堕落の口
- カテゴリ:自作小説
- 2016/12/30 13:45:53
傾きかけて朱を増した太陽。
夕焼けに染まる歪んだ窓ガラス。
石の階段。闇籠る踊り場。
写真で切り取られたような空間に、闇より深い黒地のスカートが翻る。
木で出来た手すりに白魚のような手が乗せられて、数段低い位置から彼女が此方を見上げている。
長い睫毛。潤を含んだ大きな瞳。
夕焼けで朱に染まる黒い髪。
鼓膜を震わす柔らかな声。
「早く。早くしないと礼拝に間に合いませんわ」
そう笑みを含んで此方を見遣る彼女に、いつも私は心臓が止まりそうになる。
眩暈がしそうな程の美貌。
彼女がこの場に居るだけで、古ぼけた踊り場は一瞬にして芸術に変わってしまう。
姿も、声も、立ち振る舞いも、全てが完璧で、そして美しい。
彼女が通れば皆頭を垂れる。
彼女に囁かれれば皆が従う。
きっと、彼女こそが、
ここを支配する神なのだ。
*
この季節になれば、日沈の後は驚くほど外気が冷たくなる。
寮から抜け出し礼拝堂の裏へと向かう私は、白い息を視界の端に止めながらひっそりと歩を進めている。
静寂が支配する夜。
大理石で出来た校舎。黒い木々。
まるで口を紡ぐかの様にそれらは何も語らない。
これから行われる事なんて、まるで意に介していないかの様に。
中庭を横切れば、礼拝堂の石壁が見えて来る。
一歩、また一歩と足を進める度にどうしようもなく足が震える。
怖い。あの先へ行くことが怖くてたまらない。
こんな風に恐るなら、軽い気持ちでアレに参加するんじゃなかった。
今更後悔してももう遅いけれど。
興味本位で少しだけ、と足を踏み入れたらそこは地獄だった。
ズブズブと体は沈み込み、もう2度と日常には戻れない。太陽の光は私達には差し込まない。
嗚呼、彼女は魔女だった。
美しい顔で邪悪を呼ぶ魔女。
美しい唇で堕落を囁く魔女。
誰もが彼女に従う。
誰もが彼女に傅く。
だからこそ、一度魅入られたら戻れない。
美しい腕。美しい指先。
潤を含んだ目と、支配する声。
礼拝堂裏で、今日もサバトが始まる。
私たちはただ、貴女に跪く。
___堕落の口
完成するのはいつになる事やら。