自作9月『四元素』 「巡礼者」2/2
- カテゴリ:自作小説
- 2018/09/29 12:30:01
ウサギさん曰く。その赤毛の方は〈大地の大神殿〉でも、神殿の宝物に興味を示したそうです。
「あいつ、大地の大神官にもかけ合ったみたいなんだよな。〈聖なる樹の苗〉を貸してくれとかって。死者の声を代弁してくれるって、案内帳に書いてあるやつ」
「でもおいそれと、神殿の秘宝を貸すわけにはいきませんでしょう? 断られたのでは?」
「うん。きっぱり、拒否されたっぽい」
「赤毛の人はここでしばらく料理人として働くからと仰って、宝鏡の貸与を願いました。でも、うちの大神官さまは丁重にお断りしたのです」
「あいつの料理の腕は天下一品だぜ。食聖仕込みだから、たしかに国宝くれてやってもいいレベル。でもいきなり願われた側は、とまどうだけだよなぁ。あいつ、次の炎の神殿でも同じことしそう」
「ええ、炎の神殿や風の神殿にも、神秘の力をもつ宝物があります。ですからそこをあたってみると、赤毛の方は仰っていましたね。そして、鏡をしげしげ眺め、詳しく観察して、紙に書き留めていました。もし軒並み断られたら、同じような物を大陸一の技師に作ってもらうしかないと、つぶやいておられました」
「え? なに? どこのどんな技師?」
「あ。えっと、〈大陸一の〉技師です」
「えへ。あは。そうなの? そうかぁ、そう言ってたかぁ。大陸一ねえ。へへへ」
ウサギさんはなんだか、どこかこそばゆいような顔をして、上機嫌に笑いました。
「あいつのこと、記憶に留めてくれててありがと。助かったよ」
いいえ、どういたしましてと、私はぴょこりとお辞儀する彼に会釈を返しました。一所懸命記憶を呼び起こして、かわいらしいおへんろさんのお役に立てたので、私はとても嬉しく思いました。
実のところ赤毛の人といえば、他にもうひとり……今申し上げた髭ぼうぼうの人よりも、はるかに強烈な印象を残していった方がいたのですが。その人は私たちに固く口止めしてきましたので、私はその方のことは一言も喋りませんでした――
『お願い! 誰にも言わないで。|泉を使わせて《・・・・・・》!』
その方はまだ成人して間もない感じの少年で、髭ぼうぼうの青年以上にとほうもない願いを口にしました。
『ここにはひそかに、未来へ行ける時渡りの泉があるって、俺知ってるよ。誰も知らない、案内帳にはまったく書いてない極秘のことだけどね。大地の神殿の神官から聞き出したんだ。あそこには過去へさかのぼる泉があるでしょ? 実を言うと俺、そこから来たの。ある人を連れてきて、大地の神殿に庇護してもらったんだ。ほら、大地の大神官の紹介状もあるよ。その文面にあるとおり、俺は未来に戻らなきゃいけないの。ジェニがすごく心配してるから……
だから、お願い。代償は、これで支払うから』
彼は夜空に輝く赤星のような紅色の義眼を、若々しく美しい顔からひとつとって、水の大神官様の手に握らせました。
『それ、すっごく価値あるものだから……嵌めてみて』
老いて盲目になっていた大神官様は、たちまち視力を取り戻して、ひどく驚きつつも、輝かんばかりの笑顔を赤毛の少年に向けました。
『これは、神代の時代のものでは?』
『そんなに旧くはないけど、大陸一の技師が作ったんだ。もう片方もあげる。両目で使用しないと、不具合を起こすからね』
『しかしそれでは、君がめしいになる』
『大丈夫。俺の家には、いっぱい替えがあるの。ジェニがたくさん、技師に注文してくれたから……それに最悪、俺にはこれさえあればいいし』
赤毛の少年は胸にさげているものをそっと握りしめました。
それは繊細な銀のウサギの細工もので、目のところに美しい宝石が嵌まっていました。
大きな赤鋼玉が、ひとつきらりと。
『ほんとにこれだけ、あれば大丈夫だけど……。でも俺、ジェニのところに帰りたい……』
ジェニという人がどんな人なのか、大神官さまは詳しくお聞きにはなりませんでした。
赤毛の少年の素性も、しかりです。
しかしかように高性能な一流品の義眼をお持ちとなれば、その身分は王家やそれに類する家門の人であるのは、間違いないでしょう。
その義眼はきらめく大粒の赤鋼玉でできているのですから。
『よいだろう。私は感謝して君の供物を受け取ろう。時の彼方からきた、やんごとなき人よ。
時の泉を使うが良い』
少年が聖所の泉を使って未来へ帰ったあと。大神官さまは、わからないことをひとつだけ確かめました。
「貴神殿が庇護した未来人はどんな方か」と、〈大地の神殿〉の大神官さまに問い合わせたのでした。
向こうからの返事は簡素なもので、「じきに会えるだろう。罪深い〈彼〉は巡礼を始めた」と、密書にしたためられていたそうです。
それゆえ水の大神官さまは、件の人はわざわざ巡礼をしたくて、未来から来たのかもしれぬと仰っておりました。
おそらくは――四つの神殿がなくなってしまった、という未来から。
大地の慰め。
水の清め。
炎の浄化。
風の赦し。
四つの神殿をめぐれば、巡礼者は輪廻せずとも生まれ変わるといわれております。
時の彼方から来たその人はいったい、どんな罪を洗い流したいのでしょうか――
おへんろさんたちは、霊峰ビングロングムシューに次ぐ、大陸第二の高さを誇る山、ソモランナの山頂にある〈大地の神殿〉より杖をついて歩いて、ひたすら歩いて、黄海を望む港町へいたり、巡礼者専用の船に乗ってこちらへ参ります。大体、半月ほどかかる旅程です。
未来から来たその人はそろそろ、こちらに来ているはずです。
巡礼者のみなさまは同じ巡礼服をきこんでいますので、私には見分けることはできませんけれど、その人は大神官さまにはご挨拶していくことでしょう。
どんなわけで過去にいらしたのか、ぽろりと話していってくれるかもしれません。
近々こっそり、大神官さまにお聞きしようと思います。
――巡礼者 了――
怪獣と戦うのではなく、物語の世界観をさらりと説明するところがいいですね。
むかしゲームにはまっていたころ、ファイナルファンタジーの10だったか、ヒロイン・ユウナなとその一行の旅に、船の場面があり楽しんだのを思い出しました。
それにしても、
ツイッターに概要をかくと、ついつい、こちらへのコメントを書き忘れてしまう拙であります。
がんばれ、おばちゃん代理~
四大元素の奥には時の通路。
あの世もこの世も過去も未来もここにある。
姿は、声は、意思は、いまどこに
復活と再会はもう少し先になりそうですね^^
小母ちゃん代理、幸せを取りもせるといいですね^^
次回、どんなふうに問題を解決するのか興味がわきます