7月自作 青空の広間
- カテゴリ:自作小説
- 2017/07/31 23:41:16
俺はひたすら降りていた。
かつりかつり、軍靴の音を鳴らしながら。一段一段ゆっくりと、階段をひたすら降りていた。
そこはゆるやかな螺旋階段で、なだらかな円をなす壁はとても暗い。
何段あるのか、数えることを忘れたころ、延々と降りた渦巻きの底に行き着いた。
そこはかなり暗い広間で、なんとも不思議なものがあった。
「……舟?」
まさしくそれは水を渡る乗り物。丈長く、幾つもの櫂が並んでいる。
甲板には平たい社のような建物が建っており、聖なる葉が入り口に飾られていた。
「なぜこんな地の底に?」
首を傾げると、いきなりあたりがぱあっと光り輝いた。まばゆい灯りで照らされたのだ。
広間の壁は明るい青。かがやく日輪が。その周りで舞い飛ぶ鳥たちがたくさん描かれている。
「なんときらびやかな……」
「その舟にお乗りください」
どこからともなく、穏やかな声が降り掛かる。
これに? 俺が? なぜ?
ずいぶんりっぱな舟だ。しかしこの舟は、外に出られるのか? どこかに出口があるのか? 四方には青空が描かれているが、舟が出ていける穴らしきものはどこにもない。
俺の心配など杞憂。そう思わせるような声が降ってきた。
なんとも甘やかな声が。
「それがあなたさまの棺です。国王陛下――」
「うわあ?!」
なんて夢だ?
俺はその日の朝、悲鳴をあげて飛び起きた。
縁起がいいのか悪いのか、よくわからない。不思議な声になんと呼ばれたか思い出し、盛大に首をかしげて疑問符を大量に飛ばす。
「国王陛下って……なんで?」
俺はしがない料理人なんだけど?
いやその、王様からこっそり自分の剣を取り戻せとか命じられて、隠密行動して、無事完遂したばっかりで。そろそろ国に帰れるかなと思ってたんだけど?
「大丈夫ですか? 我が主」
宿部屋に並ぶ寝台は三つ。その真中ではウサギが大の字になって寝ている。そのまた向こうでは、黒髪のおじさんがガーガーいびきをかいて寝ている。
声をかけてきたのは、俺の枕もとに立てかけられている剣だった。
「やけどを少々させてしまいましたから。それで寝付けずですか? 申し訳ありません」
「いや、怪我は大したことないさ」
メンジェール王宮に逃げ込んだ黒猫卿。エティアにて反乱を起こした張本人は、魔法陣に閉じ込められ、追いつめられたすえ――自刃して果てた。
すると彼が後生大事にしていた乙女の木像が燃え上がり、炎の大蛇と化して大暴れ。俺は剣をふるって見事そいつを倒した。そうしていよいよ、料理大会の開催が明日に迫ったわけだが……
「棺って……まさか俺、敵に呪われたわけじゃないよな」
「棺?」
「一面青空の絵が書かれたところに舟があって。それが俺の棺だって言う声が聞こえたんだよ……」
説明したとたん。突然剣からじゃじゃーん。
変な音楽が流れ出した。
「お、おい! まだ明け方っ……隣の人寝てっ……」
なんか変な音楽だ。一体どうしたというんだ? もしかして、またこわれたとか?
「ちょっと静かにしろよっ」
「ああ……なんという僥倖。それはあれです、我が主。予知夢というものでしょうそうでしょう」
「はああ? どうでもいいから、音楽やめろっ」
「ですが喜ばしすぎて、自然に戴冠式の音楽が」
「たいかんっ? ちょ! すとっぷ! やめ!」
「ご即位おめでとうございます」
「なにいってるんだーっ!」
なぜ俺がそんなことに……王様なんかになるんだよ?
どう考えたってこれからそうなる可能性なんてまったくないだろう? エティアの王様はご健在、このメンジェール王国だって、三人も王子がいてたぶん二番目が後を継ぐことになるだろうし。
俺が王様になりえる国なんて、一体どこにあるというんだ――
「青空部屋の舟といえば、あの国のでございましょうかねえ」
「えっ? おまえ舟のこと知ってるのか? あの国って一体どこっ」
「この大陸の人々は、みんな死んだら舟の棺に入れられますよねえ?」
「う、うんそうだけど」
死した者の魂は、天河に昇っていく。そこでしばらくたゆたううちに記憶が消えて、また地上にふりそそぐ。そうして生まれ変わりを繰り返すのが、この世の理だ。
ゆえに人の魂が無事に星の海へ昇っていくよう、俺達は死者を舟の棺に入れる。
荼毘に付された舟は、星空目指して航海をするのだ。
「それが王族となると、舟の棺がいっそう豪華になるんですよねえ。しかも王様の場合は、死した後は太陽神と一心同体になると言われている国もございまして。太陽を目指すよう造られた舟に国王を弔うのですよ」
「だからそれ、どこの国……」
「そりゃあもちろん、あなたの国でしょうそうでしょう」
「ええっ! え、エティア?」
「はい。かのお国の王廟は、一面青空の広間であると、お聞きしておりますが?」
「うそっ! だってジャルデ陛下は……いや、ちょっと待て。それ違うだろ。俺が王様になるんじゃなくて……」
俺はみるみる青ざめ、となりのウサギを揺り起こした。
舟の棺。
それが意味するものってつまり、「死」じゃないのか?
「ぴ、ピピさん! ピピさん!」
俺は寝ぼけ眼のうさぎに、即刻エティアの国王陛下と連絡をとるよう願った。
この夢が当たらぬよう祈りながら――。
ぶつぶつ半分寝ぼけながら、ウサギが水晶玉の伝信で王宮に照会するかたわらで、俺はそわそわ。なんともいたたまれなかった。
「なあこれ、俺の運命の夢じゃないよな?」
「いいえ、あなたさまのですよ。我が主」
剣がきっぱり断じてくる。自信満々に。
――「な、ななななんだってー!」
ほどなく水晶玉の明滅を読んだウサギが素っ頓狂な声をあげ、俺の肝を縮ませた。
「や、やっぱり国王陛下に何か?!」
「いっやあ、すげえぞおい! 蛇のお妃様が卵産んだってよー!」
「そうですか。って、ええええええーっ?!」
なにそれ! お妃様が卵って、つまりそれは……!
「それ、ふ、孵化したらお世継ぎ……に? なります? か?」
「だよな! いやあ、めでたい!」
「うあー? 朝からなに騒いでんの、ぺぺ?」
黒髪のおじさんがのそのそ寝台から身を起こす。
太陽の舟の夢は、やっぱり俺が王様になる予知夢じゃないんだ――俺はホッと胸を撫でおろした。
エティア王国は無事世代交代するって予知夢だったのだと。ただただ、そう思った。
卵が孵ったら中から何が出てくるんだろうか。蛇? それとも半分トカゲのような人?
いずれにしても蛇のお妃さまはジャルデ陛下の正妃なんだから、卵から産まれたものがエティアの王統を継ぐだろう。
しかし剣はブツブツ、俺の夢の解釈はそうではないといつまでもぼやいていた。
「王になるのはあなたですよ。きっとそうですよ、我が主」
「もういいって。主人の俺をヨイショしたい気持ちはわかるけどさ」
「いいえ。即位するのはあなたです」
俺は剣の言葉を信じなかった。だが、このあと――
「大会前日だし! ぱあっと盛り上がるか?」
「宴会ですかね?」
「おう、宴か。いいなぁ」
なぜか剣の言った通りの事態になってしまうのだが。
そして俺はそれを全く信じられないまま、頭に冠をかぶせられることになるのだが……。
不可解極まる話の顛末は、また別の、長い長い物語である――。
――青空の広間・了――
ご高覧ありがとうございます♪
なろうさん掲載の方で1800字ぐらいプラス…
桜の姫さまが鎮圧された模様が挿入されております…
太陽神と同一となる舟が出てきたということは、
もしかしたら普通の死を表すのではないのかもしれませんよね。
はい、ピピは時計が大好きなウサギさんです^^
にんじんブシャー☆が特技らしいです()
そして黒髪のオジサンは……セリフからも察せられるようにあの人です。
ご高覧ありがとうございます♪
戴冠式とかなぜにそういう夢ではないのでしょう…・ω・;
死のイメージがまとわりついてくるところがブキミですよね。
ソムソムだったらこれ、どう解釈するのか…。
ウサギも寺院仕込みですので、夢の的中率が低いということをちゃんと習ってる模様です。
ご高覧ありがとうございます♪
漱石パロうれしいです(らぶノωノ*)
ついに本人のもとに直接忍び寄る未来。
これ……王様になっても名無しな予感がっ……・ω・;
ご高覧ありがとうございます♪
いきなり棺などという怖い夢でした;ω;`
王として死ぬということなのでしょうか、しかし王になる夢ではないという…
まぁ、黒猫卿の居ない世界で永らえるつもりも無かっただろうし、
欲したものは二度と戻ることは無かっただろうし、
それで良かったのかなぁ……。
地下なのに天空を模し、明るく、絵の鳥が舞い飛ぶ空間ですかぁ。
王になり、王として終わる。それ故の棺ですかね。
王であったけれど、王として終わらなかった黒猫卿の後で見る夢として
象徴的というか、対照的な夢ですね。
僕は不吉さというより、荘厳さを覚えました。
(しかし、料理人なのに軍靴なのは……なんだろう、これも暗喩?)
ところで、ウサギさんの名前がピピさんなのですが……。
時計ずきのウサギさんってこの人かな?
戴冠式でも国王としての日常業務でもなく、
いきなり棺の間という一足飛び感のある予知夢・・・
本人の気持ちとは関係なく動きだす周りの人々と状況^^;
何がどうつながっていくのか、次が楽しみです♪
しかし王様の名前はまだない…
即位は良いですが、戴冠してすぐ死の船に乗るのは困りますね。