Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 17話 陥没(後編)

 ソムニウスはじっと扉を見つめた。
 青白く光る扉。その向こうにいるものは、今まで再三気配を感じてきたものだ。
 その子どものごとき声は、今なんと言ったのだろう?

「醜いだと? 赤い髪だから、醜い? ああ……ああ、そうか」

 真紅の髪は、ほとんど藍色の髪の民のなかにあってはかなり目立つ。
 たしかにひとりだけ毛色が違うことは、嫌悪の対象となろう。とくにこの地では、父親がこの土地の者ではないとひと目でわかってしまう。
 狐の男衆は呪いに見せかけた事件が起こるまで、毛皮神官の言葉を軽んじていた。厨房にいた奉りびとは、毛皮神官の娘に継承権がいくことをあからさまに嫌がっていた。
 閉鎖的な山奥の小さな邑では、外国人は異質なもの。ゆえにその子どもは、どんなに姿形が美しかろうと「みにくい」のだ……。

「おまえはだれだ?」

 扉の向こうにいる相手は何なのか? 毛皮神官が首をなくしたことをすでに知っているようだが、まさか――。

(いや、犯人ではあるまい。毛皮神官を殺した下手人は、抜け穴を通って狩場に逃げている最中だ。ここにはこれぬはず)
 
「そなたは……モノノケなのか?」
 
 ソムニウスは相手を刺激せぬよう、極力、口調おだやかにたずねた。しかし答えは返ってこない。代わりにあの歌が聞こえてきた。老婆が歌っていた呪い歌が、ひと節だけ。

「ミナソコ クラミチヒトツミチ」

 幼いが、まるで抑揚のない声で。

「私がここにいることなどお構いなしに、人殺しが起きている。これからもまだ起こるのか? 歌の通りに」
「クラミチヒトツミチ」

 相手は問いに答えない。歌の文句を繰り返すだけだ。ソムニウスはがしがし頭をかいた。

「それは、みんなあの世まっしぐらにされるということか?」
 
 クラミチとはあの世のことと、レイレイの母親が言っていた。となれば、クラミチヒトツミチとは、そんな意味であるとしか思えない。
 相手ができるのは言葉の反復だけで、意味あることばを疎通させることはできない――ソムニウスは切に、そんな風に思いたくなった。子供が意味もわからず言っているのだと。
 みな殺される、というのは蛇の婆がかけた呪いそのものだ。

『狐どもは、皆殺しじゃあ!』

(毛皮神官までが殺されてしまったとなると。殺人鬼の目的は何だ? 狐の王家を滅ぼそうとしているのか? いや……いやちがう……)

 被害者だけをみるならば、犯人は狐の家を恨む蛇の者かと一瞬想像してしまう。
 しかし一連の事件は老婆の呪いの形をとっている。蛇の王家が潰れると重々承知のうえで、行われているのだ。それが狙いのひとつであると考えるしかない。つまり呪いを実現させている犯人は……

「呪殺を起こしている犯人は、狐も蛇も両方潰すつもりなのだな?」

 扉に触れている何かは、それを肯定したのか否定したのかわからない変な笑い声をあげた。

「クケケ。クラミチ、ヒトツミチ」
「ああ! まってくれ!」

 扉の光がうっすら消えかけたので、ソムニウスは思わず呼びとめ魔法の気配を下ろした。あわよくば扉の向こうのものを透視できないかと、扉に魔力のうねりをぶつける。
 しかし弟子が扉に施していった結界は、本当に強固すぎた。

「うううう、見えんっ」

――「ヒャ!」

 がくりとうなだれたとき、扉の向こうで悲鳴が聞こえた。どたばたと、手足をばたつかせる音がする。
 
「ど、どうした?!」

 小さな体が、何かにがんじがらめにされているような物音だ。必死にもがいて暴れている。モノノケが何者かにつかまったらしい。

「ガ……ヒグッ!」
「おい! 大丈夫か?!」 
「ヒギイイイイ!」

 ただならぬ様相にソムニウスは思わず声をあげた。
 扉の向こうにいるのは小柄な子供。そうと思い込んでの反射的な反応だった。

「おいやめろ! そこにいるのはだれだ? そいつはまだ小さい子だろう? おい! そんな手荒にっ」
――「こんなところに。おとなしくしろ!」

 モノノケの気配をはがい絞めにしている者が、鋭く叫ぶ。

(この声は!)

 聞き覚えがある。彫りの深い冷静沈着な男。レイレイと殺された姉娘の……

(士長と呼ばれている父親か?)

 狩場で若君が殺された手がかりを探していたはずだが、こちらに戻ってきたようだ。

「おい! やめてくれ! そいつは――」

 ソムニウスの呼びかけは、針のような鋭い声音のせいで途切れた。

「おとなしく巣へ戻れ! うろうろしていたらケガミと間違われて石を投げられるぞ」

 子どものような声をだすものは、すさまじい悲鳴をあげた。 

「ギアアアアア!」
「は……放してやれ! 頼むから。か、かわいそうじゃないかっ。頼むから自由に――」
「抵抗しても無駄だ」
「イヤアアアアアアッ!!」

 さらなる音量で悲鳴が響き渡った、刹那。


 ドン


 と、地がとどろいた。あたかも悲鳴に呼応したかのように。
 
「なああっ?!」

 石の床が抜ける――まさにそんな感覚で、足元が弾む。
 揺れる地に目をむいたソムニウスは、よろけて片膝をついた。

(なんだこれは?! 地震か?!)

 この奇妙な形をしたふたご山は、活火山ではなかったはずだ。予兆もないのに、山頂でいきなり噴火が起こったとは考えられない。

「ちょ。うわ! なんっ……」

 地の揺れ方は異常だった。横には揺れず、上下に揺れている。
 否。下へ下へと、床がずれ、抜け落ちて――陥没した。
 
「うああああ?!」

 四方の壁が崩れ、天井が落ちてきた。
 ソムニウスの体は地の底へ沈められ、その視界は奪われ塗りつぶされた。
 まっくらな闇。深淵のごとき黒一色に。






『死なないで!』

(うう……)

『死なないで、ソムニウス!』

(だい……丈夫だ……)

 一瞬、頭の中の奥底から記憶が盛り上がりかけたが、意識が沈まなかったので夢は降りてこなかった。 
 よくも無事でいられたものだ。天井がほぼ落ちていて、地下房の半分以上が立てるほどの空間ではなくなっている。

(地面が抜けた? いや……) 

 あたりの地面はそっくり陥没している。正殿が地中深くに沈み込んでいるようだ。
 あたかも地中の空洞がつぶされて上の物が落ちた――そんな様相である。
 扉の方を見て、ソムニウスは蒼ざめた。弟子がほどこした結界が消えている。これは……

「い、今の陥没で穴道に影響が?!」

 あの強大なレベルの結界であれば、扉とそのあたりだけ無傷で残るはずだ。しかし扉は無残に天井におしつぶされている。
 立ち上がりかけたソムニウスの耳に、ぶちり、という鈍い音が響いた。
 足元に起こったそのおそろしい現象に体に震えが走る。

「靴紐……が……!」

 右の靴紐が切れてほどけている。

「そんな。そん……」

 これは。十中八九、地下の抜け道を移動している弟子に何か起きたにちがいない――。

「かっ……カディヤ! カディヤああああっ!」

 あわてて隙間から這い出すも。落ちた天井のせいで、廊下の果てにあった階段はほぼ石や木辺で埋まっている。惨憺たる有様の中這い進むソムニウスのそばで、小さな物体を抱えた男がずるりと這い起きた。
 特徴ある彫りの深い顔立ち。やはりレイレイの父親だ。
 その腕に抱えているものは。

「白……い? 子供?」 

 なんともまっ白い生き物だった。
 人間の子供、大体五、六歳ほどの人型生物。真っ白な肌、真っ白な髪で、一瞬メニスの純血種を彷彿とさせる。しかしあの不老不死にしておそろしい甘露を放つ種族とは、ちがうようだ。こめかみの部分に白く長い耳のようなものが垂れている。しかし――人間の耳もちゃんとある。

「そ、それはいったい?」

 レイレイの父親はかすかに目元を歪め、ひどく冷静な声で問いに答えた。


「白子《しらこ》です、魚喰らい様」

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2017/08/03 02:10
よいとらさま

ご高覧ありがとうございます><
人の脳って本当に不思議だなあと思います。
特に血縁・地縁の濃い共同体は連帯意識・仲間意識が強固なので、
一個の生き物のようなりアクションを起こすことが‥

親バカソムさんはカディヤに何かあったのかと
死にそうになっていますがはたして…

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2017/08/03 02:06
藍色さま

ご高覧ありがとうございます><
ソムさんの人格を一文で読み取ってくださりとても嬉しいです。
親としてカディヤを育てた経験がにじんでいるのかなと思います。
頭いいとかいわれちゃってますが、お勉強好きではなさげで、
好きなものしか探求しないです()

そしてついにうさぎ登場…(・ω・
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2017/08/03 02:01
カズマサさま

ご高覧ありがとうございます><
ソムさんとカディヤ、外部から人はどうしても疑われてしまうようです;
身内意識はとても強いものなのでしょうね。
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2017/07/23 08:16
おはようございます♪

Aが起きてBが起きた
Aが起きてBとよく似たBBが起こった
・・・
AとBは無関係でも人は勝手に相関関係と思い、
無関係な方へ突き進む。
それも大勢で。

これを狙ってできる人はすごいです。

お弟子さんによる超絶級の結界が消えたのは・・
・お弟子さんに何かあった
・結界が不要な状況になったのでお弟子さんが自分で結界を解いた
・さらに大きな力で結界が破られた

妄想満載ですみません^^;
このあとの可能性が多くてどうなるのか、ワクワクです。
続きが楽しみです♪
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2017/07/23 05:58
>ソムニウスは相手を刺激せぬよう、極力、口調おだやかにたずねた。
ここのソムニウスさんの配慮が、彼らしくて好きだなぁ。
焦りつつも一方で冷静に計算を働かせている、というのもあるでしょうし
相手が「子供のような声」だったから、というのもあるでしょうし。
弟子のために少しでも情報を取ろうとする一貫した姿勢と、彼の頭の良さ、
何処かしら残る人としての甘さが一文に凝縮されているようで、僕はとても好きだ。

ここに来て台頭してきたレイレイの父親……僕では全く先が読めない。
母親が真っ黒だった理由と絡むのか?

>こめかみの部分に白く長い耳のようなものが垂れている
あれ、ロップイヤー? ふみつけられるウサギって、もしかして?
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2017/07/20 05:57
あくまでもソムニウスを犯人にしようとしていますね。

この先どうなるのでしょうかね。




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