自作5月 菖蒲 「ねこま憑き」後編
- カテゴリ:自作小説
- 2020/05/31 23:52:56
それからぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、うちは仕方なく、姫さまの御家が抱えてはる絵師の中で、一番の腕を持ってはる御方に白羽の矢を立てました。
それは賀茂という名の方で、姫さまの父君のためにしばしば、いとうるわしい天体の図などを、色鮮やかに描いてはるのです。
事情を話しますと、賀茂さまはニコニコ顔でよろしいですよと、姫さまの思し召しを呑んでくれはりました。
「ほんに、申し訳ございまへん。どうかよろしう、お頼(たの)もうします」
うちは、筆と紙を抱えて颯爽と御殿を出ていく賀茂さまの背中に、深く礼をして両手を合わせました。
それから三日後。
ぴいちく雀が歌う早朝、賀茂さまは意気揚々と、左京一条にある御殿に戻ってきはりました。小脇に抱えるは、大きな紙の巻物。おそるおそる訊ねれば、首尾は上々。しかも若君は、元通りとのこと。
「まあでは、祈祷師さまが、五郎さまのところに来はったのですね」
「いやいや、この私が、除霊させていただきました」
「は?」
賀茂さまはにっこり。そうして、姫様のお部屋に行かれまして、垂れ下がる御簾の真ん前で、持ってきはった巻物を広げてみせました。
「ふわあああ。もう、まだ眠いったら……あら、絵師さま? 五郎さまのところから、帰ってきたのね! よく見せて。まあ! これが――」
「はい。これが、源の五郎さまにとり憑いていた、ねこまにて」
「わああああ! いとうつくしい! うつくしいわ! まっしろでふわふわでもふもふ!」
驚いたことに、それは姫さまが想像した通りのものでした。
賀茂さまが示した巻物には、白いねこ耳の、いたいけな、びしょうね――いや、美少女が描かれていました。煌めく大きな瞳から、今にも涙があふれそうです。なんとも心苦しいのですが、そのからだのもふもふ具合、手の肉球のぷりぷりとした質感、優美でしなやかそうな尻尾……
それはなんとも、なんとも、顔をほころばせて、身もだえしてしまうようなものでございました。
姫様は御簾越しにじいっとそれを眺めまして、はあっと、感嘆のため息。顔は歓喜に満ち、いとうるわしい桜色に染まりました。
「こんなにもうつくしいものだったのね!」
「御意。まずは菖蒲の束を部屋にぐるりと置きまして、その厄払いの香気で、五郎さまに憑いているねこまを弱らせました。そして五郎さまから出ていかねば、このまま菖蒲湯にどっぷり漬けてやると脅しまして、この逃げ場所を提示したのでございます」
「逃げ場所……」
「すなわちこの、霊意を注ぎつつ漉きました霊紙に移してやろうと、取引をもちかけたのです。この紙は式神に使うものでございまして、もののけや御魂を封じ込めることができるのです」
「シキガミ?」
「式神とは、ちょっとしたお使いをしてくれる使い魔のことでございます。まあとにかく、菖蒲攻めをしながら、この特別に作られました紙に、ねこまを描き移した次第にございます」
え? ということは……
「賀茂さまって……祈祷師さま、であられるので?」
うちがぽかんと口を開けますと。賀茂さまは、柔らかに苦笑しはりました。
「祈祷師ではございません。この賀茂保憲、陰陽道に通ずる者。すなわち、陰陽師にございます」
知らずのことではありましたが、こうして五郎さまは、姫さまのおかげで、ねこま憑きからご回復されました。そんなわけで若き武人はほどなく、姫さまのもとへと息せききって、やって来はりました。
「姫さまの文に、私はとても励まされました!『どうかお元気になって』と……なんという優しいお言葉! この五郎、感動に打ち震えましてございます!」
美少年――いやどうみても美少女にしか見えない五郎さまは、きらきらと目を輝かせて、サンゴだのヒスイだのといった、いともめずらしい石の装飾品を、お礼にと、姫さまに差し上げました。
「ふがいない私のために……本当に本当に、ありがとうございます!」
五郎さまは子犬のようにいとうつくしく、そのコハクのような瞳をうるませて、姫さまになんども頭を下げました。
姫さまに対する恋心は、わだつみの底よりも深く、熱くなったのは疑いございませんでしたが……姫さまはつんとすまして、言ったものです。まるで、子供をたしなめる母のように。
「五郎さま、これからはむやみやたらに、犬やねこを拾ってはいけません。よろしいですね?」
「はいっ、身命にかけまして、姫さまの仰るとおりに、いたしますっ」
姫さまの背後には、白いモフモフが描かれたアレが、掛け軸となりまして飾られていたのでございますが。
まあでも、うちが、御簾のすきまをびっちり締めておきましたので。ええ、五郎さまからは全然、見えませんでした。姫さまが口に当てた扇の中で、ぺろりと舌を出されていたのも。ええ、もちろん見えませんでしたとも。
それからほどなく、姫さまは入内しはりました。
御所へ行く姫さまの牛車を、五郎さまは涙をこらえながら、とてもご立派に警護しはったのでした。
たくさんの嫁入り道具の中には、あの白いねこまの掛け軸もございました。姫さまが手ずから黒い漆塗りの箱に入れまして、後宮へお持ちにならはったのです。ねこまを封じた掛け軸はそれほどに、姫さまのお気に入りの一品となっておりました。
ですが……
それがのちのち、異様でいとも面妖な、ねこまな騒動を引き起こすことになるのでございます。
その顛末は……
あら、灯りの油が切れてしまいました。
今宵の回顧は、これまでにいたします。
それでは、また。
かしこ
わたしの文(ふみ)を待ってくだはる、あなたへ
佳紫子
――了――
五男ってそれはないでしょう、みたいな……
ご高覧、ご連絡、どうもありがとうございます><
仕事が忙しくてなかなか浮上できませんが、
公募またどこかに…と思っています。
五郎くん、かなりマイナーな武将さんなのですが、がんばれw
ごぶさたしてすみません。
お読みくださり、ありがとうございます。
書いたら今回も平安ものになったので、いっそのことお話繋げちゃえと原文を改稿・・;
仰る通りシリーズ化けしそうな勢いです。
次回もたぶん、よしこさんのお話になるのかなと思います。
ごぶさたしてごめんなさい><
お読みくださいましてありがとうございます。
ねこゴロゴロじゃなかった事実ー! やばいww
ご指摘感謝です><
そこらへんを直しまして、世界観ももっとしっかり確立して、改稿したいです。
ごぶさたしてすみません><
お読みくださいましてありがとうございます。
ちょうど道長公のあたりかなと、舞台の輪郭を思い描いていました。
改稿して、しっかり世界観確立できたらいいなと思います。
お読みくださってありがとうございます><
御所での騒動は次回…ってシリーズ化しそうな勢いですね。
よしこさんの活躍?楽しみにしてくださいましたらうれしいです。
@103Tady 様から当方ツイッターの転載とご紹介がありました。
・こんなにかわいいかったら、自分も『ねこま』に憑かれたいキラキラ⛩キラキラ
「ねこま憑きってことはもしかしてほら、耳がねこ耳になってはるとか? 手が肉球つきのもっふもふになってはるとか?…」
追記
꧁༺taᖙy༻꧂
@103Tady
物語が大好きでした!
五郎さんはこの時点でふられた?
御所の化け猫騒動を経て
五郎さんは、帝からあらためて姫を賜る……?
がんばろう!
もしかしてシリーズかな
魅惑的なキャラですよね
猫はまだラノベ風王朝ものですな。
猫はまだ貴重で、そのへんにごろごろするようになるのは江戸時代からですが、
ラノベだから、細かいことはデフォルメ。
フィクションに考証なんぞくそっくらえ、進撃だあああ!
式神を封じるための絵巻物? を持って通っていたのですね。
美麗な猫魔絵を閲覧したい気もします。
それは解らないと言う事ですかね。
賀茂さん:安倍晴明の師。兄弟子という説も。
姫さまのおうち:藤原家ですね、まずまちがいなく。