自作8月 氷・城「思い出の城」1/3
- カテゴリ:自作小説
- 2017/08/31 22:10:47
エティア王国国王ジャルデ陛下のお妃さまは、蛇である。
蛇のような性格の人ではなくて、尻尾がある蛇女とかでもなくて、完全に蛇である。
長さはだいたい、三分の一パッスス。茹でとうもろこしをニ本並べたくらいだ。
そう、まさにこのまな板の上にのってるこれぐらい。
なぜにジャルデ陛下は、そんな小さな蛇と結婚しているのかというと。
酔いどれのウサギ技師いわく――
『好きだからじゃね?』
いやそうなんだろうけど。
『でも蛇ですよ?』
『まあ、あの陛下も似たようなもんだから』
緑虹のガルジューナ。
いにしえの時代、とある国を守護していた神獣の一柱。
それがあの蛇のお妃さまの正体である。
あの方の「鎧」は驚くほど巨大で、エティア王宮の屋上にとぐろを巻いているのだが。エティア国民のほとんどは、その「鎧」のことを、竜王メルドルークだと思っている。
『実のことを言うとさ、ここだけの話、ジャルデ陛下ってその竜王メルドルークの生まれ変わりなんだよ。それで永らくメルドルークに片思いして探してたお妃さまがさ、そのことが発覚するなり押しかけ女房したんだ』
昨晩、酔いどれウサギの告白に俺は口をあんぐり。
お妃さまが卵をお産みになって、めでたいめでたいって、ウサギもそのお師匠さんもどんちゃん騒ぎ。俺と猫目さんは仕方ないなこの人たちって、苦笑しながらちびちび大人しく節操ある祝い酒を楽しんだ。
『ジャルデ陛下もまんざらじゃないんだぜ。強力な神獣が守護神になってくれたんだからさ』
でも、体格差ってあるよなぁ……。
『それは全然、問題ないよ。陛下が変身術で前世の姿になりゃあ、こんぐらいのトカゲモドキになるからさ』
――「とうもろこし一本と半分……」
まな板の上の茹でとうもろこしを見下ろし、俺はウサギがモフモフの手で示した「竜王メルドルークのサイズ」を思い出した。
ジャルデ陛下の前世がメルドルークだっていうのはまあともかく、神獣の中の神獣、大陸で一番有名で一番強い竜の大きさが、あの蛇のお妃様よりも……小さいとか。
いや嘘だろうそれ。
たしかにこのサイズだったら釣り合いが取れるけど。
卵を生むための作業も問題なくできそうだけど。
でも、ガチムチ筋肉隆々で巨人じゃないですか? っていうあの陛下が、変身の魔法でとうもろこし一本と半分のトカゲモドキに変化する……? ち、ちょっと想像できない。
「助手君、とうもろこしを一粒分の輪切りにしてくれ」
「了解! フーシュ殿下!」
ここはメンジェール王宮前の、石畳広がる広場。そこに張られた大天幕に、即席の厨房が基しつらえられている。
俺はその一角で、急いでとうもろこしを薄くスライスした。
目の前にはグリルされたイノシシとシカとホロホロ鳥の巨塔がある。何時間もかけて焼き上げ、組み上げた丸焼き三種盛り。グリル・イノシカチョウだ。
子鹿と鳥を支える猪の足元は、一面緑の野原。インゲンを乾燥させてすりつぶした粉が撒いてある。緑の色合いは四種で、目にも鮮やかなグラデーション。その美しい野原の上に、俺はとうもろこしを急いで配置した。
「助手くん、これを!」
白いコック姿のフーシュ殿下が、たくさんの薔薇の花が載ったトレイを差し出してくる。
カボチャ、さつまいも、紫芋のペーストを絞り出して作ったものだ。
さすが殿下、まるで本物。とうもろこしの台座に乗せると、緑の野原はたちまち豪華絢爛なバラ園と化した。
「よし! 完成だ!」
満面の笑みでグリル・イノシカチョウを見上げる殿下を、審査員――この国の閣僚たちが驚きの目で見つめている。まさかまともな肉料理が作れるなんて、という懐疑と驚嘆のまなざしだ。
謙虚な殿下はその不躾な視線に気づかぬふりをし、天幕のはるか向こうを眺めた。
「見た目は兄上が作ったものとさして変わりないが……」
視線の先には、肉の巨塔。メンジェール王国第一王子フライヒ殿下のグリル・イノシカチョウが鎮座している。
「こちらの方が焼きの時間が三十分長いです。おそらく味には如実に差異が出ているかと」
「低温でじっくり焼いた成果が出るとよいな」
「ええ、きっと出てますよ」
メンジェール王国王位継承者選定料理大会。
今開かれているこの大会こそは、食聖を祖とする王家が次代の王を決める催しだ。
参加しているのは三人の王子たちである。
第一王子フライヒ殿下。
第二王子フーシュ殿下。
第三王子メン・タイコ殿下。
肉料理こそ至高なり。国王は肉料理のエキスパートであれ――という王家の家訓のため、そしてこの料理大会で継承者が決まる、という仕様のため、王太子とみなされる第一王子以外の御子は、肉料理に熟達することを阻まれる。それゆえ第ニ王子フーシュ殿下は国外へ出て、ひそかに特別な師を求めた。
メンジェール王家流肉料理を作ることができる、エティア王宮総料理長。もと食堂のおばちゃんには、この王家の祖、食聖ホーテイの魂が宿っている。身分を隠し、彼女のもとで修業していたフーシュ殿下は、こうしてついに勝負の時を迎えている。
「メン・タイコも果敢にイノシカチョウに挑んだか」
「でも焼き色が濃いです。高温で焼きすぎているかも」
食聖の魂を求めたのはフーシュ殿下だけではない。
第三王子はにせの情報にひっかかり、俺の剣を盗んだ。剣が食聖の魂を内包していると思い込まされたのだ。
ウサギたちが反逆者を始末するどさくさにまぎれて、俺は剣を取り戻して雲隠れ。そのため第三王子は何も手を打てぬまま、この大会に臨んでいる。さすがにそれなりに形を整えた肉料理を作っているが、おそらく兄二人と同じ土俵には立てないだろう。
「エティアの国王陛下には、感謝してもしきれぬ」
「おばちゃ――総料理長が、殿下の助手を務められたらよかったんですが……」
「いや。あの方の指導を受けられた私は、幸せ者だ。助手君、もう一息がんばろう」
「はいっ!」
課題の料理は前菜、メインの肉料理、スイーツ・ピエスモンテの三種。大会の挑戦者は、助手をひとり使える。
食聖の魂を内包しているおばちゃんは、当初フーシュ殿下を手伝う予定だった。
しかし――
「殿下、さすがですな!」
「ふふ、なにせこちらには食聖さまがついておられる。負けなどせぬよ」
「おお……?」
第一王子の厨房から審査員たちのため息が聞こえてくる。
鼻高々のフライヒ殿下のかたわらで、猛然と飴細工を作っているのは……
「なんと見事な手つき」
「すばらしい……この緻密さ、驚きですぞ」
食堂のおばちゃん。
ほかのだれでもない。まじでおばちゃん。まちがいようもなくあの顔はおばちゃんその人だ。
黄金色の飴がみるみる糸を引き、繊細なカゴの形に形作られていく。
すでに作られているスポンジ山の天辺にあのカゴが置かれるんだろう。
中に入れられるものは一体何だ? ショコラーテ? マカロン?
俺はずきりと痛むこめかみを押さえた。
「くそ……勝てる気がしない……いや、いや! 全力だ。全力出す!」
まさか、おばちゃんと勝負することになるとは。
天の配剤というのは本当にわからない。ほんとうにわからない――
お読み下さりありがとうございます。
はい、まさかの王位継承決定戦…
剣でがっつんじゃなくて料理作るという、食の国ならではの伝統なのでした。
お好きといっていただきとてもうれしいです♪
メルドルークがミニマムなのは剣のほら話が初出で、以来ほんとにそうなりました(え)
まさかの王権争いだったのですね。
ある意味で正しく「骨肉の争い」( ´艸`)
いや、もう厨房の活気ある様子とか、食材とかが
生き生きと描かれていて……僕こう言うの大好きなんです。
そしてちっちゃい蛇とトカゲのカップルが国王夫妻……。
食堂のおばちゃんが食聖……。
酔いどれのウサギの時計技師さんといい、みうみさんの世界は
本当に魅力的だなぁ。
お読み下さりありがとうございます。
ぐっとくるような勝負が書けるといいなぁと…精進あるのみ…ノω;
お読み下さりありがとうございます。
ふわわわ>ω< ご報告助かります、感謝ですっ;ω;`
ていおん……「おいしくなーれ♪」とかは、おっさん二人で歌ってるかもしれないですノωノ*
お読み下さりありがとうございます。
ですです、なぜかおばちゃんが……ノωノ*
韻律使ってOKだったんですね(違
おせっかい報告でした^^;