√page1【オリチャ】
- 2017/09/24 21:16:12
投稿者:紅蓮狐 糾蝶
__________________
前回の緊急招集から2週間。
待機を命じられた天使たちはエデンタワーでそれぞれの時間を過ごしている。
陰鬱な灰色の曇が覆う空に、久方ぶりの太陽が顔を出す。
太陽光パネルがビルの壁面で次々と回転を始めれば、眠ったように静まり返った街は、束の間もうひとつの顔を見せる。
鳥は歌い、吹き抜けた風が草花を揺らす。
――――カマエル襲来まで、あと2日。
__________________
☑いつものスタイルでお願いします
決まりが悪く笑うミューに向けられた視線は同じように暗かった。
オッドアイの瞳から顔を逸らすと、引きずっている右手を指輪だらけの両の手で握り、微笑んだ。
「素敵な場所、教えてあげます。ついてきてくれますか?」
此処は、辛い思い出があまりにも多すぎる。
ミュー「…………、」
一瞬、呆気にとられて言葉を失くす。
沈黙は苦手だけれど、お喋りも得意なわけではない。
「ほんとのこと言うのが苦手なだけ。……次も頑張ろうね。」
意識して口角を上げる。薄ら笑い、上手く出来ていただろうか。
本当は、怖くて怖くて堪らないのに。
【廊下】
何故臆面もなく答えられるんだろう。
私は狡くて、卑怯で、嫌な奴だ。
言われた通りに目蓋を下ろす。
どれもこれも作り物の身体のクセに、愚鈍で痛みばかりを感じる重荷はちっとも便利なんかじゃない。けれど、これが無ければ今の私には何の価値もない。
何もかも忘れて、何もかも投げ出して彼女の甘い言葉に今だけ――――、
?「ああ、そんなところに居たのか。」
不意に割り込んできた声。パッと手を離す。
「ロー、修理がまだ終わっていなかっただろう。後回しにしてすまなかった。」
白衣に身を包んだ神庭鏡子が、眼鏡越しに柔らかい視線を私と、シータに向けてくる。
……ほら、この人の目。笑っていないしどこも見ていない。
どういう表情をすべきか、なんと返すべきなのか……そういうのはずっとずっと苦手だった。
シータ「当たり前だよ」
今も。
機械的な返事に重い甘さを塗り込める。髪を撫でる手を一度止め、ローの右目につくりものの皮膚をかざした。体内をめぐる液体金属への願いはすぐに棄却された。今求められているのはこの無機質な温度。
ねえ、と薄っぺらな声が生暖かく差し伸べられる。
「お星さまはね、まだ、燃え尽きないの。 ……目を瞑って、ぼくの片割れ」
どういう表情をすべきか、なんと返すべきなのか……そういうのはずっとずっと苦手だった。
ロー「当たり前だよ」
今も。
機械的な返事に重い甘さを塗り込める。髪を撫でる手を一度止め、ローの右目につくりものの皮膚をかざした。体内をめぐる液体金属への願いはすぐに棄却された。今求められているのはこの無機質な温度。
ねえ、と薄っぺらな声が生暖かく差し伸べられる。
「お星さまはね、まだ、燃え尽きないの。 ……目を瞑って、ぼくの片割れ」
どういう表情をすべきか、なんと返すべきなのか……そういうのはずっとずっと苦手だった。
「当たり前だよ」
今も。
機械的な返事に重い甘さを塗り込める。髪を撫でる手を一度止め、ローの右目につくりものの皮膚をかざした。体内をめぐる液体金属への願いはすぐに棄却された。今求められているのはこの無機質な温度。
ねえ、と薄っぺらな声が生暖かく差し伸べられる。
「お星さまはね、まだ、燃え尽きないの。 ……目を瞑って、ぼくの片割れ」
声は穏やかだった。ミューに微笑むと両に嵌めた指輪が機械音を鳴らすのをやめ、青い光は気遣うようにそっと色を消した。
「……ぼくに何か言いたいことある?」
オッドアイの瞳を見つめる瞳は僅かに動いて、静かに瞳孔を開いた。
「なんとなく、そう思ったから」
きみは優しいからね。
ラムダ「すごいすごーい!!」
さっすがデルタ!と中空で諸手を挙げて喜ぶラムダは、言うが早いか瓦礫の山に降り立って腕を組む。
灰黄色の髪が、陽の光を浴びてキラキラと海面の光を反射して、揺れる。
「……デルタぁ、ほんとに〝これ〟なの?」
琥珀色の瞳が訝しむように細められた。
狐の毛皮にも似た赤茶色の髪、虚空を見上げる黒い瞳に見覚えがある。
使徒の万力によって握りつぶされた彼女は、随分背が縮んでしまったようだ。
……なぜなら、
「こんなのガラクタじゃない!」
下半身がそっくりなくなっていた。
【シェオル】
墓場の薄暗がりに細い光が空隙のように差し込む。
ミュー「あ、そんなとこに居たんだ。」
ローとシータは廊下に居るの見かけたけど、と続けるのは、銀の巨腕を引きずるミューだった。
ミューはクサイの横までやってきては、
「…………綺麗なもんだよね。」
出来るだけ、ガラスケースを見ないよう声を落とした。
傷一つない同胞は、綺麗な顔をして眠っている。正確には一つだけ……眉間に穿たれた凶弾の痕跡が、時おり循環する溶液に煽られてチラついた。
ラムダ「すごいすごーい!!」
さっすがデルタ!と中空で諸手を挙げて喜ぶラムダは、言うが早いか瓦礫の山に降り立って腕を組む。
灰黄色の髪が、陽の光を浴びてキラキラと海面の光を反射して、揺れる。
「……デルタぁ、ほんとに〝これ〟なの?」
琥珀色の瞳が訝しむように細められた。
狐の毛皮にも似た赤茶色の髪、虚空を見上げる黒い瞳に見覚えがある。
使徒の万力によって握りつぶされた彼女は、随分背が縮んでしまったようだ。
……なぜなら、
「こんなのガラクタじゃない!」
下半身がそっくりなくなっていた。
【シェオル】
墓場の薄暗がりに細い光が空隙のように差し込む。
ミュー「あ、そんなとこに居たんだ。」
ローとシータは廊下に居るの見かけたけど、と続けるのは、銀の巨腕を引きずるミューだった。
ミューはクサイの横までやってきては、
「…………綺麗なもんだよね。」
出来るだけ、ガラスケースを見ないよう声を落とした。
傷一つない同胞は、綺麗な顔をして眠っている。……眉間に穿たれた凶弾の痕跡が、時おり循環する溶液に煽られてチラついた。
ザドキエルの襲来により、スクラップになって保存されている二体の情報を収集していく。
大方の情報は既に他機に送信済で、今している作業は細かい修正だ。
クサイ「……」
青い瞳が深く沈む。機械音と指先に伝わる振動だけが自分がまだ生きているのだと実感させた。
例えそれが複雑なパルス信号によって織り成された限りなくリアルに近い別物であっても…
なんて、そんな無粋な事を考えるのは今は止そう。
ふむ、と小さな顎に細い指を当てて考え込む仕草をしたのも束の間、
直ぐにぽんと手を打てば、納得したように声を上げる。
デルタ「あぁ……なるほど」
微かな機械音と共に、肩甲骨の下辺りからおもむろに一基の砲台を顕すと、
鋭い風切り音を立てて、威力が最小限に抑えられたゴルフボール大の砲弾が発せられる。
自動追尾機能によりぐるりと二人の周りを一周するというあり得ない軌道を見せたそれは、
彼女達から数m離れた場所に聳える鉄屑の山、その一角に突っ込み、また盛大に吹き飛ばした。
耳障りな金属音が容赦なく静寂を、そして音声探知機能を引っ掻き回す。
取り留めもないガラクタの下に埋もれていたのは、日の光を眩しく反射する銀色の金属板。
支えを無くしたそれはズルリとゆっくりずり落ちて、やがて真っ赤な水飛沫を上げ水底に消えた。
もう二度と日の目を見る事の無いだろうその銀色がくるくると回りながら姿を消した頃、
柔らかく振り返った天使の口から零れたのは、隠れ鬼に興じる幼子のような台詞だった。
「見ぃつけた、です」
穏やかさと聡明さが共存する、緑色の視線の先
中途半端に人のカタチを残した"それ"は、踊るような格好で瓦礫の山に横たわっている。
どうやら特殊合金で出来ているらしい金属板が探知レーダーを妨害・屈折させ、
本部に届く座標データに若干の誤差を生じさせていたらしい。
向こうのレーダーももう少し改良を加えるよう提言しておかないと、なんて考えながら
背中の砲台は、静かに銀色の折り紙を折るかの如く、そっと格納されていった。
ジリジリとノイズを波紋のように広げ、内骨格を軋ませながら背中の翅が小刻みに震える。
嫌な音を立てて床に広がったそれが、休憩室の窓から廊下に差し込む陽の光を浴びて虹色に煌めいた。
それでも照らせない暗がりに、繋がったままの影が二つ。
ロー「…………そ、か。」
力なく吐き出した台詞は一つ。
彼女はいつも同じことを言う。
私も、同じことを返す。
手のひらに掬った水が零れ落ちるように、私が彼女に向けるべき感情も滑り落ちてゆく。
砂糖菓子みたいな甘さにいっそ、溺れてしまえたらラクだったかもしれない。
今も疼き続ける右目から伝う痛みが赤黒い感情に変わる。
「……ねえ、シータ。」
私のこと、好き?
*
靡く髪を目で追いながら、微笑した姉に頬を膨らませる。
直後、周囲に展開したホログラムに思わず目を奪われて、もうさっきまで考えていたことをすっかり忘れてしまったらしい。
はしゃいだ様子でくるりとそれを見回すと、期待を込めてデルタの片腕に抱きついた。
ラムダ「うん!」
……前回の出撃から約二週間。
けれど、〝彼女〟が破損したのはそれよりももっと前。
今ごろになって下された回収命令。
グルグルと巡っていた取り留めもないことは、霧散してしまったあとだった。
同じく空中で停止状態にあった彼女の光輪による風圧で真っ赤な水面が輪状に揺らぎ、そこに映る彼女の像もまた歪んだ。
長すぎず、短すぎないスカートが柔く捲れ、細い膝の裏が一瞬だけ顔を出した。
デルタ「あらあら、もう飽きてしまったのですか?ラムダ」
橄欖石の瞳が駄々っ子のような妹をとらえると、口元に服の袖をやり、くすくすと優しく微笑む。
まるで重力を感じさせない滑らかな動きでラムダの傍らに飛んでいくと、ゆったりと周囲を見渡した。
「当局から示された座標によると確かにこの辺りなのですが…もう少し詳細に探索してみましょうか」
そう口にした瞬間、微かな電子音と共に彼女の視野内には、本人にしか見えない様々なデータやグラフが映し出される。
可視モードに切り替えれば、デルタを取り囲むようにして、ホログラム化されたそれらが同心円状に展開した。
不思議なくらい重たい片割れの頭には、何が詰まっているんだろう。
知らなくていいな。ぼくがシータで、貴方がローである限り、知らなくたって構やしない。
シータ「半分の機械だもの。分からないものより、一つの完全になる方が、よっぽど大切」
そう、思っていた。
「ぼくは、"そう"なの。ねえ、ロー」
重たい頭にそっと手を伸ばす。細い冷たい指が機械的に髪を梳く。たっぷりした甘さを一つずつ乗せていくように繰り返す動き。自分にないものを全部持っている大事な片割れ、唯一無二。
体温が必要なのは、この子なのに。
からだを流れる銀色がヒトのように温かければいいのにと、今だけ願う。
不思議なくらい重たい片割れの頭には、何が詰まっているんだろう。
知らなくていいな。ぼくがシータで、貴方がローである限り、知らなくたって構やしない。
「半分の機械だもの。分からないものより、一つの完全になる方が、よっぽど大切」
そう、思っていた。
「ぼくは、"そう"なの。ねえ、ロー」
重たい頭にそっと手を伸ばす。細い冷たい指が機械的に髪を梳く。たっぷりした甘さを一つずつ乗せていくように繰り返す動き。
からだを流れる銀色がヒトのように温かければいいのにと、今だけ願う。
銀色の髪が揺れて、肩から滑り落ちた。
頭の上から降ってくる彼女の声。
……同じくらいだと思っていた。
重たい目蓋を微睡むように薄く伏せては、
ロー「……シータ、」
彼女の囁きよりも小さな、音が揺れる。
私は狡い。彼女に与えてもらった居場所を手離したくなくて、彼女を裏切れない。
ぎこちない指先が手繰るように蠢いてシータの白いシャツがシワを刻んだ。
甘えるように胸元に頬を擦り寄せる。薄い唇が、シャツに埋もれてくぐもった言葉を紡ぐ。
「仲間外れにされちゃうよ。」
【神都、被害区域】
崩れ、バラバラになったビル群の瓦礫が山と沈む被害区域。
光輪から発せられる空気圧で赤い水面が波打っている。
ひとっこ一人居ない静けさを、無邪気な声が引き裂いた。
ラムダ「ねーえー、ほんとにこの辺なのー?」
――――捜索を始めて約30分。
早くも飽きが生じたのか、ホバリングの状態でぐりん、と振り向いたかと思えば、
「デルタ!」
駄々っ子のように大声で続けた。
ねえ、ねえ。お星さまも半身じゃ見えないでしょう。いつかはそうだと言ってほしい。
危ないよ。
シータ「……わっ」
倒れかけたローに慌て気味に腕を伸ばす。転びかけながら引き寄せて、抱きかかえる。重たい。重たさに瞳を揺らして沈黙した。
ぼくたちは天使、ヒトの皮を被った機械だ。
ほんの少しの安心を飲み込んでから顔を覗き込む。もし怪我をしていたら大変だ。感情の読めない色の違う瞳が遅すぎるまばたきを機械的に繰り返して、少し押さえがちになった声で囁いた。
「壊れないように、気をつけないと、駄目だよ。びっくりしちゃう」
怖い。
その目、その声。
ねえ、私の何を知ってるの。
違う、私は、
何を忘れてるの。
「…………んでもない。」
合わされた視線をすぐに外して、答えた声は自分でも聞こえなかった。
吸い込まれそうな双眸の内側で瞬くその感情の正体に、気付きたくない。
ぎこちなく伸ばした両腕が軋む。
やっとのことで持ち上げた上半身と首に付いた錘にも似た、頭。
突っぱねる要領で壁から手を離すと、支えを失くした身体はふわりと後方に傾ぐ。
縺れる脚が思うように動かずに、倒れる、と思った。
「ねえ」
大きな音がしたからもしかして、と、そちらへつられて歩いてみれば大当たり。大事なあの子が苦しそうにしているのを見つけてごとりと首を傾げた。天使になってから頭をぶつけることの増えた理由を、ローはシータに教えてくれないけれど、それでも双子だからいつかはわかるはずだ。
だから。
廊下にしゃがみ込みそうなその隣に一足早くしゃがむ。色の違う双眸は苦しげな顔を見上げ、眩しげに細められた。淡い声に胸焼けするほどの愛情を纏わりつかせて。
シータ「どうしたの、ぼくの片割れ。泣いているの?」
有り得ないはずのことをまるで小さな頃のように聞いてしまう。重たげに瞬きをして、髪を音もなく揺らす。純粋な心配だった。同時に、的外れな。
と強く打ち付けた頭の奥で火花が散った。
微かなモーター音を響かせてようやく沈黙した後付けの制御システムは、ただの足枷でしかなかった。
ロー「…………っはぁ、ぁ……ぐ……、」
両手を突いて冷たい壁に押し付けた頭だけが異様に重くて、肘を曲げた腕ごとズルズルと床に引き寄せられてゆく。
〝人間〟だった頃の厄介な癖だ、感情の乱れで揺れ動くのは脳波だけ、脈打つ心臓も酸素を取り込むための肺も無いのに息が苦しい気がしてしまう。
体内を循環する冷たい液体金属を送り出す作り物の心臓は、私の意思で動くわけじゃない。
「……んん…………ぐ、ぅ……。」
右目を貫く激痛が頭蓋をアイスピックでかち割ろうとしているみたいだった。
か細い呻き声が薄暗い廊下に反響する。
……こんな痛みに苦しまなきゃいけないのなら、天使になんてならなきゃ良かった。