自作11月/ノート 「技の塔」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/11/17 08:53:17
一聞を終えた俺は本日はもう帰るがよいと、技の塔から出された。
三日後の検分まで心の準備をしておけという。検分は一日あれば済むそうだ。あとは摂政としての勉学を会得するのに注力するがよい、法の塔への紹介状を書き送っておくと言われた。
ふららと足取りもおぼつかなげに下宿屋へ向かう道すがら。俺をこの島まで送ってきてくれたウサギ技師がひょこひょこ寄ってきた。黒衣の師匠も一緒だ。ふたりとも、俺がケミストス老からどんな情報を得てくるか大体予想がついていたらしい。
「まあそう落ち込むなって」
開口一番、ウサギ技師はそんな言葉を放ってきた。
「いやほんと、ショックだと思うけどさ。おまえ、ジャルデ陛下に殺意なんて全然ないだろ? スメルニアの反乱軍の将軍になって大活躍したときはさ、陛下も俺らも超やばいって青ざめたけど、おまえは目の前に迫る兵士にしか攻撃しなかった。専守防衛だったし、ジャルデ陛下が戦場に姿を見せてもなぜか無反応だったんだよ」
それで陛下は、俺が本当に自分を殺す奴なのか確かめようと手元に置いてみたのだそうだ。
もし不穏なそぶりがあれば、俺はただちにウサギや近衛兵たちに取り押さえられ、処分されていたらしい。でも暗殺をかます雰囲気なんて露ほどもなく、超うまいメシを作るは、お妃様を肥え太らせて卵を産ませるは……。
「おまえ〈金槌〉持ちの〈英雄殺し〉のはずなのに、やることなすことみんな英雄っぽいんだよ。それで何かがおまえを変にしてるんだって話になったんだ」
――「まあまあぺぺ、一気にまくしたてたって、おばちゃん代理は混乱するだけさ。な。心配すんな。大丈夫だって」
黒髪黒衣のおじさんが、俺の肩をぽんと叩いてにっこりした。
「きっとおまえ、〈英雄殺し〉としては出来損ないなんだ。ほぼ完璧に近いけど、〈金槌〉遺伝子のどこかが欠落でもしてるんだろ。だからさ、料理の腕だって、きっと完全な複製じゃないよ。おまえのメシがうまいのは、おまえ自身の料理の腕も混ざってるからに決まってる。だからさぁ、」
ひげぼうぼうのおじさんは、いつもとどこも変わらず。ありがたいことに俺を励ましてくれた。
「おまえのうまいメシ食わせて? ぺぺが宿代けちって、まぁた自炊宿に泊まりやがったんだよぉ!」
その夜、俺が泊まる下宿屋の一室はとても賑やかだった。ウサギとその師匠がずいぶん遅くまでどんちゃん騒ぎをしてくれた。そこは自炊宿じゃないのに、俺は厨房を借りてがむしゃらに料理を作り、それを食べる家族と客人の幸せそうな顔を見て過ごした。
大きな肉入りパイも、肉のソテーも、魚の塩包み焼きも。みんな最高の出来栄え。
カスタードプリンで娘のカーリンはノックアウトされ、輝かんばかりの笑顔を俺にふりまき、腕に抱きついてきたし。肉食の牙王は黒胡椒をきかせた肉巻きにうっとりだった。
俺は王宮でおばちゃんや同僚たちに教わった技を、じっくり頭の中で思い出しつつ包丁をふるった。
そうだよ。俺はちゃんと学んだんだ。
これは複製なんかじゃない。だれかの技を、映したものじゃない……
翌日したたかに二日酔いで、俺は一日ベッドの中。でも下宿屋の料理人の料理はもの足りなくて、昼からはまた厨房を借りた。
「今夜もごちそうになるぜ!」
ウサギ技師その晩も次の日の夜にもやってきて、俺の料理を褒めそやしながらわいのわいの。
二日酔い度をさらに深めたところで、俺は検分の日を迎えた。
「私もアスパシオン様の言うとおりだと思っているわよ」
牙王は実にホッとした顔で俺に言ったものだ。
「あなたは〈英雄殺し〉としては出来損ない。だから今、私とあなたは一緒にいられるの。そうでなかったら……」
牙王はスメルニア派が起こした反乱のとき、俺がジャルデ陛下を殺すために影になったら、刺し違えるつもりでいたそうだ。
「私達、大陸一幸せな夫婦よ」
美しい狼女に見送られて臨んだ検分は、数時間かかった。
技の塔の地下にある奇妙な台に寝せられ、ぶん回されたり傾けられたり、血を抜かれたり。とてもきつくて、塔から出されたとき、俺の足はフラフラ。血を取られた量がとにかくはんぱじゃなかった。
塩基を調べるからだっていうんだが、もう二度とあの機械にかけられたくないってぐらい辛かった。
「うう、めまいする……」
分析結果は一週間ほどで出るだろうと、ケミストス老は言っていた。
さあ、これから法の塔へ行かないと。
エティアの中枢で仕事をこなすために。俺は法学だの政治学だの経済学だの学ばないといけないのだ……
「ちょ、ちょっと休憩」
体のふらつきが止まらないので、小休止。ゆっくり足を運んでなんとか法の塔に入るなり。
俺はよろけて床に手をついた。
――「エティアの方ね。大丈夫?」
頭に女性の声が降りかかる。ふらふらと頭をあげれば、銅色のローブを着た人が俺を覗き込んできていた。分厚い本を脇に抱えるその人はここの館長。七賢者の一人らしいけれど。
「あ……えっと、なんとか。大丈夫、です」
真紅の唇が俺の目を射抜いた。艷やかでしっとりしていて、見入ってしまうぐらい形よい。
白い顔にすうっと通った鼻。蒼い瞳……
あれ? 耳がない牙王って感じだな。うん、ようするに俺好みの……
「う…‥」
頭がぐらりと床に落ちる。
大丈夫じゃなかった。血を大量に取られた俺は、法の塔の入り口で倒れた。なんとも無防備に。
「あら。手間が省けたわ」
……なんだって?
聞き返すことは叶わず。夢のない眠りが俺を包んだ。どろんと、深いぬかるみのような闇が。
――技の塔 了――
これから、佳境に入るところでしょうか
ツィッターでは紹介しましたがこちらに書いていなかったもので
ご高覧ありがとうございます><
結末が不穏ですよね。
これは…拉致されちゃうのでしょうか;
ご高覧ありがとうございます♪
完璧だったら成長の幅が限られてしまいますが‥
不完全だからこそ延びるのでしょうね。いろんな色をまとって。
ご高覧ありがとうございます。
アスパもおばちゃん代理も、なにげにSF要素がもりだくさんノωノ
好きなのでどんどん入れてしまいます♪
ご高覧ありがとうございます><
ですです。まさしくそんなことを叫びたい今回でした。
がんばればベクトルも変わるかもしれない…ぐいっ・ω・
ご高覧ありがとうございます><
遺伝子どこでどう変異するかわからないですよね。
コピーミス多分にあると思います。
塔のなかにびっしり本…
私もそんなところで働きたいです。至福ノωノ*
なかま~♪
ご高覧ありがとうございます><
本当は先月のお題の魅了にかけて提出しようと思っていたので
それでラストできれいなおねえさんを出したのでした。
どうなるおばちゃん代理・ω・;
何か悲惨な方向に行く様な感じがしますね。
すべてが遺伝子プログラムではなく後天的に、自らの意志で会得することもある
不完全なものがより素敵に思えるエピソードでした
今となっては納得の展開です
遺伝子複製の際に変異が起こって、めっちゃ使える人間に^^
両側が平らな金槌ではなく、片方が釘抜き状になっていて
叩くだけじゃなく、伸ばすこともできるものになったようですね。
本がいっぱい詰まった7つの賢者の塔。
そこに篭りたいです。
や、
そこで働きたいですw
誰かの複製というコンプレックスを抱えているっぽいですね。
その辺りを酌んで、それぞれのやり方で励まし、慰め、褒めてくれる
周囲の人たちの温かさが、何というか、良いなぁ……
と、思ってたら最後に不穏な美女が!
気になる幕引きですね。