Nicotto Town



3月自作 たんぽぽ 「食聖」1/3

 わが名はフーシュ。母国の言葉で「魚」という意味だ。
 わが国では、料理の腕、調理の才能こそが何ものにもまさる価値ある技能とされており、食材の名をつける親が実に多い。とくにフライヒとフーシュ、つまり共通語でいうところの「肉」と「魚」は、一、二をあらそう人気の名だ。
 肉料理と魚料理、どちらも甲乙つけがたいというのが、わが国の実のところの世論であるが、メンジェールの王室では肉料理が第一位、魚料理はそれに順ずる第二位の格であるとされている。
 山のふもとに小さな都市ひとつと緑なす平野。かような国土には清涼なる川が一本流れてはいるものの、そこでとれる魚はほんの数種類。輸入に頼らねば、豊富な魚介の類が手に入らぬためだ。
 メンジェールでは平野での畜産がさかんであり、食用の牛と豚と鶏が多く飼育されている。
 とくに王家所有の牛は、さまざまな肉質をもつあらゆる種類のものが、常時あわせて一千頭。豚は二千頭。鶏は五千羽ほどいる。
 しかしもっとも至高とされるのは、飼育ではなく狩で得た天然の獲物である。
 イノシシとツノ鹿、ホロホロ鳥がとくに好まれ、わが国の森でよくとれる。
 ゆえに国王の長子、すなわち王太子は、肉料理を極めるよう仕込まれる。
 その中でも最高峰とされるのが、かの伝説のグリル料理、イノシカチョウである――

「イノシカチョウって、どこかできいた料理名だなぁ……」
「この料理の調理法だが――」
「あ、ちょっと待ってください」

 俺は必死に書きつけていた帳面から頭を上げた。ベンチに座る白いコック姿の男が、目に入る。
 四角くていかつい顔。誠実そうな、まっすぐなまなざし。

「なんだ? 赤毛のパン係どの」
「ええと、本当のお名前は、フーシュ? ゴトフリートじゃなく?」

 頭上から冷たい夜風がおりてきて、俺たちの頬をなでた。四方四面にかっちりとそそりたつ石壁の高さは、見上げると首が痛くなるほど。星の瞬きがかすかにみえる。よくみえないのは、壁につけられた灯り球が煌々と光を放ってるせいだ。
 ここはがやがやうるさい食堂ではなく、使用人のために解放された中庭。まだぽこぽことしか芽のでていない花壇のはじっこに、たんぽぽがちらほら咲いている。
 ゴトフリート――いや、メンジェール王国第二王子フーシュ殿下は、いかつい顔からいかめしい声を発した。 

「パン係どの、魚介担当係のゴトフリートというのは、わが仮の名、仮の姿。我は身分を隠して、エティア王宮の大厨房でこっそり修行している」
「なるほど」

 明日から俺は王命により、剣を取り戻す旅に出る。ウサギ技師とそのご伴侶どのも一緒だ。その前にと、俺はゴトフリートさんに、メンジェール王国のことをきいている。

 ジャルデ陛下から、殿下ご自身から事情を聞くとよいと、勧められたからだ。
 ここは、秘密の話を聞くにはうってつけ。
 仕事が引けた夜、それもまだ春先で肌寒いときたら、わざわざ中庭に出る者は少ない。
 でも一応、間諜がいないかどうかは確かめた。なにせジャルデ陛下が、「どこにでもいるからなぁ」って、もうやけっぱちはなはだしく、笑ってらしたもんで……

「いやでもそのなんか、よくわからない……」
「む? どこがだね?」
「食聖ホーテイの子孫だからって、なぜに調理技能で王位継承が決められるんですか?」
「ああそれは、食聖ホーテイ様の遺言を堅守しているからだ。わが子孫は、人の腹と心を満たす料理人であれ。我が王家は、かような家訓を掲げている」
「それで貴国には、国王陛下自ら厨房に立たれる伝統があると?」 
「そうなのだ。我が王国の開闢は、三百年前……」

 料理王国の第二王子殿下はそれからえんえんと、メンジェール王家のなりたちについて話しだした。
 その淡々とした途切れのない、微に入り細にわたる、時々牛とか豚とか鶏方面に大きく寄り道する説明に、俺は頭がすっかりパンクして唖然となったわけだけど。
 ついには書きつけるペンの動きが、力つきて完全停止したわけだけど。
 殿下はそんなことお構いなく、たっぷり真夜中まで語り続けていた。
 まるで歴史書を読み上げるように。




『むかしむかしあるところに、ホーテイという料理人がおりました。
 彼はみよりのない子どもたちのために、ごはんを作る人でした。
 とある王国のこじいんには、戦で親をなくした子どもがたくさんたくさん、住んでいたのです。
 ホーテイはパパやママをこいしがるこどもたちに、まい朝まい晩、ごはんやお菓子をいっしょけんめい作ってあげました。
 どうか子どもたちがほんのすこしでも、えがおになるようにと。
「おいしい!」 「おいしい!」 「おいしいよ!」
 ほかほか焼きたてパン。にじいろうろこの焼き魚。黄金のりんごパイ。
 ホーテイが作るものはみんなとてもおいしくて、子どもたちの顔はいつもまぶしく輝くのでした……』
 (エティア王宮図書室所蔵本「食聖ホーテイのぼうけん」より)




「こうして幸せになったホーテイは、天に召されるとき、こどもたちにゆいごんをのこしました。
 料理こそは、人あるかぎりけっしてなくならぬ仕事。人を満たし、笑顔にするもの。
 ゆえに我が子孫たちよ、未来永劫、料理人であれ」
「めでたし、めでたし♪ ふわぁ」

 俺は読んでいた絵本を閉じた。ひざの上にいる金髪おさげの娘が、大あくびをする。
 ようやく殿下の話に解放された俺が使用人部屋に戻ったのは、真夜中すぎ。しかし娘は俺に絵本を読んでもらおうと、寝ずにがんばっていたのだった。

『だって明日からお父さんは、なん日もおでかけするんでしょ? だからよんで』

 かわいい娘に甘えられて、拒否できる親などいるだろうか。
 絵本は数日前に、金肌の牙王が王宮の図書室からかりてきたもの。
「食聖」って知らないよなぁと俺が同意を求めたら、ああホーテイのことねと、さらりと返されだけでなく。お勉強しなさいと、もってきてくれた。
 絵本は絵柄がほのぼのしててかわいらしいので、たちまち娘の目を引いた。
 かしこい牙王はたぶん、しばし離れ離れになる俺と娘の団らんを、演出してくれたんだろう。

「おみやげ、かってきてね」
「了解」

 娘が、子ども用の寝床にはいって目を閉じる。ほんのり赤らんだ安らかな笑顔をみるにつけ、いっしょに住むことを許してくださった陛下に、じわっと感謝の念がわく。それから、なんだか少し重たい気持ちも……。

「どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない」 
「ねえ本当に、私行かなくて大丈夫?」

 娘に毛布をかけてやりながら、牙王が心配げに聞いてくる。

「神獣さまの手をわずらわせるなんて、おそれ多いよ」

 正直に言ったら、金肌でふさふさ犬耳の美女は、頬をぶっくり。

「なにその、おそれ多いって」

 だってこの御仁は……もう以前の牙王じゃない。ウサギに神獣化改造されて、人型になってる今も、きらきら後光がまぶしいんだ。神々しすぎて、触れるのを躊躇するぐらい。

「そ、それよりさ、食堂のおばちゃんの謎がわかったんだ。おばちゃんはやっぱりさ、メンジェールの王子に調理の技を伝授するべく、王命でここの総料理長になったんだけど。なんと……うへあ?!」

 背中に走るやわらかい衝撃。長くて白い腕がずどんと、俺を大人用の寝床に沈めてきた。

「体が熱いわ。鎮めて」
「でぃ、ディーネあのさ、」
「娘には絵本を読んでやったのに。この私には、なんにもしてくれないつもり?」
「いえ……そんな……つもりは……毛頭……ございま……!」

 白光まぶしい金の肌の美女は、にいっと満足げに口の両端をひきあげた。
 今夜は一睡もできないだろうと、俺があきらめの境地に至ったのは、いうまでもない。 



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2017/04/02 21:00
とりあえず、旅立ち前の夜ですからね^^
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2017/04/01 19:54
Sianさんへ

事情も知らず、高飛車な物言いをしてすみませんでした。
あらすじ、じっくり読ませていただきますね。

ではでは~
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2017/04/01 16:22
「英国紳士はご主人様を鍛えねばならないのです。」
エティア王国の北のド辺境に領地を持つ、銀枝騎士団。
その食堂のおばちゃん……いや、おばちゃん代理の青年は、今日も今日とて騎士団に従軍。
宿営地で料理の腕をふるうのだったが。彼にはとてもうるさくてうざい相棒がいた。
後の世にエティアの武王として知られる赤毛の青年と、彼を見い出した伝説の剣の物語。

今回は第21回目のお話です。

~前回までのあらすじ~
エティア王国王弟殿下が魔王とともに引き起こした反乱。
その主戦力として利用されてしまったおばちゃん代理は、裁判で執行猶予の判決を受ける。
ジャルデ陛下の恩情でエティア王宮に特別使用人として召抱えられた彼は、もとの職、
すなわち料理人として大厨房に配属された。
しかしそこには、かつておばちゃん代理に食堂を丸投げして騎士団営舎から消えた、
食堂のおばちゃんがいた……!

なんとおばちゃんは、総料理長として王宮の厨房を指揮していた。
しかしおばちゃんはおばちゃん代理のことをおぼえていない。
いぶかしむ代理くんを国王陛下が呼び出す。
なんと彼の相棒であり、反乱においてあまたの兵士の魂を吸いまくって大罪を犯した赤猫剣が、
封印先へと護送される最中に、「食の国メンジェール」の第三王子一派によって拉致されたという。
どうやら剣は伝説の料理人「食聖ホーテイ」の魂を吸い込んでいるらしい。
「メンジェールは料理の腕で王位継承を決める。第三王子はホーテイの魂をおのが身に宿らせて優勝しようと目論んでるのだ」
しかも第三王子はエティア王国の宿敵、スメルニア帝国に後援されているという。
その動きに対抗するかのごとく第二王子に肩入れしているジャルデ陛下は、
おばちゃん代理に、危険な剣の奪還を命じるのだった……。
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2017/04/01 16:12
登場人物:

おばちゃん代理:赤毛の料理人で赤猫剣の主人。
銀枝騎士団営舎にバイトとして就職→ウサギ技師の塔の料理人→反乱軍の戦士→執行猶予付の罪人→エティア王国王宮づとめの料理人と、遍歴を重ねている。

赤猫剣:おばちゃん代理を第二十四代目の主人とし、さまざまな知恵を伝授する。本名「エク…以下忘れました」。故郷は地球。エクステルという女の子の魂と一体化している。
先日起きた反乱でエティア軍兵士の魂を大量に喰らう。
その罪により、折られて某所に封印されることが決まるも、護送中に拉致される。

牙王:黄金の狼。人型になれる。おばちゃん代理に惚れていて、暫定奥さんとなっている。魔王に操られて反乱軍戦士となった夫を救うため、神獣になった。

娘(カーリン):牙王が保護して育てていた狼少女。おばちゃん代理が面倒をみている。

銀枝騎士団:おばちゃん代理の一番初めの就職先。

うさぎ技師:不老不死の白ウサギ。自走する「ツルギ塔」に住んでいる。時計を作るのが大好き。

黒髪おじさん:うさぎ技師の師匠。特殊体質で、銀髪の美女に変化する。美女はウサギの奥さんである。

ネコメさん:ウサギ技師の弟子で刀匠。マオ族で猫の姿。現在、剣と一緒に拉致されたらしい。

ジャルデ陛下:エティア王国国王。ウサギ技師と大変仲がいい。

食堂のおばちゃん:おばちゃん代理の祖父の実姉。銀枝騎士団営舎の食堂で働いていたが、おばちゃん代理に業務を丸投げして消えた。エティア王宮の大厨房で総料理長をしていたことが判明。

ゴトフリート:調理技能で王様をきめる「食の国メンジェール」の第二王子。エティアの大厨房にて、修行中。

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2017/04/01 15:16
浅岡さま

ご高覧ありがとうございます><
まさか読んでくださるなんて感激です。
そしてあらすじひっつけるのをサボって申し訳ありません…(陳謝)Orz

これは月一回サークルの「自作小説倶楽部」から出されるお題を使って書いているもので、
連載の続きもののお話です。
2015年「自作7月 開ける名危険」が第一話となっており、
そのお話から設定・流れもろもろ引き継いでおります。
今話で二十一話目になります。(いまかぞえました@@;)

あと、のっけの語り手のフーシュさんは、この国の王様じゃなくて異国の王子さまです・・;
=「メンジェール王国第二王子殿下」
いやほんとに、今話だけお読みになると、もうなにがなんだかわけわかめだと思います。
ごめんなさいごめんなさい><(汗汗汗汗)
もしよろしければこちらにとりまとめてありますので、どうぞご一読ください。

「英国紳士は、ご主人様を鍛えねばならないのです。」
http://ncode.syosetu.com/n8034dg/


本編構成前の習作短篇として月一回書いているものですので、多視点・一人称・三人称・番外編ぽいもの等々、いろいろ試行して書いております。とはいえ一応設定共通・時系は前に進んでいます。

こちらのほうにはざっくりあらすじと登場人物紹介をつけますね。
本当に申し訳ありませんでした;ω;`
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2017/04/01 14:50
カズマサさま

ほんと家族関係は最高ですよね^^
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2017/04/01 04:14
厳しい意見かもしれませんが、てきとーに読んで下さい。

○設定が盛りだくさんでついていけない。

  設定の説明→国王との会話→娘との会話→奥さんとの会話のように流れています。ここで、設定→国王の会話のところが、知らない言葉が盛りだくさんでついていけません。イメージがわかないというか。

>我は身分を隠して、エティア王宮の大厨房でこっそり修行している」
>わが子孫は、人の腹と心を満たす料理人であれ。我が王家は、かような家訓を掲げている」

王家の家訓になっているのなら、人民の周知のとおりなのでは。なのに、こっそり修行しているのは何故なのか、と思いました。伏線なのかな。

>明日俺は、剣を取り戻しにメンジェールへ発つ。ウサギ技師とそのご伴侶どのも一緒だ。

料理人を目指す主人公が、なぜに剣を取り戻すのか。ウサギ技師とはなんだろう? ご伴侶はだれ? みたいに、新語がどんどん出てくるので、理解が追いつきません。

料理の話で通すなら、剣を取り戻しにいくのも、料理と関係していると思うんです。そこの記述がないと、追いつけないです。主人公は料理人を目指す人なのか、それとも王様の護衛をする人なのか、そこがはっきり書かれていないのでイメージが浮かばないと思います。

と、1/3を読んだだけなので、中途半端な意見ですが。よかったら参考にしてください~ ではでは~
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2017/03/31 06:43
幸せですね。




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