9月自作(病気) 「出会いの日」1/2
- カテゴリ:自作小説
- 2020/09/30 23:55:55
「エリク。エリクや」
白髪の三つ編み、白髭ぼうぼうの俺のお師匠さまが、黒き衣の袖をひらひらさせて手招きする。
目が二つの山になってて、口はゆるやかな谷。
「あー、お帰りなさい、お師匠さま」
警戒しながら俺は頭を下げた。
……やばい。
この表情するときって、絶対になんか、無理難題なことを言ってくるんだよな……。
岩を掘って作られた、この古い寺院。俺のお師匠さまは、七人いる長老の中で一番偉い、最長老だ。
そして今日は、年に一度の大事な日だった。
長老たちみんなで、目の前にある湖を小舟で渡って、向こう岸の街に行ってきた。
寺院に入る子どもを受け取るためだ。
俺は岩壁そびえる岸辺で、他の弟子たちときちんと並んで、お出迎えしたんだけど。
案の定、俺の真ん前にやってきたお師匠さまの後ろから、ひょこりとちっさな子どもが顔を出した。
「えーとお師匠さま、これから会合の広場に直行っすよね。子どもたちをお披露目して、誰の弟子にするか、相談してきめるんすよね」
「うーん、そうするべきなのじゃが」
お師匠さまの顔がますますニコニコ顔になる。
あーやばい。これはやばい。
「この子のお父さんに、逆指名されてしまってねえ。最長老の弟子にしろ、それ以外は却下っていう手紙を、渡されてしもうたわ」
ちょ。待て。おいおいおい。そんな無茶ぶりできるってこたあ、その子の親ってつまり。
「まあ、仕方ないのう。白鷹の州公さまの直筆の手紙じゃからのう」
うわあ。
白鷹州って、北の五公国で一番羽振りのいい国じゃんか。
「もし聞き入れられなかったら、供物の献上を止めると脅してきておっての。週に一回やって来る我らの命の糧、パンがなくなるのは、困るであろ? だからまあ、州公さまの子をわしの弟子にすること、致し方なしと、他の長老たちは皆承知してくれたわ」
俺は承知してません。
という言葉を、俺はごっくり飲み込んだ。
十一のときに寺院に入って丸五年。それまで一度もお師匠様は、俺以外の弟子を取らなかった。
本当に才能ある子しか引き取らないって、こそばゆいこと言ってたのにな。
まあ、パンが来なくなったら大変だ。湖の魚だけでしのいでくなんて、辛すぎる。死活問題だから、致し方ないか。
一人増えたからって、そんなに困ることもないだろう。寺院の慣習にのっとって、お師匠様の世話はみんな、新しい弟子にやってもらえばいいんだし。
お師匠様は最上階に住んでるが、その階全部がお師匠様の部屋。広い部屋がいくつもある。
俺はそのうちのひとつをもらって、悠々自適に暮らしてる。
今日来た子は、がらあきの隣の部屋を使うようになるんだろうな。
「他の子四人は、ちゃんと会合の広場でお披露目する。わしはそこで選び取りの儀式を司らねばならん。というわけでエリクよ、この子をわしらの部屋まで連れて行っておくれ。荷物の運び入れ等、手伝ってやってほしい」
「了解しましたっ」
可もなく不可もなくって感じの顔で返事して、俺はお師匠様がずいっと前に押し出した子供の手を握った。
黒髪に青い目。州公家の子だってのに、金髪じゃないのって珍しい。
きっと、身分の低い女の人に産ませた子なんだろうなあ。
とか思いつつ。俺は社交辞令で笑顔を作った。
「俺はカラウカスのエリク。おまえの兄弟子だ。よろしくな」
「はじめまして、エリクさん」
白い死装束を着てる子どもは、一歩片足をひいて膝を折った。
変な挨拶の仕方だ。たぶん、貴族がやる仕草なんだろう。
「僕はナッセルハヤート・アリョルビエール。氏名の間に十個の副名と、あとに三つの領地名が並ぶんだけど、全部言うと時間がかかるので省略します」
「あ……そう。それはどうも」
「あと、僕の荷物は、後続の船に積んであります」
子どもは船着き場を指さした。
お師匠様たちが使った小舟の後ろに、ちょうど、どでかい帆船がするっと進んで入ってくる。
「え……なんかあの船、超でかいんすけど」
「定員一千名のフリゲート艦です。普段は大白湖を哨戒してますが、今回の航行に使用しました。湖に流れ込む河をたどってきたのです。僕の荷物はなんとか、船倉に全部積め込めました。あの、たぶん僕たち二人だけじゃ運搬に時間がかかりすぎるので、船に乗せてきた人夫を使っていいですか?」
「え……あ、いい……んじゃないかな」
なんか、公子さまってすごいな。ど平民の俺なんか、自分の持ち物なんて、長持ちひとつしかなかったんだけど。
たじたじとなりながら、俺は小さな子どもを最上階まで案内した。
「自動昇降機、ないんですね」
「ないよ。屋上から地下まで螺旋階段だよ」
「僕の家は十五階建てなので、東西南北四か所に昇降機を設置しています」
「あ、そう。この寺院より高いんすね」
「常時千人ほどが、僕の家で働いています」
「この寺院は導師五十人、弟子は百人ちょっと、かなぁ」
「あ、二階に図書室があるんですね。わあ、結構本がありますね。うちの書庫の三分の一ぐらいかな」
「え」
なんか住環境、月とスッポンなんだけど。
きっと毎日、ごちそう三昧だったんだろうな。
こいつこれから、魚とカビたパンしか出ない寺院生活に耐えていけるのか?
後ろを見れば、大帆船から降りてきた人たちが、ひとりひとり立派なつやつやしい箱やら、布に包まれた何かやらをたんがえて、果てしない行列を作ってる。一体何人いるんだよ。
いやあでも、最上階に住んでるのは、俺の師匠と俺だけで、部屋が余ってるから。かなり広いから。
大丈夫だろ。荷物全部、入るだろ。
一抹の不安を覚えながら、俺はとても自慢できそうになくなってきた住処の扉を開けた。
この南側の扉から入ると、俺の部屋に直接入れる。北側の扉からは、お師匠様の部屋に直接入れるって感じになってる。南北の部屋の間にあるのが、合計六つの空き部屋だ。中庭を挟んで東西に三つづつある。
「すごいですね。岩をくりぬいてここまで広い部屋をつくるなんて」
子どもはさっそく、自分の荷物を俺の隣の部屋に置かせ始めた。
次々と箱から出されるものに、俺は目を見張った。
人間とおんなじぐらいの大きさの、犬のぬいぐるみ。
おなじくでかい、猫のぬいぐるみ。
おなじくでかい、馬のぬいぐるみ。
おなじくでかい、クマのぬいぐるみ。
おなじくでかい、龍の……
え……ちょっと。一体どれだけ、ぬいぐるみあるんだよ?!
俺はあんぐりと口を開けた。
「おい、これどんだけ?」
「さあ? 数えたことありません」
「え」
部屋に並べられていくぬいぐるみたちを見て、子どもはとても残念そうにため息をついた。
「ピピちゃんのだけ、持ってこれなかったんですよね。妹が病気になってしまって……それでピピちゃんは僕の身代わりとして置いてきたんです。看病してやりたかったな」
「妹ってことは、公女さまっすか」
「そうですね。侍医は三人いますから、大丈夫だとは思うんですけど」
「三人、すか」
「はい。僕にも三人ついてます。医師ランクがひとつ上の、別の三人が。我が国の男尊女卑の伝統は、大陸世論に是正すべきと訴えられていますが、僕もそう思います。妹も僕と同じ、最高位の医者に診てもらうべきです」
「そ、そうか。男女平等。それ、おれもいいと思うよ」

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- カズマサ
- 2020/10/01 05:26
- どういう人なんですかね?
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