Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(115)

 転移先は、「奥」にあって、多少なりとも様子が解っている場所、という理由でクレメンス大公の部屋が選ばれた。…まさか、こうなることを見越した訳では無かろうが、昨夜の「酒盛り」がなかったら、転移先はもっと遠くになっていたはずだ。例えば、クリスの部屋、とか。
 だが。
 「うわっ。お酒臭ーい!」
 クリスが叫んだように、まだだいぶ酒気が残っている。寒い時期なのと侵入者を警戒したのとで、掃除はしてあっても、換気が十分でなかったためだろう。
 「ああ、…そこの青年がな、もったいない事に、大分こぼしたんでな。絨緞にいくらか染みついとるのかもしれんな」
 カウチごと移動してきた人がそう言い訳する。
 「…もったいない、とお思いになられたのでしたら、まだ中身が残っているうちに注ぎ足すのは、ご遠慮願いたかったですね」
 「責任のなすり合いはみっともないですわ。部屋の主に申し訳ない、とはお思いにならないんですの?」
 それは、考えないこともないが。
 こっちはそれどころではない。
 よく知らない場所への、こんな大荷物の転送は初めてなので、思ったよりも消耗が激しい。それに加えて、この匂いのせいで回復が覚束ない。…宿酔がぶり返しそうだ。
 「陛下、申し訳ありませんが、窓を開けてもよろしいでしょうか?」
 「そうだな、頼む。心臓が止まりそうになったら、何とかしてくれる、と言っている者もおる事だし」
 そういう言い回しではなかったような気がするが…意味は合ってる…のか?
 とにかく、換気だ。
 窓際まで体を引きずって行き、窓を開ける。
 冷たい外気に触れると、いくらか頭がはっきりする。
 本格的に室内の換気をするなら、室内に空気の流れを作らないといけないのだが。
 「アレク、ちょっとどいてもらえる?シルフを呼ぶ」
 いつの間にかクリスが後ろにいた。
 「シルフ?エアリアルじゃなくて?」
 シルフを呼び出すには、エアリアルの何倍ものコストがかかる。弱っている今の状態で呼べるのだろうか?
 「シルフの方がお悧巧だもの。一応「回避」は施してあるけど、念のために」
 クリスに窓際を譲って奥へ下がる。
 クリスの召喚のやり方は、学院で教えるものと少し趣が変わっている。喩えて言うなら、学院で教えるのは、えさを仕掛けたネズミ捕りのようだが、クリスのそれは、撒餌を撒いての魚釣りのようだ。……うーん。調子が悪いせいか、あまりいい喩えが出ない。
 とにかく、クリスは首尾よくシルフを一体召喚して、室内の換気をする事を承知させた。
 「…ところで、お聞きしたい事があるんですが」
 換気のためにシルフが室内を回り始めたところで、クリスが父親に詰め寄った。
 「今回が初めてではないでしょう?少なくとも、冬至祭の前に…準備してる間に、一回はお倒れになってる。…違いますか?」
 「…だとしたら、どうだと?」
 「なぜ、私には黙ってたんです?アレクは知っていたみたいなのに」
 「それは、心配してくれている、と思っていいのだな?」
 「当たり前でしょう」
 「心配はありがたいが…だからといって、ゲオルギアを名乗ろうとは思わんのだろう?そなたは」
 クリスが言葉に詰まる。
 「…ゲオルギアでなければ、心配する権利もない、とおっしゃるんですか?」
 「そうは言っておらん。だが、…いずれ帰ってしまう、と言っている者に、後事は頼めまい?」
 「後事、って…そんな事、言わないでくださいまし」
 父親の傍らに跪くクリス。
 「あのば…「龍」が、父上に手出しをできないようにすれば…」
 「ソフィアがそなたに対してやったように、か?そうして、今度はそなたが代わりに身を削る、と?…だめだ。そんなことは、到底許可できない」
 「…では、せめて、クレメンス大公を叩き起しに行く許可をください。あのまま放置しているだけでは、百年経っても目を覚ましそうにありません」
 クリスが食い下がる。「龍」に対して、何らかの対処をしないと、…このままでは、ゲオルギア家は、滅ぶ。より正確にいえば、眠ったままのクレメンス大公を残して、「金瞳」をもつ者は一人もいなくなる。
 「放置、している訳ではないがな。起こせる当てはあるのか?」
 「…腹案は、いくつか」
 「それは頼もしい事だが…相手は聞く耳を持たぬのだろう?」
 「消耗を覚悟の上で、時間をかければ。…いえ、聞いてもらえるまで、粘ります。…祖母の支援が得られるのならば、ですが」
 …祖母?国境の、「森」にいるという?
 「祖母君の、了解は取ってあるのか?」
 「ですから、もしも、了解が得られれば、です。…ここへ来る前、手に負えないようならば、泣きつきに戻って来い、とは言われましたが…ここまで出張ってきてくれるかどうか。…今の時期ならば、祖母が「森」を離れても、影響は少ない、と思いますけど」
 「そこの青年は、当てにならぬか?」
 ずっと俯いていたクリスが、顔を上げてこちらを見る。

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