木犀の音が聞こえた
- カテゴリ:日記
- 2022/10/16 03:49:21
夏が一気に冬に向かう。
その間にあったのは、雨だった。
雨の日はわざわざ出かけない。
毎日買い物に行かねばならない住環境は、今のこの国にたぶんあまりない。
窓から庭を見る。大きなミモザの木が、思うまま枝葉を伸ばしている。葉の先には十分に潤う雨の残り香。
春にはあでやかに黄をまとう木も今は緑が鮮やか。冬になるまでは自在に腕を伸ばすだろう。
奥に見えるのは柿の木。たわわな橙の実。
ここに居るのは今私一人だが、ここは私の家ではない。ていの良い言い訳なのだが、私はその柿が渋柿であるかないかすら知らない。明日は一つ捥いで確認せねばならない。渋柿ならばアルコールに漬けて渋を抜き、そうでなければ、ピクルスにでもしようか。
残念ながら、この庭に、金木犀はない。沈丁花はまだ残っているだろうか。主のいない庭は、ただ在るだけだ。
通りかかる道で金木犀が植えられていることに気づく。今年はまだ嵐に落とされていないとふと微笑う。
毎年この花に出会えるのは本当に短い。
この木は雌雄異株だ。 そして日本には雄株しか入ってこなかった。故にこの木はどれだけ花を紡いでも結実はせず次の木を得ない。挿し木か、ひこばえで木をつなぐ。
私はこの匂いに出会う度、春の桜を思い出す。この木もまた、自身の力では増えることをしない。この木を愛した、あるいは執着した人々が在って、今に至る。接ぎ木挿し木で増えてきたこの桜は、常にクローンだ。故に一斉に咲き一斉に散り果てる。
私はこの花を愛し、また嫌う。この季節を厭わしく思う。
金銀木犀、これらも、己で結実しないそれは少し似ている。だがこれはクローンなのだろうか。日本に入ってきたのが雄株のみとして、これは複製なのだろうか。
季節が秋に至り、金銀木犀は咲きほころぶ。雨に風にすぐに負けてしまう弱弱しさで。
この花の香りは音のようだと思った。微かな小さな鈴の塊がリンリンと鳴っているようだと思った。桜の艶やかさは持たず、しかしここに居るのだと鳴っていた。
花の時間は短かく、花弁はけっして派手さを持たず。鳴る。
甘く酩酊するような香りを持って、鳴る。
今夜はまた雨が降っている。
明日歩く道で、私はこの音を聞けるだろうか。

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- 京介
- 2022/10/16 22:34
- 花の香りを音に例える面白い表現です。発想豊かさを感じ取れます。
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