自作11月/ノート 「技の塔」(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/11/17 08:51:27
「金槌?」
「これを見るが良い」
ケミストス老は、俺に読めと渡した本の一冊を開いてみせた。本の題名は「遠心分離の技による塩基解析法」。見開きで螺旋模様が描かれている図を指し示し、これは人の体の設計図であるとのたまう。俺達の体内にはこの設計図が組み込まれていて、これの通りに血肉が作られる……らしいのだが。
「〈金槌〉は、この黒く塗られた領域の遺伝子を指すのだ」
「いでんし……?」
「事の起こりは数千年もの昔。竜王メルドルークと英雄ジーク・フォンジュが、大陸を統一しかけたときにさかのぼる」
数多いる神獣の中で随一の力を誇る竜王と、戦神の剣をもつ戦士。
最強の二人は、天突く塔を根城にして次々と大陸諸国を平定し、巨大な帝国を作らんとした。二人に対抗できるものはなく、いくつもの国が滅ぼされ、彼らに降ったといわれている。
「〈金槌〉はそのとき発明された。二人の支配を受けるまいと望んだ者たち。古き帝国スメルニアとその同盟国によってな。すめらの帝が灰色の導師たちにそれを作れと命じたのだ。その機密文書が、これだ」
俺に薦められた本は巻物の形のものもあった。賢者は今度はそれを卓上に押し広げる。なんとそれは紙ではなく、真っ黄色の絹だ。巻き閉じるところにごろっとぶら下がっている大きな臘の塊は、すめらの帝の玉璽を判したもの。これは間違いなく、帝自身がしたためた命令書だと証明するものだという。
「ここに、塩基増殖の技をもってして〈金槌〉を作れと命じる勅令が記されておる。命令どおりに、灰色の技術導師たちは人間の遺伝子に人造のものを付け加えた。すなわち。〈金槌〉とは、いにしえの超技術によって造られた人工の遺伝子なのだ」
「技術で造られた……」
なるほど。それで俺は、この技の塔に行けと誘導されたのか。
賢者はまた別の本を開き、得心した俺に向かってとあるページをとうとうと読み上げた。
背表紙に輝く金字の題名は、「先天的に発現する潜在能力の、人工付与技術について」である。
『人工による能力の付与は、遺伝子を付け加えることによって可能となる。
その最たるものは、〈金槌〉の遺伝子であろう。
この遺伝子をもつ者は、普通の人間となんら変わらぬものとして生まれてくる。しかし英雄に出くわすとまるでスイッチが入ったかのように潜在能力が活性化し、表裏一体の影に変化する。英雄の力を複製し、対消滅させようとする力と本能を持たされているのである』
技の賢者は列挙されている具体例をえんえん読んだ。
ごくごく平凡な農夫が、英雄と会話したとたん、読めなかった字が読めるようになったり。覚えたことのない戦技を使って敵を倒したり。できないはずのことが突然できるようになったという話を。
「この能力が発現したことがあるようだと、ジャルデ陛下からの伝書に書かれていたが」
読めなかった字が読めるように。それは今つとに実現してほしいが、そんな経験はない。
覚えたことのない戦技……これはウサギ技師に指摘されたことがある。何故か俺は、習ったことのない剣術を駆使したらしい。
「なるほど剣技か。それを使用する前に、英雄に出会ったのだな」
「そうなんでしょうか?」
「ピピという技師の証言が陛下の伝書についていた。そなたはジャルデ陛下とそっくりの剣の技を使ったと」
「え……陛下って……英雄?!」
たしかに王様だし。神獣の蛇を奥さんにしてるし。何十年か前には、王国内に突如出てきた魔物を倒したっていうし。前世は竜王メルドルークだって噂だし。
いや、ちょっと待て。つまり〈金槌〉って遺伝子を持ってる俺は、ジャルデ陛下が英雄だって認識した? そしてその能力を複製したっていうのか?
「う、嘘だろ!? 俺が陛下の影になっ……た?! そんなまさか!」
「ほーら、言いよった。うそだ。そんなまさか。そなたは必ずそう言うと言ったであろう」
「う」
慌てふためく俺にまあ落ち着けと、賢者は呆れ顔で手をひらひら振った。
「〈金槌〉はめざましい効果を発揮した。ジーク・フォンジュはおのが影に倒され、その影もまた、対消滅して消えた。以来〈金槌〉の遺伝子は今まで幾度も、この世が強き者ひとりによって統一されることを阻止してきている。このおそるべき遺伝子には、大陸をたった一色にしてはならぬという悲願が込められているのだ」
文化も宗教も多種多様であれ。多様性こそ進化の原動力。〈金槌〉は、そう信じる一派が作り出したもの。
俺の心臓はもうバクバク。標的と同じものに変身して殺す? それって、やばいなんてものじゃない。
技の賢者は、今度は数値がびっしり描かれた本を開いた。その題名は、「いにしえの技、人工遺伝子の付与と伝播について――〈金槌〉遺伝子の猛威」というものだった。
『英雄を殺すこの遺伝子は、大陸中にばらまかれた。文明絢爛なりし当時、スメルニアでは人工授精によって生まれ来る子たちが多く、政府は受精卵にこの遺伝子を植え付けたのである。かの国に賛同する国々もこれにならった。
我が試算によれば、この大陸の実に三割の人間が、〈金槌〉遺伝子を植え付けられた者の子孫である』
「えええ?!」
「これはとある統計学者が書いた論文だ」
『しかし一般に広められた〈金槌〉遺伝子は、英雄を対消滅させる影に変容するほど強力なものではない。この汎用因子を受け継ぐ人間は、せいぜい英雄を迫害し、嫌悪し、排斥する反応を起こすぐらいである』
それでも英雄にとっては、深刻な脅威じゃないだろうか。ちょっとでも有名になったら叩かれる。嫉妬されるってことだ。突出したものを排除する、そんな本能を持つ人が、この世に何千万といるなんて……
『英雄の能力を複製する力を持つのは、完全なる〈金槌〉遺伝子を付与された者の子孫のみである』
初代〈金槌〉はジーク・フォンジュの力を複製し、彼を殺して対消滅した。
彼には子がいなかったが、兄弟が十一人いた。スメルニアはこの兄弟たちにも、同じ人工遺伝子を付与したという。
「つまり俺は……その十一人の兄弟たちの、だれかの子孫?」
「であろうな。初代〈金槌〉の十二兄弟はスメルニア人。かの帝国ではその者らこそ、名も無き真の英雄として神殿に祀られていると聞くぞ」
自分の先祖のことを考えるのは二度目だ。食堂のおばちゃんが食聖じゃないかって疑いが持ち上がった時、血縁の俺はもしかしてメンジェール王国と繋がってるのかと危惧したけれど、それは違っていてホッとした。
しかし今回は……。ガチでうちの家系は、空恐ろしいものらしい。ずっとエティアの北の辺境で血を繋いできた一般農民だと思ってたのに……
「そなた、料理が得意だそうだが。その腕も、複製の所産かもしれぬな」
「えっ……」
「食聖級の腕をもつ料理人に接したことがあるかね?」
「あ……おばちゃん……」
そ、そんな。俺は自分でそれなりに修行してきたつもりだ。でも言われてみれば、料理の師匠にひっついてまともに修行したのって、エティアの王宮に入ってほんの数ヶ月の間だけ。営舎にバイトに入ったときはゆで卵も作れなかったぐらいなのに、気づけばピエスモンテとか再現ケーキとか、なんかすごいのをやすやすと作っていた。
いくら剣がアドバイスしてくれてたといっても、たしかにこれは……
「あの。でもそのこわい遺伝子。なぜに……」
呆然自失。頭の中が真っ白になった俺は、ぽつりと聞いた。なにがなんだか、わけが分からなくなって。
「なぜに、〈金槌〉っていうんです?」
技の賢者はふんと鼻を鳴らした。馬鹿な俺を憐れむように。
「出る釘は打たれる。そんなことわざがあるであろうが」
ご高覧ありがとうございます。
はい、打たれてしまうのです><
国王陛下は性格的に、腕まくりして「さあこい返り討ちにしてやる♪」
と思ってたのですが、その気配がないので首をひねっているようですね・・;
ご高覧ありがとうございます><
出る釘はばっしんばっしん埋め込みます…
世界の均衡はこうして保たれていくのでした。
読むもの用意してくれてるって、破格の優しさかもです。
普通だったら塔の中のどこかにあるから自分で探し出せ、からですよね。
おそらく付け焼き刃的に急いで仕上げてくれと
エティアのジャルデ陛下から督促かかってるんじゃないかと思いますw
ギリシャ語は各変化覚えないと全然わからないですよね…
わからない感覚感じてくださってうれしいですノωノ
剣は文字情報を読み取れるのかどうか…
ちょっと今度聞いてみます・ω・
エティア国王は恐ろしく感じたのかな?
というか、こっち読まずにうっかり後編読んじゃった…orz
それで複製うんぬんで主人公君が凹んでいたのか。
前編の感想になってしまうのですが、
「まずは自分で読め、じゃないと納得しないだろう」っていうケミストス老の姿勢が
すごく学者らしくて、おもわずニヤッとしました。
ちゃんと参考書を厳選してくれてる辺り、優しいなぁ(しかし通じないw)
一方、辞書ひいても読めない文章と格闘する主人公の苦悩も分かります。
ギリシャ語の文章を読むのを昔やったことがあるんですが、まぁ、分からないったらw
辞書があってもさっぱり分からないんですよねぇ。
あれは苦行だったなぁ(o´艸`)
主人公君の横にインテリジェンスソードさんが居れば、翻訳してくれたのかなぁ?
時代的に彼(?)も読めないか?