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〖1:1〗オリチャ
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꙳鶯ヶ﨑 朔× 鶯ヶ﨑 萌黄
2024/02/17 21:34:40
投稿者:
うるるん
1コメお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
陽良
2025/03/21 02:44
───『二人なら』。
僕はどこかで、自分は“ひとりぼっち”なんだと思っていた。
この広いようで狭い鳥籠の中でしか生きられない僕は、この先広い空を飛ぶ事さえも、夢見ることも叶わずにその一生を終える………
体が弱い自分を、憎んだことがある。
まるで、鬼の子のような自分の見目を、恨めしく思ったことがある。
“鶯ヶ崎家”という鳥籠の中で、その羽を羽ばたかせる事すら出来ない自分を、歯痒く感じた。
あの日、朔と出会わなければ。
僕は、この鳥籠の世界で一生を飼い殺されるのだろうと、どこか他人事のように思っていた。
だからこそ。
僕は、朔と出会ってからようやっと息を吸えたような心地がした。
僕の世界に色をつけてくれた、きみ。
僕に生きたいと願う気持ちを与えた、きみ。
共に生きたいと願う大切な人が出来た。
もう一度だけ、僕に“人らしさ”を教えてくれた、きみは。
この先ずっとずっと、僕の世界にいなくちゃいけない存在なんだろうね。
………ううん、僕がいてほしいと、きみが必要なんだと、僕はもう朔がいなくちゃ上手く息を吸うことさえ、叶わないから。
「……朔、───っ!!」
ああ、こんな風に朔の晴れやかな笑顔を見たのは、一体いつぶりだろうか。
やっと収まった涙が、再び溢れそうになる。
沢山、沢山、遠回りをしてしまったけれど。
時間は掛かってしまったけれど。
他でもない、きみが僕に手を差し伸べてくれたから。
今度は、僕がきみに応えたい。
“二人なら”乗り越えられる、“二人で”乗り越えられる、僕の未来を照らしてくれたきみに。
「朔、───“愛してる”」
白くてまろい頬をほんのりと朱色に染めて、少しだけ、照れくさそうにはにかみながら。
僕は、きみに愛の言葉を伝えた。
違反申告
紫雨
2025/02/09 01:50
自分に選ぶ権利があるのか、と不安気に尋ねる萌黄に、俺は「ああ」と短く相槌を打った。
俺もこの人も、鶯ヶ﨑家という檻に毒されている。
幼い頃から閉じ込められ続けたのだ。今彼が選択権があるのかと不安になったその気持ち、そして考え方もすぐに塗り替えるのは難しいだろう。
俺だってそうだ。結局まだこの家に閉じ込められている。
幼い頃は、用意されたレールから外れた道を自ら選んで進んだと、そう"思い込まされていた"。
今の俺は"仮初めの自由"を与えられ、別のレールの上を歩き続けているだけ。
このレールだって、最終的には元のレールに繋がっている。ゴールは、俺が鶯ヶ﨑家の名を継ぐってとこだろう。
いつかは仮初めの自由を奪われる。そうなれば、萌黄と顔を合わせる事だって難しい。
もしかすると俺たちを待ち受けている未来は、想像以上に希望の無い世界なのかもしれない。
それでも、
「───っ‼︎」
萌黄が、"二人で"と言ってくれた。俺たち二人ならどんな困難も乗り越えられるって。
彼の言葉が嬉しくて、有難くて。この溢れんばかりの愛をじっとしたまま抑える事ができなくて、飛びつくように萌黄を抱き締めた。
(…やっぱ、眩しいなぁ)
さっき一瞬、萌黄と初めて会ったあの日の面影と光景が重なって見えた。
チカチカと眩しくて、萌黄以外の物は何も目に入らない。
「俺も!…俺も、萌黄の事、信じてる。
俺たち"二人"なら、…きっと、何が起きても絶対乗り越えられる。」
顔が見れる距離まで体を離してから、晴れやかな笑顔でそう伝えた。
萌黄の言葉で俺の不安すぐどっかに飛んでいった。
きっと全部が"大丈夫"だって、不思議だけど、この人の言葉には俺にそう思わせてくれる。
時間は掛かったかもしれない。遠回りもしたかもしれない。
それでも、今こうしてお互いの気持ちを確かめ合う事が出来たことが嬉しかった。
違反申告
陽良
2025/02/03 02:48
…ずっと、欲しかった言葉がある。
何時しか、僕の事を容姿だけじゃなくて、内面も見てくれて、そしてそんな僕を、心から『認めて』くれる、そんな言葉。
僕に投げかけられる言葉なんて、いつだって否定的なものばかりで。
―生まれなければよかった、鶯ヶ崎家に相応しいのは、朔坊っちゃんだ。
―お前じゃない。―お前じゃない。―お前じゃない。
そうして疎まれる事が、きっと僕に課せられた役割なんだと、思うようになった。
光は朔、ならきっと僕にお似合いなのは影だと。
姿を見せて囀ることは珍しいけれど、それでも日の光の下で、あたたかな陽光と、春の訪れを知らせる『春告げ鳥』のように。
貴方はいつだって、愛される子でいなさいと。
たった一人で構わない、萌黄を見てくれる人が居て、その人の愛情を注いでもらえたらと、ずっとずっと願っていた。
叶わない、身の程知らずな願いだと思っていた。
…だけど。
僕にとっての『光ある未来』は、存外こんなにも近くにあったんだね……。
僕を照らす『光』はいつも、朔(きみ)だった。
「…僕に。それを選ぶ権利なんて、あるのかな…?」
きっと、僕よりも可憐で愛らしい女性の方が、きみの隣には相応しいんだろうな。
でも僕は理解してしまった、自覚したんだ。
きみを盗られたくない、他の誰にだって、きみの事を奪わせないって。
ねぇ、こんなにも嫉妬がましくて、女々しくて、簡単にはきみを解放してあげられないけれど。
それでも僕にもう一度チャンスをもらえるなら。
「……朔。僕も覚悟を決めたよ、きみと共に、茨の道を歩むことを。…大丈夫、僕は信じてるんだ。朔となら、どんな困難だって乗り越えられる…今度は、“二人”でね!!」
違反申告
紫雨
2025/01/25 17:22
────────────────
↓1コメントに抑えられず2コメントに分けていますm(_ _)m
見にくかったらすみません;;
違反申告
紫雨
2025/01/25 17:22
(俺は、これから───)
俺は、生まれた時から周りの人間に用意されたレールの上を歩き続けるだけだった。
俺自身の意思なんてものは一切関係無い。この家のため、人形のように生きることが正解とも思った。
(…周りは人間は、俺を鶯ヶ﨑家の跡取りとしてしか見ていない。家族も同じ。
本当の俺を見てくれる人なんて、俺の味方なんてどこにも居なかったから。)
けれど、萌黄に心を奪われたあの日。
幼いながら生きる屍のようだった俺にとって、この人は"光"だと直感的に思った。
人に恋をすると世界が色づく、なんて言う人間も居るけれど、俺はもはや世界が突然輝いたようにも思えた。
その日まで意味も分からず疑問にも思わず、言われるがまま続けていた習い事や勉強も放り出しなくなった。
そんな事よりも今はあの人に会いたいと、あの人について知りたいという明確な"欲"が生まれたのだ。
(…もしも、萌黄と出会ってなかったら。俺はきっと今も"人形"のままだったんだろうな。)
「──この選択が、正解かどうかなんて、正直分からない。
きっと、俺達を応援する人よりも否定する人の方が多いだろうな。
…それでも、誰に何を言われたとしても、俺の"光ある未来"は、俺自身が決める。」
周囲からどんな反応をされるか、少し想像して見ただけで反射的に眉が下がる。
そしてその双眼の瞳に吸い込まれるよう、彼の目を見つめ返した。
「他の誰でもない─萌黄が、俺の隣に居てくれる。それが俺にとっての"光ある未来"だよ。」
スッと目を細め、柔らかく、そしてあどけなく笑う。その笑顔は年の頃の面影が浮かぶようだった。
(…結ばれなくても良い。この思い出だけで生きていける…なんて思えるくらい、俺の欲も始めは控えめだったのにな。それなのに、いつの間にか…)
「…傍に居てもらわなきゃ耐えられないくらい、…どうしようもなく、お前が好きだよ。
俺の中では"欲しい"、って一言で済ますのは難しい、くらい…うん、…好き。」
違反申告
紫雨
2025/01/25 17:22
心の声が途中から漏れたのか、口から自然と言葉が紡がれていた。
伝えたい言葉に嘘は無いけれど、この人がこんなにも真っ直ぐに、真剣に俺の言葉に耳を傾けているからだろうか。
段々と嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちにジワジワと侵食されていった。
「だからさ、許してもらうのは、俺の方だ。俺にとっての光ある未来は、萌黄が居てこそだから。
…他の誰が何を言おうが関係なんて無い。萌黄自身が…決めて、選んで。
俺が萌黄の傍に居ることを──許して、くれるか?」
違反申告
陽良
2025/01/08 19:07
…『最初は一目惚れだった』。
彼は僕の問いかけに、まず一番に口にしたのはその言葉だった。
元来、僕は曲がりなりにもこの『異端』と言われる容姿であっても、時たま奇特な人も居て。
綺麗だの、可愛いね、だのと持て囃された事も過去には何度となく経験した。
けれどそれは、僕の『内側』じゃなくて、あくまでも外見だけを見ただけの感想だ。
それを聞く度に、ああ“また”かと、僕は心の底では辟易してきたのだ。
所詮は、僕はこの見た目にしか取り柄がないんだと、そう思うようになったのは一体いつからだろう。
もしも僕が醜悪な見た目をしていたのなら。
きっと今以上に酷い扱いを受けただろう。
人が、誰かに心を奪われる瞬間は様々だ。
それこそ整った容姿にしろ、その言動にしろ。
けれど結局、“内面”という部分で僕のことを評価してくれる人なんて、居なかった。
…目の前にいる、彼に出会うまでは。
朔は、僕の中身まで『全部』に惹かれたのだと言ってくれた。
『存在全部』…だなんて、僕にとってはこの上なく究極の殺し文句だろう。
…(こたえたい。…応えたい。僕だって、きみの全てに心も体も奪われていることを。きみの全てに、今も昔も“首ったけ”なんだということを。)
僕の手のひらにその頬をすり寄せる彼に、僕は小さく笑いをこぼした。
意外にも柔らかなその頬を優しく撫でると、僕はもう一度しっかりと彼と目を合わせる。
「朔は。…これから、どうしたい?僕を“選ぶ”ことは、きっときみにとって“光ある未来”があるとは言えないだろう。…それでも。きみは、僕のことを…欲しいと、言ってくれる?僕は、この先の未来で…きみの隣で“囀る”ことを許してもらえるのだろうか…?」
少しだけ震える、僕の声は。
ちゃんと、きみに届いただろうか?
僕は、朔の“こたえ”を待った。
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***このコメントは削除されています***
陽良
2025/01/08 19:06
…『最初は一目惚れだった』。
彼は僕の問いかけに、まず一番に口にしたのはその言葉だった。
元来、僕は曲がりなりにもこの『異端』と言われる容姿であっても、時たま奇特な人も居て。
綺麗だの、可愛いね、だのと持て囃された事も過去には何度となく経験した。
けれどそれは、僕の『内側』じゃなくて、あくまでも外見だけを見ただけの感想だ。
それを聞く度に、ああ“また”かと、僕は心の底では辟易してきたのだ。
所詮は、僕はこの見た目にしか取り柄がないんだと、そう思うようになったのは一体いつからだろう。
もしも僕が醜悪な見た目をしていたのなら。
きっと今以上に酷い扱いを受けただろう。
人が、誰かに心を奪われる瞬間は様々だ。
それこそ整った容姿にしろ、その言動にしろ。
けれど結局、“内面”という部分で僕のことを評価してくれる人なんて、居なかった。
…目の前にいる、彼に出会うまでは。
朔は、僕の中身まで『全部』に惹かれたのだと言ってくれた。
『存在全部』…だなんて、僕にとってはこの上なく究極の殺し文句だろう。
…(こたえたい。…応えたい。僕だって、きみの全てに心も体も奪われていることを。きみの全てに、今も昔も“首ったけ”なんだということを。)
僕の手のひらにその頬をすり寄せる彼に、僕は小さく笑いをこぼした。
意外にも柔らかなその頬を優しく撫でると、僕はもう一度しっかりと彼と目を合わせる。
「朔は。…これから、どうしたい?僕を“選ぶ”ことは、きっときみにとって“光ある未来”があるとは言えないだろう。…それでも。きみは、僕のことを…欲しいと、言ってくれる?ぼくは、この先の未来で…きみの隣で“囀る”ことを許してもらえるのだろうか…?」
少しだけ震える、僕の声は。
ちゃんと、きみに届いただろうか?
僕は、朔の“こたえ”を待った。
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紫雨
2025/01/02 15:40
(そんなの──、)
「───初めから。初めて出会った、あの日から。」
いつから想ってくれていたのか。彼は俺にそう問いかけた。この人と出会った18年前、まだ何も知らない無垢な子供だった俺は、目の前に現れたこの人にいとも簡単に心を奪われてしまった。時が止まったのではを錯覚してしまうほど、あの瞬間、俺はこの人に釘つげの状態だった。目を離せなくて、次第に頭まで真っ白になって。あの時、侍従に肩を揺らされるまで俺はその場から動く事も、彼から目を離す事も出来なかった。
「……、最初は、一目惚れだった。」
彼の柔い手のひらが心地よくて、猫のようにスリと顔を擦り付ける。この暖かさのおかげだろうか。少しずつ張り詰めた気持ちが穏やかになっていく。そしてゆっくりと、幼い頃の記憶を呼び起こす。
「綺麗で、キラキラしてて…ただただ夢中になってたよ。
それに俺のことを好きになってもらいたいたくて…ガキの頃は特に必死だったなぁ」
記憶にある幼い俺はそれはもう手段問わず毎日ように愛を伝えて、それはそれは必死だった。思わず苦笑いを浮かべてしまう程。あの猛攻撃をこの人が華麗に躱すものだから、俺はもっと必死になっていった。
「でも萌黄は俺のこと義弟としか見てくれなくて。それが悔しくて…。
それでも、一緒に過ごしていく内にただの"一目惚れ"じゃなくなったんだ。
萌黄の内側を知って───萌黄の存在全部に、惹かれていった。」
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陽良
2025/01/01 02:02
いつだって。
僕が本当に欲しい『言葉』をくれるのは。
きみなんだよね、朔……。
どれだけきみのことを傷つけても。
どれだけきみのことを泣かせても。
きみはこうして、僕のところにやって来ては、その腕で、その瞳で、その吐息で。
そして、その唇から紡がれる『言葉』で。
どんな時だって、僕を温めてくれる。
どんな時だって、僕を照らしてくれる。
『好き』を押し付けるのは、罪だと。
きっとこの先も、僕は誰かを好きになることは許されないんだと、赦されないんだと。
誰よりも優しいきみを、僕はこの手で突き放そうとしたんだ。
これ以上、きみのことを傷つけたくなかったから。きみを泣かせたくなかったから。…けれど。
きみを拒絶して、きみから逃げようとして。
挙げ句、こうして家が勝手に取り決めた、縁談の話まで彼に持ち出してまで。
結局は、僕はきみを拒みきれなかった。
ねぇ、朔。教えてよ。
「朔。…きみは、いつから僕のことを想ってくれてたの?僕はね、きみからの言葉が聞きたいな…。」
(…なんて、わがままかなぁ?だって折角だもん、僕だって朔からの“好き”が聞きたいよ。)
少し震える彼の声に。
僕は、そっと優しく彼の唇を指の先でなぞるように撫でると、そのままその手を頬へと滑らせた。
「僕は、存外“欲張りさん”なんだ。」
そう言った僕の顔は。
いつもみたく、愛想笑いじゃなくて。
含みのあるようなキレイな笑みでもなくて。
ニッ…と、それは無邪気さがあって。
年の割にまだ幼さが残る、萌黄の。
子供みたいな『笑顔』だった。
違反申告
紫雨
2024/12/29 18:52
「…泣かせてばっかりだな」
ごめん、と謝りながら片手でそっと彼の頬に伝う涙を拭った。涙粒でゆらゆらと輝く2つの色の瞳。この涙1粒1粒さえも惜しいと思えるほど、この人が愛しい。
また俺の気持ちで彼を困らせてしまっているのでは…そう思ったけれど、彼の細い指先が俺の手に絡まる。
これは、拒絶されていないと、期待しても良いだろうか?その涙は、決して悲しいもでは無いと捉えてしまっても、良いだろうか?
それでも尚、彼を困らせてしまっているのは事実だろう。
「白くて綺麗な髪も、お揃いの金色の瞳も、キラキラしてる赤い瞳も、
物を大事にする所も、ちょっと天然なところも、誰かが困ってればすぐ助けちゃうところも、
…笑顔が誰よりも素敵なとこも、全部、全部好きだ」
不安が残る声色で、でも決して視線を曲げることなく彼を見つめる。
彼にどうか俺の気持ちが届いて欲しいと願う一心で。
もう一度、"あの言葉"が聞きたい。彼の口から。
今こうして冷静ぶってはいるが、実際は口から心臓がいつ飛び出してもおかしく無いって程ドキドキしてる。
少しでも気を抜けば手が震えてしまいそうな緊張感を感じる。
「…萌黄の気持ち、聞かせて」
萌黄の瞳からは涙が溢れ続ける一方で、返事どころでは無いのも頭では分かっている。
でも安心出来ない。彼が俺を受け入れてくれていると、どうか言葉で伝えて欲しい。
握った手を緩め、涙を流す彼を両腕で包み込む。彼の涙が止まりますようにと思いながら。
そして、俺の涙が溢れるのを見られないように。
「もう1度、俺を"好き"って、言って。」
彼の耳元で残した言葉。俺の声が震えている事にはきっと気付かれてしまっただろう。
***
お久しぶりです!いつもお世話になっております(* . .)⁾⁾
年末に入りましたので、少し早いですがご挨拶の方だけこちらで失礼します(´︶` )
今年も大変お世話になりました‼︎いつもありがとうございます(;_;)
おりちゃは本当に生き甲斐なので、今後も是非活動にお付き合い頂けると幸いです✿*
あと少しで新年ですが、来年も何卒よろしくお願い致します。
良いお年をお迎え下さい(* ॑꒳ ॑* )
違反申告
陽良
2024/12/09 20:28
____________________________
1コメントにおさまらず、
1000文字を超過しました為、2つに分けました
見づらいなどあったら申し訳ないです。。
違反申告
陽良
2024/12/09 20:28
…ああ、また彼をこうして困らせている僕は。
きっと女の子なら、悪女とか女狐だって言われてるかも。
でも今だって本当にそうだと思う。
確かに、この縁談の事をこうして朔に打ち明けたのには意味があった。ただ純粋に、『朔の気持ち』を確かめたかったのだ。
本当にズルくて、悪いことをしている自覚はもちろんある。
けれど、それでも僕は彼の本当の気持ちが知りたかったから。
彼自身、いつもどこかで僕に遠慮していたのは気付いていた。
初めは、鶯ヶ崎家の異端なる存在であり、周囲から疎まれる僕だからこそ、そんな僕に対して、朔は何かを抑圧しながら躊躇している節があった。…だからこそ、そんな彼がいつも必死に抑え込んでいるその思いを
どうしても知りたくなったんだ。
卑しい、疎ましい、穢れた母親(おんな)の血を引いた、憐れな籠の鳥…。そんな僕に、いつだって寄り添ってくれて、僕を守ってくれてたのは紛れもなく今こうして目の前にいる、朔だ。
(きみの存在に甘えていたのは、僕の方なんだよ…。)
朔は、いつだって僕に“甘えてばかり”だと言った。
ううん、違う。違うよ、朔。
いつだって救われてたのは…萌黄(ぼく)だったんだ。
…(ああ、そんなに強く叩くものだから…。頬が赤くなってて、痛そう。…いや、きっとそんなものより、もっともっと痛いのは…。きみの、心…なのかな。)
抱きしめたい、抱きしめてあげたい。
否、今こうして無理やりきみの元から飛び立とうとする、小鳥(ぼく)を、今すぐ抱きしめて、その腕に閉じこめて。
彼の逞しい腕に抱かれれば、きっと僕は
この気持ちも何もかも、嘘をつけなくなってしまうから。
どうしよう、このまま彼のことを困らせたままではいけない。
僕は素直に身を引いて、そして潔くきみの前から居なくなる…そう言わなければ。震える唇を開きかけた、その時だった。
彼の口から、唐突に出た『ごめん』の一言。
頭を深く下げた彼は、少ししてその顔をあげると真っ直ぐに僕を見た。
違反申告
陽良
2024/12/09 20:27
(きみのその瞳に、僕は何度“魅せられた”だろうか…。)
僕は、彼と揃いの『金色』が大好きだった。
大好きな彼と、揃いのものが一つあれば、きっとこの忌々しい『赤色』を忘れられると思ってた。
…まあ、実際はそれに関して過去に僕たちはひと悶着あったんだけどね。
僕の意識が、彼の『金色』に吸い込まれて、魅せられかけた。
そんな僕に、彼は更なる追い打ちをかけたのだ。
……『俺の、恋人に…なってほしい』。
聞き間違い、だと思った。
そんな都合がいいことなんて、ある筈がないんだって。
けれどそんな僕を真っ直ぐに見つめる彼のその瞳は、まるで僕のことを射抜くように、僕の思いなんて見透かすように。
だけど、そんな彼の瞳には。
今まで感じていた…彼自身の『心の迷い』が消えたように思えた。
(…答えを。答えを、出さなきゃ。僕は、きみを苦しめるのは、もうやめるって…決めたから。だから、だから…ッッ。)
見据える朔の瞳に、僕はその色の違う双眸を合わせた。
やっと止まった透明な雫が…再び、僕の瞳から溢れたんだ。
これは、さっきみたいな“悲しみの涙”なんかじゃない。
正真正銘、これは…心からの、“嬉し涙”だ。
僕の少し小さな両手を包み込む彼の手に、僕は少しだけその細い指を絡めた。
違反申告
紫雨
2024/11/24 23:12
────────────────
↓↓1コメントに抑えられず長くなってしまいました…すみません(;o;)
違反申告
紫雨
2024/11/24 23:11
"別の捌け口"。この言葉を聞いただけでぞわりと戦慄した。
それを困ったように、無理に笑顔を繕いながら口にする萌黄の姿に心を締め付けられる。
縁談だなんて嫌に決まってる。しかも"あの"両親が選んだ相手ならそれは尚更。
もしも、もしも縁談相手が善良な人間で、萌黄を心から大切にしてくれる人なら。
鶯ヶ﨑家から萌黄を守ってくれる人間なら、俺は潔く身を引くことが出来るかもしれない。
だが、そんな上手い話ある訳も無い。見知らぬ縁談相手を信じることなんて出来ないだろ。
いつだって、俺が萌黄を守ってると思っていた。
病弱で、鶯ヶ﨑家に苦しめられている萌黄を救えるのは俺だけだって。
でも本当はいつも萌黄の気持ちに甘えていた。今も無理して笑わせてしまっている。
辛いと、苦しいと彼が俺に懇願したことは無いんだ。いつも結局、俺の弱さごと受け止めて許してくれる。
"今の弱い俺自身"が、萌黄を苦しめている。
昨晩の事も、"恋人"という選択を取れなかった俺を彼は受け止めてくれた。
いつまでもこうして萌黄に甘えて、彼を苦しめ続けるのか?
「─‼︎──ったー…」
パチン‼︎と俺はまた自身の両頬を力強く叩いた。
つい先ほども叩いたばかりだが、それとはまた意味も力加減も違う。
ぐらつく線を1本芯の通った真っ直ぐな線に戻すように。惑い続ける自分自身の目を覚ますように。
ただ力を込めすぎたのか頬はしっかり赤みを持ち、頬の皮膚からヒリヒリ•ジンジンと痛みが伝わってきた。
「ごめん」
唐突に一言"ごめん"と謝罪を告げ、俺は深く頭を下げた。
顔を上げた俺は、真っ直ぐと彼の自分の目を合わせた。
「萌黄は、俺の側に居ない方が幸せになるって思ってた。
俺の側に居たら鶯ヶ﨑家の、"あの家"の所為で、萌黄を今以上に苦しめる事になる気がした。
──そうやって、自分に言い聞かせてたんだ。
俺が弱くて、覚悟を、決められないから…萌黄と一緒になることを躊躇、して。
全部家の所為にして、俺じゃ萌黄を守り、きれないって。」
俺は萌黄の気持ちに甘えて、決断から逃げていたんだ。
恋人という選択肢を取れない、けれど彼を純粋に"兄"と思うのも難しい。
どちらかの道は選ばなければならないのに、俺は萌黄の気持ちに甘えて決断をしていなかった。
違反申告
紫雨
2024/11/24 23:10
「俺がいつまで経っても躊躇ってたから…だから"今"、この話をしてくれたんだよな」
済まなそうな表情を浮かべる。
"今"この縁談について切り出した事も、意味があっての事だろう。
「もう、萌黄に甘え続けるのは辞める。
──俺は!そんな縁談請けて欲しく無い!!」
すうっと息を吸い込んだ後、彼の両手を包み込み、ハッキリと言葉を貫く。
「そんな縁談受けないでくれ‼︎俺が絶対に守るから‼︎
だからっ…俺の、側に居て欲しい。俺の恋人に、なって欲しい。」
今まではウジウジと決断も出来ず、萌黄を困らせていた癖に突然こんな風に言い出して、
カッコ悪いって理解ってる。結局はまだ俺は弱虫な"弟"だという事も。
きっと頼りなく見えてるかもしれない。こんな俺じゃ、萌黄だってもう俺に呆れてるかも。
自分に自信を持てず苦しくて視線を逸らしたくなる気持ちをグッと堪え、俺は萌黄の瞳を見つめながら答えを待った。
違反申告
***このコメントは削除されています***
紫雨
2024/11/24 17:22
"別の捌け口"。この言葉を聞いただけでぞわりと戦慄した。
それを困ったように、無理に笑顔を繕いながら口にする萌黄の姿に心を締め付けられる。
縁談だなんて嫌に決まってる。しかも"あの"両親が選んだ相手ならそれは尚更。
もしも、もしも縁談相手が善良な人間で、萌黄を心から大切にしてくれる人なら。
鶯ヶ﨑家から萌黄を守ってくれる人間なら、俺は潔く身を引くことが出来るかもしれない。
だが、そんな上手い話ある訳も無い。見知らぬ縁談相手を信じることなんて出来ないだろ。
いつだって、俺が萌黄を守ってると思っていた。
病弱で、鶯ヶ﨑家に苦しめられている萌黄を救えるのは俺だけだって。
でも本当はいつも萌黄の気持ちに甘えていた。今も無理して笑わせてしまっている。
辛いと、苦しいと彼が俺に懇願したことは無いんだ。いつも結局、俺の弱さごと受け止めて許してくれる。
"今の弱い俺自身"が、萌黄を苦しめている。
昨晩の事も、"恋人"という選択を取れなかった俺を彼は受け止めてくれた。
いつまでもこうして萌黄に甘えて、彼を苦しめ続けるのか?
「─‼︎──ったー…」
パチン‼︎と俺はまた自身の両頬を力強く叩いた。
つい先ほども叩いたばかりだが、それとはまた意味も力加減も違う。
ぐらつく線を1本芯の通った真っ直ぐな線に戻すように。惑い続ける自分自身の目を覚ますように。
ただ力を込めすぎたのか頬はしっかり赤みを持ち、頬の皮膚からヒリヒリ•ジンジンと痛みが伝わってきた。
「ごめん」
唐突に一言"ごめん"と謝罪を告げ、俺は深く頭を下げた。
顔を上げた俺は、真っ直ぐと彼の自分の目を合わせた。
「萌黄は、俺の側に居ない方が幸せになるって思ってた。
俺の側に居たら鶯ヶ﨑家の、"あの家"の所為で、萌黄を今以上に苦しめる事になる気がした。
──そうやって、自分に言い聞かせてたんだ。
俺が弱くて、覚悟を、決められないから…萌黄と一緒になることを躊躇、して。
全部家の所為にして、俺じゃ萌黄を守り、きれないって。」
俺は萌黄の気持ちに甘えて、決断から逃げていたんだ。
恋人という選択肢を取れない、けれど彼を純粋に"兄"と思うのも難しい。
どちらかの道は選ばなければならないのに、俺は萌黄の気持ちに甘えて決断をしていなかった。
違反申告
***このコメントは削除されています***
紫雨
2024/11/24 17:22
「俺がいつまで経っても躊躇ってたから…だから"今"、この話をしてくれたんだよな」
済まなそうな表情を浮かべる。
"今"この縁談について切り出した事も、意味があっての事だろう。
「もう、萌黄に甘え続けるのは辞める。
──俺は!そんな縁談請けて欲しく無い!!」
すうっと息を吸い込んだ後、彼の両手を包み込み、ハッキリと言葉を貫く。
「そんな縁談受けないでくれ‼︎俺が絶対に守るから‼︎
だからっ…俺の、側に居て欲しい。俺の恋人に、なって欲しい。」
今まではウジウジと決断も出来ず、萌黄を困らせていた癖に突然こんな風に言い出して、
カッコ悪いって理解ってる。結局はまだ俺は弱虫な"弟"だという事も。
きっと頼りなく見えてるかもしれない。こんな俺じゃ、萌黄だってもう俺に呆れてるかも。
自分に自信を持てず苦しくて視線を逸らしたくなる気持ちをグッと堪え、俺は萌黄の瞳を見つめながら答えを待った。
────────────────
1000文字以内にどうしても抑えられなくて長くなってしまいました…すみません(;o;)
違反申告
陽良
2024/11/16 01:17
正直、この話をこのタイミングで打ち明ける僕は、つくづく性格が悪くて狡い奴だと思った。でも、こうでもしなきゃ、きっと彼の気持ちはどんどん僕から離れていっちゃうような気がしたから…。
(朔…。動揺してる?…それとも、怒ってるのかな。こんな僕なんかに、縁談なんて身の程知らずにも程があるって、怒ってくれるかな…。そうしたら、僕は…。)
…もし、もしも。
ここで彼が、「嫌だ、そんな話を請けないでくれ」って言ってくれたなら。僕は、きっとあの両親にだって、親戚にだって、立ち向かってみせるよ。
僕にとって、一番大切にしたいのは、いつだって朔なんだよ。
きみが大切に思ってくれなくても、たとえ僕の一方通行だって。
せめて思い続ける事ばかりは、どうか許してほしい。
「…まだ。実際に会ったことは、ないよ。けど…顔合わせをして、相手の人が僕のことを見初めたら…きっと、この話は正式に決定されて、僕はその息子さんの元に嫁ぐことになる…のかな。…でも、おかしな話だよね。僕なんかを、嫁にもらいたいだなんて。よほど奇特な人なのかな…。それとも…単に捌け口にでも、したいのかも…しれないね。」
たはは、と僕は少しだけ眉を下げて困ったように笑った。
実際、純粋に物好きなだけならまだいい。
けど、それこそ本当に欲の捌け口の相手にされるのなら、いっそのこと今ここで、朔に殺されるか、朔に攫っていってほしいと願ってしまう。
どこまでも身勝手で、どこまでもわがままだ。
いつだって僕の世界の中心はきみで。
いつだって僕の胸の中にいるのはきみで。
いつからか、きみに恋い焦がれるようになったのは、僕だけの秘密。
好きが溢れてしまう前に、早く…きみと、さよなら、しなきゃ。
これ以上、きみと離れがたくなってしまう、手後れになる前に。
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紫雨
2024/11/10 01:17
「…は」
思いがけない内容に、言葉にならない声だけが漏れる。
嫁ぐ、と。確かに萌黄はそう言った。
何となくだが、きっとあの両親が萌黄の意見も聞かずに勝手に取り決めたに違いないと思った。
いや…そうであって欲しいと、願っているのかも。
「ひとり息子って、誰?どこの人?」
顔を下へ俯ける。
今の俺、どんな表情になっているだろう。自分のことなのに今はよく分からない。
もし酷い顔をしていたら見せたくない、少しでも冷静を装いたいという気持ちから
片手で口元を覆い隠した。
嫁がなきゃいけない、そう既に決定しているのならかなり前から話は進んでいたのだろうか?
沸々と何か嫌な感情が沸き始める。
「もう、会ったことあるのか?」
萌黄が拒否することは難しい立場だと言うのも分かっている。
そして結局は俺が必ず口出しする事を分かっていたからこそ、両親は俺にさえ秘密裏にこれを進めていたのかもしれない。
「お前は、……萌黄はそれで、良いのか?」
少しだけ声が震えた。
俺たちが離れ離れになるべきのかまだ揺れている今、萌黄に縁談が来ているこの現実が
「俺たちは離れるべき」と言っているようにも思えてしまった。
それでも、1番は萌黄がどう思っているのか。どうしたいと考えているのかが俺に取っては1番重要だった。
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陽良
2024/11/01 04:55
「ッッ…ん、んふ…うぅ…ッッ!!んっ、ぅ…ッッ」
駄目だと、分かっているのに。
頭では、とっくに理解している…ハズなのに。
こうして彼から触れてもらえることが、何よりも嬉しくてたまらない。
たとえ、こんな風に荒々しさを感じさせる口付けであったとしても。
それもまた彼の若さゆえだと思えば、全て許せた。
若さ………
はたっ…と僕はそこで、放棄しかけていた思考を慌てて寄せ集めて、
トントンと彼の胸板を叩いた。
少しだけ名残惜しそうにする朔の顔に絆されかけるも、僕は
彼にだけは言っておかなくてはならない事を思い出した。
「………ねぇ朔。きみに…言わなくちゃいけないことがあるんだ、聞いてくれる?…実はね、僕は。とあるお家の、ひとり息子さんの元に…嫁がなきゃ、いけない」
そう、この話は朔が鶯ヶ崎家の跡継ぎとして決まった頃に、
家の者たちと、相手の家の者たちで進められていたらしい。
聞けば、ウチの者が面白半分で僕の写真と経歴を、釣書として
交流のあった良家などに出したらしい。
当然、反応はみな一様にして「このような“化け物”など…」という、
もう僕にとっては慣れたものばかりだったようだ。
しかし、とあるお家のひとり息子が、
写真の僕にどうやら“一目惚れ”をしたらしい。
そこで、一度顔合わせとしてその息子と会うことを取り決められた…それがちょうど、今回朔と二人で出かける1週間程前だった。
…なんとも奇特な人もいるものだと思った。
どうせ、鶯ヶ崎家との関係を良好にしたいだの、パイプを持ちたいだの、
よくあるものだと思ったが、ウチの者たちはこれ幸いと、
僕や朔には秘密裏で話をとんとん拍子で進めた。
(体のいい厄介者払い…これで鶯ヶ崎家には優秀な跡継ぎとして、
あの家には朔だけが残される…残されて、しまう。)
だから、このお出かけはある種の賭けだった。
僕の本当の気持ちを伝えて、彼の本当の気持ちが知りたかった。
けれど、結果は…火を見るよりも明らかだったんだ。
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紫雨
2024/10/28 13:41
幼い頃からずっと一緒で、いつだってこの人を想い続けて、いつか二人で自由になるんだと信じ続けていた。
けれど俺が信じ続けてきた理想は"俺が幸せな世界"で、"俺と萌黄が幸せな世界"では無かった。
無理にでも振り向かせて、強引にでも一緒になりたいと身勝手な気持ちのまま生きてきてしまった。
でも、彼に拒絶されたあの日にようやく気付かされたんだ。俺が今まで身勝手な思いばかり寄せていたと。
この人に初めてあんな風に拒絶されて、どうにかなってしまいそうだった。
強引に一緒になったとして、それで萌黄の幸せはどうなる?俺だけが幸せじゃ意味が無い。
俺の事を好きだと言ってくれたのに、萌黄を幸せにするという覚悟が酷く揺れてしまった。
俺の、俺の大事な人。世界で一番幸せになって欲しい。
離れたく無い。出来る事なら一生俺の傍で、隣で笑っていて欲しい。
俺の幸せを願うなら潔く前から居なくなるべきだと言う彼は、その後優しく唇を重ね合わせてきた。
萌黄からキスされるだなんて、これまで何度も願っていた事だと言うのに、今は酷く胸を締め付けらる。
この人を自由にしたい、俺は離れるべきだ。と心の内では何度も自分を沈めようとする。
だがそんな気持ちとは裏腹に、俺は彼の気持ちに応じるように、寧ろ彼をもっと求めるように唇を合わせた。
吐息まで飲み込むような、息の仕方を忘れてしまうような激しい口付けだった。
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陽良
2024/10/20 11:38
『朔を解放してあげられるから』…なんて。
そんな綺麗事、今の僕には出来やしないくせに。
こうして僕が涙を流せば、それだけで彼のことを傷つける。
どうしたって、僕はこの子を傷つけることしか出来ない。
…自由になりたいと、願わなかった訳じゃない。
“鶯ヶ崎家の異端な存在”として、この先も生き続けるのは、苦痛ばかりだと、常々そう思っていた。だからこそ僕は次第に思い始めた。
『いつかこの籠の中から飛び出して、自由な外の世界を見てみたい』…
願わくば、その隣にはきみが居てほしかった。
(…結局、その願いは僕にとって過ぎたる傲慢だった。だからこうして、今も朔のことを傷つけて、辛い思いばかりさせている…
この子に重い枷を嵌めて、十字架を背負わせているのは、紛れもない。この、僕だったんだ……)
「…ねぇ朔。僕たちは、一緒に居ることってそんなにも難しいことなのかな…僕はね、きみのお兄ちゃんになれたこと、きみの家族になれたこと。…きみの隣に居られたこと…昨日の口付けだって、何一つ後悔なんかしてないんだ。僕は、この先もきみとずっとずっと一緒に居たかったよ。けれど誰よりも朔の幸せを願うなら、萌黄(ぼく)は潔くきみの前から居なくなるべきだ」
ごめん、ごめんね。朔。
僕のわがままで、ずっとずっときみのことを苦しめていた。
きっときみの隣に相応しいのは、僕じゃなくて、別の人なんだろうね。
離したくない、離してほしくない…けれど、きみの幸せを願うなら、離してあげなきゃいけない。相反する思いが、また僕を苦しめる。
(きみとなら、二人で逃げたっていい…逃避行、なんてロマンあるものじゃないけれど。それでも…僕は、いつだってきみのことが欲しくて欲しくて、たまらなかったんだよ。…ねぇ朔。朔、僕の最愛の人。好き、大好き。)
朔の首筋に細い腕を回して、僕はぐっときみを引き寄せた。
少しだけ近くなるきみとの距離、それをゼロにするように。
僕はきみの唇に、自らのそれを優しく重ね合わせた。
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紫雨
2024/10/19 22:42
違う、違う。俺はこの人をこんな風に泣かせたい訳じゃない。
ただ笑って、自由に過ごして欲しいだけ。幸せになってもらいたいだけ。
…けれど今の俺はこの人を泣かせてばかりだ。傷付けて、辛い思いをさせているばかり。
昨日、衝動的に口付けをしたのは俺の方。今こうなっているのは俺のせだ。
今思えば、焦燥感に駆られていたんだ。最愛の人に拒絶されて、この人を逃したくない、いっそ奪ってしまおうと。
どれだけ口では良い事を言ったとしても、結局は"萌黄を逃したくない"のがどうしようも出来ない俺の本心。
「顔も見たくないだなんて、っそんな訳ない‼︎……急にでかい声出して、ごめん…」
眉根を寄せ、焦りを含んだような真剣な面持ちを浮かべる。ハッと一瞬、2人の視線が重なったが、俺はまた直ぐに彼から目を背けてしまう。
この行動が彼を余計傷付けているんだと自覚はしているのに。
「……俺と、一緒に居て、傷付くのは…お前の方だろ。」
ぽつり、と出た本心。それに続くように溜め込んでいた俺の気持ちが唐突に溢れ出てくる。
「離してやれる、自信が無い。…好きだから、大好きだから‼︎俺だけ、の萌黄にしたいって、…他の誰も見て欲しく無い…もしお前が俺を嫌いになったとしても、離してやる自信が無いんだよ。
それに…お前がずっと、この家に縛られる事になる。今の俺じゃ直ぐに自由にはさせられない。…萌黄がこれ以上辛い思いをするのは嫌なんだ!」
今でさえも、鶯ヶ﨑家に縛られ、酷く傷付いているだろうに。恋人になってしまえば、彼はもっと重い鎖に縛られることになる。
俺は鶯ヶ﨑家の跡継ぎ。口から言われては無いが、結局はその内両親の気に入った相手と見合いでもさせられて優秀な世継ぎを残せって事だ。
両親の思い通りになるつもりは無いものの、そういう立場の俺と一緒に居る事は彼が辛いんじゃないかと、もっと萌黄を平和に、幸せにしてくれる奴がいるんじゃ無いかと思ってしまうんだ。
俺と一緒になる事は、萌黄の為にはならないんじゃ無いかと、そう思ってしまう。
そんな俺でも、彼は一緒になりたいと言ってくれるのだろうか?
安易に想像出来る。俺たちが一緒になるのは茨の道。彼の平和な未来を案ずるのであれば、きっと選択してはいけない道だと。
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陽良
2024/10/16 01:39
今まで通りに、お互いに“兄弟”として。
そう思い、勇気を出して口にした僕のお誘いは、呆気なく砕かれた。
(…お腹、空いてなかったんだ。そうだよね、そんな時にこんな事を言われても…迷惑でしか、ないよね。ああ、僕ってばまたやっちゃったなぁ…。)
そう思う僕の気持ちは、知らず顔にも出てしまっていたようで。
僕の顔を見るなり、彼は僕なんかよりひどく傷付いたような表情をしていた。…こんなことに、なるくらいなら。
あの晩、僕は決してあんな思いを彼に伝えるべきじゃなかった。
“今まで通り”を、壊してしまったのは…紛れもなく、この僕だ。
何よりも平穏を望んでいたのは、彼との優しい時間を望んでいたのは。
誰でもなく、自分自身だったというのに。
―時間を巻き戻せるのなら、昨日をやり直したい。
あの晩から…ううん、きっと朔と街に出掛けた時から。あの瞬間から。
僕は、ぎゅっと強く手のひらを握りしめて、唇を噛み締めた。
そうでもしないと、また何かが溢れそうだったから。
すると彼は、何かを決めたように、おもむろにその口を開いた。
“昨日のこと、忘れられそうにない”
それは、死刑宣告にも似たような、言葉。
思わぬ彼の言葉に惚ける僕を置いてけぼりにして、彼は言葉を続けた。
もう、僕たちは“兄弟”にだって、戻れない。
誰でもない、朔が今確かにそう言ったのだから。
兄として見ることはできない、と。弟として見てほしくない、と。
どうしよう、どうしよう。どうしよう。
僕が壊した、僕が駄目にした、この関係を。この思いを。全部、全部。
「っ……そ、れは。もう…僕とは、居たくない…ということかな。僕なんかの顔も見たくなくなっちゃった?…そうだよね、あんな風に朔を突き放しておいて、拒絶して。それでも、きみのことが欲しいと言ったのは、僕だ。
分かってる、これは僕の独りよがりの我が侭なんだってこと。
だから……少しだけ、時間をくれないかな。そうすれば…そうすれば。僕は、」
『朔を解放してあげられるから』―
その言葉は、溢れてきた涙と、引き攣るような嗚咽に飲み込まれた。
肝心な時に、僕はいつも選択を間違える。
そんな時、いつも正しく道を照らしてくれたのは、きみだった。
けれどきみは、もう…いなくなるんだね。
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紫雨
2024/10/14 19:27
「…ごめん、あんまり腹、減ってなくて。」
余裕を欠いた俺は自分の事ばかり考えていた。
彼からの誘いも、単純に朝食が喉を通りそうにないという理由で断っってしまう。
だが彼の誘いを断ってから萌黄の方へ視線をずらすと、そこで漸く気が付いた。
彼に無理をさせてしまっているんだと。きっと"今まで通り"に戻そうとしてくれているんだろう。
でも俺はそんな彼を突き放し、傷付けている。
俺は本当に馬鹿だ。この人にこんな表情をさせたい訳じゃなかった。
ただ自由に、幸せになって欲しくて。だから兄弟で居る事を俺も望んだというのに。
…けれど今と同じことが、今後も続く気がした。彼が"今まで通り"にしようとして、でも俺が突き放す。
そして彼を傷付け続けてしまうくらいだったら、俺の今の思いを伝えるべきだと思い口を開いた。
「…あのさ」
俺はどこまでも自分勝手で我儘だ。この人を振り回し続けている。
俺に勇気があれば、きっとこんなに拗れたりはしなかったのだろうか。
「俺…昨日のこと、…忘れられそうにない」
どうしようもない本音。萌黄は昨日のこと、忘れることが出来たんだろうか。
今まで通りに戻るのであればそれが正しい筈なのに、俺とキスした事は忘れて欲しくないと心を奥底で俺は思ってしまっている。何とも卑怯な人間だ。
「今はもう"兄さん"として…見れそうにない。
…俺のこと、"弟"として見てほしくないって、思っちゃうんだ。」
きっと彼の望む兄弟に姿にはもうきっと戻れないと、俺は萌黄に伝えた。
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陽良
2024/10/12 03:33
「パンッ!!」という少し乾いた音と共に、彼が自らの両頬を手のひらで叩いた。何を、という疑問と、純粋な驚きと。
咄嗟に彼は、眠気覚まし、だなんて言ってみせた。
…分かってる。本当は、他でもない僕のせいで彼のことを困らせてるんだってこと。そうじゃなきゃ、彼はこんな風によそよそしくなったりしない。何かを取り繕うようなこと、しない。
いつだって朔は、僕に優しく笑いかけてくれて、陽だまりのような温かな大きな手のひらで、僕のことを撫でてくれる、抱きしめて…くれる。
あれ??
じゃあ今の僕たちって一体何なのだろう。
僕と朔はどうしたって“恋人”にはなれなくて、だから、あの夜、僕たちは、“兄弟”でいることを、選んだ。…選んだ、はずなのに。
今の状況は、どうだ?
素っ気ない朔の態度、僕の方さえ見てくれない彼の瞳。
それだけで、僕は悟ってしまった。
『ああ、やってしまった』と。僕の選択は、間違っていたのだと。
「…っ。あ、あのね。朔は、朝ごはん…もう食べたかな?実はね、僕もまだなんだよね、だから…その。良かったら、一緒にどうかなって。……だめ?」
ずるい、ずるいことを言ってるのは分かってた。
それでも僕は、ぎこちなさの残る言葉で、必死に笑顔を取り繕い、あまつさえ、「ごはん、一緒にどう?」なんて、わざわざ許可を取らなくてはならない。
この瞬間、僕たちの間に出来た“溝”は、着実に広がり始めて、
そしてそれは、容易には埋めることはできないことを、僕は悟った。
違反申告
紫雨
2024/10/12 00:31
ドクンと大きく心臓が跳ねた。この人の笑顔を見ただけで、だ。
その姿を、俺の夢の中に出てきた彼の姿とぼんやり重ねてしまう。
俺はこの瞬間に『ああ、何がただの兄弟だ』と思った。
ようやく少し冷静になり始めていたんだ。今まで通りに戻ろうって。それが1番だって。
でも確信した。ただの兄弟になんて、少なくとも俺はもう戻れないんだと。
今は彼の笑顔を見ただけで再び重たい感情が湧き出しでぐちゃぐちゃと混ざり始める。
パンッ!!と肌を叩く音が響く。俺は手のひらで自分ほ両頬を思い切り叩いた。
ジンジンとする頬の痛みが強制的に俺を少し冷静にさせてくれた。
「ごめん、ちょっと眠気覚まし…」
そんな姿を見た萌黄が驚きと疑念を抱いた表情をしていたので下手な言い訳を残し、ようやく病室の奥へと足を踏み出した。
「…………た、体調、どう」
アレ、いつも通りの距離感ってどうだっけ?
隣に行く…のは流石に距離近すぎるって思われるか?
迷った挙句、結局は入口側に近い場所に立ち止まる事にした。
"今まで通りの俺"で言えば彼の隣に迷わず行って、あわよくば抱きついたりしようと考えているところだ。
それなのに今の俺は真っ直ぐ萌黄の顔を見ることさえ出来ずに視線を逸らしてしまっている。
どんな言葉から発するべきなのかもよく分からなくて、素っ気ない態度を取る結果となってしまった。
違反申告
陽良
2024/10/09 02:36
翌朝。
閉めきられたカーテンの隙間から、僅かに射し込む日の光と鳥の囀りで、優雅に目を覚ました…なんてことは勿論なくて。
あの後、何とかベッドに横になり、目を瞑り眠りにつくことを待っていた。
けれど、寝なければと思えば思うほど、かえって意識は冴えてしまい、結局僕は、一睡も眠ることが出来なかった。
「…ああ、きっとひどい顔をしている。
ひとまず朔が来る前に、何とかしなくちゃ」
幸いにも僕の病室は個室。
ある程度の設備は整っているようで、簡易的な洗面所なんかもあった。
まずは、顔を洗って、さっぱりした後は、ひどい寝癖のついた髪の毛を直す。
それから、寝間着にしていた病院着を持ってきていた服に着替える。
義弟とはいえ、人に会うのだからそれなりの状態でいなければならない。
ベッドのシーツや、布団を綺麗にしてから、カーテンを開けた。
眩しい陽光が、今の僕に少しだけ痛いくらいだ。
(…色々してたらもういい時間だな。
あの子も来るだろうし、朝ごはんとか食べてる暇はないか…)
そもそも食欲なんて、これっぽっちだってない。
なら別に朝食くらい食べなくてもいいか、そう思いながら
病室の椅子に腰かけて、少しだけぼーっとしていると。
『…おはよ』
横引きのドアが開かれて、朔が顔を見せた。
…ああ、彼の姿とたった一言、それだけで高鳴る僕の胸は、とても単純だ。
そんな邪な思いをしまい込みながら、僕はにこりと笑みを浮かべた。
「おはよう、朔」
違反申告
紫雨
2024/10/05 20:08
「…、はぁ」
起床して早速大きな溜息をつく。
数時間前の夜中に旅館へ戻ったのだが、結局義兄のことばかり考えて中々眠る事が出来ずに朝を迎えていた。
ようやく眠りにつけたと思えば、夢には必ず萌黄が出てくる。
夢の中で彼は俺に「好きだよ」と愛を囁き、「朔の全部を受け止めるよ」と、「朔だけのものにしてよ」と俺の欲望を掻き立てる言葉ばかりを囁いた。
その度に俺の感情はぐちゃぐちゃと入り混じっていく。
キスをしたからか、夢の中でも彼に触れる感触がやけにリアルで───
…ああ駄目だ思い出すな! あれは夢で、本当の萌黄じゃないだろ!
この乱れた思考を止めようと髪の毛をグシャグシャと触った。
だが複雑な胸中がすぐに解消されるはずもなく、このまま朝食も摂る気が起きなかったため
眠気覚ましのコーヒーだけ飲んでから旅館を後にすることにした。
そしてタクシーに乗り数時間振りに病院へ戻ってくる。
彼のいる病室まで向かう道のりで、俺は何度も頭の中でシミュレーションをした。
俺と萌黄はただの義兄弟で、恋人じゃ無い。大丈夫だ、いつも通りにすればいい。
昨日の朝と同じだろ?ドアを開けたらまずはおはようって言えば良い。
そう、いつも通り…
ガラッと横引きのドアを開け、病室の中に足を進めると既に起床している萌黄の姿があった。
「…おはよ」
違反申告
陽良
2024/10/03 14:10
“朔坊ちゃんは本当に天才ですわ”
“朔様がいらっしゃれば、鶯ヶ崎家は安泰だな”
…―『どこかの“出来損ない”とは大違いだ』。
物心がつく前から、ずっとずっと言われ続けた言葉。
それは今も僕の全てに深く深く刻みこまれていて、次第にそれは呪いとなり、肥大化しては毎日のように僕を苦しめた。
…分かってる、僕が駄目なヤツなんだってことくらい、誰かに言われなくたって僕が一番分かっていた。なのに、あの人たちは繰り返し僕を苦しめた。
裕福な家に生まれたって、全部全部が恵まれてるワケじゃない。
僕が出来損ないだから。だから鶯ヶ崎家は、朔を産んだ。
腹違いの、義兄弟。それでも、僕たちは、確かに“兄弟”だった。
(…朔、行っちゃったな。きっと…ううん、絶対に気付いてたんだろうな。僕が、朔にもっと一緒にいてほしいって思ったこと…)
だけど。…そんなのただの傲慢だ。
自分から彼にひどい言葉を吐いて、突き放した。
だけど、たった一言謝りたくて。それでも、朔の顔を見たら、抑えられなくなった。まるで洪水みたくあふれ出した僕の感情は、鋭利な刃となり、再び朔のことを傷つけたに違いない。
「…あは。ははは…駄目じゃん、僕。どうしたって、僕はあの子の重い枷にしかなれないんだね…」
だから、あれで良かった。きっと、良かったんだ。
明日の朝、朔はまた来てくれると言った。
…その頃には、きっと元通り。何もかも、今までと同じ。
僕たちは、“兄弟”でいられる。
違反申告
紫雨
2024/09/28 20:14
「…俺は一回旅館に戻るよ。明日の朝、また来る。」
"俺も一緒に行って良い?"
その言葉を口にすることは出来なかった。
今の俺は彼の唇を強引に奪ってしまう程、正直冷静じゃない。今まで通りの兄弟でいると決めたのに、こんな気持ちでこのまま彼の側にいてしまえば今度こそ彼の弟では居られなく気がした。
俺は彼が病室に戻るのを見届けた後、重い足取りで病院の外へ出た。タクシーを呼び、それが到着するまでの間病院前のベンチに腰をかけ、真っ暗な夜空を見上げる。
(今まで通りに、戻れるのか?)
俺が彼の唇を奪ったあの瞬間から、きっともう"何か"は壊れている。
萌黄は俺が好きで、俺も萌黄が好き。事実だけ並べてみればただ両想いな2人に思えるが、現実はそんなに簡単じゃ無い。
今まで通り、ただの兄弟でいる選択は間違いでは無かったと思っている。萌黄が本当に幸せになるためにはそれが一番に決まっているから。
だが俺はもう1度彼の唇に触れてしまった。唇の柔らかさも、熱さも、あの幸福感も知ってしまった。
もう2度と手は出さないか、と聞かれると…正直すぐにyesと返答は出来ない。
"きっと"ではない。もう"確実に"俺の中では何かが壊れてしまっていた。
もう1度…いや、何度でもまた彼に触れたいと考えてしまっている。
この感情を抱えたまま、俺は彼と関わっていけるのだろうか。
彼の幸せを、本当に応援し続ける事が出来るのだろうか。俺は───
ブロロロ…
車の音が遠くの方から此方へ近づいて来るのが分かる。恐らく俺が呼んだタクシーだろう。
俺は煮え切らない気持ちを抱えたまま、タクシーが到着するとベンチから腰を上げた。
違反申告
陽良
2024/09/16 03:23
…この夜、僕はまるで千載一遇にも値するだろう機会を、自らの手で手放した。朔のことが好きだと自覚した日に、僕は同時にこの恋を終わらせた。よく聞く、初恋は実らないっていうアレは、まさしくその通りだと、僕は身を以て知ったのだ。
…後悔はしていない、といえば、それはきっと嘘になる。
けれど、何よりも大切な存在であり、僕の生きる理由ともいえる朔のことを、こんな僕の身勝手な恋心で、縛りたくなかった。
ああ、だけど…
一度でも、彼の唇の熱さを知ってしまった、彼に抱きしめられることの心地よさを知ってしまった、彼のぬくもりと、彼だけの持つ香りに、僕はすでに囚われてしまったのだと、理解してしまう。
忘れたくても、決して忘れられない、この夜の出来事。
きっとこれから、僕の胸に残り続けては、僕のことを甘く蝕んでいくのだろう。
(…それで、いい。きみのことを好きになったこと…その贖いだと思えば、むしろこんなものは、ぬるいくらいだ。ねえ朔、僕は心からホッとしてるよ。何よりも大切なきみのことを、僕の身勝手な思いで、穢さなくてよかった…)
ありがとう、僕に感情をくれた…朔(きみ)。
ありがとう、僕に愛おしいということを教えてくれた…朔(きみ)。
ありがとう、僕の…初恋。そして、さよなら、朔(きみ)への、恋心。
「………冷えてきたね。こんなところ、お医者さんに見つかったら大目玉食らっちゃう。僕は病室に戻るよ、朔は…どうするんだい?」
“一緒にいてほしい”…喉まで出かかったその一言を、僕は飲み込んだ。
当然だ、形はどうあれ僕は一度、彼のことを拒絶した、してしまった。
そんな僕に、彼にそばにいてほしいなんて、言える訳がない。
それでも。
僕は、ほんの僅かな期待を込めて、朔の目を見つめた。
違反申告
紫雨
2024/09/14 20:41
彼の気持ちが俺の枷になる筈が無い。寧ろ彼に想われる事を何度も望んできた。
例え恋人にはなれなかったとしても、いつかはあの家に縛られず生きられるようにと今でも思っている。
この人が俺の全てなんだ。そんな彼からの気持ちが枷や鎖になる事は無いだろう。
寧ろ俺の気持ちの方が彼にとっては枷になる。
萌黄はまだ外の世界をほとんど知らないから。
もし此処で俺と恋人になるのなら、きっと俺はもう2度とこの人を逃したくなくなってしまう。
愛しい人と一緒に居たいと思うのは当然だろう?
この先、お前が家に縛られず、自由に生きていけるようになった時…もし俺よりも好きになった人が出来たとしても、離してやれない。
どんな手段を使っても俺の中で繋ぎ止めてしまうだろう。
はは、ちょっと想像しただけで怒りや嫉妬で体中の血が煮えくり返る。
兄弟のまま今まで通り心地よく過ごしたい俺と、拒絶されるかもしれないが彼と恋人になって全てを受け止めて欲しいと思う俺が居る。
「…、っ……あ、ぁ…わかった」
俺の腕の中から抜け出す萌黄。兄弟のままでいれば、俺はきっとこの人の全てを受け入れられる。
こうして俺の側から居なくなっても、誰か恋人が出来たとしても彼の人生を応援出来る。
萌黄が元気に生きているなら、俺はそれだけで十分だから。
恋人になって彼を本当に束縛してしまえば、きっと取り返しはつかない。
自分勝手で臆病な弟でごめん。
でも、お前の本当の幸せを願うなら、きっと"今まで通りの兄弟"で居る事が1番だろうから。
俺は彼の背を見つめながら、小さく言葉を返すことしか出来なかった。
違反申告
陽良
2024/09/13 17:07
僕の体を抱きしめる彼の手に、一層力が込められた。
きっと、朔は僕の突然の告白に困ってる。
そりゃそうだよね、今までずっと“兄弟”としていることが、僕にとっては何よりも心地がよくて、そして何よりも安らぎだった。
…僕は今、その安らぎを自らの手で摘み取ろうとしているのだ。
(…今なら、まだ引き返せる。朔を困らせるくらいなら、僕は朔の特別になれなくたっていい。だから、今までのように、きみの隣に居させてほしい…)
我ながらなんとも図々しくて、わがままだと思う。
この気持ちを自覚したのは、本当についさっきのこと。
朔に拒絶されるかもしれない、嫌われるかもしれない、朔のそばにいたい、そう思えば思うほど、僕は彼のことが欲しくなってしまった。彼を自分のものにしてしまいたいとさえ、思ってしまった。
身の程を知れ、お前のような忌憚の存在が、鶯ヶ崎家の次期当主となる彼の未来を奪うことなど、決して許されることではない。
うん、うん。あの人たちが知れば、そう言われるに違いない。
兄弟なのに、身分には天と地ほどの差がある、萌黄と朔。
僕が、朔を想うことなんて、“あっては”ならない。
僕は彼の腕を優しく取ると、自らの体に回された腕をそっと解いた。
彼の抱擁から解放された僕は、ひたひた…と冷たい床を素足で歩いては、ほんの少しだけ彼から距離を取った。
そうして僕は、くるりと体を反転させて、彼に背を向けた。
「…朔。僕のこの思いがきみの枷となり、鎖となるなら、僕はきみに何も望まない。恋人になろうとか、そんな贅沢だって言わないから。…だから、どうか…このまま、“兄弟”でいることを、許してほしいな」
僕の唇は震えて、今にも泣き出しそうな程だった。
けれど、それでも僕は、必死に毅然とした振る舞いをしてみせた。
でも…どうしても、彼のほうを見ることはできなかった。
違反申告
紫雨
2024/09/11 22:05
彼はその小さな口から言った。
『ごめんね、きみのこと、好きになっちゃったこと。』
自分の耳を疑った。萌黄が、俺のこと好きだって言ったのか?
俺のこと、ただの義弟じゃなくてちゃんと1人の男として好きになってくれたの?
今したキスを受け入れてくれたってこと?
口に出してそう確認をしたいのに、俺の口は閉じたまま開こうとしない。
怖い。口に出してしまえば簡単に解決することかもしれないのに、拒絶される可能性が、ほんの少しでもあるような気がしてしまって。
1度拒絶された記憶がまだ鮮明だからだろうか。
大切だから、好きで好きで仕方ない人だから、肝心な時に俺は臆病になってしまっていた。
そして続けて彼は言う。『俺が望むなら今まで通り"兄弟"のままでいよう』と。
今の臆病な俺にとってはそれが最善策だと、最初は思った。
拒絶されず今まで通り、"兄弟"として過ごすのはきっと居心地がいい。
でも、きっとそれはもう無理なのも分かっていた。
その薄紅色のふるえる口唇を奪ってしまったあの瞬間から、もう今まで通りの兄弟には戻れない。
つい昨日までは彼と兄弟ではなく恋人になりないと願っていたのに、今はこの関係が壊れることを怖がっているなんて笑える話だ。
「俺は…っ俺、は…」
"今まで通りじゃ嫌だ。俺の恋人になってほしい"
そう言葉に出せない。心が苦しくていっぱいで、まるで彼に助けて欲しいと縋るように、抱きしめた手により一層力を入れた。
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陽良
2024/09/11 01:40
触れた唇は、熱を孕んでいるような気がした。
こんなにも近いのに、遠い。
先ほどから、朔と目が合わないのに、僕は気がついた。
合わない、じゃなくて、朔の方が合わせないようにしているんだってことは、いくら鈍感な僕でも、すぐに気付いた。
それでも、何度も触れる、彼の優しい口付け。
何度目かの口付けを交わした後に、やがて朔は、僕の頼りない肩にその顔をうずめて、縋るように僕の体を抱きしめたまま、泣きそうな声で言った。
“好き”…僕は彼の口から、確かにその2文字を聞いた。
震えているような、掠れた、小さな小さな声で。
どうして、そんなに泣きそうなの?
まるで、僕のことを好きになってしまったことが、悪いことをしてしまったような、それこそ悔いるような。
ひどい、ひどいよ。僕は今更だけどこうして朔への気持ちに少しだけ自覚することが出来たのに。きっとこの僕の恋心は、叶わないまま、終わる。
だって、朔が僕との関係を望んでいないように思えたから。
きっと“今の関係”が、壊れてしまうのを恐れているんだろう。
それならば―
「…朔。ねえ、朔。ごめんね、きみのこと、好きになっちゃったこと。でもね、僕は後悔はしてないんだ、だからね。この思いを抱えて生きていくことだけは許してほしい、そうすれば僕はきみにそれ以上は望まないから…
朔が望むなら、今まで通り、“兄弟”のままでいよう」
僕は、少しだけ震える手で彼の形のいい頭を、優しく撫でた。
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紫雨
2024/09/08 17:41
あーあ、今度こそ嫌われたかも…
口付けを後悔するつもりは無いが、この人に嫌われてしまうのであれば少しはこの行動を悔いてしまうだろう。
折角無事仲直りをして元の関係に戻れそうだったというのに、流石に箍が外れてしまった。
突然義弟からキスされて、お前は一体どんな表情になるのかな。
不安と期待が入り混じったまま、俺は口付けを終えた後も至近距離で彼の顔を見つめ続けた。
俯きがちかつすぐに顔を背けられてしまいどんな顔をしているのかは分からなかった。
でも絞り出した彼の声が震えている事は分かる。
(声震えてる…弟なんかにキスされてショックなんだろうな。)
きっとショックを受けているんだろうと思った。そういう反応をされるって事は分かっていた筈なのに、心のどこかで少し期待していた。
この人なら、この気持ちを受け止めてくれるんじゃないかって───
彼の後頭部に回していた手を今後は顎の方へ移動し、強引に俺の方へ向けさせた。
どれほど絶望的な表情をしているか。其れを確認する勇気の無い俺は視線を重ねようともせず再び彼に口付ける。
自分の臆病さ、身勝手さに笑いたくなる。
こんな事をしたって余計嫌われているのは目に見えているのな。
1度目よりも長く、この想いが届いて欲しいと祈りながら彼にまた数度唇を重ねた。
「っ…、………好き」
唇を離した後もやっぱり彼の顔を見る勇気が無い。拒絶の言葉も聞きたくない。
彼に縋り付くように肩に顔を埋め、今にも泣き出しそうな掠れた声でそう呟いた。
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陽良
2024/09/08 02:20
言ってしまった、と思った時には遅かった。
溢れる涙と一緒に、僕の中から零れてしまった、僕の秘めていた気持ちが、とうとう我慢できなくて、よりによって朔本人に吐露してしまう形になった。「…何だよ、それ。」という、彼の呟くような、やっとこさ吐き出したような言葉に思わずびくりと体が跳ねた。
それはきっと、今の僕の思いに、心底幻滅したから。
笑えるだろう?
あんなに、いつもいつも可愛い弟だとばかり思いながら、大事にしたくて、何よりも優先して、心から可愛がっていた弟のことを、あろうことか好きだなどと、宣うような兄なんて。…きっと、もうそれは兄なんかじゃないかもしれない。分かってた、一度音となり零れた言葉は二度と取り消すことはできない。今きっと、僕はとんでもなく取り返しのつかないことをした。
(…なーんて、冗談だよ!!とか、言える状況じゃないよね…)
流石に僕だってそれくらいは分かるというか、空気は読めているつもりだ。けれど、いつまでもこの空気の中には居たくなくて、どうにか話題を切り替えようとした時だった。
「もう、止めた」という言葉と、瞬間距離を詰められて背中に回される朔の右手。決して逃がさないとばかりに、左手は後頭部へと添えられて、何を、と思う暇すら与えられず、僕は朔と口付けを交わした。
(………………え??)
小さなリップ音が、やけに大きく僕の耳に響いた。
戸惑う僕をよそに、彼はゆっくりと唇を離して、至近距離で僕の顔を見る。そ、そんなに近くでまじまじと顔を見ないでほしい。絶対、今すごく情けない顔をしているのが分かるから。
「………ッ、み…見ないで」
咄嗟に絞り出した声は、みっともなく震えていて、僕はせめてものと、朔のその視線から逃げるように、顔を背けた。
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紫雨
2024/09/07 21:23
くいっと袖を掴まれる感覚があり、一度腕を動かすことを止める。
彼はグッと涙を堪えるような様子を見せ、後にその瞳を俺に向けると言葉を連ね始めた。
「……何だよ、それ。」
彼の言葉を聞き終わった後俺は顔を俯かせ、掠れた小さな声でそう呟く。静かなこの空間ではきっと彼の耳にも届いているだろう。
『本当はそんなこと思っていない』『ごめんなさい』と言ってくれた事には酷く安心したよ。
俺は嫌われていないんだって、まだこの人の側に居ることが出来るんだって。
だがそれよりも今は『嫉妬した』と、『どうしてそこに立っているのは僕じゃないんだろう』という言葉に脳を焼かれている。
だって、だって俺はお前にとっては"ただの可愛い義弟"だろう?
それ以上でも、それ以下でもない。
それならその言葉は俺に向けられるはずのない…きっと想い人にこそ伝えるべき言葉だから。
彼は俺を可愛い義弟だと大切にしてくれるから、一線は越えないようにしていた。
スキンシップはあれど最大ハグまで。いかにも恋人がするキスだったり…勿論それ以上の事を彼にはしていない。嫌われたくないし、そんな事をしてしまえば萌黄は俺を弟とは思え無くなってしまうから。
…結局は俺が怖かったんだ。今の関係が崩れることを。
「…もう止めた」
ぐっと彼との距離を縮め、彼の背側に右手を回す。決して逃さぬようにと左手は後頭部へ添えると、"この人が欲しい"と思う気持ちのままに口付けた。
小さなリップ音が静かに鳴ったのが分かる。
18年間もこの人だけを想い続けている。そんな人からあんな事言われてしまったら、もう冷静でいられる訳がなかった。
(…拒絶されるかもな。…もう俺を可愛がってはくれないかな。
…可愛いただの義弟で居られなくてごめんな。)
心の中で彼に謝罪を向けるが口にはしない。今キスした事を後悔したくは無いから。
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陽良
2024/09/04 12:06
…あたたかい。
彼の大きな体に収まるくらいの、僕の体。
小さい頃は、男のくせにこの華奢で頼りない体躯がすごくコンプレックスだった。生まれつき虚弱体質、当然満足に運動なんて出来ないから、筋肉だってついてないんじゃないかって言われるくらいだし、日に焼けにくい肌は白くて。僕はまるでその生っ白いお人形さんみたいな自分が大嫌いだった。けれど、あの日、朔と初めて出会ったあの日。朔はそのまろい柔らかそうな頬を僅かに朱色に染めて、少し照れたようにはにかんだ。
それが可愛くて、可愛くて、たまらなかった。僕はその瞬間から、朔のことだけは何としても僕が守るって決めたんだ。
ずっとずっと毎日泣いてばかりだった僕、朔を守ると決めたときから僕は泣いてばかりの自分とは決別したつもりだった。
…だけど。
離れていく、朔のぬくもりが僕は途端に寂しくて寂しくて。
気付いたら、彼の服の袖を震える指先でぎゅっと掴んだ。
お願い、はなさないで、はなれないで。僕を、ひとりにしないで…
溢れそうになる感情の濁流を必死に抑え込みながら、僕は涙に濡れた瞳をゆっくりと朔の方に向けた。
「…ッ、あの…ね。朔のこと、嫌いって…言ったの、嘘だよ。消えろって言ったのも、本当はそんなこと、これっぽっちだって思ってない…思ったこと、ない…ッ僕、僕ね…ッ嫉妬、したんだ。あの子に、朔の隣にいた男の子に。どうしてそこに立っているのは僕じゃないんだろうって、思ったら…僕、ひどいこと…ッ!!言ったよね…ッごめん、ごめんなさい…!ごめんなさい、朔…ッ!!」
どんなに謝ったところで、一度形となって溢れた言葉は取り消せない。そんなの、僕が一番分かってたはずなのに。
毎日のように心ない言葉を浴びせられて、すり減る僕の心と体。
けれど、僕はその人たちと同じことを朔にしてしまったんだ。
僕が、この世で一番大好きな、最愛の義弟(おとうと)。
どうすれば、僕はもう一度きみの隣にいることを許してもらえるのかな…
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紫雨
2024/09/03 22:24
一瞬、夢を見ているのかと思った。
肌も髪も雪を思い出すような白さを持つ彼。
自販機の光がその白に反射して、まるで彼自身が光を放っているかのような不思議な空間だったから。
ぼんやりと光る彼は、小さく言葉を連ねているようだがその声は震えており側に行かないとそれは聞き取れそうに無かった。
そんな中、俺の声が届いたのか彼がゆっくりと俯かせていた顔上げる。
柔らかな頬に大粒の涙を伝わせているその姿を見て、考えるよりも先に身体が動いていた。
「ッ萌黄…‼︎」
複雑な感情が混じっていても尚、1番は彼の顔を見れたことが嬉しいという気持ちが大きい。
俺は涙を堪えながら彼の目の前まで駆け寄るとギュッと彼の華奢な身体を腕の中に収める。
こうして抱き締めていると、彼の体温や鼓動がゆっくりと感じられる。
(…生きてる)
この暖かさや鼓動が彼が生きていると、本物だと証明してくれているようで酷く安心する。
「っぁご、ごめ…急に……嫌だった、よな」
こんな時に、いやこんな時だからこそ思い出してしまう。
"僕の前から消えろ"
あれが彼の本心なら、これまでのように触れるのは彼もきっと不快かもしれない。
本心か否かを確認できてない内に、俺の身勝手な気持ちだけでまた触れてしまった事を後悔し、寂しげな表情を浮かべながら彼を抱きしめていた両腕をゆっくりと彼から離していった。
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陽良
2024/09/02 03:53
…あー、待って待って。この年で幻聴はさすがにマズいよね?
言ってもまだ僕は30手前で……あ、そうか。
思えば朔とはそれなりに年も離れてて、だから……
(…なんだ、最初から僕には勝ち目なんてないんだね。
そりゃ、そうだよ…こんな年増より、軟弱でひ弱で、弱い男より…)
若くて、綺麗で、可愛くて…それから、それから。
一度溢れ始めた思いは、まるで土砂降りの雨みたく、次から次に
僕の胸の内に降り注ぎ、黒い澱みを作っていく。
もう、駄目だ。駄目、なんだ…僕なんかが、あの子を縛るのは。
あの子の足枷になりたくなかった、重荷になりたくなかった。
けれど結局は、僕はいつまでも“あの家”のお荷物であり、
忌避されるべき存在で、蔑まれるべき生き物で。
「…っ、ど…しよ。僕は、………朔のこと……好き、なんだ。駄目なのに…
好きに、なっちゃったんだ…」
そんな事を考えていたからだろうか?…朔が、僕を呼ぶ声がした。
…冒頭に戻る。
僕は、ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせながら、
ぐちゃぐちゃになった顔を、ゆっくりと声がした方に向けた。
「………ッ、さ…く……?」
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紫雨
2024/08/31 18:44
青年も帰宅し1人で病院に残った後、萌黄の病室から出て来た看護師と医師の方へすぐさま駆け寄った。
診察室の方へ通され説明を聞く事になったが、命の危険に関わるような状態では無く彼も今も落ち着いて眠っている様子らしい。
倒れたのは精神的な部分も関係しているだろう、との事だ。
今日中に目覚めるかは分からないので一度帰った方が良いと言われたけれど、俺は今日は病院に残る意思を伝える。
安静が必須なので萌黄の病室に入る事は出来ないが、共同の待合スペースなら居ても問題ないとの事だった。
俺は椅子に腰かけ、ただぼう然とこの場に居続けた。
旅館に戻ることも出来るが少しでも彼の側を離れたく無かった。目を離した隙に、どこかに消え去ってしまいそうな気がして。
外も段々と暗くなる。病院に通院している人達も帰っていく様子だが、俺は此処に留まり続けていた。
そしてつい先ほど消灯時間となったのか、病院内の電気が次々と消されていく。俺のいる共同スペースも同じく電気を消され暗闇に包まれるかと思ったが、自販機があったおかげで眩しい光だけは残っていた。
気持ちがグルグルと落ち着かなくて眠る事も出来ない。ずっと糸が張り詰めているような気分。
どうせ眠るつもりもないし、先に"あれ"だけすませておこう。そう考えた俺は一度病院の外へ出るため足を動かした。
病院の外では実家に電話をかけていた。流石に消灯時間を過ぎた病院内で電話は迷惑だろうと思い外に出た次第だ。電話をかけても出るのは両親ではなく侍従だ。萌黄の事は伏せつつ、自身の仕事の関係で延泊する事になったと伝えた。
外の空気を吸ってより一層意識がはっきりとした気がした。さっきの場所に戻っても眠ることは出来ないだろうし、自販機で何か飲み物でも買って落ち着こうと考えつつ足を向ける。
そして先ほどの共同スペースに戻って、俺は驚いた。夢でも見てるんだろうか。自販機の眩しい光で目をパチパチと瞬きさせながら俺はその人物に向けて声をかける。
「…萌黄?」
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陽良
2024/08/18 14:14
結局、その後僕がもう一度意識を取り戻したのは院内の消灯時間も過ぎた頃だった。時刻を知ろうとして、自身の携帯を手に取って…すぐに枕元に戻した。なんとなく、今は見たくなかったからだ。あんなことを言ってしまった手前、彼から連絡が来てるなんてそんな烏滸がましいことがあるわけがないと思いつつ、だけどもしかしたら…なんていう淡い期待がどうしたって払拭できなかった。我ながら随分と甘ったれた都合のいい奴だと思う。
…分かってた、ううん、理解ってたんだ、本当は。
僕はどこかで朔にとって自分は特別なんだと勝手に思い込んでた。
だからこそ、その気持ちを裏切られたような気がして、勝手に傷ついて、無理やり彼のことを突き放したんだ。悪いのは、僕だ。
僕はゆっくりと上体を起こすとそーっと音を立てないように病室のベッドをおりた。幸いにも、同室者はいないみたいでここは個室らしい。
真っ暗な暗闇の中を、ゆっくりと壁を伝うようにしながら歩いていき、少し重たい扉を静かに開けた。
(…よし、誰もいないかな。こんなこと、本当はいけないんだけど…)
なんとなく、あの病室にひとりでいたくなくて僕は病室を抜け出したのだ。
よっぽどでない限りは病院内なんて、往々にして構造は似たり寄ったりだ。
僕は素足のまま、ひたひたとやけに長く感じる廊下を歩く。
しばらく歩けば、備え付けの自販機の灯りがちかちかと光って少し眩しい。
どうやら、ここは共有スペースのような所らしい。
「…さすがにこんなとこに居るわけないか。はは…馬鹿だなぁ、自分のせいなのに、まだ期待してるなんてさ…僕って、情けないなぁ」
…せめて、一言でいいから朔に謝りたい。
許してもらえなくてもいい、嫌われてもいい、蔑まれてもいい。
けれどせめて、自分の思いだけはちゃんと伝えてから、それから僕はこのままあっさりと彼の前からいなくなろうかな、なんて考えていた。
少し冷えた、硬い備え付けの椅子に、ぽすんと腰掛けて、背もたれに体を預けた。ちかちかと、光る自販機の灯りを見つめながら僕はまるで水を溢すみたいに小さくぽつりと呟いた。
“…朔に、会いたいな”…と。
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紫雨
2024/08/14 21:20
「……」
彼の病室を追い出されて尚、俺はすぐにその場から動く事が出来なかった。
明るい病院内にいるはずなのに、不思議の目の前が真っ暗に感じる。
俺は、いつの間にか彼に嫌われていたんだろうか?
"弟として"だったとしても、好かれていると、愛されていると俺が勝手に思い込んでいただけ?
本当はずっと、俺の存在が鬱陶しかったのか?
俺にただ付き合っていただけで、実際は『消えろ』と思われていたのかもしれない。
その思いを押し殺させていたのか。
(……………いや、違うだろ)
片方の手のひらで目元を覆いかくし、深く深呼吸をする。
萌黄がそんな人では無いと、俺が1番分かっている筈だろう。
そもそも今朝、涙を流した萌黄を無理に連れてきた事が間違いだったのかもしれない。
あの時、涙を理由を聞けば何か変わったのだろうか──
「あの」
「っ! 」
後ろで青年が申し訳なさそうな顔色を浮かべていた。
「…すみません、何だか巻き込んでしまって」
「あ、いえいえ!逆に俺が…何かややこしくしてしまったのかと…」
「多分、兄も混乱してただけだと思うので…気にしないでください」
青年は「結城 綾人」という人物で、この辺りに住んでいる大学生らしい。
外出から自宅へ向かう途中、1人倒れている萌黄を発見して救急車を呼んでくれたの事。
萌黄が再び倒れた後、日も暮れて来たので家に帰るように伝えた。
タクシー代を渡そうとしたが『歩いて帰れる距離だから』とお金は受け取らずに彼は病院を後にした。
ただ後日改めて礼に伺おうと思い、連絡先の交換だけは済ませておいた。
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陽良
2024/08/11 03:05
…また、ここに来ちゃった。意識を失えば、決まって訪れる場所。
きっとここは僕自身の“心象風景”とか“精神世界”とかたぶんそういった類のものなんだと思う。…僕は、お医者さんではないからその辺はよく分からない。
ここに来れば、先ほどのことを少し落ち着いて冷静に俯瞰することが出来た。
とはいえ、あれは誰がどう見たって悪いのは僕だ。
…分かってる、朔の隣にいた青年だってきっと僕の体調や体のことを慮って、何より朔のことを気にかけて傍についててくれていたんだろう。
僕が街中で倒れて、気を失った後、かすかに誰かが必死に呼びかけてくれていたような気がする。思えばそれがあの青年だったのかもしれない。
…悪いことを、した。
でも僕だって、余裕がなかったんだ。ただでさえ、朔と別行動を自分から提案してまで朔から離れたかった僕のことなんて。
その気がないってことは分かってた、けど女の子に囲まれている朔の姿を見るのはどうしたって耐えられなかった。
思わず溢れそうになる涙と、激しい感情を無理やり抑えつけて、臆病な僕はその場から逃げることしか出来なかったんだ。
もしあの時、僕が少しでも自分の気持ちを彼に伝えていたなら、こんなことにはならなかったのかな…
後から後から押し寄せるのは、後悔と自責の念だった。
“消えろ”…僕が放った言葉に、朔はどんな顔をしていただろうか。
薄れゆく意識の中で僕が見た気がしたのは、不安と焦燥と、心配と悲しいとかいろいろな感情がない交ぜになって、今にも泣きそうだった気がする。
(…あーあ、とうとう嫌われちゃうのかな、僕)
自業自得なのは分かってる。
でも,耐えられる気がしなかった。身内、親戚、使用人、僕を取り巻く人たちから向けられる…あの目を。
今度は、朔から向けられることになるのかと思うと、いっそ死にたいとさえ思った。愛しい弟から、蔑まれるような目で見られるくらいなら僕は朔の前からいなくなりたい、消えてしまいたい。
「…っ、ごめん…ごめん、ねぇ…さく、さく……」
閉じられた瞼から涙を流して、か細い声で僕は許しを乞うた。
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紫雨
2024/08/11 00:35
病室に入ると上半身を起こした状態の萌黄の姿が目につく。
まだ目が覚めたばかりと言うのもあって、彼の顔色はまだ悪いように見えた。
(言いたい事は沢山あるけど、…そんなこと後でいい。)
俺は萌黄が無事であることを心から喜んでいるし、目覚めたばかりの彼にはまだゆっくりとしていて欲しい。
ただ彼としては、今回の事が家に伝わればきっと酷く落ち込んでしまうだろうし、俺にも気を遣わせてしまうかもしれない。
だから、萌黄が気にする事なく過ごせるよう後で少し手を回しておこう。
気分は?体調は…まだ悪いよな?でも目が覚めて良かった。
今はまだゆっくりしてて。お前は何も心配しなくて良いから。
彼にそう言葉を掛けようとした時だった。
『出ていって』という言葉と共に、枕が俺の顔面を目掛けて飛び込んでくる。
「っは、ちょ───⁉︎」
反射的にその枕を受け止めた俺だったが、その後続けられた萌黄の言葉を受け止められず、その場に呆然と立ち尽くした。
(いなくなってって何だよ…その男って、この人の事か…⁉︎)
突然豹変した彼の様子に困惑する。でも、俺と萌黄の間で何か食い違いがあるような気はした。
すれ違ったままは駄目だ。1度話し合いを───と思った時、ある言葉で俺の思考は完全に止まってしまう。
『消えろ』
彼と喧嘩をしたとしても、消えろ、なんて言葉を突き付けられた事は無かった。
ナイフで胸を貫かれたような気分だ。
そして俺に鋭い言葉を放った萌黄は体調が急変し、その対応で周囲に居た看護師や医師は再び慌ただしく動き出した。
「すみませんが今は病室の外へ‼︎」
立ち尽くしたままだった俺は看護師にそう言われ、病室を追い出されるように外へ出た。
そして一緒について来ていた青年も同じく病室の外へと出た。
違反申告
陽良
2024/08/04 11:52
僕は、あの時から今に至るまでの経緯を整理しながら、頭の中を
フル回転させようとしていた。
とはいえ、いくらこういった状況には慣れているとはいえ、やはり疲弊はするし
それに今回は、家ならばまだしも街中であり、人通りもそれなりにあったように思う。
もし仮にこれが家の者の誰かの耳に入ろうものなら、また僕は
あの人たちからひどく詰められるんだろうな。
(…何より、朔に迷惑をかけちゃったよね…僕としてはそれが一番………)
そこまで考えていると、自分のいる病室にバタバタと誰かが駆け込んでくる音がした。
てっきり朔だろうと思っていたがどうやら聞こえる足音は二人分ある気がする。
萌黄、と愛しい彼が名前を呼ぶ声に僕はゆっくりと上体だけを起こして
声の聞こえたほうに顔を向けた。…だけど、すぐに後悔した。
朔、ほどではないけれど随分と見目のいい青年が彼の隣にいたから。
身長もそこそこあるように見えるし、朔と並んでも見劣りしない。
それに僕と違って、その青年はとても若くて健康的だ。
…ああ、ああ。そうか、そうなんだ。
朔にはきっとかわいくて、ふわふわで、柔らかくて、愛らしい女の子が似合うと思っていた。
僕にはなくて、女の子たちにはあるもの。
それならば、まだどうにか諦めもつくような気がしていた。…なのに。
僕と同じ、男。僕とは、違う、何もかも持っている男。朔と、同じ、男。
まさか、まさか、朔が同性の男に奪われるなんて思ってなかった。
こんなことなら…こんなことなら…いっそのこと!!!!―
「…………出ていって。今すぐ、僕の前からいなくなってよ。
っ、…その男を連れて!!どこへでも行けばいい!!さっさと!!僕の前から消えろ!!!!」
僕は白い枕を掴むと、それを朔に思いきり投げつけた。
いつもより随分と声を荒げたものだから、僕の呼吸はすぐに乱れていき、
変な汗と、次第に体が冷えて震えが止まらなくなった。
当然、周囲にいた医師や看護婦たちはあ然としながらも、患者である萌黄の
体調が急変したことに、すぐさま対応に追われた。
ああ、消えたいのは。消えるべきなのは、僕のほうだ…
僕は溢れる涙を拭うこともしないままに、そのままベッドに倒れこんで、再び意識を失った。
違反申告
うるるん
2024/08/04 00:49
萌黄が奥の部屋へ連れて行かれて十数分程度経っただろうか。
看護師の女性が奥の方から早足でこちらに向かってくる。
俺はザッと席から立ち上がり彼女から萌黄の状態の話を聞いたところ、命に別状は無いようだ。
その言葉を聞き、緊張して強張っていた全身の力が一気に抜けた。
「ここで待ってるので、目を覚ましたらまた教えて欲しいです」と伝え、看護師は再び萌黄のいる部屋へと戻って行った。
俺はゆっくりと腰を下ろし、席に座って背もたれに体重を預けた。
そんな安堵した様子を見た青年が「大丈夫そうなの、良かったですね」と横から声を掛けてくる。
「…はい。兄の事、本当にありがとうございます。
お礼が遅くなって申し訳ないです」
「あ、いえいえ!俺はたまたま通り掛かっただけで…、俺じゃ無くても誰かがすぐ助けてくれたと思いますよ。
でもお兄さん、命に別状ないなら本当に良かったですね」
俺は青年の方に身体を向け、彼に深く頭を下げた。
好青年な彼もホっとした様子を見せている。
救急車内で救急隊員に萌黄ついて俺が話したことで、彼の身体が弱い事を聞いたからだろう。
「鶯ヶ﨑さん‼︎」
落ち着いた空気になっていたところ、先程の看護師が小走りで此方に向かってきた。
どうやら萌黄が目を覚ましたらしい。俺と青年は席を立ち上がり、萌黄のいる病室へと足早に向かった。
「っ萌黄」
病室に入り、萌黄の姿が視界に入ると慌てて彼の元へ駆け寄って行った。
違反申告
陽良
2024/07/28 19:16
…こうして意識の奥深くに落とされると、僕は決まってジオラマのような
セピア色をした映像を見るのだ。
とはいっても、本当に映像なんかじゃなくて、そのどれもが僕の過去の記憶だった。
これって所謂、走馬灯…だったりするのかな?
僕は人より「死」という言葉に近い人間だから、いつか死神が怖い顔をしながら
大きな鎌で僕の首をはねるのかもしれない。
実際、僕は"まだ"この世界に生かされているわけで。
これは神さまの思し召しなのか、ただの情けだったりするのかな。
過去の記憶を垣間見る度に、僕はいつも同じことを思う。
"ああ、僕の人生ってこんなものだったんだ"って。
別に、悲観したいわけじゃない、悲劇のヒロインなんて柄でもない。
何より、僕にはこの世界全てを天秤にかけても、大切なものがあるから。
…ねえ、朔。
僕はね、きっとあの頃よりはちょっとだけ大人になれたんだよ。
大事な大事な朔が、心から選んだ人ならきっと僕も同じくらい愛せるから。
今までずっとずっと僕のことを大切にしてくれていた、愛しい弟。
僕にも、溢れるくらいの沢山の愛を注いでくれたから。
だから、今度は僕の番だよね?…そうでしょ、朔。
「………………ん。ここ、は……僕、どうした…んだっけ」
ゆっくりと浮上していく意識の海から、最初に目に飛び込んだのは真っ白な天井。
それから、僕を囲んでとても心配そうな顔をしている、知らない人たち。
そうだ、あの後…僕は。
まだ、意識が戻ったばかりで状況を飲み込みきれていない萌黄をよそに
彼の周りにいた看護婦が、急いで朔と付き添いで来てくれた青年の元に向かう。
萌黄さんが目を覚まされました、と。
違反申告
うるるん
2024/07/28 17:11
サイレンの音が近付いてきた、と感じた数秒後には目の前に救急車が到着した。
中から3人救急隊員が出てくると、2人は運んできた担架に萌黄を乗せ、再び救急車の中へと向かう。
救急車を読んでくれた彼は、もう1人の隊員へ簡潔に萌黄の状況を伝えている。
「って感じです。それと、この方ご家族らしいので、同乗してもらった方がいいと思います」
そして青年は俺の方に視線を向けて、救急車に同乗するように提案をした。
勿論俺もそうするべきだと分かっているのに、何だか上手く声が出ない。
さっきから怖くて堪らないんだ。もしこのまま萌黄が目を覚まさなかったらどうしよう。
そんな不安と共に、やるせない気持ちになっていた。
体調が悪かったら隠さないで、と伝えていたが萌黄が俺を頼ることは無かった。
分かっている。俺の側から離れた後、体調が崩れ始めたのかもしれないし、連絡を取る余裕も無かったのかもしれない。
けれどもし、体調が悪くなったのに意図的に俺を頼らなかったとしたら─────
「大丈夫ですか?」
隣から再び青年に声を掛けられ、ハッと顔を上げた。
大丈夫ですと伝えたいのに、息が浅く頭の中はぐちゃぐちゃと混ざり合って、今何を口に出せばいいのか整理する事が出来ない。
そんな俺の困惑した表情を見て青年は「この方少し混乱してるみたいなので、俺も一緒に同乗します」と救急隊員に伝え、俺の肩を掴む。
隊員の方もそれを了承し、俺達は急いで救急車へ乗り込んだ。
救急車内では青年に励まされたお陰で少し気分も落ち着いてきた。
頭の中もようやく整理出来たところで、萌黄の氏名や年齢、体質のことなどを救急隊員へ説明をした。
救急車が近くの病院につくと、萌黄は奥の部屋へ連れて行かれ、俺と青年は待合いの方に残ることとなった。
違反申告
陽良
2024/07/22 00:51
…―体調が良ければ、一緒にどこかに行くか?
大好きな弟から、そのお誘いをされたとき、きっと僕は随分と受かれていたんだろう。
朔と一緒に居られる、とか。朔と、外にいける、とか。
何より、二人で隣に並んで朔と歩けることがとても嬉しかったから。
それは、僕にとって、自分を認められたような気がしたから。
だから、僕は"あの日のこと"をすっかり忘れていたのかもしれない。
お互い、なりふり構わず猛喧嘩をしたことがあった。
当然、その後に僕に押し寄せたのは紛れもない後悔ばかりだった。
けれど意固地になっていた僕は、朔と口を利くことはおろか彼のことを避けた。
そうしたら、彼はその両耳にピアスを開けた。…僕の大嫌いな"色"のピアス。
泣きたくなった、どうして忌ま忌ましいその"赤"が愛しい彼の耳朶に居座るなんて。
それなのに彼は、その上彼女まで作った。…当然、僕の心も体もぼろぼろで
ズタズタに引き裂かれた気がして、気づけば1週間も寝込んだらしい。
だからかな、あの時、温泉街で朔が女の子に声をかけられた時に思った。
これは焦燥と、寂しさと、確かな怒りと…嫉妬。
大切な僕の弟をとられると思った、だから女の子たちに嫉妬した。
けれど同時に、女の子たちが羨ましかった。
男と女なら、簡単に恋ができて、恋人になれて、結婚して…家族になれる。
なら、僕たちは?僕と朔の関係って何だろう?
大切な僕の弟、大切な僕の理解者、大切な僕の…家族。…それから?
どうしたって僕はそれ以上にはなれない。
だから、僕は。
今度こそ、朔のことを自由にしてあげようと思った。
"萌黄"という柵に囚われないで、好きなように生きてほしかった。
それなら、朔には可愛いお嫁さんの一人くらい必要だと思った。
僕は、お兄ちゃんだから…そう、何度も言い聞かせて。
けれど、やっぱり僕は朔にとって、いいお兄ちゃんにはなれなかったみたい。
咄嗟にあの場から離れたのは、僕が自分を守りたかったから。それだけ。
みっともない、黒い感情を、彼にだけは、見られたくなかったから。
―(ごめん、ごめんね…朔。大事な、大事な、僕の…弟)
意識の彼方、僕はサイレンのような音を聞いた気がした。
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うるるん
2024/07/21 23:11
「ッハァ、ハァ…!」
俺は息を切らして温泉街を走り回っていた。
引き留められた後直ぐに彼を探しに出たので、彼とはそれ程距離が離れていないつもりだったが、まだ萌黄を見つけられていない。
(クソッ…どこだ!萌黄…!)
じんわりと額に汗が滲む。中々彼を見つけられない状況に焦燥し、俺は苛立っていた。
義兄があの場から離れたのは女性に声を掛けられた俺に気でも遣ったんだろうか。
俺が18の頃、彼女が出来て萌黄に紹介したことがある。
あの時の俺はまだまだ子供で、彼と猛喧嘩したことがきっかけで収まりきらない気持ちをなんとか消化させようとピアスを開けて彼女も作った。
だがあの時の俺の行動が相当ショックだったのか、彼は1週間も寝込んでしまった。
物凄く反省したし、あの時の事は正直今でも気にしている。
(だから、俺に彼女が出来る事を良くは思っていない…と思うんだけどな)
俺を弟として可愛がっている彼だが、俺に恋人が出来る事はショックなんだと思う。
少なくとも、俺が18の時はそうだった。
だから、彼が今回取った行動は少し違和感があったのだ。
恋人が出来たらショックで寝込むような人が気を遣ってどこかへ行くって、やっぱり萌黄に限ってそんな事は無いように思える。
ならなんだ?…嫉妬でもしてくれたというのか?
けれど俺はあの人にとっては可愛い可愛い"弟"。嫉妬はあれど、そこに恋愛感情は含まれていないんだろう。
「なんだ…?」
少し先に何かを囲むような人集りが見える。騒ついているようで、良い雰囲気とは思えなかった。
嫌な予感がした俺はその中心へと入り込むと、そこには倒れている萌黄の姿があった。
「───ッ萌黄‼︎」
頭の中が真っ白だった。全身の血の気か一気に引いたような気分。
俺はすぐ倒れた彼の方へ駆け寄ると、萌黄のすぐ側にいた男性に「お知り合いですか」と声を掛けられる。
自分が弟だということ、そして別行動をしていた彼を探していた事を伝える。
この若い男性は倒れている萌黄を発見し、直ぐに救急車を呼んでくれたそうだ。
そして意識は──、無いと伝えられた。
俺のグチャグチャな頭の中が整理する間も無く、次第に救急車のサイレンはこちらへ近づいていた。
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陽良
2024/07/14 19:13
…あーあ、やっちゃったな。
ここは知る人ぞ知る温泉街ではあるけど、当然まともに外を知らない僕は
闇雲に当てもなくふらふらしていれば、当然ながら…
「…どうしよ。完全に来た道分からなくなっちゃった…この年になって、
迷子ってよくないよね…?恥ずかしいやつだよね??うわー…僕の馬鹿、馬鹿」
なんて軽くおどけてはみるものの、僕の胸の内は吹き荒れる大嵐が如く、
とんでもなく悪天候そのものだった。
ううん…むしろ、これで良かったのかも。
以前、過去にも朔に彼女ができたことがあって僕に紹介してきたことがあった。
何せ、その時の僕だって、これでもかというくらい朔のことを心底可愛がっていたから
僕は大変ショックを受けて、その直後から一週間ほど、寝込む羽目になった。
今なら笑い話にでもできるかと思ったけど、現実はそう甘くはないらしい。
何せ、今の僕の脳内では、『朔に彼女ができるかもしれない』で猛抗議が繰り広げられている。
『嫌だ嫌だ、僕の可愛い弟に彼女なんて認めない』とひたすらに駄々をこねる僕と、
『僕も大人だし、朔だっていい年なんだからちゃんと祝福しなきゃ』と聖母みたく、
この現実を受け入れろと言ってくる僕とで、ずっと争っているわけだ。
(分かってる、分かってるんだ…僕のこの気持ちはおかしいんだってこと…だけど、)
お兄ちゃんなら、弟の幸せを一番に願うのは至極当然のことなのに。
その隣で笑うのが僕じゃない他の誰かなんだってだけで、こんなにも胸が苦しい。
…あ、まずい。
今のは単に比喩的なことで言ったつもりだったけど、本当に胸が苦しくなってきた。
僕は、なんとか通りの端っこに身を寄せてから、体を小さくするようにして丸くなった。
痛みは治まるどころかどんどん僕を支配していき、僕の呼吸は荒くなっていく。
手足も変に冷えてきて、それどころか何だか全身が冷たくて、寒い。
それはまるで、満足に着るものも与えられないままに、極寒の世界に放り出されたみたいだ。
(…………朔、ごめんね。悪い、お兄ちゃんで…ごめんね)
…―僕の意識は、ぶつりとそこで途切れてしまった。
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陽良
2024/07/14 19:09
…あーあ、やっちゃったな。
ここは知る人ぞ知る温泉街ではあるけど、当然まともに外を知らない僕は
闇雲に当てもなくふらふらしていれば、当然ながら…
「…どうしよ。完全に来た道分からなくなっちゃった…この年になって、
迷子ってよくないよね…?恥ずかしいやつだよね??うわー…僕の馬鹿、馬鹿」
なんて軽くおどけてはみるものの、僕の胸の内は吹き荒れる大嵐が如く、
とんでもなく悪天候そのものだった。
…むしろ、これで良かったのかも。
以前、過去にも朔に彼女ができたことがあって僕に紹介してきたことがあった。
何せ、そのくらい時の僕だって、これでもかというくらい朔のことを心底可愛がっていたから
僕は大変ショックを受けて、その直後から一週間ほど、寝込む羽目になった。
今なら笑い話にでもできるかと思ったけど、現実はそう甘くはないらしい。
何せ、今の僕の脳内では、『朔に彼女ができるかもしれない』で猛抗議が繰り広げられている。
『嫌だ嫌だ、僕の可愛い弟に彼女なんて認めない』とひたすらに駄々をこねる僕と、
『僕も大人だし、朔だっていい年なんだからちゃんと祝福しなきゃ』と聖母みたく、
この現実を受け入れろと言ってくる僕とで、ずっと争っているわけだ。
(分かってる、分かってるんだ…僕のこの気持ちはおかしいんだってこと…だけど、)
お兄ちゃんなら、弟の幸せを一番に願うのは至極当然のことなのに。
その隣で笑うのが僕じゃない他の誰かなんだってだけで、こんなにも胸が苦しい。
…あ、まずい。
今のは単に比喩的なことで言ったつもりだったけど、本当に胸が苦しくなってきた。
僕は、なんとか通りの端っこに身を寄せてから、体を小さくするようにして丸くなった。
痛みは治まるどころかどんどん穆を支配していき、僕の呼吸は荒くなっていく。
手足も変に冷えてきて、それどころか何だか全身が冷たくて、寒い。
それはまるで、満足に着るものも与えられないままに、極寒の世界に放り出されたみたいだ。
(…………朔、ごめんね。悪い、お兄ちゃんで…ごめんね)
…―僕の意識は、ぶつりとそこで途切れてしまった。
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うるるん
2024/07/14 18:07
街へ出向いた直後だろうか、2人組の派手めな若い女性から声が掛かった。
結構な勢いで色々と言われた訳だが、要約すれば『一緒に遊びませんか』といった会話内容。
俺は「はは、連れがいるので」と乾いた笑みを浮かべながらその女性らをかわす事に成功した。
…とこの1回だけならまだ俺も許容出来たのだが、その後も女性から度々声が掛かった。
やはり観光地という事もあって若い年代もかなり居るように感じる。
俺と萌黄は男友達に見られるだろうし、他の観光客からすれば女性が居ないという時点でナンパと的にはなりやすいんだろう。
萌黄が真隣にいてもお構いなしで声が掛かってくるので、流石の俺もジリジリと不愉快な気分が募り始めていた。ゆっくり2人で過ごせる時間を度々他人に邪魔されて良い気分になれるはずもない。
そんな中また話しかけられ、内心ではいい加減にしてくれと思いながらも表情には出さず、また適当に話を流そうとしている時だった。
彼が『しばらく別行動を取ろう』と提案してきたのだ。
こんなタイミングで別行動を取りたいだなんて、良い意味では無いのは容易に分かる。
しかも俺の返事なんて待たずに彼は逃げるように何処かへと去っていく。
「っあ、萌黄…!
…悪いけど、連れがいるので」
直ぐに追いかけようとしたが、側に居た女性に腕をグッと捕まれる。俺は軽い力で彼女の手を振り払い、怒りを含んだ視線を女性に投げつけ、既に姿が見えなくなった彼を探しに足を踏み出した。
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陽良
2024/07/14 10:11
(温泉街………!!!!)
彼の口から出た単語を聞くなり、僕は一層のこと表情を緩ませた。
温泉街…それは、数ある温泉に付随して、様々な温浴施設や宿泊施設、
はたまた飲食店や土産物店だったり遊戯店だったりが立ち並ぶ街並みのこと。
それはもう、まさしく僕からしてみれば金銀財宝、この世のありとあらゆる宝石たちを
詰めて詰めて詰め込んだような、夢のような宝石箱みたいな場所だ。
当然、僕は街に出向く準備をしている間も心はずっとふわふわしてて、
多分彼から見れば今の僕は随分と落ち着きがなかったことだろう。
そうして支度を終えてから、一旦宿を出て近くの温泉街に訪れた、わけなのだが。
まさに情緒はジェットコースターよろしく、僕の気持ちは急降下していた。
それもそのはず…街に出向いたまではよかった、そこまではよかった、はずだ。
ただ困ったことに、そこは当然ながら老若男女集う場所であり、若い女性なんかも
沢山見受けられたわけだ。…さて、察しのいい人ならもう分かるだろう。
先ほどから街を歩けば歩くだけ若い女性がひっきりなしに朔に声をかけるのだ!!
これってナンパだよね??さすがにそのくらい僕でも知ってるよ、馬鹿にしないでよね。
朔は辟易しながらも、それを顔に出さずにちゃんと対応してあげている辺りは流石だろう。
でもね?当たり前だけど、この状況は僕からしてみれば非常に面白くない。
そりゃ僕と朔はどうしたって男同士で、兄弟とはいえど血は繋がってないからよくて男友達、
周囲の印象なんて大体その辺りだろう。だからこそ、尚更僕は面白くないのだ。
(せっかく兄弟水入らずで楽しみに来たのになぁ………)
なんだか、ナンパされている弟を見ているうちにだんだん自分が邪魔者に思えてきて、
ここにいるのが申し訳なくなってきていた。
「………ねぇ、朔。僕は少しあっちのほう、見てくるから。ここらでしばらく別行動でもしようよ」
意を決して僕はそう言いつつ、努めて笑顔を浮かべては朔に提案した。
けれど、返事は怖くて聞けなかったから、僕はそのまま「じゃあね、また後で」と
彼の返答を待たずにぱたぱたとその場から逃げるように立ち去った。
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うるるん
2024/07/14 01:27
俺の過干渉と言える提案を柔和に受け止めてくれる義兄だが、どうも良い予感がしないのは何故だろうか。
この提案をしたのも彼が快く承諾してくれると思っていたから。そこは予想通りだ。
だが彼は俺の想像だにしない行動をする事が度々ある。驚かされてばかりだが、その度、彼のこの俺を愛しむような瞳で見つめられるとつい許してしまうのだ。
義兄が俺に甘いことは理解しているが、俺もやはり彼には甘くなってしまう。
今回も気の向くまま行動することもあるだろうが、せっかくの旅行だ。
彼には負担をかけ過ぎずに、俺がちゃんとお前を監視すればいい。
沢山彼が楽しめるように、と俺は心から思っていた。
「…それもそうだな。
よし、じゃあ近くの温泉街でも行ってみるか」
こくりと小さく頷き、安堵した表情に変わる。
過干渉な俺が監視をする、だなんて歪んだ愛情を抱いていると知ったら、お前はどんな顔をするんだろうか。
いつものようにその柔和な笑顔で俺の全てを受け止めてくれるだろうか。
それとも義兄弟なのにと、恐ろしいと、もう側に寄るなと、狂っていると俺を突き放すだろうか。
そんな思考を巡らせていたが、答えなんて出てこない。
今はこんなことを考えるんじゃなくて、ようやく手に入れたこのひとときの時間を大切に過ごすことが優先だ。
俺達は2人で外へ出かける準備をし、すぐそこの温泉街へと足を向けた。
この旅館もその道沿いに建てられているので、旅館から出れば目の前が温泉街になっている。
都会のような煌びやかさはないものの、大正レトロな景観が魅力的な温泉街だ。
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陽良
2024/07/13 01:18
しまった、ついついはしゃぎすぎてしまったらしい。
年がいもないところを見せてしまったことに、遅れて羞恥心がやってきて、
思わず僕は少し火照る顔を俯かせながら、手のひらで頬を覆った。
少しして、呼吸も整ったことを確認した彼がおもむろに僕を広縁の椅子に座らせた。
僕のほうを真っ直ぐに見据えて、どことなく真剣な面持ちの彼に見つめられると
そういった意図はないのだと分かってはいても、やっぱり少しだけドキリとしてしまう。
これは俗に言う、イケメンゆえの相乗効果というか、顔がいいって凄いよね、というアレだ。
というか、そういうことにしておかないと色々僕が持たないのだ。
…話を戻そう。
弟が、「これだけは絶対に守ってほしい」と前置きしたのちに述べられた条件。
まあ、なんというか予想はしていたというか、想像に容易い内容ではあった。
けれど悲しきかな、僕は元来の素直さと知的好奇心が旺盛ゆえに、時に天邪鬼なところが顔を出す。
こうしなさい、とは頭では理解していても、それに抗いたい、むしろ自分はこうしたい、
といった、自他共に認めざるを得ないであろうマイペースさがあるのだ。
そして他ならぬ、目の前にいる彼はそれを分かった上でもこうして僕に釘を刺すのだ。
勿論、それは僕の体調のみならず僕が手をつける食事の管理にまで及ぶ羽目になる。
かなり前の話にはなるが、僕は毒殺を目的として食事に毒を盛られたことがある。
幸い、大事には至らなかったものの、
それ以降、僕の食事に関する面において弟の目が厳しくなった。
とまあ、こういった経緯もあってか、こと僕の体調面や食事面には
弟はこうして過干渉といわれるほどに極度に世話を焼きたがる。
それは僕にとっては何ら問題はなくて、むしろ喜ばしいことだし、幸福だとすら思う。
これもひとつの愛の形なのだから、と言ってしまえばそれまでなのだろう。
「………朔は心配性だねぇ。ふふ、分かったよ。他でもないきみからの頼みごとだ、
それを僕が無下にするはず、ないだろう?」
ゆるりと眦を下げて、ふんわりと花が綻ぶような柔らかい笑みを浮かべた。
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うるるん
2024/07/12 22:49
朝から涙を流させてしまったし、車で義兄はぐっすりと眠っているようだった。
遠出自体初めてなので無理に起こすことはせずそっとしておいた。宿へ着き、部屋に着く前までは未だ眠気が取れていない様子だったが、部屋の中へ入ると雰囲気が気に入ったらしく目をキラキラと輝かせていた。
(…うん、可愛い)
兄に思う台詞では無いのかもしれないが、全身で喜んでくれるその姿が可愛くて愛らしいと思った。
「っよしよし、…大丈夫か?」
息を大きく吸い込みすぎたのか、隣でゴホゴホと咳き込んだ彼の背中にそっと手を添え、数回背をさすった。
呼吸が整っていく様子を確認した後、広縁にあった椅子に彼を座らせた。
「…よし、萌黄。
今日から2泊3日、この旅館に泊まる訳だが…今から言うことは絶対守ってくれ」
俺も彼の正面にあった椅子に腰をかけると、真っ直ぐとした表情で義兄の目を見て言葉を続ける。
「まず、少しでも体調が悪くなったら言うこと。
旅行だからって無理して隠したりは絶対無しな。
隠したりしたら……怒るし泣くぞ、俺は」
出先での体調不良ほど不安なものは無い。
もし俺に気を遣って無理をさせてしまったら俺は自分を許せなくなるだろう。
だから前もってこれは伝えておこうと以前から考えていたのだ。
「…あと、何か食べたり飲んだりするのはなるべく俺と一緒の時にして」
かなり前の話にはなるが、萌黄の食事に薬を盛られた事がある。
あれから彼の口にする物には敏感になってしまった。出先で何か起こる可能性もゼロでは無いだろう。
家では台所も見張れるしいっそ俺が食事を作る事だって出来るが、ここではそうもいかない。
食事の時は側に居ないと俺が不安で仕方なくなると思った。
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陽良
2024/06/24 01:47
何気ない、そんな彼の優しさが何よりも嬉しくて、反面、どうしてか僕は
そんな彼の優しさに時折泣きそうになるのだ。
僕がどれだけ彼のことを思っていたって、どれだけ特別な存在だとしても、
それでも僕と朔は兄と弟でしかない。…それだけ。
(…おかしいな。僕にとって何よりも大切で愛おしい存在、それが朔なのに…どうしてかな。
ときどき、ぽっかりと穴があいたみたいに胸がすかすかして、落ち着かない)
小説の世界なら、あれこれと浮かぶ様々な言葉を使って情景を表現できるはずなのに、
どうしてか僕は自分の感情に名前を付けることがどうにも苦手だった。
そんな僕だからか、一番近くにいるはずの朔の心が、ときどき分からなくなってしまう。
朔は、己の感情や言葉を飲み込んで隠してしまうのがとても上手だ。
それは彼の境遇ゆえに自然と身に付いた…いや、きっと身に付けざるを得なかったもの。
そうして他者との距離をはかり、相手にとっての最善を瞬時に見極めて、
朔はずいぶんと世渡り上手になったと思う。
これもひとつの処世術、これも朔にとっては必要なことであって、僕がとやかく言えることじゃない。
それは分かってる、だからこそいつだって朔の心には僕が寄り添ってあげたい。
とまあ、朝から色々あって、一先ずはこの鬱屈ときた家から僕は朔と一緒に離れることが出来たわけだが。
彼の運転で温泉地へと向かう最中、勿論僕にとっては何もかもが新鮮なので
初めはしきりに視線をうろうろさせていたのだが、途中から眠気が襲ってきてしまって、
勿体ないことに、僕は温泉地に着くまでに車の中で眠りこけてしまった。
程なくして、車が停まったのに気づいてまだ少し重たい寝ぼけ眼を擦りながら、
僕は朔に促されるまま、彼が予約していた部屋に向かった。
そこはまさしく僕にとって好みといっても過言ではないほどの雰囲気ある和室と、
ベランダには露天風呂までついているではないか。
「わあっ…わあ…っ!!なんだろう、空気がおいしいっ!!」
先ほどまでの眠気なんてどこへやら、僕は幼子のようにはしゃいでは
窓を開けた朔の隣で思いきり息を吸う。
しかし、加減なく深呼吸するものだから思わず噎せてしまって、げほげほと咳き込んだ。
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うるるん
2024/06/23 16:50
「…ん、大丈夫」
ぽん、と彼の頭に手を置いて笑みを浮かべた。萌黄が忘れて欲しいと言うのなら忘れてあげた方が良い。
みっともないだなんて微塵も思っていない。寧ろどんな姿だって見たいし受け止めさせて欲しいのに。
けれど此処で"忘れたくない"なんて言えばもっと彼を苦しめてしまうんだろう。
俺は彼にとって弟という存在でしか無いのだから。
朝から色々とあった訳だが、俺と萌黄は一先ず無事にこの家から離れることが出来た。
今は運転しながら温泉地へ向かっている最中だ。彼はまだ行ったことのない場所なのできっと仕事にとってもいい刺激にもなるだろう。
車を走らせて40分ほどだろうか。まずは予約していた老舗旅館へと到着する。
従業員に誘導され駐車場に車を止めた後、旅館への入り口へ萌黄と向い受付を済ませた後部屋へ案内してもらった。
庭に面している広々とした和室で、ベランダには露天風呂が付いている客室だ。
客室数も多すぎない旅館のため静かで落ち着ける印象がある。
従業員の方も丁寧な態度で改めてここにして良かったとしみじみと思った。
「は〜、落ち着けていいとこだな。
萌黄はどう?体調とか気分とか、平気か?」
窓を開けて空気を吸う。仕事からも家族からも離れているからなのか、いつもより空気が美味く感じた。
そして改めて萌黄の方を見て問いを投げかけた。
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陽良
2024/06/16 18:40
ごめんね、ごめんね。
僕って本当にずるくてめんどくさい人間だと思う。
もしあそこで彼に素直になれていたなら、きっと彼にこんな顔をさせることはなかった。
分かってた、本当は今なら彼に頼ってもいいんだってこと。
でも、僕の中の何かがその衝動に身を任せることに待ったをかけるんだ。
萌黄と朔、兄と弟、血は繋がっていないけれど僕が心の底から大切に思い、そして
大事に大事に可愛がってきた、僕の可愛い弟。
けれど、僕たちはそれ以上にはなれない、なることは許されない。
例え、僕のこの思いが彼に対する兄と弟以上の感情なんだとしても、それを
彼に打ち明けることは許されないし、ましてや彼の特別になりたいだなんて
そんな烏滸がましいことは、僕は一生願ってはならない。
朔は、いつか僕なんかよりずっとずっと綺麗で可愛くて、美人で
気立ても要領もよくて、朔のことを心から愛してくれて、
ずっとずっと支えてくれるような、そんな人と結ばれないといけないんだから。
そこに僕の居場所なんて、ない。あるわけがないんだ。
(…羽をもがれた哀れな小鳥は、狭い籠の中で囚われ続けなければならないから)
それが、今の僕に課せられた運命、僕に用意された生き方だから。
でもどうか、叶わない夢を見ることだけは許してほしい。
―僕は、朔の隣で生きていたい。
「みっともないところを見せちゃったね。恥ずかしいから今のは忘れておくれよ」
たはは、と僕は少しだけ困ったように笑ってみせた。
違反申告
うるるん
2024/06/15 18:25
(……やっぱり、弟の俺じゃ頼り無いのか)
18年間の時間を共に過ごし、ひと目見た時から彼に魅了された俺は萌黄のことをよく見てきた。
だから今の彼の反応も、違和感があるように感じた。
彼は仕事中以外で俺と一緒にいる時あは、よく喋るしよく笑っていると思う。
でも今みたいに突然饒舌になるのはきっと隠したいことがあったり、誤魔化そうとする時。
「…そっか。俺も嬉しいよ。
ああ、そろそろ出かけよう」
彼の頬に残った涙粒を親指で軽く拭い、俺も小さく笑みを浮かべる。
…表面上は笑っているのに、心の内はぐちゃぐちゃだった。
『もし俺が萌黄の恋人だったら。彼にとって俺がもっと頼れる男だったら。』
彼に頼ってもらえず、涙のワケも誤魔化されたような気がして悔しかったのだ。
どれだけ彼を好いていても、兄と弟という関係性から完全に抜け出す事は出来ない。
彼の"弟"という存在以上にはなれていないんだと身に沁みてしまった。
違反申告
陽良
2024/06/03 02:27
こんなの、迷惑でしかないと分かっている。
けれど人間の感情というものはいつの世も曖昧で不明瞭で不安定で。
頭では理解していても、僕の体が、心が、どうしたってままならない。
自分のことなのに、ちぐはぐで、なんとも乖離的で。
いつまでもこうしていても仕方ない。
何より彼にまた気を遣わせてしまっているから。
意思に反してはらはらと溢れる透明な雫をそっと手の甲で拭った。
それから、ぐいっと少し強めた力で彼の胸板を押して抱きしめられた腕の中から抜け出す。
正直、このぬくもりから離れるのはとても惜しい。
けれどこうでもしないと、ずっとずっと求め続けてしまって限りがないから。
「……はは、いやぁ参ったねぇ。これはあれかな?きっと朔とお出かけができることが
すごく嬉しいんだろうね、そうそう、感極まってってやつだよ。
悪かったね、それじゃ気を取り直して出かけるとしようか」
…こういうとき、僕はやたらと饒舌になるクセがあった。
このクセについては誰にも言っていないから、気にしなければ本当に些細なものだ。
まるで取り繕うみたいに、僕の内に巣くう黒い感情を無理やり抑え込んで。
そして僕は、いつもみたいにふわふわとした柔らかい笑みを彼に浮かべたのだ。
違反申告
うるるん
2024/06/01 17:15
腕の中にいる彼は俺の問いかけに対して口を閉ざし、しばらく言葉を発しなかった。
こんな風に突然黙り込む事なんてあまりないので当然俺も不安に打たれる。
俺が問いかけて少し時間を置いた後、俺の服を裾を掴む彼の手が震えている事に気が付く。
そっと身体の距離を離し彼の顔の方へ視線を向けると、彼は静かに涙を流していた。
「……」
俺は何も言わず、再び彼を柔らかく抱きしめる。いや、何も言えなかったというのが正しい。
義理とはいえ兄弟。そして愛しい人でもある彼。
俺たちは同じ家で過ごしてきたというのに、それぞれで大きく異なった扱いを受けて生きてきた。
彼はきっと俺の知らない所でも酷い扱いを受けてきた。
俺は彼の痛みを想像することしかできない。彼の辛い気持ちを完全に理解してあげられない。
だからこうして今、彼が涙を流している理由を明確には分からない。
だからこそ、気軽に『大丈夫だよ』『泣かないで』なんて言葉をかけてあげることが出来なかった。
『どうしたの』と聞く事は簡単だ。でも今はただ彼の気持ちが落ち着くまでこのまま抱きしめてあげたかった。
相手の全てを理解することなんて人間には不可能だと分かっているのに
傍にいて、どれだけ彼を想っていたとしても彼の気持ちを理解しきれないことが
もどかしくて苦しかった。
違反申告
陽良
2024/05/26 14:03
それはとっさの行動だった。
たしかに僕の中に蟠る不安や、彼には言えない後ろ暗い感情。
けれど、そんな思いを抱えたままこれから彼と楽しむことなんて、きっとできない。
それに許されるわけがないと思った、これは彼にとって失礼になることなんだと。
きっと弟はとても賢くて聡い子だから、僕のことを一番に考えてくれるし
何よりも優先してくれる、それは今までだってそうだったし、そしてそれは
きっとこれからこの先だってそうなんだろう。
どうしよう。
何か言わなきゃ、言わなきゃ、じゃないとまた僕は弟のことを不安にさせてしまう。
そう思って口を開きかけた僕に、彼は「外に出るのが怖いのか」と問いかけた。
外に出るのが、怖い??いやいや、そんなはずはない。
だって僕はこの閉ざされた狭い狭い鳥籠の中で、きっと誰よりも
外の世界に飛び立つことを願ってる。
だから怖くなんてない、そう言えばいいのに、なのに。
僕はすぐにその問いかけにこたえることができずにいた。
外の世界に飛び立つことをもう何度夢見たことだろう。
そしてその時僕の隣にいるのは、僕の最愛の弟だった。
これ以上ないくらい、幸せなはずなのに。
僕は周りの人たちから忌み嫌われて、生きることすら許されなかった。
僕の母親は、ひどい扱いを受けて死んでしまったらしい。
僕は生まれたときからこの身に重たい枷と鎖を嵌められていた。
罪という十字架を背負っていかなければならない僕が、
彼と幸せになってもいいのだろうか。
あまりにも、身のほど知らずなのではないだろうか。
どうしたって、僕のいる場所はこの狭く閉ざされた鳥籠の中だけなのかもしれない。
「………っ」
はくっ…と自分の口から漏れた吐息は妙に熱を孕んでいた。
彼の服の裾を掴む僕の手は震えていた。
そして、はらはらと僕の目から溢れる透明な水が、僕の頬を濡らした。
違反申告
うるるん
2024/05/25 19:33
思春期を迎えてからは、年上の彼と子供な性格の俺を比べてしまっていた。
このままじゃ、いつまで経っても萌黄にとって俺はただの弟でしかない。
恋愛対象として見てもらえる訳がない、と焦っていた時期もあった。
その頃からだ。少しでも年上の彼に追い付きたくて、外では冷静で落ち着いた自分を繕うようにした。
だが今もつい声を張ってしまったり、やっぱりこの人の前だと冷静さを欠いてしまう。
でもそんな俺でもこうして受け止めてくれる彼のことが愛おしかった。
彼を腕の中から解放し、そろそろ家を出ようかなと考えていた矢先
ギュッと、軽くだが袖が引っ張られる感覚がある。
袖を掴むのは当然彼なのだが、理由がパッと頭の中に浮かんでこない。
ただ意味もなく袖を掴んでいるとも思えず、今度はそっと優しい力加減で
再び彼を自分の腕の中に閉じ込めた。
「どうした?………外、出るの怖いか?」
1つ頭の中で浮かんだのは、彼が外に出ることを不安に思っているということだ。
初めての遠出は勿論、楽しみでワクワクもするだろうが、同じくらい不安も感じていたかも知れない。
俺は彼の気持ちを想像することしか出来ないが、きっと心配もしているんだろう。
違反申告
陽良
2024/05/19 20:14
「わわっ…!?」
僕が素直な気持ちというか、弟のためだよ、って言ったら
開口一番に弟は声を上げて僕の体を抱きしめた。
弟のそんな素直な行動にも驚いたけど、珍しく彼が大きな声を上げたことにも驚いた。
弟は年の割にずいぶんと落ち着きがあるほうだ。
僕みたいにおっちょこちょいみたいなところもないし、好奇心に負けて後先考えずに
行動するようなこともなく、常に周りを見て、的確な判断ができて、気遣いもできる。
きっと弟みたいな人のことを、イケメンだとか出来る人間とか言うんだろうな。
正直、そんな弟と並ぶ僕は劣等感を感じたことがないといえばそれは嘘になる。
けれど、僕には彼に劣等感を感じることすら烏滸がましいことで、僕みたいな人間は
この先も彼と同じ土俵に立つことすら許されない。
いつか、この息苦しい籠の中から飛び去ってしまいたい。
叶うなら、その時僕の隣にいるのは他の誰でもない、最愛の弟であってほしい。
もう何度も何度も数えきれないくらい願ったことだ。
きっとそんな僕のいちばんの願いを聞いてくれるのは、弟しかいないんだって、
勝手に期待して、でもこんな僕なんかと一緒じゃ弟は幸せにはなれないのかもと
必死にこの願いを心の奥に仕舞おうとした。
ねえ、僕のたった一人の大切な大切な弟。
きみは、こんな僕のことも必要としてくれるのかな。
そんな切なる願いと共に一抹の不安を覚えた僕は、離れていく彼の腕に
すがりつくように、ぎゅっと彼の服の袖を握った。
違反申告
うるるん
2024/05/19 17:29
俺のためかもしれないと期待をして、自分が傷つかぬように『旅行が楽しみだからだろう』なんて考えていたというのに、彼が『朔に喜んでもらいたくて』なんて言ってくれたんだ。
俺が1番欲しかった言葉をくれたから、驚きにも近いような喜びを感じた。
「っ嬉しい!!」
驚きと嬉しさが半々の表情を浮かべ、柄にもなく声を上げてしまった。
嬉しい、なんて一言じゃあ表現出来ないほど大きな感情。
この嬉しさを言葉だけじゃ伝えきれなくて、ギュッと長い時間彼を抱き締める。
彼の言葉に恋愛感情が含まれているのかは分からない。それでも、はっきりと言葉で
俺に喜んでもらいたい、と言ってくれた事が嬉しくて。
沢山俺のことを考えて用意をしてくれた彼の姿を想うだけで、懐かしい思い出のようにいとおしく感じた。
…この可愛い人を閉じ込めてしまいたい。
早く家を出て2人の旅行に向かうべきなのに、気持ちが高揚しているせいかそんな考えがふと思い浮かぶ。
いつかは彼を自由にして、広い世界を見せてあげたい。それは本心だ。
だが外の世界を知れば、彼はもっと沢山の人と出会う。俺ではない誰かに恋をしてしまうのではないか。
彼が俺の知らない奴と並んでいる姿を想像するだけで、暗い嫉妬を感じてしまう。
自由にしたいのに、俺だけの萌黄でいて欲しいから閉じ込めてしまいたい。
俺の我儘な気持ちが、そんな矛盾を生んでいた。
「…強く抱きしめすぎた」
高揚した気持ちが落ち着いた所で、俺はしゅんと申し訳なさそうな表情を浮かべて
彼を腕の中からそっと解放した。
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陽良
2024/05/11 22:45
振り向いて弟のほうを見れば、僕と弟の目は自然とかち合う。
けれど、まるで弟の時間だけがとまってしまったみたいに、彼が動きを止めるものだから
僕はだんだん不安になってしまった。
もしかして、僕の格好が何かおかしかったのかな、僕みたいなのが、
この日を楽しみにしちゃいけなかったかな、僕なんかが、僕なんかが、と
ぐるぐると不安の渦が思考を支配していく。
しかし、そんな僕の不安は他でもない彼の一言で一瞬で吹き飛んだ。
"いつも以上に可愛い"…彼はたしかにそう言ってくれた。
それって、いつもの僕のことも可愛いって思ってくれてて、そんな僕が、
今日はずっとずっと可愛いってことだよね??
そんなの、もうどうしようもないくらい嬉しいに決まってる。
もうちょっとよく見せて、と彼が次第に僕との距離を詰めて、弟の大きな手のひらが
僕の頬に優しく触れる。
そんな弟の何気ない言葉と、何気ない行動に、僕は思わず心の内が口から漏れてしまった。
「…僕…僕ね、この日をずっとずっと楽しみにしてたんだ。それに…朔と隣に並んでも
おかしくないように、僕なりにすごく考えたんだよ。…朔に喜んでもらいたくて」
そう言って、えへへ、とつい照れたような感じではにかんだ。
そう、僕がこの日のためにいつもより早起きして、頑張っておめかししてみたのも
全部、全部、大好きな弟のためなんだよ。
きっと、こんなこと言ったら弟は迷惑かもしれないけれど、それくらい僕には
弟と一緒にいれる時間は大切なものなんだよ。
何より大切な弟との、何より大切な時間を台無しにはしたくなかったから。
僕は僕なりに、必死に必死に考えたんだよ。
だから…喜んでもらえたら、いいな。
そんな淡い期待を込めて、僕は少し遠慮がちに、彼のほうを見つめた。
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うるるん
2024/05/11 19:39
「…、……」
振り向いて俺の方を見る義兄を見て、思わず息の止まるような心持ちになる。
俺はまた、彼の"白"に目を、心までも奪われる。
窓から差し込む朝日を浴びる彼の髪の息を呑むような美しい白さには、簡単には人を寄せつけない、神話的と表現してもいいほどの毅然とした空気が漂っているように思えた。
扉の取手に手をかけたまま、俺はしばらくそこから動く事が出来なかったが
不安そうに「どうしたの」と言いたげな表情を彼がしたところで、彼に夢中になっていた意識が戻ってきた。
「…おはよ。なんか今日、いつも以上に可愛い。…もうちょっとよく見せて」
扉に手を掛けた状態で、部屋の入り口で止めたままにしていた足をようやく動かし
ご機嫌そうに表情をなごませながら彼へと近付く。
彼との距離を詰め、近くで彼を愛おしみながらそっと彼の頬に手を添えた。
毎日のように顔を合わせているからこそ分かるが、今日は何時もよりも身支度に時間をかけたのだろう。
いつも彼を綺麗だとは思うが、今日は格別綺麗に思える。
初めての外泊が楽しみだから、という理由でしっかりと準備をしたのかもしれないが
…もしかすると俺のためだったりして。
可能性は低いにしても、俺の中でそう思うだけタダだろう。
でも、もし本当に俺のために頑張ってくれたのなら、"嬉しい"なんて一言では表現出来ないほど俺はきっと幸せな気持ちになってしまうに違いない。
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陽良
2024/05/05 19:37
大好きな弟と、出かける約束をした日から2週間程経ったころ。
その間も僕は柄にもなくずっとそわそわしてしまって、全然落ち着きがなかった。
気持ちを落ち着かせようと筆をとってみても、全く身に入らなくて
むしろかえって、彼と早く出かけたいという気持ちが膨らむばかりだった。
こんな幼子みたいな僕のことを、あの子が知ったらきっと笑うだろう。
もしかすると、童子が遠足を楽しみにして、夜が眠れない、なんていう気持ちも
今の僕とおんなじなのかな、なんて思ってしまって。
さすがに、楽しみすぎて夜も寝れなくて当日寝不足だということは絶対に避けたいので、
僕は無理やりにでもどうにかこうにか夜を過ごした。
そうして、今日。
待ちに待った、大好きな弟と出かけられる日がやって来た。
この日まで、僕のために弟がいろいろと手を回してくれたらしい。
あの人たちのことだから、僕が外に出ることはなかなか許してもらえなかっただろうな…
そんな気苦労を弟にかけてしまったことへの罪悪感と、それでも僕のために
頑張ってくれた弟への多幸感と優越感に、僕は喜びを抑えずにはいられなかった。
「…おかしく、ない…よね?寝癖とかもちゃんと確認したし、いるものとかもちゃんと確認した。
僕…大丈夫かな?ちゃんと、朔の隣を歩けるかな…?」
そんな風に僕が姿見の前で入念な最終チェックをしていると、
部屋の扉がノックされて、弟が顔を覗かせる。
僕は思わず、びくっとして、おそるおそる弟のほうに顔を向けた。
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うるるん
2024/05/05 17:34
出掛ける約束をしたあの日から約2週間程度の時間が経った。
本当は翌日直ぐにでも彼と出掛けてしまいたい衝動に駆られたがそう簡単には行かず。
会社からは休日絶対に連絡が来ないように仕事の整理はしたし、勿論宿泊先もきちんと確保した。
あの日体調を崩した時はかなり心配だったが、昨晩も義兄の体調も良さそうで今日からの外出も問題は無さそうだった。
後は彼が外泊する事について、家の人間に説明も既にしてある。
最初こそ否定に猛反対の嵐だったが、最終的には"外に出ていない義兄を可哀想に思った義弟が一緒に出掛けてあげる"という風に受け止めたらしい。了承の返事は貰ったが納得している表情には見えなかった。
萌黄が外の世界に出ることは嫌がる癖に、俺には「良い子だね」なんて言葉を放つ両親には腹の底が煮え立ってしょうがなかった。
朝8時。俺は既に準備を終えて後は家を出るだけの状態だった。
荷物を持ち彼の部屋へと足を向け、2回ノックしてから扉を開ける。
「おはよ。そろそろ家出るぞ」
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陽良
2024/05/04 04:56
ふわり、と僕の体は大きくてあたたかいものに包まれた。
何を、と思考が作動するより前に、そっか、今僕は朔に抱きしめられているんだと
先に僕の体が理解した。
きっとこれはなんてことはない、思わずとかたぶんそういうのだと思う。
けれどこうして、人肌に触れる機会はほとんどないから、とても新鮮に思えた。
それでも、嫌悪感なんてまるでないくらい、心の底から嬉しいと思えるのは、
相手が他ならぬ愛おしい弟だからだろう。
どうしたって、僕の心を惹き付けるのはこの世できっと彼一人だ。
これまでも、そしてこれからも。
(朔も僕と同じ気持ちなんだ…なんだろう、すごく嬉しいのに…心が締め付けられる)
朔は僕にとって、可愛い可愛いたった一人の弟。
それ以上でも、それ以下でもないはずのに、どうしてか、僕は気づけば朔のことばかり。
これはあれだな、きっと僕が他者との関わりに免疫がないからだ。
こうして僕のことを気にかけてくれるのは彼だけだから、きっと僕はそれに甘えてるだけ。
本当はもっと兄らしく、年上らしく振る舞いたいんだけど、
どうしても弟の前だと僕はすぐに瓦解してしまう。
「うん、楽しみ。朔としたいこと、いっぱいある…沢山、楽しもうね」
そっ…と、弟の右手に自分の両手を重ねて、ぎゅっと優しく握ると
ふにゃり、と笑みを浮かべた。
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うるるん
2024/05/03 20:46
突然のことだった。義兄がずいっと身体を乗り出すと同時に器が音を立てる。
何事かと思い軽く目を見開き彼の方へ視線を向けると、そこには可愛らしい萌黄の姿があった。
基本的にふわふわとしている彼だからこそ、こんなにも心躍らせている姿を見てとても嬉しく感じた。
愛おしくて嬉しい筈なのに、その姿を見て心がキュッと締め付けられる。
深く考える前に俺の身体は自然と動き、気が付けば義兄のことをギュッと力強く抱き締めていた。
幼い頃こそ体調もかなり不安定だったので、俺も彼に外の世界を見せたいと思いながらも遠くへ行くことを勧めることは出来なかった。
俺が学生の頃や社会に出たばかりの頃は、彼の体調も昔よりは安定しつつあるのを知っていたのに俺の力が無く遠くへ連れ出す事が出来なかった。
今の俺ならまだ家を飛び出すことは出来ずとも、義兄と一緒に少しの間家を離れることは出来る。
「…っ、………俺も、萌黄としたいことが沢山ある。
温泉、楽しみだな」
最初こそ言葉に詰まってしまい彼の首元に顔を埋めていたが、数秒すると気持ちも少し落ち着く。
そっと距離を離し笑って彼に言葉をかけた。
ああ、早く休みが来てほしい。誰にも縛られない場所で彼を占領する時間が来ることが待ち遠しい。
そんな浮き足出つ気持ちとは別に、毎日彼がこんな風に自由に笑えるように、少しでも早くこの家から出られるように努力しようと強く心に誓った。
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陽良
2024/04/30 18:42
大好きな弟と、お泊まり。
実は僕はお泊まりというものをしたことがなかった。
この閉鎖的な空間の中では、僕はまさにかごの鳥そのもので、両親も親戚も使用人でさえも
僕が外の世界に出ることは許してくれなかった。
だからこそ、僕は外の世界のことをもっともっと知りたいと思うようになった。
叶うなら、その隣には弟も一緒がいい。
大好きな弟と一緒なら、どこにいたってきっと楽しくて、幸せだろうから。
思わず、僕は目を輝かせて、ずいっと体を少し乗り出す。
ちょうど彼と僕の食べ終えて空になった器がからんっ、と少し音を立てた。
「ねえねえ、朔!!僕ね、お風呂上がりにフルーツ牛乳を飲むというのをしてみたいんだ!!
それとね、温泉饅頭も食べたいし、温泉たまごも食べたい!!
ゲームもしてみたいし、卓球っていうのもしてみたい!!えへへ、沢山したいことがあるんだ!!」
へにゃ、と眉を下げて顔を緩めて僕はあれもこれもと弟におねだりする。
きっと今の僕はすごくだらしない顔をしているに違いない。
表情筋が緩みに緩みきっているのが分かるもん。
でもどうしたって嬉しくて嬉しくて、仕方ないんだ。
他でもない、弟と一緒に何か出来るというのが幸せなことのように思えた。
逸る気持ちを抑えながら、早く休みがきてほしいと僕は熱望した。
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うるるん
2024/04/30 16:58
(俺にも、か)
こういう時、自分の行きたい場所を選んでくれれば良いのにも関わらず、この人は俺の事も考えてくれる。
どこまでも俺を"弟"として大事に想ってくれている。
それが嬉しくて堪らない筈なのに、弟以上の存在として見てもらえないこの状況を歯痒く思う自分も居た。
「温泉か…いいな。
温泉に行くんだったら泊まりでも良いかもな。」
義兄の体調が良ければ宿泊するのも良いだろう。
この辺りはあまり温泉がないし、遠出する事にはなる。
日帰りにして慌ただしく帰るよりは、1泊でもしてゆっくり過ごした方が彼には負担が掛かりにくい筈だ。
「…俺も。萌黄と一緒なら何でも楽しいし、嬉しいよ。」
柔らかな笑みを浮かべる彼を見て、釣られて自分も小さく笑みを浮かべた。
こういった会話を交わす度、早く2人で家を出たい気持ちが更に強まる。
今の俺じゃまだお前を此処から連れ出す事は出来ないけど、いつか必ず一緒に此処から飛び出して
もっともっと、沢山外の世界を一緒に見て回ろう。
「ご馳走様。じゃあ温泉とかは色々調べておくから…お前は体調気をつけること。
食事抜くのも駄目だからな?」
丁度うどんも食べ終わり両手を合わせる。
口では義兄に念の為注意をしてはいるものの、内心の俺は結構浮かれていた。
初めて彼と2人で温泉に行くんだ。早く休みが来てほしくてたまらない。
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陽良
2024/04/29 01:03
弟の作ってくれた、おあげの甘いおだしのおうどんを啜っていると、
ふと弟が箸を置いて、僕に声をかけた。
…うーん、言われてみると彼の言う通りこのところ外に出るようなこともなく、
ずっと部屋に篭って紙と向き合っていたような気がする。
体調が良かったら、今度の休みに彼と一緒にお出かけができるかもしれないというのは、
僕にとってはこれ以上ないくらい、ご褒美のようなものだ。
「え、いいのかい?じゃあね…僕は温泉に行ってみたいな。
ほら、温泉って日頃の疲れとかをよく癒してくれるというだろう?朔にももってこいだと思うんだ」
彼とゆっくり温泉に浸かったあとは、散策がてら街を巡りたい。
あいにく、桜の時期は過ぎてしまったけれど、今は気候も暖かくなってきて
草花も綺麗に咲いているだろうから、きっと楽しいに違いない。
美味しいものも、食べたいな。弟と一緒ならもっともっと格別だろう。
彼の提案に膨らむ期待に胸を少し弾ませながら、僕はにこっと笑みを浮かべて弟を見る。
もちろん、彼と出かけられるというのは嬉しいし、楽しみなのだが
僕としてはもうひとつ楽しみなことがあった。
それは、僕が表舞台で小説家をしている傍ら、実は官能小説も執筆していること。
モデルは何を隠そう、僕の目の前で美味しそうにうどんを啜る、この可愛い弟だ。
官能小説を書いていることは弟にも内緒にしているので、
此方は僕だけのひっそりとした楽しみだ。
「ふふ、楽しみだなぁ。朔と一緒ならどこだって僕は嬉しいよ」
ほわっ、と柔らかい笑みを浮かべながら彼を見つめて僕はそう言った。
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うるるん
2024/04/28 21:20
食事を進めている際中、とある事を思い出し俺は一旦箸を置いてから彼に言葉を掛ける。
「そういえば、お前最近ずっと部屋に篭りっぱなしだろ。
また今後休みの時、体調良かったらどこか一緒に行くか?」
小説家である義兄は、病弱体質故に基本外出をすることはないのだが、仕事の関係で体調の良い日も自室に篭っていることが殆どだ。
彼は小説家をしている。昔から本を読んだり自分で話を書いており、昔は義兄の書いた話を良く読ませてもらっていた。俺自身、彼が書く話は好きだし、彼が一生懸命仕事に取り組んでいる姿も好きだ。
けれど家に篭りっぱなしというのも身体には良くない。だからもし義兄の行きたいところがあれば、一緒に出掛けたいと前々から考えていたのだ。
ここ最近で気温もかなり暖かくなり始め、寒暖差も減り始めたため、体調も寒い時期よりかは安定しやすいだろう。
もちろん彼の仕事には期限が付きものだろうから、無理にとは言えないが。
「体調良さそうなら遠出するのも良いだろうし…
もし小説の参考になりそうな場所とかあるなら、一緒に行くから遠慮なく言えよ。」
小説家や漫画家といった職業は創造や発想力が大事だと聞く。ヒント探しに外出する人も多いらしい。
今彼がどんな話を書いているかまでは把握していないが、もし何か興味のある場所があるのであればそこに行くことも良いだろう。
彼と出かけることが楽しみで頭の中で想像を膨らませながら、俺は再び箸を手に取り
麺が伸びる前にうどんを食べ始めた。
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陽良
2024/04/14 02:46
弟の呼び掛けにこたえて扉を開けてやれば、両手にうどん鉢を持った朔が
部屋の中へと入ってくる。
彼は慣れた様子で食事ができるテーブルのほうに向かうと、僕に椅子に座るように声をかけた。
いそいそ、と椅子に座って彼のほうへと目を向けると、弟は何やら居ずまいを正して僕を見ている。
なんだろう、と思っているとおそらく彼なりのほんの少しの遊び心だったのだろう。
まるで執事のような丁寧な口調と仕草に、
僕は一瞬ぽかんとしたけれど、すぐにふふっと笑いが漏れた。
「……なんだい、それ。朔が執事さんなんてなんだか似合わないなぁ。可愛いけれど」
僕は笑みを浮かべつつも、内心はまるでナイフで柔い心臓を突き刺された気分だった。
一瞬だけのお遊びであったとしても、"萌黄"としてではなく、"鶯ヶ﨑家の人間"として、
見られたような気がして、僕は途端に弟に突き放されたような心地になった。
違う、違うよ、弟。僕は"萌黄"できみの"兄"なんだ、どうか僕からそれを奪わないで。
僕はぐちゃぐちゃの感情が入り乱れるこの胸の奥に雑に蓋をして、
もう一度弟に笑みを浮かべると、手渡された箸を受け取る。
「わぁっ、本当にいい匂い。朔が作ってくれたおうどん、冷めないうちに食べなきゃね」
僕は弟と一緒にお互いに手を合わせると、弟との大切な時間(しょくじ)を始めた。
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うるるん
2024/04/13 18:42
俺の呼び掛けを聞いた義兄はすぐに部屋の扉を開けてくれる。
「ん、さんきゅ」と軽く感謝を告げて部屋の中へスッと入り、食事が出来るテーブルがある方へと足を向ける。
義兄に椅子に座るよう声をかけた後、俺は唐突に姿勢をピシッと正し、遊び心を込めてこう言った。
「お待たせいたしました。ご要望の出汁が沁みたおあげとうどんで御座います」
まるで執事のような態度と丁寧な仕草で彼の前にうどん鉢を置く。
別に深い意味なんて無いが、これで萌黄がちょっとでも笑ってくれたら…と思っているくらい。
家にいると気軽に話せる相手も居ないだろうし、こうして一緒に過ごせる時間、彼には嫌な事を忘れるくらい幸せで楽しいと思って欲しいのだ。
…ただこういうちょっとしたおふざけはまあり慣れていので、自分で初めておきながら可笑しくなってしまい
真面目な表情を維持しようと思っていたがうどん鉢を置いた後にはふっと笑みを浮かべてしまった。
「はいこれ箸な、……じゃ、食べるか。いただきます」
唐突な一瞬限りのお遊びは直ぐに終了し、素に戻った俺は義兄へ箸を渡す。
彼の正面の位置に自分の分のうどん鉢と箸を置き椅子へと着席した後、お互い両手を合わせ食事を始めた。
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陽良
2024/04/08 02:38
弟が出ていったあと、僕は椅子に深く腰かけるとわずかに熱を含んだ息を吐いた。
さきほどまでずきずきと痛んでいた頭も、今はいくぶんか治まってきた。
きっとこれは、優しい弟が僕のことを沢山気にかけてくれたからかな。
…僕は、弟に、朔にすごく甘えてしまっている自覚はあった。
両親、親戚、果ては使用人たちにまで日々蔑まれ虐げられる僕のことを
朔は何度も何度も助けてくれた。
正直、僕の扱いなんて生まれたときから決まっていたのだろう。
忌み嫌われるこの色の違う双眸と、何の役にも立てない弱くて儚い病弱な体。
きっと僕は、この命が尽きるまで周囲から搾取されて
圧倒的弱者として生きていかなくちゃならないんだろう。
そんなとき、僕は決して朔の足枷にだけはなりたくなかった。
だから、どうか、朔にとって僕の存在が邪魔だと思えたそのときは、
他でもない朔の手で、僕のことを"殺して"ほしい。
「……本当、重いよね。でも仕方ないんだもん、僕にはあの子しかいない…
僕の世界には朔だけなんだもんね…朔が僕の世界に色をつけてくれたんだよ…」
ぽつりぽつり、静かな声で一人呟いて
眉を下げて俯くと、少しだけ自嘲じみた笑いが漏れた。
鏡台の前に行き、鏡を覗く。
よし、おかしな顔はしてないな、あの子が戻ってきても大丈夫。
いつも通り、いつも通りの穏やかな兄として振る舞えると思うよ。
そう思いながら、ぺちっと両頬を手のひらで軽く叩いていたら、
弟が戻ってきたのか、部屋の前から扉を開けるように頼まれた。
「はいはーい、今開けるよ~」
てこてこ、と僕は声のするほうに向かい、弟を部屋に迎え入れに行った。
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うるるん
2024/04/07 19:37
「ん、じゃあ作ってくるから」
義兄の要望を聞き軽く首を縦に振った後彼の部屋を後にする。
まずはマグカップの破片を包んだ新聞紙を片付けようと思うが、足が向かう先は自室。
自室に着くと新聞紙を机の上で一度開き、破片を1つ取り出すと再び残りの破片を新聞紙で包んだ。
俺も義兄との思い出を残しておきたくて、一欠片だけ自分のために残しておこうと思ったのだ。
その後残りの破片は片しキッチンで俺と萌黄、2人分の食事の用意をする。途中使用人に声を掛けられたが「自分でやりたいから大丈夫だ」と手伝いは断った。
家の中では萌黄を虐げる家族や使用人には必要以上に自分から話しかける事は基本しない。だからと言って話しかけられて攻撃するような態度を取る事はせず適度な距離感を保っている。まだ俺には力が無いからだ。
今の俺1人ではまだ萌黄のことを救うことは出来ない。いつか俺が萌黄を連れて家を出るその願いが叶う時まではどれほど憎い相手だとしても俺は彼らを最後まで利用し続けるだろう。
数十分程度だろうか。うどんを盛り付けをし、両手に一つずつうどん鉢と箸を持った状態で再び義兄の部屋を目指した。
両手が塞がっており部屋の扉を開ける事が出来ないため、彼の部屋の前に着くと扉の前で声をかける。
「悪い萌黄、ドア開けれるかー?」
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陽良
2024/03/31 04:22
あっれぇ~??おっかしいな。
今目の前にいる弟はたしかにニコニコと笑顔ではあるのだけど、
なんていうかその笑顔がこわい。
更には先ほど僕が口にした言葉をそのまま復唱するから、余計にこわい。
(ありゃ、これは怒らせてしまったかな??)
なんて思いながらも、内心はとても嬉しかったし、喜ばずにはいられなかった。
だからかな、僕はついつい頬が緩んでしまって、いつものほわほわとした
どこか掴みどころのないような、柔らかい笑みを浮かべた。
"食事はしっかり摂るように"
これは、いつも弟が僕に口酸っぱく言う口癖のようなものだ。
僕は、病弱ではあるものの、とても不規則な生活をしている自覚があった。
それに加えて、何かに没頭すると他が疎かになりがちなタイプ。
それゆえに、食事を抜いてしまうこともよくあって、こうして弟に注意されるのだ。
食事は体の資本、とは本当にその通りらしくて、何も口にしていない日に限って、
物凄く体調を崩してしまったりするので、これはそろそろ改めるべきなんだと思う。
とはいえ、それでも弟がその度に僕のことを気にかけてくれるから、それが嬉しくて、
ついつい彼を試すようなことをしてしまう。
「今日はごはん食べた?」って聞かれても、すぐに、「何も食べてないかな?」なんて、言ってしまう。
心配させてしまってるのは分かる、これが彼の迷惑になっていることも。
でもやめられなくて、もっと僕のことだけを気にかけてほしくて、繰り返してしまうのだ。
「そうだなぁ…あ、おうどんが食べたい。お出汁のたくさん染みたおあげとおうどんがいいな」
食べたいものは?なんて聞かれたから、少し考えてから僕はそう答えた。
今はね、あったかいものを、弟と一緒に食べて、あたたまりたいな、とそう思ったから。
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うるるん
2024/03/31 01:45
「……"今日は何も食べてないかも"?」
俺はニコニコと目を細め満面の笑みを浮かべた俺は彼が口にした言葉をそのまま復唱する。
内心憤怒しているものの自分で笑うことでなんとか中和しようと笑顔を浮かべた。
俺の義兄はこのように抜けている所がある。
勿論彼の抜けている性格については把握しておりこれまで数え切れない程似た経験はあるが
身体が病弱なのだから食事はしっかり取って欲しいというのが俺の願いだ。
「…ふう。食事はしっかり摂るように言ってるだろ」
ただ本人に悪気は無く、本当に時間を忘れ食事を取ることも忘れてしまったんだと
重々承知しているからこそ、怒る気は特に無く代わりに俺は一息ついた。
ただ食事に関してはきちんと意識して欲しいという願いから注意だけは彼に伝える。
「調子良くないし何か消化いいもんにするか…ちなみに萌黄の食いたいものは?」
今日は義兄の調子も良くないため身体に負担をかけすぎない様、消化のいい食べ物が好ましいが
彼に何か食べたいものがあればそれを踏まえてメニューを決めようと考えていた。
違反申告
陽良
2024/03/24 16:04
しばらくして、再び弟が部屋に戻ってきた。
割れた破片を片付けるための道具を持って。
彼は特に気にした様子もなく、片付け道具を用いて、粉々に割れてしまった破片を
ささっと集めて、それを新聞紙に包む。
その一連の動作を僕は目を離すまいとじーっと見つめていた。
これでいよいよあのカップとはお別れなのか、と思った僕はなんだかとても寂しくなって、
ふらふらと朔のところに向かうと、もそもそと新聞紙の中を漁る。
「これ、ひとつだけ貰ってもいいかな?僕の…思い出をなかったことにはしたくなくて」
小さな欠片を手にとって、きらきらと顔の前に翳す。
なんてことはない破片だけど、僕にとっては朔との思い出が詰まった大切なものだ。
僕はその破片を、小さな巾着袋に入れた。
これできっとなくしたりはしないはずだから、ひとまずは安心だ。
「お夕飯…そういえば僕今日は何も食べてないかも…
そっかぁ、だからこんなにお腹がすいてるんだね。やらかしてしまったねぇ」
朔に夕飯のことを訊ねられて、そういえば、と自分のお腹を手のひらで擦る。
今の今まで何も食べていなかったお腹は、空腹を訴えるようにくるくると鳴き始めた。
それもそうだ、大好きな弟が一緒に食べようと言ってくれたのだから。
違反申告
うるるん
2024/03/24 00:28
片付けるための道具を手にし再び義兄の部屋へと向かう途中
もしかすれば今回こそ俺の気持ちが伝わっているんじゃないか。と俺は儚い希望を胸に抱いていた。
駄目だと思った時こそ案外上手くいったり…なんて良くある話だ。
部屋に戻ったら萌黄が俺を意識した顔を向けてくれる展開になる可能性だって0パーセントではない。
俺はほんの少し、ドキドキと胸を高鳴らしながら扉のドアノブをギュッと力を込めて扉を開いたが
そこにはほんわかと嬉し気に笑顔を向けてくれる萌黄の姿があった。
…限りなくいつも通り。いつも通り可愛いが別に俺を意識している様には見えない。
(そう簡単には行かないか)とまだ少しだけ肩を落とした。
片付け道具を用いて破片をさサッと集めたのち新聞紙でそれらを包む。
この家には使用人も居るため本来は彼らに片付けを頼むがこの家には義兄を批判する者ばかり。
出来る限り萌黄に近付かせなくないという思いがあった、
「これ置いてくるから…そうえばお前夕飯食べたか?まだだったら後で一緒に食べよう」
破片を包んだ新聞紙と片付け道具を運ぼうと思い部屋を出ようとする前、彼に問いかけた。
違反申告
陽良
2024/03/17 17:36
僕よりちゃんと男らしい手に、少しだけ胸の辺りがぎゅっと締め付けられる。
ふとしたときに見せられる、朔の男らしい部分は、なぜだか僕の鼓動を少しだけ早くさせる。
(まただ…これ、なんだろう。心不全とかかな。やだな、僕まだ死にたくない…)
そんなことを考えていると頬に添えられていた彼の左手の指先と、
僕の右手の指先とが絡められる。
そして、優しく彼のほうに僕の体が引き寄せられる。
こんな風に簡単に僕は、朔の胸のなかにいれてもらえるんだと思うと、なんだか優越感と
同時にとても嬉しいという感情がこみ上げてくる。
でも突然どうしたのかな、と思っていると、その指先に小さなリップ音を鳴らしながら
優しい口付けが落とされたのだ。
なぜ、どうして。
そう聞きたいけれど、なんとなく聞いちゃいけないような気がして
僕の口からは掠れるような吐息が漏れるだけだった。
そのあと、朔は割れてしまった破片を片付けるための道具を持ってくると部屋を後にした。
そのまま、部屋に残されてしまった僕は、先ほど朔の唇が触れた自分の指先に
そっと唇を寄せた。ふわり、と毛ぶる睫毛がかげを落とすように瞼をゆっくり閉じる。
「…いつの間にか朔も立派に育っちゃったな。ふふ、育ち盛りというやつだね。
僕の指をかじりたかったのかな…?お腹すいてるなら何か作ってあげたほうがいいかな」
よっこいしょ、とふらつく体を起き上がらせて、ゆっくり立ち上がると
とことこと戸棚のほうに足を運んだ。
違反申告
うるるん
2024/03/16 21:40
義兄の少し小さく綺麗な手が頬に添えていた俺の左手に添えられ、頬を寄せられる。
まだ気怠そうな様子の義兄が心配。今はただそれだけの気持ちだったと言うのに
こんな些細な動作でも俺の感情はすぐ彼への恋心でまた埋め尽くされる。
多分彼にとってはなんてことない動作で、意識してしている行動ではないのであろう。
だからこそ、彼の動作1つ1つに惑わされ自分ばかり起伏が激しくなることが少し悔しい。
頬に添えていた左手の指先を、彼の右手の指先と絡める。
力加減には配慮しながらも指先で絡め取った彼の右手を自分の体の方へと奪い寄せる。
そして軽くチュ、と小さなリップ音を鳴らし指先へと口付けを落とした。
「なら良かった。…破片片付ける道具持ってくる」
軽い口付けの後絡めていた指先は自然と解けた。
"愛しい"の気持ちを込めて小さくも柔らかな笑みを義兄へ向けた後
破片を片付ける道具を取りに行くため部屋を後にした。
俺の気持ちをもっと理解して欲しい。もっと今以上に俺のことだけを見て
考えて欲しい。俺のことで一喜一憂して欲しい。
そんな子供のような感情から先ほどの行動に出た訳だが、これまで何年猛アタックを
続けても全く気持ちが伝わっていないため正直これくらいのことでは彼にはまた
何も届いてはいないのではないかと少し肩を落とした。
違反申告
陽良
2024/03/12 01:18
新しいものを買ってくる、と朔はそう言ってくれた。
もちろん、それは嬉しい、また彼が僕のことを考えながら見繕ってくれるのは。
けれど彼の言う通り、このカップを直せるのなら直してあげたかった。
もちろん朔だって、僕がこのカップを好んで愛用していたのは知っていたと思う。
だからこそ、僕はそんな宝もののようなものがひとつ壊れてしまったことが
思った以上にショックだったらしい。
けれど、ここで「嫌だ、これがいい」と駄々をこねても仕方ない。
僕は眉を下げて、困ったような笑みを浮かべると、顔をあげた。
「…うん。そうだね。また朔が選んでくれると、うれしいな。楽しみにしてるね」
破片を片付けようとする最中、朔は再び僕のほうに向き直り、頬に手を添えて額に右手を当てる。
どうやら熱があるかどうかを心配してくれているみたいだ。
とはいえ、今回のものはきっとよくある突発的なものだろうから、少し休んでいれば
すぐに治まるものだろうと僕は思っていた。
少し体が気だるい気もするけれど、寒気もないし、ぼーっとする感じもない。
「大丈夫だよ。頭が痛くてちょっと体が怠いくらい。ここで休んでいれば良くなるよ」
頬に添えられた彼の手に自分の少し小さい手を重ねて、すりっ…と頬を寄せた。
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うるるん
2024/03/10 16:36
義兄の顔を覗き込むように見ていたところどこか一点をじっと見ているようだったため
自分もその方向へ視線をズラす。視線の先には先程床に落ち割れてしまったマグカップの破片が。
あのマグカップは俺が萌黄にと買ってきた物だった。見かける度使ってくれたため、愛用してくれていたのは知っている。
この人は優しいから申し訳ないと思っているだろうし、愛用していたものが壊れたことに
対しても心を痛めているんだろう。
「もう少し綺麗に割れてたら直せたんだけどな…また買ってくる」
新しく買えば良いとは思っていない。直せる物は直した方がいい。だが今回は粉々に割れてしまっていて修復が難しそうだったため、また萌黄に合いそうなマグカップを見つけたら買ってきてやろうと思いそう伝えた。
「破片は俺が片付けるからお前はそこ座ってろな。……頭痛いって熱とかないよな?」
マグカップの割れた破片を片付けようと中腰の姿勢を戻そうとするがまたふと義の体調が気にかかる。
突発的な頭痛で酷い症状では無く安心したもの、やはり油断はならない。
左手は義兄の頬にそっと添えゆっくりとこちらに顔を向かすよう動かすと右手で彼の額に触れる。
「ん…熱はなさそうか?寒気とかぼーっとしたりは?」
正確には分からないが熱は無さそうに思える。ただ念のためにと体調に問題はないか彼に問いかけた。
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陽良
2024/03/10 09:59
僕が体をふらつかせたのと、同時に朔がいつもより声を張って血相を変えた。
とっさに彼のたくましくて頼りがいのありそうな、男らしい腕に抱き留められる。
そのまま、ゆっくりと先ほどまで僕が座っていた椅子に腰掛けさせられる。
こういうことは、別段珍しくもない。むしろ僕にとっては日常茶飯事だと言ってもいい。
さっきまで体調が良くても、次の瞬間には急変することなんてよくあることだった。
その度に、いつもは冷静なこの弟が僕のことだけを気遣ってくれる。
生まれつきのこの体の弱さを甘んじて受け入れたわけではない。
けれど、おかげで愛おしい弟のことを一人占めできているような気がして、
悪くはないかもな、なんて、なんとも迷惑極まりないことを考えてしまう。
「っ、大丈夫…ちょっと、頭痛がして、足元がふらついただけだから。
こうしていれば落ち着くと思うよ。それより…」
割れてしまったカップのことが気がかりだった。
これは朔が僕に、って買ってきてくれたものだったのだ。そう、僕のお気に入り。
なにかを飲むときは必ずと言っていいほど、このカップを愛用していた。なのに…
粉々になってしまって、ただの破片と化したカップを僕は何とも言えない思いで見つめた。
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うるるん
2024/03/09 16:23
会話している限り今日は体調が然程悪くは無いのかと予想していたが
やはり体調が安定していたようだ。仕事の間は一緒に居られず様子を伺えないため
今日苦しまず無事に過ごせていたなら良かったと、顔には出さないが内心ホッとしていた。
「っおい‼︎」
だが彼が苦しそうに顔を歪め身体をふらつかせると同時に俺は血相を変えつい声を張ってしまった。
咄嗟に彼の身体を両腕で支え抱き留めた後、床に散らばったカップの破片に目線をやり
破片が義兄へ飛んでいないことを確認すると先程まで彼が座っていた椅子にゆっくりと腰掛けさせる。
病弱体質な人だ。体調が急変することは珍しくは無いがどれだけ彼と長く過ごしていたとしても
彼が苦しむ姿に慣れることは出来ない。今までも、これからだってそうだ。
愛しい人の苦しむ姿は見ていて辛い。
いつもは冷静でありたいのに、どうしても焦りの感情が外に出てしまう。
中腰になり椅子に腰かける義兄の背中に片腕を回し彼の上半身を支える。
そして顔を覗き込みがら心配げに声をかけた。
「…大丈夫か?座ってるのキツいなら運ぶから」
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陽良
2024/03/04 09:50
ホットチョコでも飲む、という僕の申し出を素直に受け入れる弟に
僕は先ほど自分のために作っておいたホットチョコの入ったカップを彼に手渡した。
僕は疲れたときなんかはよく甘いものを好むんだけど、
良いのか悪いのか、僕と朔は好みや趣味なんかがいろいろ違う。
僕は甘いものが好きだし、アウトドアよりインドアだし、
というか僕の置かれている状況からして、まず外出なんかは許されないからだ。
それこそ、まだ幼かった僕は、好奇心からか屋敷を抜け出しては侍従なんかを困らせたし、
それはもうしこたま怒られた。
もちろん、それを知った朔にも叱られたし、泣かれた。
「無理をするな」って言外に心配してくれている感じがして、僕は嬉しくなった。
なんだろう、朔はあまり口数が多いほうではないけれど、僕の前では
こうして僕のことを沢山気にかけてくれる。
正直それは、僕だけじゃなくて朔自身も置かれた状況によって、変わってしまったのだろうけれど
それでも朔は、僕の、僕だけの特別で可愛くて愛おしい唯一の弟だ。
「大丈夫だよ。今日は体調も良かったから久しぶりに筆が乗っちゃって……っう、ぅ…!!」
そう言って、微笑みかけようとした僕に、激しい頭痛とめまいが襲った。
目の前がぐらついて、思わず持っていたカップを手から落としてしまう。
幸い、中身はまだ入ってなかったからいいけど、カップが粉々に割れてしまった。
僕はふらふらとその場に蹲る。
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うるるん
2024/03/03 21:26
俺が小さい頃はこの人には"可愛い"なんて思って欲しくなくて、"格好いい"と意識して欲しかった。
それで拗ねた事なんかも昔はあるが今ではこうやって可愛がれることは嫌いじゃない。寧ろ好きと言ってもいい。
萌黄がこんな風に可愛がるのは俺だけだから。その特別感が堪らなく愛おしいのだ。
そんな風に可愛がられたとしても"自慢の弟"…やはりまだ弟止まりなのが不服ではある。
疲れたと言った俺を気遣ってのことかホットチョコレートを飲むよう勧めてくれる。
椅子から立ち上がる際もう1度俺の頭を撫でてくれるこの一瞬でさえ俺は酷く心臓が跳ねるということを義兄は全く知らないだろう。
「…飲む。ありがとな」
冷静を装いながら俺はカップを受け取り、近くにあったベッドに腰掛ける。
ゆっくりと温かいホットチョコレートを一口飲むと口の中ぜんぶにチョコレートの甘みが染み渡った。
「ん…美味い、やっぱりお前の作ってくれるやつが1番だな」
安心したのか無意識に顔が少し緩む。ホットチョコレートを店で買った事もあるがやはり義兄が作ってくれるものが1番美味しく感じるのだ。
「…今日は体調どうだった?なんかあったら直ぐ言えよな」
ホットチョコレートをゆっくりと飲みながら彼にそう問いかける。これはほぼ日課のようなものだ。
突然体調が悪くなる事もあるため必ず体調について聞くことがもう当たり前のことになっていた。
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陽良
2024/03/03 09:43
首に顔をうずめたまま、そんなことを言うものだから
彼の息がかかってなんだかくすぐったい。
僕は少しだけ体を捩った。
それから、彼の柔らかな髪の毛をすくように優しく撫でる。
先ほど僕が彼に言った「顔を見せて」という言葉にこたえるように
彼…朔は、その顔をあげると僕の顔の真ん前へと移動してきてくれた。
するり…と朔の透き通るような白い肌に手のひらを滑らせて、そっと目元に触れる。
その眼孔に埋まる、きらきらと煌めく琥珀色の金の双眸。
僕とは違う、揃いの瞳。そして、僕の何よりのお気に入り。
この琥珀色の瞳に、僕はどんな風に映っているんだろう。
周囲からは、疎まれ蔑まれ、忌み嫌われてきた僕のことを、朔は、朔だけは
ずっとずっと僕のそばに居てくれる。それが僕の唯一の救い。
だからそんな朔のことを可愛がるのは、僕の役目だと思っているし誇りだ。
これだけは、決して誰にも譲らないし、決して奪わせない。
「…仕方のない子。そんな可愛い顔をしたって…うぅん、やっぱり朔は可愛いね。僕の自慢の弟。
そうだ、ホットチョコでも飲むかい?さっき淹れたばかりだから出来立てだよ」
疲れた体には糖分が必要だろう。というのは単なる僕の持論である。
朔にもそれが当てはまるのか分からないけれど、なんだかこの時間を手放すのが惜しくて
少しでも長くこの子のことをここに留めておきたくて、引き留める理由を探した。
わしゃわしゃともう一度髪の毛を撫でてから、「よっこいしょ」と腰かけていた椅子から
ゆっくりと立ち上がって、カップをもうひとつ取り出した。
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うるるん
2024/03/02 20:27
「ん…ただいま」
まだ首に顔を埋めたまま彼にそう伝える。
小さく笑いを溢す萌黄に俺は嬉しくなった。
義兄は身体が弱くてほとんど外にも出れない、加えてから忌み子として扱われてきたために、ほぼ屋敷に監禁状態である。そんな彼がどんな気持ちでこの屋敷で暮らしているのか、聞かずとも理解出来る。
俺はそんな萌黄の生きる理由に、一生を添い遂げる人になりたいと思った。
一般的な兄弟に比べれば俺たちのスキンシップは多いが、義兄からすれば"義弟"として可愛がっているだけなのかもしれない。
何年猛アピールを続けても義兄に俺の意図は全く伝わらず恋人未満な関係から特に進展はしていない訳だが…
それでもこうやって笑顔を見せてくれるのであれば今はそれでも良い。
勿論"今"に限った話で義兄との関係を進展させる事を諦めたつもりは一切無いが。
「顔を見せて」と言われ、萌黄の首に埋めていた顔を上げ彼の顔の真ん前へと移動させる。
「疲れてて早く会いたいと思ったら…先走った」
反省した表情を浮かべる俺だが、実際のところ反省なんて1ミリもしていない。
少しでも俺の行動でドキドキして欲しい。意識して欲しい。俺のことをもっと好きになって欲しい。
そんな一心で日々こうして義兄に意識してもらうとわざとやっているのだから反省する筈がない。
やや強引なことをしたとしても、弟に甘い萌黄であれば反省した表情をすれば必ず許されるという確信があった。
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陽良
2024/02/25 03:21
…本屋のほうが騒がしい。もしかしたら、あの子が帰ってきたのかもしれない。
僕の弟は、若いながらにしてとある大手の会社に勤めている。
というのも、それは弟の意向とかではなくて、両親や周囲からのお達しと
彼に「社会勉強」の一環としてだった。
最初はコネで入ることも検討されていたみたいだけど、そんなこと僕の弟が
許すわけもなく、当然のことながらその会社には弟の実力で入ったみたいだ。
わが弟ながらやってくれるよね、僕としても鼻が高いよ。ふんふん。
今では、重要なポストにも就けているらしくて、それはもう毎日忙しそうにしている。
…だからかな、当然だけど僕とも過ごせる時間があまりとれなくて
実をいうと、少し…いや、かなり、寂しかったりする。
僕なんかがわがまま言える立場じゃないのは、十分すぎるほど分かっているから
僕はとにかく迷惑をかけないように、ひっそりと陰ながら弟を見守るしかない。
そんなことをもやもや考えていると、部屋の扉がノックもなしに開いて、
椅子に座る僕の首もとに顔を埋める…可愛い可愛い弟。
「ふふ、それよりただいまが先じゃないのかい?
…ほら、僕にその可愛いお顔を見せておくれよ…朔」
違反申告
うるるん
2024/02/24 17:56
『朔さまは本当にご立派でいらっしゃるわ。鶯ヶ﨑家も安泰ですね。』
『兄の方は駄目だ。アレには家を継がせられない。』
『左右で瞳の色が違って片方は赤い眼だなんて不吉よね…』
『お前は出来がいい。お前なら俺の跡継ぎとして十分すぎるくらいだ。』
両親も周囲も、俺には甘く義兄には当たりが強い。あいつが一体お前らに何をした。
病弱な身体で家を継げないから?左右で瞳の色が違うから?
屋敷では義兄の味方なんて誰1人居らず、全員があいつを忌み避けている。
この状況に誰1人違和感を持たず、義兄を簡単に見放さす周りに俺は心底腹を立てていた。
義兄との出会いは18年前。俺が5歳でまだ寒さも残る春先のことだった。
「今日からお前の兄だよ」と紹介されたその時、俺は初めて出会った"白"に一瞬で目を奪われた。
昔は義兄が男だと理解出来ず美少女だと思い込んで、いざ男だと知った時には拗ねた事もあったが…それでもあいつを想うこの気持ちが変わることは無い。
…いや、年々愛しいと想う気持ちが増しているという方が正しい。
義兄に比べたらまだ子供な俺だが、社会に出てからは着実に力を得られるよう日々を過ごしている。
いつか義兄と屋敷を飛び出して、二人だけで穏やかに暮らすために。
俺は跡継ぎとしての教育を受けており、現在は教育の「社会勉強」の一環としてとある会社に勤めている。
今は仕事を終え、丁度屋敷に帰ってきたところであった。
両親に挨拶をする訳でも侍従に声をかける訳でもなく、俺は仕事着のまま義兄の部屋へと足早に向かっていた。
俺は部屋の前に着いた途端、ノックもせず扉を開けると驚いた顔をしている義兄と目が会う。
…驚いた顔も可愛い。なんて心の内で思いながら義兄に近づき、椅子に座る彼の首に顔を埋めるように抱きついて、自身の猫っ毛を頬をすりつけたりした。
「今日も疲れた。…褒めて」
違反申告
***このコメントは削除されています***
うるるん
2024/02/24 17:36
両親も周囲も、俺には甘く義兄には当たりが強い。あいつが一体お前らに何をした。
病弱な身体で家を継げないから?左右で瞳の色が違うから?
屋敷では義兄の味方なんて誰1人居らず、全員があいつを忌み避けている。
この状況に誰1人違和感を持たず、義兄を簡単に見放さす周りに俺は心底腹を立てていた。
義兄との出会いは18年前。俺が5歳でまだ寒さも残る春先のことだった。
「今日からお前の兄だよ」と紹介されたその時、俺は初めて出会った"白"に一瞬で目を奪われた。
昔は義兄が男だと理解出来ず美少女だと思い込んで、いざ男だと知った時には拗ねた事もあったが…
それでもあいつを想うこの気持ちが変わることは無い。…いや、年々愛しいと想う気持ちが増しているという方が正しい。
義兄に比べたらまだ子供な俺だが、社会に出てからは着実に力を得られるよう日々を過ごしている。
いつか義兄と屋敷を飛び出して、二人だけで穏やかに暮らすために。
俺は跡継ぎとしての教育を受けており、現在は教育の「社会勉強」の一環としてとある会社に勤めている。
今は仕事を終え、丁度屋敷に帰ってきたところであった。
両親に挨拶をする訳でも侍従に声をかける訳でもなく、俺は仕事着のまま義兄の部屋へと足早に向かっていた。
俺は部屋の前に着いた途端、ノックもせず扉を開けると驚いた顔をしている義兄と目が会う。
…驚いた顔も可愛い。なんて心の内で思いながら義兄に近づき、椅子に座る彼の首に顔を埋めるように抱きついて、自身の猫っ毛を頬をすりつけたりした。
「今日も疲れた。…ただいま」
────────────────
お世話になっております‼︎
おりちゃ1コメント感謝です(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
ロルを書いているうちに数点またお聞きしたいことが出来たので、お手数ですが
相談用掲示板の方でご質問させて頂くので、そちらでご回答お願いしてもいいでしょうか(*´..)
(相談用の方が読み返す時が楽だと
違反申告
陽良
2024/02/19 09:21
「ふわぁっ…ふあぁぁぁ~…っ」
僕はとあるお屋敷住みのしがない小説家。ぴちぴちの28歳。
え?その年はもうぴちぴちじゃないって?いいんだよ、そういう細かいことは。
僕のお屋敷はとかくしきたりがどうのと厳しくて、
両親の目や親戚の圧力に、僕はいつも押し潰されかけていた。
ううん、実のところ本当は壊れかけていたのかもしれないね。
それでも僕がこうして、なんとかやって来れたのは、少し年の離れた
可愛い可愛い僕の弟のおかげだ。
僕のこの疎まれ続けた見た目と、生まれつきの体の弱さから、周囲から見放された僕を
弟だけはいつも手を差し伸べてくれた。
母親が違うから、血は繋がっていないけれど、それでも僕にとって弟は
唯一無二の存在だろう。これまでも、そしてこれからもそれは変わらない。
こんなの重いんだって分かってる。これが兄弟に向けるべきものでもないことを。
でもね、僕にはもう弟しかいないんだ。だから、許してほしい。
いや、許さなくてもいい。けれど、どうか…ずっとその隣に居させてほしい。
執筆作業が先ほど一段落した僕は、何かあたたかいものでも飲もうかな、と
ゆっくりと腰を持ち上げた。
…そういえば、あの子は今日もお勉強中なのかな。
会いたいけど、僕が会いに行ったら両親たちはいい顔をしないし、
何より弟にも迷惑がかかっちゃう。
寂しいけど、ここは兄として我慢して、弟が戻るのを待とうかな。
「…なーんか、ホットチョコでも飲みたい気分だなぁ。よいしょ…っと」
違反申告
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管理人
紫雨
副管理人
-
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停止中
公開
メンバー公開
カフェの利用
利用しない
カテゴリ
自作小説
メンバー数
4
人/最大100人
設立日
2024年02月10日
僕はどこかで、自分は“ひとりぼっち”なんだと思っていた。
この広いようで狭い鳥籠の中でしか生きられない僕は、この先広い空を飛ぶ事さえも、夢見ることも叶わずにその一生を終える………
体が弱い自分を、憎んだことがある。
まるで、鬼の子のような自分の見目を、恨めしく思ったことがある。
“鶯ヶ崎家”という鳥籠の中で、その羽を羽ばたかせる事すら出来ない自分を、歯痒く感じた。
あの日、朔と出会わなければ。
僕は、この鳥籠の世界で一生を飼い殺されるのだろうと、どこか他人事のように思っていた。
だからこそ。
僕は、朔と出会ってからようやっと息を吸えたような心地がした。
僕の世界に色をつけてくれた、きみ。
僕に生きたいと願う気持ちを与えた、きみ。
共に生きたいと願う大切な人が出来た。
もう一度だけ、僕に“人らしさ”を教えてくれた、きみは。
この先ずっとずっと、僕の世界にいなくちゃいけない存在なんだろうね。
………ううん、僕がいてほしいと、きみが必要なんだと、僕はもう朔がいなくちゃ上手く息を吸うことさえ、叶わないから。
「……朔、───っ!!」
ああ、こんな風に朔の晴れやかな笑顔を見たのは、一体いつぶりだろうか。
やっと収まった涙が、再び溢れそうになる。
沢山、沢山、遠回りをしてしまったけれど。
時間は掛かってしまったけれど。
他でもない、きみが僕に手を差し伸べてくれたから。
今度は、僕がきみに応えたい。
“二人なら”乗り越えられる、“二人で”乗り越えられる、僕の未来を照らしてくれたきみに。
「朔、───“愛してる”」
白くてまろい頬をほんのりと朱色に染めて、少しだけ、照れくさそうにはにかみながら。
僕は、きみに愛の言葉を伝えた。
俺もこの人も、鶯ヶ﨑家という檻に毒されている。
幼い頃から閉じ込められ続けたのだ。今彼が選択権があるのかと不安になったその気持ち、そして考え方もすぐに塗り替えるのは難しいだろう。
俺だってそうだ。結局まだこの家に閉じ込められている。
幼い頃は、用意されたレールから外れた道を自ら選んで進んだと、そう"思い込まされていた"。
今の俺は"仮初めの自由"を与えられ、別のレールの上を歩き続けているだけ。
このレールだって、最終的には元のレールに繋がっている。ゴールは、俺が鶯ヶ﨑家の名を継ぐってとこだろう。
いつかは仮初めの自由を奪われる。そうなれば、萌黄と顔を合わせる事だって難しい。
もしかすると俺たちを待ち受けている未来は、想像以上に希望の無い世界なのかもしれない。
それでも、
「───っ‼︎」
萌黄が、"二人で"と言ってくれた。俺たち二人ならどんな困難も乗り越えられるって。
彼の言葉が嬉しくて、有難くて。この溢れんばかりの愛をじっとしたまま抑える事ができなくて、飛びつくように萌黄を抱き締めた。
(…やっぱ、眩しいなぁ)
さっき一瞬、萌黄と初めて会ったあの日の面影と光景が重なって見えた。
チカチカと眩しくて、萌黄以外の物は何も目に入らない。
「俺も!…俺も、萌黄の事、信じてる。
俺たち"二人"なら、…きっと、何が起きても絶対乗り越えられる。」
顔が見れる距離まで体を離してから、晴れやかな笑顔でそう伝えた。
萌黄の言葉で俺の不安すぐどっかに飛んでいった。
きっと全部が"大丈夫"だって、不思議だけど、この人の言葉には俺にそう思わせてくれる。
時間は掛かったかもしれない。遠回りもしたかもしれない。
それでも、今こうしてお互いの気持ちを確かめ合う事が出来たことが嬉しかった。
何時しか、僕の事を容姿だけじゃなくて、内面も見てくれて、そしてそんな僕を、心から『認めて』くれる、そんな言葉。
僕に投げかけられる言葉なんて、いつだって否定的なものばかりで。
―生まれなければよかった、鶯ヶ崎家に相応しいのは、朔坊っちゃんだ。
―お前じゃない。―お前じゃない。―お前じゃない。
そうして疎まれる事が、きっと僕に課せられた役割なんだと、思うようになった。
光は朔、ならきっと僕にお似合いなのは影だと。
姿を見せて囀ることは珍しいけれど、それでも日の光の下で、あたたかな陽光と、春の訪れを知らせる『春告げ鳥』のように。
貴方はいつだって、愛される子でいなさいと。
たった一人で構わない、萌黄を見てくれる人が居て、その人の愛情を注いでもらえたらと、ずっとずっと願っていた。
叶わない、身の程知らずな願いだと思っていた。
…だけど。
僕にとっての『光ある未来』は、存外こんなにも近くにあったんだね……。
僕を照らす『光』はいつも、朔(きみ)だった。
「…僕に。それを選ぶ権利なんて、あるのかな…?」
きっと、僕よりも可憐で愛らしい女性の方が、きみの隣には相応しいんだろうな。
でも僕は理解してしまった、自覚したんだ。
きみを盗られたくない、他の誰にだって、きみの事を奪わせないって。
ねぇ、こんなにも嫉妬がましくて、女々しくて、簡単にはきみを解放してあげられないけれど。
それでも僕にもう一度チャンスをもらえるなら。
「……朔。僕も覚悟を決めたよ、きみと共に、茨の道を歩むことを。…大丈夫、僕は信じてるんだ。朔となら、どんな困難だって乗り越えられる…今度は、“二人”でね!!」
↓1コメントに抑えられず2コメントに分けていますm(_ _)m
見にくかったらすみません;;
(俺は、これから───)
俺は、生まれた時から周りの人間に用意されたレールの上を歩き続けるだけだった。
俺自身の意思なんてものは一切関係無い。この家のため、人形のように生きることが正解とも思った。
(…周りは人間は、俺を鶯ヶ﨑家の跡取りとしてしか見ていない。家族も同じ。
本当の俺を見てくれる人なんて、俺の味方なんてどこにも居なかったから。)
けれど、萌黄に心を奪われたあの日。
幼いながら生きる屍のようだった俺にとって、この人は"光"だと直感的に思った。
人に恋をすると世界が色づく、なんて言う人間も居るけれど、俺はもはや世界が突然輝いたようにも思えた。
その日まで意味も分からず疑問にも思わず、言われるがまま続けていた習い事や勉強も放り出しなくなった。
そんな事よりも今はあの人に会いたいと、あの人について知りたいという明確な"欲"が生まれたのだ。
(…もしも、萌黄と出会ってなかったら。俺はきっと今も"人形"のままだったんだろうな。)
「──この選択が、正解かどうかなんて、正直分からない。
きっと、俺達を応援する人よりも否定する人の方が多いだろうな。
…それでも、誰に何を言われたとしても、俺の"光ある未来"は、俺自身が決める。」
周囲からどんな反応をされるか、少し想像して見ただけで反射的に眉が下がる。
そしてその双眼の瞳に吸い込まれるよう、彼の目を見つめ返した。
「他の誰でもない─萌黄が、俺の隣に居てくれる。それが俺にとっての"光ある未来"だよ。」
スッと目を細め、柔らかく、そしてあどけなく笑う。その笑顔は年の頃の面影が浮かぶようだった。
(…結ばれなくても良い。この思い出だけで生きていける…なんて思えるくらい、俺の欲も始めは控えめだったのにな。それなのに、いつの間にか…)
「…傍に居てもらわなきゃ耐えられないくらい、…どうしようもなく、お前が好きだよ。
俺の中では"欲しい"、って一言で済ますのは難しい、くらい…うん、…好き。」
心の声が途中から漏れたのか、口から自然と言葉が紡がれていた。
伝えたい言葉に嘘は無いけれど、この人がこんなにも真っ直ぐに、真剣に俺の言葉に耳を傾けているからだろうか。
段々と嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちにジワジワと侵食されていった。
「だからさ、許してもらうのは、俺の方だ。俺にとっての光ある未来は、萌黄が居てこそだから。
…他の誰が何を言おうが関係なんて無い。萌黄自身が…決めて、選んで。
俺が萌黄の傍に居ることを──許して、くれるか?」
彼は僕の問いかけに、まず一番に口にしたのはその言葉だった。
元来、僕は曲がりなりにもこの『異端』と言われる容姿であっても、時たま奇特な人も居て。
綺麗だの、可愛いね、だのと持て囃された事も過去には何度となく経験した。
けれどそれは、僕の『内側』じゃなくて、あくまでも外見だけを見ただけの感想だ。
それを聞く度に、ああ“また”かと、僕は心の底では辟易してきたのだ。
所詮は、僕はこの見た目にしか取り柄がないんだと、そう思うようになったのは一体いつからだろう。
もしも僕が醜悪な見た目をしていたのなら。
きっと今以上に酷い扱いを受けただろう。
人が、誰かに心を奪われる瞬間は様々だ。
それこそ整った容姿にしろ、その言動にしろ。
けれど結局、“内面”という部分で僕のことを評価してくれる人なんて、居なかった。
…目の前にいる、彼に出会うまでは。
朔は、僕の中身まで『全部』に惹かれたのだと言ってくれた。
『存在全部』…だなんて、僕にとってはこの上なく究極の殺し文句だろう。
…(こたえたい。…応えたい。僕だって、きみの全てに心も体も奪われていることを。きみの全てに、今も昔も“首ったけ”なんだということを。)
僕の手のひらにその頬をすり寄せる彼に、僕は小さく笑いをこぼした。
意外にも柔らかなその頬を優しく撫でると、僕はもう一度しっかりと彼と目を合わせる。
「朔は。…これから、どうしたい?僕を“選ぶ”ことは、きっときみにとって“光ある未来”があるとは言えないだろう。…それでも。きみは、僕のことを…欲しいと、言ってくれる?僕は、この先の未来で…きみの隣で“囀る”ことを許してもらえるのだろうか…?」
少しだけ震える、僕の声は。
ちゃんと、きみに届いただろうか?
僕は、朔の“こたえ”を待った。
彼は僕の問いかけに、まず一番に口にしたのはその言葉だった。
元来、僕は曲がりなりにもこの『異端』と言われる容姿であっても、時たま奇特な人も居て。
綺麗だの、可愛いね、だのと持て囃された事も過去には何度となく経験した。
けれどそれは、僕の『内側』じゃなくて、あくまでも外見だけを見ただけの感想だ。
それを聞く度に、ああ“また”かと、僕は心の底では辟易してきたのだ。
所詮は、僕はこの見た目にしか取り柄がないんだと、そう思うようになったのは一体いつからだろう。
もしも僕が醜悪な見た目をしていたのなら。
きっと今以上に酷い扱いを受けただろう。
人が、誰かに心を奪われる瞬間は様々だ。
それこそ整った容姿にしろ、その言動にしろ。
けれど結局、“内面”という部分で僕のことを評価してくれる人なんて、居なかった。
…目の前にいる、彼に出会うまでは。
朔は、僕の中身まで『全部』に惹かれたのだと言ってくれた。
『存在全部』…だなんて、僕にとってはこの上なく究極の殺し文句だろう。
…(こたえたい。…応えたい。僕だって、きみの全てに心も体も奪われていることを。きみの全てに、今も昔も“首ったけ”なんだということを。)
僕の手のひらにその頬をすり寄せる彼に、僕は小さく笑いをこぼした。
意外にも柔らかなその頬を優しく撫でると、僕はもう一度しっかりと彼と目を合わせる。
「朔は。…これから、どうしたい?僕を“選ぶ”ことは、きっときみにとって“光ある未来”があるとは言えないだろう。…それでも。きみは、僕のことを…欲しいと、言ってくれる?ぼくは、この先の未来で…きみの隣で“囀る”ことを許してもらえるのだろうか…?」
少しだけ震える、僕の声は。
ちゃんと、きみに届いただろうか?
僕は、朔の“こたえ”を待った。
(そんなの──、)
「───初めから。初めて出会った、あの日から。」
いつから想ってくれていたのか。彼は俺にそう問いかけた。この人と出会った18年前、まだ何も知らない無垢な子供だった俺は、目の前に現れたこの人にいとも簡単に心を奪われてしまった。時が止まったのではを錯覚してしまうほど、あの瞬間、俺はこの人に釘つげの状態だった。目を離せなくて、次第に頭まで真っ白になって。あの時、侍従に肩を揺らされるまで俺はその場から動く事も、彼から目を離す事も出来なかった。
「……、最初は、一目惚れだった。」
彼の柔い手のひらが心地よくて、猫のようにスリと顔を擦り付ける。この暖かさのおかげだろうか。少しずつ張り詰めた気持ちが穏やかになっていく。そしてゆっくりと、幼い頃の記憶を呼び起こす。
「綺麗で、キラキラしてて…ただただ夢中になってたよ。
それに俺のことを好きになってもらいたいたくて…ガキの頃は特に必死だったなぁ」
記憶にある幼い俺はそれはもう手段問わず毎日ように愛を伝えて、それはそれは必死だった。思わず苦笑いを浮かべてしまう程。あの猛攻撃をこの人が華麗に躱すものだから、俺はもっと必死になっていった。
「でも萌黄は俺のこと義弟としか見てくれなくて。それが悔しくて…。
それでも、一緒に過ごしていく内にただの"一目惚れ"じゃなくなったんだ。
萌黄の内側を知って───萌黄の存在全部に、惹かれていった。」
僕が本当に欲しい『言葉』をくれるのは。
きみなんだよね、朔……。
どれだけきみのことを傷つけても。
どれだけきみのことを泣かせても。
きみはこうして、僕のところにやって来ては、その腕で、その瞳で、その吐息で。
そして、その唇から紡がれる『言葉』で。
どんな時だって、僕を温めてくれる。
どんな時だって、僕を照らしてくれる。
『好き』を押し付けるのは、罪だと。
きっとこの先も、僕は誰かを好きになることは許されないんだと、赦されないんだと。
誰よりも優しいきみを、僕はこの手で突き放そうとしたんだ。
これ以上、きみのことを傷つけたくなかったから。きみを泣かせたくなかったから。…けれど。
きみを拒絶して、きみから逃げようとして。
挙げ句、こうして家が勝手に取り決めた、縁談の話まで彼に持ち出してまで。
結局は、僕はきみを拒みきれなかった。
ねぇ、朔。教えてよ。
「朔。…きみは、いつから僕のことを想ってくれてたの?僕はね、きみからの言葉が聞きたいな…。」
(…なんて、わがままかなぁ?だって折角だもん、僕だって朔からの“好き”が聞きたいよ。)
少し震える彼の声に。
僕は、そっと優しく彼の唇を指の先でなぞるように撫でると、そのままその手を頬へと滑らせた。
「僕は、存外“欲張りさん”なんだ。」
そう言った僕の顔は。
いつもみたく、愛想笑いじゃなくて。
含みのあるようなキレイな笑みでもなくて。
ニッ…と、それは無邪気さがあって。
年の割にまだ幼さが残る、萌黄の。
子供みたいな『笑顔』だった。
ごめん、と謝りながら片手でそっと彼の頬に伝う涙を拭った。涙粒でゆらゆらと輝く2つの色の瞳。この涙1粒1粒さえも惜しいと思えるほど、この人が愛しい。
また俺の気持ちで彼を困らせてしまっているのでは…そう思ったけれど、彼の細い指先が俺の手に絡まる。
これは、拒絶されていないと、期待しても良いだろうか?その涙は、決して悲しいもでは無いと捉えてしまっても、良いだろうか?
それでも尚、彼を困らせてしまっているのは事実だろう。
「白くて綺麗な髪も、お揃いの金色の瞳も、キラキラしてる赤い瞳も、
物を大事にする所も、ちょっと天然なところも、誰かが困ってればすぐ助けちゃうところも、
…笑顔が誰よりも素敵なとこも、全部、全部好きだ」
不安が残る声色で、でも決して視線を曲げることなく彼を見つめる。
彼にどうか俺の気持ちが届いて欲しいと願う一心で。
もう一度、"あの言葉"が聞きたい。彼の口から。
今こうして冷静ぶってはいるが、実際は口から心臓がいつ飛び出してもおかしく無いって程ドキドキしてる。
少しでも気を抜けば手が震えてしまいそうな緊張感を感じる。
「…萌黄の気持ち、聞かせて」
萌黄の瞳からは涙が溢れ続ける一方で、返事どころでは無いのも頭では分かっている。
でも安心出来ない。彼が俺を受け入れてくれていると、どうか言葉で伝えて欲しい。
握った手を緩め、涙を流す彼を両腕で包み込む。彼の涙が止まりますようにと思いながら。
そして、俺の涙が溢れるのを見られないように。
「もう1度、俺を"好き"って、言って。」
彼の耳元で残した言葉。俺の声が震えている事にはきっと気付かれてしまっただろう。
***
お久しぶりです!いつもお世話になっております(* . .)⁾⁾
年末に入りましたので、少し早いですがご挨拶の方だけこちらで失礼します(´︶` )
今年も大変お世話になりました‼︎いつもありがとうございます(;_;)
おりちゃは本当に生き甲斐なので、今後も是非活動にお付き合い頂けると幸いです✿*
あと少しで新年ですが、来年も何卒よろしくお願い致します。
良いお年をお迎え下さい(* ॑꒳ ॑* )
1コメントにおさまらず、
1000文字を超過しました為、2つに分けました
見づらいなどあったら申し訳ないです。。
きっと女の子なら、悪女とか女狐だって言われてるかも。
でも今だって本当にそうだと思う。
確かに、この縁談の事をこうして朔に打ち明けたのには意味があった。ただ純粋に、『朔の気持ち』を確かめたかったのだ。
本当にズルくて、悪いことをしている自覚はもちろんある。
けれど、それでも僕は彼の本当の気持ちが知りたかったから。
彼自身、いつもどこかで僕に遠慮していたのは気付いていた。
初めは、鶯ヶ崎家の異端なる存在であり、周囲から疎まれる僕だからこそ、そんな僕に対して、朔は何かを抑圧しながら躊躇している節があった。…だからこそ、そんな彼がいつも必死に抑え込んでいるその思いを
どうしても知りたくなったんだ。
卑しい、疎ましい、穢れた母親(おんな)の血を引いた、憐れな籠の鳥…。そんな僕に、いつだって寄り添ってくれて、僕を守ってくれてたのは紛れもなく今こうして目の前にいる、朔だ。
(きみの存在に甘えていたのは、僕の方なんだよ…。)
朔は、いつだって僕に“甘えてばかり”だと言った。
ううん、違う。違うよ、朔。
いつだって救われてたのは…萌黄(ぼく)だったんだ。
…(ああ、そんなに強く叩くものだから…。頬が赤くなってて、痛そう。…いや、きっとそんなものより、もっともっと痛いのは…。きみの、心…なのかな。)
抱きしめたい、抱きしめてあげたい。
否、今こうして無理やりきみの元から飛び立とうとする、小鳥(ぼく)を、今すぐ抱きしめて、その腕に閉じこめて。
彼の逞しい腕に抱かれれば、きっと僕は
この気持ちも何もかも、嘘をつけなくなってしまうから。
どうしよう、このまま彼のことを困らせたままではいけない。
僕は素直に身を引いて、そして潔くきみの前から居なくなる…そう言わなければ。震える唇を開きかけた、その時だった。
彼の口から、唐突に出た『ごめん』の一言。
頭を深く下げた彼は、少ししてその顔をあげると真っ直ぐに僕を見た。
僕は、彼と揃いの『金色』が大好きだった。
大好きな彼と、揃いのものが一つあれば、きっとこの忌々しい『赤色』を忘れられると思ってた。
…まあ、実際はそれに関して過去に僕たちはひと悶着あったんだけどね。
僕の意識が、彼の『金色』に吸い込まれて、魅せられかけた。
そんな僕に、彼は更なる追い打ちをかけたのだ。
……『俺の、恋人に…なってほしい』。
聞き間違い、だと思った。
そんな都合がいいことなんて、ある筈がないんだって。
けれどそんな僕を真っ直ぐに見つめる彼のその瞳は、まるで僕のことを射抜くように、僕の思いなんて見透かすように。
だけど、そんな彼の瞳には。
今まで感じていた…彼自身の『心の迷い』が消えたように思えた。
(…答えを。答えを、出さなきゃ。僕は、きみを苦しめるのは、もうやめるって…決めたから。だから、だから…ッッ。)
見据える朔の瞳に、僕はその色の違う双眸を合わせた。
やっと止まった透明な雫が…再び、僕の瞳から溢れたんだ。
これは、さっきみたいな“悲しみの涙”なんかじゃない。
正真正銘、これは…心からの、“嬉し涙”だ。
僕の少し小さな両手を包み込む彼の手に、僕は少しだけその細い指を絡めた。
↓↓1コメントに抑えられず長くなってしまいました…すみません(;o;)
それを困ったように、無理に笑顔を繕いながら口にする萌黄の姿に心を締め付けられる。
縁談だなんて嫌に決まってる。しかも"あの"両親が選んだ相手ならそれは尚更。
もしも、もしも縁談相手が善良な人間で、萌黄を心から大切にしてくれる人なら。
鶯ヶ﨑家から萌黄を守ってくれる人間なら、俺は潔く身を引くことが出来るかもしれない。
だが、そんな上手い話ある訳も無い。見知らぬ縁談相手を信じることなんて出来ないだろ。
いつだって、俺が萌黄を守ってると思っていた。
病弱で、鶯ヶ﨑家に苦しめられている萌黄を救えるのは俺だけだって。
でも本当はいつも萌黄の気持ちに甘えていた。今も無理して笑わせてしまっている。
辛いと、苦しいと彼が俺に懇願したことは無いんだ。いつも結局、俺の弱さごと受け止めて許してくれる。
"今の弱い俺自身"が、萌黄を苦しめている。
昨晩の事も、"恋人"という選択を取れなかった俺を彼は受け止めてくれた。
いつまでもこうして萌黄に甘えて、彼を苦しめ続けるのか?
「─‼︎──ったー…」
パチン‼︎と俺はまた自身の両頬を力強く叩いた。
つい先ほども叩いたばかりだが、それとはまた意味も力加減も違う。
ぐらつく線を1本芯の通った真っ直ぐな線に戻すように。惑い続ける自分自身の目を覚ますように。
ただ力を込めすぎたのか頬はしっかり赤みを持ち、頬の皮膚からヒリヒリ•ジンジンと痛みが伝わってきた。
「ごめん」
唐突に一言"ごめん"と謝罪を告げ、俺は深く頭を下げた。
顔を上げた俺は、真っ直ぐと彼の自分の目を合わせた。
「萌黄は、俺の側に居ない方が幸せになるって思ってた。
俺の側に居たら鶯ヶ﨑家の、"あの家"の所為で、萌黄を今以上に苦しめる事になる気がした。
──そうやって、自分に言い聞かせてたんだ。
俺が弱くて、覚悟を、決められないから…萌黄と一緒になることを躊躇、して。
全部家の所為にして、俺じゃ萌黄を守り、きれないって。」
俺は萌黄の気持ちに甘えて、決断から逃げていたんだ。
恋人という選択肢を取れない、けれど彼を純粋に"兄"と思うのも難しい。
どちらかの道は選ばなければならないのに、俺は萌黄の気持ちに甘えて決断をしていなかった。
済まなそうな表情を浮かべる。
"今"この縁談について切り出した事も、意味があっての事だろう。
「もう、萌黄に甘え続けるのは辞める。
──俺は!そんな縁談請けて欲しく無い!!」
すうっと息を吸い込んだ後、彼の両手を包み込み、ハッキリと言葉を貫く。
「そんな縁談受けないでくれ‼︎俺が絶対に守るから‼︎
だからっ…俺の、側に居て欲しい。俺の恋人に、なって欲しい。」
今まではウジウジと決断も出来ず、萌黄を困らせていた癖に突然こんな風に言い出して、
カッコ悪いって理解ってる。結局はまだ俺は弱虫な"弟"だという事も。
きっと頼りなく見えてるかもしれない。こんな俺じゃ、萌黄だってもう俺に呆れてるかも。
自分に自信を持てず苦しくて視線を逸らしたくなる気持ちをグッと堪え、俺は萌黄の瞳を見つめながら答えを待った。
それを困ったように、無理に笑顔を繕いながら口にする萌黄の姿に心を締め付けられる。
縁談だなんて嫌に決まってる。しかも"あの"両親が選んだ相手ならそれは尚更。
もしも、もしも縁談相手が善良な人間で、萌黄を心から大切にしてくれる人なら。
鶯ヶ﨑家から萌黄を守ってくれる人間なら、俺は潔く身を引くことが出来るかもしれない。
だが、そんな上手い話ある訳も無い。見知らぬ縁談相手を信じることなんて出来ないだろ。
いつだって、俺が萌黄を守ってると思っていた。
病弱で、鶯ヶ﨑家に苦しめられている萌黄を救えるのは俺だけだって。
でも本当はいつも萌黄の気持ちに甘えていた。今も無理して笑わせてしまっている。
辛いと、苦しいと彼が俺に懇願したことは無いんだ。いつも結局、俺の弱さごと受け止めて許してくれる。
"今の弱い俺自身"が、萌黄を苦しめている。
昨晩の事も、"恋人"という選択を取れなかった俺を彼は受け止めてくれた。
いつまでもこうして萌黄に甘えて、彼を苦しめ続けるのか?
「─‼︎──ったー…」
パチン‼︎と俺はまた自身の両頬を力強く叩いた。
つい先ほども叩いたばかりだが、それとはまた意味も力加減も違う。
ぐらつく線を1本芯の通った真っ直ぐな線に戻すように。惑い続ける自分自身の目を覚ますように。
ただ力を込めすぎたのか頬はしっかり赤みを持ち、頬の皮膚からヒリヒリ•ジンジンと痛みが伝わってきた。
「ごめん」
唐突に一言"ごめん"と謝罪を告げ、俺は深く頭を下げた。
顔を上げた俺は、真っ直ぐと彼の自分の目を合わせた。
「萌黄は、俺の側に居ない方が幸せになるって思ってた。
俺の側に居たら鶯ヶ﨑家の、"あの家"の所為で、萌黄を今以上に苦しめる事になる気がした。
──そうやって、自分に言い聞かせてたんだ。
俺が弱くて、覚悟を、決められないから…萌黄と一緒になることを躊躇、して。
全部家の所為にして、俺じゃ萌黄を守り、きれないって。」
俺は萌黄の気持ちに甘えて、決断から逃げていたんだ。
恋人という選択肢を取れない、けれど彼を純粋に"兄"と思うのも難しい。
どちらかの道は選ばなければならないのに、俺は萌黄の気持ちに甘えて決断をしていなかった。
「俺がいつまで経っても躊躇ってたから…だから"今"、この話をしてくれたんだよな」
済まなそうな表情を浮かべる。
"今"この縁談について切り出した事も、意味があっての事だろう。
「もう、萌黄に甘え続けるのは辞める。
──俺は!そんな縁談請けて欲しく無い!!」
すうっと息を吸い込んだ後、彼の両手を包み込み、ハッキリと言葉を貫く。
「そんな縁談受けないでくれ‼︎俺が絶対に守るから‼︎
だからっ…俺の、側に居て欲しい。俺の恋人に、なって欲しい。」
今まではウジウジと決断も出来ず、萌黄を困らせていた癖に突然こんな風に言い出して、
カッコ悪いって理解ってる。結局はまだ俺は弱虫な"弟"だという事も。
きっと頼りなく見えてるかもしれない。こんな俺じゃ、萌黄だってもう俺に呆れてるかも。
自分に自信を持てず苦しくて視線を逸らしたくなる気持ちをグッと堪え、俺は萌黄の瞳を見つめながら答えを待った。
────────────────
1000文字以内にどうしても抑えられなくて長くなってしまいました…すみません(;o;)
(朔…。動揺してる?…それとも、怒ってるのかな。こんな僕なんかに、縁談なんて身の程知らずにも程があるって、怒ってくれるかな…。そうしたら、僕は…。)
…もし、もしも。
ここで彼が、「嫌だ、そんな話を請けないでくれ」って言ってくれたなら。僕は、きっとあの両親にだって、親戚にだって、立ち向かってみせるよ。
僕にとって、一番大切にしたいのは、いつだって朔なんだよ。
きみが大切に思ってくれなくても、たとえ僕の一方通行だって。
せめて思い続ける事ばかりは、どうか許してほしい。
「…まだ。実際に会ったことは、ないよ。けど…顔合わせをして、相手の人が僕のことを見初めたら…きっと、この話は正式に決定されて、僕はその息子さんの元に嫁ぐことになる…のかな。…でも、おかしな話だよね。僕なんかを、嫁にもらいたいだなんて。よほど奇特な人なのかな…。それとも…単に捌け口にでも、したいのかも…しれないね。」
たはは、と僕は少しだけ眉を下げて困ったように笑った。
実際、純粋に物好きなだけならまだいい。
けど、それこそ本当に欲の捌け口の相手にされるのなら、いっそのこと今ここで、朔に殺されるか、朔に攫っていってほしいと願ってしまう。
どこまでも身勝手で、どこまでもわがままだ。
いつだって僕の世界の中心はきみで。
いつだって僕の胸の中にいるのはきみで。
いつからか、きみに恋い焦がれるようになったのは、僕だけの秘密。
好きが溢れてしまう前に、早く…きみと、さよなら、しなきゃ。
これ以上、きみと離れがたくなってしまう、手後れになる前に。
「…は」
思いがけない内容に、言葉にならない声だけが漏れる。
嫁ぐ、と。確かに萌黄はそう言った。
何となくだが、きっとあの両親が萌黄の意見も聞かずに勝手に取り決めたに違いないと思った。
いや…そうであって欲しいと、願っているのかも。
「ひとり息子って、誰?どこの人?」
顔を下へ俯ける。
今の俺、どんな表情になっているだろう。自分のことなのに今はよく分からない。
もし酷い顔をしていたら見せたくない、少しでも冷静を装いたいという気持ちから
片手で口元を覆い隠した。
嫁がなきゃいけない、そう既に決定しているのならかなり前から話は進んでいたのだろうか?
沸々と何か嫌な感情が沸き始める。
「もう、会ったことあるのか?」
萌黄が拒否することは難しい立場だと言うのも分かっている。
そして結局は俺が必ず口出しする事を分かっていたからこそ、両親は俺にさえ秘密裏にこれを進めていたのかもしれない。
「お前は、……萌黄はそれで、良いのか?」
少しだけ声が震えた。
俺たちが離れ離れになるべきのかまだ揺れている今、萌黄に縁談が来ているこの現実が
「俺たちは離れるべき」と言っているようにも思えてしまった。
それでも、1番は萌黄がどう思っているのか。どうしたいと考えているのかが俺に取っては1番重要だった。
駄目だと、分かっているのに。
頭では、とっくに理解している…ハズなのに。
こうして彼から触れてもらえることが、何よりも嬉しくてたまらない。
たとえ、こんな風に荒々しさを感じさせる口付けであったとしても。
それもまた彼の若さゆえだと思えば、全て許せた。
若さ………
はたっ…と僕はそこで、放棄しかけていた思考を慌てて寄せ集めて、
トントンと彼の胸板を叩いた。
少しだけ名残惜しそうにする朔の顔に絆されかけるも、僕は
彼にだけは言っておかなくてはならない事を思い出した。
「………ねぇ朔。きみに…言わなくちゃいけないことがあるんだ、聞いてくれる?…実はね、僕は。とあるお家の、ひとり息子さんの元に…嫁がなきゃ、いけない」
そう、この話は朔が鶯ヶ崎家の跡継ぎとして決まった頃に、
家の者たちと、相手の家の者たちで進められていたらしい。
聞けば、ウチの者が面白半分で僕の写真と経歴を、釣書として
交流のあった良家などに出したらしい。
当然、反応はみな一様にして「このような“化け物”など…」という、
もう僕にとっては慣れたものばかりだったようだ。
しかし、とあるお家のひとり息子が、
写真の僕にどうやら“一目惚れ”をしたらしい。
そこで、一度顔合わせとしてその息子と会うことを取り決められた…それがちょうど、今回朔と二人で出かける1週間程前だった。
…なんとも奇特な人もいるものだと思った。
どうせ、鶯ヶ崎家との関係を良好にしたいだの、パイプを持ちたいだの、
よくあるものだと思ったが、ウチの者たちはこれ幸いと、
僕や朔には秘密裏で話をとんとん拍子で進めた。
(体のいい厄介者払い…これで鶯ヶ崎家には優秀な跡継ぎとして、
あの家には朔だけが残される…残されて、しまう。)
だから、このお出かけはある種の賭けだった。
僕の本当の気持ちを伝えて、彼の本当の気持ちが知りたかった。
けれど、結果は…火を見るよりも明らかだったんだ。
けれど俺が信じ続けてきた理想は"俺が幸せな世界"で、"俺と萌黄が幸せな世界"では無かった。
無理にでも振り向かせて、強引にでも一緒になりたいと身勝手な気持ちのまま生きてきてしまった。
でも、彼に拒絶されたあの日にようやく気付かされたんだ。俺が今まで身勝手な思いばかり寄せていたと。
この人に初めてあんな風に拒絶されて、どうにかなってしまいそうだった。
強引に一緒になったとして、それで萌黄の幸せはどうなる?俺だけが幸せじゃ意味が無い。
俺の事を好きだと言ってくれたのに、萌黄を幸せにするという覚悟が酷く揺れてしまった。
俺の、俺の大事な人。世界で一番幸せになって欲しい。
離れたく無い。出来る事なら一生俺の傍で、隣で笑っていて欲しい。
俺の幸せを願うなら潔く前から居なくなるべきだと言う彼は、その後優しく唇を重ね合わせてきた。
萌黄からキスされるだなんて、これまで何度も願っていた事だと言うのに、今は酷く胸を締め付けらる。
この人を自由にしたい、俺は離れるべきだ。と心の内では何度も自分を沈めようとする。
だがそんな気持ちとは裏腹に、俺は彼の気持ちに応じるように、寧ろ彼をもっと求めるように唇を合わせた。
吐息まで飲み込むような、息の仕方を忘れてしまうような激しい口付けだった。
そんな綺麗事、今の僕には出来やしないくせに。
こうして僕が涙を流せば、それだけで彼のことを傷つける。
どうしたって、僕はこの子を傷つけることしか出来ない。
…自由になりたいと、願わなかった訳じゃない。
“鶯ヶ崎家の異端な存在”として、この先も生き続けるのは、苦痛ばかりだと、常々そう思っていた。だからこそ僕は次第に思い始めた。
『いつかこの籠の中から飛び出して、自由な外の世界を見てみたい』…
願わくば、その隣にはきみが居てほしかった。
(…結局、その願いは僕にとって過ぎたる傲慢だった。だからこうして、今も朔のことを傷つけて、辛い思いばかりさせている…
この子に重い枷を嵌めて、十字架を背負わせているのは、紛れもない。この、僕だったんだ……)
「…ねぇ朔。僕たちは、一緒に居ることってそんなにも難しいことなのかな…僕はね、きみのお兄ちゃんになれたこと、きみの家族になれたこと。…きみの隣に居られたこと…昨日の口付けだって、何一つ後悔なんかしてないんだ。僕は、この先もきみとずっとずっと一緒に居たかったよ。けれど誰よりも朔の幸せを願うなら、萌黄(ぼく)は潔くきみの前から居なくなるべきだ」
ごめん、ごめんね。朔。
僕のわがままで、ずっとずっときみのことを苦しめていた。
きっときみの隣に相応しいのは、僕じゃなくて、別の人なんだろうね。
離したくない、離してほしくない…けれど、きみの幸せを願うなら、離してあげなきゃいけない。相反する思いが、また僕を苦しめる。
(きみとなら、二人で逃げたっていい…逃避行、なんてロマンあるものじゃないけれど。それでも…僕は、いつだってきみのことが欲しくて欲しくて、たまらなかったんだよ。…ねぇ朔。朔、僕の最愛の人。好き、大好き。)
朔の首筋に細い腕を回して、僕はぐっときみを引き寄せた。
少しだけ近くなるきみとの距離、それをゼロにするように。
僕はきみの唇に、自らのそれを優しく重ね合わせた。
ただ笑って、自由に過ごして欲しいだけ。幸せになってもらいたいだけ。
…けれど今の俺はこの人を泣かせてばかりだ。傷付けて、辛い思いをさせているばかり。
昨日、衝動的に口付けをしたのは俺の方。今こうなっているのは俺のせだ。
今思えば、焦燥感に駆られていたんだ。最愛の人に拒絶されて、この人を逃したくない、いっそ奪ってしまおうと。
どれだけ口では良い事を言ったとしても、結局は"萌黄を逃したくない"のがどうしようも出来ない俺の本心。
「顔も見たくないだなんて、っそんな訳ない‼︎……急にでかい声出して、ごめん…」
眉根を寄せ、焦りを含んだような真剣な面持ちを浮かべる。ハッと一瞬、2人の視線が重なったが、俺はまた直ぐに彼から目を背けてしまう。
この行動が彼を余計傷付けているんだと自覚はしているのに。
「……俺と、一緒に居て、傷付くのは…お前の方だろ。」
ぽつり、と出た本心。それに続くように溜め込んでいた俺の気持ちが唐突に溢れ出てくる。
「離してやれる、自信が無い。…好きだから、大好きだから‼︎俺だけ、の萌黄にしたいって、…他の誰も見て欲しく無い…もしお前が俺を嫌いになったとしても、離してやる自信が無いんだよ。
それに…お前がずっと、この家に縛られる事になる。今の俺じゃ直ぐに自由にはさせられない。…萌黄がこれ以上辛い思いをするのは嫌なんだ!」
今でさえも、鶯ヶ﨑家に縛られ、酷く傷付いているだろうに。恋人になってしまえば、彼はもっと重い鎖に縛られることになる。
俺は鶯ヶ﨑家の跡継ぎ。口から言われては無いが、結局はその内両親の気に入った相手と見合いでもさせられて優秀な世継ぎを残せって事だ。
両親の思い通りになるつもりは無いものの、そういう立場の俺と一緒に居る事は彼が辛いんじゃないかと、もっと萌黄を平和に、幸せにしてくれる奴がいるんじゃ無いかと思ってしまうんだ。
俺と一緒になる事は、萌黄の為にはならないんじゃ無いかと、そう思ってしまう。
そんな俺でも、彼は一緒になりたいと言ってくれるのだろうか?
安易に想像出来る。俺たちが一緒になるのは茨の道。彼の平和な未来を案ずるのであれば、きっと選択してはいけない道だと。
そう思い、勇気を出して口にした僕のお誘いは、呆気なく砕かれた。
(…お腹、空いてなかったんだ。そうだよね、そんな時にこんな事を言われても…迷惑でしか、ないよね。ああ、僕ってばまたやっちゃったなぁ…。)
そう思う僕の気持ちは、知らず顔にも出てしまっていたようで。
僕の顔を見るなり、彼は僕なんかよりひどく傷付いたような表情をしていた。…こんなことに、なるくらいなら。
あの晩、僕は決してあんな思いを彼に伝えるべきじゃなかった。
“今まで通り”を、壊してしまったのは…紛れもなく、この僕だ。
何よりも平穏を望んでいたのは、彼との優しい時間を望んでいたのは。
誰でもなく、自分自身だったというのに。
―時間を巻き戻せるのなら、昨日をやり直したい。
あの晩から…ううん、きっと朔と街に出掛けた時から。あの瞬間から。
僕は、ぎゅっと強く手のひらを握りしめて、唇を噛み締めた。
そうでもしないと、また何かが溢れそうだったから。
すると彼は、何かを決めたように、おもむろにその口を開いた。
“昨日のこと、忘れられそうにない”
それは、死刑宣告にも似たような、言葉。
思わぬ彼の言葉に惚ける僕を置いてけぼりにして、彼は言葉を続けた。
もう、僕たちは“兄弟”にだって、戻れない。
誰でもない、朔が今確かにそう言ったのだから。
兄として見ることはできない、と。弟として見てほしくない、と。
どうしよう、どうしよう。どうしよう。
僕が壊した、僕が駄目にした、この関係を。この思いを。全部、全部。
「っ……そ、れは。もう…僕とは、居たくない…ということかな。僕なんかの顔も見たくなくなっちゃった?…そうだよね、あんな風に朔を突き放しておいて、拒絶して。それでも、きみのことが欲しいと言ったのは、僕だ。
分かってる、これは僕の独りよがりの我が侭なんだってこと。
だから……少しだけ、時間をくれないかな。そうすれば…そうすれば。僕は、」
『朔を解放してあげられるから』―
その言葉は、溢れてきた涙と、引き攣るような嗚咽に飲み込まれた。
肝心な時に、僕はいつも選択を間違える。
そんな時、いつも正しく道を照らしてくれたのは、きみだった。
けれどきみは、もう…いなくなるんだね。
余裕を欠いた俺は自分の事ばかり考えていた。
彼からの誘いも、単純に朝食が喉を通りそうにないという理由で断っってしまう。
だが彼の誘いを断ってから萌黄の方へ視線をずらすと、そこで漸く気が付いた。
彼に無理をさせてしまっているんだと。きっと"今まで通り"に戻そうとしてくれているんだろう。
でも俺はそんな彼を突き放し、傷付けている。
俺は本当に馬鹿だ。この人にこんな表情をさせたい訳じゃなかった。
ただ自由に、幸せになって欲しくて。だから兄弟で居る事を俺も望んだというのに。
…けれど今と同じことが、今後も続く気がした。彼が"今まで通り"にしようとして、でも俺が突き放す。
そして彼を傷付け続けてしまうくらいだったら、俺の今の思いを伝えるべきだと思い口を開いた。
「…あのさ」
俺はどこまでも自分勝手で我儘だ。この人を振り回し続けている。
俺に勇気があれば、きっとこんなに拗れたりはしなかったのだろうか。
「俺…昨日のこと、…忘れられそうにない」
どうしようもない本音。萌黄は昨日のこと、忘れることが出来たんだろうか。
今まで通りに戻るのであればそれが正しい筈なのに、俺とキスした事は忘れて欲しくないと心を奥底で俺は思ってしまっている。何とも卑怯な人間だ。
「今はもう"兄さん"として…見れそうにない。
…俺のこと、"弟"として見てほしくないって、思っちゃうんだ。」
きっと彼の望む兄弟に姿にはもうきっと戻れないと、俺は萌黄に伝えた。
咄嗟に彼は、眠気覚まし、だなんて言ってみせた。
…分かってる。本当は、他でもない僕のせいで彼のことを困らせてるんだってこと。そうじゃなきゃ、彼はこんな風によそよそしくなったりしない。何かを取り繕うようなこと、しない。
いつだって朔は、僕に優しく笑いかけてくれて、陽だまりのような温かな大きな手のひらで、僕のことを撫でてくれる、抱きしめて…くれる。
あれ??
じゃあ今の僕たちって一体何なのだろう。
僕と朔はどうしたって“恋人”にはなれなくて、だから、あの夜、僕たちは、“兄弟”でいることを、選んだ。…選んだ、はずなのに。
今の状況は、どうだ?
素っ気ない朔の態度、僕の方さえ見てくれない彼の瞳。
それだけで、僕は悟ってしまった。
『ああ、やってしまった』と。僕の選択は、間違っていたのだと。
「…っ。あ、あのね。朔は、朝ごはん…もう食べたかな?実はね、僕もまだなんだよね、だから…その。良かったら、一緒にどうかなって。……だめ?」
ずるい、ずるいことを言ってるのは分かってた。
それでも僕は、ぎこちなさの残る言葉で、必死に笑顔を取り繕い、あまつさえ、「ごはん、一緒にどう?」なんて、わざわざ許可を取らなくてはならない。
この瞬間、僕たちの間に出来た“溝”は、着実に広がり始めて、
そしてそれは、容易には埋めることはできないことを、僕は悟った。
その姿を、俺の夢の中に出てきた彼の姿とぼんやり重ねてしまう。
俺はこの瞬間に『ああ、何がただの兄弟だ』と思った。
ようやく少し冷静になり始めていたんだ。今まで通りに戻ろうって。それが1番だって。
でも確信した。ただの兄弟になんて、少なくとも俺はもう戻れないんだと。
今は彼の笑顔を見ただけで再び重たい感情が湧き出しでぐちゃぐちゃと混ざり始める。
パンッ!!と肌を叩く音が響く。俺は手のひらで自分ほ両頬を思い切り叩いた。
ジンジンとする頬の痛みが強制的に俺を少し冷静にさせてくれた。
「ごめん、ちょっと眠気覚まし…」
そんな姿を見た萌黄が驚きと疑念を抱いた表情をしていたので下手な言い訳を残し、ようやく病室の奥へと足を踏み出した。
「…………た、体調、どう」
アレ、いつも通りの距離感ってどうだっけ?
隣に行く…のは流石に距離近すぎるって思われるか?
迷った挙句、結局は入口側に近い場所に立ち止まる事にした。
"今まで通りの俺"で言えば彼の隣に迷わず行って、あわよくば抱きついたりしようと考えているところだ。
それなのに今の俺は真っ直ぐ萌黄の顔を見ることさえ出来ずに視線を逸らしてしまっている。
どんな言葉から発するべきなのかもよく分からなくて、素っ気ない態度を取る結果となってしまった。
閉めきられたカーテンの隙間から、僅かに射し込む日の光と鳥の囀りで、優雅に目を覚ました…なんてことは勿論なくて。
あの後、何とかベッドに横になり、目を瞑り眠りにつくことを待っていた。
けれど、寝なければと思えば思うほど、かえって意識は冴えてしまい、結局僕は、一睡も眠ることが出来なかった。
「…ああ、きっとひどい顔をしている。
ひとまず朔が来る前に、何とかしなくちゃ」
幸いにも僕の病室は個室。
ある程度の設備は整っているようで、簡易的な洗面所なんかもあった。
まずは、顔を洗って、さっぱりした後は、ひどい寝癖のついた髪の毛を直す。
それから、寝間着にしていた病院着を持ってきていた服に着替える。
義弟とはいえ、人に会うのだからそれなりの状態でいなければならない。
ベッドのシーツや、布団を綺麗にしてから、カーテンを開けた。
眩しい陽光が、今の僕に少しだけ痛いくらいだ。
(…色々してたらもういい時間だな。
あの子も来るだろうし、朝ごはんとか食べてる暇はないか…)
そもそも食欲なんて、これっぽっちだってない。
なら別に朝食くらい食べなくてもいいか、そう思いながら
病室の椅子に腰かけて、少しだけぼーっとしていると。
『…おはよ』
横引きのドアが開かれて、朔が顔を見せた。
…ああ、彼の姿とたった一言、それだけで高鳴る僕の胸は、とても単純だ。
そんな邪な思いをしまい込みながら、僕はにこりと笑みを浮かべた。
「おはよう、朔」
起床して早速大きな溜息をつく。
数時間前の夜中に旅館へ戻ったのだが、結局義兄のことばかり考えて中々眠る事が出来ずに朝を迎えていた。
ようやく眠りにつけたと思えば、夢には必ず萌黄が出てくる。
夢の中で彼は俺に「好きだよ」と愛を囁き、「朔の全部を受け止めるよ」と、「朔だけのものにしてよ」と俺の欲望を掻き立てる言葉ばかりを囁いた。
その度に俺の感情はぐちゃぐちゃと入り混じっていく。
キスをしたからか、夢の中でも彼に触れる感触がやけにリアルで───
…ああ駄目だ思い出すな! あれは夢で、本当の萌黄じゃないだろ!
この乱れた思考を止めようと髪の毛をグシャグシャと触った。
だが複雑な胸中がすぐに解消されるはずもなく、このまま朝食も摂る気が起きなかったため
眠気覚ましのコーヒーだけ飲んでから旅館を後にすることにした。
そしてタクシーに乗り数時間振りに病院へ戻ってくる。
彼のいる病室まで向かう道のりで、俺は何度も頭の中でシミュレーションをした。
俺と萌黄はただの義兄弟で、恋人じゃ無い。大丈夫だ、いつも通りにすればいい。
昨日の朝と同じだろ?ドアを開けたらまずはおはようって言えば良い。
そう、いつも通り…
ガラッと横引きのドアを開け、病室の中に足を進めると既に起床している萌黄の姿があった。
「…おはよ」
“朔様がいらっしゃれば、鶯ヶ崎家は安泰だな”
…―『どこかの“出来損ない”とは大違いだ』。
物心がつく前から、ずっとずっと言われ続けた言葉。
それは今も僕の全てに深く深く刻みこまれていて、次第にそれは呪いとなり、肥大化しては毎日のように僕を苦しめた。
…分かってる、僕が駄目なヤツなんだってことくらい、誰かに言われなくたって僕が一番分かっていた。なのに、あの人たちは繰り返し僕を苦しめた。
裕福な家に生まれたって、全部全部が恵まれてるワケじゃない。
僕が出来損ないだから。だから鶯ヶ崎家は、朔を産んだ。
腹違いの、義兄弟。それでも、僕たちは、確かに“兄弟”だった。
(…朔、行っちゃったな。きっと…ううん、絶対に気付いてたんだろうな。僕が、朔にもっと一緒にいてほしいって思ったこと…)
だけど。…そんなのただの傲慢だ。
自分から彼にひどい言葉を吐いて、突き放した。
だけど、たった一言謝りたくて。それでも、朔の顔を見たら、抑えられなくなった。まるで洪水みたくあふれ出した僕の感情は、鋭利な刃となり、再び朔のことを傷つけたに違いない。
「…あは。ははは…駄目じゃん、僕。どうしたって、僕はあの子の重い枷にしかなれないんだね…」
だから、あれで良かった。きっと、良かったんだ。
明日の朝、朔はまた来てくれると言った。
…その頃には、きっと元通り。何もかも、今までと同じ。
僕たちは、“兄弟”でいられる。
「…俺は一回旅館に戻るよ。明日の朝、また来る。」
"俺も一緒に行って良い?"
その言葉を口にすることは出来なかった。
今の俺は彼の唇を強引に奪ってしまう程、正直冷静じゃない。今まで通りの兄弟でいると決めたのに、こんな気持ちでこのまま彼の側にいてしまえば今度こそ彼の弟では居られなく気がした。
俺は彼が病室に戻るのを見届けた後、重い足取りで病院の外へ出た。タクシーを呼び、それが到着するまでの間病院前のベンチに腰をかけ、真っ暗な夜空を見上げる。
(今まで通りに、戻れるのか?)
俺が彼の唇を奪ったあの瞬間から、きっともう"何か"は壊れている。
萌黄は俺が好きで、俺も萌黄が好き。事実だけ並べてみればただ両想いな2人に思えるが、現実はそんなに簡単じゃ無い。
今まで通り、ただの兄弟でいる選択は間違いでは無かったと思っている。萌黄が本当に幸せになるためにはそれが一番に決まっているから。
だが俺はもう1度彼の唇に触れてしまった。唇の柔らかさも、熱さも、あの幸福感も知ってしまった。
もう2度と手は出さないか、と聞かれると…正直すぐにyesと返答は出来ない。
"きっと"ではない。もう"確実に"俺の中では何かが壊れてしまっていた。
もう1度…いや、何度でもまた彼に触れたいと考えてしまっている。
この感情を抱えたまま、俺は彼と関わっていけるのだろうか。
彼の幸せを、本当に応援し続ける事が出来るのだろうか。俺は───
ブロロロ…
車の音が遠くの方から此方へ近づいて来るのが分かる。恐らく俺が呼んだタクシーだろう。
俺は煮え切らない気持ちを抱えたまま、タクシーが到着するとベンチから腰を上げた。
…後悔はしていない、といえば、それはきっと嘘になる。
けれど、何よりも大切な存在であり、僕の生きる理由ともいえる朔のことを、こんな僕の身勝手な恋心で、縛りたくなかった。
ああ、だけど…
一度でも、彼の唇の熱さを知ってしまった、彼に抱きしめられることの心地よさを知ってしまった、彼のぬくもりと、彼だけの持つ香りに、僕はすでに囚われてしまったのだと、理解してしまう。
忘れたくても、決して忘れられない、この夜の出来事。
きっとこれから、僕の胸に残り続けては、僕のことを甘く蝕んでいくのだろう。
(…それで、いい。きみのことを好きになったこと…その贖いだと思えば、むしろこんなものは、ぬるいくらいだ。ねえ朔、僕は心からホッとしてるよ。何よりも大切なきみのことを、僕の身勝手な思いで、穢さなくてよかった…)
ありがとう、僕に感情をくれた…朔(きみ)。
ありがとう、僕に愛おしいということを教えてくれた…朔(きみ)。
ありがとう、僕の…初恋。そして、さよなら、朔(きみ)への、恋心。
「………冷えてきたね。こんなところ、お医者さんに見つかったら大目玉食らっちゃう。僕は病室に戻るよ、朔は…どうするんだい?」
“一緒にいてほしい”…喉まで出かかったその一言を、僕は飲み込んだ。
当然だ、形はどうあれ僕は一度、彼のことを拒絶した、してしまった。
そんな僕に、彼にそばにいてほしいなんて、言える訳がない。
それでも。
僕は、ほんの僅かな期待を込めて、朔の目を見つめた。
例え恋人にはなれなかったとしても、いつかはあの家に縛られず生きられるようにと今でも思っている。
この人が俺の全てなんだ。そんな彼からの気持ちが枷や鎖になる事は無いだろう。
寧ろ俺の気持ちの方が彼にとっては枷になる。
萌黄はまだ外の世界をほとんど知らないから。
もし此処で俺と恋人になるのなら、きっと俺はもう2度とこの人を逃したくなくなってしまう。
愛しい人と一緒に居たいと思うのは当然だろう?
この先、お前が家に縛られず、自由に生きていけるようになった時…もし俺よりも好きになった人が出来たとしても、離してやれない。
どんな手段を使っても俺の中で繋ぎ止めてしまうだろう。
はは、ちょっと想像しただけで怒りや嫉妬で体中の血が煮えくり返る。
兄弟のまま今まで通り心地よく過ごしたい俺と、拒絶されるかもしれないが彼と恋人になって全てを受け止めて欲しいと思う俺が居る。
「…、っ……あ、ぁ…わかった」
俺の腕の中から抜け出す萌黄。兄弟のままでいれば、俺はきっとこの人の全てを受け入れられる。
こうして俺の側から居なくなっても、誰か恋人が出来たとしても彼の人生を応援出来る。
萌黄が元気に生きているなら、俺はそれだけで十分だから。
恋人になって彼を本当に束縛してしまえば、きっと取り返しはつかない。
自分勝手で臆病な弟でごめん。
でも、お前の本当の幸せを願うなら、きっと"今まで通りの兄弟"で居る事が1番だろうから。
俺は彼の背を見つめながら、小さく言葉を返すことしか出来なかった。
きっと、朔は僕の突然の告白に困ってる。
そりゃそうだよね、今までずっと“兄弟”としていることが、僕にとっては何よりも心地がよくて、そして何よりも安らぎだった。
…僕は今、その安らぎを自らの手で摘み取ろうとしているのだ。
(…今なら、まだ引き返せる。朔を困らせるくらいなら、僕は朔の特別になれなくたっていい。だから、今までのように、きみの隣に居させてほしい…)
我ながらなんとも図々しくて、わがままだと思う。
この気持ちを自覚したのは、本当についさっきのこと。
朔に拒絶されるかもしれない、嫌われるかもしれない、朔のそばにいたい、そう思えば思うほど、僕は彼のことが欲しくなってしまった。彼を自分のものにしてしまいたいとさえ、思ってしまった。
身の程を知れ、お前のような忌憚の存在が、鶯ヶ崎家の次期当主となる彼の未来を奪うことなど、決して許されることではない。
うん、うん。あの人たちが知れば、そう言われるに違いない。
兄弟なのに、身分には天と地ほどの差がある、萌黄と朔。
僕が、朔を想うことなんて、“あっては”ならない。
僕は彼の腕を優しく取ると、自らの体に回された腕をそっと解いた。
彼の抱擁から解放された僕は、ひたひた…と冷たい床を素足で歩いては、ほんの少しだけ彼から距離を取った。
そうして僕は、くるりと体を反転させて、彼に背を向けた。
「…朔。僕のこの思いがきみの枷となり、鎖となるなら、僕はきみに何も望まない。恋人になろうとか、そんな贅沢だって言わないから。…だから、どうか…このまま、“兄弟”でいることを、許してほしいな」
僕の唇は震えて、今にも泣き出しそうな程だった。
けれど、それでも僕は、必死に毅然とした振る舞いをしてみせた。
でも…どうしても、彼のほうを見ることはできなかった。
『ごめんね、きみのこと、好きになっちゃったこと。』
自分の耳を疑った。萌黄が、俺のこと好きだって言ったのか?
俺のこと、ただの義弟じゃなくてちゃんと1人の男として好きになってくれたの?
今したキスを受け入れてくれたってこと?
口に出してそう確認をしたいのに、俺の口は閉じたまま開こうとしない。
怖い。口に出してしまえば簡単に解決することかもしれないのに、拒絶される可能性が、ほんの少しでもあるような気がしてしまって。
1度拒絶された記憶がまだ鮮明だからだろうか。
大切だから、好きで好きで仕方ない人だから、肝心な時に俺は臆病になってしまっていた。
そして続けて彼は言う。『俺が望むなら今まで通り"兄弟"のままでいよう』と。
今の臆病な俺にとってはそれが最善策だと、最初は思った。
拒絶されず今まで通り、"兄弟"として過ごすのはきっと居心地がいい。
でも、きっとそれはもう無理なのも分かっていた。
その薄紅色のふるえる口唇を奪ってしまったあの瞬間から、もう今まで通りの兄弟には戻れない。
つい昨日までは彼と兄弟ではなく恋人になりないと願っていたのに、今はこの関係が壊れることを怖がっているなんて笑える話だ。
「俺は…っ俺、は…」
"今まで通りじゃ嫌だ。俺の恋人になってほしい"
そう言葉に出せない。心が苦しくていっぱいで、まるで彼に助けて欲しいと縋るように、抱きしめた手により一層力を入れた。
こんなにも近いのに、遠い。
先ほどから、朔と目が合わないのに、僕は気がついた。
合わない、じゃなくて、朔の方が合わせないようにしているんだってことは、いくら鈍感な僕でも、すぐに気付いた。
それでも、何度も触れる、彼の優しい口付け。
何度目かの口付けを交わした後に、やがて朔は、僕の頼りない肩にその顔をうずめて、縋るように僕の体を抱きしめたまま、泣きそうな声で言った。
“好き”…僕は彼の口から、確かにその2文字を聞いた。
震えているような、掠れた、小さな小さな声で。
どうして、そんなに泣きそうなの?
まるで、僕のことを好きになってしまったことが、悪いことをしてしまったような、それこそ悔いるような。
ひどい、ひどいよ。僕は今更だけどこうして朔への気持ちに少しだけ自覚することが出来たのに。きっとこの僕の恋心は、叶わないまま、終わる。
だって、朔が僕との関係を望んでいないように思えたから。
きっと“今の関係”が、壊れてしまうのを恐れているんだろう。
それならば―
「…朔。ねえ、朔。ごめんね、きみのこと、好きになっちゃったこと。でもね、僕は後悔はしてないんだ、だからね。この思いを抱えて生きていくことだけは許してほしい、そうすれば僕はきみにそれ以上は望まないから…
朔が望むなら、今まで通り、“兄弟”のままでいよう」
僕は、少しだけ震える手で彼の形のいい頭を、優しく撫でた。
口付けを後悔するつもりは無いが、この人に嫌われてしまうのであれば少しはこの行動を悔いてしまうだろう。
折角無事仲直りをして元の関係に戻れそうだったというのに、流石に箍が外れてしまった。
突然義弟からキスされて、お前は一体どんな表情になるのかな。
不安と期待が入り混じったまま、俺は口付けを終えた後も至近距離で彼の顔を見つめ続けた。
俯きがちかつすぐに顔を背けられてしまいどんな顔をしているのかは分からなかった。
でも絞り出した彼の声が震えている事は分かる。
(声震えてる…弟なんかにキスされてショックなんだろうな。)
きっとショックを受けているんだろうと思った。そういう反応をされるって事は分かっていた筈なのに、心のどこかで少し期待していた。
この人なら、この気持ちを受け止めてくれるんじゃないかって───
彼の後頭部に回していた手を今後は顎の方へ移動し、強引に俺の方へ向けさせた。
どれほど絶望的な表情をしているか。其れを確認する勇気の無い俺は視線を重ねようともせず再び彼に口付ける。
自分の臆病さ、身勝手さに笑いたくなる。
こんな事をしたって余計嫌われているのは目に見えているのな。
1度目よりも長く、この想いが届いて欲しいと祈りながら彼にまた数度唇を重ねた。
「っ…、………好き」
唇を離した後もやっぱり彼の顔を見る勇気が無い。拒絶の言葉も聞きたくない。
彼に縋り付くように肩に顔を埋め、今にも泣き出しそうな掠れた声でそう呟いた。
溢れる涙と一緒に、僕の中から零れてしまった、僕の秘めていた気持ちが、とうとう我慢できなくて、よりによって朔本人に吐露してしまう形になった。「…何だよ、それ。」という、彼の呟くような、やっとこさ吐き出したような言葉に思わずびくりと体が跳ねた。
それはきっと、今の僕の思いに、心底幻滅したから。
笑えるだろう?
あんなに、いつもいつも可愛い弟だとばかり思いながら、大事にしたくて、何よりも優先して、心から可愛がっていた弟のことを、あろうことか好きだなどと、宣うような兄なんて。…きっと、もうそれは兄なんかじゃないかもしれない。分かってた、一度音となり零れた言葉は二度と取り消すことはできない。今きっと、僕はとんでもなく取り返しのつかないことをした。
(…なーんて、冗談だよ!!とか、言える状況じゃないよね…)
流石に僕だってそれくらいは分かるというか、空気は読めているつもりだ。けれど、いつまでもこの空気の中には居たくなくて、どうにか話題を切り替えようとした時だった。
「もう、止めた」という言葉と、瞬間距離を詰められて背中に回される朔の右手。決して逃がさないとばかりに、左手は後頭部へと添えられて、何を、と思う暇すら与えられず、僕は朔と口付けを交わした。
(………………え??)
小さなリップ音が、やけに大きく僕の耳に響いた。
戸惑う僕をよそに、彼はゆっくりと唇を離して、至近距離で僕の顔を見る。そ、そんなに近くでまじまじと顔を見ないでほしい。絶対、今すごく情けない顔をしているのが分かるから。
「………ッ、み…見ないで」
咄嗟に絞り出した声は、みっともなく震えていて、僕はせめてものと、朔のその視線から逃げるように、顔を背けた。
彼はグッと涙を堪えるような様子を見せ、後にその瞳を俺に向けると言葉を連ね始めた。
「……何だよ、それ。」
彼の言葉を聞き終わった後俺は顔を俯かせ、掠れた小さな声でそう呟く。静かなこの空間ではきっと彼の耳にも届いているだろう。
『本当はそんなこと思っていない』『ごめんなさい』と言ってくれた事には酷く安心したよ。
俺は嫌われていないんだって、まだこの人の側に居ることが出来るんだって。
だがそれよりも今は『嫉妬した』と、『どうしてそこに立っているのは僕じゃないんだろう』という言葉に脳を焼かれている。
だって、だって俺はお前にとっては"ただの可愛い義弟"だろう?
それ以上でも、それ以下でもない。
それならその言葉は俺に向けられるはずのない…きっと想い人にこそ伝えるべき言葉だから。
彼は俺を可愛い義弟だと大切にしてくれるから、一線は越えないようにしていた。
スキンシップはあれど最大ハグまで。いかにも恋人がするキスだったり…勿論それ以上の事を彼にはしていない。嫌われたくないし、そんな事をしてしまえば萌黄は俺を弟とは思え無くなってしまうから。
…結局は俺が怖かったんだ。今の関係が崩れることを。
「…もう止めた」
ぐっと彼との距離を縮め、彼の背側に右手を回す。決して逃さぬようにと左手は後頭部へ添えると、"この人が欲しい"と思う気持ちのままに口付けた。
小さなリップ音が静かに鳴ったのが分かる。
18年間もこの人だけを想い続けている。そんな人からあんな事言われてしまったら、もう冷静でいられる訳がなかった。
(…拒絶されるかもな。…もう俺を可愛がってはくれないかな。
…可愛いただの義弟で居られなくてごめんな。)
心の中で彼に謝罪を向けるが口にはしない。今キスした事を後悔したくは無いから。
彼の大きな体に収まるくらいの、僕の体。
小さい頃は、男のくせにこの華奢で頼りない体躯がすごくコンプレックスだった。生まれつき虚弱体質、当然満足に運動なんて出来ないから、筋肉だってついてないんじゃないかって言われるくらいだし、日に焼けにくい肌は白くて。僕はまるでその生っ白いお人形さんみたいな自分が大嫌いだった。けれど、あの日、朔と初めて出会ったあの日。朔はそのまろい柔らかそうな頬を僅かに朱色に染めて、少し照れたようにはにかんだ。
それが可愛くて、可愛くて、たまらなかった。僕はその瞬間から、朔のことだけは何としても僕が守るって決めたんだ。
ずっとずっと毎日泣いてばかりだった僕、朔を守ると決めたときから僕は泣いてばかりの自分とは決別したつもりだった。
…だけど。
離れていく、朔のぬくもりが僕は途端に寂しくて寂しくて。
気付いたら、彼の服の袖を震える指先でぎゅっと掴んだ。
お願い、はなさないで、はなれないで。僕を、ひとりにしないで…
溢れそうになる感情の濁流を必死に抑え込みながら、僕は涙に濡れた瞳をゆっくりと朔の方に向けた。
「…ッ、あの…ね。朔のこと、嫌いって…言ったの、嘘だよ。消えろって言ったのも、本当はそんなこと、これっぽっちだって思ってない…思ったこと、ない…ッ僕、僕ね…ッ嫉妬、したんだ。あの子に、朔の隣にいた男の子に。どうしてそこに立っているのは僕じゃないんだろうって、思ったら…僕、ひどいこと…ッ!!言ったよね…ッごめん、ごめんなさい…!ごめんなさい、朔…ッ!!」
どんなに謝ったところで、一度形となって溢れた言葉は取り消せない。そんなの、僕が一番分かってたはずなのに。
毎日のように心ない言葉を浴びせられて、すり減る僕の心と体。
けれど、僕はその人たちと同じことを朔にしてしまったんだ。
僕が、この世で一番大好きな、最愛の義弟(おとうと)。
どうすれば、僕はもう一度きみの隣にいることを許してもらえるのかな…
肌も髪も雪を思い出すような白さを持つ彼。
自販機の光がその白に反射して、まるで彼自身が光を放っているかのような不思議な空間だったから。
ぼんやりと光る彼は、小さく言葉を連ねているようだがその声は震えており側に行かないとそれは聞き取れそうに無かった。
そんな中、俺の声が届いたのか彼がゆっくりと俯かせていた顔上げる。
柔らかな頬に大粒の涙を伝わせているその姿を見て、考えるよりも先に身体が動いていた。
「ッ萌黄…‼︎」
複雑な感情が混じっていても尚、1番は彼の顔を見れたことが嬉しいという気持ちが大きい。
俺は涙を堪えながら彼の目の前まで駆け寄るとギュッと彼の華奢な身体を腕の中に収める。
こうして抱き締めていると、彼の体温や鼓動がゆっくりと感じられる。
(…生きてる)
この暖かさや鼓動が彼が生きていると、本物だと証明してくれているようで酷く安心する。
「っぁご、ごめ…急に……嫌だった、よな」
こんな時に、いやこんな時だからこそ思い出してしまう。
"僕の前から消えろ"
あれが彼の本心なら、これまでのように触れるのは彼もきっと不快かもしれない。
本心か否かを確認できてない内に、俺の身勝手な気持ちだけでまた触れてしまった事を後悔し、寂しげな表情を浮かべながら彼を抱きしめていた両腕をゆっくりと彼から離していった。
言ってもまだ僕は30手前で……あ、そうか。
思えば朔とはそれなりに年も離れてて、だから……
(…なんだ、最初から僕には勝ち目なんてないんだね。
そりゃ、そうだよ…こんな年増より、軟弱でひ弱で、弱い男より…)
若くて、綺麗で、可愛くて…それから、それから。
一度溢れ始めた思いは、まるで土砂降りの雨みたく、次から次に
僕の胸の内に降り注ぎ、黒い澱みを作っていく。
もう、駄目だ。駄目、なんだ…僕なんかが、あの子を縛るのは。
あの子の足枷になりたくなかった、重荷になりたくなかった。
けれど結局は、僕はいつまでも“あの家”のお荷物であり、
忌避されるべき存在で、蔑まれるべき生き物で。
「…っ、ど…しよ。僕は、………朔のこと……好き、なんだ。駄目なのに…
好きに、なっちゃったんだ…」
そんな事を考えていたからだろうか?…朔が、僕を呼ぶ声がした。
…冒頭に戻る。
僕は、ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせながら、
ぐちゃぐちゃになった顔を、ゆっくりと声がした方に向けた。
「………ッ、さ…く……?」
診察室の方へ通され説明を聞く事になったが、命の危険に関わるような状態では無く彼も今も落ち着いて眠っている様子らしい。
倒れたのは精神的な部分も関係しているだろう、との事だ。
今日中に目覚めるかは分からないので一度帰った方が良いと言われたけれど、俺は今日は病院に残る意思を伝える。
安静が必須なので萌黄の病室に入る事は出来ないが、共同の待合スペースなら居ても問題ないとの事だった。
俺は椅子に腰かけ、ただぼう然とこの場に居続けた。
旅館に戻ることも出来るが少しでも彼の側を離れたく無かった。目を離した隙に、どこかに消え去ってしまいそうな気がして。
外も段々と暗くなる。病院に通院している人達も帰っていく様子だが、俺は此処に留まり続けていた。
そしてつい先ほど消灯時間となったのか、病院内の電気が次々と消されていく。俺のいる共同スペースも同じく電気を消され暗闇に包まれるかと思ったが、自販機があったおかげで眩しい光だけは残っていた。
気持ちがグルグルと落ち着かなくて眠る事も出来ない。ずっと糸が張り詰めているような気分。
どうせ眠るつもりもないし、先に"あれ"だけすませておこう。そう考えた俺は一度病院の外へ出るため足を動かした。
病院の外では実家に電話をかけていた。流石に消灯時間を過ぎた病院内で電話は迷惑だろうと思い外に出た次第だ。電話をかけても出るのは両親ではなく侍従だ。萌黄の事は伏せつつ、自身の仕事の関係で延泊する事になったと伝えた。
外の空気を吸ってより一層意識がはっきりとした気がした。さっきの場所に戻っても眠ることは出来ないだろうし、自販機で何か飲み物でも買って落ち着こうと考えつつ足を向ける。
そして先ほどの共同スペースに戻って、俺は驚いた。夢でも見てるんだろうか。自販機の眩しい光で目をパチパチと瞬きさせながら俺はその人物に向けて声をかける。
「…萌黄?」
…分かってた、ううん、理解ってたんだ、本当は。
僕はどこかで朔にとって自分は特別なんだと勝手に思い込んでた。
だからこそ、その気持ちを裏切られたような気がして、勝手に傷ついて、無理やり彼のことを突き放したんだ。悪いのは、僕だ。
僕はゆっくりと上体を起こすとそーっと音を立てないように病室のベッドをおりた。幸いにも、同室者はいないみたいでここは個室らしい。
真っ暗な暗闇の中を、ゆっくりと壁を伝うようにしながら歩いていき、少し重たい扉を静かに開けた。
(…よし、誰もいないかな。こんなこと、本当はいけないんだけど…)
なんとなく、あの病室にひとりでいたくなくて僕は病室を抜け出したのだ。
よっぽどでない限りは病院内なんて、往々にして構造は似たり寄ったりだ。
僕は素足のまま、ひたひたとやけに長く感じる廊下を歩く。
しばらく歩けば、備え付けの自販機の灯りがちかちかと光って少し眩しい。
どうやら、ここは共有スペースのような所らしい。
「…さすがにこんなとこに居るわけないか。はは…馬鹿だなぁ、自分のせいなのに、まだ期待してるなんてさ…僕って、情けないなぁ」
…せめて、一言でいいから朔に謝りたい。
許してもらえなくてもいい、嫌われてもいい、蔑まれてもいい。
けれどせめて、自分の思いだけはちゃんと伝えてから、それから僕はこのままあっさりと彼の前からいなくなろうかな、なんて考えていた。
少し冷えた、硬い備え付けの椅子に、ぽすんと腰掛けて、背もたれに体を預けた。ちかちかと、光る自販機の灯りを見つめながら僕はまるで水を溢すみたいに小さくぽつりと呟いた。
“…朔に、会いたいな”…と。
彼の病室を追い出されて尚、俺はすぐにその場から動く事が出来なかった。
明るい病院内にいるはずなのに、不思議の目の前が真っ暗に感じる。
俺は、いつの間にか彼に嫌われていたんだろうか?
"弟として"だったとしても、好かれていると、愛されていると俺が勝手に思い込んでいただけ?
本当はずっと、俺の存在が鬱陶しかったのか?
俺にただ付き合っていただけで、実際は『消えろ』と思われていたのかもしれない。
その思いを押し殺させていたのか。
(……………いや、違うだろ)
片方の手のひらで目元を覆いかくし、深く深呼吸をする。
萌黄がそんな人では無いと、俺が1番分かっている筈だろう。
そもそも今朝、涙を流した萌黄を無理に連れてきた事が間違いだったのかもしれない。
あの時、涙を理由を聞けば何か変わったのだろうか──
「あの」
「っ! 」
後ろで青年が申し訳なさそうな顔色を浮かべていた。
「…すみません、何だか巻き込んでしまって」
「あ、いえいえ!逆に俺が…何かややこしくしてしまったのかと…」
「多分、兄も混乱してただけだと思うので…気にしないでください」
青年は「結城 綾人」という人物で、この辺りに住んでいる大学生らしい。
外出から自宅へ向かう途中、1人倒れている萌黄を発見して救急車を呼んでくれたの事。
萌黄が再び倒れた後、日も暮れて来たので家に帰るように伝えた。
タクシー代を渡そうとしたが『歩いて帰れる距離だから』とお金は受け取らずに彼は病院を後にした。
ただ後日改めて礼に伺おうと思い、連絡先の交換だけは済ませておいた。
きっとここは僕自身の“心象風景”とか“精神世界”とかたぶんそういった類のものなんだと思う。…僕は、お医者さんではないからその辺はよく分からない。
ここに来れば、先ほどのことを少し落ち着いて冷静に俯瞰することが出来た。
とはいえ、あれは誰がどう見たって悪いのは僕だ。
…分かってる、朔の隣にいた青年だってきっと僕の体調や体のことを慮って、何より朔のことを気にかけて傍についててくれていたんだろう。
僕が街中で倒れて、気を失った後、かすかに誰かが必死に呼びかけてくれていたような気がする。思えばそれがあの青年だったのかもしれない。
…悪いことを、した。
でも僕だって、余裕がなかったんだ。ただでさえ、朔と別行動を自分から提案してまで朔から離れたかった僕のことなんて。
その気がないってことは分かってた、けど女の子に囲まれている朔の姿を見るのはどうしたって耐えられなかった。
思わず溢れそうになる涙と、激しい感情を無理やり抑えつけて、臆病な僕はその場から逃げることしか出来なかったんだ。
もしあの時、僕が少しでも自分の気持ちを彼に伝えていたなら、こんなことにはならなかったのかな…
後から後から押し寄せるのは、後悔と自責の念だった。
“消えろ”…僕が放った言葉に、朔はどんな顔をしていただろうか。
薄れゆく意識の中で僕が見た気がしたのは、不安と焦燥と、心配と悲しいとかいろいろな感情がない交ぜになって、今にも泣きそうだった気がする。
(…あーあ、とうとう嫌われちゃうのかな、僕)
自業自得なのは分かってる。
でも,耐えられる気がしなかった。身内、親戚、使用人、僕を取り巻く人たちから向けられる…あの目を。
今度は、朔から向けられることになるのかと思うと、いっそ死にたいとさえ思った。愛しい弟から、蔑まれるような目で見られるくらいなら僕は朔の前からいなくなりたい、消えてしまいたい。
「…っ、ごめん…ごめん、ねぇ…さく、さく……」
閉じられた瞼から涙を流して、か細い声で僕は許しを乞うた。
まだ目が覚めたばかりと言うのもあって、彼の顔色はまだ悪いように見えた。
(言いたい事は沢山あるけど、…そんなこと後でいい。)
俺は萌黄が無事であることを心から喜んでいるし、目覚めたばかりの彼にはまだゆっくりとしていて欲しい。
ただ彼としては、今回の事が家に伝わればきっと酷く落ち込んでしまうだろうし、俺にも気を遣わせてしまうかもしれない。
だから、萌黄が気にする事なく過ごせるよう後で少し手を回しておこう。
気分は?体調は…まだ悪いよな?でも目が覚めて良かった。
今はまだゆっくりしてて。お前は何も心配しなくて良いから。
彼にそう言葉を掛けようとした時だった。
『出ていって』という言葉と共に、枕が俺の顔面を目掛けて飛び込んでくる。
「っは、ちょ───⁉︎」
反射的にその枕を受け止めた俺だったが、その後続けられた萌黄の言葉を受け止められず、その場に呆然と立ち尽くした。
(いなくなってって何だよ…その男って、この人の事か…⁉︎)
突然豹変した彼の様子に困惑する。でも、俺と萌黄の間で何か食い違いがあるような気はした。
すれ違ったままは駄目だ。1度話し合いを───と思った時、ある言葉で俺の思考は完全に止まってしまう。
『消えろ』
彼と喧嘩をしたとしても、消えろ、なんて言葉を突き付けられた事は無かった。
ナイフで胸を貫かれたような気分だ。
そして俺に鋭い言葉を放った萌黄は体調が急変し、その対応で周囲に居た看護師や医師は再び慌ただしく動き出した。
「すみませんが今は病室の外へ‼︎」
立ち尽くしたままだった俺は看護師にそう言われ、病室を追い出されるように外へ出た。
そして一緒について来ていた青年も同じく病室の外へと出た。
フル回転させようとしていた。
とはいえ、いくらこういった状況には慣れているとはいえ、やはり疲弊はするし
それに今回は、家ならばまだしも街中であり、人通りもそれなりにあったように思う。
もし仮にこれが家の者の誰かの耳に入ろうものなら、また僕は
あの人たちからひどく詰められるんだろうな。
(…何より、朔に迷惑をかけちゃったよね…僕としてはそれが一番………)
そこまで考えていると、自分のいる病室にバタバタと誰かが駆け込んでくる音がした。
てっきり朔だろうと思っていたがどうやら聞こえる足音は二人分ある気がする。
萌黄、と愛しい彼が名前を呼ぶ声に僕はゆっくりと上体だけを起こして
声の聞こえたほうに顔を向けた。…だけど、すぐに後悔した。
朔、ほどではないけれど随分と見目のいい青年が彼の隣にいたから。
身長もそこそこあるように見えるし、朔と並んでも見劣りしない。
それに僕と違って、その青年はとても若くて健康的だ。
…ああ、ああ。そうか、そうなんだ。
朔にはきっとかわいくて、ふわふわで、柔らかくて、愛らしい女の子が似合うと思っていた。
僕にはなくて、女の子たちにはあるもの。
それならば、まだどうにか諦めもつくような気がしていた。…なのに。
僕と同じ、男。僕とは、違う、何もかも持っている男。朔と、同じ、男。
まさか、まさか、朔が同性の男に奪われるなんて思ってなかった。
こんなことなら…こんなことなら…いっそのこと!!!!―
「…………出ていって。今すぐ、僕の前からいなくなってよ。
っ、…その男を連れて!!どこへでも行けばいい!!さっさと!!僕の前から消えろ!!!!」
僕は白い枕を掴むと、それを朔に思いきり投げつけた。
いつもより随分と声を荒げたものだから、僕の呼吸はすぐに乱れていき、
変な汗と、次第に体が冷えて震えが止まらなくなった。
当然、周囲にいた医師や看護婦たちはあ然としながらも、患者である萌黄の
体調が急変したことに、すぐさま対応に追われた。
ああ、消えたいのは。消えるべきなのは、僕のほうだ…
僕は溢れる涙を拭うこともしないままに、そのままベッドに倒れこんで、再び意識を失った。
看護師の女性が奥の方から早足でこちらに向かってくる。
俺はザッと席から立ち上がり彼女から萌黄の状態の話を聞いたところ、命に別状は無いようだ。
その言葉を聞き、緊張して強張っていた全身の力が一気に抜けた。
「ここで待ってるので、目を覚ましたらまた教えて欲しいです」と伝え、看護師は再び萌黄のいる部屋へと戻って行った。
俺はゆっくりと腰を下ろし、席に座って背もたれに体重を預けた。
そんな安堵した様子を見た青年が「大丈夫そうなの、良かったですね」と横から声を掛けてくる。
「…はい。兄の事、本当にありがとうございます。
お礼が遅くなって申し訳ないです」
「あ、いえいえ!俺はたまたま通り掛かっただけで…、俺じゃ無くても誰かがすぐ助けてくれたと思いますよ。
でもお兄さん、命に別状ないなら本当に良かったですね」
俺は青年の方に身体を向け、彼に深く頭を下げた。
好青年な彼もホっとした様子を見せている。
救急車内で救急隊員に萌黄ついて俺が話したことで、彼の身体が弱い事を聞いたからだろう。
「鶯ヶ﨑さん‼︎」
落ち着いた空気になっていたところ、先程の看護師が小走りで此方に向かってきた。
どうやら萌黄が目を覚ましたらしい。俺と青年は席を立ち上がり、萌黄のいる病室へと足早に向かった。
「っ萌黄」
病室に入り、萌黄の姿が視界に入ると慌てて彼の元へ駆け寄って行った。
セピア色をした映像を見るのだ。
とはいっても、本当に映像なんかじゃなくて、そのどれもが僕の過去の記憶だった。
これって所謂、走馬灯…だったりするのかな?
僕は人より「死」という言葉に近い人間だから、いつか死神が怖い顔をしながら
大きな鎌で僕の首をはねるのかもしれない。
実際、僕は"まだ"この世界に生かされているわけで。
これは神さまの思し召しなのか、ただの情けだったりするのかな。
過去の記憶を垣間見る度に、僕はいつも同じことを思う。
"ああ、僕の人生ってこんなものだったんだ"って。
別に、悲観したいわけじゃない、悲劇のヒロインなんて柄でもない。
何より、僕にはこの世界全てを天秤にかけても、大切なものがあるから。
…ねえ、朔。
僕はね、きっとあの頃よりはちょっとだけ大人になれたんだよ。
大事な大事な朔が、心から選んだ人ならきっと僕も同じくらい愛せるから。
今までずっとずっと僕のことを大切にしてくれていた、愛しい弟。
僕にも、溢れるくらいの沢山の愛を注いでくれたから。
だから、今度は僕の番だよね?…そうでしょ、朔。
「………………ん。ここ、は……僕、どうした…んだっけ」
ゆっくりと浮上していく意識の海から、最初に目に飛び込んだのは真っ白な天井。
それから、僕を囲んでとても心配そうな顔をしている、知らない人たち。
そうだ、あの後…僕は。
まだ、意識が戻ったばかりで状況を飲み込みきれていない萌黄をよそに
彼の周りにいた看護婦が、急いで朔と付き添いで来てくれた青年の元に向かう。
萌黄さんが目を覚まされました、と。
中から3人救急隊員が出てくると、2人は運んできた担架に萌黄を乗せ、再び救急車の中へと向かう。
救急車を読んでくれた彼は、もう1人の隊員へ簡潔に萌黄の状況を伝えている。
「って感じです。それと、この方ご家族らしいので、同乗してもらった方がいいと思います」
そして青年は俺の方に視線を向けて、救急車に同乗するように提案をした。
勿論俺もそうするべきだと分かっているのに、何だか上手く声が出ない。
さっきから怖くて堪らないんだ。もしこのまま萌黄が目を覚まさなかったらどうしよう。
そんな不安と共に、やるせない気持ちになっていた。
体調が悪かったら隠さないで、と伝えていたが萌黄が俺を頼ることは無かった。
分かっている。俺の側から離れた後、体調が崩れ始めたのかもしれないし、連絡を取る余裕も無かったのかもしれない。
けれどもし、体調が悪くなったのに意図的に俺を頼らなかったとしたら─────
「大丈夫ですか?」
隣から再び青年に声を掛けられ、ハッと顔を上げた。
大丈夫ですと伝えたいのに、息が浅く頭の中はぐちゃぐちゃと混ざり合って、今何を口に出せばいいのか整理する事が出来ない。
そんな俺の困惑した表情を見て青年は「この方少し混乱してるみたいなので、俺も一緒に同乗します」と救急隊員に伝え、俺の肩を掴む。
隊員の方もそれを了承し、俺達は急いで救急車へ乗り込んだ。
救急車内では青年に励まされたお陰で少し気分も落ち着いてきた。
頭の中もようやく整理出来たところで、萌黄の氏名や年齢、体質のことなどを救急隊員へ説明をした。
救急車が近くの病院につくと、萌黄は奥の部屋へ連れて行かれ、俺と青年は待合いの方に残ることとなった。
大好きな弟から、そのお誘いをされたとき、きっと僕は随分と受かれていたんだろう。
朔と一緒に居られる、とか。朔と、外にいける、とか。
何より、二人で隣に並んで朔と歩けることがとても嬉しかったから。
それは、僕にとって、自分を認められたような気がしたから。
だから、僕は"あの日のこと"をすっかり忘れていたのかもしれない。
お互い、なりふり構わず猛喧嘩をしたことがあった。
当然、その後に僕に押し寄せたのは紛れもない後悔ばかりだった。
けれど意固地になっていた僕は、朔と口を利くことはおろか彼のことを避けた。
そうしたら、彼はその両耳にピアスを開けた。…僕の大嫌いな"色"のピアス。
泣きたくなった、どうして忌ま忌ましいその"赤"が愛しい彼の耳朶に居座るなんて。
それなのに彼は、その上彼女まで作った。…当然、僕の心も体もぼろぼろで
ズタズタに引き裂かれた気がして、気づけば1週間も寝込んだらしい。
だからかな、あの時、温泉街で朔が女の子に声をかけられた時に思った。
これは焦燥と、寂しさと、確かな怒りと…嫉妬。
大切な僕の弟をとられると思った、だから女の子たちに嫉妬した。
けれど同時に、女の子たちが羨ましかった。
男と女なら、簡単に恋ができて、恋人になれて、結婚して…家族になれる。
なら、僕たちは?僕と朔の関係って何だろう?
大切な僕の弟、大切な僕の理解者、大切な僕の…家族。…それから?
どうしたって僕はそれ以上にはなれない。
だから、僕は。
今度こそ、朔のことを自由にしてあげようと思った。
"萌黄"という柵に囚われないで、好きなように生きてほしかった。
それなら、朔には可愛いお嫁さんの一人くらい必要だと思った。
僕は、お兄ちゃんだから…そう、何度も言い聞かせて。
けれど、やっぱり僕は朔にとって、いいお兄ちゃんにはなれなかったみたい。
咄嗟にあの場から離れたのは、僕が自分を守りたかったから。それだけ。
みっともない、黒い感情を、彼にだけは、見られたくなかったから。
―(ごめん、ごめんね…朔。大事な、大事な、僕の…弟)
意識の彼方、僕はサイレンのような音を聞いた気がした。
俺は息を切らして温泉街を走り回っていた。
引き留められた後直ぐに彼を探しに出たので、彼とはそれ程距離が離れていないつもりだったが、まだ萌黄を見つけられていない。
(クソッ…どこだ!萌黄…!)
じんわりと額に汗が滲む。中々彼を見つけられない状況に焦燥し、俺は苛立っていた。
義兄があの場から離れたのは女性に声を掛けられた俺に気でも遣ったんだろうか。
俺が18の頃、彼女が出来て萌黄に紹介したことがある。
あの時の俺はまだまだ子供で、彼と猛喧嘩したことがきっかけで収まりきらない気持ちをなんとか消化させようとピアスを開けて彼女も作った。
だがあの時の俺の行動が相当ショックだったのか、彼は1週間も寝込んでしまった。
物凄く反省したし、あの時の事は正直今でも気にしている。
(だから、俺に彼女が出来る事を良くは思っていない…と思うんだけどな)
俺を弟として可愛がっている彼だが、俺に恋人が出来る事はショックなんだと思う。
少なくとも、俺が18の時はそうだった。
だから、彼が今回取った行動は少し違和感があったのだ。
恋人が出来たらショックで寝込むような人が気を遣ってどこかへ行くって、やっぱり萌黄に限ってそんな事は無いように思える。
ならなんだ?…嫉妬でもしてくれたというのか?
けれど俺はあの人にとっては可愛い可愛い"弟"。嫉妬はあれど、そこに恋愛感情は含まれていないんだろう。
「なんだ…?」
少し先に何かを囲むような人集りが見える。騒ついているようで、良い雰囲気とは思えなかった。
嫌な予感がした俺はその中心へと入り込むと、そこには倒れている萌黄の姿があった。
「───ッ萌黄‼︎」
頭の中が真っ白だった。全身の血の気か一気に引いたような気分。
俺はすぐ倒れた彼の方へ駆け寄ると、萌黄のすぐ側にいた男性に「お知り合いですか」と声を掛けられる。
自分が弟だということ、そして別行動をしていた彼を探していた事を伝える。
この若い男性は倒れている萌黄を発見し、直ぐに救急車を呼んでくれたそうだ。
そして意識は──、無いと伝えられた。
俺のグチャグチャな頭の中が整理する間も無く、次第に救急車のサイレンはこちらへ近づいていた。
ここは知る人ぞ知る温泉街ではあるけど、当然まともに外を知らない僕は
闇雲に当てもなくふらふらしていれば、当然ながら…
「…どうしよ。完全に来た道分からなくなっちゃった…この年になって、
迷子ってよくないよね…?恥ずかしいやつだよね??うわー…僕の馬鹿、馬鹿」
なんて軽くおどけてはみるものの、僕の胸の内は吹き荒れる大嵐が如く、
とんでもなく悪天候そのものだった。
ううん…むしろ、これで良かったのかも。
以前、過去にも朔に彼女ができたことがあって僕に紹介してきたことがあった。
何せ、その時の僕だって、これでもかというくらい朔のことを心底可愛がっていたから
僕は大変ショックを受けて、その直後から一週間ほど、寝込む羽目になった。
今なら笑い話にでもできるかと思ったけど、現実はそう甘くはないらしい。
何せ、今の僕の脳内では、『朔に彼女ができるかもしれない』で猛抗議が繰り広げられている。
『嫌だ嫌だ、僕の可愛い弟に彼女なんて認めない』とひたすらに駄々をこねる僕と、
『僕も大人だし、朔だっていい年なんだからちゃんと祝福しなきゃ』と聖母みたく、
この現実を受け入れろと言ってくる僕とで、ずっと争っているわけだ。
(分かってる、分かってるんだ…僕のこの気持ちはおかしいんだってこと…だけど、)
お兄ちゃんなら、弟の幸せを一番に願うのは至極当然のことなのに。
その隣で笑うのが僕じゃない他の誰かなんだってだけで、こんなにも胸が苦しい。
…あ、まずい。
今のは単に比喩的なことで言ったつもりだったけど、本当に胸が苦しくなってきた。
僕は、なんとか通りの端っこに身を寄せてから、体を小さくするようにして丸くなった。
痛みは治まるどころかどんどん僕を支配していき、僕の呼吸は荒くなっていく。
手足も変に冷えてきて、それどころか何だか全身が冷たくて、寒い。
それはまるで、満足に着るものも与えられないままに、極寒の世界に放り出されたみたいだ。
(…………朔、ごめんね。悪い、お兄ちゃんで…ごめんね)
…―僕の意識は、ぶつりとそこで途切れてしまった。
ここは知る人ぞ知る温泉街ではあるけど、当然まともに外を知らない僕は
闇雲に当てもなくふらふらしていれば、当然ながら…
「…どうしよ。完全に来た道分からなくなっちゃった…この年になって、
迷子ってよくないよね…?恥ずかしいやつだよね??うわー…僕の馬鹿、馬鹿」
なんて軽くおどけてはみるものの、僕の胸の内は吹き荒れる大嵐が如く、
とんでもなく悪天候そのものだった。
…むしろ、これで良かったのかも。
以前、過去にも朔に彼女ができたことがあって僕に紹介してきたことがあった。
何せ、そのくらい時の僕だって、これでもかというくらい朔のことを心底可愛がっていたから
僕は大変ショックを受けて、その直後から一週間ほど、寝込む羽目になった。
今なら笑い話にでもできるかと思ったけど、現実はそう甘くはないらしい。
何せ、今の僕の脳内では、『朔に彼女ができるかもしれない』で猛抗議が繰り広げられている。
『嫌だ嫌だ、僕の可愛い弟に彼女なんて認めない』とひたすらに駄々をこねる僕と、
『僕も大人だし、朔だっていい年なんだからちゃんと祝福しなきゃ』と聖母みたく、
この現実を受け入れろと言ってくる僕とで、ずっと争っているわけだ。
(分かってる、分かってるんだ…僕のこの気持ちはおかしいんだってこと…だけど、)
お兄ちゃんなら、弟の幸せを一番に願うのは至極当然のことなのに。
その隣で笑うのが僕じゃない他の誰かなんだってだけで、こんなにも胸が苦しい。
…あ、まずい。
今のは単に比喩的なことで言ったつもりだったけど、本当に胸が苦しくなってきた。
僕は、なんとか通りの端っこに身を寄せてから、体を小さくするようにして丸くなった。
痛みは治まるどころかどんどん穆を支配していき、僕の呼吸は荒くなっていく。
手足も変に冷えてきて、それどころか何だか全身が冷たくて、寒い。
それはまるで、満足に着るものも与えられないままに、極寒の世界に放り出されたみたいだ。
(…………朔、ごめんね。悪い、お兄ちゃんで…ごめんね)
…―僕の意識は、ぶつりとそこで途切れてしまった。
結構な勢いで色々と言われた訳だが、要約すれば『一緒に遊びませんか』といった会話内容。
俺は「はは、連れがいるので」と乾いた笑みを浮かべながらその女性らをかわす事に成功した。
…とこの1回だけならまだ俺も許容出来たのだが、その後も女性から度々声が掛かった。
やはり観光地という事もあって若い年代もかなり居るように感じる。
俺と萌黄は男友達に見られるだろうし、他の観光客からすれば女性が居ないという時点でナンパと的にはなりやすいんだろう。
萌黄が真隣にいてもお構いなしで声が掛かってくるので、流石の俺もジリジリと不愉快な気分が募り始めていた。ゆっくり2人で過ごせる時間を度々他人に邪魔されて良い気分になれるはずもない。
そんな中また話しかけられ、内心ではいい加減にしてくれと思いながらも表情には出さず、また適当に話を流そうとしている時だった。
彼が『しばらく別行動を取ろう』と提案してきたのだ。
こんなタイミングで別行動を取りたいだなんて、良い意味では無いのは容易に分かる。
しかも俺の返事なんて待たずに彼は逃げるように何処かへと去っていく。
「っあ、萌黄…!
…悪いけど、連れがいるので」
直ぐに追いかけようとしたが、側に居た女性に腕をグッと捕まれる。俺は軽い力で彼女の手を振り払い、怒りを含んだ視線を女性に投げつけ、既に姿が見えなくなった彼を探しに足を踏み出した。
彼の口から出た単語を聞くなり、僕は一層のこと表情を緩ませた。
温泉街…それは、数ある温泉に付随して、様々な温浴施設や宿泊施設、
はたまた飲食店や土産物店だったり遊戯店だったりが立ち並ぶ街並みのこと。
それはもう、まさしく僕からしてみれば金銀財宝、この世のありとあらゆる宝石たちを
詰めて詰めて詰め込んだような、夢のような宝石箱みたいな場所だ。
当然、僕は街に出向く準備をしている間も心はずっとふわふわしてて、
多分彼から見れば今の僕は随分と落ち着きがなかったことだろう。
そうして支度を終えてから、一旦宿を出て近くの温泉街に訪れた、わけなのだが。
まさに情緒はジェットコースターよろしく、僕の気持ちは急降下していた。
それもそのはず…街に出向いたまではよかった、そこまではよかった、はずだ。
ただ困ったことに、そこは当然ながら老若男女集う場所であり、若い女性なんかも
沢山見受けられたわけだ。…さて、察しのいい人ならもう分かるだろう。
先ほどから街を歩けば歩くだけ若い女性がひっきりなしに朔に声をかけるのだ!!
これってナンパだよね??さすがにそのくらい僕でも知ってるよ、馬鹿にしないでよね。
朔は辟易しながらも、それを顔に出さずにちゃんと対応してあげている辺りは流石だろう。
でもね?当たり前だけど、この状況は僕からしてみれば非常に面白くない。
そりゃ僕と朔はどうしたって男同士で、兄弟とはいえど血は繋がってないからよくて男友達、
周囲の印象なんて大体その辺りだろう。だからこそ、尚更僕は面白くないのだ。
(せっかく兄弟水入らずで楽しみに来たのになぁ………)
なんだか、ナンパされている弟を見ているうちにだんだん自分が邪魔者に思えてきて、
ここにいるのが申し訳なくなってきていた。
「………ねぇ、朔。僕は少しあっちのほう、見てくるから。ここらでしばらく別行動でもしようよ」
意を決して僕はそう言いつつ、努めて笑顔を浮かべては朔に提案した。
けれど、返事は怖くて聞けなかったから、僕はそのまま「じゃあね、また後で」と
彼の返答を待たずにぱたぱたとその場から逃げるように立ち去った。
この提案をしたのも彼が快く承諾してくれると思っていたから。そこは予想通りだ。
だが彼は俺の想像だにしない行動をする事が度々ある。驚かされてばかりだが、その度、彼のこの俺を愛しむような瞳で見つめられるとつい許してしまうのだ。
義兄が俺に甘いことは理解しているが、俺もやはり彼には甘くなってしまう。
今回も気の向くまま行動することもあるだろうが、せっかくの旅行だ。
彼には負担をかけ過ぎずに、俺がちゃんとお前を監視すればいい。
沢山彼が楽しめるように、と俺は心から思っていた。
「…それもそうだな。
よし、じゃあ近くの温泉街でも行ってみるか」
こくりと小さく頷き、安堵した表情に変わる。
過干渉な俺が監視をする、だなんて歪んだ愛情を抱いていると知ったら、お前はどんな顔をするんだろうか。
いつものようにその柔和な笑顔で俺の全てを受け止めてくれるだろうか。
それとも義兄弟なのにと、恐ろしいと、もう側に寄るなと、狂っていると俺を突き放すだろうか。
そんな思考を巡らせていたが、答えなんて出てこない。
今はこんなことを考えるんじゃなくて、ようやく手に入れたこのひとときの時間を大切に過ごすことが優先だ。
俺達は2人で外へ出かける準備をし、すぐそこの温泉街へと足を向けた。
この旅館もその道沿いに建てられているので、旅館から出れば目の前が温泉街になっている。
都会のような煌びやかさはないものの、大正レトロな景観が魅力的な温泉街だ。
年がいもないところを見せてしまったことに、遅れて羞恥心がやってきて、
思わず僕は少し火照る顔を俯かせながら、手のひらで頬を覆った。
少しして、呼吸も整ったことを確認した彼がおもむろに僕を広縁の椅子に座らせた。
僕のほうを真っ直ぐに見据えて、どことなく真剣な面持ちの彼に見つめられると
そういった意図はないのだと分かってはいても、やっぱり少しだけドキリとしてしまう。
これは俗に言う、イケメンゆえの相乗効果というか、顔がいいって凄いよね、というアレだ。
というか、そういうことにしておかないと色々僕が持たないのだ。
…話を戻そう。
弟が、「これだけは絶対に守ってほしい」と前置きしたのちに述べられた条件。
まあ、なんというか予想はしていたというか、想像に容易い内容ではあった。
けれど悲しきかな、僕は元来の素直さと知的好奇心が旺盛ゆえに、時に天邪鬼なところが顔を出す。
こうしなさい、とは頭では理解していても、それに抗いたい、むしろ自分はこうしたい、
といった、自他共に認めざるを得ないであろうマイペースさがあるのだ。
そして他ならぬ、目の前にいる彼はそれを分かった上でもこうして僕に釘を刺すのだ。
勿論、それは僕の体調のみならず僕が手をつける食事の管理にまで及ぶ羽目になる。
かなり前の話にはなるが、僕は毒殺を目的として食事に毒を盛られたことがある。
幸い、大事には至らなかったものの、
それ以降、僕の食事に関する面において弟の目が厳しくなった。
とまあ、こういった経緯もあってか、こと僕の体調面や食事面には
弟はこうして過干渉といわれるほどに極度に世話を焼きたがる。
それは僕にとっては何ら問題はなくて、むしろ喜ばしいことだし、幸福だとすら思う。
これもひとつの愛の形なのだから、と言ってしまえばそれまでなのだろう。
「………朔は心配性だねぇ。ふふ、分かったよ。他でもないきみからの頼みごとだ、
それを僕が無下にするはず、ないだろう?」
ゆるりと眦を下げて、ふんわりと花が綻ぶような柔らかい笑みを浮かべた。
遠出自体初めてなので無理に起こすことはせずそっとしておいた。宿へ着き、部屋に着く前までは未だ眠気が取れていない様子だったが、部屋の中へ入ると雰囲気が気に入ったらしく目をキラキラと輝かせていた。
(…うん、可愛い)
兄に思う台詞では無いのかもしれないが、全身で喜んでくれるその姿が可愛くて愛らしいと思った。
「っよしよし、…大丈夫か?」
息を大きく吸い込みすぎたのか、隣でゴホゴホと咳き込んだ彼の背中にそっと手を添え、数回背をさすった。
呼吸が整っていく様子を確認した後、広縁にあった椅子に彼を座らせた。
「…よし、萌黄。
今日から2泊3日、この旅館に泊まる訳だが…今から言うことは絶対守ってくれ」
俺も彼の正面にあった椅子に腰をかけると、真っ直ぐとした表情で義兄の目を見て言葉を続ける。
「まず、少しでも体調が悪くなったら言うこと。
旅行だからって無理して隠したりは絶対無しな。
隠したりしたら……怒るし泣くぞ、俺は」
出先での体調不良ほど不安なものは無い。
もし俺に気を遣って無理をさせてしまったら俺は自分を許せなくなるだろう。
だから前もってこれは伝えておこうと以前から考えていたのだ。
「…あと、何か食べたり飲んだりするのはなるべく俺と一緒の時にして」
かなり前の話にはなるが、萌黄の食事に薬を盛られた事がある。
あれから彼の口にする物には敏感になってしまった。出先で何か起こる可能性もゼロでは無いだろう。
家では台所も見張れるしいっそ俺が食事を作る事だって出来るが、ここではそうもいかない。
食事の時は側に居ないと俺が不安で仕方なくなると思った。
そんな彼の優しさに時折泣きそうになるのだ。
僕がどれだけ彼のことを思っていたって、どれだけ特別な存在だとしても、
それでも僕と朔は兄と弟でしかない。…それだけ。
(…おかしいな。僕にとって何よりも大切で愛おしい存在、それが朔なのに…どうしてかな。
ときどき、ぽっかりと穴があいたみたいに胸がすかすかして、落ち着かない)
小説の世界なら、あれこれと浮かぶ様々な言葉を使って情景を表現できるはずなのに、
どうしてか僕は自分の感情に名前を付けることがどうにも苦手だった。
そんな僕だからか、一番近くにいるはずの朔の心が、ときどき分からなくなってしまう。
朔は、己の感情や言葉を飲み込んで隠してしまうのがとても上手だ。
それは彼の境遇ゆえに自然と身に付いた…いや、きっと身に付けざるを得なかったもの。
そうして他者との距離をはかり、相手にとっての最善を瞬時に見極めて、
朔はずいぶんと世渡り上手になったと思う。
これもひとつの処世術、これも朔にとっては必要なことであって、僕がとやかく言えることじゃない。
それは分かってる、だからこそいつだって朔の心には僕が寄り添ってあげたい。
とまあ、朝から色々あって、一先ずはこの鬱屈ときた家から僕は朔と一緒に離れることが出来たわけだが。
彼の運転で温泉地へと向かう最中、勿論僕にとっては何もかもが新鮮なので
初めはしきりに視線をうろうろさせていたのだが、途中から眠気が襲ってきてしまって、
勿体ないことに、僕は温泉地に着くまでに車の中で眠りこけてしまった。
程なくして、車が停まったのに気づいてまだ少し重たい寝ぼけ眼を擦りながら、
僕は朔に促されるまま、彼が予約していた部屋に向かった。
そこはまさしく僕にとって好みといっても過言ではないほどの雰囲気ある和室と、
ベランダには露天風呂までついているではないか。
「わあっ…わあ…っ!!なんだろう、空気がおいしいっ!!」
先ほどまでの眠気なんてどこへやら、僕は幼子のようにはしゃいでは
窓を開けた朔の隣で思いきり息を吸う。
しかし、加減なく深呼吸するものだから思わず噎せてしまって、げほげほと咳き込んだ。
「…ん、大丈夫」
ぽん、と彼の頭に手を置いて笑みを浮かべた。萌黄が忘れて欲しいと言うのなら忘れてあげた方が良い。
みっともないだなんて微塵も思っていない。寧ろどんな姿だって見たいし受け止めさせて欲しいのに。
けれど此処で"忘れたくない"なんて言えばもっと彼を苦しめてしまうんだろう。
俺は彼にとって弟という存在でしか無いのだから。
朝から色々とあった訳だが、俺と萌黄は一先ず無事にこの家から離れることが出来た。
今は運転しながら温泉地へ向かっている最中だ。彼はまだ行ったことのない場所なのできっと仕事にとってもいい刺激にもなるだろう。
車を走らせて40分ほどだろうか。まずは予約していた老舗旅館へと到着する。
従業員に誘導され駐車場に車を止めた後、旅館への入り口へ萌黄と向い受付を済ませた後部屋へ案内してもらった。
庭に面している広々とした和室で、ベランダには露天風呂が付いている客室だ。
客室数も多すぎない旅館のため静かで落ち着ける印象がある。
従業員の方も丁寧な態度で改めてここにして良かったとしみじみと思った。
「は〜、落ち着けていいとこだな。
萌黄はどう?体調とか気分とか、平気か?」
窓を開けて空気を吸う。仕事からも家族からも離れているからなのか、いつもより空気が美味く感じた。
そして改めて萌黄の方を見て問いを投げかけた。
僕って本当にずるくてめんどくさい人間だと思う。
もしあそこで彼に素直になれていたなら、きっと彼にこんな顔をさせることはなかった。
分かってた、本当は今なら彼に頼ってもいいんだってこと。
でも、僕の中の何かがその衝動に身を任せることに待ったをかけるんだ。
萌黄と朔、兄と弟、血は繋がっていないけれど僕が心の底から大切に思い、そして
大事に大事に可愛がってきた、僕の可愛い弟。
けれど、僕たちはそれ以上にはなれない、なることは許されない。
例え、僕のこの思いが彼に対する兄と弟以上の感情なんだとしても、それを
彼に打ち明けることは許されないし、ましてや彼の特別になりたいだなんて
そんな烏滸がましいことは、僕は一生願ってはならない。
朔は、いつか僕なんかよりずっとずっと綺麗で可愛くて、美人で
気立ても要領もよくて、朔のことを心から愛してくれて、
ずっとずっと支えてくれるような、そんな人と結ばれないといけないんだから。
そこに僕の居場所なんて、ない。あるわけがないんだ。
(…羽をもがれた哀れな小鳥は、狭い籠の中で囚われ続けなければならないから)
それが、今の僕に課せられた運命、僕に用意された生き方だから。
でもどうか、叶わない夢を見ることだけは許してほしい。
―僕は、朔の隣で生きていたい。
「みっともないところを見せちゃったね。恥ずかしいから今のは忘れておくれよ」
たはは、と僕は少しだけ困ったように笑ってみせた。
18年間の時間を共に過ごし、ひと目見た時から彼に魅了された俺は萌黄のことをよく見てきた。
だから今の彼の反応も、違和感があるように感じた。
彼は仕事中以外で俺と一緒にいる時あは、よく喋るしよく笑っていると思う。
でも今みたいに突然饒舌になるのはきっと隠したいことがあったり、誤魔化そうとする時。
「…そっか。俺も嬉しいよ。
ああ、そろそろ出かけよう」
彼の頬に残った涙粒を親指で軽く拭い、俺も小さく笑みを浮かべる。
…表面上は笑っているのに、心の内はぐちゃぐちゃだった。
『もし俺が萌黄の恋人だったら。彼にとって俺がもっと頼れる男だったら。』
彼に頼ってもらえず、涙のワケも誤魔化されたような気がして悔しかったのだ。
どれだけ彼を好いていても、兄と弟という関係性から完全に抜け出す事は出来ない。
彼の"弟"という存在以上にはなれていないんだと身に沁みてしまった。
けれど人間の感情というものはいつの世も曖昧で不明瞭で不安定で。
頭では理解していても、僕の体が、心が、どうしたってままならない。
自分のことなのに、ちぐはぐで、なんとも乖離的で。
いつまでもこうしていても仕方ない。
何より彼にまた気を遣わせてしまっているから。
意思に反してはらはらと溢れる透明な雫をそっと手の甲で拭った。
それから、ぐいっと少し強めた力で彼の胸板を押して抱きしめられた腕の中から抜け出す。
正直、このぬくもりから離れるのはとても惜しい。
けれどこうでもしないと、ずっとずっと求め続けてしまって限りがないから。
「……はは、いやぁ参ったねぇ。これはあれかな?きっと朔とお出かけができることが
すごく嬉しいんだろうね、そうそう、感極まってってやつだよ。
悪かったね、それじゃ気を取り直して出かけるとしようか」
…こういうとき、僕はやたらと饒舌になるクセがあった。
このクセについては誰にも言っていないから、気にしなければ本当に些細なものだ。
まるで取り繕うみたいに、僕の内に巣くう黒い感情を無理やり抑え込んで。
そして僕は、いつもみたいにふわふわとした柔らかい笑みを彼に浮かべたのだ。
腕の中にいる彼は俺の問いかけに対して口を閉ざし、しばらく言葉を発しなかった。
こんな風に突然黙り込む事なんてあまりないので当然俺も不安に打たれる。
俺が問いかけて少し時間を置いた後、俺の服を裾を掴む彼の手が震えている事に気が付く。
そっと身体の距離を離し彼の顔の方へ視線を向けると、彼は静かに涙を流していた。
「……」
俺は何も言わず、再び彼を柔らかく抱きしめる。いや、何も言えなかったというのが正しい。
義理とはいえ兄弟。そして愛しい人でもある彼。
俺たちは同じ家で過ごしてきたというのに、それぞれで大きく異なった扱いを受けて生きてきた。
彼はきっと俺の知らない所でも酷い扱いを受けてきた。
俺は彼の痛みを想像することしかできない。彼の辛い気持ちを完全に理解してあげられない。
だからこうして今、彼が涙を流している理由を明確には分からない。
だからこそ、気軽に『大丈夫だよ』『泣かないで』なんて言葉をかけてあげることが出来なかった。
『どうしたの』と聞く事は簡単だ。でも今はただ彼の気持ちが落ち着くまでこのまま抱きしめてあげたかった。
相手の全てを理解することなんて人間には不可能だと分かっているのに
傍にいて、どれだけ彼を想っていたとしても彼の気持ちを理解しきれないことが
もどかしくて苦しかった。
たしかに僕の中に蟠る不安や、彼には言えない後ろ暗い感情。
けれど、そんな思いを抱えたままこれから彼と楽しむことなんて、きっとできない。
それに許されるわけがないと思った、これは彼にとって失礼になることなんだと。
きっと弟はとても賢くて聡い子だから、僕のことを一番に考えてくれるし
何よりも優先してくれる、それは今までだってそうだったし、そしてそれは
きっとこれからこの先だってそうなんだろう。
どうしよう。
何か言わなきゃ、言わなきゃ、じゃないとまた僕は弟のことを不安にさせてしまう。
そう思って口を開きかけた僕に、彼は「外に出るのが怖いのか」と問いかけた。
外に出るのが、怖い??いやいや、そんなはずはない。
だって僕はこの閉ざされた狭い狭い鳥籠の中で、きっと誰よりも
外の世界に飛び立つことを願ってる。
だから怖くなんてない、そう言えばいいのに、なのに。
僕はすぐにその問いかけにこたえることができずにいた。
外の世界に飛び立つことをもう何度夢見たことだろう。
そしてその時僕の隣にいるのは、僕の最愛の弟だった。
これ以上ないくらい、幸せなはずなのに。
僕は周りの人たちから忌み嫌われて、生きることすら許されなかった。
僕の母親は、ひどい扱いを受けて死んでしまったらしい。
僕は生まれたときからこの身に重たい枷と鎖を嵌められていた。
罪という十字架を背負っていかなければならない僕が、
彼と幸せになってもいいのだろうか。
あまりにも、身のほど知らずなのではないだろうか。
どうしたって、僕のいる場所はこの狭く閉ざされた鳥籠の中だけなのかもしれない。
「………っ」
はくっ…と自分の口から漏れた吐息は妙に熱を孕んでいた。
彼の服の裾を掴む僕の手は震えていた。
そして、はらはらと僕の目から溢れる透明な水が、僕の頬を濡らした。
このままじゃ、いつまで経っても萌黄にとって俺はただの弟でしかない。
恋愛対象として見てもらえる訳がない、と焦っていた時期もあった。
その頃からだ。少しでも年上の彼に追い付きたくて、外では冷静で落ち着いた自分を繕うようにした。
だが今もつい声を張ってしまったり、やっぱりこの人の前だと冷静さを欠いてしまう。
でもそんな俺でもこうして受け止めてくれる彼のことが愛おしかった。
彼を腕の中から解放し、そろそろ家を出ようかなと考えていた矢先
ギュッと、軽くだが袖が引っ張られる感覚がある。
袖を掴むのは当然彼なのだが、理由がパッと頭の中に浮かんでこない。
ただ意味もなく袖を掴んでいるとも思えず、今度はそっと優しい力加減で
再び彼を自分の腕の中に閉じ込めた。
「どうした?………外、出るの怖いか?」
1つ頭の中で浮かんだのは、彼が外に出ることを不安に思っているということだ。
初めての遠出は勿論、楽しみでワクワクもするだろうが、同じくらい不安も感じていたかも知れない。
俺は彼の気持ちを想像することしか出来ないが、きっと心配もしているんだろう。
僕が素直な気持ちというか、弟のためだよ、って言ったら
開口一番に弟は声を上げて僕の体を抱きしめた。
弟のそんな素直な行動にも驚いたけど、珍しく彼が大きな声を上げたことにも驚いた。
弟は年の割にずいぶんと落ち着きがあるほうだ。
僕みたいにおっちょこちょいみたいなところもないし、好奇心に負けて後先考えずに
行動するようなこともなく、常に周りを見て、的確な判断ができて、気遣いもできる。
きっと弟みたいな人のことを、イケメンだとか出来る人間とか言うんだろうな。
正直、そんな弟と並ぶ僕は劣等感を感じたことがないといえばそれは嘘になる。
けれど、僕には彼に劣等感を感じることすら烏滸がましいことで、僕みたいな人間は
この先も彼と同じ土俵に立つことすら許されない。
いつか、この息苦しい籠の中から飛び去ってしまいたい。
叶うなら、その時僕の隣にいるのは他の誰でもない、最愛の弟であってほしい。
もう何度も何度も数えきれないくらい願ったことだ。
きっとそんな僕のいちばんの願いを聞いてくれるのは、弟しかいないんだって、
勝手に期待して、でもこんな僕なんかと一緒じゃ弟は幸せにはなれないのかもと
必死にこの願いを心の奥に仕舞おうとした。
ねえ、僕のたった一人の大切な大切な弟。
きみは、こんな僕のことも必要としてくれるのかな。
そんな切なる願いと共に一抹の不安を覚えた僕は、離れていく彼の腕に
すがりつくように、ぎゅっと彼の服の袖を握った。
俺が1番欲しかった言葉をくれたから、驚きにも近いような喜びを感じた。
「っ嬉しい!!」
驚きと嬉しさが半々の表情を浮かべ、柄にもなく声を上げてしまった。
嬉しい、なんて一言じゃあ表現出来ないほど大きな感情。
この嬉しさを言葉だけじゃ伝えきれなくて、ギュッと長い時間彼を抱き締める。
彼の言葉に恋愛感情が含まれているのかは分からない。それでも、はっきりと言葉で
俺に喜んでもらいたい、と言ってくれた事が嬉しくて。
沢山俺のことを考えて用意をしてくれた彼の姿を想うだけで、懐かしい思い出のようにいとおしく感じた。
…この可愛い人を閉じ込めてしまいたい。
早く家を出て2人の旅行に向かうべきなのに、気持ちが高揚しているせいかそんな考えがふと思い浮かぶ。
いつかは彼を自由にして、広い世界を見せてあげたい。それは本心だ。
だが外の世界を知れば、彼はもっと沢山の人と出会う。俺ではない誰かに恋をしてしまうのではないか。
彼が俺の知らない奴と並んでいる姿を想像するだけで、暗い嫉妬を感じてしまう。
自由にしたいのに、俺だけの萌黄でいて欲しいから閉じ込めてしまいたい。
俺の我儘な気持ちが、そんな矛盾を生んでいた。
「…強く抱きしめすぎた」
高揚した気持ちが落ち着いた所で、俺はしゅんと申し訳なさそうな表情を浮かべて
彼を腕の中からそっと解放した。
けれど、まるで弟の時間だけがとまってしまったみたいに、彼が動きを止めるものだから
僕はだんだん不安になってしまった。
もしかして、僕の格好が何かおかしかったのかな、僕みたいなのが、
この日を楽しみにしちゃいけなかったかな、僕なんかが、僕なんかが、と
ぐるぐると不安の渦が思考を支配していく。
しかし、そんな僕の不安は他でもない彼の一言で一瞬で吹き飛んだ。
"いつも以上に可愛い"…彼はたしかにそう言ってくれた。
それって、いつもの僕のことも可愛いって思ってくれてて、そんな僕が、
今日はずっとずっと可愛いってことだよね??
そんなの、もうどうしようもないくらい嬉しいに決まってる。
もうちょっとよく見せて、と彼が次第に僕との距離を詰めて、弟の大きな手のひらが
僕の頬に優しく触れる。
そんな弟の何気ない言葉と、何気ない行動に、僕は思わず心の内が口から漏れてしまった。
「…僕…僕ね、この日をずっとずっと楽しみにしてたんだ。それに…朔と隣に並んでも
おかしくないように、僕なりにすごく考えたんだよ。…朔に喜んでもらいたくて」
そう言って、えへへ、とつい照れたような感じではにかんだ。
そう、僕がこの日のためにいつもより早起きして、頑張っておめかししてみたのも
全部、全部、大好きな弟のためなんだよ。
きっと、こんなこと言ったら弟は迷惑かもしれないけれど、それくらい僕には
弟と一緒にいれる時間は大切なものなんだよ。
何より大切な弟との、何より大切な時間を台無しにはしたくなかったから。
僕は僕なりに、必死に必死に考えたんだよ。
だから…喜んでもらえたら、いいな。
そんな淡い期待を込めて、僕は少し遠慮がちに、彼のほうを見つめた。
振り向いて俺の方を見る義兄を見て、思わず息の止まるような心持ちになる。
俺はまた、彼の"白"に目を、心までも奪われる。
窓から差し込む朝日を浴びる彼の髪の息を呑むような美しい白さには、簡単には人を寄せつけない、神話的と表現してもいいほどの毅然とした空気が漂っているように思えた。
扉の取手に手をかけたまま、俺はしばらくそこから動く事が出来なかったが
不安そうに「どうしたの」と言いたげな表情を彼がしたところで、彼に夢中になっていた意識が戻ってきた。
「…おはよ。なんか今日、いつも以上に可愛い。…もうちょっとよく見せて」
扉に手を掛けた状態で、部屋の入り口で止めたままにしていた足をようやく動かし
ご機嫌そうに表情をなごませながら彼へと近付く。
彼との距離を詰め、近くで彼を愛おしみながらそっと彼の頬に手を添えた。
毎日のように顔を合わせているからこそ分かるが、今日は何時もよりも身支度に時間をかけたのだろう。
いつも彼を綺麗だとは思うが、今日は格別綺麗に思える。
初めての外泊が楽しみだから、という理由でしっかりと準備をしたのかもしれないが
…もしかすると俺のためだったりして。
可能性は低いにしても、俺の中でそう思うだけタダだろう。
でも、もし本当に俺のために頑張ってくれたのなら、"嬉しい"なんて一言では表現出来ないほど俺はきっと幸せな気持ちになってしまうに違いない。
その間も僕は柄にもなくずっとそわそわしてしまって、全然落ち着きがなかった。
気持ちを落ち着かせようと筆をとってみても、全く身に入らなくて
むしろかえって、彼と早く出かけたいという気持ちが膨らむばかりだった。
こんな幼子みたいな僕のことを、あの子が知ったらきっと笑うだろう。
もしかすると、童子が遠足を楽しみにして、夜が眠れない、なんていう気持ちも
今の僕とおんなじなのかな、なんて思ってしまって。
さすがに、楽しみすぎて夜も寝れなくて当日寝不足だということは絶対に避けたいので、
僕は無理やりにでもどうにかこうにか夜を過ごした。
そうして、今日。
待ちに待った、大好きな弟と出かけられる日がやって来た。
この日まで、僕のために弟がいろいろと手を回してくれたらしい。
あの人たちのことだから、僕が外に出ることはなかなか許してもらえなかっただろうな…
そんな気苦労を弟にかけてしまったことへの罪悪感と、それでも僕のために
頑張ってくれた弟への多幸感と優越感に、僕は喜びを抑えずにはいられなかった。
「…おかしく、ない…よね?寝癖とかもちゃんと確認したし、いるものとかもちゃんと確認した。
僕…大丈夫かな?ちゃんと、朔の隣を歩けるかな…?」
そんな風に僕が姿見の前で入念な最終チェックをしていると、
部屋の扉がノックされて、弟が顔を覗かせる。
僕は思わず、びくっとして、おそるおそる弟のほうに顔を向けた。
本当は翌日直ぐにでも彼と出掛けてしまいたい衝動に駆られたがそう簡単には行かず。
会社からは休日絶対に連絡が来ないように仕事の整理はしたし、勿論宿泊先もきちんと確保した。
あの日体調を崩した時はかなり心配だったが、昨晩も義兄の体調も良さそうで今日からの外出も問題は無さそうだった。
後は彼が外泊する事について、家の人間に説明も既にしてある。
最初こそ否定に猛反対の嵐だったが、最終的には"外に出ていない義兄を可哀想に思った義弟が一緒に出掛けてあげる"という風に受け止めたらしい。了承の返事は貰ったが納得している表情には見えなかった。
萌黄が外の世界に出ることは嫌がる癖に、俺には「良い子だね」なんて言葉を放つ両親には腹の底が煮え立ってしょうがなかった。
朝8時。俺は既に準備を終えて後は家を出るだけの状態だった。
荷物を持ち彼の部屋へと足を向け、2回ノックしてから扉を開ける。
「おはよ。そろそろ家出るぞ」
何を、と思考が作動するより前に、そっか、今僕は朔に抱きしめられているんだと
先に僕の体が理解した。
きっとこれはなんてことはない、思わずとかたぶんそういうのだと思う。
けれどこうして、人肌に触れる機会はほとんどないから、とても新鮮に思えた。
それでも、嫌悪感なんてまるでないくらい、心の底から嬉しいと思えるのは、
相手が他ならぬ愛おしい弟だからだろう。
どうしたって、僕の心を惹き付けるのはこの世できっと彼一人だ。
これまでも、そしてこれからも。
(朔も僕と同じ気持ちなんだ…なんだろう、すごく嬉しいのに…心が締め付けられる)
朔は僕にとって、可愛い可愛いたった一人の弟。
それ以上でも、それ以下でもないはずのに、どうしてか、僕は気づけば朔のことばかり。
これはあれだな、きっと僕が他者との関わりに免疫がないからだ。
こうして僕のことを気にかけてくれるのは彼だけだから、きっと僕はそれに甘えてるだけ。
本当はもっと兄らしく、年上らしく振る舞いたいんだけど、
どうしても弟の前だと僕はすぐに瓦解してしまう。
「うん、楽しみ。朔としたいこと、いっぱいある…沢山、楽しもうね」
そっ…と、弟の右手に自分の両手を重ねて、ぎゅっと優しく握ると
ふにゃり、と笑みを浮かべた。
何事かと思い軽く目を見開き彼の方へ視線を向けると、そこには可愛らしい萌黄の姿があった。
基本的にふわふわとしている彼だからこそ、こんなにも心躍らせている姿を見てとても嬉しく感じた。
愛おしくて嬉しい筈なのに、その姿を見て心がキュッと締め付けられる。
深く考える前に俺の身体は自然と動き、気が付けば義兄のことをギュッと力強く抱き締めていた。
幼い頃こそ体調もかなり不安定だったので、俺も彼に外の世界を見せたいと思いながらも遠くへ行くことを勧めることは出来なかった。
俺が学生の頃や社会に出たばかりの頃は、彼の体調も昔よりは安定しつつあるのを知っていたのに俺の力が無く遠くへ連れ出す事が出来なかった。
今の俺ならまだ家を飛び出すことは出来ずとも、義兄と一緒に少しの間家を離れることは出来る。
「…っ、………俺も、萌黄としたいことが沢山ある。
温泉、楽しみだな」
最初こそ言葉に詰まってしまい彼の首元に顔を埋めていたが、数秒すると気持ちも少し落ち着く。
そっと距離を離し笑って彼に言葉をかけた。
ああ、早く休みが来てほしい。誰にも縛られない場所で彼を占領する時間が来ることが待ち遠しい。
そんな浮き足出つ気持ちとは別に、毎日彼がこんな風に自由に笑えるように、少しでも早くこの家から出られるように努力しようと強く心に誓った。
実は僕はお泊まりというものをしたことがなかった。
この閉鎖的な空間の中では、僕はまさにかごの鳥そのもので、両親も親戚も使用人でさえも
僕が外の世界に出ることは許してくれなかった。
だからこそ、僕は外の世界のことをもっともっと知りたいと思うようになった。
叶うなら、その隣には弟も一緒がいい。
大好きな弟と一緒なら、どこにいたってきっと楽しくて、幸せだろうから。
思わず、僕は目を輝かせて、ずいっと体を少し乗り出す。
ちょうど彼と僕の食べ終えて空になった器がからんっ、と少し音を立てた。
「ねえねえ、朔!!僕ね、お風呂上がりにフルーツ牛乳を飲むというのをしてみたいんだ!!
それとね、温泉饅頭も食べたいし、温泉たまごも食べたい!!
ゲームもしてみたいし、卓球っていうのもしてみたい!!えへへ、沢山したいことがあるんだ!!」
へにゃ、と眉を下げて顔を緩めて僕はあれもこれもと弟におねだりする。
きっと今の僕はすごくだらしない顔をしているに違いない。
表情筋が緩みに緩みきっているのが分かるもん。
でもどうしたって嬉しくて嬉しくて、仕方ないんだ。
他でもない、弟と一緒に何か出来るというのが幸せなことのように思えた。
逸る気持ちを抑えながら、早く休みがきてほしいと僕は熱望した。
こういう時、自分の行きたい場所を選んでくれれば良いのにも関わらず、この人は俺の事も考えてくれる。
どこまでも俺を"弟"として大事に想ってくれている。
それが嬉しくて堪らない筈なのに、弟以上の存在として見てもらえないこの状況を歯痒く思う自分も居た。
「温泉か…いいな。
温泉に行くんだったら泊まりでも良いかもな。」
義兄の体調が良ければ宿泊するのも良いだろう。
この辺りはあまり温泉がないし、遠出する事にはなる。
日帰りにして慌ただしく帰るよりは、1泊でもしてゆっくり過ごした方が彼には負担が掛かりにくい筈だ。
「…俺も。萌黄と一緒なら何でも楽しいし、嬉しいよ。」
柔らかな笑みを浮かべる彼を見て、釣られて自分も小さく笑みを浮かべた。
こういった会話を交わす度、早く2人で家を出たい気持ちが更に強まる。
今の俺じゃまだお前を此処から連れ出す事は出来ないけど、いつか必ず一緒に此処から飛び出して
もっともっと、沢山外の世界を一緒に見て回ろう。
「ご馳走様。じゃあ温泉とかは色々調べておくから…お前は体調気をつけること。
食事抜くのも駄目だからな?」
丁度うどんも食べ終わり両手を合わせる。
口では義兄に念の為注意をしてはいるものの、内心の俺は結構浮かれていた。
初めて彼と2人で温泉に行くんだ。早く休みが来てほしくてたまらない。
ふと弟が箸を置いて、僕に声をかけた。
…うーん、言われてみると彼の言う通りこのところ外に出るようなこともなく、
ずっと部屋に篭って紙と向き合っていたような気がする。
体調が良かったら、今度の休みに彼と一緒にお出かけができるかもしれないというのは、
僕にとってはこれ以上ないくらい、ご褒美のようなものだ。
「え、いいのかい?じゃあね…僕は温泉に行ってみたいな。
ほら、温泉って日頃の疲れとかをよく癒してくれるというだろう?朔にももってこいだと思うんだ」
彼とゆっくり温泉に浸かったあとは、散策がてら街を巡りたい。
あいにく、桜の時期は過ぎてしまったけれど、今は気候も暖かくなってきて
草花も綺麗に咲いているだろうから、きっと楽しいに違いない。
美味しいものも、食べたいな。弟と一緒ならもっともっと格別だろう。
彼の提案に膨らむ期待に胸を少し弾ませながら、僕はにこっと笑みを浮かべて弟を見る。
もちろん、彼と出かけられるというのは嬉しいし、楽しみなのだが
僕としてはもうひとつ楽しみなことがあった。
それは、僕が表舞台で小説家をしている傍ら、実は官能小説も執筆していること。
モデルは何を隠そう、僕の目の前で美味しそうにうどんを啜る、この可愛い弟だ。
官能小説を書いていることは弟にも内緒にしているので、
此方は僕だけのひっそりとした楽しみだ。
「ふふ、楽しみだなぁ。朔と一緒ならどこだって僕は嬉しいよ」
ほわっ、と柔らかい笑みを浮かべながら彼を見つめて僕はそう言った。
「そういえば、お前最近ずっと部屋に篭りっぱなしだろ。
また今後休みの時、体調良かったらどこか一緒に行くか?」
小説家である義兄は、病弱体質故に基本外出をすることはないのだが、仕事の関係で体調の良い日も自室に篭っていることが殆どだ。
彼は小説家をしている。昔から本を読んだり自分で話を書いており、昔は義兄の書いた話を良く読ませてもらっていた。俺自身、彼が書く話は好きだし、彼が一生懸命仕事に取り組んでいる姿も好きだ。
けれど家に篭りっぱなしというのも身体には良くない。だからもし義兄の行きたいところがあれば、一緒に出掛けたいと前々から考えていたのだ。
ここ最近で気温もかなり暖かくなり始め、寒暖差も減り始めたため、体調も寒い時期よりかは安定しやすいだろう。
もちろん彼の仕事には期限が付きものだろうから、無理にとは言えないが。
「体調良さそうなら遠出するのも良いだろうし…
もし小説の参考になりそうな場所とかあるなら、一緒に行くから遠慮なく言えよ。」
小説家や漫画家といった職業は創造や発想力が大事だと聞く。ヒント探しに外出する人も多いらしい。
今彼がどんな話を書いているかまでは把握していないが、もし何か興味のある場所があるのであればそこに行くことも良いだろう。
彼と出かけることが楽しみで頭の中で想像を膨らませながら、俺は再び箸を手に取り
麺が伸びる前にうどんを食べ始めた。
部屋の中へと入ってくる。
彼は慣れた様子で食事ができるテーブルのほうに向かうと、僕に椅子に座るように声をかけた。
いそいそ、と椅子に座って彼のほうへと目を向けると、弟は何やら居ずまいを正して僕を見ている。
なんだろう、と思っているとおそらく彼なりのほんの少しの遊び心だったのだろう。
まるで執事のような丁寧な口調と仕草に、
僕は一瞬ぽかんとしたけれど、すぐにふふっと笑いが漏れた。
「……なんだい、それ。朔が執事さんなんてなんだか似合わないなぁ。可愛いけれど」
僕は笑みを浮かべつつも、内心はまるでナイフで柔い心臓を突き刺された気分だった。
一瞬だけのお遊びであったとしても、"萌黄"としてではなく、"鶯ヶ﨑家の人間"として、
見られたような気がして、僕は途端に弟に突き放されたような心地になった。
違う、違うよ、弟。僕は"萌黄"できみの"兄"なんだ、どうか僕からそれを奪わないで。
僕はぐちゃぐちゃの感情が入り乱れるこの胸の奥に雑に蓋をして、
もう一度弟に笑みを浮かべると、手渡された箸を受け取る。
「わぁっ、本当にいい匂い。朔が作ってくれたおうどん、冷めないうちに食べなきゃね」
僕は弟と一緒にお互いに手を合わせると、弟との大切な時間(しょくじ)を始めた。
「ん、さんきゅ」と軽く感謝を告げて部屋の中へスッと入り、食事が出来るテーブルがある方へと足を向ける。
義兄に椅子に座るよう声をかけた後、俺は唐突に姿勢をピシッと正し、遊び心を込めてこう言った。
「お待たせいたしました。ご要望の出汁が沁みたおあげとうどんで御座います」
まるで執事のような態度と丁寧な仕草で彼の前にうどん鉢を置く。
別に深い意味なんて無いが、これで萌黄がちょっとでも笑ってくれたら…と思っているくらい。
家にいると気軽に話せる相手も居ないだろうし、こうして一緒に過ごせる時間、彼には嫌な事を忘れるくらい幸せで楽しいと思って欲しいのだ。
…ただこういうちょっとしたおふざけはまあり慣れていので、自分で初めておきながら可笑しくなってしまい
真面目な表情を維持しようと思っていたがうどん鉢を置いた後にはふっと笑みを浮かべてしまった。
「はいこれ箸な、……じゃ、食べるか。いただきます」
唐突な一瞬限りのお遊びは直ぐに終了し、素に戻った俺は義兄へ箸を渡す。
彼の正面の位置に自分の分のうどん鉢と箸を置き椅子へと着席した後、お互い両手を合わせ食事を始めた。
さきほどまでずきずきと痛んでいた頭も、今はいくぶんか治まってきた。
きっとこれは、優しい弟が僕のことを沢山気にかけてくれたからかな。
…僕は、弟に、朔にすごく甘えてしまっている自覚はあった。
両親、親戚、果ては使用人たちにまで日々蔑まれ虐げられる僕のことを
朔は何度も何度も助けてくれた。
正直、僕の扱いなんて生まれたときから決まっていたのだろう。
忌み嫌われるこの色の違う双眸と、何の役にも立てない弱くて儚い病弱な体。
きっと僕は、この命が尽きるまで周囲から搾取されて
圧倒的弱者として生きていかなくちゃならないんだろう。
そんなとき、僕は決して朔の足枷にだけはなりたくなかった。
だから、どうか、朔にとって僕の存在が邪魔だと思えたそのときは、
他でもない朔の手で、僕のことを"殺して"ほしい。
「……本当、重いよね。でも仕方ないんだもん、僕にはあの子しかいない…
僕の世界には朔だけなんだもんね…朔が僕の世界に色をつけてくれたんだよ…」
ぽつりぽつり、静かな声で一人呟いて
眉を下げて俯くと、少しだけ自嘲じみた笑いが漏れた。
鏡台の前に行き、鏡を覗く。
よし、おかしな顔はしてないな、あの子が戻ってきても大丈夫。
いつも通り、いつも通りの穏やかな兄として振る舞えると思うよ。
そう思いながら、ぺちっと両頬を手のひらで軽く叩いていたら、
弟が戻ってきたのか、部屋の前から扉を開けるように頼まれた。
「はいはーい、今開けるよ~」
てこてこ、と僕は声のするほうに向かい、弟を部屋に迎え入れに行った。
義兄の要望を聞き軽く首を縦に振った後彼の部屋を後にする。
まずはマグカップの破片を包んだ新聞紙を片付けようと思うが、足が向かう先は自室。
自室に着くと新聞紙を机の上で一度開き、破片を1つ取り出すと再び残りの破片を新聞紙で包んだ。
俺も義兄との思い出を残しておきたくて、一欠片だけ自分のために残しておこうと思ったのだ。
その後残りの破片は片しキッチンで俺と萌黄、2人分の食事の用意をする。途中使用人に声を掛けられたが「自分でやりたいから大丈夫だ」と手伝いは断った。
家の中では萌黄を虐げる家族や使用人には必要以上に自分から話しかける事は基本しない。だからと言って話しかけられて攻撃するような態度を取る事はせず適度な距離感を保っている。まだ俺には力が無いからだ。
今の俺1人ではまだ萌黄のことを救うことは出来ない。いつか俺が萌黄を連れて家を出るその願いが叶う時まではどれほど憎い相手だとしても俺は彼らを最後まで利用し続けるだろう。
数十分程度だろうか。うどんを盛り付けをし、両手に一つずつうどん鉢と箸を持った状態で再び義兄の部屋を目指した。
両手が塞がっており部屋の扉を開ける事が出来ないため、彼の部屋の前に着くと扉の前で声をかける。
「悪い萌黄、ドア開けれるかー?」
今目の前にいる弟はたしかにニコニコと笑顔ではあるのだけど、
なんていうかその笑顔がこわい。
更には先ほど僕が口にした言葉をそのまま復唱するから、余計にこわい。
(ありゃ、これは怒らせてしまったかな??)
なんて思いながらも、内心はとても嬉しかったし、喜ばずにはいられなかった。
だからかな、僕はついつい頬が緩んでしまって、いつものほわほわとした
どこか掴みどころのないような、柔らかい笑みを浮かべた。
"食事はしっかり摂るように"
これは、いつも弟が僕に口酸っぱく言う口癖のようなものだ。
僕は、病弱ではあるものの、とても不規則な生活をしている自覚があった。
それに加えて、何かに没頭すると他が疎かになりがちなタイプ。
それゆえに、食事を抜いてしまうこともよくあって、こうして弟に注意されるのだ。
食事は体の資本、とは本当にその通りらしくて、何も口にしていない日に限って、
物凄く体調を崩してしまったりするので、これはそろそろ改めるべきなんだと思う。
とはいえ、それでも弟がその度に僕のことを気にかけてくれるから、それが嬉しくて、
ついつい彼を試すようなことをしてしまう。
「今日はごはん食べた?」って聞かれても、すぐに、「何も食べてないかな?」なんて、言ってしまう。
心配させてしまってるのは分かる、これが彼の迷惑になっていることも。
でもやめられなくて、もっと僕のことだけを気にかけてほしくて、繰り返してしまうのだ。
「そうだなぁ…あ、おうどんが食べたい。お出汁のたくさん染みたおあげとおうどんがいいな」
食べたいものは?なんて聞かれたから、少し考えてから僕はそう答えた。
今はね、あったかいものを、弟と一緒に食べて、あたたまりたいな、とそう思ったから。
「……"今日は何も食べてないかも"?」
俺はニコニコと目を細め満面の笑みを浮かべた俺は彼が口にした言葉をそのまま復唱する。
内心憤怒しているものの自分で笑うことでなんとか中和しようと笑顔を浮かべた。
俺の義兄はこのように抜けている所がある。
勿論彼の抜けている性格については把握しておりこれまで数え切れない程似た経験はあるが
身体が病弱なのだから食事はしっかり取って欲しいというのが俺の願いだ。
「…ふう。食事はしっかり摂るように言ってるだろ」
ただ本人に悪気は無く、本当に時間を忘れ食事を取ることも忘れてしまったんだと
重々承知しているからこそ、怒る気は特に無く代わりに俺は一息ついた。
ただ食事に関してはきちんと意識して欲しいという願いから注意だけは彼に伝える。
「調子良くないし何か消化いいもんにするか…ちなみに萌黄の食いたいものは?」
今日は義兄の調子も良くないため身体に負担をかけすぎない様、消化のいい食べ物が好ましいが
彼に何か食べたいものがあればそれを踏まえてメニューを決めようと考えていた。
割れた破片を片付けるための道具を持って。
彼は特に気にした様子もなく、片付け道具を用いて、粉々に割れてしまった破片を
ささっと集めて、それを新聞紙に包む。
その一連の動作を僕は目を離すまいとじーっと見つめていた。
これでいよいよあのカップとはお別れなのか、と思った僕はなんだかとても寂しくなって、
ふらふらと朔のところに向かうと、もそもそと新聞紙の中を漁る。
「これ、ひとつだけ貰ってもいいかな?僕の…思い出をなかったことにはしたくなくて」
小さな欠片を手にとって、きらきらと顔の前に翳す。
なんてことはない破片だけど、僕にとっては朔との思い出が詰まった大切なものだ。
僕はその破片を、小さな巾着袋に入れた。
これできっとなくしたりはしないはずだから、ひとまずは安心だ。
「お夕飯…そういえば僕今日は何も食べてないかも…
そっかぁ、だからこんなにお腹がすいてるんだね。やらかしてしまったねぇ」
朔に夕飯のことを訊ねられて、そういえば、と自分のお腹を手のひらで擦る。
今の今まで何も食べていなかったお腹は、空腹を訴えるようにくるくると鳴き始めた。
それもそうだ、大好きな弟が一緒に食べようと言ってくれたのだから。
もしかすれば今回こそ俺の気持ちが伝わっているんじゃないか。と俺は儚い希望を胸に抱いていた。
駄目だと思った時こそ案外上手くいったり…なんて良くある話だ。
部屋に戻ったら萌黄が俺を意識した顔を向けてくれる展開になる可能性だって0パーセントではない。
俺はほんの少し、ドキドキと胸を高鳴らしながら扉のドアノブをギュッと力を込めて扉を開いたが
そこにはほんわかと嬉し気に笑顔を向けてくれる萌黄の姿があった。
…限りなくいつも通り。いつも通り可愛いが別に俺を意識している様には見えない。
(そう簡単には行かないか)とまだ少しだけ肩を落とした。
片付け道具を用いて破片をさサッと集めたのち新聞紙でそれらを包む。
この家には使用人も居るため本来は彼らに片付けを頼むがこの家には義兄を批判する者ばかり。
出来る限り萌黄に近付かせなくないという思いがあった、
「これ置いてくるから…そうえばお前夕飯食べたか?まだだったら後で一緒に食べよう」
破片を包んだ新聞紙と片付け道具を運ぼうと思い部屋を出ようとする前、彼に問いかけた。
ふとしたときに見せられる、朔の男らしい部分は、なぜだか僕の鼓動を少しだけ早くさせる。
(まただ…これ、なんだろう。心不全とかかな。やだな、僕まだ死にたくない…)
そんなことを考えていると頬に添えられていた彼の左手の指先と、
僕の右手の指先とが絡められる。
そして、優しく彼のほうに僕の体が引き寄せられる。
こんな風に簡単に僕は、朔の胸のなかにいれてもらえるんだと思うと、なんだか優越感と
同時にとても嬉しいという感情がこみ上げてくる。
でも突然どうしたのかな、と思っていると、その指先に小さなリップ音を鳴らしながら
優しい口付けが落とされたのだ。
なぜ、どうして。
そう聞きたいけれど、なんとなく聞いちゃいけないような気がして
僕の口からは掠れるような吐息が漏れるだけだった。
そのあと、朔は割れてしまった破片を片付けるための道具を持ってくると部屋を後にした。
そのまま、部屋に残されてしまった僕は、先ほど朔の唇が触れた自分の指先に
そっと唇を寄せた。ふわり、と毛ぶる睫毛がかげを落とすように瞼をゆっくり閉じる。
「…いつの間にか朔も立派に育っちゃったな。ふふ、育ち盛りというやつだね。
僕の指をかじりたかったのかな…?お腹すいてるなら何か作ってあげたほうがいいかな」
よっこいしょ、とふらつく体を起き上がらせて、ゆっくり立ち上がると
とことこと戸棚のほうに足を運んだ。
まだ気怠そうな様子の義兄が心配。今はただそれだけの気持ちだったと言うのに
こんな些細な動作でも俺の感情はすぐ彼への恋心でまた埋め尽くされる。
多分彼にとってはなんてことない動作で、意識してしている行動ではないのであろう。
だからこそ、彼の動作1つ1つに惑わされ自分ばかり起伏が激しくなることが少し悔しい。
頬に添えていた左手の指先を、彼の右手の指先と絡める。
力加減には配慮しながらも指先で絡め取った彼の右手を自分の体の方へと奪い寄せる。
そして軽くチュ、と小さなリップ音を鳴らし指先へと口付けを落とした。
「なら良かった。…破片片付ける道具持ってくる」
軽い口付けの後絡めていた指先は自然と解けた。
"愛しい"の気持ちを込めて小さくも柔らかな笑みを義兄へ向けた後
破片を片付ける道具を取りに行くため部屋を後にした。
俺の気持ちをもっと理解して欲しい。もっと今以上に俺のことだけを見て
考えて欲しい。俺のことで一喜一憂して欲しい。
そんな子供のような感情から先ほどの行動に出た訳だが、これまで何年猛アタックを
続けても全く気持ちが伝わっていないため正直これくらいのことでは彼にはまた
何も届いてはいないのではないかと少し肩を落とした。
もちろん、それは嬉しい、また彼が僕のことを考えながら見繕ってくれるのは。
けれど彼の言う通り、このカップを直せるのなら直してあげたかった。
もちろん朔だって、僕がこのカップを好んで愛用していたのは知っていたと思う。
だからこそ、僕はそんな宝もののようなものがひとつ壊れてしまったことが
思った以上にショックだったらしい。
けれど、ここで「嫌だ、これがいい」と駄々をこねても仕方ない。
僕は眉を下げて、困ったような笑みを浮かべると、顔をあげた。
「…うん。そうだね。また朔が選んでくれると、うれしいな。楽しみにしてるね」
破片を片付けようとする最中、朔は再び僕のほうに向き直り、頬に手を添えて額に右手を当てる。
どうやら熱があるかどうかを心配してくれているみたいだ。
とはいえ、今回のものはきっとよくある突発的なものだろうから、少し休んでいれば
すぐに治まるものだろうと僕は思っていた。
少し体が気だるい気もするけれど、寒気もないし、ぼーっとする感じもない。
「大丈夫だよ。頭が痛くてちょっと体が怠いくらい。ここで休んでいれば良くなるよ」
頬に添えられた彼の手に自分の少し小さい手を重ねて、すりっ…と頬を寄せた。
自分もその方向へ視線をズラす。視線の先には先程床に落ち割れてしまったマグカップの破片が。
あのマグカップは俺が萌黄にと買ってきた物だった。見かける度使ってくれたため、愛用してくれていたのは知っている。
この人は優しいから申し訳ないと思っているだろうし、愛用していたものが壊れたことに
対しても心を痛めているんだろう。
「もう少し綺麗に割れてたら直せたんだけどな…また買ってくる」
新しく買えば良いとは思っていない。直せる物は直した方がいい。だが今回は粉々に割れてしまっていて修復が難しそうだったため、また萌黄に合いそうなマグカップを見つけたら買ってきてやろうと思いそう伝えた。
「破片は俺が片付けるからお前はそこ座ってろな。……頭痛いって熱とかないよな?」
マグカップの割れた破片を片付けようと中腰の姿勢を戻そうとするがまたふと義の体調が気にかかる。
突発的な頭痛で酷い症状では無く安心したもの、やはり油断はならない。
左手は義兄の頬にそっと添えゆっくりとこちらに顔を向かすよう動かすと右手で彼の額に触れる。
「ん…熱はなさそうか?寒気とかぼーっとしたりは?」
正確には分からないが熱は無さそうに思える。ただ念のためにと体調に問題はないか彼に問いかけた。
とっさに彼のたくましくて頼りがいのありそうな、男らしい腕に抱き留められる。
そのまま、ゆっくりと先ほどまで僕が座っていた椅子に腰掛けさせられる。
こういうことは、別段珍しくもない。むしろ僕にとっては日常茶飯事だと言ってもいい。
さっきまで体調が良くても、次の瞬間には急変することなんてよくあることだった。
その度に、いつもは冷静なこの弟が僕のことだけを気遣ってくれる。
生まれつきのこの体の弱さを甘んじて受け入れたわけではない。
けれど、おかげで愛おしい弟のことを一人占めできているような気がして、
悪くはないかもな、なんて、なんとも迷惑極まりないことを考えてしまう。
「っ、大丈夫…ちょっと、頭痛がして、足元がふらついただけだから。
こうしていれば落ち着くと思うよ。それより…」
割れてしまったカップのことが気がかりだった。
これは朔が僕に、って買ってきてくれたものだったのだ。そう、僕のお気に入り。
なにかを飲むときは必ずと言っていいほど、このカップを愛用していた。なのに…
粉々になってしまって、ただの破片と化したカップを僕は何とも言えない思いで見つめた。
やはり体調が安定していたようだ。仕事の間は一緒に居られず様子を伺えないため
今日苦しまず無事に過ごせていたなら良かったと、顔には出さないが内心ホッとしていた。
「っおい‼︎」
だが彼が苦しそうに顔を歪め身体をふらつかせると同時に俺は血相を変えつい声を張ってしまった。
咄嗟に彼の身体を両腕で支え抱き留めた後、床に散らばったカップの破片に目線をやり
破片が義兄へ飛んでいないことを確認すると先程まで彼が座っていた椅子にゆっくりと腰掛けさせる。
病弱体質な人だ。体調が急変することは珍しくは無いがどれだけ彼と長く過ごしていたとしても
彼が苦しむ姿に慣れることは出来ない。今までも、これからだってそうだ。
愛しい人の苦しむ姿は見ていて辛い。
いつもは冷静でありたいのに、どうしても焦りの感情が外に出てしまう。
中腰になり椅子に腰かける義兄の背中に片腕を回し彼の上半身を支える。
そして顔を覗き込みがら心配げに声をかけた。
「…大丈夫か?座ってるのキツいなら運ぶから」
僕は先ほど自分のために作っておいたホットチョコの入ったカップを彼に手渡した。
僕は疲れたときなんかはよく甘いものを好むんだけど、
良いのか悪いのか、僕と朔は好みや趣味なんかがいろいろ違う。
僕は甘いものが好きだし、アウトドアよりインドアだし、
というか僕の置かれている状況からして、まず外出なんかは許されないからだ。
それこそ、まだ幼かった僕は、好奇心からか屋敷を抜け出しては侍従なんかを困らせたし、
それはもうしこたま怒られた。
もちろん、それを知った朔にも叱られたし、泣かれた。
「無理をするな」って言外に心配してくれている感じがして、僕は嬉しくなった。
なんだろう、朔はあまり口数が多いほうではないけれど、僕の前では
こうして僕のことを沢山気にかけてくれる。
正直それは、僕だけじゃなくて朔自身も置かれた状況によって、変わってしまったのだろうけれど
それでも朔は、僕の、僕だけの特別で可愛くて愛おしい唯一の弟だ。
「大丈夫だよ。今日は体調も良かったから久しぶりに筆が乗っちゃって……っう、ぅ…!!」
そう言って、微笑みかけようとした僕に、激しい頭痛とめまいが襲った。
目の前がぐらついて、思わず持っていたカップを手から落としてしまう。
幸い、中身はまだ入ってなかったからいいけど、カップが粉々に割れてしまった。
僕はふらふらとその場に蹲る。
それで拗ねた事なんかも昔はあるが今ではこうやって可愛がれることは嫌いじゃない。寧ろ好きと言ってもいい。
萌黄がこんな風に可愛がるのは俺だけだから。その特別感が堪らなく愛おしいのだ。
そんな風に可愛がられたとしても"自慢の弟"…やはりまだ弟止まりなのが不服ではある。
疲れたと言った俺を気遣ってのことかホットチョコレートを飲むよう勧めてくれる。
椅子から立ち上がる際もう1度俺の頭を撫でてくれるこの一瞬でさえ俺は酷く心臓が跳ねるということを義兄は全く知らないだろう。
「…飲む。ありがとな」
冷静を装いながら俺はカップを受け取り、近くにあったベッドに腰掛ける。
ゆっくりと温かいホットチョコレートを一口飲むと口の中ぜんぶにチョコレートの甘みが染み渡った。
「ん…美味い、やっぱりお前の作ってくれるやつが1番だな」
安心したのか無意識に顔が少し緩む。ホットチョコレートを店で買った事もあるがやはり義兄が作ってくれるものが1番美味しく感じるのだ。
「…今日は体調どうだった?なんかあったら直ぐ言えよな」
ホットチョコレートをゆっくりと飲みながら彼にそう問いかける。これはほぼ日課のようなものだ。
突然体調が悪くなる事もあるため必ず体調について聞くことがもう当たり前のことになっていた。
彼の息がかかってなんだかくすぐったい。
僕は少しだけ体を捩った。
それから、彼の柔らかな髪の毛をすくように優しく撫でる。
先ほど僕が彼に言った「顔を見せて」という言葉にこたえるように
彼…朔は、その顔をあげると僕の顔の真ん前へと移動してきてくれた。
するり…と朔の透き通るような白い肌に手のひらを滑らせて、そっと目元に触れる。
その眼孔に埋まる、きらきらと煌めく琥珀色の金の双眸。
僕とは違う、揃いの瞳。そして、僕の何よりのお気に入り。
この琥珀色の瞳に、僕はどんな風に映っているんだろう。
周囲からは、疎まれ蔑まれ、忌み嫌われてきた僕のことを、朔は、朔だけは
ずっとずっと僕のそばに居てくれる。それが僕の唯一の救い。
だからそんな朔のことを可愛がるのは、僕の役目だと思っているし誇りだ。
これだけは、決して誰にも譲らないし、決して奪わせない。
「…仕方のない子。そんな可愛い顔をしたって…うぅん、やっぱり朔は可愛いね。僕の自慢の弟。
そうだ、ホットチョコでも飲むかい?さっき淹れたばかりだから出来立てだよ」
疲れた体には糖分が必要だろう。というのは単なる僕の持論である。
朔にもそれが当てはまるのか分からないけれど、なんだかこの時間を手放すのが惜しくて
少しでも長くこの子のことをここに留めておきたくて、引き留める理由を探した。
わしゃわしゃともう一度髪の毛を撫でてから、「よっこいしょ」と腰かけていた椅子から
ゆっくりと立ち上がって、カップをもうひとつ取り出した。
まだ首に顔を埋めたまま彼にそう伝える。
小さく笑いを溢す萌黄に俺は嬉しくなった。
義兄は身体が弱くてほとんど外にも出れない、加えてから忌み子として扱われてきたために、ほぼ屋敷に監禁状態である。そんな彼がどんな気持ちでこの屋敷で暮らしているのか、聞かずとも理解出来る。
俺はそんな萌黄の生きる理由に、一生を添い遂げる人になりたいと思った。
一般的な兄弟に比べれば俺たちのスキンシップは多いが、義兄からすれば"義弟"として可愛がっているだけなのかもしれない。
何年猛アピールを続けても義兄に俺の意図は全く伝わらず恋人未満な関係から特に進展はしていない訳だが…
それでもこうやって笑顔を見せてくれるのであれば今はそれでも良い。
勿論"今"に限った話で義兄との関係を進展させる事を諦めたつもりは一切無いが。
「顔を見せて」と言われ、萌黄の首に埋めていた顔を上げ彼の顔の真ん前へと移動させる。
「疲れてて早く会いたいと思ったら…先走った」
反省した表情を浮かべる俺だが、実際のところ反省なんて1ミリもしていない。
少しでも俺の行動でドキドキして欲しい。意識して欲しい。俺のことをもっと好きになって欲しい。
そんな一心で日々こうして義兄に意識してもらうとわざとやっているのだから反省する筈がない。
やや強引なことをしたとしても、弟に甘い萌黄であれば反省した表情をすれば必ず許されるという確信があった。
僕の弟は、若いながらにしてとある大手の会社に勤めている。
というのも、それは弟の意向とかではなくて、両親や周囲からのお達しと
彼に「社会勉強」の一環としてだった。
最初はコネで入ることも検討されていたみたいだけど、そんなこと僕の弟が
許すわけもなく、当然のことながらその会社には弟の実力で入ったみたいだ。
わが弟ながらやってくれるよね、僕としても鼻が高いよ。ふんふん。
今では、重要なポストにも就けているらしくて、それはもう毎日忙しそうにしている。
…だからかな、当然だけど僕とも過ごせる時間があまりとれなくて
実をいうと、少し…いや、かなり、寂しかったりする。
僕なんかがわがまま言える立場じゃないのは、十分すぎるほど分かっているから
僕はとにかく迷惑をかけないように、ひっそりと陰ながら弟を見守るしかない。
そんなことをもやもや考えていると、部屋の扉がノックもなしに開いて、
椅子に座る僕の首もとに顔を埋める…可愛い可愛い弟。
「ふふ、それよりただいまが先じゃないのかい?
…ほら、僕にその可愛いお顔を見せておくれよ…朔」
『兄の方は駄目だ。アレには家を継がせられない。』
『左右で瞳の色が違って片方は赤い眼だなんて不吉よね…』
『お前は出来がいい。お前なら俺の跡継ぎとして十分すぎるくらいだ。』
両親も周囲も、俺には甘く義兄には当たりが強い。あいつが一体お前らに何をした。
病弱な身体で家を継げないから?左右で瞳の色が違うから?
屋敷では義兄の味方なんて誰1人居らず、全員があいつを忌み避けている。
この状況に誰1人違和感を持たず、義兄を簡単に見放さす周りに俺は心底腹を立てていた。
義兄との出会いは18年前。俺が5歳でまだ寒さも残る春先のことだった。
「今日からお前の兄だよ」と紹介されたその時、俺は初めて出会った"白"に一瞬で目を奪われた。
昔は義兄が男だと理解出来ず美少女だと思い込んで、いざ男だと知った時には拗ねた事もあったが…それでもあいつを想うこの気持ちが変わることは無い。
…いや、年々愛しいと想う気持ちが増しているという方が正しい。
義兄に比べたらまだ子供な俺だが、社会に出てからは着実に力を得られるよう日々を過ごしている。
いつか義兄と屋敷を飛び出して、二人だけで穏やかに暮らすために。
俺は跡継ぎとしての教育を受けており、現在は教育の「社会勉強」の一環としてとある会社に勤めている。
今は仕事を終え、丁度屋敷に帰ってきたところであった。
両親に挨拶をする訳でも侍従に声をかける訳でもなく、俺は仕事着のまま義兄の部屋へと足早に向かっていた。
俺は部屋の前に着いた途端、ノックもせず扉を開けると驚いた顔をしている義兄と目が会う。
…驚いた顔も可愛い。なんて心の内で思いながら義兄に近づき、椅子に座る彼の首に顔を埋めるように抱きついて、自身の猫っ毛を頬をすりつけたりした。
「今日も疲れた。…褒めて」
病弱な身体で家を継げないから?左右で瞳の色が違うから?
屋敷では義兄の味方なんて誰1人居らず、全員があいつを忌み避けている。
この状況に誰1人違和感を持たず、義兄を簡単に見放さす周りに俺は心底腹を立てていた。
義兄との出会いは18年前。俺が5歳でまだ寒さも残る春先のことだった。
「今日からお前の兄だよ」と紹介されたその時、俺は初めて出会った"白"に一瞬で目を奪われた。
昔は義兄が男だと理解出来ず美少女だと思い込んで、いざ男だと知った時には拗ねた事もあったが…
それでもあいつを想うこの気持ちが変わることは無い。…いや、年々愛しいと想う気持ちが増しているという方が正しい。
義兄に比べたらまだ子供な俺だが、社会に出てからは着実に力を得られるよう日々を過ごしている。
いつか義兄と屋敷を飛び出して、二人だけで穏やかに暮らすために。
俺は跡継ぎとしての教育を受けており、現在は教育の「社会勉強」の一環としてとある会社に勤めている。
今は仕事を終え、丁度屋敷に帰ってきたところであった。
両親に挨拶をする訳でも侍従に声をかける訳でもなく、俺は仕事着のまま義兄の部屋へと足早に向かっていた。
俺は部屋の前に着いた途端、ノックもせず扉を開けると驚いた顔をしている義兄と目が会う。
…驚いた顔も可愛い。なんて心の内で思いながら義兄に近づき、椅子に座る彼の首に顔を埋めるように抱きついて、自身の猫っ毛を頬をすりつけたりした。
「今日も疲れた。…ただいま」
────────────────
お世話になっております‼︎
おりちゃ1コメント感謝です(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
ロルを書いているうちに数点またお聞きしたいことが出来たので、お手数ですが
相談用掲示板の方でご質問させて頂くので、そちらでご回答お願いしてもいいでしょうか(*´..)
(相談用の方が読み返す時が楽だと
僕はとあるお屋敷住みのしがない小説家。ぴちぴちの28歳。
え?その年はもうぴちぴちじゃないって?いいんだよ、そういう細かいことは。
僕のお屋敷はとかくしきたりがどうのと厳しくて、
両親の目や親戚の圧力に、僕はいつも押し潰されかけていた。
ううん、実のところ本当は壊れかけていたのかもしれないね。
それでも僕がこうして、なんとかやって来れたのは、少し年の離れた
可愛い可愛い僕の弟のおかげだ。
僕のこの疎まれ続けた見た目と、生まれつきの体の弱さから、周囲から見放された僕を
弟だけはいつも手を差し伸べてくれた。
母親が違うから、血は繋がっていないけれど、それでも僕にとって弟は
唯一無二の存在だろう。これまでも、そしてこれからもそれは変わらない。
こんなの重いんだって分かってる。これが兄弟に向けるべきものでもないことを。
でもね、僕にはもう弟しかいないんだ。だから、許してほしい。
いや、許さなくてもいい。けれど、どうか…ずっとその隣に居させてほしい。
執筆作業が先ほど一段落した僕は、何かあたたかいものでも飲もうかな、と
ゆっくりと腰を持ち上げた。
…そういえば、あの子は今日もお勉強中なのかな。
会いたいけど、僕が会いに行ったら両親たちはいい顔をしないし、
何より弟にも迷惑がかかっちゃう。
寂しいけど、ここは兄として我慢して、弟が戻るのを待とうかな。
「…なーんか、ホットチョコでも飲みたい気分だなぁ。よいしょ…っと」