【闇の貴公子エピソード】 「ナルシス」
- カテゴリ:自作小説
- 2018/06/24 22:57:41
(エメラルドさんのコッペリアエピソードからの続きということで。)
「narcisse」
その時――
漆黒の闇に沈む館に、来客を告げる歌声が鳴り響いた。
それは厳かなる鐘の音。黒衣の門番が鳴らすものである。
この館は茨の形をした鉄柵に囲まれており、唯一開くところ、すなわち鉄の薔薇が咲き誇る門のそばには、塔のように高いレンガ作りの番小屋が建っている。その頂に、鐘楼があるのだ。
夜色をまとう貴人、キズィローヴァ公爵。彼が甘美な愉悦を思い描きながら選び抜き、妙なる寵を与えんと欲した者たちを乗せる黒馬車が到着したとき。そこに在る大鐘が、粛々と鳴らされるのだった。
しめやかなる葬送の儀の始まりを告げるかのように……。
馬車の窓から番小屋を見上げた少年は、見下ろされる視線を感じてびくりと身を震わせた。不安を滲ませる紫水晶《アメティストゥ》のような瞳の中で、ルーネ・ブランシュ、白銀に輝く紋章が煌々と輝く。黒はがねの薔薇の門の中央に、大きな紋章がひとつ架かっているのだった。
「これって本物の銀《アルジョン》? それとも銀メッキ《プラカージュ》?」
「アルジョンだよ、ラデル」
すぐ隣に座っている子が囁く。肩にかかる淡い色の髪がさらりと傾けられ、金の瞳が半分伏せられる。
「公爵様のものに、まがいものなんてありはしない」
ラデルは手に持つ封筒に押された蜜蠟と紋章とを見比べた。二つの模様は全く同じ。まちがいなくここが、招待主の館であることを告げていた。
見つめるうち、その厳かな盾はひとりでにゆっくり左右に割れていったので、ラデルは驚いて息を詰めた。
「なんだか、お化け屋敷みたいだね」
「ここは、遊園地より素敵なところさ」
金の瞳の子が微笑む。その口元がなぜか今にも泣きそうにわなないていることに、じっと招待状を見つめていたラデルは気づかなかった。
『ランジャディール。きらめく木漏れ日のもと、眩しき緑の公園を駆け回っていたあなたに、我が庭園で遊んでいただきたい。夜にこそ輝く我が園で』
送られてきたその文面はなんとも繊細な筆致で、藍に近い黒の線は限りなく細く、まるで妖精たちが舞い飛んでいるよう。
それを見て、少しがっかりしたのは否めない。
「父さまの字と似てない……」
公爵との出会いはまったく偶然のこと。
中等科《コレージュ》を卒業して夏休みに入ったころ。すなわちひと月前のこと。秋から始まる高等科《リセ》に備えて、部屋に籠もって外国語の勉強をするのに飽き飽きしたから、気分転換したかった。そこで双子の弟たちを乳母車に乗せて公園へ行く乳母についていったら、こっぴどく叱られたのだ。
赤ん坊たちが起きてしまうから喋ってはいけません。黙ってゆっくり歩きなさい。
赤ん坊たちに触らないで。撫でるなんて嘘でしょう? 父親の違う子たちを、つねるつもりなんでしょう?
すべてお見通しですよ、坊ちゃま!
偏見たっぷりに言われてしまったから、心に少しヒビが入った。真紅の滴が滲み出るような傷が。
『じゃあ僕は遠くにいくから。それでいいだろ!』
むしゃくしゃするから靴を脱いで走り出して。ばしゃばしゃ噴水に入ってびしょ濡れになって。悲鳴をあげる乳母を尻目に、遠くへ遠くへ走った。
公園の奥へ入り込むと、巨木の木陰で、その人は分厚い本を広げていた。
漆黒の髪。夜色の影。深い色の瞳。
活字に目を落とすその瞳の色合いが、ラデルの目を引いた。
物置に追いやられてしまった、亡父の肖像画。こそりと忍んで、そうっと白い布をめくって見つめると、見つめ返してくるあの、懐かしいまなざし。
色濃いのに澄き通ったその瞳は、我が子をまっすぐに捉えて、優しく細まる――
「同じ色だと思ったのに。筆跡は全然違う……」
天の国にいるラデルの父は生前、学者だった。だから家は本であふれていた。母が図書館に寄贈してしまって、今はほんの少ししか残っていないのが残念でならない。
我が館には本がたくさんあると、分厚い本をめくる漆黒の人は言っていた。
その瞳から、知を得ることを喜びとするあの輝きを――この世の秘密、秘匿されし理と深遠を識っている、あの妖めかしく美しい色を放ちながら。
その人から招待状が来たことに、ラデルは歓喜した。
漆黒の馬車が少年の家の前に乗り付けたことを、少年の母も義父もまったく知らない。
朝も昼もいつも通り。同じ食卓についても少年とはほとんど何も話さず、夕方になるといそいそと、観劇に出かけてしまった。
双子の面倒を見るのに手一杯の乳母も、召使いたちの監督で忙しい執事も、少年が密かに家から出て行ったことに気づかなかっただろう。
馬車に乗り込んだら、金の瞳の子が居た。ナルシスという名で、公爵から迎えのお役目を言いつかったという。聞けば同い歳だそうだ。
「門から館まではかなりの距離があるよ。敷地が広大だから。公爵様の庭は本当に素晴らしい」
「ふうん。でも僕、庭より本が気になるな。大体にして、もう夜だから庭なんて見えな……うわ?!」
門から館までの長い長いアプローチ。霧が立ちこめていて何も見えないと思ったら、青や緑の光の玉が、美しく刈り込まれた木々の並木の合間に浮かんであたりを照らしていた。
揺らめく炎。閃光伸ばす光。いななく馬。翼を広げる竜。庭師の技のなんと素晴らしいことか。木々の形の多彩なことといったら。
浮遊する光り玉に集まる、あの小さなものたちは何だろう?
「ねえナルシス、あれはなに? 光る虫? 蛍にしては大きくない? ひらひらしてる」
「妖精だよ」
「それって、小さい電球かなんか飛ばしてるってこと?」
いいや本物だよと、金の瞳の子が答える。
「まがいものなんてありはしないと言っただろ? 公爵さまの庭には、珍しい花がたくさん咲き誇っているからね。惹かれてくるんだと思う。僕らのように」
「え? 僕らの何?」
緑の光り玉のそばを舞い飛ぶ〈妖精〉たちの群舞が、一瞬ぱっと周囲に散った。
玉の光がきゅうと衰え、消えたからだ。見れば木々の間にある光り玉は、クリスマスのイルミネーションのように、しかしゆっくりゆっくり点滅している。
その明滅にあわせて、〈妖精〉たちは波打っているのだった。
広がったものたちのその一匹が、ふわりと黒い馬車の中に入り込んできて。招待状を持つラデルの手に落ちてきた。
「これ、蝶……じゃないの?」
手の内に閉じ込めようとしたのだろうか。
ひとりと、金の瞳の子の手がラデルの手に触れた。その手があまりに冷たいので、ラデルは身震いした。
「色、白いね」
「蝶?」
「違う。君の肌。すごく綺麗だ」
「……ナルシス?」
金の瞳の子はラデルの手を取り、そっと自分の唇に近づけた。
「な、何だよ? 放し……て……」
金の瞳の子の唇が手の甲に触れる。なんて冷たいと思った瞬間、引っ張られる感覚がした。相手の膝の上に引き倒されたのだと気づいたのと、金の瞳が間近に迫ってきたのは、ほぼ同時だった。
「館へようこそ。一緒に舞おう、ラデル。あの妖精たちのように、闇色の光に焼かれながら」
「ナルシ……」
ラデルの唇に囁きが降ってきた。それは蠱惑的で甘やかで。声をそっと塞いでしまうものだった。
金の瞳は揺らめいていた。夜に貪られた太陽かと見まがう美しき狂光を湛えながら、ゆらゆらと。まるで酩酊の中に在るように。
――次回、「コッペリア2」へ続く――
前にエメラルドが相談していた夏休みの課題「惨劇の館」のデモができたのでお知らせ!
みうみさんが見て問題なかったら週末にお披露目しようと思う
訂正、提案、ここやり直したい等 受け付けるのでよろしく
https://jackthenikotto.wixsite.com/sangeki-yakata
ナルシスに誘われてこれからラデルの身に起こることを考えると
申し訳なくもゾクゾクいたします( ̄ー ̄)
ボクと快楽の世界に旅立とう・・✨
やってみると惨劇の館もサイトからこちらに読み手をジャンプさせてストーリーを読ませ
さらにまたサイトに戻らせるというスタイルが延々と続くのは困難であると思いました
みうみさんの物語と藍色さんの物語をサイト内に移植して
そのほかにこちらに飛べる紹介ページを作りたいと思います
作ったらテスト的にお読みいただいてダメ出しなぞを受付
手直ししつつ作り上げたいと思います〜
またきます!
煌翡芽(あきひめ)といいます(◡‿◡*)
思春期に入る前と思われるラデル様の心の傷つきがなんとも悲哀めいてらして…
大人の何気ない一言って、子供には届いてないと思って口にしてるのだろうなーと。
館でのラデル様は静かに時が過ぎ喧騒を忘れさせてくれる場所なのですね。
少年の大人になる前の柔らかな肌と繊細な体つきを想像してしまいました(//∇//)
ご高覧ありがとうございます><
仰るとおり、キラキラの昼下がりは闇の貴公子のイメージとは対極にある感じ…!
そこからあのお話を紡ぎ出されるとはノωノ*
エメラルドさんが書いてらっしゃるカミーリオのお話も謎に満ちていて気になります。
どうなるのか楽しみです♪
ご高覧ありがとうございます><
描写、お褒めいただき嬉しいですー。
わーい♪
さらにさらに精進せねば…・ω・
がんばります。
公爵さま、ご高覧ありがとうございます。
ご来訪、光栄の至り。
ご高覧ありがとうございます。
はい、こわい鐘です。首がちょん切られそうなぐらいのですね。
公爵は珍しもの好きかもかも…そしてあの世界なら人造妖精もいそうなので…ノωノ*
ご高覧ありがとうございます><
もう人形になってるんじゃないかという危うさがありますが
たぶんまだ剥製には……おそらく生きていると思われます・・
ご高覧ありがとうございます><
同い年だから、相通じるものありますよね^^
公爵さまの夜の庭、昼日中でも夜のようなのかもしれません。
ご高覧ありがとうございます><
ナルシス、正常な判断力を失っている感じですので
薬か何か入れられている可能性も…
とても危ういですね・ω・`
失礼しました。
これを読んだ時、乳母が赤ん坊(幼児?)を日向ぼっこさせる時間(午前中?)に、
キズィって起きているのか ?! と疑問に思ったんです (*ノωノ)
で、本日お読みいただいた、あーんな感じにした方が、私の中でしっくり来るな、と。
そんな風に思ったんです。コメントありがとうございました。
いろんな描写が、壊れ物のように繊細ですねー。
ラデルとナルシスの噛み合わなさが、二人を明確に表現しているようで
いいですねー♫ 続きが楽しみです。
~登場人物~
ナルシス・アエスティウム
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=351507&aid=66107735
ランジャディール
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1395747&aid=66080984
闇の貴公子キズィローヴァ
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=446840&aid=66048582
さすがだわー。
また読みに来ます。
ランジャディールという名前は頭に入ってなかった。
ナルシスだけだった。
明晩伺います
来賓の到着を告げる鐘の情景に、『オレンジとレモン』を思い出しました。
" Here comes a candle to light you to bed ! " ですね。
昼間の庭に遊んだラデルと、夜の庭を眺めるナルシスの対比。
蝶のような謎の妖精たちの誘(いざな)い。
コッペリア2も楽しみです。
馬車のなかの美少年二人
耽美でありながら、どこかほっこりとした温かみも感じます
これから始まる鬼ごっこ?
素晴らしいコラボになりそうですね^^
この続きを読みたくなるよ
ナルシスはなんで震えていたのかな?