10月自作 (月見)「玻璃の珠」前編
- カテゴリ:自作小説
- 2020/10/31 22:25:03
作るのは簡単なのです。
思いっ切り、この白銀の管を吹く。
ほんとうにただそれだけで。
種も仕掛けもございませんよ。
1たす1は2であるように、夜が明ければ朝が来るように、
これは当然の結果なのです。
管の先にまっかに溶けたガラスを付けて、思い切り吹く。
そうすれば、しゃぼんのように膨らむのです。
きれいな縞模様を付けたければ、短く吹くのと長く吹くのを繰り返します。
水玉模様にしたければ、短く吹くのを繰り返します。
棘つきの鋭いものにしたければ、鋭く何度も何度も息を入れます。
むずかしい?
いえいえ、大丈夫ですよ。
どんなに弱々しい吐息でも、きれいな球になりますから。
1引く1は零であるように、陽が沈めば夜がくるように、
これは必然の結果なのです。
ほら、とてもきれいでしょう?
*******
紅葉で彩られたお山のふもと。紅の葉っぱが散り落ちる森の中に、その工房はある。
きんと冷えた土間。高い敷居。茶色い板の廊下。古民家を改造した工房は、ガラスの粉を溶かす炉の周りだけ、かあっと熱い。
職人が見本として手のひらに載せた珠は、それはそれは美しかった。
透き通った白銀で、触っただけで砕けてしまいそうな、儚く薄い宝玉だった。
中に小さな蒼い炎がちらちら燃えていて、 職人の手をほのかに照らしている。
黒幕を垂らした棚にそっと置かれたそれは、夜空に浮かぶ月のよう。
あたりを淡く優しく照らした
「そういえば今年は、お月見しなかったなぁ」
私がしみじみそう言うと、隣に並ぶ同級生が首をわずかに傾げた。
「お月見?」
「うん、母さん仕事忙しくてさ。団子買うのも忘れちゃって」
「そうなんだ。うちは私が白玉ゆでたよ」
ぷっくりふくよかな同級生は、和洋問わず色んなお菓子を作るのが趣味だ。むろん、食べるのも大好きで。
お山の森の中にある、ガラス工房へ行こう。美味しいお菓子付きの、体験教室やってるからーー
誘われたのは、てっきりお菓子が目的なんだと思っていた。
でも同級生が毎週この工房に通っているのは、食い気のためだけではないらしい。勝手知ったる我が家という感じでずらりと瓶が並ぶ棚の前へ行き、白い粉が入った瓶と、黒い粉が入った瓶を取り。その粉を平皿にふりかけて、ガラスの棒でかちゃかちゃ混ぜている。平安貴族のような細い目をさらに細くして、真剣な目つきで。
「高校を卒業したら、正式に弟子入りするの」
「まじで? てか、田んぼばっかりのうちの町に、ガラス工房があるなんて。全然知らなかった」
「つい最近出来たのよ。先生は、趣のある古い家をずっと探してたんだって」
陶芸の工房は薪を使うから、山の中に窯をかまえることが多いそうだけど。ガラス工房の炉は大きなガスタンクで燃やしている。田舎の古民家を工房にしたのは、職人さんの趣味なんだろうな。
工房に入ってすぐに、ようこそとお菓子が出された。
渋い焼き物茶碗にたてられた抹茶と、上品な練り菓子。丸い黄金の月の上に、型抜きされたお砂糖のウサギが載っていた。かわいくておしゃれで美味しくて。なんだか満ち足りた気分になった。
「では、体験を始めましょう」
職人が長い白銀の筒を、大きな炉に突っ込む。
炉に近づくと顔が焼けて痛い。職人は炉の中で溶けているガラスの塊を少しかき取ってくるくる回し始めた。
「作業台に座ってください」
私は言われた通りに木製の台に座った。同級生が軍手を手渡してきた。
「慣れた職人は素手で筒を持つけど、初心者はつけないと火傷するよ」
職人は筒をしばらくぐるぐる回してから外に出した。筒の先に真っ赤に溶けたガラスの塊がついている。職人は同級生が混ぜた粉をその塊の先にちょんちょんとつけて、また炉に突っ込み、ぐるぐる回した。
「筒を持っていきますので、吹いてください。やることはそれだけです」
ほんとうに、吹くだけなんだ。
体験教室だから、なんだろうな。
本気でガラス職人になろうとすれば、筒回しのこつを掴むのに何年もかかるのだろう。
「ほんとに弟子入りするの?」
聞いたら、同級生は迷わず答えた。
「住み込みで修行するよ」
「すごいなあ。私はまだなんにも決めてない。大学なんて到底行けないから、どこかに就職するしかないけど」
頭が悪いから。貧乏だから。毒親だから。
どうにもならない理由を心の隅に追いやる。せっかく美味しいお菓子で幸せ気分になっているんだから、楽しいことを考えたかった。
「働いてお金貯まったら、旅行とかしたいな」
「旅行いいね。私も行きたい」
「シルクロードの旅とか、気になる」
「わ、何それ。スケール大きい」
「こないだテレビで見たの。トラックに十人ぐらい乗り合わせて、三ヶ月ぐらいかけて砂漠横断。そういうツアーがあるんだよ。定年退職したり、人生をリセットしたいっていう人が参加してた」
「三ヶ月も? すごいな。夢が叶うといいね」
夢っていうほどのものじゃない。なんとなくそういうことしてみたいってだけだけど。同級生の反応がなんだか嬉しくて、私はこっくりうなずいた。
母親だったら、「何バカ言ってるの」って言われて終わりだろうな。
「まずは芯の珠を作ります。はい、吹いて」
職人が白銀の筒を差し出してきた。指示通りにふうっと吹き込む。
「もっと強く。がんばって」
隣で同級生が励ましてくる。はじめの吹き込みは結構肺活量が要るみたい。
「いい感じですね。もう一度やってみましょう」
ガラスはすぐに冷えて固まる。固まってきたら、炉に入れて柔らかくして、もう一度。
「おお、膨らみました」
ピンポン玉ぐらいの大きさの珠が、筒の先にできた。
「さらにガラスをつけて、膨らませます。また吹いて下さいね」
職人がまた炉に筒を突っ込む。同級生がにっこり微笑んで、声をかけてくる。
「深呼吸して。思いっきり吹いてね」
「うん」
「思いっきりだよ」
せーの!
かたわらの応援に合わせて、私は差し出された白銀の筒に息を吹き込んだ。
力をこめて。

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- カズマサ
- 2020/11/01 06:37
- これは何のガラスを作る物ですかな?
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