Nicotto Town



9月自作(病気) 「出会いの日」1/2

「エリク。エリクや」

 

白髪の三つ編み、白髭ぼうぼうの俺のお師匠さまが、黒き衣の袖をひらひらさせて手招きする。

目が二つの山になってて、口はゆるやかな谷。

「あー、お帰りなさい、お師匠さま」

 警戒しながら俺は頭を下げた。

……やばい。

この表情するときって、絶対になんか、無理難題なことを言ってくるんだよな……。

 

 

 岩を掘って作られた、この古い寺院。俺のお師匠さまは、七人いる長老の中で一番偉い、最長老だ。

 そして今日は、年に一度の大事な日だった。

 長老たちみんなで、目の前にある湖を小舟で渡って、向こう岸の街に行ってきた。

 寺院に入る子どもを受け取るためだ。

 俺は岩壁そびえる岸辺で、他の弟子たちときちんと並んで、お出迎えしたんだけど。

 案の定、俺の真ん前にやってきたお師匠さまの後ろから、ひょこりとちっさな子どもが顔を出した。

 「えーとお師匠さま、これから会合の広場に直行っすよね。子どもたちをお披露目して、誰の弟子にするか、相談してきめるんすよね」

「うーん、そうするべきなのじゃが」

 お師匠さまの顔がますますニコニコ顔になる。

 あーやばい。これはやばい。

「この子のお父さんに、逆指名されてしまってねえ。最長老の弟子にしろ、それ以外は却下っていう手紙を、渡されてしもうたわ」

 ちょ。待て。おいおいおい。そんな無茶ぶりできるってこたあ、その子の親ってつまり。

「まあ、仕方ないのう。白鷹の州公さまの直筆の手紙じゃからのう」

 うわあ。

 白鷹州って、北の五公国で一番羽振りのいい国じゃんか。

「もし聞き入れられなかったら、供物の献上を止めると脅してきておっての。週に一回やって来る我らの命の糧、パンがなくなるのは、困るであろ? だからまあ、州公さまの子をわしの弟子にすること、致し方なしと、他の長老たちは皆承知してくれたわ」


 俺は承知してません。 

 という言葉を、俺はごっくり飲み込んだ。

 十一のときに寺院に入って丸五年。それまで一度もお師匠様は、俺以外の弟子を取らなかった。

 本当に才能ある子しか引き取らないって、こそばゆいこと言ってたのにな。

 まあ、パンが来なくなったら大変だ。湖の魚だけでしのいでくなんて、辛すぎる。死活問題だから、致し方ないか。

 一人増えたからって、そんなに困ることもないだろう。寺院の慣習にのっとって、お師匠様の世話はみんな、新しい弟子にやってもらえばいいんだし。

 お師匠様は最上階に住んでるが、その階全部がお師匠様の部屋。広い部屋がいくつもある。

 俺はそのうちのひとつをもらって、悠々自適に暮らしてる。

 今日来た子は、がらあきの隣の部屋を使うようになるんだろうな。 

「他の子四人は、ちゃんと会合の広場でお披露目する。わしはそこで選び取りの儀式を司らねばならん。というわけでエリクよ、この子をわしらの部屋まで連れて行っておくれ。荷物の運び入れ等、手伝ってやってほしい」

「了解しましたっ」

 可もなく不可もなくって感じの顔で返事して、俺はお師匠様がずいっと前に押し出した子供の手を握った。

 黒髪に青い目。州公家の子だってのに、金髪じゃないのって珍しい。

 きっと、身分の低い女の人に産ませた子なんだろうなあ。

 とか思いつつ。俺は社交辞令で笑顔を作った。

「俺はカラウカスのエリク。おまえの兄弟子だ。よろしくな」

「はじめまして、エリクさん」

 白い死装束を着てる子どもは、一歩片足をひいて膝を折った。

 変な挨拶の仕方だ。たぶん、貴族がやる仕草なんだろう。

「僕はナッセルハヤート・アリョルビエール。氏名の間に十個の副名と、あとに三つの領地名が並ぶんだけど、全部言うと時間がかかるので省略します」

「あ……そう。それはどうも」

「あと、僕の荷物は、後続の船に積んであります」

 子どもは船着き場を指さした。

 お師匠様たちが使った小舟の後ろに、ちょうど、どでかい帆船がするっと進んで入ってくる。

「え……なんかあの船、超でかいんすけど」

「定員一千名のフリゲート艦です。普段は大白湖を哨戒してますが、今回の航行に使用しました。湖に流れ込む河をたどってきたのです。僕の荷物はなんとか、船倉に全部積め込めました。あの、たぶん僕たち二人だけじゃ運搬に時間がかかりすぎるので、船に乗せてきた人夫を使っていいですか?」

「え……あ、いい……んじゃないかな」

 なんか、公子さまってすごいな。ど平民の俺なんか、自分の持ち物なんて、長持ちひとつしかなかったんだけど。

 たじたじとなりながら、俺は小さな子どもを最上階まで案内した。

「自動昇降機、ないんですね」

「ないよ。屋上から地下まで螺旋階段だよ」

「僕の家は十五階建てなので、東西南北四か所に昇降機を設置しています」

「あ、そう。この寺院より高いんすね」

「常時千人ほどが、僕の家で働いています」

「この寺院は導師五十人、弟子は百人ちょっと、かなぁ」

「あ、二階に図書室があるんですね。わあ、結構本がありますね。うちの書庫の三分の一ぐらいかな」

「え」

 なんか住環境、月とスッポンなんだけど。

 きっと毎日、ごちそう三昧だったんだろうな。

 こいつこれから、魚とカビたパンしか出ない寺院生活に耐えていけるのか?

 後ろを見れば、大帆船から降りてきた人たちが、ひとりひとり立派なつやつやしい箱やら、布に包まれた何かやらをたんがえて、果てしない行列を作ってる。一体何人いるんだよ。

 いやあでも、最上階に住んでるのは、俺の師匠と俺だけで、部屋が余ってるから。かなり広いから。

 大丈夫だろ。荷物全部、入るだろ。

 一抹の不安を覚えながら、俺はとても自慢できそうになくなってきた住処の扉を開けた。

 この南側の扉から入ると、俺の部屋に直接入れる。北側の扉からは、お師匠様の部屋に直接入れるって感じになってる。南北の部屋の間にあるのが、合計六つの空き部屋だ。中庭を挟んで東西に三つづつある。

「すごいですね。岩をくりぬいてここまで広い部屋をつくるなんて」

 子どもはさっそく、自分の荷物を俺の隣の部屋に置かせ始めた。

 次々と箱から出されるものに、俺は目を見張った。

 人間とおんなじぐらいの大きさの、犬のぬいぐるみ。 

 おなじくでかい、猫のぬいぐるみ。

 おなじくでかい、馬のぬいぐるみ。

 おなじくでかい、クマのぬいぐるみ。

 おなじくでかい、龍の……

  え……ちょっと。一体どれだけ、ぬいぐるみあるんだよ?!

  俺はあんぐりと口を開けた。

「おい、これどんだけ?」

「さあ? 数えたことありません」

「え」 

 部屋に並べられていくぬいぐるみたちを見て、子どもはとても残念そうにため息をついた。

「ピピちゃんのだけ、持ってこれなかったんですよね。妹が病気になってしまって……それでピピちゃんは僕の身代わりとして置いてきたんです。看病してやりたかったな」

「妹ってことは、公女さまっすか」

「そうですね。侍医は三人いますから、大丈夫だとは思うんですけど」

「三人、すか」

「はい。僕にも三人ついてます。医師ランクがひとつ上の、別の三人が。我が国の男尊女卑の伝統は、大陸世論に是正すべきと訴えられていますが、僕もそう思います。妹も僕と同じ、最高位の医者に診てもらうべきです」

「そ、そうか。男女平等。それ、おれもいいと思うよ」

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2020/10/01 05:26
どういう人なんですかね?




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