‡-第八幕【オリチャ】ⅩⅨ
- 2016/04/06 01:16:55
投稿者:紅蓮狐 糾蝶
__________________
「――人は利己的に行動しようとするなら、時に利他的でなくてもならない。この半年間、諸君らは〝勝つ〟ことに対してどう考えるようになったかな?
同胞は既に片手では足りぬほどその魂を悪魔に喰われた。
殺し、生かし、時に奪い、
勝利を得るため何が出来るのか、
考えたことはあるか?
……それではご機嫌よう」
*
夜。
静寂を破る歌声が、無人の校舎を滑り落ちる。
雨の上がった中庭には、湿った空気が横たわっている。
赤い光の輪環は濡れた地面を照らし、波打ちもせず充ち満ちている。
*****
☑オリチャ本編のトピックスになります。
☑オリチャの際には、「w」「^^」「b」「v」や顔文字、「ゎ」などは全面的に禁止となっております。
「!」「?」は大文字でお願いします。
沈黙の台詞や描写には「…(三点リーダ)」を活用してください。
ロルは1行で構いません。
ただし、長くなる分にはいくら長くなっても構いません。
☑また、オリチャのスタイルは、
(キャラ名)「 台詞 」
ロル
というカタチで統一してください。
*****
現時刻:昼(放課後)⇒夕暮れ(間もなく夜中)⇒順次夜へ以降
交戦中
アリーヤ陣営×レン陣営
3年前 昼
ワグテイル陣営×ジゼル陣営
悪魔のように大きな角。
月光を浴びる黄色の髪。
風に靡く白いローブ。
准卒業候補生、『黄色いピエロ』––––ナル=ゲルプ。
男女問わず人気のある彼、若しくは彼女だが、自分はどうにも好きになれなかった。
いつも浮かべている優しい笑顔が薄気味悪くて仕方がないのだ。
しくったか、と心の中で舌打ちする。
………が、それにしても。
自分に気付かず歌い続ける姿をじっと見つめる。
まさかこんな特技を持っているとは思わなかった。敵ながら感心してしまう。
どこか悲しみを帯びた歌声はよく響いていて、聴いていて心地よくて、
リコルド「綺麗だ」
…………と、思わず出してしまった自分の声も同じように廊下に響いた。
しまった、と咄嗟に口に手を当てるがもう遅い。
後退りしたせいでコツン、と足音も立ててしまう。
冷たい嫌な汗がダラダラと背中を伝っていくのがわかった。
苦痛すら白く染まる頭の中の痺れに取り込まれて、投げ出された脚が不自然に震える。
口の端からだらしなく垂れる涎がシーツを濡らし、悪魔の腕に爪を立てる手は次第に力を失ってゆく。
もうほとんど塞がれかかった喉はなんの言葉を紡ぐこともない。
漠然とした思いすら沸かず、ただ消えかかる自分の命の灯火が揺れているのを他人事のように眺めている。
這い出す無数の蔓が異形の者の姿に見えた。
薄れかかった意識の端に染みる悪魔の言葉は耳ではなく、頭の奥深くに鈍く突き刺さる。
戒めを解かれた気管が自らの仕事を思い出すのに時間がかかった。
細い首に罪人の証のような赤黒い首輪が刻まれていた。
頼りない喘鳴が一つ小さく息を吸い、浅く吐く。そして大きく吸った。途端に肺に満たされた酸素に耐え切れず、派手にむせる。
必死に呼吸をしようとしながら、喉を傷つける咳は吐き出される唾液に少しずつ赤色を混ぜた。
発作のような咳の末、痙攣した身体は胃袋の底から饐えた臭いのする液体を口から溢れさせる。白い髪が黄色い胃液に汚れ、何度か吐いてやっと少女は静かになる。
虚ろな夜が明ける。
主人の爪が悪魔の手を掻き赤い筋を作る。
それでも力を抜かぬまま、身体を丸めて体重をかける。
ゴキッと骨の折れるような音が聞こえようとしたその瞬間。
タイムリミットは訪れる。
アマイモンの背後に突如として銀白色の魔法陣が展開された。
その仄かに光る魔法陣独特の紋様、複雑なヘブライ語。
それら隙間から勿体ぶったように現れたのは、同じく色の薄い植物の蔓であった。
無数の蔓が伸び、最初の数本が悪魔の角に絡みつく。
ぐいっ、と乱暴に引かれ悪魔が仰け反る。
少女の首から引き剥がされた手は反射的に角へと伸びるが、それさえも意思を持つ蔦に絡め取られていった。
腕、喉、腰、抵抗する身体全てを拘束され、悪魔が端正な顔を歪めて唸る。
悪魔の体力が限界だった故か、それとも主人を本気で殺めかねないと古き盟約が判断した為か、何れにせよこの悪魔の抵抗虚しく、彼の嫌う世界へと身体は徐々に飲み込まれていく。
最後に悪魔は一度だけ主人を睨みつけた。
ひりつく喉で擦れながらも声を発する。
それは怒りを含んでるようにも、また懇願している様にも聞こえる言葉。
「この戦い、勝ちたいのはッ……貴方達人間だけじゃ無い…」
次に諦めたように瞳を閉じて魔法陣に完全に引き込まれれば、後には暗い部屋と少女の喘鳴だけが残った。
主人の爪が悪魔の手を掻き赤い筋を作る。
それでも力を抜かぬまま、身体を丸めて体重をかける。
ゴキッと骨の折れるような音が聞こえようとしたその瞬間。
タイムリミットは訪れる。
アマイモンの背後に突如として銀白色の魔法陣が展開された。
その仄かに光る魔法陣独特の紋様、複雑なヘブライ語。
その隙間から勿体ぶったように現れたのは、同じく色の薄い植物の蔓であった。
無数の蔓が伸び、最初の数本が悪魔の角に絡みつく。
ぐいっ、と乱暴に引かれ悪魔が仰け反る。
少女の首から引き剥がされた手は反射的に角へと伸びるが、それさえも意思を持つ蔦に絡め取られていった。
腕、喉、腰、抵抗する身体全てを拘束され、悪魔が端正な顔を歪めて唸る。
悪魔の体力が限界だった故か、それとも主人を本気で殺めかねないと古き盟約が判断した為か、何れにせよこの悪魔の抵抗虚しく、彼の嫌う世界へと身体は徐々に飲み込まれていく。
最後に悪魔は一度だけ主人を睨みつけた。
次に諦めたように瞳を閉じて魔法陣に完全に引き込まれれば、後には暗い部屋と少女の喘鳴だけが残った。
主人の爪が悪魔の手を掻き赤い筋を作る。
それでも力を抜かぬまま、身体を丸めて体重をかける。
ゴキッと骨の折れるような音が聞こえようとしたその瞬間。
タイムリミットは訪れる。
アマイモンの背後に突如として銀白色の魔法陣が展開された。
その仄かに光る魔法陣独特の紋様、複雑なヘブライ語。
その隙間から勿体ぶったように現れたのは、同じく色の薄い植物の蔓であった。
無数の蔓が伸び、最初の数本が悪魔の角に絡みつく。
ぐいっ、と乱暴に引かれ悪魔が仰け反る。
少女の首から引き剥がされた手は反射的に角へと伸びるが、それさえも意思を持つ蔦に絡め取られていった。
腕、喉、腰、抵抗する身体全てを拘束され、悪魔が端正な顔を歪めて唸る。
悪魔の体力が限界だった故か、それとも主人を本気で殺めかねないと古き盟約が判断した為か、何れにせよこの悪魔の抵抗虚しく、彼の嫌う世界へと身体は徐々に飲み込まれていく。
最後に悪魔は一度だけ主人を睨みつけた。
次に諦めたように瞳を閉じて魔法陣に完全に引き込まれれば、後には暗い部屋と少女の喘鳴だけが残った。
不服な眼差しが傍らの主人に向けられることはなく、ただ目の前を睨みつけている。
けれどその直後、注ぎ込まれる魔力の奔流が右手を伝い神経を犯し、無理やり眠っていた魔術回路までをもこじ開けてゆく。
突然、痛いほどに脈打つ心臓に圧迫される肺に上手く空気が吸い込めない。
目の前が白くなり、毒薬でも啜ったようにふわふわと身体が軽くなる。
火傷しそうな激しい流れが体内を蹂躙する感覚は、足の底から吹き上がってくる歓喜に少しずつ塗りつぶされてゆく。
自然と釣り上がる口角に、溢れ出す笑いは堪えることが出来なくて、くつくつと噛み殺した笑いを低く、喉の奥で響かせる。
まるでクレイモアのように伸長するサムサムの刃が地面に触れた瞬間、悪魔は消えた。
否、正しくは地を蹴った。
目にも止まらぬ速さで、その身体は宙に舞ったのだ。
そして、佇む鶺鴒へ飛ぶように巨大な刃を振り下ろす。
アストライオス「痛いじゃないか」
遠目には見えづらいが、分厚く着込んだ服の中には幾らか傷を負っている。翼だけは守り抜いた為、宙に浮かんでいられるのだ。
向こうからけしかけてきたのだ、いいようにやられて黙っているわけにはいかない。
悪魔が両腕を広げると、豪と空気が唸り風の渦が生まれる。
それはものの瞬き一つの間に、触れただけで斬り裂かれる程の突風、竜巻となって襲い来る。緑色の魔力を練り込めば、それは更に勢いを増す。
「Onweer(訳:暴風よ)」
一声と共に手を掲げれば、まるで生き物の様に蠢く鋭い風が吹き荒れた。
抜けたグリフォンの鋭い羽根が巻き込まれ、それらは鋭い鋒と化し、敵全てに襲い来る。
急所でさえもそのスピードは変わらない、化け物染みたそれに漸く興味が出てきたようだった。
名前を呼ばれたジゼルは、口元を緩めて彼を見る。
ジゼル「なにヒルフェ、今度は本当に助けて欲しいの?」
ワグテイルを見つめながら、距離をとった彼の背後に立つ。そのままサムサムを握る手に触れる。
「そのまま、攻撃を続けてくれてばいいよ」
魔力を大量に注ぎ込む。
ピンク色のそれは、悪魔を無理矢理呼び出した時とは比にならないほど膨大で凶暴なもので、中庭の木々が揺れ、二人の周りの石畳は砂塵へと帰す。
轟音の隙間、背後に立つジゼルは悪魔の耳元で囁く。
「そしてボクが最初に武器を出した場所、そこに誘い込んでくれたらいい」
ここまで言えば、聡いヒルフェはわかるだろう。
なぁ 、さっき、瞬間移動、してみせただろ?
急所でさえもそのスピードは変わらない、化け物染みたそれに漸く興味が出てきたようだった。
名前を呼ばれたジゼルは、口元を緩めて彼を見る。
ジゼル「なにヒルフェ、今度は本当に助けて欲しいの?」
ワグテイルを見つめながら、距離をとった彼の背後に立つ。そのままサムサムを握る手に触れる。
「そのまま、攻撃を続けてくれてばいいよ」
魔力を大量に注ぎ込む。
ピンク色のそれは、悪魔を無理矢理呼び出した時とは比にならないほど膨大で凶暴なもので、中庭の木々が揺れ、二人の周りの石畳は砂塵へと帰す。
轟音の隙間、背後に立つジゼルは悪魔の耳元で囁く。
「ボクが最初に武器を出した場所、そこに誘い込めば……ここまで言えば分かるよな」
瞬間移動、してみせただろ?
それから、歩き様に花でも手折るようにサムサムを一閃、少女の首が飛ぶ。
くるりと一回転して落ちるヒトの頭、水っぽい音を立てて叩きつけられる石畳には、飽きもせず真っ赤なキャンバスが広がってゆく。
そして、傾いだ少女の心臓を背中から思い切り突き刺して蹴った。
引き抜かれた刃が生臭い鮮血に濡れていた。
倒れこむ少女は、一瞬動かなくなった。一瞬、あとには、首のない身体は起き上がる。
落ちた自分の首を探して四つん這いに歩き出す。
背後に、やっと自分の頭を見つければ、おもむろに拾い上げたそれを首を断面にくっつけて、何事もなかったように瞬きをした。
耳を犯す肉の蠕動が、またワグテイルの傷をすっかり塞いでしまった。
ヒルフェ「ジゼル、こいつ何も効かないんだけど」
舌打ちをして立ち上がる少女から少し距離を取る。
こんな化け物、訊いてないし。
それには、もう目も向けない一人と一体。
悪魔は鈍色の刃を振りおろし、人間の淡緑色の瞳は、宙を舞う右手、簓のように血が噴き出す右腕を順に追う。
ジゼルは武器を握る右手に力と魔力を込め、彼女がそれを拾い上げるタイミングで首を落とそうとしたのだが、
グロテスクな音と共に繰り広げる光景に、立ち止まる。
ジゼル「……」
疑問手か?いいや、利き手を真っ先に狙ったヒルフェの選択は正しい。
この場合、そういう問題ではない。
あぁ、噂通り、これが魔女の不死の衣か。
差し出した手をそのままに、物言わぬ悪魔の答えを待っているように。
だがその手首は、宙を舞う。
切断された右腕の断面から、グロテスクな赤色が溢れ出す。
振り上げたアンドロマリウスの鈍色の刃がぬらぬらと太陽の下で煌めいていた。
ぼとりと足元に落ちた右手を見つめて、ワグテイルは声すら上げなかった。
ただ、無造作に広いあげた右手を斬られた手首にくっつけて、指を動かす。
不快な肉の蠢く音が瞬く間に傷を塞いだ。そこにはもう、一滴の血も残されてはいなかった。
異臭と気味の悪い魔力、その根源。
ジゼル「……お出ましだね」
終盤、噂の上級生。
興味がないと数分前まで言っていたジゼルの顔つきが変わった。
眩く輝く天に翳された刃が、真っ直ぐに振り下ろされる。
皮を裂き、肉を貫く切っ先がリサの喉を貫通していた。
柄に伝わる生々しい脈動が、これ以上なくアンドロマリウスに勝利を確信させる。
ワグテイル「バルバトス、」
置物のような少女は、また悪魔の名前を呼んだ。
泉のように涌き出る少女の魔力が広がると、一週間は放置した生ごみみたいな異臭が漂う。
だがリサの注ぎ込まれる魔力はもう、どれだけの量を伴っても彼の傷を癒すには足りない。
ワグテイルは一歩、進んだ。
伏したリサに、そっと青白い指先を伸ばして。
長髪の悪魔は伏すような体制へと崩れこむ。
左手の武器は自らの血の海へと沈み、右手の武器は裂いた空間へと戻っていく。
ヒルフェの表情は悪魔らしく歪んでいたが、相手の悪魔の表情は何も変わらない。
ただ、その武器が王の喉元にまで届き得ることに気づいている。
リサ「……ツークツワンク」
悪魔の声は、首を刎ねられる寸前だというのに穏やかだった。
投了か?いいや 。
「鶺鴒」
王はまだ 、詰んでない。
長髪の悪魔は伏すような体制へと崩れこむ。
左手の武器は自らの血の海へと沈み、右手の武器は裂いた空間へと戻っていく。
ヒルフェの表情は悪魔らしく歪んでいたが、相手の悪魔の表情は何も変わらない。
ただ、その武器が王の喉元にまで届き得ることに気づいている。
リサ「……ツークツワンク」
悪魔の声は、首を刎ねられる寸前だというのに穏やかだった。
投了か?いいや 。
「鶺鴒」
王はまだ 、詰んでない。
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長髪の悪魔は伏すような体制へと崩れこむ。
左手の武器は自らの血の海へと沈み、右手の武器は裂いた空間へと戻っていく。
ヒルフェの表情は悪魔らしく歪んでいたが、相手の悪魔の表情は何も変わらない。
ただ、その武器が王の喉元にまで届き得ることに気づいている。
リサ「……ツークワンク」
悪魔の声は、首を刎ねられる寸前だというのに穏やかだった。
投了か?いいや 。
「鶺鴒」
王はまだ 、詰んでない。
長髪の悪魔は伏すような体制へと崩れこむ。
左手の武器は自らの血の海へと沈み、右手の武器は裂いた空間へと戻っていく。
ヒルフェの表情は悪魔らしく歪んでいたが、相手の悪魔の表情は何も変わらない。
ただ、その武器が王の喉元にまで届き得ることに気づいている。
リサ「……クーツワンク」
悪魔の声は、首を刎ねられる寸前だというのに穏やかだった。
投了か?いいや 。
「鶺鴒」
王はまだ 、詰んでない。
してやったりとニヤリ、厭らしく微笑んで素早くバックステップを踏んでは、踊るようにしなる剣をいなして肉薄、リサの右腕を掴みその背中へ腰を下ろす。
べったりとサムサムの刃を濡らす赤色をゆっくりと口許へ運び、舌で掬った。
口の中へたちまち広がる生臭さすら、昂った気持ちの前には甘い蜜のように感じる。
ヒルフェ「チェック」
ピッ、とバルバトスの首筋に添えられた刀身から、水色の魔力の纏う火傷しそうな冷気が伝う。
ひときわ悪魔的に笑ってみせれば、剥き出した犬歯が赤く光った。
その武器が果たして何なのか、どんな能力を宿しているのかは知らない。
先刻同様に、跳ね返せるだろうと踏んでいた。
紛れもない油断。
リサ「………、っ」
彼が間合いに入って二歩目、これは駄目だと気付いた時には遅かった。
脇腹から斜め上、痛みを堪えて冷静に、急所を外すことにだけを意識して剣を構え直して、その攻撃を生身で受け止める。
同時に、無様な右手は足掻くように何もない空間を裂く。
傷口と口から血が湧き出、それでも、崩れることのない無表情、がくんと左膝を落とし、帯のように血を流しながらも、言葉を発する
「……アスカロン」
右手が裂いた空間から、漆黒の蛇腹剣が形を現す。
相手の追撃を許さないように、そして再び距離を開けるように、剣は鞭のようにしなり前方を高速で切り刻んだ。
風が全てをまき散らして、飛沫がやがて霧になる。
そして、それを払うかのように荒れ吹く猛烈な風
序列25番目の大総裁、殺戮の達人。上空の同族を見つめる瞳は、高い機械音を鳴らして回転する
バルマ「水 天 捩 旋 海 (すい/てん/ねじ/せん/かい)」
瞬間、海のごとく大量の水が、風ごと飲み込むよう天に向かって螺旋上に上る。
与えられた黒い魔力を大量に練りこむ、まだ、印は続く。
「波 濤 巻 射 淘 (は/とう/まく/しゃ/とう)」
水量は更に増し巻き上げ風を淘汰し、全てを飲み込むべくして天を射貫いた。
持ち上げられた指先が真っ直ぐに尖った先と交わる。
低く唸るような声で言う、刹那鋭い一閃が飛ぶ。
「それで良いかよ!」
1歩、2歩、3歩詰めた大股の攻めで、脇腹から斜め上へと容赦なく斬り上げる。
卑怯だとか、悪手だとか、そんなの構っていられない。
真っ向からぶつかって勝てるなんて思ってないし、現に今だって逃げ出したくてしょうがない。
おっかない武器マニアのお眼鏡にも敵わない僕のサムサムは、それでも僕の相棒なんだ。
僕らは同じ悪魔だけど、72柱は盗人を決して許さない。
だから僕は正義を行う。
だって最初に油断したのは、リサ、お前だろ?
持ち上げられた指先が真っ直ぐに尖った先と交わる。
低く唸るような声で言う、刹那鋭い一閃が飛ぶ。
「それで良いかよ!」
1歩、2歩、3歩詰めた大股の攻めで、脇腹から斜め上へと容赦なく斬り上げる。
卑怯だとか、悪手だとか、そんなの構っていられない。
だって最初に油断したのはリサ、お前だ。
羽撃きから巻き起こった暴風が、雨粒を弾き飛ばした。
宙に浮いたままバルマの姿を上から眺めるその身体に、目に見える程の濃い魔力が流れ込む。沸き立つ血を感じながら、羽撃きの風は更に強さを増した。
心なしか更にクリアになった視界には、暗く淀んだ夜が映る。
「Cut veroorzaakt door de wervelwind(訳:かまいたち)」
意思を持つかのように鋭い風の刃が、バルマ目掛けて荒れ狂った。
ピンク色の髪の人間は、クスクスと笑って場を譲るように横にはける。
正面にいるのは、眼鏡を装着したアンドロマリウス。
リサ「おや?」
陽炎の隙間から煌めく邪悪な鈍色
真っ直ぐに自分のを心臓を貫こうとするそれを右腕がのろのろと機械仕掛けのように上にあがり、指で指した。
「ワタシ、それには興味ありませんよ」
邪気を孕んだ風が、長い髪を揺らした
どうせ負けるのは目に見えてるのに、足掻くのすら馬鹿馬鹿しく思えてくる。
舌打ちしたい衝動を抑え、頬に伝う冷や汗の温度を感じていた。
けれど、首筋を舐めるような悪寒を伴ってその声は、水色の悪魔を責め立ててくる。
ヒルフェ「……っは、助けて欲しいなんて言ってない」
口許を歪ませ、悪魔は笑う。
どこからか取り出した銀色のフレームは陽の光を反射して一瞬煌き、そして分厚いレンズ越しにクリアになった視界を瞳の奥に広げてゆく。
かけた眼鏡のブリッヂを押し上げ、アンドロマリウスは飽きもせず憎まれ口を叩いた。
「――サムサム」
手にしたジャンビーヤを勿体ぶって鞘に収め、閉じた胸元のボタンをゆっくりと外しては、晒された薄い胸板に女のような指を這わせて見えない、何かを掴む。
暗い水色をした陽炎がたちまち両手と全身を包み込み、ズルリと体内から引きずり出される鈍色の刃が、見たこともないほどに邪悪に煌めいた。
「千切りにしてやるよ、ロン毛」
振り抜いた剣の鋒を真っ直ぐにバルバトスの心臓に向け、72柱は言う。
二体の悪魔の戦闘を、涼しい顔で眺めている。
ヒルフェが後退した直後、微量ではあるが纏う魔力に一瞬、弛緩が出来ていた。
油断、余裕、長髪の悪魔にそんな感情が生まれたのは、確かだろう。
長髪の悪魔が畳掛けるように、刀を振り上げ跳躍したタイミングで、右手にほんの一瞬ピンク色の始雷が伝う。
ボクの変化に、相手の悪魔はまだ気づかない。
一秒後、何の音もなく右手は白い煙幕を噴き上げ、全身を覆っていく。
ジゼル「……お馬鹿さん」
言葉の先、煙の隙間、淡緑の瞳は彼女を確かに嘲笑っていた。
煙に気づいた長髪の悪魔が顔を向ける。空中で方向を転換し、そのまま此方に剣を振り下ろす。
が、その時、ボクは既に
「ヒルフェ」
自らの悪魔の正面、見下ろす視線は揶揄う細められた。
右手が持つのは、切っ先が失われたロングソード。
彼にだけ聞こえる声量で、なるべく厭味ったらしい声で、微笑む。
「このままボクに助けられて」
王がいつまでたっても動かない
「二度と逆えないようにしてやろうか?」
それは、悪手だろう?
息が詰まり、華奢な身体がいとも簡単に吹き飛び、支えきれなくなった体重が踵にかかって1メートルは後ろに下がる。
敵の主人は相変わらず動かない。
微動だにしないキングとキングは、手駒のポーンが必死にナイトの剣を跳ね返そうとしているのをただ、本物の王様気取りで見つめているだけだ。
冷や汗が頬を伝う。
こんなところで、死ぬのはごめんだ。
崩しかけた体勢をギリギリで保ち、片手を石畳に突きながらこの場で1人荒い息を吐く。
左足の裏に彼女から吸い取った魔力を走らせ、剣には再度 、藍色の魔力を纏わせる
リサ「…………」
左から大きく薙ぎ払った。
アンドロマリウスの主人は、両悪魔の動きをぼんやり眺めているだけだった。
時折、上級生の位置を確認し目を細めて、距離を測ってるような振る舞いをみせていた。
ジゼル「……!」
ゾクっとした嫌悪感。
自分の魔力を自らが出す時と別の感触、引き出されていると認識せざるを得ないこの感覚。
表情には出さなかった、代わりに薄く笑みを浮かべた。
腕全体の感覚が一瞬で無くなるほど、強く打ち付けられた剣の勢いに早くも一歩遅れを取る。
食いしばった歯の隙間から漏れる小さな呻きを両手で持った柄に押し込み、ジゼルから強引に魔力を吸い取った。
ヒルフェ「――――っぁあ!」
気圧される身体と痺れた腕に伝う魔力をバネに、覇気の声が一息に選定の剣を押し返す。
長髪が尾を描くように揺れた瞬間、バルバトスはアンドロマリウスに向かって走り出した。
剣先は下を向き、加速するスピードに合わせるように地面を擦れる間際を滑るようだった。
藍色の魔力を纏った選定の剣は地面に細い線を描き、互いのリーチの寸前で右足を軸にして、勢いよく打ち上げた。
ヒュッとジャンビーヤを振りきって、逆手に持ち変える。
神話武器に太刀打ちできる力なんて、アンドロマリウスには無い。
それなのに一人で戦えだなんて無謀とか、無茶だとかしか言えない。
先に出ていく勇気が無いから嘯き、余裕のふりをしてバルバトスを待っている。
*
満ちている魔力の質と流れが変わった。
視認できるほどに波打ち蠢く緑色をその目に刻んで、アリーヤは憎々しげに顔を歪める。
魔力の扱い方に長けているのはあいつじゃない、私だ。
アリーヤ「モーリアン、バルマ、戦え。給料分働かないと、あとでぶっ殺すからな」
久しぶりに口にした悪魔の名前。
砕け散った鯱の形を成していた魔力を手繰り、引き寄せ、自分の魔術回路を通して荒れ狂う瀑布のように流し込む。
サリバン家の跡取り娘は本気だった。
従える二匹の悪魔をたちまち覆う黒い魔力がそれを物語っている。
ガードに使った地面には無数の矢が刺さり、上空で粉々に砕けた。
邪魔くさそうにそれを見つめ、頬を濡らす血拭き取っては、続けて降ってくる矢に、舌打ちを零した。
「revivre(訳/生き返る)」
左目が更に勢いよく、音を立てて回転する
目から魔力が迸っては瑠璃色を強める
ぽっかり空いた地面を通って、弾け飛んだはずのそれは、溢れ出す水流と共に穴を突き破って飛び出す。
耳を劈く咆哮、
主人が魔術で生み出した鯱がザガンの頭上を横切る。
無数の矢を大きな体で受けては、空中で弾け、大粒の雨の如く降り注いだ。
彼女の黒いドレスが翻って香水の匂いが鼻腔を刺激する。
塞がれていく退路と魔力を孕んだ熱風、全てが自分を攻めているのだと思うと感情が募る。
息苦しさからか、喘ぎを零した瞬間に腰を掴まれ、びっくりしたのか彼女に情けなくしがみついた。
生意気ね、その台詞に今度は本当にゾクゾクする。
氷の檻の中、屈辱と快楽の狭間で、瞳を滲ませる。
レン「……僕の初めて、アリーヤ先輩にあげる」
瞬間、魔力の流れが明らかに変わる。魔力の根源を絶たれているのにも関わらず、緑色をしたレンの魔力が蠢く。
自分だけが溺れることを許された泉、これから先、もう魔術が使えなくなってもいい、と頭の中で繰り返す。
異質で、異様な不気味な緑が凶暴にレンの周りを漂う。
その獰猛さに顔を歪めて耐えながら、中庭に漂う残滓を集め、体内に取り込み、それをトリガーとして自分のを引き出している。
上空で戦うアストライオスを一瞥し、二つのグリモワールを両手で握り、自分の全てを流し込んだ。
緑色の彼の渾身の魔力は、清く流れるように二人の悪魔へと分け与えられる。
熱い吐息に僅かなプライドを滲ませて、側にいるリリスを見つめる。
助けてくれるんだろ?と陶酔の表情の中で笑った。
リサ「おや、随分機嫌が悪いようですね」
声は明るいが、表情はなに一つ変わらない。
ロン毛と言われた際に、ピクリと一瞬、眉を動かしたぐらいだ。
自分が立っている地面は黒く濡れている。
左手の平を地面に向けてかざせば、黒い水溜りから選定の剣が姿を表す。
「子供の姿では、我儘が許されますからね」
ゆっくりと握り、足元で一振りし、藍色の魔力を宿した。
脹れ、滴り落ちる黒い球体が成した形に向かって、アンドロマリウスはニヒルに笑って答えた。
手首を振り、凝った関節を解しては、パキパキと指を鳴らして剣呑なオレンジの目に鈍い殺意を反射させる。
腰からゆっくりと抜き出したジャンビーヤが昼の光を眩いほど跳ね返して、銀色に輝いた。
腰を沈め、構えたジャンビーヤに水色の魔力を纏わせて、挑発するつもりで言い放つ。
「さっさと来いよ、ロン毛。自慢の青髪全部切り落としてやる」
*
標的を失い、あぎとを開けて迫る鯱は石畳に吸い込まれた。地鳴りするほどの轟音を奏で、大滝のような水流が夜闇を切り裂き弾け飛ぶ。
反射的に口許を袖で押さえながらうるさいな、とぼやく声は側に居る、マルファスにしか聞こえなかっただろう。
アリーヤ「逃がすか」
頬を舐めた熱風に喉が焼ける。
素早く走らせた視線の先、燃ゆる炎のカーテンの向こう側に浮かぶ影をねめつけては、アリーヤはまた呪文を紡ぐ。
「Ice cage(訳:氷の檻)」
バキバキバキ、とアリーヤの指差す地面に極寒の冷気を伴い突き出したのは、鋭利で巨大な氷の刃だ。
それは次々と石畳を破って聳え立ち、レンとベレトを取り囲む。
ぼうっと月明かりの下に浮かび上がる見えないはずのシルエットが、黒い魔力を纏い佇んでいるのが見えた気がした。
脹れ、滴り落ちる黒い球体が成した形に向かって、アンドロマリウスニヒルに笑って答えた。
手首を振り、凝った関節を解しては、パキパキと指を鳴らして剣呑なオレンジの目に鈍い殺意を反射させる。
腰からゆっくりと抜き出したジャンビーヤが昼の光を眩いほど跳ね返して、銀色に輝いた。
腰を沈め、構えたジャンビーヤに水色の魔力を纏わせて、挑発するつもりで言い放つ。
「さっさと来いよ、ロン毛。自慢の青髪全部切り落としてやる」
*
標的を失い、あぎとを開けて迫る鯱は石畳に吸い込まれた。地鳴りするほどの轟音を奏で、大滝のような水流が夜闇を切り裂き弾け飛ぶ。
反射的に口許を袖で押さえながらうるさいな、とぼやく声は側に居る、マルファスにしか聞こえなかっただろう。
アリーヤ「逃がすか」
頬を舐めた熱風に喉が焼ける。
素早く走らせた視線の先、燃ゆる炎のカーテンの向こう側に浮かぶ影をねめつけては、アリーヤはまた呪文を紡ぐ。
「Ice cage(訳:氷の檻)」
バキバキバキ、とアリーヤの指差す地面に極寒の冷気を伴い突き出したのは、鋭利で巨大な氷の刃だ。
それは次々と石畳を破って聳え立ち、レンとベレトを取り囲む。
ぼうっと月明かりの下に浮かび上がる見えないはずのシルエットが、黒い魔力を纏い佇んでいるのが見えた気がした。
くすくすと笑いながら、アストライオスは空に浮かんでいる。
防御されるであろうことは予想の範囲内だ。だからこそ焦りは微塵もないというもの。
降り注ぐ矢の勢いは留まることを知らず、周囲には黒い花畑が一面に広がる。うっかりすれば巻き込まれそうだ。
さて、相手はどう出るか。
主人とリリスは姿を消していた。全く、従者を置いて戦線離脱かい?酷いなぁ。
自分も離脱するべきなのだろうが、まだ何も自分は命令を下されていない。
くすくすと笑いながら、アストライオスは空に浮かんでいる。
防御されるであろうことは予想の範囲内だ。だからこそ焦りは微塵もないというもの。
降り注ぐ矢の勢いは留まることを知らず、周囲には黒い花畑が一面に広がる。うっかりすれば巻き込まれそうだ。
さて、相手はどう出るか。そして主人もどう動くか。
余計な一言を発しつつも横に薙いだマルファスの腕の動きに合わせて、黒い羽根は蝶のように群れた。
地獄の炎を取り囲む形で黒い壁が次々と錬成され、レン達の逃げ道を塞いでいく。
炎と水と風とが混ざり合い、息が詰まりそうな熱風がこれでもかと吹き荒れる。
少年が発したその声は果たして、彼女に聞こえていたのかいないのか。
ぬらぬらと黒い水のは膚を光らせて迫る鯱をひたりと見据えれば、黒いドレスの裾が翻った。
細腕からは想像もつかない腕力で無造作にレンの腰を掴み馬上に引き上げると、ヒールの踵が馬の脇腹を蹴り上げる。
豪ッ、という音と共に渦を巻く火炎旋風が収縮し、二人を包んではその場から姿を消した。
雨霰と降り注ぐ大粒の水滴は、鉄板のように熱された石畳から立ち昇る陽炎に触れ、シュウシュウと音を立てては霧散した。
肺を茹でるような暑さと、真っ赤な月明かりと混じりあう炎の紅。刃のように鋭い声だけが静かに響いた。
リリス「生意気ね」
それは少女か少年、どちらに対して発せられた言葉なのかわからない。
滲むような火炎地獄の中、また別の場所から炎の竜巻が起こったかと思えば、
声が聞こえた方向、揺れる踊る火の向こうに 二人分の影がぼんやりと見えた。
何かを繕うように滴っては激しく迸り、やがては人型へと変化していく。
陰気な音階、その黒が放出されている間だけ響く持続音
静かに圧倒するその音の狭間、舌打ちをした自分の悪魔にジゼルは微笑む。
その先には、
リサ「……久しいな、アンドロマリウス」
宝石が埋め込まれた瞳は、薄ぐもりの河のように不気味に光った。
何かを繕うように滴っては激しく迸り、やがては人型へと変化していく。
陰気な音階、その黒が放出されている間だけ響く持続音
静かに圧倒するその音の狭間、舌打ちをした自分の悪魔にジゼルは微笑む。
その先には、
リサ「……久しいな、アンドロマリウス」
宝石が埋め込まれた瞳は、薄ぐもりの河のように不気味に光った。
腕を掴まれ、脚を取られ、引っ張りあげようとする毒々しいピンク色の魔力を辟易したように一瞥し、振り払おうと抵抗する。
だが、頭の中に響く主人の声が、とうとう無視できなくなって舌打ちをした。そのまま、小さな身体は水面へと持ち上げられて、体内を通る魔術回路を伝って強引に魔方陣が描かれ出す感覚が痺れとなって全身を駆け抜ける。
頭上に描かれた魔方陣を突き破り、頬に触れた外の空気は噎せ返るような異質で、不快な魔力に満ち充ちていた。
明らかに主人のものでない魔力の元と、人間離れした異様な上級生を前にして、アンドロマリウスは露骨にまた舌打ちをする。
ヒルフェ「……聞こえてるよ」
枠線だけの輪郭を実体に変えながら、ため息混じりに吐き捨てた。
ワグテイルは瞬きをする。
その一瞬で、垂らしたインクが水に広がるよりも早く中庭に魔力が充満する。混じらない白と黒を同時に纏う、異様な姿だった。
ワグテイル「バルバトス」
少女の口が機械的に動く。
抑揚のない声が、彼を呼んだ。
悪魔を呼ばずに、自分一人で戦うのが普段の彼であったが、その感情は既に持ち合わせていなかった。
ジゼル「だから、気が乗らないんだってば」
明らかに、目の前の彼女に向かって放たれた言葉ではなかった。
取り出したグリモワールを持つ手に魔力を込め、それを飲み込もうとピンク色の魔力が包み込む。
「……、ヒルフェ」
半ば、強制的にでもこの場に呼び出そうとする
ワグテイルはジゼルを見るが、そのオフェリアの視線はどこを映しているのかも分からない。
ただ機械じみた動作で首を傾げる。
無表情は人形よりも、もっと薄ら寒かった。
当然戦いたいと思ってた。しかし、その人物をいざ目の前にした時、その感情は失われていった。
ジゼル「……幽明の境に立ってるような人と戦うなんて、気が乗らないなぁ」
そんなことを当人の前で愚痴る。
ただ不機嫌そうに青い輪郭は歪み、朧な実体を生み出して三次元になる。
大きな翼に隠れるようにしながら脚を寄せ、2段ベッドの上に腰掛けて主人を見下ろした。
そうして、面倒くさそうにまた頬杖を突きながら、3年前のことを閉じた目蓋の裏に蘇らせていくのだった。
*
記憶の海を回遊する無意識は、その時に覚えていた感情を爆発させ、自分自身を飲み込もうとする。
目の前の景色は冗談のように鮮やかで、ただ従うしかない。
ふいに頭の中の黒い水たまりに、一滴堕ちた雫が鼓膜を揺らす。
我に返った気がすれば、憎いアイツの声がした。
長かったような、短かったような。
夢を見るのとアイツと居るのと、どちらが嫌かなんて、そんなの決まってる。
僕はアイツが大嫌いだ
でも、いつかアイツを陥れて蜜を吸うのは楽しいだろうなと思ったんだ。
3年前のあの日、アイツの目の前に居たのは一匹の鶺鴒、ワグテイル=キャタラクトだった。
ふわふわと部屋を飛ぶ悪魔を目で追いながら、三年前のことをぼんやり思い出す
ジゼル「あのときの借り、返してくれるよね」
顎を上げて、ヒルフェ、と名前を続けて呼んだ。
記憶にない、とでも言うように、悪魔は少し目線を逸らしながら答えた。
水色の輪郭線だけの悪魔は水から上がるように身体を持ち上げ、大きな翼を広げては、ふわふわと宙を浮きながらのんびりと部屋を漂う。
クレヨンで描いた2次元の平面図の向こう側に、部屋の景色がそのまま映り込む。
振り返らないまま、煙草を吸って、近くの灰皿を手繰り寄せ、押し付けた。
ジゼル「……今年は動こうと思うんだよね」
火は僅かに細い煙を上げ、やがて見えなくなった。
ここで、やっと振り返る。
高い子供のような声の持ち主を見つめて、三年ぶり?と小首を傾げて笑うのだ。
沈みかけの夕陽を思わせる色は次第に揺らぎ、暗くくすんだ水色を木目の床に子供の落書きみたいに刻みながら、混ざらない二色はカーテンの隙間の窓に反射していた。
ヒルフェ「……………………………………………………なに?」
とてつもなく、長い沈黙。
描かれた召喚陣から、宙に水色の枠線で縁取られた少年の上半身がせりあがり、頬杖を突いていた。
高く細い独特の声色は、幼い悪魔のそれに相違なかった。
ベッドから起き上がり、カーテンの隙間から中庭を見下ろす。
戦っている人間が誰だか把握できないまま、窓際に置いたままの煙草に手を伸ばし、咥えて火をつけた。
数秒後、これから起こることを楽しむかのように口元を緩めて、召喚するつもりで呼んだ。
ジゼル「……、ヒルフェ」
手に挟んだ煙草は天井へ煙を上げ、半分ぐらいの長さだった。
細い脚が月明かりの下で、くねる。
咄嗟に悪魔の腕を掴んだ手は爪を立て、押し返そうとする。
ぼろぼろと崩壊した水門から溢れるように流れ落ちる熱い雫は、縒れたシーツに染みてゆく。
誰も、
何も、
助けてはくれないのだ、
けれど愚かな人の子は、自らの失敗に気付こうとすらしない。
きっと、その死が目前にまで迫ろうと。
少女の言葉に、悪魔の瞳が色を失くした。
悪魔でも呆れてしまうほどあっさりと、少女の未来はこの瞬間に定まった。
皮膚に白い指が食い込んでいく。
決して軽いとは言えない悪魔の体重が、細く折れそうな首にかかってゆく。
_______嗚呼、いっそこのままここで、殺してしまえたなら。
最初から拾ってなどいないのだ。
勝手に衣を掴んで、拾われた気になっているこの哀れな人の子を。
アマイモンは彼女を主と認めてはいないのだから。
「……そうやって、最期まで人の顔色を伺っていればいい」
地獄の業火に骨を溶かされるまで。
それが望みか。
少女の言葉に、悪魔の瞳が色を失くした。
悪魔でも呆れてしまうほどあっさりと、少女の未来はこの瞬間に定まった。
皮膚に白い指が食い込んでいく。
決して軽いとは言えない悪魔の体重が、細く折れそうな首にかかってゆく。
_______嗚呼、いっそこのままここで、殺してしまえたなら。
最初から拾ってなどいないのだ。
勝手に衣を掴んで、拾われた気になっているこの哀れな人の子を。
アマイモンは彼女を主と認めてはいないのだから。
「……そうやって、最期まで人の顔色を伺っていればいい」
地獄の業火に骨を溶かされるまで。
リュエール「…………え」
何を?
……何があるというのか。
この学園の外に、あの薄汚い路地裏に。
澱んだ瞳孔が縮み、虹彩が歪む。
勝てと言われた、だからここへ来た。
望みもしない強運が背中を押した。
ここは、実力が無ければ明日の陽の光すら拝めないような地獄の釜の底だ。
そうだ、ここが地獄だ
「…………っ」
滲んだ涙が目尻から溢れる。
引きつった喉に冷たい部屋の空気が触れる。
「……捨て、ないで」
その言葉はもう、生に取り憑かれた人間のそれでは無かった。
*
――Tell her to make me a cambric shirt,
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Without no seam nor fine needlework,
And then she'll be a true love of mine.
夜風の吹き抜ける渡り廊下の縁に腰掛け、向かいの窓から覗く月を眺めた。
それから伏せた黄金色の瞳の奥には、遠い昔の記憶ばかりが走馬灯のように駆け巡っている。
口ずさむ歌は、まだ近づいてきている誰かには気付かない。
ヒットしなかったことを確認した瞬間に唱え、左足が水飛沫を纏いそのまま空を蹴り一回転する。
真上に視線が向いた瞬間、器用に上空へと飛んだラボラスが、笑った。
クる、と分った瞬間、呼び出そうとしていた武器を空間から引き抜こうとするのをやめ、小さく舌打ちを零す
地面に足がつく時には、左足は元に戻り、右手を地面につけて、着地した。
「Invertir (訳/ひっくり返す)」
ラボラスが唱えた一秒後、息継ぎする暇など与えられず右手で地面を掴み、半径1mほどの円状の土をひっくり返し、降り注ぐ矢から身を守った。
それでも無数の矢から全て守れるわけではなく、頬と右手、右足の三か所は防ぎきれなかった。
ーーーこの曲。
耳に入ってきた聞き慣れたメロディ。故郷にいた時、よく口ずさんでいたものだ。
気分が僅かに高まる。
一体誰が歌っているのだろうかと、歌声の聞こえる方へゆっくりと歩いていった。
自らが求めている答えを返すこともできない無能な主にいら立ちが募る。
忌々しい契約がなければとっくに目の前の少女など殺しているのに。
数拍の沈黙の後、再び悪魔が語りだす。
ファジュル「もし貴女が、この争いに勝ち……叡智を手に入れたなら、何を望むのですか」
目の前の何も知らぬ少女が、望むのは何であろうか。
富か、命か。それとも。
少しだけ、悪魔の指の感覚が薄れてきている。
バルマに蹴り上げられた武器を咄嗟に持ち替え、弾き飛ばされることは防いだ。
だがその威力で一瞬ラボラスの体が宙に浮く。それを好機と受け取ったか、彼は巻き起こした風で上空まで一気に"飛んだ"。
風をまるで手足の様に器用に操り、翻弄する。
にこりと浮かべた笑顔の奥で、真っ黒な水を湛えた池のような瞳が光った。
「Regen hagel dans lied(訳:雨霰の舞踏曲)」
大きく広がったグリフォンの翼。
そこから黒光りする羽根が矢のように降り注いだ。
――
イヴァン「…言われなくても帰らせて貰うさ」
フラウロスの背を見送って、自分も後ろを向く。
一度も言葉を発さなかった主人が、まだそこに佇んでいた。
「ほら、帰るぞ」
突き放すようにフラウロスは笑った。
それから、ヒラヒラと手を振って細めた目を瞬かせる。
「ほら、もうお帰んなさい。お疲れなんでしょう?」
これ以上話す価値はない。
物言わぬ次期当主に一瞥くれ、主人の手を引いてフラウロスもまた夜の校舎へと消えていった。
先刻まで肩甲骨から生えていた黒い羽は徐々にその形を失い、やがて全てが無くなるとき左足を一歩前に出し、主人が生み出した雨粒の一つが足に触れた瞬間、ザガンは声を発した。
バルマ「stivale(訳/長靴)」
瞬間、左足が暗影に飲み込まれ瞳が一際音を上げた。
コンマ一秒、ザガンの左足は靴と同化し、鯱の赤く光る黒い肌を彷彿させるものに変化した
足と同化した靴の先端には、王者を彷彿させるような、鋭い黒い尾びれ
鋭くとがったそれは、落下のスピードを利用しつつラボラスが構えた武器を蹴り上げた。
まぁ普通はねぇか、と言葉を濁して、了承の意を示した。
本来ならば…下手を打たなければこんな契約はしていなかっただろうし、しようとも思わなかっただろう。
明日もまた、今日と同じことを繰り返すだけならば良いが、何処にもそんな保証はないのだ。
未だ言葉を発さない主を背に、悪魔はそんなことを思っていた。
――
おやおやまぁ、お相手はなんとも好戦的じゃないかい?
なんともはや、美しくないったらありゃしないじゃないか。
ザガンの気配を感じ取れたのは、風の流れが変わったのが肌に届いたからである。
暴風は更に激しさを増し、雨粒と炎すら飲み込んで旋風のように広がる。
アストライオス「…」
隠れていない左目で捉えた、空間の裂け目。
長物を構え、体制を整えた。
なんともはや、美しくないったらありゃしないじゃないか。
ザガンの気配を感じ取れたのは、風の流れが変わったのが肌に届いたからである。
暴風は更に激しさを増し、雨粒と炎すら飲み込んで旋風のように広がる。
アストライオス「…」
隠れていない左目で捉えた、空間の裂け目。
長物を構え、体制を整えた。
声の聞こえた場所を思い出し、上を見上げると其処には王者と呼ぶに相応しい動物の姿。
炎の柱に守られてはいるものの、上空から降り落ちる雫でその威力は薄まっている。
水に濡れた髪を搔き上げ、迫り来る王者を殺意を込めた瞳で見た。
レン「逃げるよ」
普段とは違う声で言った。
側にいた彼女以外には、聞こえないほどの声量だ
風の刃に捉えられたザガンは主人が鯱を召喚したのとほぼ同じタイミングで、翼を広げた。
黒いそれは劈く瀑布の音に掻き消され無音で、炎と風の刃と大粒の雫の合間を器用にすり抜けて落下というよりは加速するようにラボラスの側へ向おうとする。
バルマ「……リディル」
武器を呼ぶ間も左目は回転をやめないで、機械音だけを響かしている。
そして、右手で触れた空間に裂け目のような歪みが生じた。
まだだ、まだイケる。
ジリリと足裏の石畳を削り、眼鏡の奥の瞳が瞬く。
捉えるのは臆病な下級生。気位の高い悪魔を倒すのは厄介かもしれないが、本体を叩くのは簡単だ。
頬を舐める熱風を無視して、主人は再び魔術を紡ぐ。
アリーヤ「orca(訳:鯱)」
石畳を突如突き破るようにして噴き出した瀑布から、耳を劈く咆哮が轟く。
無数の牙をぞろりと生やした巨大なあぎとを目一杯に開いて飛翔した、それは見上げてもなお足りぬ程の――――海の王者。
真紅の月を覆う影から鋭利な刃物にも似た大粒の雫が雨霰と中庭に降り注ぐ。
鯱は絖る黒い肌を赤く光らせ、相手の主人へと迫る。
*
チェネレ「よく出来ました。そうね、厄介な相手だわ……尤も、そのカラクリが分かった今ではあの子を倒すのは簡単でしょう……」
腕を組み、小馬鹿にするように笑った途端、紅蓮の瞳は一層ギラリと反射して、細く細く眇められる。
逆光になった悪魔の顔が闇の中に沈む。
揺らめく白の髪が紅蓮の火の粉を散らしては夜風に靡く。
「明日でこの契約は終わりだけれど、ヘタを打てばその限りではないわ」
分かっているでしょう、
ケーリュケイオンの効果があのタイミングで発揮されたのだから、無論彼女は見ていたのだろう、一部始終を。ならば報告など要らないだろうにと思いはするが、結局律儀なアンドラスは答えるのだ。
ボディスとか言ったか、と言葉を続ける。確認の意味での問い掛けは背後の主へなのだが、果たして彼がそれに気づいたかどうか。
火のように光る瞳は、真っ直ぐにフラウロスを見据える。
――
アストライオス「お見事」
誰に聞かせるつもりでもないのだが、リリスの炎に拍手を贈ってみせた。
アストライオスの姿すら霞む程に唸る暴風は、炎を巻き込んで竜巻のように広がる。響いた声の方向を、鋭い耳は捉えていた。
そちらへと唸るのは、無論風の刃である。
誰に聞かせるつもりでもないのだが、リリスの炎に拍手を贈ってみせた。
アストライオスの姿すら霞む程に唸る暴風は、炎を巻き込んで竜巻のように広がる。響いた声の方向を、鋭い耳は捉えていた。
そちらへと唸るのは、無論風の刃である。
糞餓鬼と呼ばれた人物は、一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐに怯えた表情に戻り、涙目で何度も頷いた。
ぐるりと守るように取り囲む炎の円柱の隙間から、大蛇のように這う凄まじい炎を確認する。
その地獄の炎が、向かう先には___
バルマ「……ゲッ、恐怖の王までお出ましかよ」
消えたと思われた悪魔の嘆きが響く。
荒れ狂う竜巻の中にいるラボラスを狙っていた瞳が、面倒くさそうに細められる。
あぁ、もう舌打ちする気も失せた。
小蝿が文字通り五月蝿く飛んでいるようでは、ゆっくり煙草を喫めもしない。
宝石にしては鋭すぎる色を湛えた灰色の瞳が、“何もない空間”を射抜くように見据えた。
誰にも聞こえないような声で呟いた主とは打って変わって、よく通る声が夜闇を貫く。
リリス「高くつくわよ、糞餓鬼が」
蒼白の馬が高く長く嘶く様は、まるでファンファーレのよう。
自分達をぐるりと取り囲むように円柱状の火炎旋風が地面から吹き出すのと時を同じくして、
ベレトが一瞥をくれたその先を、吹き出した地獄の炎が大蛇のように這った。
惨めに地を這い許しを乞うていたあの時と、何も変わってなどいなかった。
なにか少し進んできて、このまま彼との関係がこんな、支配し、支配される者でなくなれば良いと思っていた。
違う、違う私は違う悪魔に従わされるのは私じゃない
私じゃない、はずなのに
リュエ「……ぁ、っ…………ごめ、ごめんなさ……」
溢れるのは、馬鹿らしいほど従順な謝罪。
間違いに気付く。頭が痺れる。
冷たい指先から奪われる体温が、熱い。
*
チェネレ「そうねぇ。だから貴方に恩を売ったのよ」
クスクスと愉快そうに肩を揺らして小さく笑えば、寝入りばなに無理無理連れてきた主人の腰に手を回す。
「一応、今日何があったのか聞こうかしら」
その目はレイヴンではなくアンドラスを見据えている。
話す気の無い相手とは話さないという明確な意思の煌く視線は、今日の出来事全てを見ていたクセにそう彼に尋ねるのだ。
はいはい、とでも言いたげに手を振って、フラウロスの嫌味を受け流す。
懐中時計を確認すると、所定の時刻の五分前だ。文句は言うまい、きちんと来たのだから。
俯いたまま自分の後ろについてきた主をちらりと見たが、何も云わなかった。
低く掠れるような声。
甘い花の香が一層強くなる。
「心配ですか?怪我をした私のことが。」
白く体温の低い悪魔の手がゆっくりと少女の頬を撫でる。
赤くはれ始めている頬は熱を持っていて、自分の指先がじわりと痺れていく。
喉の奥が熱くなって、口の中に鉄の味が広がったが、気にも留めずに悪魔はその指先を少女の顎に添わせて彼女の答えを待っている。
低く掠れるような声。
甘い花の香が一層強くなる。
「心配ですか?怪我をした私のことが。」
白く体温の低い悪魔の手がゆっくりと少女の頬を撫でる。
赤くはれ始めている頬は熱を持っていて、自分の指先がじわりと痺れていく。
待ち構えていたフラウロスは、彼らの姿が見えるなり嫌味っぽく言い放った。
重く頭痛のするような鐘の音が響き渡っている。
とぼとぼと足元を見る主人は、未だ顔を上げずに悪魔のうしろについている。
*
その背中を受け止めるのは、それなりに高価で柔らかいベッドのクッションだ。
ぎしりと小さく鳴いたスプリングの音が、耳元で聞こえる。
熱を持って痛む頬を押さえる暇もなかった。バランスを崩した痩身は抵抗する余裕すら失って、凍りついている。
じわりと滲んだ涙が遅れて目尻から流れ落ちた。
リュエ「……っでも、怪我、して…………」
逆光の中、鈍い翡翠の眼差しがこちらを見下ろしている。
縫い付けられたように身体が凍え、背筋に悪寒が這い回る。
続けて発した声は、もうほとんど音にすらなっていなかった。
パァンッ、という小気味のいい音が静かな部屋に響き渡る。
自分が仕出かしたことに気が付いたのは、自らの主が弾き飛ばされるようにベッドに倒れこんだ後だ。
今日の自分はどうかしている。
それもこれも何も、目の前の少女を庇ったせいだ。
哀れみか?それとも心配?
孰れも、そのような目を向けられるくらいならば、あそこで死なせておいた方がよかったに違いない。
ファジュル「私……あの場所が大嫌いなんですよ。」
乾いているくせに、いつも湿気を含んだように冷たい石畳を、白いヒールを打ち鳴らして悪魔が歩む。
足取りは酷く覚束ない。表情は、召喚者からは逆光になっていて、わからない。
悪魔はそのままベッドに歩み寄る。
杖はとうに取り落として地面に転がっている。
一匹だけになった蛇の彫刻が月光を反射している。
「何が楽しくて過去の自分なんか」
悪魔は片膝をベッドについて、横たわる彼女の顔の横に手を置いた。
漸く見えた悪魔の表情は、やはり酷く歪んでいた。
その瞬間、悪魔のきゅっと形のいい目が細まった。
一斉に鳥の羽根が此方へと襲い掛かる。自分も形は違えど羽を持つ者だ、受けて立とうではないか。
アストライオス「僕と似た力をお持ちのようだねぇ」
にっこりと微笑んだ刹那、荒れ狂っていた風がまるで意思を持つかのように彼の周囲を囲んだ。
最も風の防壁は、相手が姿を消してしまったが故に不発に終わってしまったが。
用心するに越したことはないとばかりに、蠢き暴れる竜巻が豪と唸った。
肩を落とし、わずかに腰を沈めて構える。
余計なお世話だ。この呪われた学園でそんな心の病にかまけている暇など無い。
擦るような声で悪魔に言い返せば、ようやく主人も戦闘態勢を取った。
かざした右手を突き出して一閃、魔術が迸る。
「reflection(訳:反射)」
嵐のように吹き荒ぶ無数の羽根が一斉に襲いかかった瞬間、飛び込むバルマと羽根の刃は、その一瞬で、〝消える〟。
瞬きをした、フレームとフレームの隙間に落とし込まれた1枚の静止画。
切り取られたその1枚の中にザガンと、羽根と、マルファスと、自分自身を、そしてマルファスの作った黒い壁ごと全て閉じ込めて、レンたちの前の前からマジックショーのように消えてみせた。
*
リュエール「……あ、うん……」
ごめんなさい。
もはやクセになった謝罪の言葉を口にしてから、自分がまた謝っていることに気が付く。
自分がなぜ謝っているのかすら見失いそうになっている主人は、唇を噛み締め俯いた。
このまま大人しく、いつものように怯えながら寝床へ潜れば良かったものを。
それはこの数日間で目覚めた〝彼〟に対しての不純な感情がそうさせたのだ。
震える拳を握り込み、勢いを失わないうちに息を吸う。
そして、
「あ、の、今日は……ファジュルもちゃんと、眠ったほうが……」
余計な一言は放たれた。
肩を落とし、わずかに腰を沈めて構える。
余計なお世話だ。この呪われた学園でそんな心の病にかまけている暇など無い。
擦るような声で悪魔に言い返せば、ようやく主人も戦闘態勢を取った。
かざした右手を突き出して一閃、魔術が迸る。
「reflection(訳:反射)」
嵐のように吹き荒ぶ無数の羽根が一斉に襲いかかった瞬間、飛び込むバルマと羽根の刃は、その一瞬で、〝消える〟。
瞬きをした、フレームとフレームの隙間に落とし込まれた1枚の静止画。
切り取られたその1枚の中にザガンと、羽根と、マルファスと、自分自身を、そしてマルファスの作った黒い壁ごと全て、レンたちの前の前からマジックショーのように消してみせた。
*
リュエール「……あ、うん……」
ごめんなさい。
もはやクセになった謝罪の言葉を口にしてから、自分がまた謝っていることに気が付く。
自分がなぜ謝っているのかすら見失いそうになっている主人は、唇を噛み締め俯いた。
このまま大人しく、いつものように怯えながら寝床へ潜れば良かったものを。
それはこの数日間で目覚めた〝彼〟に対しての不純な感情がそうさせたのだ。
震える拳を握り込み、勢いを失わないうちに息を吸う。
そして、
「あ、の、今日は……ファジュルもちゃんと、眠ったほうが……」
余計な一言は放たれた。
黒い羽が視界を埋める。難しい顔をしたⅥ年生は、走ってリリスの後ろへと付いた。
上級生に好戦的な態度の彼女と視線を合わせれるわけでもなく、斜め下に視線を下げたまま、彼女にだけ聞こえるほどの声で言った。
「…煙草奢る、儀式も後でする」
だから、守って。
俺も駄目だよ、こーいうの。と舞い上がる羽で出来た黒い壁の内側で返事をした。
勢いよく敵の方へ飛んでいく黒い羽を映す瞳は、青白い光を放ち機械音を立てて回転する
バルマ「noir-plume (訳/黒い羽)」
飛んでいくそれと同じような羽がザガンの肩甲骨付近から生え、羽ばたかせる音をゴウと轟かせ同じように敵の陣営に飛び込んだ。
「accelerazione (訳/加速)」
周囲の無数の羽と共に一気に加速した。
苛立ちを隠そうともせずに、悪魔の棘を含んだ言葉がその主人に向けられた。
こちらは未だに倒れ込みそうなほど痛みに苛まれている。
彼女に構っている余裕は無いし、さっさと床について欲しい。
この主人にだけは、いや、人間にだは弱みなど見せたくないのだから。
_____ましてや忌々しい魔法陣の中で眠りにつくのなど以ての外だ
血は既に止まっているが、聖なる力の所為で寒気は止まらない。
部屋が薄暗いのだけが幸いだが、冷や汗をかいているのは彼女にバレているかもしれない。
目眩を感じて悪魔がふらつく。
きつく目を閉じ堪えたが、同時に悪態をつこうとした声は、喉から絞りだせなかった。
苛立ちを隠そうともせずに、悪魔の棘を含んだ言葉がその主人に向けられた。
こちらは未だに倒れ込みそうなほど痛みに苛まれているのだ。
彼女に構っている余裕は無いし、さっさと床について欲しい。
この主人にだけは、いや、人間にだは弱みなど見せたくない
_____ましてや忌々しい魔法陣の中で眠りにつくのなど
血は既に止まっているが、聖なる力の所為で寒気は止まらない。
部屋が薄暗いのだけが幸いだが、冷や汗をかいているのはバレているかもしれない。
足がふらつき悪魔の身体が揺れる。
悪態をつこうとした声は、喉から絞りだせなかった。
恐怖の王は、アリーヤの仰々しい挨拶に目を細めただけで何も答えようとしない。
嘲笑ったのか不機嫌に口元を歪めたのか、唇の端が微かにめくれ上がったのが見えただけだった。
一方で。
自らの主人がこうなったらテコでも意志を曲げない事を、マルファスは知っていた。
モーリアン「はーあ…そんなんだからモテないんですよ、お嬢様はぁ!」
腕を組み、眉根を寄せ、不満げな声を上げると同時に、どこからともなく黒い羽根が舞い上がる。
吹き荒れる風に弄ばれているように見えて、その実一枚一枚が確固たる意志をもって浮遊する影の欠片。
どどっ、と地面を穿つ音を響かせてアリーヤを含む自分たちの周囲に突き刺さった数枚は、
互いが互いを飲み込み溶け合うようにして、味方を守る背の高い黒い壁と姿を変えた。
どんなになじられようと、道具として扱われようと、一応主は主なのである。今のところは。
ここでの戦いはボードゲームに似ている。
どんなに前列で歩兵が健闘しようと、王様が殺されればチェックメイトだ。
「僕正直こーほーしえんとかよくわかんないからぁ…まぁテキトーによろしくっ!」
同僚に対して首だけ振り返り、チャーミングにウィンクして見せた姿だけを切り取ると、
明るくて人懐こい、ボーイッシュなだけの少女に見えなくもない。
それも、彼女のよく通る声が響きわたった瞬間
浮遊していた羽根たちが、まるで烏の大群の如く一斉に敵陣に襲い掛かったのを除けば、だが。
無情に主人が言い捨てたのはその一言きり。
淀む周囲の魔力の残滓が歪み、濁り、渦を巻く。
相応の働きさえすればそれで良い。
悪魔など、ただの道具なのだから
*
シャル「……ya(訳:はい).」
斯くして、セーレは再び頭を下げた。
音もなく歩みを進め、リュエールに真白のグリモワールを押し付けると、その姿は濃紺の炎に焼かれて消えてゆく。
散った火の粉が頬を掠め、ハッと我に返れば落ち着きない黄金の視線はアマイモンを見た。
あれはただの不注意だ。
でも、そのことを口にする勇気は、この臆病な主人にはこれっぽっちもありはしなかった。
本当ならば迷惑な話である。
間違いでメルキュールとか言うあの脂ぎった少年の手に自分のグリモアが渡ろうものなら、シェイクスピアも真っ青な悲劇だ。
時偶此方を舐めつけるような視線を送ってくる彼が主人として命令して来ようものなら間違いなく引っ叩いているだろう。
ファジュル「私のグリモアは遊び道具ではないとよく言いつけておいてください」
そう言うと、ちらりと自らの主人の方を伺い長い溜息を吐いた。
どうやらセーレのお陰で、この悪魔の逆鱗に触れることは無かったようである。
アストライオス側から離れ、相変わらず決まりの悪い表情をしたまま、ぐぐっと両の拳を握った。
静かに深呼吸をして、漂う残滓と自分の魔力回路を意識した。
ズズッと一波、湿っぽい魔力が立ち籠める。
相も変わらず、上手に魔力を引き出せないし自分から悪魔に与えてあげることもできそうにない
足りなくなったら僕から取って、とお願いするハメになるし…。
今が夜でなければ絶対怒られてるなぁ、とぼんやり思う。
まして、目の前にいるのは
レン「……」
魔術師名家サリバン家の一人娘
Ⅶ年生、アリーヤ・A・S・サリバン
主人の支度が出来るのを待って、懐中時計を懐に仕舞いこんだ。
イヴァン「行くぞ」
カチコチと、秒針の音が聞こえた。
――
全く、本当に血気盛んな者ばかりだ。
そんなことをひとりごちても、この状況が変わるわけでもなし。
アストライオス「……どうぞ、お手柔らかに」
始まってしまったのならば、致し方あるまいと。
見知った相手の悪魔を眺めながら、にこりと微笑んでそう零した。
瞳が怪しく光ったのと時を同じくして、まるで竜巻の様な暴風が吹き荒れた。
悪魔を召喚した金髪の男は、居心地の悪そうな顔でアリーヤ嬢を見ていた。
べレトが果たして戦闘に参加する気があるのか分からないが、とりあえず、今は自分が戦わないといけないらしい。
下級生の人間と同じ方向をちらりと、後ろを振り返る。ねぇ、と一声、桃色の瞳を見つめる。
が、既に獲物を捉えたと言わんばかりの鬼気に満ちた表情に、呆れたように正面を向いた。
バルマ「viens.Maintenant,on va s'amuser (訳/おいで。さぁ、遊ぼうよ)」
獣のように目を見開いたタイミングで、左目が青白く光り輝く。
露草色の逆五芒星が回転し、群青色で刻まれた文字が浮き出ては逆回転し始めた。
シワだらけのシーツから床に足を付けると、冷え切ったタイルが容赦なく体温を奪っていった。
傍に置いてあるブーツに足を突っ込み、乱暴に靴ひもを縛る手つきはどうにも不器用で、ぎこちない。
*
シャル「…………お借りしました」
しかし、リュエールが口を開くよりも先に、セーレが言った。
断りもなく口を挟んだことを詫びるように一度頭を下げ、
「メルキュール・ヤン・ハイデルベーレを焚きつけるようザハトに命じられたのです」
ぽそぽそと小さな声が、それでもこの静寂の中に、凛として響くのだった。
「・・・・シャル」
彼の手に持つ白表紙の魔導書を見つめれば、説明を求めるように再び主人の方へ視線を動かす。
それは主人の身を案じる言葉であった。自分の不祥事を責め立てるようだが、フラウロスが居なければ今頃自分はあの双子の下僕になっていたのだろうから。…否、もしや契約相手も見つからず放置ということもあったかもしれない。
「ほら行くぞ」
秒針は、時間は待ってくれない。
――
アストライオス「…はは、これは何とも抽象的な命令だね」
怖いからなんとかして、とまるで幼子のような依頼ときた。
リリスに戦闘意欲はあるのか定かではないし、そして相手はやる気満々と来た。
…まぁ、どうにかするしか、ないよねぇ。それが僕の仕事だもの。
「出来得る限り、善処しようか」
またしても返事は小さな声だった。
斜め下に下げられたままの視線を泳がせ、彼の召喚した武器と上級生の悪魔とを交互に見た。
上級生の悪魔はお喋りなのと胡散臭いのと二体。
アストライオスに小声で言った。
「…あの先輩、怖い。なんとかして」
座り込んだベッドの上で、主人は膝を抱えた。
レイヴン「…………行かなきゃダメかな」
今日は疲れたんだけど、と甘えがつい口を突く。
しかし、心許なそうに逸らす視線はそれがいけないことだと分かっている。
顔を上げたレイヴンの目の前に、じゃらりという金属音と共にぶら下げられるアンドラスの懐中時計。
それの長針は丁度、あと45度動けば真夜中の十二時を指し示す位置にあった。
その手には自らの君主の魔道書を持って、ひっそりと小さなシルエットはアマイモンの背後に跪いた。
*
荒れ狂う水の中でもがき、終わりもなくただ引きずり込まれる。
伸ばした手の向かう先は渦巻く灰色の――――シーツだった。
浅い眠りから、突然浮上した意識はまだ波間に揺れている。
大げさに震わせた身体はやはり頼りなくて、やっとのことでレイヴンは顔を上げた。
状況的にも、戦意があるのは明らかに向こうの方ではないのだろうか。
自分の主は余り面倒事を好む性格ではない気がする。自分が喚ばれたのは、恐らく急かされたか脅されたか何かだからではないだろうか?
自分の武器である長物を召喚しながら、相変わらず笑顔のままで言葉を紡いだ。
――
イヴァン「……おい、起きろ」
夜。外は夜の気配に満ちていた。
ベッドで眠っている主の肩を揺らす。あまり手荒い起こし方はしたくないが仕方ない。
「そろそろ時間だろ」
悪魔は目を伏せながら途切れ途切れに答えた。
自分ですら気が付けなかったのだから。
蝮へと姿を変えて躍りかかってきたボティスの姿が脳裏に蘇る。
____相手がエペだったというのに
数度咳き込むと、手のひらを血の赤が汚した。
チェネレ「…………遅いわね」
聳える時計塔を見上げながら、雪豹のシルエットが揺らめいた。
大きな獣は人へと姿を変え、ぼやくように呟く。
約束は守られなければならない。
それを破ろうとするならば、すべからく与えられるのは、紛れもなく罰。それだけだ。
同じように笑いながらそう言って、騒ぐ彼女に、空気を読め。とだけ言うと、奇妙な瞳を細めた。
上級生の悪魔を聞きながら、ラボラスの後ろに隠れたままのⅥ年生は、内心ぞくぞくするものを押さえながら怯えた顔をしている。
べレトの方を俯きながら、髪の隙間から見るが、直ぐに逸らした。
レン「だって、あのひとが………」
声は語尾に成るに連れて小さくなっていく。
優しいと云う言葉に、愛想よく笑って返す。逆にベレトにはあからさまに嫌悪感を示されたが、悪魔は柔らかく微笑んだまま取り合わなかった。
夜中に召喚された時点でベレトの機嫌が最高に悪いのは仕方がない。彼女の精神を逆撫でするよりは、言い返さない方が良いと思ったのだろう。
「……さて、これは夜中に近所迷惑なことをする流れかい?」
戦闘が避けられない…というよりかは、自分らは戦闘のために喚ばれたのだろうと感覚で分かってはいるけれども。
言葉に呼応するようにグリフォンの翼が揺れ、魔力のたっぷりと染み込んだ空気を掻き混ぜるように凪いだ。
今になってやっとその傍迷惑なお喋り再開させた悪魔にチョップを食らわせ、主人は心底うんざりしたような顔をして声をかけてきたベレトを見た。
王に対する最低限の礼儀は必要だろうか?うっかり彼女の炎で丸焼きにされては敵わない。
アリーヤ「これはこれは、偉大なる恐怖の王。お目にかかれて光栄です」
女子生徒はシニカルに頬を歪めた。
片足を引き、お辞儀をするが、首に余計なのがくっついているせいで様にならない。
「何事にも時期というものがありましょう」
そしてついさっきまで、この世の終わりみたいな目をしていた人物とはまるで思えないように、毅然とした態度をとってみせるのだ。
相も変わらず主人を擁護する姿勢をとるらしいアストライオスにあからさまに嫌な顔をすると、
長い脚を馬上で鷹揚に組み替え、つまらなさそうに鼻を鳴らした。世にも大胆な職務放棄である。
昼間は欠かさずに差している日傘を夜である今は閉じており、鋭い切っ先がぎらりと凶暴に光ってさえ見えた。
こんな時間に非常識にも勝負を仕掛けてきたのは一体どんなろくでなしかと視線を向けてみれば、
そこに居たのは 思わず笑ってしまう程に優越感と勝利を欲し、ぎとぎとの承認欲にまみれた少女だった。
「おやおや、誰かと思えばサリバンとこの小娘かい。
そうやって威勢の良いわりに、最近は随分と大人しかったみたいだねェ」
ネコ科を思わせるベレトの瞳が、面白い玩具を見つけたとき
ハルファスの意識は、ここではないどこかに…または誰かに向かっていた。
次々と湧き上がる同胞達の気配。しかしその中にもまた、探している面影はない。
短く切られた髪の毛の下、宝石のような瞳が虚ろに世界を映し出す。
―――そこに『彼女』がいないなら、こんな場所で戦う意味なんて無いのに。
と、そのとき、背中に無視できない衝撃が走る。
ぴぎゅ、と何かが潰れたような声にならない声を発して蹴りだされたハルファスは
ころんと無防備に転がり、ザガンの隣で止まって、数秒の沈黙の後
まるで今の今まで眠りこけていたかのように、大口を開けて一つ欠伸をしながらむくりと起き上がった。
モーリアン「ふわぁ~あ……んー…あんまりにも暇だったんで僕いつの間にか寝ちゃってましたよ~…って、
え?えぇっ!?何これなにこれナニコレ、なにこの状態ーー!あっお早う御座いますみなさん~!
お嬢様お嬢様ぁ、僕ずーっと思ってたんですけど、もしかしなくてもお嬢様ってちょっとアホだったりします?今夜ですよー!
はっ!そっかあまりにも眠ってなくてとうとう脳味噌イカレちゃったんですか!うわぁあーーん!」
あまりにも失礼な発言ばかりが飛び出す口をようやっと開きながら、アリーヤの襟元をむんずと掴んで躊躇なく揺さぶる。
バルマもなんとか言ってよ!と振り返りざまに叫ぶ目はいつも通り爛々と輝いており、振りかざされた理不尽さ故か微かに涙さえ浮かんでいた。
大いに不機嫌なべレトを一瞥し、すぐに先ほどの人間に視線を戻そうとしたが、彼の姿は其処になかった。
が、ぼそぼそと小さな声は聞こえた。
声の先には、煌く美しいグリフォンの翼。奇妙な瞳は、その翼の持ち主である悪魔を捉えた。
バルマ「優しいねぇ、ラボラス。」
中庭に残る魔力の残滓が色濃くなっていくにつれ、左目の奥が疼く。
きちんと寝ないと体を壊すよ、と続けた台詞は、彼ならではだろう。普段から主の生活の一切合切を引き受けているのだから、自然な発言である。
グリフォンの翼が数度ばさばさと羽ばたくと、翼に装飾品の様についていた露の玉が闇夜に煌めいた。
不満、猜疑心、嘲笑。様々な負の感情が魔力とともに渦巻く中、呆れるほどに悪魔は自分のペースを貫いていた。
夜を彩るように炎と水が交差し、生ぬるい風が金色の髪を揺らした。
レン「……」
悪魔らしい恐ろしい声であると同時に、何処か艶っぽい彼女の声にレンは無表情のままだった。
正確には、怖くて固まってしまったと言っていい。
表情が、気迫が、あからさまな不機嫌で、そうさせたのは自分自身であることは分かってた。
何も言えないまま黙り込んでいたが、優しい声のアストライオスへと近づいて行って、美しいグリフォンの翼で隠れてしまうような位置へ立った。
「……散歩してた、だけ」
ぼそりと子供のように呟いた。いつだって彼は優しい。
この位置で、ごめんとリリスに謝ろうと、視線を変えようとした瞬間、上級生の胡散臭そうな顔が映った。
嘲笑と、余裕、上級生になればこんな表情出来るのかと的外れなことを思った。
夜間における魔術行使の制限は、ほぼ無制限と言い切って良いほどにここの空気は澱んでいる。
まるで格式高い魔術師名家のような真似事をする下級生に一瞬だけ、胡散臭そうな視線を送っては、
アリーヤ「やれば出来るじゃん」
偉そうに笑うのだった。
水と炎、二つが交差して煌々と闇夜を切り裂き激しく、静かに顕現すれば、息をするのも苦しくなるほど、胸焼けのする濃厚な魔力が渦を巻く。
次々と悪魔たちが目を覚ます中、なぜか気味の悪いほどに黙りこくるハルファスをザガンの隣に無理やり引っ張り、横暴な主人は自らの悪魔の背中を蹴った。
夜間における魔術行使の制限は、ほぼ無制限と言い切って良いほどにここの空気は澱んでいる。
まるで格式高い魔術師名家のような真似事をする下級生に一瞬だけ、胡散臭そうな視線を送っては、
アリーヤ「やれば出来るじゃん」
偉そうに笑うのだった。
水と炎、二つが交差して煌々と闇夜を切り裂き激しく、静かに顕現すれば、息をするのも苦しくなるほど、胸焼けのする濃厚な魔力が渦を巻く。
次々と悪魔たちが目を覚ます中、なぜか気味の悪いほどに黙りこくるハルファスをザガンの隣に無理やり引っ張り、背中を蹴った。
流れる水が地面を削る様に石畳に刻まれたのは、第二十五柱グラシャ=ラボラスの召喚陣。水飛沫のような煌きが闇に迸ったと同時に、空気から溶け出すようにして現れた悪魔は、大きなグリフォンの翼をはためかせて笑った。
アストライオス「……夜は休息時間じゃなかったのかい」
召喚されたことに対して明らかに不満気なリリスとは裏腹に、穏やかな微笑みを浮かべてそう口にした。
綺麗な形のタレ目が細められ、一層優しげな雰囲気だ。先程の清流の気配のような、悪魔らしからぬ雰囲気である。
野良猫のように首根っこを捕まれ、引きずられるように…というより引きずられていた鴉少年は、
隣り合って浮かび上がった、『2つのグリモワール』を真っ黒の瞳に映していた。
さんざ煩く騒いでいた先刻とは打って変わり、一体何を思ったか悪魔は押し黙っている。
突如として夜闇を切り裂いたのは、誰もが耳を塞ぎたくなるような オーケストラのがなり声。
出処が何処なのかも分からないまま、鼓膜のすぐ隣で鳴らされる悪霊達のファンファーレは、確実に頭痛を誘った。
猛り狂った悪鬼の爪がガリガリと引っ掻くように 石畳に荒々しく描かれるのは、第十三柱ベレトの召喚陣。
同時に、遥か地の底、地獄の釜の炎が 地面に刻み込まれた裂け目から天を衝かんとばかりにうねり、燃え上がる。
止まない音楽と火炎旋風の最中、血の色をした火のカーテンから、蝋のように生気のない蒼白の馬の脚がおもむろに現れた。
リリス「ねェ、あんた頭ン中に藁クズでも詰まってンの?」
馬に乗った彼女の横顔が炎の中から現れると同時に、張り手のような第一声が飛ぶ。
喩えるならば、触れるだけで骨まで断つ刃物の声。
虚ろな目をした冷たい白馬の背には豪奢な鞍が取り付けられ、そこに横向きに脚を流して座る彼女は、いつにも増して不機嫌だった。
それもその筈。時間外労働なんて認めた覚えは無いし、そもそも召喚すら好かない質なのだ。
形の良い眉はあからさまに顰められ、オパールグレイの瞳の奥には、反射でも何でもなく 文字通りどす黒い炎が燃えていた。
金色の髪から覗く碧眼は、もう一度、主を見たがその狂気染みた笑顔に圧倒されたのか、静かに閉じられた。
レン「………ソロモン王に使役され封印された悪魔より、25柱グラシャ=ラボラス、13柱べレトを召喚する」
型式固いその声に、少年ローブの下から魔道書が二冊宙に浮いた。
目を開いて、息を吐けば冷たい魔力の風が静かに両者の間に流れた。
「今我が呼び声に応えよ」
これから召喚される悪魔名をザガンは頭の中で繰り返していた。
どちらも出会いたくない人物であるのは、言うまでも無い。面倒臭そうに、主の方をみた。
パン!と音高く閉じられたグリモワールが紫紺に光り輝いていた。
尚もアリーヤは、ニヤニヤと相手の神経を逆なでするような笑みを浮かべている。
ゾッとするような笑顔は、もはや人のするものではなかった。
自らの悪魔を無視し、レンを急かす。
記憶力は悪い方ではないと自負しているだけあって、どれも見覚えのあるものばかりだ。
鉄仮面のような無表情では、何を考えているかは読み取れないかもしれない。
だがちらりとベッドに横たわる主を見る視線には、冷徹な雰囲気だけでない何かがあるのである。
猛烈な風と共に悲劇的な音階が響き渡り、本能的に半歩下がった。
頭の中では、逃げる通路だとか、相手との間合いだとか色々な考えが飛び交っていた。
バルマ「……アリーヤ嬢……正気?」
上級生の悪魔の声は呆れたような蔑んだような声だった。
息をゆっくり吐いて、顎を引き、ファイティングポーズをとる。
冗談だろ?と召喚された悪魔が視線の先で笑ってる。
気色の悪い笑みを浮かべたまま、胸に抱いたグリモワールを右手で持ち、無造作に頁を捲る。
レンの吐いた邪な名は、たった今快い返答としてアリーヤに受け取られたのだ。
アリーヤ「Summon Come!Zagan(訳:いでよザガン)」
好戦的な叫びが、沈黙の夜に悪夢を混淆させた。
朝を告げる挨拶に後ずさって、怯えた表情をしたまま桃色の瞳から視線を外す。
レン「…………アストライオス、リリス」
少年は悪魔の名前を呼んだだけだった。
不明瞭な単音が、鼓膜を揺らす。
顔を上げた。
意識の片隅で醒めていた殺意のようなものが、脳の奥で沸き立つのを感じていた。
まるで他人事だ。
けれど外に出てきたのは、やはり獲物を捕らえるためで、今苛立っているのは、安寧を掻き乱されたからだ。
アリーヤは立ち上がった。
糸に吊られた人形のように、ズルリと壁を背にして。
アリーヤ「……Good morning.」
冴えざえと光る桃色の目がレンを見ていた。
アリーヤは笑っていた。
心持ち語尾の跳ねる挨拶が、違和感だらけで放り投げられた。
不明瞭な単音が、鼓膜を揺らす。
顔を上げた。
意識の片隅で醒めていた殺意のようなものが、脳の奥で沸き立つのを感じていた。
まるで他人事だ。
けれど外に出てきたのは、やはり獲物を捕らえるためで、今苛立っているのは、安寧を掻き乱されたからだ。
アリーヤは立ち上がった。
糸に吊られた人形のように、ズルリと壁を背にして。
アリーヤ「……Good morning.」
冴えざえと光る桃色の目がレンを見ていた。
心持ち語尾の跳ねる挨拶が、違和感だらけで放り投げられた。
昼間と違い夜間は存分に魔力を使えないし、悪魔だって眠りに落ちる。
一人っきりでのんびり出来るのは、この夜の散歩ぐらいだと思う。
あの部屋には同級生であろうが、怖いのとおっかないのがいてくつろげないし、と、校舎裏で足をとめた。
レン「…………ぁ」
蹲るダークグリーンの髪色、ラストネームは思い出せるのにファーストネームは思い出せない。
いざ奮い立って獲物を求め外へ出たというのに、世界の終わりもかくやと言わんばかりの大惨劇を目にしてすごすごと校舎の陰で蹲っていた。
そんな自分自身へ向けるのは憐憫か、諦念か。
あんなにも煩わしいと思った悪魔がいざ黙り込んでしまうと、それはそれで神経がささくれ立ち、そんな自分にますます苛立つ。
重く溜め息を吐いた。
……何をしているんだろう。
こんなことなら、さっさと死んでしまえば良いのに。
哀願混じりの釈明をするみっともない未練は、まだこの手を強く握っている。