Nicotto Town



「百の庭園」 序歌 イオニマスの虹 2/3

 少年が鏡に叩きつけるように腕を振ったので、フクロウは一瞬べちゃりと鏡面に落ちた。しかしすぐに翼をしまい、すまし顔で少年を見上げる。

「庭園の主と我が名にかけまして、このような無体は看過できません。今すぐわたくしに、ごめんなさいとお言いなさい。悔い改めるのです」

「ふん、言うものか。おまえがなんて名前だったかなんて、もう忘れたし」

 

 初対面の時にフクロウが眠たげにのんべんだらりと名乗った名前は、およそフクロウらしからぬもの。口の中で復唱したら、それは炎を吸い込んだ橙煌石のように、神々しく燃えさかった。まさか自分が火吹き男になるなんてと、少年はあっけにとられたものだ。囁いただけで、踊る炎がごうと自分の口から躍り出て、我が身を取り巻くなんて。

 燃える名前など、この人面鳥には嗤ってしまうほど不釣り合いだ。期待以上にくそ真面目な鳥に変わってしまった時、少年は別の名前を彼女に与えた。

 休まない女。

 そんな意味の名前を。

「忘れてはいけません。わたくしの名前は……ああっ? ハーミズ、あそこに羽虫がいます。ちろちろ飛んでおります。処分しませんと」

「アレクトー、僕の世話鳥に任せろ」

「ですが、あそこに一番近い所に居る鳥は、わたくしです」

「二番目に近い奴に譲れ」

 背に負う竪琴を出しながら、少年はそわそわするフクロウに命じた。

「それより、和合を始めよう」

「また〈島〉を広げるのですか? 本日、五度目となりますが」

「やるよ。時間の許す限り何度でも」

 フクロウのきらめく眼が半分閉じられる。鋭い嘴からため息が漏れた。

「明日の朝、さらに世話鳥が増えるとしても。嘴が足りるでしょうか?」

「心配いらない。僕がどんどん造ってやる」

「世話鳥を造ってから、拡張なさった方がよろしいかと存じますが」

「序列は島の広さで決まるんだから、広さ優先で行くしかないだろ。いいから和合を」

 竪琴を抱く少年は、見上げてくるフクロウの顔をのぞきこみ、ゆっくり噛み砕くように囁いた。

「唄えアレクトー。女神のために(ギア・ティ・セイア)」

 そのとたん、フクロウのきらめく眼がぎらりと鋭く輝いた。ぐるりと三百六十度、人面のごとき顔がすばやく回る。

「……承知いたしました。我らの女主人、慈愛に満ちた豊穣の贈り手、白き手の御方のためならば」

 フクロウは羽ばたいて、少年の頭上に舞い上がった。

「唄いましょう。そうして、あなたが奏でる音に翼を与えましょう。わたくしは翼。あなたを高みに連れ行くものなれば」

「そうだ唄え。〈島〉を広げよう。この美しい庭園をもっともっと、大きくするんだ」

 少年はフクロウを見上げてうなずいた。魔法の呪文を今一度、ゆっくり唱える。

「女神のために(ギア・ティ・セイア)」

「はい。女神のために(ギア・ティ・セイア)!」

 このフクロウにとって、それは絶対の言霊だ。

 なぜなら女神こそは、この庭園の女主人であり、この鳥を産みだした母であるからだ。白き手の御方と称えられる彼女のために、この鳥は生きている。だから彼女のためになることは、厭わずになんでもやろうとする。

 少年はにやりとしながら、銀色の竪琴を奏で始めた。一見古代ギリシアの楽器のように見えるそれは、真っ白な大亀の甲羅と鋭いアンテロープの角からできている。弦を生やしている共鳴板のところには、円い宝石が七つ嵌まっている。虹の七色を表すそれらはおそらく、音の波動を強めて広げる魔石なのだろう。

それぞれに大いなる力が籠められていそうだ。

竪琴の音色に合わせて、フクロウは静かに歌い出した。始めは歌詞のない、伴奏のような、穏やかな調子の節を。

 すると円い鏡がさざめいて、じんじんと揺れ出した。

 歌声がうまく伴奏に絡んだのを認めたフクロウは、さらに高く舞い上がった。

 

『これは、開闢の物語』

 

 朗々たる歌声が、黄昏の空に響く。

 竪琴をかき鳴らす少年の頭上から、歌詞のある歌が落ちてきた。

 

『ひと目みれば あなたと分かる

あなたがそうだと魂が気づく 

燃え上がるは、契約の炎

とわに消えないましろの灯火

大いなる光のもとで 

我は唄おう、永遠の約束を

飛べ、歌声よ空高く

聴きし者は、舞い踊れ』

 

 きゅるるると、歌声に不可思議な音が入り混じる。フクロウは人の耳には捉えづらい音域の音も出しているのだろう。

「そうだ、飛べ!」

少年はくくっと笑って竪琴の弦を思い切りはじいた。鏡が震えるのを、彼は足の裏で感じた。

鏡はこの〈島〉の心臓だ。〈島〉そのものと言っていい。

鏡はフクロウの歌を聴くと決まって、ふるふると共鳴する。我が身を痙攣させて、喜んでくれる。

「みんな唄え!」

 竪琴を弾く少年は、鋭く命じた。

次の瞬間、イオニマスの円環のあちこちから、何かが一斉に飛び立った。

あっという間に橙色の空に群れなして、見る間に渦を巻くそれは、夕刻の陽光をあびて黄色がかって見えた。

ああまったく。金色など大嫌いだ。深海のごとく蒼い羽の色が台無しじゃないか――

「飛べ! 唄え! 蒼い鳥たちよ、空高く!」

 低木から飛び出したものこそは、世話鳥だ。少年がこの〈島〉を造園し、維持するために作りだしたもの。きらきらと金属版のようなきらめきを放つそれらは、うっすら青みを帯びている。色が蒼ではなく茶色であったら、これはムクドリだと、鳥に詳しい人は言うだろう。

フクロウが声を張り上げ、歌を速める。ごうと、その口から炎の煌めきが飛び出した。

それに呼応して、空に渦巻く世話鳥たちが一緒に唄い始めた。

 『歌声よ

地を震わせ、天に響け

契約の炎よ、燃えさかれ

炎とは、天河より降り注ぐ輝きなれば

熱き滴となりて、雲間に落ちぬ

滴は雲を焼き固め、

大いなる浮遊の大地を作りださん

すなわち我らが大地は、もとはひとつ

いまや百の欠片に分かれし島々の

かつての姿は、たったひとつ』

 群れなす蒼い鳥たちが、黄昏の中を一斉にうねる。七色の円環の上で激しく、美しく。高らかに唄いながら。

 本日五度目。全く同じ歌を朝から晩まで何度もこうして繰り返したが、今回の和合が一番出来が良いようだ。

 足もとの鏡がずんずん激しく揺れる。少年の足の裏に、突き上げてくるような波動が伝わってくる。

 足を踏ん張り、よろける我が身を支えながら、少年は叫び立てた。

「唄え! 唄え! もっと!」

 頭上のフクロウを中心にして、鳥の群れがぐるぐる、虹の円環を巡り出す。

『契約の炎よ 燃えさかれ 

大地のかけらに命をふきこめ

かけらがかけらで無くなるように

偉大な大地となるように』

「いいぞ、広がる! すごい魔力だ!」

 少年は夢中になって竪琴をかき鳴らした。鏡が揺れているので立っているのもひと苦労だが、弦から出る音はびんびんと、天地を穿つように力強い。

 音色が庭園中に広がり、雨のように降っている。〈島〉も一緒に唄っている。

 激しく揺れる鏡が、映している橙の空をみるみるまっ白に変えていく。

 鏡が変色したのだ。

 鏡に映る我が身がまっしろになったので、少年は嬉しさに目を細めた。

 すばらしい。なんという神々しさだろう――

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2019/06/25 04:29
歌を歌い続けていますが、何処まで持つかですね。
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2019/06/24 23:26
かなり改稿しています。(文量増えた)
前に1/3をご覧になった方は、もう一度ご覧ください…>< 
と言わなければならないぐらい変わっています。
すみません汗




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