Nicotto Town



機霊戦記 9話 グングニル(前編)

僕が生まれて初めて目にしたもの。
 それはきらきら輝く、黄金《オーロ》の光――。

 廷臣や親衛隊の騎士たちは、普通の人間は、生まれた時のことなどそうそう覚えておりません、と言う。
 人間は、赤子という形でこの世に生まれる。
 その赤子はとても弱弱しく、一人で歩くことも食べることもできず、記憶など容易に蓄積できないものなのだそうだ。
 でも僕は。そんな脆弱なものとしては、生まれ出なかった。
 
『陛下は生まれた直後から、一人でお歩きになれました』
『言葉も流暢に喋られて』
『さすがは、帝国の現人神。我々とは違います』

 廷臣たちは、そう誉めそやす。

『陛下は、生まれながらに皇帝機に選ばれた方』
『努力せねば戦乙女の機霊を得られぬ我々とは、違います』

 親衛隊の騎士たちも然り。
 そうだろう。僕は他の者とは違う。
 僕は、皇帝。
 「特殊」で、「特別」。
 生まれて初めてまぶたを開いた時のことを、僕はしっかり覚えている。
 あの時から。この身の丈はほとんど変わっていない。
 僕は、生まれながらに完全だった。

『お目覚めになられましたか、我が主』

 まばゆい黄金《オーロ》の光の中。左肩に現れた少女は金髪のツインテールをふわりと揺らし、僕に微笑んできたのだ。 
 日輪のアルゲントラウムは、すでにわが背に埋まっていた。
 
『ご誕生、おめでとうございます』

 普通の人間たちは、生まれた時は全くの無知。家庭教師や学校などで知識や技を学ばねばならぬ。
 だが僕は、そんなことをする必要はなかった。
 言葉も一般常識も。
 この島都市と赤い大陸の歴史も。帝国の仕組みも。
 必要な情報はすべて、生まれながらに持って生まれた。
 だって僕は、完全なる者だから。
 ゆえに僕はその時驚きもせず、流暢な帝国語で金髪の少女に答えた。
 にっこりと微笑を浮かべて。

『ありがとう』

 なのになんだ? このピンクのスカートをはいた赤毛少年は。

――『いやいやいやいや、お飾りの人形だろ?』

 嘘だ……!
 みんな、僕の前にひれ伏すのに。誰よりも特別だと褒めるのに。
 僕はちゃんとアルの言う通りにして、帝国に君臨している。
 五十代一千年。
 今まで四十九人の皇帝たちと共に生きてきた、アルゲントラウム。
 彼女が、僕にすべてを教えてくれる。
 皇帝は、どうするべきかを。

『陛下は、人間と同じものを食べてはいけません』

 特に大陸《ユミル》産のものは避けるべし。
 皇帝たる者の食事も、やはり特別なものだ。
 食卓に供されるのは、白いアムリタと白いパン。この二種類だけ。
 だからシング技師に供されたパンは食すふりをして衣のポケットにねじこんだ。
 あの甘い泥水だけは……においに抗えず飲んでしまったが。
 
『陛下が外に出られるお時間は、一日一刻までです』

 自然光の下に出るのは極力避けるべし。神なる者の肌に、自然光は甚だ悪影響を及ぼす。長く浴びれば、神性が損なわれる。

『陛下は、普通の人間と同じようであってはいけないのです』

 普通の人間のようにふるまうと、僕の『特別さ』が失われる。 
 
『政は、廷臣たちに。戦は、騎士たちに委ねられますよう』

 わざわざ僕自らが、出て行く必要はない。僕は皆を見守るだけでよいと、アルは言う。
 普通の人間は、おのが遺伝子のもととなり、生み出した者に育てられる。
 でも、僕にそんなものは必要ない。
 たしかに、廷臣たちが見せてくれた帝国民の現状報告映像を見て、そんなものがいたらいいなと思ったことはある。
 幸せそうに幼子を抱いている母親。子供たちと楽しげに遊ぶ父親。
 一度、同じものが手に入らないだろうかと、アルに聞いてみたら。
 ぎゅっと手を握られ、即答された。

『陛下には、私がおります』

 にっこり、微笑まれながら。
 
『私は、陛下の守護者。陛下の教育者。陛下の母。陛下の恋人。陛下にとって、ありとあらゆるもの』

 誕生の棺から目覚めて五年。僕らはずっと一緒だった。
 たぶん、死ぬまで僕らは離れないだろう。
 僕とアルゲントラウム。輝ける皇帝と、その守護者。
 そう。
 僕は、特別だ。
 だから……
 
『人形だろ?』

 黙れ赤毛。違う。絶対違う。
 違う。
 違う。
 違う――


 僕は、特別、なんだ――!!


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2016/10/13 22:24
特別ですか、ちょっと困りましたね・・・。




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