Nicotto Town



2月自作 氷雪 「雪まつり」2/2

 

 

  内臓が飛び出るかのような衝撃。ぐしゃりと、体が宮殿の白壁に叩きつけられる。

  危なかった。腕時計のボタンをとっさに押さなかったら、全身の骨が砕けているところだ。

  ついこの前、ウサギの技師からもらった腕時計は、強固な物理結界を展開する優れもの。もらった当日から役に立っている。

「氷の巨人! さすがにでかいな」

 ずしり、みしり。庭園に踏み下ろされる蒼い足。それはまるで、齢数千年の大樹のよう。

 仰ぎ見ても、頭部が見えない。距離が近すぎる――

「く! またはたかれた!」

 青年はゴムまりのように飛ばされて、地に叩きつけられた。腕時計のボタンを押して結界の強度を上げたから、衝撃はほとんどこなくなった。しかし巨体に似合わず、相手はとてつもなく敏捷だった。襲い来る張り手がまったくかわせない。

『こんにちは。ゆる神ピピちゃんが、午後三時をお知らせします』

 何度も吹っ飛ばされるさなか。突然、腕時計から陽気な音楽が流れ出した。

「くっそ! こんなときに時報とかー!」

『みんなー! おやつのじかんだよ! 好き嫌いしないで、ニンジン食べようね。ニンジン、ブシャー☆』

「ちっくしょう、なんでこれ、|消音機能《マナーモード》ついてないんだよっ! ていうかこれ全然、ついてけない! この巨人速すぎる!」

 青年はしゃかりきになって腕時計のボタンを押した。美しい金色の、無数の歯車がぎゅるぎゅる回転する。時計の針が狂ったように回り出す――

 すると。迫りくる蒼い巨人の手が、みるまにゆっくりな動きになっていき。ついには。 

「よし、停止した!」

 殴りかかる姿勢のまま、巨人が固まる。肌から飛び散る氷の粒も浮いたまま、ぴたり。宙に静止した。

『時間停止解除まで、5』 

 腕時計がカウントダウンを始めた。

『4』

 赤毛の青年は腰の剣を抜いて思い切り踏み切り、

『3』

 高く高く跳躍して。

『2』

 冷気を放つ蒼い巨人の眉間を

『1』

 峰打ちした――

 

『0』

 

 どどうと、目を回した巨人が倒れる。巨体の上に、我に返ったように動き出した氷の粒が落ちていく。

「ふう、なんとかなった。聖剣じゃないからちょっと不安だったけど。あいつまた、寺院に入れられちゃったからな。普通の剣でがんばるしかない」

 さあ魔法の結界で包みこもう。そして平身低頭謝って…… 

 額の汗をぬぐいながら、青年は巨人をいかに説得するか考えた。

「おいしいかき氷でも、作ってあげようかな」

  

 

 ぽぽん。ぽぽん。ひかえめな花火の音が青空に響く。

 緑の芝生だった中庭は今日は真っ白。分厚い雪に覆われている。

 何列にもなってずらりと並んでいるのは、雪の彫刻だ。鹿や獅子、竜といった動物。おとぎ話の英雄や騎士。国王一家や、神話の神獣。

 見るも豪華なオブジェの連なりの奥に、ひときわ大きな氷の像が建っている。氷の巨人が凍てついた息吹で作ってくれたものだ。それは、にっこり満面の笑みで、大盛りのかき氷を差し出す青年の像――

「恥ずかしいからやめてくれって言ったのに……」

「パパ! ママが、パパはすごいって喜んでるわ」

 狼のぬいぐるみを抱いた娘が、うなだれている青年の腕に飛びつく。娘はぬいぐるみの口に耳を当てて、うんうんとうなずいた。

「うん。うん。あたしもそう思う。あのお姫様の像が、とってもすてきよね。あと、龍王さまはかっこいい!」

 

 狼のぬいぐるみの目がほのかに明滅している。目の中に入っている魂が、娘に囁いているのだ。

 娘のはじけるような笑顔を見た青年は、自身も顔をほころばせた。

 ウサギの技師のおかげで、娘は母親と話せるようになった。ウサギには、感謝してもしきれない……

『こんにちは。ピピちゃんが、正午をお知らせします』

  腕時計が時を知らせてきた。

『みんなー! お昼のじかんだよ! 好き嫌いしないで、ニンジン食べようね。ニンジン、ブシャー☆』

 ちらりらにぎやかな時報の曲が流れ出したとき。あ、ウサギさんが来たと娘が手を振り、会場入り口の方へ駆けて行った。

「ピピ様―! わあ、なにそれ素敵なチョッキ!」

「くへへへへへ。奥さんに、編んでもらったの。超ごく細の金属の糸で作られた、大陸最強の鎧兼上着でっす」

 ウサギの後ろには、銀髪の美しい人がついてきている。首から銀時計をさげていて、その時計がきらきら、日の光を浴びて輝いていた。

「カーリンちゃん、会場に屋台ある?」

「あっちの奥に並んでますよ」

 娘がウサギ夫婦を案内する。青年もニコニコ顔で彼らについていった。

「お隣さんのくせに王宮に来るの久々だわ。陛下は元気か?」

 ウサギの問いに、青年はこっくりうなずいた。

「大変お忙しいですけど。今日はお昼に、屋台の芋クーヘンを食べにくるそうです。そろそろおでましになるかと――」

 胡椒の効いた香ばしい匂いが青年の食欲をそそってきたけれど。残念ながら、芋クーヘンどころか、昼食自体がおあずけになった。

――「守護卿! 蛇の守護卿―!!」 

 叫び声が雪まつりの会場をつんざく。

 青年は我が前に駆け込んできた侍従長に腕をつかまれ、ぐいぐい引っ張られた。

「お、恐ろしいことが! 助けてください! 陛下が。陛下がっ!!」

「ちょ、ま、待って。落ち着いてください」

 陛下は忙しすぎて、また自分にお株が回ってきたのか。今度はどんな案件だろう? 青年はそう思ったが。侍従長は今にも泣きそうな顔で、中庭へ至る回廊を指さした。

「陛下が! 血まみれになってお倒れになってます……!!」

「な……?!」

 青年は呆然としつつ、その現場へ駆け寄った。

「陛下、そんな――!!」

 倒れている人は、国王その人に間違いなく、まったく反応がなかった。

 ただただ、鮮血が大理石の床を染めていく……

「陛下ぁっ!!」

 いったい何が。どうしてこんな。だれが、どうやって?

 がくがく震えながら、青年は倒れた人を揺さぶり、何度も何度も、耳元で名前を叫んだ。

 だが、返事は返ってこなかった。いくら待っても、王は目を開けなかった。

 永遠に――

  

 

――雪まつり・了――

 

 

 

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2019/03/17 18:46
王様…
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2019/03/11 22:37
いきなり大変事?
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2019/03/05 10:46
小母ちゃん代理さんが
カッコイイ活躍をしている……
イケメン、愛妻家で育児が好き、お料理上手で剣の腕もいい……
よく考えればモテ男くんだあ~
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2019/03/04 02:42
王様が……
小母ちゃん代理が後継者になるのではなく
サイボーグ王様になるのではと密かに期待しています^^
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2019/03/02 12:47
チートだと思っていた王様が突然亡くなる……
一荒れ来ますね
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2019/03/01 08:27
こんにちは♪

雪や氷や大理石の白い世界から、
流れる赤い世界へ連れてこられた青年さん。

すべてが順調でやっと休息と思ったら、事件ですよ^^;

怪しいのは現場にいる人?いない人?

続きが楽しみです^^
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2019/03/01 04:09
おばちゃん代理が、陛下の職に付くのかな?




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