Nicotto Town



自作5月 『燕 「哀しい贈り物」』2/3

 「私」たちは不思議な意気投合をしながら、街道を西へ西へ向かう馬車に揺られました。
 エティアの王都に入りますと、「私」たちはいったんばらけました。
「待ち合わせは今夜、王宮の裏口で」
「それまで元気で」
「あなたも元気で」
「無事、務めを果たしましょう」
「ええ、務めを」
 務め?
 それは一体なんでしょう? 私はだれかに何かを指示されたでしょうか?
 まったく覚えがないのですが。私の口は勝手に務めのことを喋っていました。
 日が暮れるまで私は、王都の目抜き通りを観光して楽しみました。
 燕尾服の胸ポケットには財布が、その中には紙幣が少々入っておりましたので、婦人ものの店に入り、美しい造花のついたリボンを買い求めました。赤と白、色違いのものを。
 ひとつはディーネに。ひとつはカーリンに。
 振り返ると燕尾服の赤毛男が五人ほど、お店に入ってきていて、先を越されたと苦笑していました。彼らも愛する妻と子に、贈り物を買おうと思ったようです。
「かぶるかなと思って、さきに花屋に行ったんですよ」
「そうしたらもうすでに、|私たち《・・・》が大勢、花束を買っていましてね」
「ではハンカチーフにしようと思ったら、そこにも大勢」 
 「私」たちは笑い合いました。リボンも頭飾りも、いくつあってもよいのではということになり、「私」たちはいろんな色のリボンを買い求めていました。
 それから「私」たちは屋台でハムサンドを食べ、お茶を飲んでから王宮へ向かいました。
「喜んでくれるでしょうか」
「びっくりされるかもしれませんね」
「きっとカーリンは目をまん丸にしますよ」
「ただ驚かれるだけならよいのですが」
 石畳の道路を歩く「私」たちは、一斉に目を落としました。 
「その前に……務めを果たさないといけませんね」
「国王陛下のところへ行かねば」
「ええ。陛下の御前へ」
 「私」たちは贈り物をそれぞれぎゅうと胸に抱きしめました。
 たぶんこれは。決して届けられないだろうと……うすうす感じながら。



『ぷは!』
「赤猫さん、お帰りなさい。どうですか?」
『猫目さん、この人も我が主ではありません』
 私は十五人目の赤毛男の魂を、紅の心臓部からペッと吐き出しました。
 工場。城。馬車。王都の商店街。そして王宮。
 同じ記憶を見せられて、少々飽きてきましたが。
『そこそこ美味でした。王宮に入ってからが、とくにとろみが増すんですよね』
「えっ?」
『あ、いえその。この人たち、王宮へ侵入しましたでしょ。それでまっすぐ玉座の間をめざしたみたいですが』 
「騎士が何人もやられました。おばちゃん代理さんも駆除にあたりましたが、こうしてまぎれてしまって」
『そうですねえ。あんなことになったら、ここにまぎれたくなりますよ』
 すばらしくも食べ放題のこの食事、我が主が見つかったらそこで終了となってしまいます。私と猫目さんの会話を聞いたとたん、びくりとして牢屋の奥にひっこんだあの男を調べるのは、一番最後にしましょうかね。きっとあれが……おそらくは我が主なのでしょうけど。
  私は十六人目の男にくれないの光を伸ばしました。
「ディーネ……」
 うなだれ、しくしく泣いている男を包み、魂を吸い出しました。
 あたりの音がまた引いていきます。
 さてこの男は、妻子にどんな贈り物を買ったのでしょうか――



 「私」たちは、食品が搬入されるところから王宮へと侵入しました。見張りの衛兵はいとも簡単に、私たちの拳骨《げんこつ》でばたんきゅう。「私」たちは整然と列を成し、陛下がおわすであろう大広間をめざしました。
 しかし「私」は、「私」のひとりが広間の奥にいる国王陛下を見たとたん、その姿形を失って襲いかかったのを見て、びっくりしてしまいました。

「なんだあれは!」

 おののきながら、「私」はきびすを返して走りだしました。イニシャル入りのハンカチーフを入れた箱を二つ、胸にしっかと抱きしめながら。
「恐ろしい。なんだあれは」
 「私」の隣には、花束をふたつ抱えた「私」がいました。 
「見ましたか? いきなりぐにゃりと、体が変わっていた」
「ええ見ました。なんでしょうあれは。陛下とそっくり同じものになっていましたね」
 もしかして「私」もあんな風に変化するのでしょうか。誰かを、何かを見たとたんに。
 「私」たちは……いったい何なのでしょう?

 もどれ もどれ つとめをはたせ

 そのとき「私」の頭の中で、「私」自身が叫びました。
 
 めいれいをはたせ ジャルデをころせ

 命令? 一体いつそんなものを? まったく覚えがありません。
 覚えているのは、お城で真っ白な煙に巻かれたこと。
 まさかあのとき、何かの暗示にでもかけられたのでしょうか。

「あなたも務めを果たせと?」
「はい。がんがん、頭の中で言葉が」
 言葉が。 
 鳴り止みませんでした。
 その叫びのあまりのうるささに、「私」はしゃがんでしまいました。見ればすぐ隣で、花束を抱えた「私」も苦しげに膝をついていました。
「国王の下に戻るべきでしょうか」
「そうした方がよいと思います。ですがそれは」
 迷う「私」たちの後ろには、同じく迷う「私」たちがずらり。
 そのとき、でした。
 「私」たちの前に、黄金色の狼が現れたのは。

「ディーネ!」「ディーネ!」「ああ、会いたかった」「カーリンは?」
 私たちは一斉に、金の狼に群がりました。
「な……あなたたちは?!」
 「私」たちを見て狼は困惑し、うろたえ、混乱して震えました。
「家を空けてすまない」
「どうか贈り物を」
「君とカーリンのために買い求めたんだ」
「気に入ってくれるといいんだが」
――「ああそんな。あなたたちは……」

 贈り物を差し出す私たちに気圧されて、狼は尻尾を巻いてあとずさりました。
 
「ディーネ! そいつらを退治するんだ!」

 狼が逃げようとすると。廊下の向こうから、赤いマントを羽織った「私」――本物の私が駆けつけてきて。
「消えろ! 偽物たち!」
 剣を抜いて、「私」たちに襲いかかりました。
 花束を抱えた「私」が悲鳴を上げて倒れ。リボンを詰めた箱をもった「私」が胸をおさえて床に転がりました。
「ディーネ……!」「カーリンにこれを……」
 贈り物が地に落ちました。私のハンカチーフが入った箱も、本当の「私」が目の前で剣を振るったとたん、ぐしゃりと潰れて――
「やめて! あなたやめて! これはあなたよ!?」
「なに言ってるディーネ! 早くこいつらに噛みついてくれ!」
 金の狼は本当の「私」の意に反して人の形を取り、美しい女性と化しながら叫びました。
「無理よ! わたしあなたを殺せない! どうかやめて!」
「ディーネ……! くそ、何を言ってるんだ!」
 必死にばらけたハンカチーフを拾い集める「私」の前に、本物の「私」が躍り出てきました。
「消えろ! にせもの!」
 彼は歯を食いしばり、剣をふりあげました。戸惑いと苦悶と。哀れみの表情を「私」に投げ下ろしながら。しかし思い切り振り下ろされた刃は、「私」には届きませんでした。
「やめてーっ!」
 剣は……「私」ではなく。とっさに「私」をかばったディーネの体に突き刺さりました。深々と。その背から、剣の切っ先が出てくるまで……
「ディーネ!!」
 なんということでしょう。
 「私」は。「私」はただ。娘と妻に会いたかっただけなのに。
 変な声が命じることには、従いたくなかったのに。
 「私」は。
 ここへ来ては。
 行けなかったのでしょうか――


 

アバター
2018/06/11 20:23
奇妙な哀しみのある話ですね・・・
アバター
2018/06/03 12:09
複製品ですから、本物が解らなくなって来たのでしょうね。




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