Nicotto Town



銀の狐金の蛇25 運命の刻 (前編)


「キッテ」

 恐ろしい言葉と裏腹に、その声は実にあどけなく。白子の顔はにこにこしていた。
 弟子を押さえ込むソムニウスも、抱きしめられる弟子も、そして刀で管を切り離そうとした士長も、みな息を呑んで身を固くした。
 
「ゴメンナサイ」

 無邪気な笑みを浮かべたまま、白子はさらに、思いもかけぬことを口にしたのだった。


「オトウサンガ、ゴメンナサイ」


 みな言葉を失い、しばし管に巻かれる子を凝視した。
 放たれた言葉はまごうことなく、この先祖がえりの子が何もかも悟っていることを示していた。
 おのれの父親が誰かということだけではなく。一連の事件を起こした張本人であるということも。すべて。

(しかし我々は、この子から距離を取って黒幕のことを話していたのに)

 巨体の太い管と繋がった白子の頭が、ぞぞ、と逆立つ。垂れていた触覚のような房が、ぴんと立ちあがる。まさにウサギの耳のようなそれを見て、夢見の導師は気づいた。

(ああ、触覚の力か!)

 常に捕食される危険にさらされているウサギの聴覚は、人智を超えるほど鋭い。
 決して聞こえぬ距離だと思ったその距離では、足りなかったのだ。
 たぶんこの子はソムニウスと士長が交わした会話を、しっかり拾っていたのだろう。

「とにかく、管を外しましょう!」

 即刻白子から管を取り去らねばと、蒼ざめる士長が太い管に刀を振りおろした。
 白子の親こそ、おのが娘を殺した黒幕。そしてこのまま白子が犠牲になれば、水没の危機に瀕している|邑《むら》は救われる。
 心中複雑であろうに、士長の刀の勢いに迷いはなかった。
 だが。管には異常に弾力性があり、金属の刃をぶよんとはじいた。
 
「切れろ! 頼む!」

 何度も打ち下ろすが、まったく傷つかない。しかもまだ巻きついていない管がするすると、士長の腕に寄ってきた。
 巨体と繋がった白子が動かしているのだと、みなすぐに気づいた。
 なぜならその弾力ある管は士長の腕をむりやり動かし、白子の目の前で刀をふり上げる体勢をとらせたからだった。
 
「やめてくれ!」

 顔を蒼白にして士長が叫ぶ。あどけなく微笑む白子。天使のごとき貌を見せるその娘に、ソムニウスも怒鳴った。

「そなたが責任を感じることではない!」

 管は柔らかそうなのに、その力は尋常ではないようだ。
 士長はもがいて逃れようとしているが、壮年の男の力をもってしてもまったく自由がきかない。
 天井に向けさせられた刀が、勢いをつけようとさらにぐぐっと、後方へそらされる。
 そうして今にも白子の足に下ろされんとした、そのとき。


――「インニア!!」


 巨体の肉ひだそそりたつ入り口から、怒鳴り声が飛び込んできた。
 空のかなたから来る遠雷を思わせる、低くどろどろとした声が。

「そこにいるのかインニア!? ああ……!!」

 管の動きがびたりと止まった。
|銀の娘《イン・ニア》。それが白子の名であることを、ソムニウスはこのとき始めて知った。
 ふわりと中に入ってくる水色の衣。その後ろで、どそりと倒れる銀色の毛皮。
 銀狐の毛皮をはおっている人は、後ろ手に縛られ腰に鎖を巻かれていた。引きずられ、肉ひだの床にしたたかに打ちつけられたので、身を縮めて呻いている。
 その長く伸びた鎖の先をぎりりと持つ、水色の衣の人は……

「なんだこれは。なん……なんということだ!!」 

 白子が管に巻かれている光景に目を剥いて、まっ白な髪をふり乱し、おのが頬を両手でかきむしった。

「なぜこんなことになっている?! なぜえええっ!!」

 おどろおどろしくも当惑に満ちた叫びが、その者――翁の神官ロフから搾り出された。
 若き弟子の、夢の通りに。




 事件の黒幕も大筋も。ソムニウスが推理した通りだった。
 巨体の中に入ってきたのは、最年長の神官であるロフ。
 鎖に繋がれ彼に引っ立てられてきたのは、銀の髪まぶしい国主。
 一瞬、|邑《むら》はもう沈んでしまったのかと、夢見の導師はおののいた。
 しかしロフは白子がいないことに気づいて慌てふためき、国主をここへ連れてくる計画を早めたらしい。翁は白子と刀を振り上げる体勢の士長との間に割って入って、白子にすがりついた。 

「闇森の木の洞に隠れておるよう言うたのに、おまえの姿がなくてどんなに心配したことか! この封印の間の扉が開いたと、穴道が光って知らせてくれたんじゃ。もしやと思い急いで来てみれば……」
「ゴメンナサイ」
   
 白子は笑顔のまま囁いた。何も知らぬような、あどけない微笑みのままで。

「ゴメンナサイ。ワタシノセイ」
「な?! 何を言うのだ?!」
「ミンナ。ワタシノセイ。ゴメンナサイ。ダカラ……キッテ」

 白い顔に満面の笑みが浮かぶ。しかしその瞳から――つうとひとすじ、涙がこぼれた。
 
「キッテ」
「ああ……あああ……なぜじゃああっ!!」

 翁の神官はひとしきり狂おしい叫びをあげ、身をひるがえして士長にとりついた。 
 刀ふりあげる士長を必死に押しとどめるその目はぎらぎら輝き、あたかも正気を失ったかのよう。翁は周囲の者たちに、おぞましい敵意をこめた視線を放った。

「なぜ! なぜにインニアだけでなく、魚喰らい様や士長どのまでいる?! なぜこんなことに?! まさかあなたたちが……わしの子をそそのかしたのか?! わしの子に生け贄になれと言ったのか?! わしの子にいいいいっ!!」

 翁からびりびりと、しびれる電流のごとき波動が放たれた。魔法の気配をおろしたのだ。
 怒りに任せて放たれた棘のような魔力が、ぴしりぴしりと周囲のものを穿つ。
 恐ろしい勘気だった。ソムニウスが張っていた結界は、あっという間にきんきんとはがれていった。

「違う、ロフどの! その子は自ら望んだのだ!」

 ソムニウスは歯を食いしばり、弟子を押さえつけている腕に力をこめた。
 弟子が神官をにらみつけ、師を守るべく飛び出していかんと、もがいて抵抗し始めたからだった。

「その白子はっ……そなたの罪を贖おうとしている!」
――「ロフ! 罪とはなんだ?! この鎖を外せ!」

 後ろ手に縛られた国主が、歯軋りしながらよろろと身を起こす。
 なんというお姿かと士長がうろたえるも、管で体を固められているので助けにいけない。
 国主は当惑の目を翁に向けた。

「なぜにわらわを急に縛った!? 殺人鬼を縛るための、この鎖で! ロフよ、闇森へいく穴で導師の弟子を取り逃がしたと、ぬしは我に情けなくも泣きついた。しかも血が流れすぎたために旧き神の怒りが喚起され、地震が起こったとも訴えよった。いにしえの神の怒りを鎮めるべく、トゥーに祈りを捧げてくれと、そなたはわらわに懇願したというに! それで我らはここに来たというに。なぜじゃ!」

 計画を繰り上げたロフはもっともらしいことを並べ立て、国主をここに連れてきたようだ。そして巨体の前にきたとたん、導師の弟子を縛るはずだった鎖で、突然国主を縛ったらしい。

――「ロフどのどうなされた?!」 「なぜに国主どのをいきなり縛られた?!」

 閉じゆく肉の割れ目から、他の神官たちが中を伺っている。ふわふわと浮いているが、あれは韻律の力だろう。トゥーに祈りを捧げる、という名目ゆえにみなついてきたようだ。 
 しかし心配げな彼らの姿は、勢いよく閉じた肉ひだで遮断された。
 翁の神官は一瞬彼らに向けた視線を、ぎらっと国主に向けた。

「水を止めるには、生け贄をここに繋いで足と首を切らねばならぬ。普通は狩りでしとめた獣を使うが、わしは最高のいけにえを捧げると決めたのだ。すなわち、銀の狐をな!」
「なんじゃと? ま、まさかそれは」
「さよう! あなた様のことだ、国主どの!」 








 

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2018/02/08 09:21
藍色さま

お読み下さりありがとうございます><
ですです。みんな自分の子が大事…なによりも・ω・`
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2018/02/08 09:20
カズマサさま

お読み下さりありがとうございます><
親というものは、自分の子を害されると
自分を傷つけられる以上に恨みを持つものらしいですノω;`
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2018/02/08 09:19
おきらくさま

お読み下さりありがとうございます><
私の目もついに老眼到来? な感じです……(しくしく)
パソは大丈夫ですが至近距離のタブはやばいですw
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2018/01/28 19:56
何というか、国主も、黒幕のじいさまも、白子さんも、ソムニウスさんたちも
皆、彼らを動かすのは情なのだなぁ

信頼も、他人の命も、国も何もかも、
それぞれが守りたい「ただ一つ」の重みには値しなかったのか。
命は時価だね。
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2018/01/23 20:45
恐ろしい計画だ事。
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2018/01/23 10:52
これくらい字が大きいと読みやすい^^ ←トシ




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