銀の狐 金の蛇21 精霊刀(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/08/23 08:17:06
士長こそは、英雄と呼ばれるべき類の人だろう。
巨大魚の頭を切り裂くさまは、疾風のごとし。
持っているなたのような刀は無骨な形だが、切れ味は抜群だった。
しかし……
(どこかで使ってきたばかり? だが)
刀剣は、普通汚れたまま鞘に戻すものではない。刀身を振り、草や布で汚れをふき取るはずだ。なのに……。
(血糊を拭かずに皮にくるんでいた? 経験ある使い手であろうに、なぜ?)
「ソム、あの人のおかげで助かりましたね」
「う、うむ、そうだな……しかしカディヤ、そなたの精霊こそ強かったぞ」
「それは当然です。だいぶ前に、あなたが譲ってくださったものですから」
「そうだったか?」
「二人で育てたものだから、強いんです」
頬を仄かに赤く染める弟子が、空気を固める結界で師と自身をくるむ。
下へもぐって、出入り口から脱出しようというのだ。
ソムニウスも、白子を引っ張り寄せた士長に同じ結界をかけてやった。弟子が下を掻き分けるように右手を薙ぐと、結界玉はとぷりと下へ沈んだ。まるでシャボン玉の中で運動しているような格好である。
士長はその仕様をすぐ飲み込み、腕を一所懸命かいて結界玉を下へ動かした。
「この速度では、あの魚をかわせぬよな」
「ええ、空間を維持するだけで大変ですから」
泥水の中を二つの結界玉が、ゆるりゆるり降り進む。
そのそばを、頭部を破壊された化け物魚の巨体がゆらゆら沈んでいく。
サメよりも鋭い歯を無数に持っているのに、ナマズのような顔。長いひげ。鱗のないぬめっとした体……。
完全に生身の魚だ。
古代のユインの技術力をかんがみれば、魚が半有機体や人工生物だったとしてもなんら不思議はない。そんなものでなくて幸運だった。もしそのような神獣級の太古の生物兵器だったら、精霊刀でも太刀打ちできなかったかもしれない。
「うまく丸焼きにできてよかったですね」
ホッと息をつきかけたソムニウスは、弟子の言葉に身を硬くした。
『魚をさばくんだ。魚を焼いたら――』
亡き師の啓示が、脳裏にくっきりはっきり、響きわたる……。
『魚を焼いたら、大きな水樽の栓を閉めるんだ。放っておいたらあたり一面、舟がたくさん浮かぶぐらいになってしまうからね』
小精霊の光に照らされて結界玉の外が、よく見える。
下から沸き出る水が幾本も、筋状にゆらゆら立ち登っている。
『とにかく、栓を開けっぱなしにしてたらだめだ』
栓が開けられた――まさしく、そのようなことが起こった。
せき止められていた水が吹き出し、神殿が崩れた。
そして。水はまだ、どんどん侵出している……
「まさか……枯れた井戸に水が満ちて大団円には、ならない?」
地異を企んだ者は発破を起こすため、水源から水を汲みあげる「装置」を稼動させたまま、岩の蓋を嵌めた。もしかしたらそのとき破壊力を上げるために、「装置」の力を最大まで引き上げたかもしれない。
その状態のまま、「装置」が今もどんどん水を汲み送り出しているとしたら。
「まずい! カディヤ、ユインの邑が、あの木造の家々が、沈む!」
「なんですって?」
地異を企んだ者は、スメルニアの神を退けるだけでなく、もっと極端な事を望んでいるのかもしれない。血が濁ってしまったユインを浄化したいとか。滅ぼしたいとか。
それはただの臆測でしかないが、しかし確実なことがひとつある。
亡き師の夢見は、百発百中――
「たしかに発破の衝撃で、本来の水道以外にもそこかしこ穴や亀裂ができたでしょうから、侵出の勢いが止まらなければ……」
「水を汲み上げる『装置』を今すぐ弱めないと。このままでは、」
ソムニウスはがしがしと頭を搔いた。いやな幻が脳裏にせり上がってくる。
寺院の私室でおのれ自身が夢に見た、一面銀色の――
「湖……! 湖が、できてしまう!!」
前方で士長が操る結界玉が、分かれ道を曲がった。
入った先はかなり急な坂道で、かさ増す水が道を這い登っているのが如実に分かる。
膝下までしかまだ水が来ていないところに到達するや、ソムニウスは結界を消して、士長にざぶざぶ走り寄った。
「士長どの、地上へいくのではなく、また潜って案内してくれ! この水を汲み上げている処にいきたいのだ。大水源にっ」
「そのようなものがあるとは、聞いたことがありません」
しかし鉄面皮の人は、頭を横に振ってきた。
「魚がいたあそこも、はじめて立ち入りました」
「ああ、あそこは韻律で封じられていたそうだから……しかしあの下に水源が絶対ある。水を汲み上げる『装置』も。それを弱めねば邑が水浸しになる!」
「地の奥底に……トゥーの本体が封印されている、というのは聞いたことがあります。トゥーは実体のないものですが、それは地下に体を横たえているからだと。その血潮は我々を潤《うるお》してくれると。神官さまが代々、その封印所の鍵を受け継ぎ持っていると、聞いております」
「潤《うるお》す」
その封印所というのは、大水源を指しているに違いない。
しかし。
「うう、神官でなければ開けられぬのかっ。しかしカディヤに容疑をかけている彼らがまともに我らの言い分を聞いてくれるとは思えぬ。水を出した張本人もその中にいるであろうし」
「それでは、私を縛って彼らの前に引っ立ててください」
「ぬ?」
「そして私を、封印所におわすトゥーへの生け贄にするように、お命じください」
「なぜにそなたを生け贄に?」
抱いている白子を水張る穴道におろした士長は、背中の刀をすらりと抜いた。
泥水でだいぶ洗われたが、その刀身は魚の血で青黒くなっている。
突然、士長はその場にじゃぶりと片膝をついて首を垂れ、刀を両手で捧げ持った。
「魚喰らい様。さきほどこの刀をごらんになったでしょう? この刀が、真っ赤に血塗れているのを。殺人鬼は私です。私が――」
鉄面皮の男はその無表情な顔を深く深く、水面近くに落とした。
「私が、若君とフオヤンを殺しました。ですからどうか、大罪人を神に捧げて水の神の怒りを鎮めるよう、神官さま方にお命じ下さい。罪人をさばかねばならぬ神官さまは、決して拒否できぬでしょう」
お読み下さりありがとうございます><
ですです、子会社化。それに神様は祟りますので
無下にこれは神様じゃないとしてしまうことは超危険なことなのでしたノωノ
さわらぬ神に祟りなし。
お読み下さりありがとうございます><
士長さんは白か黒どちらなのでしょうか。
灰色というケースももしかしたら‥‥
いつも文字数との戦いですノωノ
お読み下さりありがとうございます><
本当に犯人? という疑惑がむくむく・ω・
ソムさんはどうするのでしょう。
「今日からこちらの神を仰ぎ敬え」と言われても出来ない相談なので、
その土地の神様をいわば子会社化して村人まるごとグループの一員に
なってもらうほうが手っ取り早いんですね^^;
お魚は一丁上がりで、一行は次のステージへ・・・
とここで「犯人は私です」という展開に^^;
罠なのか、罠の罠なのか・・
続きが楽しみです♪
……いや、落ち着け。まだ本当の自白と決まった訳じゃない。
誰かをかばっている可能性もあるし、
このタイミングで話す理由も(ぶつぶつ)
と、ミステリ好き(ただし推理できない)としては考えてしまいます( ´艸`)
文字数、悩ましいですよねぇ。
ときどき文頭や「?」「!」のあとの1マスを削りたくなったり
「何故こんな長い名前にした、あの時の僕……orz」となります。
読む側としては「え、1話増えた? やった物語美味しいです(バリムシャア!)」ですけどw
ソムニウスさん・・・。
六千字に収めたかったのですが削れませんでした;
すみませんすみませんOrz(吐血)
ぶろぐ文字数増えないものか…