りない気持ち。初めて味わう感覚に動揺が隠せなかった。

その時、彼が戻ってくる。どうやら仮面を買ってきたらしい。これを付けていれば、自分がアーヴァン・ランスだとバレないはずだと。確かに顔を隠すだけでも充分効果がある。幸い、彼は貴族らしい服装をしていなかった。楽な私服、に近いのだろうか。でも使われている布やデザインからは高価なものだと分かる。しかし遠目で見ればわからないため、仮面を被れば身分は誤魔化せそうだった。
自分のわがままにまっすぐに答えてくれる。彼の心は私と違って綺麗で真っ直ぐで透き通っているだな。…いや、昔からそういう人だった。濁った心の私が居てはいけないのだろうけど、こんな心が彼によって少しでも浄化されて欲しいと願う自分がいた。

「そう、だね。……じゃあ、その…行こうか。」

そう言って光のある大通りに向かって歩き出した。この先は人目の触れる場所になる。一瞬躊躇した足を勇気を持って踏み入れ、大通りに出た。彼の仮面のおかげか、こちらを気にする人はほとんどいない。少し安心すると彼と共に会場に向かった。

-----------------------

「何…ここ…」

会場に着くとそこには見たことのない華やかな光景が広がっていた。青空に色鮮やかな風船が舞い、色とりどりのテントの下で美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってくる。
祭りなんて行ったことがなかった。プライベートで人目につく場所は避けてきたため、祭りに行くなんて考えたこともなかった。…ただ、誰かと参加できるなら、行きたい気持ちはあったけれども。
まるで宝石を見るような瞳で辺りを見回していた。
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2024/07/14 01:28
スッと、彼女が俺の横を通り過ぎて行く。『また、届かなかった』と悲しみが胸に響く。俺が考えている以上に、彼女との溝は深いのかも知れない。何度その溝を飛び越えようとしても、彼女に届くことは無いのかも知れない。それでも俺は振り向き、言葉を紡ぐ彼女の背を見つめた。暗い路地裏にいるせいか、路地の向こうの大通りは光いっぱいに包まれているように見える。すぐ側は賑やかな雰囲気だが、此処は酷く静かで、賑やかな音がとても遠く感じた。耳に届くのは、彼女の透き通った声だけ。そんな中、彼女が続けた言葉によって俺は天にも昇るような気持ちになった。

「守る!!…ッ絶対に守るよ!!」

驚きと喜び。混じり合った表情を浮かべ、キラキラと瞳を輝かせて大きく頭を縦に頷かせる。絶対に離す気はないと意気込んでおきながら、今日は彼女に断られるかも知れないと少し諦めていた俺が居た。だが、彼女の言葉は一緒に祭りに行ってもいいと、俺の提案を受け入れている言葉だった。

「やった!!」

俺は嬉しさのあまり、衝動的に彼女をギュッと抱き締めてしまった。だが抱き締めた直度にハッと現実に引き戻され慌てて彼女を俺の腕から解放する。両腕は上げたまま、焦った様子で彼女に謝罪をした。

「っぁ、ごめん突然…!!……嬉しくて、つい…」

シュンと眉尻を下げて申し訳なさそうに彼女に伝えた。そしてふと、大通り沿いを歩く1人の男に気がつく。
「ちょっと此処で待ってて!」と俺は彼女に伝えると、まるで風に乗ったようなスピードでその場から立ち去る。そして数分後、俺はすぐ彼女の居る路地裏へと戻ってきた。

「っハァハァ…っごめ、突然……ッでも、これ…!」

息を切らしながら俺が片手に持っていたのは"仮面"だ。この祭りでは仮面を付ける風習があるのだ。勿論強制ではなく、全ての人が付けているという訳ではない。だがこの祭りでは、仮面を付けていても何ら不思議は無いということ。

「……俺は今日、貴族でも英雄でも、アーヴァンでもない。
 これなら、俺ってわかんないだろ?」

この国は金髪の男もそこそこいるし、顔を隠せば俺とはよっぽど気付かれないだろう。
そう思い、仮面売りの男を突然追いかけて1つ購入したという訳だ。…仮面を付けながら、俺は彼女と再会した時のことを少し思い出していた。
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2024/07/13 08:36
彼の堂々とした否定にビクッと肩を揺らした。紡がれる言葉が全て私の心の壁を一枚一枚壊していくような。そして最後にはっきりと祭りに誘われる、他でもない、私と一緒行きたいと。
あの夜もそうだった。彼は必ず真っ直ぐな言葉をかけてくれる。私がどれほど逃げようと、どれだけ避けようと彼は私を掴んだ離さない。ひどい言葉もひどい言動もたくさんしているのに、傷つけてボロボロになっても離してくれない。もう分かってる、この手を振り解けないことも、振り解きたくないことも。
でも、本当にいいのだろうか。私はあの大通りに彼と戻る勇気が湧かない。2人で戻ってどんな目で見られるのだろう。彼を卑下する人がいるのでないか、…私もまた、虐められるのではないか。いくら彼が赤の他人だと思っても、周りはそう見ないのだから。

「…貴方が赤の他人と接してきても、周りは貴方を貴族の英雄様と見るんだよ。」

そう言うと彼の横を通り、たくさんの人が祭りに向かうために歩いている大通りの方を向く。そして立ち止まり、振り返らないまま言葉を続けた。

「…怖いの。私といるせいで貴方が酷く言われることも、私自身も酷く言われることも。…昔、それで虐められたから。」

軽く振り向き、彼を見つめた。
もういいだろう。彼が伝えてくれた素直な言葉をこれ以上無視するなんて。少しくらい向き合う努力で私も応えるべきだ。

「祭りなんて行ったことない。どれだけの人が言ってくるか分からないけど…貴方が酷く言われた時は私が守る。…私が酷く言われた時は、守ってくれる?」
***このコメントは削除されています***
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2024/07/13 08:19
彼の堂々とした否定にビクッと肩を揺らした。紡がれる言葉が全て私の心の壁を一枚一枚壊していくような。そして最後にはっきりと祭りに誘われる、他でもない、私と一緒行きたいと。
あの夜もそうだった。彼は必ず真っ直ぐな言葉をかけてくれる。私がどれほど逃げようと、どれだけ避けようと彼は私を掴んだ離さない。ひどい言葉もひどい言動もたくさんしているのに、傷つけてボロボロになっても離してくれない。もう分かってる、この手を振り解けないことも、振り解きたくないことも。
でも、本当にいいのだろうか。私はあの大通りに彼と戻る勇気が湧かない。2人で戻ってどんな目で見られるのだろう。彼を卑下する人がいるのでないか、…私もまた、虐められるのではないか。いくら彼が赤の他人だと思っても、周りはそう見ないのだから。

「…貴方が赤の他人と接してきても、周りは貴方を貴族の英雄様と見るんだよ。」

そう言うと彼の横を通り、たくさんの人が祭りに向かうために歩いている大通りの方を向く。そして立ち止まり、振り返らないまま言葉を続けた。

「…怖いの。私といるせいで貴方が酷く言われることも、私自身も酷く言われることも。…昔、それで虐められたから。」

軽く振り向き、彼を見つめた。
もういいだろう。彼が伝えてくれた素直な言葉をこれ以上無視するなんて。少しくらい向き合う努力で私も応えるべきだ。

「祭りなんて行ったことないから、どれだけの人が言ってくるか分からないけど…その時は、守ってくれる?」
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2024/07/12 22:48

「…嫌だ!」

俺は子供の我儘のような台詞を、胸を張り堂々とした様で彼女に告げた。大人気ない態度なのは自分でも理解している。きっと彼女からしたら迷惑だろう。でも、貴族だから、英雄と呼ばれているからって、大人だからって無理に自分を押さえ込んで彼女の手を掴めないままなら、いっそのこと俺の本心を直球で伝えて、その上で彼女がどう答えるか知りたかった。

「確かに、俺は貴族だ。でも俺は貴族とか平民とかそんなこと気にしていないし、気にしなくていい世の中になれば良いと思ってる。
 …俺はエルと一緒にいることを迷惑だなんて思ったこと、一度だって無い!」

彼女の言葉の通りだ。俺が貴族と平民という境を無くしたいと願ったとしても、それを実現するには時間が掛かる。掛かってしまうほどに"貴族"と"平民"という身分制度はこの世界に染み込んでいるのだ。彼女が気にしてしまうのも当然。周囲からすれば俺が異質な存在なのだ。

「でも、エルが気にするんだったら、
 …今日は、赤の他人の、貴族でも英雄でも、仕事仲間でもない他人に話しかけられてると思ってくれ」

アーヴァン・ランスとしてではなく、他人として彼女を誘う。無理があるだろうが、俺自身無理をするほど彼女に必死だった。再会してからひしひしと感じる。俺はこんなにも彼女のことが好きで仕方ないんだと。

「…俺と一緒に、祭りに行ってくれないか?
 俺は他の誰でもない君と一緒に祭りに行きたい」
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2024/06/23 23:27
人気のない路地に入り、進める足のスピードを緩めた。きっと彼は声を掛けられた市民達の対応をしているだろうし、なるべく行き先が分からないように攪乱したつもりだった。目があったとはいえ、見間違えだと認識するだろう。そう一息着こうとしたとその時、後ろからもう一度、同じ声で名前を呼ばれる。心臓を強く打たれるように驚く。振り向かずとも彼がそこにいることが分かった。何故彼がそこにいるのだろうか。市民たちの対応はどうしたのだろう、こんなすぐに終わるはずがない。あんなに大勢いたのだから。
無意識に立ち止まり、彼の方を振り向かないまま少し考える。久しぶりの再会で最後にあったあの夜に交わした言葉も、宙に浮いたまま何も解決していない。つまりは、話しづらいのだ。
一度深呼吸して気持ちを整えようとする。これ以上彼の前で醜態をさらし、取り乱した姿を見せたくない。いつも通りの「犯罪者エル・ハック」にならなければ。私は振り向き、彼を見る。余裕のあるツンとした表情で開口した。

「…これ以上、近づかないで。今日は非番のはずでしょ、…仕事中じゃないんだから、今の私たちは赤の他人。ただの貴族と平民なの。…一緒に居ること自体、お互いに迷惑じゃない。…今日はあっちの広場で祭りがあるようだし、…ここに居ないで早く向かったらどう?お友達も、待っているでしょ。」

貴族と平民が一緒にいることなどあり得ない。子供だろうと大人だろうと、この2つの人種が混ざり合うことはこの世界が許さないのだ。それに、彼が私なんかといる今この空間を誰かに見られてしまったら、私のことはどうなろうと構わないが、アーヴァンの悪い噂が立ってしまう可能性がある。それだけは避けたい。
少しずつ後ずさりしながら彼と距離を取ろうとしていた。
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2024/06/23 16:50
「ん?あっ勿論…、いやあ俺の方こそいつも色んな人に助けてもらってて…ってあ、っちょエル!
 ご、ごめん皆俺ちょっと…!!大事な用事があって!!すみません!」

がむしゃらに走り続けて、周りの協力あってこそ俺が"英雄"と呼ばれ始めた。勿論この名前も便利な時は多いのだが、今だけは厄介としか思えない。俺が大声を出してしまったのも十分不注意だが、一気に注目を集めてしまい「握手してください」「いつもありがとう」などと言い俺の周りに人集りが出来始める。勿論嬉しい。喜ばしいことだ。けれど今はエルに声を掛けることで頭がいっぱいだっった。周りの対応をしつつも横目で彼女の姿を追っていたら段々と距離を離し路地裏へと身を潜めてしまったのだ。その瞬間慌てて周りに謝罪をし軽やかに人集りから抜け出した。

(本気出して逃げてたら追いつかないかもだけど…まだそんなに離れてないはず)

彼女と再会したあの夜。まるで羽でも付いているかのように軽やかに素早く逃げる彼女を俺は見ている。あの夜と同じスピードで逃げられていたら追いつけるかは微妙なラインだ。今は町中人で賑わっているのでそんなスピードでは逃げていないだろうと予想しつつ、彼女が入って行った路地裏へと自分も足を踏み入れた。

そして少し走り出すと、路地の少し先に彼女の背中姿を捉えた。このまま追いつくこともできる距離だと思ったが、俺はあえてその距離を詰めることはせず、少し遠くからまた彼女に声を掛けた。

「…エル!」

どうか一度、立ち止まって振り向いてくれないか。
口に出すことはしなかったが、そう心で願いながら彼女の名前を呼んだ。
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2024/06/22 00:30
自分の耳に、自分の名前が届く。振り返ればアーヴァンの姿があった。驚いてその場に立ち止まってしまう。何故彼がいるのだろう、怪我はもう大丈夫なのだろうか。彼も自分が気づいていることを理解したのか、こちらへ駆け寄ろうとする。しかし、彼を見つけた人々が次々に声を上げた。

「英雄様だ!!ママ、英雄様がいるよ!!」

「ランス様だ…、すげぇ本物だ…」

「英雄様!握手、してください…!」

祭りに向かって一方向に進んでいた群衆がピタリと止まり、視線はアーヴァンに集まる。そして彼の周りを取り囲む様にして、人々は彼に近づく。さすがはこの街の有名人だ。貴族も平民も彼を取り囲んでいる。
群衆に身を任せれば、彼のところへ向かえそうだった。しかし「さっき誰かに声を掛けようとしてよね」「一体誰だったんだろう?英雄様のことだから親しい貴族の方なんじゃないかな?」と近くから声が聞こえてきた。すると身体が竦んでしまい、群衆に抗う様に立ち止まることしかできなかった。
そもそも彼の声など無視して立ち去ればいいだろう。彼と私じゃ地位に雲泥の差がある。私なんかが近くにいていいわけがない。今までの私ならそうしていた、だから今回も彼を無視して居なくなればいい。なのに、

"…傍に、居てほしいよ"

あの日彼が言ってくれた言葉がフラッシュバックする。悲しそうな表情で言われた言葉が私をここに留まらせている。彼が頑張って伝えてくれたあの誠意に、私は背を向けていいのか。しかしアリアに言われた言葉が頭の中に残っている。

"あの人に迷惑ね。庶民となんて。"

気がつけば私は彼に群がる群衆を避け、人のいない小さな路地へ駆け込んでいた。
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2024/06/15 18:25
怪我をした日から約2週間。身体の痛みは若干残るものの、少しずつだが任務復帰をした。何時迄もじっと療養するのは自分には合わないし、エルと早く顔を合わせたかったから。それに俺の仕事はほとんどエルへ一任したらしく、実質彼女は2人分の任務をこなしているのだ。それ故、話すどころか顔を合わせることもこの2週間ほとんど無い。それが心苦しくて完全復帰を目指していた。

そんな中、俺は今日分の仕事を終えたことをアリアへ報告しに向かった。その際『明日は非番』と伝えられた。どうやら大事な予定があるらしい。そのため俺だけでなくエルも非番にするそうだ。そして自宅へと戻ってから、俺は1人でう〜んと唸りながらあることについて熟考していた。明日は俺たちの住む都市メイアスでも有名な祭りが開催される。上手い料理に広場で踊る人々。光で装飾された街並みはそれだけで十分美しいが、それが水面に映ることでまるで光に包まれているような気分にもなれる。水の都ならではだろう。
明日は彼女も非番なら、誘ってみるのはどうだろう。あの日以来まともな会話なんて一度もしていないから、もしかしたらまた逃げられてしまうかもしれない。
そう一晩色々と悩んだ末、俺はついに決断をした。

───────────

翌日。青空が澄み渡った快晴の朝。俺は彼女を祭りに誘うために、あちこち回って彼女のことを探していた。彼女の住んでいる場所は分からないし、今日は大事な話があるようなのでアリアの屋敷にもあまり近づかない方がいい。
つまり街中を探しまくるという方法しか無かったのだ。もしかすると見つけられない可能性だって十分にある。
それでも不思議だが、彼女を絶対に見つけられる自信があったのだ。

そして探し続けて約1時間。街中でワインレッドの髪を揺らす女性が視界の端に映る。

「────エルっ!!」

背中姿しか見えていないのに、それが彼女だと確信した俺は少し遠くから彼女の背に向けて声を掛けた。
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2024/06/04 21:24
あれから2週間ほど経過した。彼の怪我は回復傾向に向かっているようで、少しずつ任務を再開していた。その分、私の仕事量が増えた。彼が動ける範囲以外の全てを任されてしまったから多忙を極めていた。そこに不満や愚痴などはない。働けば働く分報酬はちゃんと貰えたし、それで彼の負担が減るのであれば、不思議と頑張れた。一方で、彼とはあの夜に言葉を交わしてから、ほとんど話をしていない。忙しさもあって話す暇がなかったのもあるが、一番は彼と何をどう話せばいいか分からず避けていた。…話したいことは、あるのに。

今朝もまた、いつものようにコーディ家を訪れる。中に入るとアリアしかいなかった。

「おはようございます、アリア様。今日は何を__」

「今日はランスさんも貴方も、非番でいいわ。」

その言葉に「えっ」と声を漏らす。今までそんなことなかったから、少し驚いてしまって。その様子を見てかアリアは言葉を続けた。

「今日は大事なお客様がいらっしゃるの。大事な話もするから、コーディ家以外の人に聞かれたくないの。…ちょうど広場で催し物をやるようだし、…貴方にはよく働いてもらっているから、気晴らしにでも行って来たら? あ、ランスさんにはもう伝えてあるから。…折角ならランスさんと…いや、あの人に迷惑ね。庶民となんて。」

そう言って私は屋敷から追い出された。もしかしたらアーヴァン暗殺計画の話なのでは?直感が働いた私は追い出される前に小型の録音機を仕掛け、家を離れた。

今日一日、どうしようか。…アーヴァンはどうするんだろう。見れば人々が広場の方へ歩いていく。時折馬車が通るが、きっと上級階級の人間たちなのだろう。誰一人も貴族と一般市民で肩を並べて歩いている姿など無かった。…当然か。
大人しく家に戻ろうと、広場に向かう人々とは反対方向へ歩き出した。
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2024/06/01 17:15
俺の気持ちを伝え切ったその後、彼女はポロポロと涙を溢し苦しげな表情を浮かべた。俺に会いたくなかった、彼女がそう言うのも当然だろう。俺は昔彼女の心に深い傷をつけてしまったから。それでも、握り直したこの手を離そうとは思わなかった。此処で彼女の手を離してしまえば、それこそもう2度と彼女とは会えなくなる、そんな気がしたから。
だが、続けられた言葉は全く想像していない内容だった。彼女は俺が貴族であること、そして昔傷付けてしまったこともあり俺を嫌い拒絶しているのだと思っていた。再会したくないと思う程。けれど彼女が紡ぐ言葉は俺のことを拒絶しているように聞こえなかったのだ。突然のことに驚きの感情を隠すことが出来ず、上手く言葉も発せられない。もっと彼女がどう考えているのか知りたいのに、複雑な感情に思考が邪魔をされる。そして彼女の手が俺の手の中からするりと抜け出た時だった。

「っわ!みんな…いやそれは本当に悪いと思って─、っあ、エル!!」

自衛団の仲間が何名か病室を訪れたのだ。俺が目覚めている姿を見て嬉しそうに側に来る奴もいればすぐ医者を呼ばなかったことを叱る奴もいた。そうして仲間たちに返事をしているさなか、エルが逃げるように病室から出ていってしまった。無理にでも追いかけようと身体を動かしてみたところ、身体の痛みと仲間の「怪我人が無理して動くな」と言う言葉とともに物理的に抑えられたせいでそれが叶う事はなかった。

(…エルは、"これ"を気にしてるのか)

医者が部屋に来るまでの間、彼女が言っていた言葉を思い出して気が付いたことがあった。右の額の上にあるこの傷のことだ。俺が彼女を追い詰めてしまったあの日に付いた傷。事故のようなものだし、元は俺が追い詰めてしまったことが原因だから、彼女のせいだと思ったことは一度も無かった。それでも、彼女は自分が俺を傷付けてしまったんだと考えているんだろう。きっと今回のこの肩の傷のことも同じなのかもしれない。
医者が来て説明を受け仲間が帰宅したあと、病室で1人になっている間も、俺は眠ることが出来ずただずっと彼女のことばかりを考えていた。
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2024/05/31 19:38
彼に言葉を返してから気づく。「側にいて」とは今この場で隣にいて欲しいという意味だったのに、私は別の解釈をしてしまった。言葉を訂正しようと口を開けた時、「傍にいて欲しい」と伝えられる。それからゆっくりと紡がれる言葉が私の心に一つ一つ優しく当たっていく。まるで冷たく凍らせた心に優しく手を当てられてるような感覚だ。じんわりと少しずつ氷が溶けていくような温かさに溶け出した水滴が目に溢れる。
"あの日"、私は彼に助けられた。助けられて「どうして言わなかったんだ!」と強い言葉をぶつけられた。虐められた原因は貴方なのに、まるで貴方にも見捨てられたような感覚になって私は彼を突き飛ばした。そのせいで一生モノの傷を負わせて。

「…私は、貴方に会いたくなかった」

その瞬間、溢れた涙から頬にこぼれ落ちた。悲しそうで苦しそうな表情のまま、言葉を続ける。

「もう自分自身も…貴方も、傷つけたくないの…! 貴方と居た時間を、…辛かったって、思いたくない…っ
もう貴方を嫌いだと、思いたくない…っ そうやって、自分の気持ちを傷つけたくなくて、…貴方にもう、そんな傷をつけたくないのっ…」

そうしてゆっくりと握られた手から自分の手を引き抜いた。

「貴方と居ればいるほど、そんな気持ちが強くなってしまうから。」

それから涙を拭き取り、元の表情に戻す。一呼吸置いた時、後ろから物音が聞こえて振り向くと自衛団の人間が到着していた。「ランス様!!」と声をかけて傍にくる。「目が覚めたら医者を呼ぶように言っただろう!!すぐに呼んで来い!!」と叱られた。私はその場に立ち上がり一礼すると逃げるように病室を後にした。
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2024/05/31 19:35
彼に言葉を返してから気づく。「側にいて」とは今この場で隣にいて欲しいという意味だったのに、私は別の解釈をしてしまった。言葉を訂正しようと口を開けた時、「傍にいて欲しい」と伝えられる。それからゆっくりと紡がれる言葉が私の心に一つ一つ優しく当たっていく。まるで冷たく凍らせた心に優しく手を当てられてるような感覚だ。じんわりと少しずつ氷が溶けていくような温かさに溶け出した水滴が目に溢れる。
"あの日"、私は彼に助けられた。助けられて「どうして言わなかったんだ!」と強い言葉をぶつけられた。虐められた原因は貴方なのに、まるで貴方にも見捨てられたような感覚になって私は彼を突き飛ばした。そのせいで一生モノの傷を負わせて。

「…私は、貴方に会いたくなかった」

その瞬間、溢れた涙から頬にこぼれ落ちた。悲しそうで苦しそうな表情のまま、言葉を続ける。

「もう自分自身も…貴方も、傷つけたくないの…! 貴方と居た時間を、…辛かったって、思いたくない…っ
もう貴方を嫌いだと、思いたくない…っ そうやって、自分の気持ちを傷つけたくなくて、…貴方にもう、そんな傷をつけたくないのっ…」

そうしてゆっくりと握られた手から自分の手を引き抜いた。

それから涙を拭き取り、元の表情に戻す。一呼吸置いた時、後ろから物音が聞こえて振り向くと自衛団の人間が到着していた。「ランス様!!」と声をかけて傍にくる。「目が覚めたら医者を呼ぶように言っただろう!!すぐに呼んで来い!!」と叱られた。私はその場に立ち上がり一礼すると逃げるように病室を後にした。
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2024/05/25 19:33
頼みを受け入れてくれた彼女は俺の手を握る。けれど、彼女が最初にした一言は『もう貴方の傍には居れない』。今の俺が1番聞きたく無かった言葉だ。また彼女に拒絶され、心苦しい気持ちになる。だが苦しいのは俺だけでは無かった。震えた声で言葉を続ける彼女の表情は悲しげに曇っていた。
俺は子供の頃、階級について深く考えた事は無かった。ただ彼女のことが好きで、新しく出来た貴族家系の友人らも大切で。俺は勝手に幸せだと思っていた。だが、この世界には階級差別が存在していた。俺の知らない所で彼女は俺の友人に虐められ、俺はそれに気付くあの日まで『自分は幸せだ』と能天気に日々を過ごしていたのだ。俺のせいで彼女の心に深く傷を残してしまった。彼女が俺の傍に居て辛いなら、一緒に居ない方がきっと良いのかもしれない。

「…傍に、居て欲しいよ」

それでも、これが俺の出した答えだった。この世界は俺達が傍にいる事を許してくれない。俺が今のように『貴族も一般市民も関係なく交友できる世の中にしたい』と思ったのは勿論多くの人のためだが、1番は俺と彼女が傍に居ても許される世の中になって欲しかったから。ただ彼女が笑顔で過ごせる世界になって欲しいから。

俺は横たわった上半身をゆっくりと起こす。怪我に響かないよう慎重に動いたが、やはり多少は痛みが響き若干顔を歪めた。心配そうに俺を見る彼女と視線を合わせ、再び口を開く。

「あの頃の俺は自分の事ばっかりで、エルの優しさに…甘えてた。
 避けられてる時も何が悪かったのか全然分からなくて…エルが虐められるのも、すぐに気付けなかった。
 それなのにあの日、あんな風に問い詰めたりなんかして……本当に、ごめん」

こんな事を伝えて、また彼女に拒絶されたらどうしよう。
そんな不安を抱えているせいか、俺も気付かないうちに声が震えてしまっていた。

「俺は、っ…ずっと、話したかった。会いたかった。
 "こんな私"、なんて言わないでくれ。
 ……俺、エルが大切だよ。昔も、今も」

そう言い、手に少し力を込めてギュッと彼女の手を握り直す。
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2024/05/21 23:33
彼の苦痛な声を聞き、足を止めて振り返る。懇願する瞳を見て深く仕舞い込んでいた記憶が掘り起こされた。

小さい頃、両親が仕事の都合で家を空けることがあり、その度に私はアーヴァンの家に泊めてもらった。今考えれば有り得ない話だが、それほど親同士の仲が良かったのだ。その夜は大雨と雷で天気が荒れており、私はなかなか寝付けずにいた。すると外の酷い音に紛れてシクシクと人が泣いている声がした。音を辿ると、隣のアーヴァンのベッドから泣き声が聞こえる。ベッドから降りて彼のところへ向かうと、案の定この雷鳴が怖くて泣いていたのだ。私も怖かったけれど、彼を安心させたい気持ちが優先した。私が「大丈夫だよ」と伝えると「怖いからここに居て」と言った。それから私は彼の手をぎゅっと握り、彼が落ち着くまで待った。
雷雨が去った頃には朝になっており、気づけば私は彼の手を握りしめたまま彼と共にベッドで寝ていたそうだ。
_________________

そして今も、気づけば彼の手を握っている。そしてゆっくりと口を開いた。

「…もう、貴方の傍には居れない。」

それから顔を上げて彼を見つめる。その表情は再会したあの夜と同じ、今のアーヴァンとはまた違う苦しそうな表情だった。

「ずっと、辛かった。…貴方と居れば居るほど虐められて、一人ぼっちになって。…でも貴方にはたくさんの友達ができていって…!嫌だった、…貴方のことも、貴方に媚を売る貴族の子供たちも、助けてくれない一般市民達も…!」

この世界は私が彼と居ることを許してくれない。一般市民が貴族に近づこうものなら袋叩きにされる。両親は例外中の例外であって、私もその例外の一人になれるなんて、あるわけがなかった。

「…こんな私が、貴方の傍に居ていいわけ…ないじゃない。」

震えた声で最後に言葉を置いた。
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2024/05/19 17:29
俺の声が届いたのか彼女が目を覚まし、俺を見ると表情が柔らかくなり、まるで安心しているように思えた。
(やっぱり、心配…してくれてたんだ)
俺の事を心から嫌っているのなら、きっとそんな風に優しい表情は見せないだろう。俺と彼女の距離が近付いたように感じて、嬉しさとも幸福感ともつかぬ感情が急に胸をしめつけた。
その後、添えられた手に気が付いた彼女が慌てて手を引こっめてしまい小寂しい気持ちになりながらも彼女の口から今の状況を聞き理解した。だが早足で説明した彼女が、まるで逃げるように言葉から去ろうとする姿を見てつい声を上げてしまう。

「待って!!いッ……!」

張った声が左肩に受けた怪我にズキズキと響き、突然の強い痛みについ顔を歪めてしまった。
撃たれたその時は興奮状態で痛みこそあまり感じていなかったが、時間が経って落ち着くと強い痛みを感じた。
これまで銃で撃たれる経験は無かったが、自分が思っていたよりも大怪我をしてしまったんだとようやく理解した。小さく痛みの声を漏らした俺を見て心配そうに足を止めた彼女を見て、どうすればまだ彼女を引き止めることが出来るだろうか、と考える。

「っもうちょっと……側に居て。
 それで手、…握って。……そうすれば痛み、落ち着くから」

お願い、と懇願した瞳を彼女へ向けながらそう伝える。彼女と話したいと思っても、中々2人で会話するタイミングが無かったが、今なら会話ができると思った。自衛団と犯罪者、そういった敵対組織としてでは無く、ただのアーヴァンとエルとして話せると思ったんだ。
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2024/05/18 14:40
聞こえた声にハッと目を覚ます。見ると彼が目を覚ましていた。先ほどの眠気は一気になくなり、目の前を理解すると顔を和らげ安堵の表情を見せる。その束の間、すぐに無意識に左手の暖かさに気づき辿ると、彼の右手に添えられていることに気付く。ガタンっと音を立てながら立ち上がり、同時に離した手を後ろに隠した。

「違う!これは!…っ…違う、から…」

顔をカァァと赤くしながら下へ目線を逸らした。私は彼のことが嫌いだ、子供の頃にそう言い聞かせて私から友達を辞めた。加えて突き飛ばして一生モノの傷を負わせたくらいだ。それくらい、彼のことは今でも妬ましいし嫌いなはずだ。なのにどうしてこんなにも恥ずかしく思ってしまうのだろうか。心配になって、今こうして目が覚めたことを”良かった”と思ってしまうのだろうか。

「…ここは病院。…あれから数時間経ってて、今は夜中3時くらい…。貴方はアリア・コーディを狙った…とされる男に撃たれてここに運ばれたの。…本当は自衛団の人が付き添う予定だったんだけど、調整がつかなくて…1時間後にはその人と交代するから、それまでは私にって…。」

知らないだろう彼の為に今の状況を伝える。半分は空気に耐えられなくて無理やり言葉を紡いだ。

「……医者、呼んでくるから。」

もし彼が目覚めたら医師を呼ぶようにと言伝されていた。正直私がいるうちに目が覚めるなんて思ってもいなかった。私は立ち去ろうと椅子を直して部屋から出て行こうとした。
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2024/05/11 19:39
"うっ…ひっく…ぐす"
暗闇の真ん中でかがみ込み、1人泣く金髪の小さな少年が居た。どうしたの、と声をかけてあげたかったが、身体が上手く動かず少年に近付く事も、声をかける事も出来ない。何だか息苦しくて、まるで金縛りにあっているようだ。それでもあの小さな少年は『何かが怖くて泣いている』と、不思議と俺は理解をしていた。
すると、淡くも美しく、暖かい光に包まれた少女が少年の前へと現れた。顔を俯け泣いている少年に少女は言う。
"私たち2人いっしょなら、怖くないよ。一緒に帰ろう"
少女が差し出した手をそっと握った少年は、涙を止め立ち上がり、2人で歩き出す。
ああ、そうか。この記憶は─────────

「ッは、…はぁ、……」

夢の途中で目が覚めた。ハッと、勢い良く目を開くと、目の前には見慣れない天井があった。夢の中が息苦しかったせいか、ようやく息を吸えた気分になる。ここは病院だろうか。今は一体どういう状況なんだろうか。確認することは山ほどあるが、寝起きで意識と肉体が上手につながっていないので、体が思うように動かない。それに、さっきの鮮明な夢の余韻だろうか。頭の半分はまだ温かい泥のような無意識の領域に留まっているみたいだ。
(ん、あれ…手…?………!)

右手に触れられている感覚あることに気が付き、首を動かしてそっと視線を隣へ向けると、そこにはウトウトと眠りかけている様子のエルの姿があった。

「…エル…」

昔、そして再会後も彼女に突き放され、俺は彼女に嫌われているんだと思うしかなかった。でも、俺が倒れたあの時も、今も彼女はこうして俺の側に居る。触れた手から伝わる彼女の暖かさも愛おしくてたまらない。お互い護衛としてでも、彼女の側に居られるのならその間だけでもいい。もっと彼女に近付きたい。今の彼女をもっと知りたいと切に願い彼女の名をぽつりと呟いた。
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2024/05/06 10:07
その後、アーヴァンはすぐに近くの病院へ運ばれた。幸いにもすぐに医者を手配でき、治療を行えた。出血も収まり命に別条はないことと肩の回復にはだいぶ時間がかかることを告げられた。私は少しだけ胸を撫で下ろした。彼は個室に運ばれ、付添人として私がこうして彼のベッドの傍で彼が目覚めるのを待っている。ここまでにすでに3時間程度経過していた。

夜も更け、月がぼんやり夜空を照らしている。目の前で眠っている彼の手にそっと手を重ねた。撃たれた瞬間は目の前が真っ暗になるほど焦った。大事に至らないと言われても尚、目覚めぬ彼を見ていると不安が徐々に募る。そっと手を離し、窓から零れる月を見つめた。
彼を守るのは市民が彼の存在を心の支えとしているからだ、それを貴族が奪おうとしているからだとずっと言い聞かせてきた。しかし何故だろう、私自身も彼がいなくならないで欲しいと思っている。今日でその感情に深く触れた気がした。
私はこの感情の正体が分からない。けれど1つ言えるのは、私がそんな感情を抱いてはいけないということだ。小さい頃、酷く彼を妬ましく思って彼を避けた。彼と仲良くすればするほど、私は虐められて1人になった。一方でどうだ、彼はどんどん交友関係を広げて楽しそうで。私は貴方しかいないのに貴方には私の代わりがいっぱいできて。子供ながらにすごく辛かった。…それなら私から友達を辞めてやる。きっと嫉妬も苦痛もなくなるはずだと。

気が付けば私は目を瞑っていた。この時、精神的に疲れていたのだろう。椅子に腰かけたまま頭を前後に揺らしながらウトウトとしていた。
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2024/05/05 17:33
狙撃手はエルが取り押さえ、その後は他の警備員に取り押さえられる姿が視界に入る。彼女が狙撃手に気付いてくれたお陰で何とか肩を撃たれる程度で済んだんだろう。もしあの銃口が逸れていなかったら致命傷を受けていたに違いない。俺だけが犠牲になったのならそれで良かった、と安堵した途端身体の力が抜けその場に横たわる。会場内は先程の優雅な雰囲気は消え去り混乱に陥っている状況だった。

撃たれた箇所から血がドクドクと流れていくのを嫌でも感じてしまう。同じ自衛団の奴らに迷惑を掛けてしまうかな、なんて考えている最中だった。騒がしい会場内で、不思議とエルの声だけ俺の耳に届く。"アーヴァン"、と昔のように名前を呼び、俺の方へと駆け寄ってくれたのだ。ふと、彼女と再会をしたあの夜のことを思い出す。あの時もそうだった。俺の事なんて敵だとしか思っていない筈なのに、どうしてエルがそんな辛そうな表情をするんだ。どうして、そんなに懸命に助けようとしてくれるんだ。どうして、昔のように俺の名前を呼んでくれるんだ。

俺は大丈夫だと、こんな怪我くらいどうってことないと笑顔で彼女に言ってあげたいのに瞼が重くなり段々と目を閉じてしまう。血を流しすぎた所為で意識が少しずつ遠のき始めている。周りが何か俺に声を掛けているような気もするが、それに応えることも難しかった。

今自分がどうなっているかも分からない暗闇の中、昔エルと過ごしていた頃の夢を見たような気がした。
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2024/05/03 22:46
彼らが戻っていく姿をただ眺める。その時、アリアのドレスに赤いしみが動くのが見えた。その動きはやがて彼女の胸元で止まる。私はその光を目で辿ると小さく光る銃口と構える男性の姿を見つける。咄嗟に走り出し手を伸ばす。男の手元を押さえたちょうどその時、引き金が引かれた。鋭い音同時に私は男に覆い被さる。男の手の甲を殴り、ピストルを遠ざけた。男は「…お前が邪魔しなきゃ、失敗しなかったのになぁ」と呟く。その言葉に疑問しか浮かばず、やがて近くにいた大柄の警備員2人が私と変わるように男を取り押さえた。その頃、会場にいた貴族たちは大混乱し会場から逃げ出そうと、または物陰に隠れようと必死になっている。

「ランスさん!!」

大声で叫ぶアリアの声を聞き、顔を向けると私は息を呑んだ。彼の左肩から大量の血が流れ出しているからだ。あの銃弾は彼に命中したらしい。身体から血の気が引いていくのが分かった。

「アーヴァン…!!」

無意識に私は彼の名前を呼びながら彼のもとに駆け寄っていた。スカートの裾を手でちぎり、傷口からの出血を少しでも抑えようと彼の傷口に強く押し当てた。完璧に撃ち抜かれているせいか、血が止まることはなく布越しの表面にも血が滲んでくるほどだった。

「早く!早く医者を呼んで!!」

腰を抜かして座り込んでいたアリアに酷い形相で指示をした。その言葉に我に返ったアリアはすぐに医者を呼びに裏へと駆けていった。致命的な箇所は避けられている。だけどこの出血量が収まらなければ、危険かもしれない。
何でもっと早く動けなかったのだろう、なんで”また”傷つけてしまったのだろう。私は彼を守るためにここに居るのに。

「お願い…っ…止まって…っ」

彼の左肩を必死に抑えながら震えた声で願うように呟いた。
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2024/05/03 20:46
(…?…なんか避けられてる?)
会話を持ち掛けたはいいが、彼女の反応に何だか違和感がある。パーティー会場内なのであまり目立ちたくないのだろうか?そう思ったがふと、先程の馬車内での事を思い出す。もしかするとやっぱり俺は女好きだと思われて何かこう、一線を引かれてしまったのではないかと。
早く誤解を解かなければいけないのに今この場でそれをすることは難しい。俺は仕方なくやり場のない気持ちをグッと堪える事にした。

その後、アリアが自分達の元へと戻ってくる。もっとエルと会話をしたかったが場所も場所だと難しいのは仕方のない事だ。そう自分を何とか納得させ再びアリアの手を取り、2人で人の集まる中心部へと足を向けた。

「はい。俺も楽しいです。…はは、そう言っていただけて光栄で…?ッ危ない‼︎」

賑やかな場所は嫌いじゃない。
会場内に響き渡る演奏、談笑をしたり優雅に踊る人々。ただ、身分などは気にせずどんな人でもこうやって楽しく過ごせられたらそれが1番良い。こんな風に煌びやかである必要だってない。皆が自由に楽しく生きる事が出来たら────

そんな事を考えながらアリアと会話を弾ませている最中、ふと視界に小さな赤い光が現れる。小刻みに動くそれは彼女の胸元で動きを止めた。すぐにそれが何なのかを理解した俺は片手に持っていたグラスから手を離し、声上げると同時に彼女に勢いよく覆い被さった。

「ッ‼︎犯人はッ…‼︎」

銃弾は彼女には当たっておらず、俺の左肩を撃ち抜いていた。致命傷になる場所では無かっただけ幸いだ。痛みに顔を歪めながらも透かさず身体を起こし銃弾が飛んできた方向を確認してみるが、パッと見たところでは犯人の姿を確認することは出来なかった。
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2024/05/01 20:43
彼に話しかけられると同時に痛い視線を感じた。複数名の貴族女性たちが突き刺すような視線を向けているのだ。”なんであんな下級民の女が英雄様と” ”媚でも売ってるつもり?”なんて声が聞こえてきそうだ。…遠い昔の嫌な記憶が蘇る。いじめの標的にされたときにぶつけられた視線と同じだった。

「…そう、…みたいですね。」

笑顔を向ける彼から身体を委縮させ、視線を逸らす。どこか彼を避けているように。一方でパーティが無事に進んでいることは何よりのこと。彼はパーティを楽しんでいるのだろうか。ここでそんなことを聞いてしまったら後ろの女性達から何をされるか分からなかったため、口にすることはできなかった。

「…お待たせランスさん。では、戻りましょうか。」

今後の段取りを整理し終え、2人のもとへ戻る。暗い表情の彼女とは裏腹に私は柔らかい笑顔を彼に向けた。そして近くのウエイターから新しいグラスを受け取る。彼もウエイターから新しグラスを受け取り、私たちは人の集まる中心部へと戻った。…これが合図だ。

「ランスさん、パーティ楽しめてます?…私、貴方とご一緒できてついつい嬉しくて舞い上がっちゃってて…」

そう照れくさそうに話していたアリアの胸元に赤いライトの印が充てられる。狙撃手が目標物を狙う時に放たれるポインターにそっくりだった。

パァン!……

その銃声が鳴り響く。銃口から放たれたのは麻酔銃ではなく、本物の弾丸だった。
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2024/04/30 16:58
会場入り後、特に何事も無く平和に時間は流れていく。前回ネックレスを盗んだ犯人はエルだから今回は何も起こる筈もないので、パーティーが順調に進む事も当然ではあった。だが彼女とは別で、何か計画を企てている者がいる可能性だってある。念の為に警戒をして周囲に気を配るが、特に不審な人物も居なさそうだ。やはり今日はこのまま無事パーティーが終わるんだろうと少しだけ安堵している自分が居る。だがそれに加え、今彼女は何をしているのか、何を思っているか、とエルのことが気になって仕方ない自分が居た。

しばらくするとアリアが席を外すと俺に伝える。「分かりました」とそれを了承すると、俺とエルが残された状態になった。アリアの姿が見えなくなると同時に、俺は隣にいるエルへと声をかける。

「会場、どんな感じでしたか?」

笑顔を浮かべながらごく自然に振る舞った。直球に「怪しい人はいなかった?」と聞くのが1番ではあるが、パーティー会場で俺たち意外にも人は沢山居る。俺自身"英雄"なんて呼ばれて注目されがちな為、不用意な言動は出来ない。俺とエルも貴族と使用人として、ある程度の距離感を保たなければ違和感を与えてしまうのだろうと思い、敬語のままぼかした言葉を使うよう意識していた。

「俺の方は…特に何も。今日はパーティーも順調みたいですね」
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2024/04/29 19:53
会場に入るとふんだんに灯りが使われており、空間そのものが輝いて見えた。その光の中に色鮮やかで品の良い布で覆われた男女がグラスを片手に談笑している。まさに金持ちしかいない空間だ。庶民には到底得られない体験だろう。…まぁ私は過去に数回、変装して参加したことがあるため物珍しくは思わなかった。

それからアリアとアーヴァンとは別れた。彼らは参加者として、私は使用人兼警備役として会場を巡回した。特に怪しい人物もなし、…というか、彼女が恐れる原因はここに居るのだからこのまま何も事もなく終わるのだろうと思っていた。

_____________________

パーティーは順調に進んでいく。私はターゲットである英雄様を連れてパーティーを回った。これも英雄暗殺計画の一つになっていることをみんな知らない。この会場の中に一人狙撃手が潜んでいる。私を狙う犯罪者という役を演じてくれるそうだ。頃合いを見計らい、まず狙撃手は私に向かって赤いポイントレーザーを当てる。それに私が悲鳴を上げれば、隣の彼は必ず警護に入る。身を挺して私を守ったところを麻酔銃で狙撃するという作戦だ。彼を眠らせた後は、その身柄を依頼主に渡せば私の役割は完了となるという段取りになっている。凄腕のスナイパーだ、謝って私が怪我することもないだろう。それを悟られないように、私はいつも通りの振る舞いをした。

「ランスさん、少しお手洗いに行ってくるわ …ここで、待っててちょうだい?」

そう伝えるとエルのいる近くで彼を残し、個室へ向かった。彼らと合図の最終確認をするために。
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2024/04/28 21:20
服を与えられ別室で純白のタキシードに袖を通す。こういった服装は慣れているもののやはり少し堅苦しいものだ。その後は馬車に乗ることに。馬車が目に入った途端、彼女と再会したあの夜を思い出してしまうが感情の乱れを周囲に気付かれないように、と笑顔を崩さないために必死だった。
馬車の中では依頼人が腕を通したりと何故か少し距離が近過ぎるように感じる。こういった女性は初めてではないので普段であれば焦りはしないのだが、目の前に想い人がいるというのに、この状況を見られていることが問題だ。
「離してくれませんか」とは女性には言いづらいし、この狭い空間だとうまく距離を離すことも出来ない。
彼女から投げかけられた言葉には笑顔で返すものの、(早く会場まで着いてくれ…!)と内心は慌てていた。

会場到着後、依頼人であるアリアをエスコートし、その後エルも馬車から降りた。

「はい。勿論。」

どうやら彼女には好印象を持ってもらえたらしい。自衛団としては好都合なことだが、俺としては(エルに女好きとか思われていたらどうしよう)と勝手に1人で焦っているばかり。
英雄なんて呼ばれるようになってからは、俺に気持ちを伝えてくれる女性も居たりした。でも俺が好きなのはずっとエルだけで、エル以外の女性は恋愛対象として見たことがなかったのだ。
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2024/04/19 22:42
「………そう」

彼の言葉は筋が通っていた。そう一言こぼすとそれから彼と言葉を交わすことはなかった。
暫くするとアリアの使用人がやってきて洋服を与える。別室で着替えを済ませ、もう一度部屋に戻ると群青のドレスを身にまとったアリアと純白なタキシードを着たアーヴァンの姿があった。二人とも髪の色とも相まって似合っていた。着慣れているんだろうな、こういう服装に。一方私は黒と白のメイド服。スカートなんて履きなれないものだから違和感でしかない。しかしメイド服と言っても布は丈夫で貴族の使用人ならではの立派なものだった。

「それでは行きましょうか。」

______________________________________

馬車に乗せられ15分程経過した。馬車を見たときはあの夜のことを思い出してしまい、複雑な気持ちになったが彼にはバレていないだろう。アリアとアーヴァンは隣同士で座り、私は向かいに一人で座った。アリアはアーヴァンの腕に手を通し、彼に色んな話をしていた。まるで「この人は私のもの」というように、時折こちらをチラチラ見る様子に呆れの方が勝ってしまう。何を見せられているんだ私は。

しばらくすると到着したようで馬車が停車する。

「……何よ、もうついちゃったの?折角英雄様とおしゃべりしてたのに~!…帰りもいっぱいお話ししましょうね、ランスさん!」

アーヴァンは先に降り、その次にアリアが席を立つ。彼女が降りてくるところを彼はエスコートしていた。さすが、礼儀と女の扱いを知っているんだな。この光景もまた呆れた様子で眺めた後に私も馬車を降りた。
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2024/04/13 18:43
彼女の言葉に言い返す事は出来なかった。俺は貴族家系出身で、彼女は庶民家系の出身。俺が貴族である事実を塗り替える事は出来ない。俺と彼女の父はこの情勢の中では珍しく、貴族と庶民という身分差があっても仲が良く両親らによって俺たちは出会うことになった。俺たちは昔仲が良かったはずだが、成長して改めて貴族に嫌悪感を抱くことなんて珍しくない。…それに、そもそも俺が虐められていた彼女を責めてしまったことで既にそこから嫌われているんだろう。

話を聞き続けていると、どうやら依頼主の彼女はエルが犯人出あることを知らないらしい。
つまり、共犯ではない。しかも話を持ちかけたのが依頼主の方だと言う。信じ難いが、彼女が嘘を付いているようにも思えない。俺はこの状況は偶然だと理解はしたが、ただの偶然とも思えない。

「捕まえない…今は、まだ。」

俺は彼女が好きだ。彼女が犯罪を犯していると知った上でも、やっぱり彼女に想いがある。
ここで彼女を捕まえれば、彼女が今なぜ犯罪をしているか真意を聞く機会も、彼女と話し合う機会も失ってしまう。それに…誰だって想う人に捕まって欲しいと思う訳がない。
ただそんな個人的な感情を彼女に伝える訳にもいかず、こう告げた。

「エルが犯人、っていう証拠が無いのにこの人が犯人だって今更言ったところで
 ただでっちあげたみたいだろ。
 …捕まえるなら、この依頼を完了した後きちんと証拠掴んだ上で捕まえるよ。」

事実、彼女が犯人だという証拠は無い。彼女が逃げた後、他の自衛団のメンバーが会場を調べ、聞き込みも行ったが結局それらしい証拠・証言はゼロ。そんな状況で決めつけたように彼女を犯人だと言ったところで周りに不信感を抱かせる結果になると考えていた。
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2024/04/11 21:56
「金をくれるっていうからやってるだけ。…貴方たちみたいに、安泰な生活を送っているわけじゃないのよ。」

彼の困惑した質問をぴしゃりと切るようにはっきりと伝えた。彼女には用がある。ただ彼には言えないだけ。誰しも「貴方は命を狙われている」なんて知りたくないでしょうに。彼がいなくなってしまうのは困るのだ。貴族家系でありながら、市民の援助も惜しまない彼の存在そのものが市民にとってどれほど偉大であるか。彼らにはアーヴァンの存在が必要だから、この計画は阻止しなければならない。あくまでも市民のためにやっているんだと言い聞かせる。こうして、真実と嘘を混ぜた言葉を使った。

「彼女は犯人と知らないで私を雇ったの。話を持ち掛けてきたのも向こうだしね。…そもそも私だって貴方がいると思ってなかったし…それに、なんで私を捕まえないの。そうすれば、こんな面倒な依頼もすぐ終わるのに。」

勿論、捕まりそうなときは何が何でも逃げてやる。ただ、私もまた彼の矛盾した行動に疑問しか浮かばなかった。
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2024/04/11 21:54
「金をくれるっていうからやってるだけ。…貴方たちみたいに、安泰な生活を送っているわけじゃないのよ。」

彼の困惑した質問をぴしゃりと切るようにはっきりと伝えた。彼女には用がある。ただ彼には言えないだけ。誰しも「貴方は命を狙われている」なんて知りたくないでしょうに。彼がいなくなってしまうのは困るのだ。貴族家系でありながら、市民の援助も惜しまない彼の存在そのものが市民にとってどれほど偉大であるか。彼らにはアーヴァンの存在が必要だから、この計画は阻止しなければならない。あくまでも市民のためにやっているんだと言い聞かせる。こうして、真実と嘘を混ぜた言葉を使った。

「だからただ、彼女は犯人と知らないで私を雇っただけ。…逆に、なんで私を捕まえないの。そうすれば、こんな面倒な依頼もすぐ終わるのに。」

勿論、捕まりそうなときは何が何でも逃げてやる。ただ、私もまた彼の矛盾した行動に疑問しか浮かばなかった。
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2024/04/07 19:37

「分かりました。」

アリアの言葉を承諾し彼女が部屋から出ていった後、部屋は俺とエルの2人だけの空間になる。俺から話を切り出すべきか彼女が何か話し出すのを待つべきかと状況を見計らっていた時、彼女が沈黙を破る。本来なら彼女が犯人だと言わなければいけない。それが正しい事だと分かっている。それでも今の俺には"彼女が犯人だ"、とたったその一言を口にすることが出来なかった。


「……エル、この状況…説明してくれないか?」


真っ直ぐ真剣な面持ちで彼女を見る。俺はまずはこの状況を整理する必要があった。彼女がネックレスを奪った犯人なのは確実だ。あの時言葉だって交わしている。だが彼女はネックレスの持ち主であるアリアに雇われているのが現状だ。
盗んだ犯人が持ち主に再び近づくとはきっと誰も想像しないだろう。アリア自身もまさか犯人を雇ったとは微塵も考えていない筈だ。

「ネックレスは奪ってもう彼女に用は無いんじゃ…」

数日前は彼女からネックレスを盗み、今回は彼女の護衛。
この矛盾した行動に俺は混乱しながらもエルに質問を投げかけた。
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2024/03/31 11:56
”俺は素敵だと思いますよ。”という言葉にハッとさせられる。小さい頃、まだ彼と遊んでいた時に同じようなことを言われたことがあった。コンプレックスだったこの瞳を「かっこよくて羨ましい!」なんて。普通貴族が庶民を羨むことはない。ただ今まで恐る恐る言葉を出していた彼がはっきりと口にしてくれた言葉が、子供ながらに…すごく嬉しかった。なんで忘れていたんだろ。

アリアも彼の言葉に一瞬不服そうな表情を見せたが言い返すことはなかった。彼もまた貴族家系だ。その上下関係でもあるのだろう。

「…早速だけど、今夜パーティーがあるの。その護衛をお願いしたいわ。ランスさんは付き人として私と同行して。ハックさんは警備員ね。このパーティーは貴族家系のみが参加できるものだから、今回は傍に居させられないの。だけど会場までの移動は同行してもらうから。後で着てもらう洋服は持ってこさせるから、少しそこで待っててちょうだい。…じゃぁよろしくね。」

そう言い残すとアリアはパーティに向けての準備のために部屋をあとにする。
アーヴァンと二人きりの状況となった。しばらくの静寂後、口を開く。

「犯人はここにいますって、…言わないんだね。」
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2024/03/31 01:45
自分のパートナーになる相手だ。興味が沸かない筈も無く、俺はすぐにドアをノックする方向へ視線を向けた。だがその姿が目に入った瞬間思わず動揺が表情に出てしまう。
(っ…⁉︎エル…⁉︎!)
幸い雇い主の彼女は俺を見ていなかったため、動揺を気取られぬようすぐ様表情を元に戻す。またしても状況が読めない。分からない点は多過ぎるが、今は現状をどうするかを最優先に考えなければならない。
ただ彼女もこの状況が予想外のことだったのか、俺を視界に入れると少し動揺したように見え、その後の発言は俺との接触を避けている様にも感じ取れた。だが雇い主のアリアは彼女の意見など聞かず、その上彼女の外見を蔑む言葉を口にした。
込み上げてくる怒りを俺はかろうじてこらえる。この怒りをぶつけてしまいたいが相手は雇い主。下手をすれば相手が大きく反発する可能性も十分あった。ただやり場のない苛立ちに頭の芯がチリチリと音を立てる。

「………、はい。…でも、俺は素敵だと思いますよ。
 自衛団所属のアーヴァン・ランスです。よろしくお願いいたします、エル・ハックさん」

グッと気持ちを堪えてはみたが、やはり彼女を蔑んだ事だけはどうしても許せず
人当たりのいいにこやかな笑顔を浮かべながら彼女が素敵だと言葉を残した。
そして間を置かずに彼女の瞳に視線を合わせ、あたかも初対面かのように自己紹介をした。
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2024/03/28 23:40
「あぁ、そうね。…入っていらっしゃい。」

そう彼女の声を合図に私は部屋のドアをノックする。「失礼します」と一言添えてから部屋の中へ入った。前を見る前に右手を胸元に充てながら深くお辞儀をする。

「…はじめまして、エル・ハックと申します。この度、アリア・コーディ様の護衛を担当させて頂きます。どうぞ、よろしくおねが」

”よろしくお願い致します”と言いながら顔を上げたその時、私は息を呑んだ。冷静な表情がピクリと崩れる。予想だにしていない非常事態が目の前で起こっているのだ。あの夜の翌日、私は彼女に接触を試みた。仲間に協力してもらい彼女を襲うふりをしてもらって。そこへ私が助けに入り、彼女からの見込まれここに居る。うまく潜入できたと思ったのも束の間。まずい、これは私の正体がバレているかもしれない。警戒心を一段階挙げたところで、アーヴァンの姿を目にした私は鋭い目つきを向けながらアリアに言葉をぶつける。

「ア……っ…英雄様と組むなんて聞いておりません。私じゃ彼の足手まといになります。ご期待に添えられません。」

「市民の分際で口答えするつもり?…これは命令、拒否権はないわ。…私はね、貴方のその気持ち悪い瞳を利用してあげるって言ってるの。片方ずつ色が違うなんて、見た目悪いものね。可哀そうに…。そんな容姿の護衛がいれば、それだけで虫よけになるの。」

なるほど、だから私を雇ったということか。上手い話と思っていたけれど、もう罵倒されることには慣れている。それにこの目のことも言われ慣れている。イラつくことさえも馬鹿馬鹿しくなっていた。

「…分かりました。」

「はい、ありがと。…こんな子なんだけど、よろしくねランスさん。」
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2024/03/28 23:04
「あぁ、そうね。…入っていらっしゃい。」

そう彼女の声を合図に私は部屋のドアをノックする。「失礼します」と一言添えてから部屋の中へ入った。前を見る前に右手を胸元に充てながら深くお辞儀をする。

「…はじめまして、エル・ハックと申します。この度、アリア・コーディ様の護衛を担当させて頂きます。どうぞ、よろしくおねが」

”よろしくお願い致します”と言いながら顔を上げたその時、私は息を呑んだ。冷静な表情がピクリと崩れる。予想だにしていない非常事態が目の前で起こっているのだ。あの夜の翌日、私は彼女に接触を試みた。仲間に協力してもらい彼女を襲うふりをしてもらって。そこへ私が助けに入り、彼女からの見込まれここに居る。うまく潜入できたと思ったのも束の間。アーヴァンの姿を目にした私は鋭い目つきを向けながらアリアに言葉をぶつける。

「ア……っ…英雄様と組むなんて聞いておりません。私じゃ彼の足手まといになります。ご期待に添えられません。」

「市民の分際で口答えするつもり?…これは命令、拒否権はないわ。…私はね、貴方のその気持ち悪い瞳を利用してあげるって言ってるの。片方ずつ色が違うなんて、見た目悪いものね。可哀そうに…。そんな容姿の護衛がいれば、それだけで虫よけになるの。」

なるほど、だから私を雇ったということか。上手い話と思っていたけれど、もう罵倒されることには慣れている。それにこの目のことも言われ慣れている。イラつくことさえも馬鹿馬鹿しくなっていた。

「…分かりました。」

「はい、ありがと。…こんな子なんだけど、よろしくねランスさん。」
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2024/03/24 15:32
彼女は少しずつ俺から距離を取っていたが俺を呼ぶ仲間の声が聞こえ、そちらに意識を向けていた隙を狙い彼女は路地の暗闇へと姿を消していった。今ならもう1度彼女を追いかける事だって出来る。けれど俺の足が動くことはなかった。
彼女が残した仮面を拾い、俺はその仮面を数秒じっと見つめた。

「……エル、」

風にも掻き消されそうな程小さく掠れた声で彼女の名を呼ぶ。未だ混乱しているものの、俺の心に残る彼女への恋心は消えないままだった。

───────────────

「…申し訳ございません」

後日、俺はネックレスを奪われた人物である"アリア・コーディ"に呼び出しを受けネックレスを奪い返せなかった事を報告していた。今回の件、自衛団の仲間には巷で噂になっているあの組織が動いている可能性が高い、とだけ伝えてある。彼女が置き去った仮面について、彼女自身についても詳細を誰かに話すことはしなかった。
彼女を逃してからのここ数日、俺は最後に見た彼女のあの表情が脳裏から離れていない。出来るなら今後こそもう1度彼女と話す機会が欲しい。彼女が自らの意思であの組織に入り、望んでやっている事なのか俺自身の目で確かめたいと思ったのだ。

「護衛は勿論お受けいたします。…その"彼女"、というのは…?」

アリアから護衛の依頼を受けるが再びエルと接触できる可能性があるのならば、と断る理由は無かった。
ただ彼女の言う『パートナー』に疑問符が浮かぶ。俺と同じ自衛団と仲間ではなく別にやり手の護衛でも雇ったのだろうか?
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2024/03/24 10:07
彼は抵抗することなく私に指示に従った。解放されて立ち上がる時も銃口を彼から離すことはなかった。それからゆっくりと少しずつ彼から距離を取る。その時、「ランス様ぁ!!」と呼ぶ声が遠くから聞こえた。どうやら彼の同僚が彼を探しているらしい。ここに仲間が来てしまうことは不都合でしかない。彼の隙を狙い、付近の路地へに逃げ込んだ。
それから追手が、アーヴァンが付いてくることはなかった。結局自分の仮面を回収できず、素顔のまま夜道を歩く。馬車を目の前にしたときの出来事がフラッシュバックした。

「…助けられて、どうすんのよ」
__________________________________________

「そう。…それで、私のネックレスは奪われてしまった、と。」

後日、私は自衛団に被害届を提出しその場に居合わせていた「英雄」ことアーヴァン・ランスを呼び出した。彼の活躍は勿論知っている。貴族家系でありながら一般市民さえも救済するような”お人好し”。建前上私たち貴族側についているようだけれど、気に食わない人たちがいるのを…彼は知っているのかしら。
偶然にもターゲットと関わりを持てるタイミングが来るなんて。これはちゃんと利用するしかない。私はいつもの様相で綺麗な水色の髪をかき上げながら、ブロンズの瞳を彼に向けた。

「昨日今日で奪い返せるような犯人じゃないのは分かったわ。けれど、必ず取り戻して欲しいの。大事なネックレスだから。…あと、狙われる心当たりもないし、今度いつ襲ってくるか怖くて…。犯人が捕まるまで、私の護衛をお願いしたいの。金は払うわ、いくらでも。勿論、貴方一人じゃ大変でしょうから、パートナーを雇ったの。”彼女と”一緒に、引き受けてくれないかしら。」
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2024/03/24 10:03
彼は抵抗することなく私に指示に従った。解放されて立ち上がる時も銃口を彼から離すことはなかった。それからゆっくりと少しずつ彼から距離を取る。その時、「ランス様ぁ!!」と呼ぶ声が遠くから聞こえた。どうやら彼の同僚が彼を探しているらしい。ここに仲間が来てしまうことは不都合でしかない。彼の隙を狙い、付近の路地へに逃げ込んだ。
それから追手が、アーヴァンが付いてくることはなかった。結局自分の仮面を回収できず、素顔のまま夜道を歩く。馬車を目の前にしたときの出来事がフラッシュバックした。

「…助けられて、どうすんのよ」
__________________________________________

「そう。…それで、私のネックレスは奪われてしまった、と。」

後日、私は自衛団に被害届を提出しその場に居合わせていた「英雄」ことアーヴァン・ランスを呼び出した。彼の活躍は勿論知っている。貴族家系でありながら一般市民さえも救済するような”お人好し”。建前上私たち貴族側についているようだけれど、気に食わない人たちがいるのを…彼は知っているのかしら。
偶然にもターゲットと関わりを持てるタイミングが来るなんて。これはちゃんと利用するしかない。私はいつもの様相で綺麗な金髪の髪をかき上げながら、ブロンズの瞳を彼に向けた。

「昨日今日で奪い返せるような犯人じゃないのは分かったわ。けれど、必ず取り戻して欲しいの。大事なネックレスだから。…あと、狙われる心当たりもないし、今度いつ襲ってくるか怖くて…。犯人が捕まるまで、私の護衛をお願いしたいの。金は払うわ、いくらでも。勿論、貴方一人じゃ大変でしょうから、パートナーを雇ったの。”彼女と”一緒に、引き受けてくれないかしら。」
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2024/03/24 00:29
今までこんな事をしてきたのは俺たちだと彼女が言う。頭の中で一般市民と俺たち貴族を指しているんだと理解した。昔からこの街の大きな問題でもある"貴族による搾取"。彼女が所属しているであろうその組織は貴族の搾取による不満が原動力で、貴族間で噂されていた『貴族に恨みを持った庶民による犯行に違いない』という内容も事実であったらしい。でもどうして、いつから彼女がその組織に所属したのか。俺は今はただ目の前にいる彼女のことで頭が一杯だった。

混乱している中、彼女が懐に手を伸ばす。普段であれば反応出来ていた筈なのに今はその動きに反応し切れず、額に銃口を突きつけられた。迷いのないその行動を見て緊張が走る。同時に内心、(もう彼女は俺のことをただの敵としか見ていないんだろうか)と心が痛かった。
俺は両手を上げ、彼女の上からも降り拘束を解いた。彼女が俺をどう思っているのか、彼女に何があったのか。分からない事ばかりだが、"犯人"である彼女を捕まえるのは俺の仕事だ。今は、今だけは冷静になって彼女を捕えなければいけない。
銃を突きつけられてはいるが何とかして隙を見つければ───────

隙を見つけるためなるべく自然に彼女を様子を伺おうと彼女の表情へ目を向けると一見ただ冷静な表情、それなのにどこか辛そうにも見えた。どうしてエルがそんな顔をするんだ、と冷静さを取り戻し掛けていた俺だったが、再び頭の中が酷く混乱する。
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2024/03/21 22:31
エル、と名前を呼ばれピクッと眉を動かし彼を見る。自分のことなど彼は忘れていると思っていた。数多くの人友人に囲まれ、職に就いてからはより多くの市民と関わってきたはずだ。彼の記憶の中に今もまだ私がいるのだろうか。…いや、いるに決まっているか。額に残る痛々しい傷跡を見てそう思い直った。一生モノの傷を負わせたのだ、仇の人間のことなど忘れはしないだろう。
またそれは、私にとっても同じことだった。

「…今まで、私たちにこんな事をしてきたのは、貴方たちじゃない。」

私たちとは一般市民のことを、貴方たちとは貴族たちのことを指していた。この街は貴族たちに支配されているようなものだ。雇った割には見合った賃金を渡さず、市民が高価な品を持とうとすれば不釣り合いだと否応なしに奪い取る。「おかしい」と声を上げれば、弾圧さえ受けてしまう。そうやって金も土地も、人の暮らしまで奪っていったのは貴族たちだ。”こんな事”をしたのは、彼らの方なのだ。やり返されて当然だろう。
そんな感情が沸々と湧き上がるが、今回ネックレスを奪った理由はまた別にある。これで本人も何か動きを見せてくれればいいのだが。

「そろそろどいて。…さもないと、」

自由になっている右腕を素早く懐に隠し、小型のピストルを取り出した。そして彼の額に銃口をつける。

「撃ちぬくよ。」

中に弾は入っていない。しかしそれでも内臓をぐるぐると掻き回されるような嫌悪感を感じた。勿論、ここで捕まるわけにも殺されるわけにもいかない。今できる最大限の抵抗でこの機を逃れようとしている一方、心の奥底に彼に銃口を向けることが酷く悲しいと思う私がいた。
そのせいか冷静な面持ちのどこかに辛さを噛み締めるような表情が浮かんでいた。
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2024/03/17 16:52
馬車が走り出し、この大通りは元の静けさを取り戻した。俺が犯人を押さえつけているとはいえ、犯人は無理に逃走を図る訳では無く地面に背を付けたまま動かない。こうも抵抗しない様子を見ると多分、強い衝撃で身体を痛めているのかも知れない。だがそのフリの可能性も捨てきれない。俺は決して油断すること無く犯人を押さえ付けたまま、空いた手で犯人の仮面を剥ぎ取った。

「っ……!」

はっと息を呑む。
グレイとブラウンのオッドアイの瞳に深い赤色の髪。忘れられる訳がない。

「…エル、…だよ、な?」

驚きと焦燥、困惑。複雑な感情が入り混じった表情を浮かべる。
目の前の人物が"エル"だと確信しているのに、彼女が犯人であると受け入れたく無くてつい言葉に疑問符が着いてしまう。7年前、エルが虐められている現場を目撃た俺は虐めは止めたものの、傷ついている彼女を酷く問い詰めてしまった。その件以来俺と彼女の関わりは一切無かった。この7年間、彼女を忘れたことなんて1度だってない。今どこで何をしているのか、叶うのならばもう1度会って話がしたいと思い続けていた。
だが今、7年ぶりに再会を果たせた彼女は俺に押さえ付けられ、苦い表情を浮かべ顔を逸らしている。

「っ何で、こんな事…」

幼い頃臆病で怖がりだった俺の手を握り、『2人なら怖くないよ』と手を引いて色々な世界を見せてくれたのがエルだった。"英雄"だなんて呼ばれているのも彼女が俺を変えてくれたから。エルが居なきゃ俺はずっと引っ込み思案な奴だったに違いない。俺を照らしてくれる存在の彼女が今どうしてこんな行動をしているのか、俺は到底答えを出すことができなかった。
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2024/03/16 08:40
気が付いたときには地面に押し付けられていた。一瞬何が起こったのか分からなかったが、今の状況を見て自分は目の前の彼に助けられたことを悟る。…いや、彼にとっては犯人を捕まえられればそれでよかったのではないか。「大丈夫だ!」という大きな声が耳元で聞こえる。声変りをしていても聞き覚えのある声だった。…あの頃の記憶が否が応でも蘇る。

馬車を運転していた男性はすぐに馬を鼓舞して走り出す。しばらくしたところで馬車の姿はなくなり、静かな大通り2人だけの空間となってしまった。

「………っ…」

身動きが取れなかった。助けてもらったとはいえ、背中を強く打ちつけてしまったようで思うように腕に力が入らない。彼は馬乗りになって下半身の動きを封じており、左肩を腕でぐっと押し付けられている。右腕は自由だが、動かせるほどの気力が残っていなかった。心では「逃げないと」と思う一方で、身体は「降参だ」と言いたげだった。
仮面に手が掛けられる。素顔だけは見られたくない、彼には…アーヴァンだけには。

仮面が外され、月明かりが私の顔を照らした。オッドアイの瞳を揺らし、彼から顔を逸らす。彼がどんな表情でその綺麗な瞳にどんな自分が映っているのか分からない。ただ私は苦い表情を浮かべるしかできなかった。
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2024/03/15 23:01
犯人はバルコニーからテント使用し地面へと飛び降りた後、俺が追いかけている様子を確認するなりすぐにまた駆け出す。自分もテントを経由し地面へ足を着けそのまま足を止めること無く犯人を追う。
犯人は入り組んだ路地へと入り込み、1秒でも気を抜けば姿を見失ってしまうほどにこの路地を上手く使う。並大抵の人間であればここで撒かれても仕方ないと言えるだろう。

「慣れてるな…っ」

小さな犯罪を重ねているような人間ではこうも厄介な動きは出来ない。明らかに大きな犯罪に対して犯行慣れしている者だと予想が出来る。そしてその予想が俺の中にある記憶と情報と繋がり、今度は確証はない予想が生まれた。この犯人は世間を騒がせている"あの組織"ではないのか────
そんな思考に囚われていた一瞬、犯人が裏路地から大通りへと抜ける。犯人が足を着けたその道の先には走る馬車。

「ッく‼︎」

『まだ間に合う』そう確信した俺は迷うことなく大通りへと勢い良く飛び出す。両腕で力強く犯人の身体を掴み大通りの端目掛けて自身と抱えた犯人の身体を投げ出すよう足で地面を思い切り蹴る。犯人を下敷きにした状態で大通りの端へと飛ぶが、馬車が慌てて若干進行方向をズラしていたこともあり、俺と犯人の命は無事だった。
馬車に乗っていた男性は顔を青ざめていたが『大丈夫だー!』と声を掛けるとホッと安堵した表情を浮かべた。
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2024/03/10 23:14
すると上から誰かが追ってくるのが見えた。自分と同じように飛び降りてくるなんて、なんて度胸のある人間なんだと思って見ると、宙に舞う人の姿に一瞬思考が止まる。奪ったネックレスの宝石に劣らない程の綺麗なエメラルドグリーンの瞳が月明かりに照らされる。自衛団に属しこの街の英雄と評される男の姿だ。…まさか、この舞踏会に紛れ込んでいたなんて。
すぐに走り出し、入り組んだ路地を使いながら巧妙に攪乱させる。身体能力は男性の方が圧倒的に有利。しかも実力もちゃんとある。いくら経験値のある私でも、この場を逃げ切れるか分からない。ここでつかまってしまったら、素性がバレてしまったら。そう思うと無意識にいつもは生まれない焦りが無意識に募っていた。後ろを警戒しながら路地を右へ左へ駆けていく。それでもぴったり付いてくる彼に苛立ちを覚えた。

(鬱陶しい…!)

その時だった。裏路地から大通りへ出るその道に出たとき、光が当たる。見ると、自分の方へ向かってくる馬車が目の前にやってきていたのだ。後ろを警戒しすぎたせいで前方を疎かにしていた末路だ。

「!!……っ」

この馬車を避ける時間がない、身体も動かない。
このままぶつかってしまう。そう覚悟した。
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2024/03/09 16:23
「………」

無言でじっ…と見つめる先には豪勢な食事にグラスに注がれたワイン。
今が警備中じゃなかったら頂いたんだけどな…と俺は少し肩を落とした。
今夜は紳士はタキシード、淑女はドレスに身を包んだ"舞踏会"が開かれている。ただし、ただの参加者では無く自衛団のアーヴァン・ランスとしてこの場にいる。警備として雇われているのだ。
つい気が逸れてしまったが、再び会場内へと視線を戻す。普段開催される舞踏会はここまで警備も厳しくないのだが自衛団まで雇われて警備についているのには理由がある。
この頃世間を騒がせているある"組織"が原因だ。貴族を狙いにする事の多い組織らしい。しかも逃げ足が早い・情報が少ないときた。組織の全容が掴めていないため貴族らもかなり不安に思い、今回自衛団を警備として雇ったんだろう。
貴族間では「貴族に恨みを持った庶民による犯行に違いない」と噂がされているようだ。俺としては身分は関係なく交友できる世の中にしたい。だからもしこの噂が本当だとしたら…
そんな事を考えていた最中、会場内で女性の悲鳴が響き渡った。
即座に視線を向けるとそこにはしゃがみ込んだ女性。女性は「私のネックレスが!」と声をあげていたためネックレスを何者かに取られたのだと理解する。
咄嗟に周りを見渡すとバルコニーから外に飛び出る人影が視界の端に映った。反射的に身体を動かし俺はその人影を追う。

「っ待て‼︎」

迷い無く逃げる犯人の背をなんとか遠目に捉えつつ、自分もバルコニーから地上に張られたテントに向かい飛び降りた。

───────────────
こちらこそ1コメ感謝です‼︎
よろしくお願いいたします٩(ˊᗜˋ*)و
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2024/03/04 21:41
"順調か?” ”勿論、仕掛け人の手配も済んでいる。…時期に奴は消えるのさ。”
アーヴァン・ランスの写真を手にした男たちはそう語り合っていた。うす暗い路地で聞こえたその言葉を、私は聞き逃さなかった。

_______________________________________

月明かりの美しい夜。その明かりに負けないシャンデリアの光が会場を照らしていた。今宵は貴族家系が集まる神聖な舞踏会。赤や青や白など、煌びやかでそれはまばゆい衣装を身にまとった女性たちと黒や紺のタキシードを着た男性たちが手を取り優雅に舞う。庶民では到底お目にかかれないような異空間がそこにはあった。彼らにとってはこれが日常茶飯事なのかと思うと反吐が出る。こんなことに金を費やすなら、もっと庶民への賃金に充ててくれよ、なんて。彼らにとっては平民などただの金稼ぎと娯楽の駒でしかない。私たちに目もくれない人間たちの被害にあった人たちを救済を行うのが、私たちの使命だ。

シャンデリアが真横に見えるほどの天窓を開け、上から会場を覗く。お目当ての品を持つ女性を発見し、仮面を被った。そして彼女めがけて飛び降りた。

アリア「?!…きゃあぁぁぁぁ!!」

一人の女性の悲鳴が会場の中に響き渡る。一瞬静まり返った会場は視線を水色のロングヘアーの女性に集めた。みると彼女は怯えたようにその場にしゃがみこんでおり、隣には仮面を被った人物が手にサファイアの宝石が埋め込まれたネックレスをキラ付かせていた。本物であることを確かめると、警備の人間が来る前に開いているバルコニーへ直行。その勢いのままバルコニーから飛び降り、下に張ってあったテントの布をうまく利用して衝撃を吸収し、怪我することなく地面に着地する。

エル「………っ」

月明かりに照らしてみるとより一層美しい光を放っていて思わず見とれてしまっていた。

________________________

トピ立てありがとうございます…!
よろしくお願いいたします。
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2024/03/04 21:40
"順調か?” ”勿論、仕掛け人の手配も済んでいる。…時期に奴は消えるのさ。”
アーヴァン・ランスの写真を手にした男たちはそう語り合っていた。うす暗い路地で聞こえたその言葉を、私は聞き逃さなかった。

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月明かりの美しい夜。その明かりに負けないシャンデリアの光が会場を照らしていた。今宵は貴族家系が集まる神聖な舞踏会。赤や青や白など、煌びやかでそれはまばゆい衣装を身にまとった女性たちと黒や紺のタキシードを着た男性たちが手を取り優雅に舞う。庶民では到底お目にかかれないような異空間がそこにはあった。彼らにとってはこれが日常茶飯事なのかと思うと反吐が出る。こんなことに金を費やすなら、もっと庶民への賃金に充ててくれよ、なんて。彼らにとっては平民などただの金稼ぎと娯楽の駒でしかない。私たちに目もくれない人間たちの被害にあった人たちを救済を行うのが、私たちの使命だ。

シャンデリアが真横に見えるほどの天窓を開け、上から会場を覗く。お目当ての品を持つ女性を発見し、仮面を被った。そして彼女めがけて飛び降りた。

アリア「?!…きゃあぁぁぁぁ!!」

一人の女性の悲鳴が会場の中に響き渡る。一瞬静まり返った会場は視線を水色のロングヘアーの女性に集めた。みると彼女は怯えたようにその場にしゃがみこんでおり、隣には仮面を被った人物が手にサファイアの宝石が埋め込まれたネックレスをキラ付かせていた。本物であることを確かめると、警備の人間が来る前に開いているバルコニーへ直行。その勢いのままバルコニーから飛び降り、下に張ってあったテントの布をうまく利用して衝撃を吸収し、怪我することなく地面に着地する。

「………っ」

月明かりに照らしてみるとより一層美しい光を放っていて思わず見とれてしまっていた。

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