Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 13話 「開帳」(前編)


「クラミチの使いが来なさったせいだ!」

 その叫びは、礼拝堂にいる人々にたちまち伝染した。
 ひとつところではなく、群集のそこかしこから次々と声があがる。

「魚喰らいさまが、婆に力を与えたんだ!」
「そうだそうだ! だから呪いがほんとになったんだ!」
「病がはやったときと、おんなじだ!」
――「なん……だと?」

 唖然とする師の背後で、弟子がチッと舌打ちする。

「導師が一般人に力を与える? そんなばかな!」
「ユインの民よ! 私はここではっきり宣言する。導師が、だれかに魔力を与える事はできぬ!」

 ソムニウスはすぐにそう怒鳴ったものの、またたく間に燃え広がった火を消すことはできなかった。
 恐れとざわめきがみるみる拡大していく。
 嘘八百の知恵をひねりだしたのは、こいつか? と疑いたくなるほど、赤毛の毛皮美男がにやにやと口角を引き上げている。狙い通り、といいたげな悦に入った貌だ。

(なんだこの、野心満々の顔は……) 

 これまでの男衆や奉り人の態度からかんがみるに、毛皮美男は以前から、老婆の呪いを止めよと訴えていたらしい。そんな彼にとって今のこの状況は、おのれの立場を強めることができる格好の好機だ。たぶん、この事態を最大限利用する気でいるのだろう。
 おびえる人々の力を背に受ける美丈夫は、なんとも不敵な視線をこちらに投げてきた。

「黒き衣の御方は、言葉を現実になさる神力をお持ちであらしゃります。この国に入られました時、この国のものはすべて、その偉大なお力に包まれてしまったのでしょう。我ら非力な人間が、神のごとき御方に影響を受けるは当然のこと」
「いや、私の力はそんなものではない!」
「ご謙遜でございましょう。黒き衣は、神にも匹敵する魔力の証。地の果ての寺院にてひきこもられるは、世に及ぼす力、これ顕著にて危険なりしゆえと、聞いております」

 無力で無知な我らは、ただただ、神の力に翻弄されるのみ。
 毛皮美男がさも悲しげにそう述べると、人々は一層わめき出した。
 礼拝堂の中にいる者だけでなく、入り口にたまっている蛇の者たちからも、悲鳴のごとき怒号があがる。
 フオヤン神官の、言うとおりだと。
 中には懇願の声も多数混じっている。
 どうか今すぐこの国から出ていってくれという、悲痛な泣き声が聞こえてくる……。

――「おだまりやす!」

 騒然とする場を鎮めるため、最長老の親書を握る国主がカッと吼え猛った。

「すべてを見通すという、黒き衣の最長老殿の御言葉を、今ここに開帳してみようぞ! まずはみな聞くがよい!」
「開封の介助を――」
「必要ない! 後見どのよ、わらわは大神官位に在る巫女。魔封書の扱いはこころえておる!」

 狐顔の国主はまっすぐソムニウスの方を向き、印を結んで魔法の気配を降ろした。
 導師のやり方とは違うが、あきらかに魔力の場をそこに作っている。
 淡い白色に靄るその場があらわれるや、人々はしんとしずまり固唾を飲んだ。

『封じられしものよ。開けよ、翼のごとく!』

 祝詞のような節の呪文と共に、ほんのり宙に浮く羊皮紙が勢いよく左右に開かれた。
 とたん、羊皮紙から光の文字の列がまばゆく浮かび上がり――

『今宵、月は輝き木々を焼く』

 澄んだ歌声があたりに鳴り響いた。
 それはあの不死身の少年の声そのもの。最長老レヴェラトールその人の言霊だった。

「うう! まぶしいっ」「く、クラミチの力じゃ!」 

 不死の少年はりんりんと鈴を打ち鳴らすような声で歌っていた。 
 暗いとも明るいとも判じられぬような、不思議な調子で。なんとも不思議な歌詞を。


『黒の息吹が未来をもたらす
 干上がった水は満たされて、
 多くの舟が浮かぶだろう――』




(多くの、舟だと?!)

 その神々しい言霊の予言に、ソムニウスはたちまち顔色を失った。
 なんということか。
 祭壇には、舟の形をした棺が置かれている。おそらくエティアと同じ、天河を走る舟を模していて、魂を輪廻の流れへ運んで行くと信じられているものだろう。
 今こんな状況で「多くの舟が浮かぶ」と言われるなど、これ以上の悪い時宜があるだろうか。

(いや、ない。ないぞ絶対!)

「く、黒の息吹とは、死の息ってことか?」「多くの舟って、お、多くの棺?!」
「また、だれか死ぬ?」「ひいっ、なんて予言じゃ!」

 恐慌のごとき反応が人々の群れに沸き起こる。

(うあああ! なんてこと言ってくれるんだ、あの人はああああ!)

 勝利を確信したのか、毛皮美男はしごく満足げだ。しかし直後、その美しい貌があからさまに歪んだ。

――「おそれながら。これは、死の予言ではありません!」

 引きつる夢見の師の背後から、弟子がずいと一歩進み出て、凛と声を放ったからだった。

「未来という言葉には、常に明るい希望がふくまれるもの。ですからこれは、好転の予言。そうですよね、我が師ソムニウス」
「そ、そうだ」

 弟子の援護を受けたソムニウスは、声高らかに宣じた。

「予知学なるものでは! 『未来』という言葉は、悪い事象をあらわす時には、使われ……ぬ!」

 必死であった。

「かつて我が偉大なる師ヒュプノウスは私にかく教授したっ! 寺院に収められている名著『予言学大全』にもしっかり記されているっ」

 無我夢中であった。

「この書物は予言の読解方法を記したもので、使用される言葉によって予言の内容を的確に判断するものなのだっ」

 しかし、嘘八百であった。

「その判例にのっとれば、この予言が栄華発展の具現を言祝ぐものであることは自明! 未来という大変明るい言葉が使われているのであるからして、これはこの国によきことが起こるという意味であろう!」

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2017/05/31 22:11
こう言う時の嘘八百は許されると思います。

とにかく酷い位のお話は、鎮めるのが先決ですね。




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