Nicotto Town



自作4月 鍵 「桃色綿あめ」 前編

(前編・中編は赤猫剣視点です)

「さて困りました」

 そうですよねえ、と私は相槌を打ちました。

「あなたが食べた魂を引き出せと言われても」

 困り顔の猫族紳士が腕組みをしてがっくり。この方は、私と共にわけのわからぬ連中に拉致されました、猫目さまです。

「私は、あなたの修理はできますが、ご主人ではありませんしねえ」

 そうなんですよねえ、と、私はため息。猫目さまは刀匠にて、現在私の側付きとなっておられますが、私に対しては何の権限もお持ちではありません。
 私の第二十四代目主人は遠くエティアにおりまして、ここにはいらっしゃらないのです。
 この私、エク……あー忘れましたは、おしもおされもせぬ立派な精霊剣。ご主人様の命令は絶対にして唯一。いったん契約いたしますれば、あの赤毛の方のご命令しか、承ることができないのでございます。
 しかもここは実に狭い部屋。通信妨害をするために、四方の壁は特殊なオリハルコンの合板が張られております。これでは、かつて日本海溝の最深淵から第十代目主人万丈空也に文句ガンガン垂れて閉口させた私とても、我が主に精神波を送りつけるのは不可能。
 そんな屈辱的な待遇をうけながら、この私エク……あ、むりやっぱり忘れましたは、食べたものをぶっ吐きなさいと、なんとも羞恥きわまる強要をされているのでありました。
 ああ、なんてかわいそうなのですか私! 
 これはあれです、人前で用を足しなさいとか言われているも同然でしょうそうでしょう。
 実に破廉恥です。嗜虐的です。拷問です。恥を知りなさい、そこの……

『えっと、お名前なんでしたっけ? めんたいこ?』
「アイ・メントイコ・ロール・パーン・フォン・メンジェールだ」

 ぶっすり顔のコックさんに、出血大サービスで竜王メルドルークの声音を出力してやりましたら、ふざけた名前が返ってまいりました。卵めんたいこロールパンですと? いったいどんな惣菜パンなんですか……

「赤猫さん、メンジェールの第三王子殿下ですよ」

 困惑顔の猫目さまがそっと耳打ちなさいました。

『あらまあ。王子さまなのですかこの人は。しかしなぜにコック姿なのですか?
 あら? 猫目さま、今メンジェールとおっしゃいましたね?
 それってつまり。あの。あの。あの。ああああああああああああああああ!』
「赤猫さん?! 大丈夫ですか?」
「ど、どうしたのだ?! 刀匠よ、速く食聖さまの魂を吐き出させろ」
「す、すみません殿下、剣の様子がおかしいのです。落ち着かせますのでいったんご退出を」
「むう、急ぎ頼むぞ。大会開催までに、私に食聖さまの魂を与えるのだ」 
『しょくせい。しょくせい。やはりあいつのことですね!あああああああああああああああああ!』
「赤猫さん、しっかりしてください! 今、沈静粉をすり込みますからね」
『悪魔のごときダンタルフィタスよりもあいつは……!
 あれはいけません、絶対食っちゃいけません!』
「赤猫さん! 落ち着いてください」
『猫目さま、ほんとひどかったんですよ私。あれを食ったときったらもう……
 はあはあ…… はあはあ……思い出すだけで動悸がぁ……!』



 その魂は、小さな箱の中に入っていたのです。
 なんのへんてつもない、手のひらに載るほどの宝箱。それは洞窟をそのまま利用したちいさな祠に祀られておりました。はるかな昔、神殿で眠っていた私を盗んだ盗賊が、あるときその祠に雨宿り。何かのお宝じゃないかと、祭壇の奥にありました箱に目をつけたのでした。
 箱にはいっぱしに頑丈な錠前がかけられておりまして、開けるには鍵が必要でした。それで盗賊は、金目のものが入っているにちがいないと察したのです。
 しかし鍵など持っているはずがありませんから、実力行使。 
 悪いことはおやめなさい。絶対呪われます。
 そう申し上げました殊勝でえらい私を無視して、盗賊はがっすんがっすん。なんと私を使ってその箱のふたを壊そうとしたのでした。

『ちょっと! おやめなさい! そんなことをして、もし開きでもしたら!』

 もしなんかやばいのが出てきたら、そいつに呪われるのは。
 この私じゃありませんかー!
 迷惑すぎます。やめなさい! いますぐやめなさい! やめ……
 ああああああああああああ!

 ちらばる火花、驚天動地の大振動!
 ええ。お察しの通りです。見事に、そうなったわけですよ。
 大変遺憾なことにこの私、あろうことか神殿在住歴うん千年という聖なるこの私が、やられたわけです。
 まずは箱から出てきたものに、えらく怒られました。 

「だーれー? きもちよくリンゴちゃんと眠ってたのにぃー!」

 その形態は、ふわふわ桃色綿あめ。って……同伴者あり?!

「そりゃあひとりでさびしいから、奥さんといっしょにねてたのよー」

 ……けっ!
 まずそこで反射的に舌打ちしたのが、まずかったのでしょうか。

「……きみ。おいしそうじゃないね」 

 その一言で。かげりのある冷たいその一言で。
 私はその綿あめに呪われてしまったのでした……!



「ええと。その綿あめというのが、食聖ホーテイだったと……」

 ええ猫目さま、まぁったく、失礼千万ですよこの私がおいしそうじゃないってどこをどうみてほざいてるんですかそれって当然ですよね私食べ物じゃありませんしれっきとした剣ですし金属製ですからぜったい噛み砕けないでしょう味なんて鉄さび味で吸血鬼の人ならよろこぶかもしれませんが――

「ま、ままま、赤猫さん、落ち着いて」 

 そんなこといってもですね、怒ったあいつは私がだれにも食われないようになる呪いをかけたのですよ。すなわちそれは、匂いからして激マズになるというなんとも恐ろしい呪いだったのです。

「は、はぁ」

 それが実にひどいものでして。私を盗んだ盗賊がぎゃーとか叫んで逃げ出すわけですよ。
 何かとおもったら私にひどい匂いがまとわりつきまして、それがどうにも取れないのです。
 ハッと気づくと桃色の綿あめがひり出した黄色い光球が、私を包んでおりました。
 すなわちそれはあいつがブリッと出した……

「うわあああ」

 ご同情いただきありがとうございます。いやほんとにどうしようかと思いました。
 しかし私は百の機能ヘカトンガジェットを持つ聖剣。むろん、呪いを受けたときの対処は万全です。
 私の第四十四番目の機能に呪い清浄機というものがありまして、それをじわじわわが身を発光させながら放出したわけなのです。ところがなんと、臭い呪いの気はちっとも取れなかったのです。
 なぜかといえばそれは、あいつがまじにブリッと出した……

「ああああ……」

 哀れんでいただきありがとうございます。いやほんとに、こやつどうしてくれようかと思いました。
 この臭気を受けるべきは私を盗んだ盗賊であり、この神聖なる私ではないでしょうそうでしょう。
 とはいえ仕方がありませんので、私はこやつと戦うことにいたしました。
 当時の主人はすでに亡く、私は自由の身で冬眠しておりましたので、だれの命令も必要ありませんでした。ゆえにとりあえず桃色綿あめに、神霊斬を打ち放った次第です。

「あの、赤猫さん。その剣法は山をも割ると言われる……」

 念のために悪魔斬も打ちこみました。

「赤猫さん。それは海を割るとも言われる……」

 まあなんですか、祠なんてこっぱみじん、あたりに大渓谷ができてのちのち人間がそこに橋をかけたわけですよ。ほらあそこです、こないだわが主が与したスメルニア派貴族が再建した橋。私があの時作ったのは、あそこの谷です。ほーっほほほほ。
 






  

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2017/06/04 13:19
卵めんたいこロールパンw
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2017/04/30 20:55
成らば剣を取り戻して、知らぬ振りして都に変えれば良いのではないですかね。
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2017/04/30 20:28
「英国紳士はご主人様を鍛えねばならないのです。」
エティア王国の北のド辺境に領地を持つ、銀枝騎士団。
その食堂のおばちゃん……いや、おばちゃん代理の青年は、今日も今日とて騎士団に従軍。
宿営地で料理の腕をふるうのだったが。彼にはとてもうるさくてうざい相棒がいた。
後の世にエティアの武王として知られる赤毛の青年と、彼を見い出した伝説の剣の物語。

今回は第22回目のお話です。

~前回までのあらすじ~
エティア王国王弟殿下が魔王とともに引き起こした反乱。
その主戦力として利用されてしまったおばちゃん代理は、裁判で執行猶予の判決を受ける。
ジャルデ陛下の恩情でエティア王宮に特別使用人として召抱えられた彼は、もとの職、
すなわち料理人として大厨房に配属された。
しかしそこには、かつておばちゃん代理に食堂を丸投げして騎士団営舎から消えた、
食堂のおばちゃんがいた……!

なんとおばちゃんには伝説の食聖ホーテイの魂が宿っており、王位継承権をかけて料理大会に臨まんとするメンジェールの第二王子をこっそり指導していた。
第二王子に肩入れするエティア王ジャルデ陛下は、そのことを秘匿するべく、赤猫剣が食聖の魂を吸い込んでいるとの情報をながして、メンジェールの第三王子に剣を盗ませた。
「第三王子はホーテイの魂をおのが身に宿らせて、料理大会で優勝しようと目論んでいるのだ」
ジャルデ陛下に剣の奪還を命じられたおばちゃん代理は、メンジェールに到着。
剣がわざと盗まれたことに気づき、
陛下の真意は何なのか、剣は単に陽動で拉致されただけではないかもしれないと、いぶかしむのだった。



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2017/04/30 20:15
登場人物:

おばちゃん代理:赤毛の料理人で赤猫剣の主人。
銀枝騎士団営舎にバイトとして就職→ウサギ技師の塔の料理人→反乱軍の戦士→執行猶予付の罪人→エティア王国王宮づとめの料理人と、遍歴を重ねている。

赤猫剣:おばちゃん代理を第二十四代目の主人とし、さまざまな知恵を伝授する。本名「エク…以下忘れました」。故郷は地球。エクステルという女の子の魂と一体化している。
先日起きた反乱でエティア軍兵士の魂を大量に喰らう。
その罪により、折られて某所に封印されることが決まるも、護送中に拉致される。

銀枝騎士団:おばちゃん代理の一番初めの就職先。騎士団営舎とはこの騎士団の営舎のこと。

うさぎ技師:不老不死の白ウサギ。自走する「ツルギ塔」に住んでいる。時計を作るのが大好き。

黒髪おじさん:うさぎ技師の師匠。特殊体質で、銀髪の美女に変化する。美女はウサギの奥さんである。

ネコメさん:ウサギ技師の弟子で刀匠。マオ族で猫の姿。現在、剣と一緒に拉致されたらしい。

ジャルデ陛下:エティア王国国王。ウサギ技師と大変仲がいい。

食堂のおばちゃん:おばちゃん代理の祖父の実姉。銀枝騎士団営舎の食堂で働いていたが、おばちゃん代理に業務を丸投げして消えた。エティア王宮の大厨房で総料理長をしていたことが判明。

ゴトフリート:調理技能で王様をきめる「食の国メンジェール」の第二王子。エティアの大厨房にて、修行中。

アイ・メントイコ:メンジェールの第三王子。スメルニアの後援をひそかに受けている。剣を盗ませる。





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