2月自作 氷雪 「雪まつり」2/2
- カテゴリ:自作小説
- 2019/02/28 23:50:02
内臓が飛び出るかのような衝撃。ぐしゃりと、体が宮殿の白壁に叩きつけられる。
危なかった。腕時計のボタンをとっさに押さなかったら、全身の骨が砕けているところだ。
ついこの前、ウサギの技師からもらった腕時計は、強固な物理結界を展開する優れもの。もらった当日から役に立っている。
「氷の巨人! さすがにでかいな」
ずしり、みしり。庭園に踏み下ろされる蒼い足。それはまるで、齢数千年の大樹のよう。
仰ぎ見ても、頭部が見えない。距離が近すぎる――
「く! またはたかれた!」
青年はゴムまりのように飛ばされて、地に叩きつけられた。腕時計のボタンを押して結界の強度を上げたから、衝撃はほとんどこなくなった。しかし巨体に似合わず、相手はとてつもなく敏捷だった。襲い来る張り手がまったくかわせない。
『こんにちは。ゆる神ピピちゃんが、午後三時をお知らせします』
何度も吹っ飛ばされるさなか。突然、腕時計から陽気な音楽が流れ出した。
「くっそ! こんなときに時報とかー!」
『みんなー! おやつのじかんだよ! 好き嫌いしないで、ニンジン食べようね。ニンジン、ブシャー☆』
「ちっくしょう、なんでこれ、|消音機能《マナーモード》ついてないんだよっ! ていうかこれ全然、ついてけない! この巨人速すぎる!」
青年はしゃかりきになって腕時計のボタンを押した。美しい金色の、無数の歯車がぎゅるぎゅる回転する。時計の針が狂ったように回り出す――
すると。迫りくる蒼い巨人の手が、みるまにゆっくりな動きになっていき。ついには。
「よし、停止した!」
殴りかかる姿勢のまま、巨人が固まる。肌から飛び散る氷の粒も浮いたまま、ぴたり。宙に静止した。
『時間停止解除まで、5』
腕時計がカウントダウンを始めた。
『4』
赤毛の青年は腰の剣を抜いて思い切り踏み切り、
『3』
高く高く跳躍して。
『2』
冷気を放つ蒼い巨人の眉間を
『1』
峰打ちした――
『0』
どどうと、目を回した巨人が倒れる。巨体の上に、我に返ったように動き出した氷の粒が落ちていく。
「ふう、なんとかなった。聖剣じゃないからちょっと不安だったけど。あいつまた、寺院に入れられちゃったからな。普通の剣でがんばるしかない」
さあ魔法の結界で包みこもう。そして平身低頭謝って……
額の汗をぬぐいながら、青年は巨人をいかに説得するか考えた。
「おいしいかき氷でも、作ってあげようかな」
ぽぽん。ぽぽん。ひかえめな花火の音が青空に響く。
緑の芝生だった中庭は今日は真っ白。分厚い雪に覆われている。
何列にもなってずらりと並んでいるのは、雪の彫刻だ。鹿や獅子、竜といった動物。おとぎ話の英雄や騎士。国王一家や、神話の神獣。
見るも豪華なオブジェの連なりの奥に、ひときわ大きな氷の像が建っている。氷の巨人が凍てついた息吹で作ってくれたものだ。それは、にっこり満面の笑みで、大盛りのかき氷を差し出す青年の像――
「恥ずかしいからやめてくれって言ったのに……」
「パパ! ママが、パパはすごいって喜んでるわ」
狼のぬいぐるみを抱いた娘が、うなだれている青年の腕に飛びつく。娘はぬいぐるみの口に耳を当てて、うんうんとうなずいた。
「うん。うん。あたしもそう思う。あのお姫様の像が、とってもすてきよね。あと、龍王さまはかっこいい!」
狼のぬいぐるみの目がほのかに明滅している。目の中に入っている魂が、娘に囁いているのだ。
娘のはじけるような笑顔を見た青年は、自身も顔をほころばせた。
ウサギの技師のおかげで、娘は母親と話せるようになった。ウサギには、感謝してもしきれない……
『こんにちは。ピピちゃんが、正午をお知らせします』
腕時計が時を知らせてきた。
『みんなー! お昼のじかんだよ! 好き嫌いしないで、ニンジン食べようね。ニンジン、ブシャー☆』
ちらりらにぎやかな時報の曲が流れ出したとき。あ、ウサギさんが来たと娘が手を振り、会場入り口の方へ駆けて行った。
「ピピ様―! わあ、なにそれ素敵なチョッキ!」
「くへへへへへ。奥さんに、編んでもらったの。超ごく細の金属の糸で作られた、大陸最強の鎧兼上着でっす」
ウサギの後ろには、銀髪の美しい人がついてきている。首から銀時計をさげていて、その時計がきらきら、日の光を浴びて輝いていた。
「カーリンちゃん、会場に屋台ある?」
「あっちの奥に並んでますよ」
娘がウサギ夫婦を案内する。青年もニコニコ顔で彼らについていった。
「お隣さんのくせに王宮に来るの久々だわ。陛下は元気か?」
ウサギの問いに、青年はこっくりうなずいた。
「大変お忙しいですけど。今日はお昼に、屋台の芋クーヘンを食べにくるそうです。そろそろおでましになるかと――」
胡椒の効いた香ばしい匂いが青年の食欲をそそってきたけれど。残念ながら、芋クーヘンどころか、昼食自体がおあずけになった。
――「守護卿! 蛇の守護卿―!!」
叫び声が雪まつりの会場をつんざく。
青年は我が前に駆け込んできた侍従長に腕をつかまれ、ぐいぐい引っ張られた。
「お、恐ろしいことが! 助けてください! 陛下が。陛下がっ!!」
「ちょ、ま、待って。落ち着いてください」
陛下は忙しすぎて、また自分にお株が回ってきたのか。今度はどんな案件だろう? 青年はそう思ったが。侍従長は今にも泣きそうな顔で、中庭へ至る回廊を指さした。
「陛下が! 血まみれになってお倒れになってます……!!」
「な……?!」
青年は呆然としつつ、その現場へ駆け寄った。
「陛下、そんな――!!」
倒れている人は、国王その人に間違いなく、まったく反応がなかった。
ただただ、鮮血が大理石の床を染めていく……
「陛下ぁっ!!」
いったい何が。どうしてこんな。だれが、どうやって?
がくがく震えながら、青年は倒れた人を揺さぶり、何度も何度も、耳元で名前を叫んだ。
だが、返事は返ってこなかった。いくら待っても、王は目を開けなかった。
永遠に――
――雪まつり・了――
カッコイイ活躍をしている……
イケメン、愛妻家で育児が好き、お料理上手で剣の腕もいい……
よく考えればモテ男くんだあ~
小母ちゃん代理が後継者になるのではなく
サイボーグ王様になるのではと密かに期待しています^^
一荒れ来ますね
雪や氷や大理石の白い世界から、
流れる赤い世界へ連れてこられた青年さん。
すべてが順調でやっと休息と思ったら、事件ですよ^^;
怪しいのは現場にいる人?いない人?
続きが楽しみです^^