自作8月 氷・城「思い出の城」2/3
- カテゴリ:自作小説
- 2017/08/31 22:12:23
重々、警戒はしていたはずだった。
フーシュ殿下とおばちゃんは幾人もの護衛に守られて、大会前日メンジェールに入った。
だが、王太子としての教育を当然のように受けてきた第一王子もまた、自身の腕のみに頼るのは不安だったのだろう。
しかも第一王子派は、剣に食聖の魂がやどっているのはガセネタという情報をどこからか得たらしい。大会当日の朝、おばちゃんたちを守る護衛たちは軒並み、手練れの隠密が作ったキノコ料理にやられた。幻覚キノコで幸せな気分にされているうちに、おばちゃんは宿泊先の宿屋で拉致されてしまったのだ。
この大事に、おばちゃんと目と鼻の先の宿に泊まっていた俺とウサギ一味が呼び出された。とりあえず助手として俺が参戦、ウサギたちは急いでおばちゃんを奪還しようとしたのだが
『あの。なんかさ。フーシュ殿下に協力はしないって本人が言ってきて。これ渡せって、いわれたわ』
ほどなくウサギは青ざめた顔をして、おばちゃん直筆の手紙をフーシュ殿下のもとに届けてきた。おばちゃんはすでに大会会場にいて、喜々として第一王子の厨房で下ごしらえをしていたという。
手紙の文言は以下の通りだった。
『我、食聖ホーテイは、王の長子に手を貸す。我が弟子よ、我を倒すがよい』
てっきりおばちゃんは、第一王子にひどく脅されて手紙を書かされたのだと思ったら……。
「そっちはどうだい? ゴドフリート」
飴を引き伸ばしながら、おばちゃんがニッと不敵に笑う。
この表情。どうもこれは……本気だ。自分の意志で第一王子の側についたようにしかみえない。
「はい! 善処しております!」
調子を聞かれたフーシュ殿下が、クリームを泡だてながらかちりと答える。
おばちゃんはますますニヤリ。とても楽しげな顔だ。
「くっそ……」
なんでどうしてとこめかみを押さえる俺のそばで、フーシュ殿下が微笑んだ。
「助手君、憤らないでくれ。食聖さまは我がメンジェール王国を、すなわちご自分の子孫の国を守ろうとなさっているだけだ」
「え? メンジェールを、守る?」
「第ニ王子の私にジャルデ陛下が師を探してくださったことは大変にありがたい。しかしそうしてくださったご真意は、エティアがメンジェール王家に多大な影響力を得ることにある。つまり私は、スメルニアに後援されている弟王子となんら変わりないのだ」
たしかに。フーシュ殿下が王となれば、エティアは未来のメンジェール国王に大恩ある国となる。王位を与えた恩義を盾にどんな無茶だって言えるだろう。
第三王子を後援したスメルニアとて、同じ。
だが、第一王子には外国の後ろ盾はない。
「私は親エティアの旗頭。エティアと共に栄えたいと願っている。だがそうしたいと思わぬものはこの国にたくさんいる。兄が勝てば、良くも悪くもメンジェールは外国の影響に晒されずに済むだろう。だからホーテイ様は兄に味方したのだ」
「でも殿下の料理の味は……だれよりも……」
料理の味は如実にその人となりを表す。三人の王子のうち、おそらくこの殿下が一番だと俺は確信している。
でもそれでは、だめなのか? 国のかしらとなるには。ただ、善き人というだけではだめなのか? 政治的なものごと。いろいろなしがらみ。国と国のせめぎあい。
王になるということは。
いったいどういうことなのだろう――?
フーシュ殿下は勢いよく飴を伸ばし始めた。なんだかとても嬉しげに。
「しかしホーテイ様は、私にチャンスを与えてくださった。師となってくださり、私を鍛えてくださり。そうしてご自身自ら私に立ちふさがり。まっこうから挑む機会を与えてくださった。つまりあの方は――」
黄金色の飴が幾筋もの糸となり、ふわと宙に舞った。
「私を、|好敵手《ライバル》と見てくださっているッ……!」
たしかに……おばちゃんのあの表情。おそらく手加減など一切してこないにちがいない。
だからこれで負けても、殿下に悔いはないのだろう。
そして俺は。俺は――
「俺はエティア国民だ。ジャルデ陛下にはたくさん恩義がある。だから全力でフーシュ殿下に協力する。おばちゃんを、負かす!」
ぐっと拳を握った俺を、おばちゃんが眺めてまた不敵に笑う。
俺はしゃかりきになって焼き上げたクッキー壁を組み立てた。
スイーツ・ピエスモンテは菓子でさまざまな造形物を組み上げる大作。
一般的にはタワーを作る事が多い。
フーシュ殿下はいくつも塔がある王城をつくろうと、繊密に図面を引き、型をつくってきていた。その型で焼いたクッキー壁をマジパンで接着していく。壁も淡い色のマジパンで化粧をほどこし、殿下が作った飴細工の窓枠をつけていく。
「屋根は蒼。ここには飴の旗を。練餡の兵士はこことここ。それから……」
「城内の広場は緑の芝生ですか?」
「いや、石畳だ。氷砂糖のタイルを敷く。しかしここには飴細工の花畑を」
「了解!」
屋根は上乗せ式。俺達は城の最上階の間取りも緻密に作っていった。
部屋にはクッキー板を貼り合わせて作った、たくさんの家具を配置した。硬いショコラーテケーキのピアノや、半透明のガラス細工のような飴のハープも……
「音楽室はここだ。兄上と弟と。よくふざけて楽器をいじったものだよ」
そして王子たちの寝室はここだと殿下は目を細め、小さな部屋にクッキーのベッドを三つ並べて置いた。布団はふわふわのマシュマロだ。
そう、この壮麗なお菓子の城はメンジェールの王宮。
本物と寸分たがわぬミニチュアの城。
最後の仕上げに、殿下は練餡で作った三人の王子を暖炉の火が赤々と燃える居間に置いた。
王子たちはにこやかな父王と母君の前で、仲良く小さな犬を囲んでいた。とても、楽しげに。
「この子犬はホーテイ。食聖さまと同じ名前をつけたんだ。みんなのアイドルだった」
フーシュ殿下は指先で国王一家を優しく撫で、囁いた。
「我がメンジェールよ。永遠なれ――」
国の開祖だけに? 食聖さまは意外にそっち方面もしっかり系でした
(料理の腕と同じくぼけてなかった)
>成長を見る機会
ですです、それでにやにや~してたんだと思います。
フーシュさんはほんとに情に厚い方のようです^^
ありがとうございます♪
性格や気持ちだけではなんともしがたく…
政治の世界は難しいですよね><
やっぱりやってみたいですよねっ!!
……と思っていたら、意外と政治的な思惑が絡んでいました(´・ω・`)
でも、おばちゃんとしては弟子の成長を見るまたとない機会っていうのも
大きいと思うのだけどなぁ……。
そして思い出の城がいろんな意味で美しい……
審査員へのアピールもあるでしょうけど、フーシュ殿下には
城がこういう風に見えていたのだなぁ……主人公が入れ込むわけです。
あわよくば権力を握ろうと考える者もいる・・・。
どうしたものですかね。