Nicotto Town



自作9月『四元素』 「巡礼者」1/2

 いらっしゃいませ巡礼者の方々。長旅、お疲れさまでございました。

 どうかゆるりと、この〈水の大神殿〉でお休みください――


 私がいつものように石門のところでみなさまにご挨拶をしておりますと、次々やってくる人々の中でとことこぴょんぴょん。長い耳のかわいらしいものが飛び跳ねながら、近づいてきました。

「ちょっとごめんよ、神官さま。聞きたいことあるんだけど」

「おやウサギさん。どうなさいました?」

「人を探してるんだ」

 巡礼用の旅装に、ウサギ用のものなんてあったのですね。

 ぴっちりちょうどよく仕立てられた、まっしろの巡礼服。白い手甲。白わらじ。しゃんしゃん鳴り響く鈴のついた、登山杖。傘帽子にはちゃんと、長い耳が出せる穴があいています。

「燃えるような赤い髪の男、最近来なかった? 二十歳過ぎぐらいの若いやつ」

 ウサギさんに聞かれた私は、うむむと腕組みして困ってしまいました。

 船に乗って黄海をゆくこと丸一日、オムパロス島のごくごく近く、双子山がそびえる島にあるこの大神殿には、毎日とても多くの巡礼者がいらっしゃるのです。日に数千人、特別な祭日には万を越えることもあります。

 大陸全土からいらっしゃいますから、赤毛の若者は、一日に何人も目にします。どの人も白い巡礼服をまとっていますので、ひと目で見分けるのは難しく、素性などまったく分かりません。

 ああ、でも。

 ここ最近いらした赤毛の巡礼者の中で、印象に残った方がおられました。

 その方は無精髭をぼうぼうと生やして、まったく身なりに気を遣っていない様子でした。巡礼服は汚れてまっくろ。幾日も湯浴みをしていなかったのでしょう、鼻が曲がるかと思うような匂いを放っていました。ですから、そこの泉で体を清めなさいと、おすすめしたのです。

「ふうん。この泉が、ちまたで有名な『精霊の涙』? とっても澄んでてきれいだね」

「あ、いいえ、ウサギさん。そこは普通の手洗い場です。聖所の泉から引いている清水ですけれど、日の光を浴びてますから、透明度が少々劣化しております」

「えええ、すんごくきれいなのに、これで劣化してるの?」

 私たちが祀っている水の精霊アムニス様は、神殿の中におられます。分厚い扉に閉ざされた奥殿に。

 光の入らぬまっくらな広間の中。神秘の泉の底に沈んで眠っておられます。

 神秘の泉は、日の光を浴びている手洗い場の泉よりもっともっと澄み切っていて、こんこんとめどなく、豊かに清水を出しています。流れ出る水は神殿の両脇に作られた水路を通って、眼前の海に流れ落ちていくのです。

「えっと、手を洗って口をゆすいでと。わ、しょっぱいな。ここって、島だからかな?」

 ええ、聖所の泉の水は塩辛いのですよ。大洋の奥底を流れる水が、なんらかの形で海底へもぐり、聖所から湧き出しているのでしょう。

 私ども神官は巡礼者たちに、神話でもってその仕組みを説明しております。

 「精霊様は常に、この世の不条理を嘆いていらっしゃるのです」と。

 でも、いつだったか……

 甘い香りを醸す巡礼者に、鼻で笑われたことがありましたね。


『精霊の涙が、塩辛いはずがない』


 きっぱりそう断じたその人は、菫色の瞳を持つ|龍蝶《メニス》でした。

 そう、甘露の涙を流す種族です。

 血も汗も涙も甘いその人は、この神殿に祀られている水の精霊様はもともと、彼と同族の者であったというのです。

『ここだけではない。四大精霊を祀った大神殿のご神体はみな、もとはメニスだったのだ。我が一族の間では、そう伝わっている』

 |龍蝶《メニス》というのはずいぶん魔力の高い者たちで、純血の者ともなれば、まったく年を取りません。数千年生きることなど、珍しくないと言われております。

『かように精神の力が発達し、不死といえるほどの寿命をもっている我々は、ずいぶんと進化の進んだ種族であるといえるだろう。人類の祖先は青の三の星から来たそうだが、我らメニスの祖先は、一万年前に起きたその「降臨」よりもっともっと古くに、紫の四の星からやって来たのだ』

 その龍蝶《メニス》は私に教えてくれました。

 はるか銀河の彼方にある彼らの〈故郷〉の海は、彼らの涙と同じ。とても甘いというのです。

「なるほどねえ。たしかにそうかも。青の三の星からきた人類はさ、塩辛い海で生まれた生き物から進化してきたんだよね。だから、体内にしょっぱい海を抱えてるんだよな」

 ウサギさんはこっくりこっくり、私の話をうなずきながら聞いて下さいました。

「そんでメニスの体が甘いのはさ、あいつらって、そのメニスの言うとおり、甘い海で生まれた生き物から進化したせいなんだよ、きっと」

「ええ、きっとそうなのでしょうね。そして水の精霊様が|龍蝶《メニス》であるということも、たぶん本当のことなのでしょう。神殿の壁画に描かれている精霊様のお姿は、白い髪に紫の瞳。|龍蝶《メニス》の純血種の容姿と同じです。それに、魅了の力を持っているとも伝わっていますから」

「魅了かぁ。つまりメニスの甘露の効能ってわけだね」

「ええ。ですのでその龍蝶の巡礼者は、ご先祖さまを拝むためにおへんろをしていたようです。ご自分は、火の大神殿の精霊の直系の子孫であると、誇らしげに仰っておりましたよ」

「へええ。罪滅ぼしとか、そんな目的じゃなかったんだ」

 ここは水の大神殿。四大精霊を祀る大神殿の一画で、「聖なる泉の水でもって人の罪を浄化する」巡礼地となっております。大多数の人々は自身が犯した罪を反省し、けがれた身を清めるためにやってきます。

 ささいな心の咎をとりのぞくため、自主的にいらっしゃる方とか。刑務所に入る代わりに、巡礼を命じられた罪人とか。

「髭ぼうぼうの赤毛の人も、ずいぶん悲痛なお顔をされておりましたが、罪の浄化だけが目的ではないようでした。それで私の記憶に残ったのでしょう。彼は身なりをきれいにしたあと、神殿の中に入って祈りを捧げ、宝物殿を見学しました。それから、大神官様に願いでたのです」

「願った? 何を?」

「この神殿にある宝物を、貸して欲しいと。精霊の鏡を使いたいと仰ったのです」

「えっとそれって……巡礼者の案内帳に紹介されてるやつ?」

 ウサギさんは、背中に背負った木箱から分厚い冊子を取り出して、パラパラめくりました。

 お遍路をする巡礼者のみなさんが必ず携帯する、道程案内書です。巡礼服の旅装と一緒に、出発点となる〈大地の大神殿〉で買いそろえるものです。

「たしかここの宝物の鏡って、生き霊とか幽霊とかを映し出す力があるんだよね? しかもはっきり、音声付きで。つまり、しゃべる霊が映る……」

「はい、その通りです。わが神殿の宝鏡は、誰かにとりついたものを除霊するときに、その憑依物と交渉するために使う交信機なのです」

 ウサギさんはそうかそうかと声を明るくして、にっこり微笑みました。

「やっぱりあいつ、罪ほろぼしのためだけに、巡礼始めたわけじゃなかったんだ。カーリンに、牙王の声を聞かせたいって思ってるんだ。母親の声を……」

 

 

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2018/10/09 23:15
足取りが掴めましたね^^
アバター
2018/09/29 17:04
牙王の声が聞かせられたら良いのにですね。




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