Nicotto Town



12月自作 『鐘・刀』「見者アドウィナ」前編

 こんこんと白い雪が降る中、大広場に弔いの鐘が鳴り響く。

 正面にそびえる王宮から聞こえるそれは、悲痛な悲鳴のようだ。

 嗚咽のごとき、重く低い音色。聞けば聞くほど憂鬱になる――

 

西の大国エティア。

王都エルジにて王が急逝したのは、王都で雪まつりが開かれた直後のことであった。

民は喪に服せよと布告を受けた。

まさかあの英雄王が身罷るなんてと、エティアの人々は驚愕し、嘆き悲しんだ。

 王は若かりし頃から大国スメルニアとよく闘い、よく勝利を得てきた。

 白の盟主や魔王とも果敢に対峙して、輝かしい武勲は数知れない。

 異国にとっては度しがたい難敵。ゆえに刺客に襲われたことはこれまでに幾度もあったが、王宮の守りは堅く、蛇の妃に認められた守護の騎士もいる。だからよもや戦場以外の場所で、しかもよりによって自身の王宮の敷地内で殺されるとは、だれもが予想だにしなかったことであった。

 蛇のお妃は半狂乱となってひどく暴れ、守護の騎士によってなんとか鎮められた。

王宮の屋根はその時の騒動でこぼたれたままで、いまだ煙をあげている。

「とにかくも、この葬礼は略式です。正式なるものは、下手人の首を捧げまして、太陽神と合祀されます陛下の御霊を鎮める、という形で行わねばなりませぬ」

 王室の祭礼を司る神祇官がそう主張したので、赤毛の守護の騎士は臣下団から犯人検挙を急げと催促された。

 犯人の首をなんとしても手に入れろ、という要請を受けたものの、騎士は途方に暮れた。

 昨今の情勢をかんがみれば、黒幕はおそらく、長年の宿敵スメルニア。かの国はこれまで、あの手この手で王の命を狙ってきた。下手人はきっと、スメルニアが雇った刺客であろう。

なれども王の遺体はきれいで、ほとんどどこも傷ついていなかった。ただ一カ所心臓にごくごく小さな刺し傷があり、そこから血が流れ出ていたのだが、王の体に穴を開けた武器と思われるものは、なぜか王の手に握られていた。

 針のような剣。刀のような刃をもたぬ、ただただ先端のみが尖っている突剣である。

 それは王が常に、衣の隠しに忍ばせていた愛剣であった。

 状況的には王が自死したともとれる。なれども、今この時、王が命を絶つ理由など露ほどもない。

「ふむ。それで過去見の技を、この剣にかけてほしいと仰るのかえ」

 鮮血が洗い流された床を眺め下ろしながら、黒い衣をまとった老婆がしわがれた声を発した。

 緑のマントに広刃の剣を負う赤毛の青年は、そうなのですと首肯した。

「目撃者がいません。召使いも衛兵も、首を横に振るばかりなのです。陛下は護衛を連れず、ひとりでここをお通りになっていました」

 雪まつりの会場へいたる、薄暗い通路。

 床は石畳。石組みの壁。右手に庭園が見える窓がずらり。楽々そこから人が侵入できる大きさだ。

 下手人は雪まつりの会場に紛れたか、それとも庭園に出て、こそりと逃げたか。

「分からないのです。足跡ひとつ、残っていませんので」

 騎士の青年が困り顔で、王を殺めた剣を黒衣の老婆に差し出す。

「なのでどうか、あなたの御技でお願いします。その日この場で何があったのか。この針のごとき剣から、読み取ってください」

 鐘が鳴る。

 哀しみの悲鳴をあげている。

 英雄王はもう戻ってこない。棺は封じられ、王家の墓地に運ばれた。

 王の無念を語るのはただひとつ。その場に在ったものだけだ。 

「灰色の技師ピピ様のご紹介にて、急遽あなたを呼んだのはそういうわけなのです。大いなる見者、アドウィナ様」

 任せよと、老婆は騎士から先だけ尖っている剣を厳かに受け取った。

「血糊は吹いておるまいな」

「はい。なにも手をつけてません」

「よかろう。では、見てみよう」

 鐘が鳴る。

 怒りの叫びをあげている。

 守護の騎士は老婆に深く頭を下げた。唇を噛み、哀しみをこらえながら。

「よろしくお願いいたします」

 

 

 無機質なるものにも、魂が宿る。

 大陸の北部では、そのような信仰を持つ国がいくつかある。

 人や生き物と同じように物にも霊が宿り、何もかもを記憶するのだという。

 特に逸品の技物、質の良いものには、記録箱のように膨大な情報を保持するのだと信じられている。

『つまり私のように、情報を蓄積するわけですよ』

 と言ったのは、騎士がかつて持っていた剣だ。

 聖なる剣は北の果ての寺院に封印されているのだが、ウサギの技師が先日そこへ赴いて、封印所にもろもろの遺物を置いてくるついでに、彼と会ってきたらしい。

 そこで二人はしばし、物に宿る御霊についての談義をしたそうだ。

 聖なる剣は鼻高々に、こうのたまわったという。

『良い品々には記憶を保持する力があります。まあ、私のように尊い魂が在り、こうして意志が在り、精神波を発して人と交信するという、超高性能なものは希少でほとんどいませんが。なんのへんてつもないコップだって、何年分もの情報をためこむことができますよ。それを外に引き出すことは、とても難しいことですが、不可能ではありません』

 黒き衣の導師とか。北の国々の占い師とか。

『見者と呼ばれる術師たちならば、ものにこめられた記憶を読むことができます。ピピ様にもできると思うんですけどねえ』 

 ウサギの技師が、自分ではおそらくしんどいだろうと苦笑すると、剣はひとりの老婆の名を口にした。

『黒き衣のアドウィナ。史上唯一の、女性の黒の導師』 

 かつて赤毛の騎士が持っていた聖なる剣は、うっとりえんえんと、アドウィナの勲詩なるものを歌いあげたそうだ。

 アドウィナこそは、女であることを隠して北の果ての寺院に至り、性別がばれて追放されるまで、黒の導師の長老であったという。

『追放された後は北国のある王様に雇われまして、倒した竜は十五匹。しかしなにより、神獣パルグーンを御したという武勲の持ち主であられまして――』

 そのようなことがあったので、守護の騎士が王を殺めた犯人を捜さねばならないということになったとき、聴取を受けたウサギの技師はすぐさま、見者アドウィナのことを思い出したのであった。

「剣曰く、彼女と共に遠征に参加したことがあるそうだぜ。第二十二代目の主人の時だってさ。かれこれ三百四十五年前になるとかなんとか」

「さんびゃく?」

 赤毛の守護の騎士はびっくりしたが、不死のウサギはこともなげに答えたものだ。

「黒の導師のなかでも、アドウィナは不死の技を極めたすごい人さ。俺の弟子だった黒き衣のルデルフェリオなどと双璧の、ご長寿組だよ。今は天に浮かぶ小島のひとつに隠居してるけど、俺が連絡したら来てくれると思うよ」 

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2021/01/01 06:06
新しい王の誕生ですが、解せぬお話ですね。

何故、王様が死んだのかが気に成ります。




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