自作1月 鳥・卵 「王様のたまご」3/3
- カテゴリ:自作小説
- 2017/01/31 21:35:12
『たしかに僕は他の貴族をおとしめようと悪いことをした。その報いだということは十分に分かっている。だがしかし、食べ物がまずいということは、それだけで相当こたえるものだろ?』
『それはそうですね。私も、あのハムパンはおいしくないと思いますよ』
『なあ、配られる食事に、ちょっと手を加えてもいいよなぁ?』
『え?! ちょっとそのハムパン、どうしたんですか?』
『夜食のパンだよ。このままじゃとても食べられぬから、持ってきた。この毎度のこと出てくる味けないパンに、塩油を塗るぐらいはしてもいいんじゃないか?』
『ええっ。勝手にここの器具を使ってはいけませんよ』
「アントン・ジラールはなぁ、ほんと坊ちゃん育ちだから、かなりグルメなんだよな。しかし自分でパンをなんとかしようとしたのか。そいつは、ここで働かせる教育効果があったかもな」
「すみません陛下。本当に、止めようとしたのですが……」
『塩油はこれかな』
『ちちちちがいますよアントンさん。それはただのラードです』
『え、じゃあこれかな?』
『あんまりいじらない方が。それに塩油より乳酸たっぷりの調味油の方がいいですよ』
『そうなんだ? それってどこだ?』
『たぶんこの壷……いやだめだめだめだめ! 勝手に開けないでくださいよー! ああっ、そのへらは使わないで! その壷用のじゃありません。こっちです。でもただハムと油を使っただけでは劇的に味は変化しませんしっ』
『じゃあどうすればいい?』
『別の具材を入れればいいと思いますけど。あーっ、そこ開けないで! 息かけたら凍らせてるバターが溶けます! ああああ! もう! お、俺がします! しますから! そこから離れて!』
「もうハラハラがはんぱなくて……結局、俺が作ってしまいました」
「あはは。そうかぁ」
玉座におわす王が手に取ったハムパンをかじる。とたん、目が大きく見開かれた。
「うおおおお! うまいなぁ。からしが効いててぴりりとしてるぞ。で、このうまいパンを食っていたく感動したアントンが、次の日にもおまえに無理やり作らせて、左翼厨房の料理長に見つかったというわけなのだな」
「ええ……そうです」
「で。料理長もこいつを食べて、いたく感動したと」
「はい」
「それでレシピが正式採用になったが、おまえは異論を唱えたと」
「はい」
青年は、地下一階の厨房で改良版ハムパンを作った。しかしこの階で作られるのは、すなわち陛下や廷臣たちのための料理のみ。料理長も料理人たちもこの階の専属であり、使用人のためのものは作らない。
青年はどうか地下二階の厨房でこれを作ってもらえるように、使用人たちが食べられるようにと願った。
地下二階の厨房では毎晩、五百食の夜食、それから早い朝食が作られる。夜勤の使用人のためのもので、夜にはほとんど締められ人がいなくなる一階の厨房とは違い、二十四時間完全稼働だ。
配られる食事がまずいのは、料理人の腕以上に忙しいからにちがいない。しかしこの改良版ならば、たいした負担にならずに全食作れるだろう。
『しかしこれはうますぎる。使用人に食べさせるのはもったいない……』
『やんごとなき方々のために、もっと美味しいものを考案いたしますので! なにとぞ!』
渋る料理長に、赤毛の青年は土下座して懇願した。
『食べるものがおいしければ、みなもっともっと、仕事に励むことができますっ』
「――で? これがもっとおいしいもの、というわけか」
先ほどとは逆の方向から、副宰相が銀の盆を王に捧げ持ってくる。
「はい。今朝それが陛下の食卓に出されたことは、聞き及んでおりました」
にこにこしながら、王が銀の盆から湯気立つ瓶が載った皿を受け取る。
「卵蒸しというか、芋に卵とじというか」
「はあ、まだ名前は考案しておりませんでした」
王は瓶に銀のさじを突っ込んだ。上に乗っているのは、とろりとした半熟の卵。下には、これまたとろりとした、チーズとハーブが混ぜ込まれた白芋のパテが入っている。
「卵の味にびっくりだったのだ」
「卵は王宮直営の養鶏場産、毎朝目玉焼きにされるものと同じです」
「そうなのか? しかし味が濃いように思うんだが」
「目玉焼きはしっかり焼かれておりますが、こちらのは半熟です。だから黄身の味が濃厚に感じられるのです。それとパン窯の調子が悪いと聞いておりましたので、窯をつかわず湯せんで作れるご朝食をと、提案させていただきました」
かちんこちんになって青年が説明すると。匙を口に入れた王はほんわかうっとりと目を細めた。
「いやぁほんとこれ、実に美味くてなぁ。寝坊した朝に最高だと思った。ねっとりとろーり感がもうたまらんのだわ」
「それは大変、光栄ですっ」
「それで考案した奴の顔が見たかったんだ。ははは。やっぱりおばちゃんだったとはなぁ」
「お、おばちゃんじゃありません。おばちゃん代理です」
「あ、すまん。それでだな」
王は突然にやりとして、青年に命じた。
「おまえ今日から、地下一階厨房の料理人な」
「え? し、しかし俺は……」
「特別使用人の職務はさ、俺が自由に決めていいことになってるからさ。だからこれは王命だ。あ、ウサギの塔に住んでる狼様と娘も、こっちに呼んでいいぞ」
「ええっ? い、いいんですか?!」
「一緒に住むのが、家族ってもんだろうが?」
「へ、陛下……! ありがとうございます!」
こうして赤毛の青年は王宮の料理人となり、さっそくあくる日の早朝、地下一階の厨房に入ったのであるが。
「あれ? アントンさん?」
「僕も一階厨房に配属されました。使用人の食事の向上に貢献した功労とかなんとかで」
「よかった、罪には問われなかったんですね」
「ええ、よろしくお願いしますよ」
二人は地下一階厨房の左翼南方、パン焼き部門に配属された。窯の調子が悪いところだ。
作業にとりかかろうとすると左翼厨房の料理長がやってきて、廊下に並べという。
週はじめの朝は特別で、両翼の厨房をとりしきる総料理長が朝礼を行うのだそうだ。
(そんなことをするのか)
青年は週半ばに王宮にきたばかりなので、まさか自分が掃除していた長い廊下で料理人たちがそんな儀式をするとは知らなかった。その総料理長とは、いったいどんな人なのかも。
「パン焼き窯を職人が直すまで、卵のせ芋瓶が朝食のメインとなるよ! みんないいね!」
(え……?!)
廊下にずらり、向かい合わせに並んだ料理人たちのまんなかを、手を後ろでに組んで総料理長がつかつか歩いてくる。北から南へ、ゆっくりと。
「パン係! そういうわけだから、あんたらは白芋の処理に回りなさい!」
(えええ?!)
ずんぐりむっくりの体型。すこし腰がまがったシルエット。目の前をさっと通り、南の壁の前でくるっときびすを返したその人を見て。青年は、度肝を抜かれた。
なぜなら。
まごうことなくそれは――
かつて騎士団営舎からおき手紙ひとつで出奔した、あの。
孫ほども若い出入り商人と駆け落ちした、あの。
「お?! おばちゃんっ!?」
食堂のおばちゃん、その人であった。
「おや? おまえは……」
こうしてついにおばちゃんと再会した青年が、一体どうなってしまうのかは。
また別の、長い長い物語である。
――王様のたまご 了――
どんなシーンでも軽妙に話している感じが伝わって来ます。
お読みくださりありがとうございます。
エッグスラット、アメリカは西海岸発のメニューだそうで、一時期日本で流行った?のかしら……
レンジだと「たまごがばぐーん!破裂事件」が起こるので、加減にお気をつけください。
トマトいれたりチーズいれたり、いろいろアレンジがあるみたいです^^
料理対決楽しそうです。
おばちゃんはおそろしい腕の持ち主のようなので、今後どうなるか……汗
おばちゃん代理、おそろしくしごかれそうな気もしますw
お読みくださりありがとうございます。
満を持しての登場となりました。
いよいよ王宮でお料理編、王様のたまご、次回はひよこ・ω・?
お読みくださりありがとうございます。
前回からジェットコースター的にここまできました@@;
次はきっとめくるめくおいしんぼちっくな対決……になるんでしょうか;
お読みくださりありがとうございます。
時計のしかけ、気にいってくださりうれしいです。
料理エピソードに本格的に入っていきそうなので、
ここはやはりこのお方を出さないと……という感じです。
次回どうなるか、楽しんでくださったら幸いです^^
お読みくださりありがとうございます。
裁判、ほんとうに幸いな結果になりました。
第一話で剣が折れていたこと、おぼえていてくださりありがとうございます^^
刀身を折られたことは、本人よりも打ちなおしたネコメさんの方が
ダメージが大きいかなぁと思います;
剣自身の本体は赤い宝石なので、刀身がなくても実は平気だったりするのでありました;
お読みくださりありがとうございます。
本体は赤い宝石なので実は痛くもかゆくもないのですが、
刀身を折るのは本人よりむしろ、ネコメさんにとってきつい処分だったかもしれません;
(せっかくうちなおしたのに~)
おばちゃんは……ふつーのずんぐりむっくりおばちゃんです・ω・
でも美魔女に変化したりとかも、たのしそうですね^^
気合入れたら若がえるとか…
お読みくださりありがとうございます。
おばちゃんと青年、ほんとに平和に暮らせるといいのですががががが……
なんだかそうはならない予感がいたします^^;
エッグスラットのレシピ、ありがとうございます。
材料と手順は把握しました^^
これを出発点にいろいろと応用がききそうですね。
現代には電子レンジという文明の利器がありますので
手早く作れそうです^^
代理と本人の(感動の?)再会。
どうなっちゃうのか本当に楽しみです。
料理の腕を競う御前試合で超絶バトル勃発などと
妄想を広げています^^;
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
波乱の予想…
料理
そして…
すごい展開ですね
剣が折れた理由も判りました
そしていよいよ食堂のおばちゃんが…
ついに出会った食堂のおばちゃんは美魔女?
家族を呼び寄せる青年
そしてジェラシーした狼奥様、がぶ……いや物語がおわるぞみたいな
☆卵のせ芋瓶(エッグスラット)☆
1 ジャガイモをふかしてマッシュする。(おばちゃん代理風では、エティア特産白芋を使う)
2 マヨネーズ・塩・バター適宜で味付け。(おばちゃん代理風では、とろけるチーズを混ぜ込む)
4 ジャム瓶ぽい瓶の半分まで、味付けしたマッシュポテトを入れる。
5 卵をそっと瓶に割り入れる。
6 ふたをして、お湯を要れた鍋にとっぷり首まで漬け、湯せんする。
7 卵が半熟加減になったら取り出し、ふたをとってバジルをかけてできあがり。
瓶のままでお出しします。
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