銀の狐 金の蛇 17話 陥没(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/07/20 00:05:28
ソムニウスはじっと扉を見つめた。
青白く光る扉。その向こうにいるものは、今まで再三気配を感じてきたものだ。
その子どものごとき声は、今なんと言ったのだろう?
「醜いだと? 赤い髪だから、醜い? ああ……ああ、そうか」
真紅の髪は、ほとんど藍色の髪の民のなかにあってはかなり目立つ。
たしかにひとりだけ毛色が違うことは、嫌悪の対象となろう。とくにこの地では、父親がこの土地の者ではないとひと目でわかってしまう。
狐の男衆は呪いに見せかけた事件が起こるまで、毛皮神官の言葉を軽んじていた。厨房にいた奉りびとは、毛皮神官の娘に継承権がいくことをあからさまに嫌がっていた。
閉鎖的な山奥の小さな邑では、外国人は異質なもの。ゆえにその子どもは、どんなに姿形が美しかろうと「みにくい」のだ……。
「おまえはだれだ?」
扉の向こうにいる相手は何なのか? 毛皮神官が首をなくしたことをすでに知っているようだが、まさか――。
(いや、犯人ではあるまい。毛皮神官を殺した下手人は、抜け穴を通って狩場に逃げている最中だ。ここにはこれぬはず)
「そなたは……モノノケなのか?」
ソムニウスは相手を刺激せぬよう、極力、口調おだやかにたずねた。しかし答えは返ってこない。代わりにあの歌が聞こえてきた。老婆が歌っていた呪い歌が、ひと節だけ。
「ミナソコ クラミチヒトツミチ」
幼いが、まるで抑揚のない声で。
「私がここにいることなどお構いなしに、人殺しが起きている。これからもまだ起こるのか? 歌の通りに」
「クラミチヒトツミチ」
相手は問いに答えない。歌の文句を繰り返すだけだ。ソムニウスはがしがし頭をかいた。
「それは、みんなあの世まっしぐらにされるということか?」
クラミチとはあの世のことと、レイレイの母親が言っていた。となれば、クラミチヒトツミチとは、そんな意味であるとしか思えない。
相手ができるのは言葉の反復だけで、意味あることばを疎通させることはできない――ソムニウスは切に、そんな風に思いたくなった。子供が意味もわからず言っているのだと。
みな殺される、というのは蛇の婆がかけた呪いそのものだ。
『狐どもは、皆殺しじゃあ!』
(毛皮神官までが殺されてしまったとなると。殺人鬼の目的は何だ? 狐の王家を滅ぼそうとしているのか? いや……いやちがう……)
被害者だけをみるならば、犯人は狐の家を恨む蛇の者かと一瞬想像してしまう。
しかし一連の事件は老婆の呪いの形をとっている。蛇の王家が潰れると重々承知のうえで、行われているのだ。それが狙いのひとつであると考えるしかない。つまり呪いを実現させている犯人は……
「呪殺を起こしている犯人は、狐も蛇も両方潰すつもりなのだな?」
扉に触れている何かは、それを肯定したのか否定したのかわからない変な笑い声をあげた。
「クケケ。クラミチ、ヒトツミチ」
「ああ! まってくれ!」
扉の光がうっすら消えかけたので、ソムニウスは思わず呼びとめ魔法の気配を下ろした。あわよくば扉の向こうのものを透視できないかと、扉に魔力のうねりをぶつける。
しかし弟子が扉に施していった結界は、本当に強固すぎた。
「うううう、見えんっ」
――「ヒャ!」
がくりとうなだれたとき、扉の向こうで悲鳴が聞こえた。どたばたと、手足をばたつかせる音がする。
「ど、どうした?!」
小さな体が、何かにがんじがらめにされているような物音だ。必死にもがいて暴れている。モノノケが何者かにつかまったらしい。
「ガ……ヒグッ!」
「おい! 大丈夫か?!」
「ヒギイイイイ!」
ただならぬ様相にソムニウスは思わず声をあげた。
扉の向こうにいるのは小柄な子供。そうと思い込んでの反射的な反応だった。
「おいやめろ! そこにいるのはだれだ? そいつはまだ小さい子だろう? おい! そんな手荒にっ」
――「こんなところに。おとなしくしろ!」
モノノケの気配をはがい絞めにしている者が、鋭く叫ぶ。
(この声は!)
聞き覚えがある。彫りの深い冷静沈着な男。レイレイと殺された姉娘の……
(士長と呼ばれている父親か?)
狩場で若君が殺された手がかりを探していたはずだが、こちらに戻ってきたようだ。
「おい! やめてくれ! そいつは――」
ソムニウスの呼びかけは、針のような鋭い声音のせいで途切れた。
「おとなしく巣へ戻れ! うろうろしていたらケガミと間違われて石を投げられるぞ」
子どものような声をだすものは、すさまじい悲鳴をあげた。
「ギアアアアア!」
「は……放してやれ! 頼むから。か、かわいそうじゃないかっ。頼むから自由に――」
「抵抗しても無駄だ」
「イヤアアアアアアッ!!」
さらなる音量で悲鳴が響き渡った、刹那。
ドン
と、地がとどろいた。あたかも悲鳴に呼応したかのように。
「なああっ?!」
石の床が抜ける――まさにそんな感覚で、足元が弾む。
揺れる地に目をむいたソムニウスは、よろけて片膝をついた。
(なんだこれは?! 地震か?!)
この奇妙な形をしたふたご山は、活火山ではなかったはずだ。予兆もないのに、山頂でいきなり噴火が起こったとは考えられない。
「ちょ。うわ! なんっ……」
地の揺れ方は異常だった。横には揺れず、上下に揺れている。
否。下へ下へと、床がずれ、抜け落ちて――陥没した。
「うああああ?!」
四方の壁が崩れ、天井が落ちてきた。
ソムニウスの体は地の底へ沈められ、その視界は奪われ塗りつぶされた。
まっくらな闇。深淵のごとき黒一色に。
『死なないで!』
(うう……)
『死なないで、ソムニウス!』
(だい……丈夫だ……)
一瞬、頭の中の奥底から記憶が盛り上がりかけたが、意識が沈まなかったので夢は降りてこなかった。
よくも無事でいられたものだ。天井がほぼ落ちていて、地下房の半分以上が立てるほどの空間ではなくなっている。
(地面が抜けた? いや……)
あたりの地面はそっくり陥没している。正殿が地中深くに沈み込んでいるようだ。
あたかも地中の空洞がつぶされて上の物が落ちた――そんな様相である。
扉の方を見て、ソムニウスは蒼ざめた。弟子がほどこした結界が消えている。これは……
「い、今の陥没で穴道に影響が?!」
あの強大なレベルの結界であれば、扉とそのあたりだけ無傷で残るはずだ。しかし扉は無残に天井におしつぶされている。
立ち上がりかけたソムニウスの耳に、ぶちり、という鈍い音が響いた。
足元に起こったそのおそろしい現象に体に震えが走る。
「靴紐……が……!」
右の靴紐が切れてほどけている。
「そんな。そん……」
これは。十中八九、地下の抜け道を移動している弟子に何か起きたにちがいない――。
「かっ……カディヤ! カディヤああああっ!」
あわてて隙間から這い出すも。落ちた天井のせいで、廊下の果てにあった階段はほぼ石や木辺で埋まっている。惨憺たる有様の中這い進むソムニウスのそばで、小さな物体を抱えた男がずるりと這い起きた。
特徴ある彫りの深い顔立ち。やはりレイレイの父親だ。
その腕に抱えているものは。
「白……い? 子供?」
なんともまっ白い生き物だった。
人間の子供、大体五、六歳ほどの人型生物。真っ白な肌、真っ白な髪で、一瞬メニスの純血種を彷彿とさせる。しかしあの不老不死にしておそろしい甘露を放つ種族とは、ちがうようだ。こめかみの部分に白く長い耳のようなものが垂れている。しかし――人間の耳もちゃんとある。
「そ、それはいったい?」
レイレイの父親はかすかに目元を歪め、ひどく冷静な声で問いに答えた。
「白子《しらこ》です、魚喰らい様」
ご高覧ありがとうございます><
人の脳って本当に不思議だなあと思います。
特に血縁・地縁の濃い共同体は連帯意識・仲間意識が強固なので、
一個の生き物のようなりアクションを起こすことが‥
親バカソムさんはカディヤに何かあったのかと
死にそうになっていますがはたして…
ご高覧ありがとうございます><
ソムさんの人格を一文で読み取ってくださりとても嬉しいです。
親としてカディヤを育てた経験がにじんでいるのかなと思います。
頭いいとかいわれちゃってますが、お勉強好きではなさげで、
好きなものしか探求しないです()
そしてついにうさぎ登場…(・ω・
ご高覧ありがとうございます><
ソムさんとカディヤ、外部から人はどうしても疑われてしまうようです;
身内意識はとても強いものなのでしょうね。
Aが起きてBが起きた
Aが起きてBとよく似たBBが起こった
・・・
AとBは無関係でも人は勝手に相関関係と思い、
無関係な方へ突き進む。
それも大勢で。
これを狙ってできる人はすごいです。
お弟子さんによる超絶級の結界が消えたのは・・
・お弟子さんに何かあった
・結界が不要な状況になったのでお弟子さんが自分で結界を解いた
・さらに大きな力で結界が破られた
妄想満載ですみません^^;
このあとの可能性が多くてどうなるのか、ワクワクです。
続きが楽しみです♪
ここのソムニウスさんの配慮が、彼らしくて好きだなぁ。
焦りつつも一方で冷静に計算を働かせている、というのもあるでしょうし
相手が「子供のような声」だったから、というのもあるでしょうし。
弟子のために少しでも情報を取ろうとする一貫した姿勢と、彼の頭の良さ、
何処かしら残る人としての甘さが一文に凝縮されているようで、僕はとても好きだ。
ここに来て台頭してきたレイレイの父親……僕では全く先が読めない。
母親が真っ黒だった理由と絡むのか?
>こめかみの部分に白く長い耳のようなものが垂れている
あれ、ロップイヤー? ふみつけられるウサギって、もしかして?
この先どうなるのでしょうかね。