自作2月 鬼 「食堂のおばちゃん」 前編
- カテゴリ:自作小説
- 2017/02/28 17:58:24
忘れもしない。あれは五年前のこと。
短い夏のおわりに、両親をなくした。
父はかなりな晩婚で、俺が生まれたときには、すでに五十を越えていたらしい。心臓は丈夫だったが、脳の血管が弱っていたようだ。雪がしんしん降る夜、洗い場でたおれたままいってしまった。
母はうさぎのように、さびしくなると死んでしまう生き物だった。かなりな病弱で、俺を生んでからはずっと臥せっていたこともあって、父の死にまったく耐えられなかった。
そんなわけで父の死後、一週間もたたぬうちに、母もいってしまった。
俺が生まれたのは、人口百人の小さな寒村。村全体の農地は、あわせてもネコの額ほど。一年のほとんどは雪と氷にうもれて、育つ作物は数種類。氷をきって泉の小魚を釣るのと、トナカイ狩りでなんとかほそぼそやっている。
そんな厳しい土地柄だから、村の人口はきっかり百人からなかなかふえないでいた。そして両親がなくなり、村の人口はいっとき九十八人になった。
ところがふしぎなことに、母の葬儀の数日後に、近所に男女のふたごがうまれた。
両親が生まれ変わってこの村にもどってきたんじゃないかと、ものすごく期待したのを覚えている。 百人ぽっきりの集落なので、周りはほぼほぼ、親族。母親の看病から解放された俺は、これからは身を粉にして、村の役に立とうと意気込んでいたんだが。
『ああ、百人村からきたんだねえ』
俺は村長さんから、紹介状をもたされて村を送り出された。
ついた先は北の町の、大通りに並ぶ小さな長屋だった。
『ふうん。あんたがうちの姪っこの息子ねえ。たしかに髪は赤いけど』
そこはなんと、母の実家。その家の主は、ずんぐりむっくりしたおばちゃんだった。
おばちゃんは、俺の母方のおじいちゃんのお姉さんであるという。
母方のおじいちゃんも、おばちゃんのだんなさんもすでに他界して久しく、おばちゃんが家を継いで家長になっていた。といっても、たいした家じゃあなかったけど。
家には、おばちゃんの娘と孫のリサちゃんがいた。
『親を亡くしたから面倒見てくださいって、書いてあるけど。あんたいくつだい?』
『十八』
『あらまあ、もう大人じゃないか』
どうやら村長さんは、村の食糧事情が厳しいので、俺を追い出したかったらしい。ようするに、口減らしというやつだ。
『若い男なんて、村にとっちゃあ、いい働き手なのにねえ。その赤い髪がだめだったのかね』
容姿のせいっていうか。
父方は、あの村で何代も村人やってきた、由緒ただしい狩猟採集民。
かたや母方は代々町に住む、あかぬけた町人。
きびしい自然の中でくらす狩猟採集民からすれば、城壁に囲まれてくらしてる町人というものは、ひ弱で甘っちょろい生き物。いい人間だとは、あまり思われてない。
まあ、ひ弱っていう点は反論できない。母親が病弱なだけあって、俺も幼いころはよく寝込んだ。親に似て、生命力なしと認定されていたふしはある。さらには母親の看病のために、ずっとひきこもり同然だった。だから今まで、狩りにも農作業にも貢献できてなかった。それが致命的な理由だったんだろう。
俺は「これから」と思ってたが、あっちは「もうこれまで」だったんだ。
『でも俺、いたって健康です』
『じゃあ、さっそく明日から働いてもらおうかね』
ずんぐりむっくりおばちゃんは、にっこり。そうして俺を連れていったのだった。
おばちゃんの職場、銀枝騎士団営舎の食堂に。
『とりあえず食堂の給仕係ってことで、入れといたから。よろしくたのむよ』
職場の第一印象は、「どでかい宮殿にきちまった」だった。
これは俺が全くの田舎者だったせいだ。
騎士団営舎は、幅は家一軒分そこそこ、長さは家五軒分ぐらい。実にこぢんまりとした、箱型の建物にすぎない。お茶をいれに王都にいったとき、俺はその規模のささやかさを思い知ることになったんだが、それまでは、「まごうことなく大宮殿だ!」と思っていた。
おばちゃんに案内され入った食堂の広さに、俺は唖然呆然。
たっぷり一刻は、目を丸くして職場を見てまわってた。
高い天井。たくさんの卓と椅子。でかくて長いカウンター。
奥の厨房には、いったい鍋がいくつ並んでるんだ……
いったいおたまがいくつさがってるんだ……
なんだよあの籠、野菜たっぷり山づみじゃん。あんなに大量の食料、みたことない……
『百人収容できる食堂だよ』
おばちゃんにいわれて、俺、目を白黒。
故郷の村人全員が、ここでいっせいに食事できるとか、なにそれ! めっちゃすげえって驚いた。
食堂・厨房・食料庫・貯蔵庫を見学し、給仕の仕方を教えられ、厨房で野菜洗い……と、第一日目から仕事がもりだくさん。昼のまかないでチーズ粥をだされて有頂天になったのもつかのま、午後はひたすら包丁の特訓をされた。
下ごしらえを手伝ってもらうといわれたけれど、そこで気がつくべきだった。
俺が包丁を持たされた意味に――。
おばちゃんは厨房内をめまぐるしく動いて、いくつもの鍋とフライパンに、いくつもの料理を作っていった。すさまじい勢いで、大量にだ。両手で囲えないような、どでかいフライパンで焼かれるたまごスフレをみて、俺は怯んだ。
騎士様って、いったいどんだけいるんだと。緊張がぞわっとわいてきた。
『ほら、リズムよく! 左手は握って! 指を切るよ!』
おばちゃんは、魔法のように料理を仕上げていくかたわらで、まな板の上のにんじんと格闘する俺を叱咤。叱咤。叱咤。
『よしよし、なれてきたね』
三時休憩のころには、厨房にはごちそうがずらり。置ききれなくて、裏の食料庫にもどどんと置かれた。
これが、今日の夕飯一回分なのか、俺がこれを次々運ばにゃならんのかと、戦々恐々としていたら。
『とりあえず、一週間分は作ったからね』
『へっ?!』
『じゃあ、あとはたのんだよ』
『はい?!』
ア ト ハ タ ノ ン ダ ヨ ?!
――『食堂のおばちゃん!』
何が起こったか理解できない俺の背後。食堂から、快活な若い男の声が炸裂した。
『お迎えにあがりました!』
『ああ、まってたよ』
おばちゃん?! な、なんで顔赤くしてんの? なんでリュック背負ってんの?
なにこの、若い男。いかにも街の商人っていでたちだけど、いったいだれ?!
『ってことで、しっかりおやり』
『は? はあああああ?!』
『ああ、もし困ったら、そこの樽に話しかけるといい』
おばちゃんは武士の情けで、俺に救いの一手を授けていった。
開けるな危険、という樽を指し示したのだ。
『はあ?! なんで樽?! 樽にぐちれ?! ちょ! なんで?! なんで!?』
おばちゃんは、樽じゃなくて樽の上にある折れた剣のことを、教えてくれたんだろう。
今となっては、それだけはよくわかる。あの剣はなんだかんだいって、俺の料理の腕を格段にあげてくれた気がする。まあ、聞いただけでほいほいできる俺にも、ある程度の才能があったんだろうけど、ずいぶん助かった。
けれど。その他のことは、今もさっぱり、わからない。
俺に突然、すべてを丸投げしていったおばちゃんが。なぜに……。
「こら! にんじんの太さが均一じゃないよ!」
なぜに……。
「ひいーっ」
「泣くんじゃないよ、前菜係!」
「こ、これは玉ねぎのせいでありますうー!」
「いいわけしてる間に切る!」
「はいいい!」
なぜに……
「なんだい、パン係?」
「い、いえ!」
「種がそろそろふくらんだころだ、窯に入れな! 新しい窯の調子をよくみるんだよ!」
「はいっ!」
なぜに今、エティア王宮の厨房の料理長なんて、やってるのか。
まったくもって、わけがわからない……。
短い夏のおわりに、両親をなくした。
父はかなりな晩婚で、俺が生まれたときには、すでに五十を越えていたらしい。心臓は丈夫だったが、脳の血管が弱っていたようだ。雪がしんしん降る夜、洗い場でたおれたままいってしまった。
母はうさぎのように、さびしくなると死んでしまう生き物だった。かなりな病弱で、俺を生んでからはずっと臥せっていたこともあって、父の死にまったく耐えられなかった。
そんなわけで父の死後、一週間もたたぬうちに、母もいってしまった。
俺が生まれたのは、人口百人の小さな寒村。村全体の農地は、あわせてもネコの額ほど。一年のほとんどは雪と氷にうもれて、育つ作物は数種類。氷をきって泉の小魚を釣るのと、トナカイ狩りでなんとかほそぼそやっている。
そんな厳しい土地柄だから、村の人口はきっかり百人からなかなかふえないでいた。そして両親がなくなり、村の人口はいっとき九十八人になった。
ところがふしぎなことに、母の葬儀の数日後に、近所に男女のふたごがうまれた。
両親が生まれ変わってこの村にもどってきたんじゃないかと、ものすごく期待したのを覚えている。 百人ぽっきりの集落なので、周りはほぼほぼ、親族。母親の看病から解放された俺は、これからは身を粉にして、村の役に立とうと意気込んでいたんだが。
『ああ、百人村からきたんだねえ』
俺は村長さんから、紹介状をもたされて村を送り出された。
ついた先は北の町の、大通りに並ぶ小さな長屋だった。
『ふうん。あんたがうちの姪っこの息子ねえ。たしかに髪は赤いけど』
そこはなんと、母の実家。その家の主は、ずんぐりむっくりしたおばちゃんだった。
おばちゃんは、俺の母方のおじいちゃんのお姉さんであるという。
母方のおじいちゃんも、おばちゃんのだんなさんもすでに他界して久しく、おばちゃんが家を継いで家長になっていた。といっても、たいした家じゃあなかったけど。
家には、おばちゃんの娘と孫のリサちゃんがいた。
『親を亡くしたから面倒見てくださいって、書いてあるけど。あんたいくつだい?』
『十八』
『あらまあ、もう大人じゃないか』
どうやら村長さんは、村の食糧事情が厳しいので、俺を追い出したかったらしい。ようするに、口減らしというやつだ。
『若い男なんて、村にとっちゃあ、いい働き手なのにねえ。その赤い髪がだめだったのかね』
容姿のせいっていうか。
父方は、あの村で何代も村人やってきた、由緒ただしい狩猟採集民。
かたや母方は代々町に住む、あかぬけた町人。
きびしい自然の中でくらす狩猟採集民からすれば、城壁に囲まれてくらしてる町人というものは、ひ弱で甘っちょろい生き物。いい人間だとは、あまり思われてない。
まあ、ひ弱っていう点は反論できない。母親が病弱なだけあって、俺も幼いころはよく寝込んだ。親に似て、生命力なしと認定されていたふしはある。さらには母親の看病のために、ずっとひきこもり同然だった。だから今まで、狩りにも農作業にも貢献できてなかった。それが致命的な理由だったんだろう。
俺は「これから」と思ってたが、あっちは「もうこれまで」だったんだ。
『でも俺、いたって健康です』
『じゃあ、さっそく明日から働いてもらおうかね』
ずんぐりむっくりおばちゃんは、にっこり。そうして俺を連れていったのだった。
おばちゃんの職場、銀枝騎士団営舎の食堂に。
『とりあえず食堂の給仕係ってことで、入れといたから。よろしくたのむよ』
職場の第一印象は、「どでかい宮殿にきちまった」だった。
これは俺が全くの田舎者だったせいだ。
騎士団営舎は、幅は家一軒分そこそこ、長さは家五軒分ぐらい。実にこぢんまりとした、箱型の建物にすぎない。お茶をいれに王都にいったとき、俺はその規模のささやかさを思い知ることになったんだが、それまでは、「まごうことなく大宮殿だ!」と思っていた。
おばちゃんに案内され入った食堂の広さに、俺は唖然呆然。
たっぷり一刻は、目を丸くして職場を見てまわってた。
高い天井。たくさんの卓と椅子。でかくて長いカウンター。
奥の厨房には、いったい鍋がいくつ並んでるんだ……
いったいおたまがいくつさがってるんだ……
なんだよあの籠、野菜たっぷり山づみじゃん。あんなに大量の食料、みたことない……
『百人収容できる食堂だよ』
おばちゃんにいわれて、俺、目を白黒。
故郷の村人全員が、ここでいっせいに食事できるとか、なにそれ! めっちゃすげえって驚いた。
食堂・厨房・食料庫・貯蔵庫を見学し、給仕の仕方を教えられ、厨房で野菜洗い……と、第一日目から仕事がもりだくさん。昼のまかないでチーズ粥をだされて有頂天になったのもつかのま、午後はひたすら包丁の特訓をされた。
下ごしらえを手伝ってもらうといわれたけれど、そこで気がつくべきだった。
俺が包丁を持たされた意味に――。
おばちゃんは厨房内をめまぐるしく動いて、いくつもの鍋とフライパンに、いくつもの料理を作っていった。すさまじい勢いで、大量にだ。両手で囲えないような、どでかいフライパンで焼かれるたまごスフレをみて、俺は怯んだ。
騎士様って、いったいどんだけいるんだと。緊張がぞわっとわいてきた。
『ほら、リズムよく! 左手は握って! 指を切るよ!』
おばちゃんは、魔法のように料理を仕上げていくかたわらで、まな板の上のにんじんと格闘する俺を叱咤。叱咤。叱咤。
『よしよし、なれてきたね』
三時休憩のころには、厨房にはごちそうがずらり。置ききれなくて、裏の食料庫にもどどんと置かれた。
これが、今日の夕飯一回分なのか、俺がこれを次々運ばにゃならんのかと、戦々恐々としていたら。
『とりあえず、一週間分は作ったからね』
『へっ?!』
『じゃあ、あとはたのんだよ』
『はい?!』
ア ト ハ タ ノ ン ダ ヨ ?!
――『食堂のおばちゃん!』
何が起こったか理解できない俺の背後。食堂から、快活な若い男の声が炸裂した。
『お迎えにあがりました!』
『ああ、まってたよ』
おばちゃん?! な、なんで顔赤くしてんの? なんでリュック背負ってんの?
なにこの、若い男。いかにも街の商人っていでたちだけど、いったいだれ?!
『ってことで、しっかりおやり』
『は? はあああああ?!』
『ああ、もし困ったら、そこの樽に話しかけるといい』
おばちゃんは武士の情けで、俺に救いの一手を授けていった。
開けるな危険、という樽を指し示したのだ。
『はあ?! なんで樽?! 樽にぐちれ?! ちょ! なんで?! なんで!?』
おばちゃんは、樽じゃなくて樽の上にある折れた剣のことを、教えてくれたんだろう。
今となっては、それだけはよくわかる。あの剣はなんだかんだいって、俺の料理の腕を格段にあげてくれた気がする。まあ、聞いただけでほいほいできる俺にも、ある程度の才能があったんだろうけど、ずいぶん助かった。
けれど。その他のことは、今もさっぱり、わからない。
俺に突然、すべてを丸投げしていったおばちゃんが。なぜに……。
「こら! にんじんの太さが均一じゃないよ!」
なぜに……。
「ひいーっ」
「泣くんじゃないよ、前菜係!」
「こ、これは玉ねぎのせいでありますうー!」
「いいわけしてる間に切る!」
「はいいい!」
なぜに……
「なんだい、パン係?」
「い、いえ!」
「種がそろそろふくらんだころだ、窯に入れな! 新しい窯の調子をよくみるんだよ!」
「はいっ!」
なぜに今、エティア王宮の厨房の料理長なんて、やってるのか。
まったくもって、わけがわからない……。

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- らてぃあ
- 2017/03/04 11:44
- 悲しい生い立ちから始まるのに最後に吹き出してしまいました。
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- カズマサ
- 2017/03/01 05:30
- 初日からおばちゃんは何をやっていたのですかね。
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- 違反申告

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- かいじん
- 2017/03/01 00:06
- 初日に消えてたんですね^^
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- 違反申告