3月自作 たんぽぽ 「食聖」3/3
- カテゴリ:自作小説
- 2017/03/31 03:02:53
夜風が中庭に吹き降りていた、あの夜。
ゴドフリートことフーシュ殿下は、真摯な顔で憂いた。
『ジャルデ陛下に言われた。そなたは信用してよい味方、事情を話してよいと。だから腹を割って話そう。実は……我が兄、王太子フライヒの料理は、どれも塩辛い』
作る者の性格は、如実に料理の味に反映される。兄に国をたくすのは、はなはだ不安だと。
そうして、なにもかも俺に打ち明けてくれたのだった。
『たしかに兄は、そつなく何でも作れるし、肉料理もすべからく習得している。だが、塩辛いのだ。そしてわが弟、第三王子のつくるものは、甘い。体裁はよいが、どれも甘すぎる……ゆえに今の我が王国にはありがたくも、この私の即位を望む人々がいる』
そうおっしゃる殿下が作った鬼カサゴのムニエルを、味見させてもらったことがある。
おばちゃんが彼に魚さばきの実演をさせたときのことだ。あのあと殿下はひとりで魚を調理してみせ、見学者に供したのだ。
そのいかつい顔に似合わず、ムニエルはなんともまろやかでふわりととろけるようで、とてもやさしい味だった。すでにおばちゃん仕込みであったからかもしれないが、味が性格をあらわすというなら、あの殿下は聖人君子だ。
『しかし継承権を競う料理大会というのが、くせものでな。正々堂々の勝負のように見えてその実、王太子が順当に勝つよう、あらかじめ調整されているのだ』
さまざまなことが、この出来レースのためになされる。大料理人たる国王陛下が直接、王太子に食聖直伝の料理の技を仕込む。他の王子たちにも専属の師がつけられるものの、太子殿下に太刀打ちできないようにされる。第一位とされる肉料理は伝授されず、魚料理ばかり教え込まれる……。
このままではけっして王になれない。
そこでフーシュ殿下は彼の支持派に背中をおされて、懇意にしているエティアのジャルデ陛下を頼ったのだった。
『ジャルデ陛下は私のために、最高の肉料理を伝授してくれる師匠を探してくれた』
何人かの候補があげられたが、その中のひとりにおばちゃんがいた。
候補たちの個人情報を見たフーシュ殿下は、まよわず、おばちゃんをえらんだ。
『メンジェールの王家は、食聖ホーテイさまのご遺言どおり料理人となり、あまたの者の腹を満たさねばならない。とくに第一位とされる肉料理の熟達が求められる。その最高峰、グリル・イノシカチョウこそは、食聖ホーテイさまがあみだした、我が王家にのみ伝わる料理。なんと総料理長どのは、それを作ることができるのだ』
そこまで聞いて俺はようやく思い出した。
グリル・イノシカチョウ。
おばちゃんが、その食聖直伝の料理を作っていた……という話を、銀枝の騎士団長から聞いたのを。
『食堂のおばちゃんはイノシカチョウを毎年必ず仕留めて、祭の日にふるまってくれたもんだ』
だれも知らぬ北の辺境の、小さな騎士団営舎で。年に一度、豊穣際のときに。
かつて食聖ホーテイの魂を食った剣のそば・・・・で。
その意味するところは。つまり。つまり……。
『私は果報者だ』
フーシュ殿下は目にうっすら、喜びの涙をうかべて教えてくれた。
『わが師、総料理長さまには、食聖ホーテイ様の魂が宿っておられるのだ……!』
中庭にびゅうとひと筋、冷たい夜風が降りてきた――。
「だからおばちゃんは、俺のことがわからなかったんだ……『おばちゃんじゃないときがある』から……」
「ふあ? おばちゃん代理、なにぶつぶついってんの? お茶淹れたんならそこどいてよ。俺、ぺぺにニンジントーストつくるからさ」
「あ、すみません」
こぢんまりとした旅籠の部屋で、黒髪おじさんが俺を小さな台所から追い出した。
さすが食の国メンジェール、宿には部屋ごとに調理台がある。
「なんかいい香り!」
卓で待つウサギが、鼻をふにふにさせている。俺が淹れたタンポポ茶をすするなり、豆茶そっくりだと声をあげた。
「うん! うまいぜ! ジャルデもよろこぶぞ、これ。あいつ豆茶好きだから」
ジャルデ陛下。
俺は複雑な気持ちで、王の人なつこい髭面を思い出した。
剣の中に食聖の魂がないことを知っているのは、フーシュ殿下とウサギ夫婦とジャルデ陛下と。そして俺のみ。俺は結局、牙王に話しそびれたままこっちにきている。あいつにだけは、言っておきたかったんだけど……機を逃してしまった。
『むしろおまえじゃないとだめだろうと思って』
エティア王国は、フーシュ殿下を王にしたがっている。
つまり剣をとりもどす、という俺たちの行動は、フーシュ殿下とおばちゃんを守るための陽動。
「持ち主」の俺を奪還隊に加えれば、この作戦は俄然、本気のほんものらしく見えるというわけだ。
なんというか……
ジャルデ陛下は俺に剣をとり戻させてやりたい、絆強い俺たちを再会させてやりたいっていう、聖人のような思考じゃあ、なかったわけで……。
陛下は殿下を通して重大な情報を教えてくれた。つまり俺に対して一見、正直にふるまってはいる。
でもたぶん陛下はまだまだ、腹の内を隠してるんだろう。
ネコメさんがさらわれたっていうのに、ウサギ夫婦のこの余裕っぷりを見てたらわかる。
剣とネコメさんは。
きっと。
わざと・・・、さらわれたんだ――
理由は?
フーシュ殿下とおばちゃんを守るため……だけじゃなさげな気がする。まだまだほかにも、目的がありそうだ。そもそも、剣に食聖の魂が入ってるという情報を敵方に与えたのって、もしかしてもしかしたら……。
ああくそ。もやもやするっ。とにかくようするに、陛下もウサギ夫婦もみんな、みんな……
「たぬき」
「ふえ?」
「たぬきだ……」
ためいきまじりにぼやく俺に、ウサギはカップにつっこんでいた顔をきょとんとあげた。
「え。俺うさぎだけど?」
「とにかく。剣もネコメさんも、絶対救い出します! いますぐ作戦考えましょう! 作戦! なんとかして、王宮にもぐりこむんですよ!」
俺が大声あげてぎっちりこぶしをにぎると。ウサギは小さなこぶしで胸を叩いてにやりとした。
「もっちろんさ。ネコメさんは俺のかわいい弟子だぞ? 拉致ったやつらにはお仕置きするよ?」
――「ぺぺ! トースト焼けたぞう♪ 俺、ほんといい師匠!」
そのとき、黒髪おじさんがニコニコ顔で、えたいのしれないかたまりをのせたトーストを運んできた。
「じゃじゃーん! 『白砂漠にたそがれる黄金ピラミッド』ぉ~!」
「ちょ……どんだけ盛ってんの!」
「メンジェール来たからさ。俺の創作料理魂は今、真っ赤に燃えてべラス山!」
黄金色の三角山が、卓という名の玉座に鎮座する。
みるみる青ざめていくウサギを尻目に。
「ふへへ。砂糖まぜてかさましした♪ おたべ~ぺぺ~♪」
「ほかになに入れやがったー!」
甘ったるくて、くどそうな香りが……おとなっぽい豆茶に似た香りをなぎたおした。
―食聖 了―
お読みくださりありがとうございます><
ウサギ師弟はながらくエティアの参謀のようなことをしてるので
たぶん今回のこともエティアのためになるようなことなのでしょう…
しかしおばちゃん代理の心には、なにかが落ちたかも・・
お読みくださりありがとうございます><
すんなりいけば三行ですみますが、そういうわけには…ですよね^^
ほんとおばちゃん代理があーなってこーなりそうな雰囲気です。
お読みくださりありがとうございます><
料理大会すんなりいくわけもなく、
なにかアクシデントとかトラブルとか師匠、芸術はばくはつとか
いろいろありそうな気がしてほんとこわいです@@;
おばちゃん代理ぴんちひったー説は大いにありえます。
お読みくださりありがとうございます><
豆茶なんの豆なのか…
でもタンポポ茶に似てるそうなので
きっとコーヒーぽいのかなぁと思います^^
タンポポの根っこのお茶はまさしく、タンポポコーヒーです・ω・♪
お読みくださりありがとうございます><
食聖を食べてた剣のレクチャーもさることながら(=食聖と接触あり)、
おばちゃん代理の「うまれながらのチート能力」のオリジナルもとが
なんだったのかも気になるところです・・・
お読みくださりありがとうございます><
いやほんとに、ウサギ師弟は観光旅行の気分ですよこれ…
大丈夫なのでしょうかw
人は信じたい情報を信じるもの。
本当の目的、本当の思惑は情報の渦の中に^^;
一見お気楽な一行が何を見据えて前に進むのか
これからが楽しみです♪
作者の意地だけ物語は楽しくなりますよね
おばちゃん代理、料理で国盗り物語!?
その王子に成り代わって〈俺〉がどう割り込めるのか
次回を楽しみにしています^^
飲んだことはありませんが、タンポポ茶は、タンポポコーヒーのようなものかなあと想像しています