銀の狐 金の蛇 13話 「開帳」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/05/31 09:28:22
本当は。師がそんなことを語ってくれた覚えはないし、予言学大全は始めの序文しか読んでいない。
でもたぶん、そんなに的外れなことは言ってないだろう。それが証拠に、勉強家でかの本を熱心に読破した弟子がうんうんと深くうなずいている。
「よいことが起こる?」「それはどんなことですだね?」
おびえる者たちに聞かれたソムニウスは、この一日で見たことをすばやく脳内に喚起した。
この国に、何かさしせまった危機めいたことはあったろうか?
「い、井戸……ほらあれだ、水!」
阿吽あうんの呼吸で弟子が言葉を継ぐ。
「井戸の泉が枯れかけておりませんか? 相当に出が悪くなっているように見受けられました」
すると最年長のロフ神官や、中年の神官がこくこくうなずいた。
「たしかにそうでございます。水場はここの境内にあるもののみですが、枯れかけております」
「昔は大きな地底湖であったものが徐々に干上がりまして……あとは積もる雪を集めて、なんとかしのいでいるありさまで」
(湖、だと?!)
とたん。ソムニウスの背にぞわりと悪寒が走った。
夢で見た、あの銀の湖面の映像がまたたくまによみがえる――
「特産の温石は、その地底湖の岸辺にて採れまする。井戸の隣にあります穴から降りて、拾うのでございます」
「待ちや! 黒の息吹とは、後見人どのを指していると思ってよいのかえ?」
割って入った国主の厳しい問いに、弟子が迷いなく答える。
「はい、黒き衣の導師でまちがいございません。すなわちこの国の後見人たる我が師こそが、この国に明るい未来をもたらす救いとなるのです!」
枯れそうな水場をよみがえらせる。そうするために、夢見のソムニウスはやってきたのだ。
この国を救うために、はるばるきたのだ――
雄弁な弟子の語りに、たちまちあたりはしんと静まり返った。
ソムニウスは弟子の見事な演説を手放しで喜びたかったが。むくむくと湧いてきた胸のざわつきのせいで、どうしても笑顔を浮かべられなかった。
(湖。やばい……これはやばいぞ!)
明るい予言だという主張を貫かねばならぬのに、胸中に満ちるのは暗い不安。
体が震える。酷い悪寒が、幾度も背筋を走る……。
「ではそのご主張を証明するべく、さっそく、水場をよみがえらせていただこうではありませんか」
赤毛の毛皮神官が憮然として、礼拝堂の入り口へと手を薙いでみせる。外へと促すしぐさだ。
その顔は予想外のことに怒っているようにも、またわざと挑発しているようにも見える。
「お師さま、参りましょう。死神のごとき力など、真っ赤な嘘いつわり。黒き衣の偉大な力を証明してみせましょう」
朗らかな口調で弟子がいざなう。たしかに状況は、こちらに有利になっている。
地底湖が枯れかけているということは、地中から水が入り込む口が地震かなにかで詰まってしまった可能性がある。その詰まりを取りのぞけば、水は取り戻せる。
問題は、かつて湖があった空洞が、地中にたまたま取り残された水筒のような構造だった場合だ。
そのときは――この国に将来はないと断言して、移住を勧めなければならないだろう。
「よいわえ。井戸の回復。それがなされれば、呪いの発現ではないという後見人どのの御言葉を、わらわも信じよう」
狐顔の国主が立ち会いを宣言して先頭に立った。
その後ろにソムニウスとその弟子。神官たち。さらに狐の一族の人々が続いて、みなぞろぞろと礼拝堂から出る。
入り口にたまっていた蛇の者たちが加わり、境内を移動する大きなうねりができた。
礼拝堂にいた人々と合わさったその数は、およそ五、六十あまりにみえる。民のほとんどが集まっているだろうに、この数は……ずいぶん少ない。
(人口二百弱というのはもしかして、古い統計か? 流行り病が起こる前の情報かもしれぬ)
最後尾あたりに、あの母子がいる。負傷した自分を助けてくれた、母と若い娘だ。突然娘がパッと走り出し、列の前方にいる狐の男衆のひとりに近づいていった。
「フェン、うちの父さんは?」
「レイレイ、会いたかった」
その男は、娘の手をぎゅっと握ってさりげなく抱き寄せた。
「ねえ、うちの父さんは?」
「士長さまは若さまの死を知らせに、いったんこっちに帰った。けど、昨夜狩場に戻って、今も探しとる」
「え? 父さんこっちにきたの? 狩場で何を探してるの?」
「若さまを殺した奴の手がかりを。フオヤン神官さまが、絶対これはハオ婆の呪いで呼び出されたケガミのせいだと言っとるのに、あん人はひとり違うといって、現場に残った。呪いのせいじゃないって」
話している男はかなり若い。娘の婚約者だろうか。
「父さん、トゥーとかモノノケとか絶対信じないし、頑固だから……」
「たしかにな。あれ? そういえばメイメイさんは? おミドウの中にいなかったから、てっきり外かと思ったが」
「姉さんは、きっと赤ん坊の世話で忙しいのよ。昨晩寄り合い所にも来てなかったもの」
「そうか……」
娘の背後で、母親が心配げに狐の人々の群れを伺っている。姉娘の姿を探しているのだろうか。
その姿を視界の端に入れたソムニウスは、体のざわつきがますます強まるのを感じた。
嫌な悪寒が増す。何かよからぬものが我が身をさいなんでいるような、異様な感覚だ。
ひりひりと肌が痛い。
(これは。この感覚は――)
「なんじゃこれは……!」
全身で感じていた「予感」は、残念ながら当たってしまった。
境内の最奥にある井戸。そこへ近づき覗きこんだ国主が、悲鳴に近い声をあげて一瞬凍りつく。
「なん……ということ」
よろめいてあとずさる国主の後ろから、神官たちが井戸の中をかいま見る。とたんに彼らはがたがたと震えだした。
「これは……!」
おなじく毛皮美男も、井戸をのぞいて眼を見開いた。
「だれかが、吊り下げられておりまする!」
「な……?!」
弟子が呆然として、師の腕をすがるようにつかんできた。
恐慌の色がうかぶその瞳が、神官の手によって井戸から引き上げられたものを映した。
真っ赤な血に染まった長いスカートと、そして銀色の毛皮をはおった、女性の姿を――。
――「いやあああっ!!」
刹那。
「嘘でしょ?! こんなの嘘でしょ?!」
あの母と娘が、顔面を蒼白にして井戸に駆け寄り、悲痛な悲鳴をあげた。
「メイメイ! あああああ!」
「姉さん!? 嘘! 姉さんなの? 嘘っ……!!」
(姉だと?!)
母子の叫びにソムニウスは蒼ざめた。
井戸の前に横たえられた若い女性は、完全にこときれていた。
おそろしいことにその女性の足の先は――ない。そこからまだ鮮血が流れ出ている……
遺骸に泣きすがる母と娘のそばに、国主の後ろにいた若者が二人駆けつける。
ひとりはレイレイの婚約者らしき者だ。それからもうひとりはきっと、若妻の夫だろう。
「うああああああっ! メイメイ! メイメイいいいいっ!」
その夫らしき者が悲痛な叫びをあげたとき。
民の中から、悲鳴と怒号がうわっと湧き起こった。
「舟があああ! 舟が増えたああああっ!」
もうどうにも、止められないぐらいに。
お読みくださりありがとうございます><
ソムさんぴーんちになってしまいました・・;
ひとつのものに等しく囚われた集団、
これほどこわいものはないと思います。
状況を利用しようとしている毛皮神官がなんだかあやしそうですが……><;
まずはピンチを潜り抜けられるかどうかですよね・ω・;
お読みくださりありがとうございます><
たてつづけにタイミングの悪いことが……
偶然なのか故意なのか。
夢見は的中率悪いのでどこまで見た通りになるのでしょう…(・・;
導師さんとお弟子さん、大ピンチ!
窮地なんてもんじゃないですねぃ。
血の気引きまくりで心も体も地面から浮き上がっているように
感じているかもしれませんね^^;
不安や恐怖を共有してしまった集団ほど厄介なものはありません。
また、利用しようとするものにはこれほど使いやすいものはありません。
どんな願いも叶ってしまいます・・・
水没の予言、導師と弟子の次の展開、
続きが楽しみです♪
夢見は本当に成るのですかね。