Nicotto Town



自作5月 菖蒲 「ねこま憑き」後編

 それからぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、うちは仕方なく、姫さまの御家が抱えてはる絵師の中で、一番の腕を持ってはる御方に白羽の矢を立てました。

 それは賀茂という名の方で、姫さまの父君のためにしばしば、いとうるわしい天体の図などを、色鮮やかに描いてはるのです。

 事情を話しますと、賀茂さまはニコニコ顔でよろしいですよと、姫さまの思し召しを呑んでくれはりました。

「ほんに、申し訳ございまへん。どうかよろしう、お頼(たの)もうします」

 うちは、筆と紙を抱えて颯爽と御殿を出ていく賀茂さまの背中に、深く礼をして両手を合わせました。

 

 それから三日後。

 ぴいちく雀が歌う早朝、賀茂さまは意気揚々と、左京一条にある御殿に戻ってきはりました。小脇に抱えるは、大きな紙の巻物。おそるおそる訊ねれば、首尾は上々。しかも若君は、元通りとのこと。

「まあでは、祈祷師さまが、五郎さまのところに来はったのですね」

「いやいや、この私が、除霊させていただきました」

「は?」

 賀茂さまはにっこり。そうして、姫様のお部屋に行かれまして、垂れ下がる御簾の真ん前で、持ってきはった巻物を広げてみせました。

「ふわあああ。もう、まだ眠いったら……あら、絵師さま? 五郎さまのところから、帰ってきたのね! よく見せて。まあ! これが――」

「はい。これが、源の五郎さまにとり憑いていた、ねこまにて」

「わああああ! いとうつくしい! うつくしいわ! まっしろでふわふわでもふもふ!」

 驚いたことに、それは姫さまが想像した通りのものでした。

 賀茂さまが示した巻物には、白いねこ耳の、いたいけな、びしょうね――いや、美少女が描かれていました。煌めく大きな瞳から、今にも涙があふれそうです。なんとも心苦しいのですが、そのからだのもふもふ具合、手の肉球のぷりぷりとした質感、優美でしなやかそうな尻尾……

 それはなんとも、なんとも、顔をほころばせて、身もだえしてしまうようなものでございました。

 姫様は御簾越しにじいっとそれを眺めまして、はあっと、感嘆のため息。顔は歓喜に満ち、いとうるわしい桜色に染まりました。

「こんなにもうつくしいものだったのね!」

「御意。まずは菖蒲の束を部屋にぐるりと置きまして、その厄払いの香気で、五郎さまに憑いているねこまを弱らせました。そして五郎さまから出ていかねば、このまま菖蒲湯にどっぷり漬けてやると脅しまして、この逃げ場所を提示したのでございます」

「逃げ場所……」

「すなわちこの、霊意を注ぎつつ漉きました霊紙に移してやろうと、取引をもちかけたのです。この紙は式神に使うものでございまして、もののけや御魂を封じ込めることができるのです」

「シキガミ?」

「式神とは、ちょっとしたお使いをしてくれる使い魔のことでございます。まあとにかく、菖蒲攻めをしながら、この特別に作られました紙に、ねこまを描き移した次第にございます」

 え? ということは……

「賀茂さまって……祈祷師さま、であられるので?」

 うちがぽかんと口を開けますと。賀茂さまは、柔らかに苦笑しはりました。

「祈祷師ではございません。この賀茂保憲、陰陽道に通ずる者。すなわち、陰陽師にございます」

 

 

 知らずのことではありましたが、こうして五郎さまは、姫さまのおかげで、ねこま憑きからご回復されました。そんなわけで若き武人はほどなく、姫さまのもとへと息せききって、やって来はりました。

「姫さまの文に、私はとても励まされました!『どうかお元気になって』と……なんという優しいお言葉! この五郎、感動に打ち震えましてございます!」

 美少年――いやどうみても美少女にしか見えない五郎さまは、きらきらと目を輝かせて、サンゴだのヒスイだのといった、いともめずらしい石の装飾品を、お礼にと、姫さまに差し上げました。

「ふがいない私のために……本当に本当に、ありがとうございます!」

 五郎さまは子犬のようにいとうつくしく、そのコハクのような瞳をうるませて、姫さまになんども頭を下げました。

 姫さまに対する恋心は、わだつみの底よりも深く、熱くなったのは疑いございませんでしたが……姫さまはつんとすまして、言ったものです。まるで、子供をたしなめる母のように。

「五郎さま、これからはむやみやたらに、犬やねこを拾ってはいけません。よろしいですね?」

「はいっ、身命にかけまして、姫さまの仰るとおりに、いたしますっ」

 姫さまの背後には、白いモフモフが描かれたアレが、掛け軸となりまして飾られていたのでございますが。

 まあでも、うちが、御簾のすきまをびっちり締めておきましたので。ええ、五郎さまからは全然、見えませんでした。姫さまが口に当てた扇の中で、ぺろりと舌を出されていたのも。ええ、もちろん見えませんでしたとも。

 

 それからほどなく、姫さまは入内しはりました。

 御所へ行く姫さまの牛車を、五郎さまは涙をこらえながら、とてもご立派に警護しはったのでした。

 たくさんの嫁入り道具の中には、あの白いねこまの掛け軸もございました。姫さまが手ずから黒い漆塗りの箱に入れまして、後宮へお持ちにならはったのです。ねこまを封じた掛け軸はそれほどに、姫さまのお気に入りの一品となっておりました。

 ですが……

 それがのちのち、異様でいとも面妖な、ねこまな騒動を引き起こすことになるのでございます。

 その顛末は……

 

 あら、灯りの油が切れてしまいました。

 今宵の回顧は、これまでにいたします。

 それでは、また。

 

 かしこ

 わたしの文(ふみ)を待ってくだはる、あなたへ

 

 

                    佳紫子

――了――

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2020/06/19 19:14
すると五郎さんは戸隠の鬼退治で有名な余五将軍平維茂公?
五男ってそれはないでしょう、みたいな……
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2020/06/19 10:03
スイーツマンさん

ご高覧、ご連絡、どうもありがとうございます><
仕事が忙しくてなかなか浮上できませんが、
公募またどこかに…と思っています。
五郎くん、かなりマイナーな武将さんなのですが、がんばれw
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2020/06/19 10:02
E.Greyさん

ごぶさたしてすみません。
お読みくださり、ありがとうございます。
書いたら今回も平安ものになったので、いっそのことお話繋げちゃえと原文を改稿・・;
仰る通りシリーズ化けしそうな勢いです。
次回もたぶん、よしこさんのお話になるのかなと思います。
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2020/06/19 09:59
紅之蘭さん

ごぶさたしてごめんなさい><
お読みくださいましてありがとうございます。
ねこゴロゴロじゃなかった事実ー! やばいww
ご指摘感謝です><
そこらへんを直しまして、世界観ももっとしっかり確立して、改稿したいです。
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2020/06/19 09:55
ミコさん
ごぶさたしてすみません><
お読みくださいましてありがとうございます。
ちょうど道長公のあたりかなと、舞台の輪郭を思い描いていました。
改稿して、しっかり世界観確立できたらいいなと思います。
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2020/06/19 09:53
カズマサさん

お読みくださってありがとうございます><
御所での騒動は次回…ってシリーズ化しそうな勢いですね。
よしこさんの活躍?楽しみにしてくださいましたらうれしいです。
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2020/06/17 06:29
꧁༺taᖙy༻꧂
@103Tady 様から当方ツイッターの転載とご紹介がありました。

・こんなにかわいいかったら、自分も『ねこま』に憑かれたいキラキラ⛩キラキラ
「ねこま憑きってことはもしかしてほら、耳がねこ耳になってはるとか? 手が肉球つきのもっふもふになってはるとか?…」

追記

꧁༺taᖙy༻꧂
@103Tady

物語が大好きでした!
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2020/06/07 13:24
入内
五郎さんはこの時点でふられた?
御所の化け猫騒動を経て
五郎さんは、帝からあらためて姫を賜る……?
がんばろう!

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2020/06/05 02:12
ねこま
もしかしてシリーズかな
魅惑的なキャラですよね
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2020/06/04 11:02
ラノベ風王朝ものですな
猫はまだラノベ風王朝ものですな。
猫はまだ貴重で、そのへんにごろごろするようになるのは江戸時代からですが、
ラノベだから、細かいことはデフォルメ。
フィクションに考証なんぞくそっくらえ、進撃だあああ!

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2020/06/03 21:26
加茂野保憲というと、道長公ご活躍のころか少し前の時代の物語。
式神を封じるための絵巻物? を持って通っていたのですね。
美麗な猫魔絵を閲覧したい気もします。
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2020/06/01 05:15
姫様が今度取り憑かれたのですかな?

それは解らないと言う事ですかね。

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2020/06/01 00:44
五郎くん:源頼光のおじさんか弟か。そのあたりかなあと。
賀茂さん:安倍晴明の師。兄弟子という説も。
姫さまのおうち:藤原家ですね、まずまちがいなく。




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