Nicotto Town



オニトモさん(湖鬼) 「鬼風」(黒の舞師番外)



 格子をあげると、しののめの空が鮮やかに、薔薇色に染まっているのが見えた。
 紫明(しあ)のおろしが、びゅうと吹きこんでくる。
 白い寒気が入るやろと身構えた狐目の婦人は、風のぬるさに驚いた。

「なんやこの、柔らかな熱(いき)れは。ぬるすぎやわ」 

 用意周到、裏地ぶ厚い唐衣をぎっちり重ねた上に、裳までつけてきた。
 ゆえに少々の凍気なぞ、恐るるに足らぬ。
 狐目の御方はそんな風に勇ましく思われて、この部屋にお住まいの方を起こすべく、景気よろしく格子をあげたのだが。
 
「これでは、起きしまへんやんか」

 振り返れば、部屋の主は黄金色の髪を流して、心地よき就眠のただなか。いまだ夢幻の世界にたゆたっておられる。

『朝一番に来るのじゃ!』

 昨日、臍を噛まれながら涙目で頼まれたゆえ、こうして一番鶏が鳴くと同時に来て差しあげたというのに。その閉じたまぶたが開くよう、わざとどつどつ、床を鳴らして入室したというのに。さらには鼻もつまんでやったのに。

「こらあかん。それにしてもこのぎちぎちの結界。相当な巫女やないと中に入れまへんがな。さすがやわ、袁家のライ姫。だてに百臘かましてまへんな」

 臘(ろう)とは、巫女が神殿にて修行する期間を指す。
 一臘は一年の四分の一、すなわち百と五日。一年修行すれば、四臘の巫女、三年修行すれば、十二臘の巫女と呼ばれるのだが。
 いまだお眠りの方は、百を超える臘をこなしたというお噂。なるほどそのかんばせはかなり、おとなびすぎているように見える。
 正確な生年を、まだ聞いたことはない。なれどいわゆる、行かず後家の御歳であるのは間違いなかろう。
 ご出身は帝都太陽神殿、三位内の神官位をつとめる品格第一級の袁家の姫なれど、品は采女(うねめ)と最低すれすれ。厄介払いよろしく、太陽神殿がこそっと、この後宮に送りこんだらしい。
 御池の向こうの、はじっこもはじっこの殿に住まうにふさわしく、普段は実におとなしく。ひたと貝の口を閉じたように静かで謙虚で、ほとんど動かぬ御方であるのだが。

『おのれこの口惜しさ、いかような呪いにしてくれようか!』

 それは完全に猫かぶりであったことが、昨晩判明した。
 すめらの宮中では、月に一度、舞会(まいえ)が開かれる。
 昨晩は、この殿に住まう婦人たちが、主上の御前にて、舞を披露するお役目をこなした。そこでひとしきり、甲高い嘲笑が響き渡ったのである。

『あらまあ、なんとぶざまな。太陽神殿の舞型はいつ見ても、田植えでもなさっておられるようですわ』
 
 太陽と月と星。
 三色(みしき)の神殿は、古来より仲が悪い。とくに太陽と月は、あからさまに足を引っ張り合う犬猿の仲。
 それゆえ、もと太陽の巫女たるライ姫は、月神殿より入内したばかりの中宮さまに、ひどく嗤われてしまったのだった。
 
『ついでに、泥鰌すくいもやって下さるかしら? ほほほほ!』

 顔を真っ赤にして、ライ姫はすごすご舞台から降りた。
 なれど殿に戻るなり、千の呪詛にて月の中宮さまを呪い倒すわ、やけ食いするわ。くだを巻くわ。
 そうして、隣部屋でおなじく采女で最低すれすれの、家格微妙な星の女を呼びつけたのである。

『わらわに、舞を教えるのじゃ! 稽古をつけてたも!』
『なぜうちが?』
『そなた、わざと下手くそに舞っておったじゃろ。主上どころか、だれの目にも止まらぬように。完全に気配を消すごとき、あの、影のうっすい舞をわらわに伝授するのじゃ!』

 わざと下手くそに。
 看破されたことに驚きつつ、星の女はいぶかしげに首をかしげた。

『ライさま。ここはふつう、月の女の鼻をあかすようなすごい舞を教えろと、ゆうとこちゃいますか?』 
『はぁ? なにゆえわらわが、あの女のびっくりあほ顔を拝まねばならぬのじゃ。そんなことわずらはしい(めんどくさい)。あの女には、一日五呪詛で十分であろ』 
   
 それよりもう二度と、誰にも絡まれぬようにしたい。そなたのように――
 かくして、太陽の神官族たる黄金の髪の人は、眉間にしわ寄せて命じてきたのであった。
 
『よいな! 朝一番に、わらわの部屋にくるのじゃ! 曇家のジン姫!』
 
  
 眠りこけているこのお人は、今まで必死に目立たぬようにしていたのだろう。
 主上の御前でのあの舞の、冴え冴えたることといったら。
 まさしくあれは、天照らしさまの御光そのもの。
 何十年と修行する間に体に染み付いた、きらびやかな太陽式の舞。貶めねばと、中宮さまが危機を感じたほどのあれを、この方は隠すことができなかった。
 動くと、なんともまばゆい輝きを放ってしまうのだ……。
 
 金のきらめき放つ太陽が、百万億のぼやけた星(またたき)に埋もれたいと願うのはなぜか。
 指南を承諾したのは、その理由を知りたくなったからだ。
 まさか自分と同じ理由ではあるまい。
 
「想い人なぞ、いる気配なんてしはらへんもの」
   
 何に操をたてておられるのか、これからゆっくり探るとしよう。
 それにしても、吹き込む風のなんとぬるいこと。
 まだ桜の蕾は硬いというのに、花の香りがかすかに匂う……
 
「手順を間違えましたわ。起こしてから、喚ばなあきまへんでしたな」

 苦笑まじりに、星の女はあげた格子の向こうにまなざしを向けた。
 枝だけの木々の合間に、なぜかほろほろ花びらが舞い落ちているところがある。
 目を凝らすとそこには、ぽうとほのかに光る何かがいる。

「しゃあない。舞を人に教えるなんて、初めてのことやもの」

 光の中には人のような形をしたものがひとり。舞の扇子をもってふわふわ、くるくる。すでに風をまといて舞っている。

「気配を消す舞。あの鬼から習ったゆうたら、こん人、どないな顔しはるやろか」
 
 春風を送ってくれるとは、気をきかせてくれたのだろう。鬼は主人が凍えぬようにと気遣ってくれたのだ。
 しかしこれでは、眠っている人は目覚めない。
 星の女はあくびを噛み殺しながら、喚んだ鬼に頼んだ。

「あんさん、すまへんねんけど、冬将軍さまを連れてきてくれへんか?」

 ひゅう。
 あたりから熱が引いた。 
 
 そしてほどなく。

 こおっと、刃のような寒気が頬を刺してきた。
 花びらの幻が視えたところにちらちらと、白きものがちらついている。
 呻くような目覚めの声が背後から聞こえてきたので、星の女はにこりと微笑んだ。 

「起きはりましたな」
「ひゃ?! なんじゃこの寒さは。雪か?」
「紫明(しあ)の霜気ですやろなぁ。さあ、さっそく、はじめまひょ」
   
 星の女はぱんとひとつ、手を打った。
 澄んだその音は吹いてくる寒風のなかにびんびんと響き、凍みていった。
 きらさららと、雪の結晶のように。
 

――鬼風 了――


鬼さんにお名前いただきました。
湖鬼(うみおに)
ろわさん、ありがとうございます♪

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ψ( Ф∀Ф )ψ( ´w`)ψ

オニトモ
http://www.nicotto.jp/albumsquare/detail?user_id=1104605&id=13248

鬼さんいらっしゃいませ( ´ω`)❤
こちらに鬼さんが収集されております。
https://sites.google.com/view/dllsgllry/04

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2018/03/25 20:57
都風だけど不思議な世界観ですね^^
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2018/03/24 20:20
えっと。人数が増えましたので、さくらのお部屋に入れないときは、待合室「山間の旅館」で待っていただけますか?
お庭で待たずに直接お入りください。
もたもたしてて、ごめんね。
2回目の方まわっていただけますか?
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2018/03/24 00:37
こんばんはー+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚ オニトモ桜の宴を作ったので明日遊びに来てね❤︎
21オニで4つのお部屋とお庭で撮ります^^人数が多いので組み分けしました〜
みうみ/Sianさんはオニトモ2のお部屋にて22時45分から撮影会です
どうぞよろしくお願いします
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2018/03/19 20:19
カッコいい、この一言に尽きます
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2018/03/18 17:29
平安を風のお話ですね(* ^ー゜)ノ京の言葉も物語にすごくぴったりで読みいってしまいましたよd(^-^)
私も鬼さんになってるのですがこういう風に書けないです(。^。^。)
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2018/03/17 20:24
面白かったーっ!
「行かず後家の御歳」ってwww
こんなすてきな鬼さんのお話が書きたいですわ❤
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2018/03/17 17:57
湖鬼がめんこい〜(〃▽〃)ポッ❤
ライ姫がプリチ〜❤
絡むとめんどくさそうだけど遠くからニマニマ眺めていたい〜♡(。→ˇ艸←)
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2018/03/17 15:03
収録!( ´w`)❤ 京言葉がろまんー

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https://sites.google.com/view/dllsgllry/04
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2018/03/17 13:02
おぉぉ
ステキなお話でしたぁ(*´ω`*)
言葉遣いとか素晴らしいなぁ。
コーデも、みうみさんっぽくてステキです❤
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2018/03/17 10:47
流行りものは勢いですよね〜^^
楽しいことは都合ついたら全て遊びたいです❤︎

先ほどのコメント間違いましたー 今日はオニトモ集会はないです><
ごめんね〜 来週やりますね❤︎私が  都合ついたら来てね〜
詳しくはブログで^^b
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2018/03/17 09:57
美しい〜
そして面白い〜
私もお話書けばよかったかな〜
でも、こんなに綺麗には書けなかったのでSianさんのお話読めて幸せです。
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2018/03/17 09:26
オニトモ巡りでーす
今日はよろしくね❤︎
でもいっぱいだから会えるかどうか。。。会えたらラブラブしようね〜
お題で描くの楽しいよね^。^
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2018/03/17 03:54

ライ姫:百臘さま。帝都太陽神殿出身のもと巫女。
狐目の御方(星の女):九十九さま。帝都星神殿出身のもと巫女。

二人がすめらの帝の後宮にいた頃のお話。
すめらは神官=貴族というちょっと特殊な国で、帝のお妃になる人は軒並み、もと巫女です。





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