自作6月 夏至・恋人 ソートアイガス(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/06/30 06:57:36
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キン キン キン キン
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床――。
「いけず」
朝起きて開口一番ウサギに会うなり、俺はそう言ってしまった。
「えっ、ちょっ、なんなの料理長」
「いくら奥さんが亡くなって悲しいからって、かわいい女の子が作ったご飯をひと口も食べないとか、何ですかその鬼畜っぷりは。というか、今の奥さんは後妻さん? あの銀の髪の人、一体どこにいるんですか? ここに就職してからまだ一度も姿を……」
いまさらお説教とか勘弁してといわれたが、本当はウサギをさかたんぼりにつるして皮をひんむいてさばいてやりたいぐらい、なんかムカついちゃったので、仕方ない。
赤猫はあの不自由な手で一体何度、このウサギにご飯を作ってやったと思ってるんだ。
金髪のマエストロの言葉じゃないが、愚かすぎる。
あのチーズのシチュー、絶対おいしいぞ。
見た目は素朴だけど匂いからしてもう、食欲をそそられた。
匂い……そんなところまでリアルな夢だ。
それにしても、大丈夫なんだろうか。赤猫は血を吐いていたような気がする。
まさかあのまま短い命を散らしたんじゃないだろうか……
「ひい! なんなのこのニンジンキャセロール。ま、マジからい! でもうまい! ひいい!」
料理人の恨みを思い知れ、くそウサギ!
俺はその晩高速で皿洗いを済ませ、早めに寝床に入った。
かわいい娘に絵本を読んでやる、美しい半狼人を眺めながら――。
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「お店」の人たちは、あの薬を飲んだら三十までは生きられないとまことしやかに噂していた。
体は十代のままになるけれど、内臓はぼろぼろになると。
たしかにもう、私はそんなにもたないのだろう。
マエストロは旦那様に何も確かめないで私を買った。
きっと今は、だまされたと思っているはず。割に合わない買い物をしたと。
その証拠に。
血を吐いて倒れてしまってから、マエストロは私とろくに喋ってくれなくなった。ほとんど寝ないで、工房にこもりきりだ。
どうしよう。ひどい損を、させてしまった……。
なんとか起き上がれるようになったので、厨房でご飯を作った。
でも工房に行って呼んでも、マエストロは振り向いてくれない。
背を向けて、一心不乱に金槌を打っている。
「くそ。こんなにぼろぼろになって……」
泣きながら、打っている……。
それはひとふりの古い剣で、無残にへし折れてしまっていた。
あれはマエストロが建国の英雄に与えた古い古い、伝説の剣。
つい最近、建国の英雄スイール様が、異国の地であの剣とともに亡くなった。エティアの王様が異国お王様に懇願して、その遺体を返してもらい、国葬にしたという。
マエストロはその弔いの儀式に参列して、あの折れた剣を抱えて帰ってきた。ぼろぼろ涙をこぼしながら。
『剣をこんなにするなんて……』
ご主人様に打ち込めるものができて、私はホッとした。
たぶん私への怒りは忘れてもらえる。
でも。どうやって償ったらいいんだろう……。
「ばかな子が、まだこっちを見てる。仕事にならない」
突然。マエストロが振り向いて、刺すような口調で責めてきた。
私は両手で口を抑えて泣き声を殺した。喉の奥から、熱くて赤いものがこみあげてくる……。
「世話が焼ける」
マエストロがこちらにやってきて、私を支えてくれた。
しがみつく私の手には、力が入らない。私の手から漏れ落ちた血が、戸口にこぼれている。
工房の中には落ちていないみたいでホッとする。神聖な仕事場を汚すわけにはいかないもの。
「時間がない……」
顔をゆがめてぼやくマエストロに、私は願った。
「おねがいですマエストロ……ごはん、食べてください」
もう三日、マエストロはひと口も食べていない。とても心配でたまらない。
「どうか、すこしでいいですから。戸口まで、もってきますから」
「仕事場では食べない。そういつも言ってるだろ。僕は大丈夫だから」
「でも……」
「黙れ」
マエストロは私を廊下の壁に押しつけて、乱暴に口づけてきた。
錆びた鉄の味がするのに。自分の口も真っ赤になるのに。全然気にせずに。
頬から目じりまで、マエストロは私の涙のしずくを唇で拾ってなぞっていく。
「美味しい……」
私の涙は塩辛いのに。メニスみたいに甘くないのに。
「あ……マエストロ……や……だ……」
衣の肩口を引っ張られてあらわになった首筋を優しく噛まれて、私はびくりとした。
「黙れ。こうされたかったんだろ。だから工房の戸口にはりついてたんだろ」
「ちが……ちがっ……ごはん……ごはん、食べてくださ……」
「ああ、食べるよ。君を」
「あうっ」
だめ。だめ。とけちゃう。とけちゃう……。
「死なせない」
マエストロがぎゅう、と抱きしめてきて、囁いてくる。
「絶対、死なせない」
ああ。ほんとうに。そんな奇跡が起こったらいいのに。
私は。
いつまでも永遠に、この人のために涙を流したい。
いつまでも永遠に、この人のためにごはんを作りたい。
でも私は、もう働けない。お嫁さんには、なれない。
夏至の日に、父に売られてしまったから。
ぐるぐる回る踊りの輪には、入れなかったから。
「死なせない」
ごめんなさい……ごめんなさい……
あなたは、損をしたと思っているはず。
もとがとれなかったと、感じているはず。
あなたが「お店」で旦那様に私を買い取ると仰ったとき。私が本当のことをお話しすればよかった。
でも私は、そうすることができなかった。
あのお店から出たいと、願ったから。
だまして、本当にごめんなさい。ごめんなさい……
マエストロ……
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キン キン キン キン
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床――。
「お? おい、料理長大丈夫か? 鼻に何つめてんの?」
「綿」
「え? もしかして鼻血?」
「きかないで……」
口の周りをタラコのように腫らしたウサギが、心配げに厨房にいる俺を覗き込んでくる。
いや、大丈夫だ。たとえ鼻血がとまらなくても、ここの食事は俺が責任もってちゃんと作る。
体調は、悪くない。ああでも、涙はだらだら出てきて止まらないし、体はうずうずするし。鼻血は噴き出すし。
いやなんていうか、受身の感覚を感じるのは初めてで、正直どうしたらいいかわからない。
うう、手が震える。フライパンで焼いてる卵クーヘン焦がしそう。
いや。いや。気をしっかり保て、俺。
食べさせることが仕事である料理人たるもの、自分が食われたぐらいで動揺してたらいけない。
金髪少年ががつがつ食欲旺盛すぎるとか、おかわり五杯もしたとか、露ほども思いだしちゃいけない。
す、スルーだ。スルー。大体アレは夢だ。ゆ……
「パパ、大丈夫? 焦げてる!」
うあああああああ! 一瞬気が遠くなってたっ。カーリン感謝!
ほんと最近、厨房を手伝ってくれる娘はしっかりしてきた。朝のクーヘンの半分は、この子が焼いてくれる。
……今夜寝るのはとても恐ろしい。
またあんな事態になるのは恥ずかしい。
どうしよう。目覚ましジュースでも飲んで、眠らないようにしようか……
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床――。
「いけず」
朝起きて開口一番ウサギに会うなり、俺はそう言ってしまった。
「えっ、ちょっ、なんなの料理長」
「いくら奥さんが亡くなって悲しいからって、かわいい女の子が作ったご飯をひと口も食べないとか、何ですかその鬼畜っぷりは。というか、今の奥さんは後妻さん? あの銀の髪の人、一体どこにいるんですか? ここに就職してからまだ一度も姿を……」
「あーえーそれはー、いろいろあってだなー、普段はここにいないっていうかー」
いまさらお説教とか勘弁してといわれたが、本当はウサギをさかたんぼりにつるして皮をひんむいてさばいてやりたいぐらい、なんかムカついちゃったので、仕方ない。
赤猫はあの不自由な手で一体何度、このウサギにご飯を作ってやったと思ってるんだ。
金髪のマエストロの言葉じゃないが、愚かすぎる。
あのチーズのシチュー、絶対おいしいぞ。
見た目は素朴だけど匂いからしてもう、食欲をそそられた。
匂い……そんなところまでリアルな夢だ。
それにしても、大丈夫なんだろうか。赤猫は血を吐いていたような気がする。
まさかあのまま短い命を散らしたんじゃないだろうか……
「ひい! なんなのこのニンジンキャセロール。ま、マジからい! でもうまい! ひいい!」
料理人の恨みを思い知れ、くそウサギ!
俺はその晩高速で皿洗いを済ませ、早めに寝床に入った。
かわいい娘に絵本を読んでやる、美しい半狼人を眺めながら――。
01010101010101010101010101
01010101010101010101010101
「お店」の人たちは、あの薬を飲んだら三十までは生きられないとまことしやかに噂していた。
体は十代のままになるけれど、内臓はぼろぼろになると。
たしかにもう、私はそんなにもたないのだろう。
マエストロは旦那様に何も確かめないで私を買った。
きっと今は、だまされたと思っているはず。割に合わない買い物をしたと。
その証拠に。
血を吐いて倒れてしまってから、マエストロは私とろくに喋ってくれなくなった。ほとんど寝ないで、工房にこもりきりだ。
どうしよう。ひどい損を、させてしまった……。
なんとか起き上がれるようになったので、厨房でご飯を作った。
でも工房に行って呼んでも、マエストロは振り向いてくれない。
背を向けて、一心不乱に金槌を打っている。
「くそ。こんなにぼろぼろになって……」
泣きながら、打っている……。
それはひとふりの古い剣で、無残にへし折れてしまっていた。
あれはマエストロが建国の英雄に与えた古い古い、伝説の剣。
つい最近、建国の英雄スイール様が、異国の地であの剣とともに亡くなった。エティアの王様が異国お王様に懇願して、その遺体を返してもらい、国葬にしたという。
マエストロはその弔いの儀式に参列して、あの折れた剣を抱えて帰ってきた。ぼろぼろ涙をこぼしながら。
『剣をこんなにするなんて……』
ご主人様に打ち込めるものができて、私はホッとした。
たぶん私への怒りは忘れてもらえる。
でも。どうやって償ったらいいんだろう……。
「ばかな子が、まだこっちを見てる。仕事にならない」
突然。マエストロが振り向いて、刺すような口調で責めてきた。
私は両手で口を抑えて泣き声を殺した。喉の奥から、熱くて赤いものがこみあげてくる……。
「世話が焼ける」
マエストロがこちらにやってきて、私を支えてくれた。
しがみつく私の手には、力が入らない。私の手から漏れ落ちた血が、戸口にこぼれている。
工房の中には落ちていないみたいでホッとする。神聖な仕事場を汚すわけにはいかないもの。
「時間がない……」
顔をゆがめてぼやくマエストロに、私は願った。
「おねがいですマエストロ……ごはん、食べてください」
もう三日、マエストロはひと口も食べていない。とても心配でたまらない。
「どうか、すこしでいいですから。戸口まで、もってきますから」
「仕事場では食べない。そういつも言ってるだろ。僕は大丈夫だから」
「でも……」
「黙れ」
マエストロは私を廊下の壁に押しつけて、乱暴に口づけてきた。
錆びた鉄の味がするのに。自分の口も真っ赤になるのに。全然気にせずに。
頬から目じりまで、マエストロは私の涙のしずくを唇で拾ってなぞっていく。
「美味しい……」
私の涙は塩辛いのに。メニスみたいに甘くないのに。
「あ……マエストロ……や……だ……」
衣の肩口を引っ張られてあらわになった首筋を優しく噛まれて、私はびくりとした。
「黙れ。こうされたかったんだろ。だから工房の戸口にはりついてたんだろ」
「ちが……ちがっ……ごはん……ごはん、食べてくださ……」
「ああ、食べるよ。君を」
「あうっ」
だめ。だめ。とけちゃう。とけちゃう……。
「死なせない」
マエストロがぎゅう、と抱きしめてきて、囁いてくる。
「絶対、死なせない」
ああ。ほんとうに。そんな奇跡が起こったらいいのに。
私は。
いつまでも永遠に、この人のために涙を流したい。
いつまでも永遠に、この人のためにごはんを作りたい。
でも私は、もう働けない。お嫁さんには、なれない。
夏至の日に、父に売られてしまったから。
ぐるぐる回る踊りの輪には、入れなかったから。
「死なせない」
ごめんなさい……ごめんなさい……
あなたは、損をしたと思っているはず。
もとがとれなかったと、感じているはず。
あなたが「お店」で旦那様に私を買い取ると仰ったとき。私が本当のことをお話しすればよかった。
でも私は、そうすることができなかった。
あのお店から出たいと、願ったから。
だまして、本当にごめんなさい。ごめんなさい……
マエストロ……
01010101010101010101010101
01010101010101010101010101
キン キン キン キン
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床――。
「お? おい、料理長大丈夫か? 鼻に何つめてんの?」
「綿」
「え? もしかして鼻血?」
「きかないで……」
口の周りをタラコのように腫らしたウサギが、心配げに厨房にいる俺を覗き込んでくる。
いや、大丈夫だ。たとえ鼻血がとまらなくても、ここの食事は俺が責任もってちゃんと作る。
体調は、悪くない。ああでも、涙はだらだら出てきて止まらないし、体はうずうずするし。鼻血は噴き出すし。
いやなんていうか、受身の感覚を感じるのは初めてで、正直どうしたらいいかわからない。
うう、手が震える。フライパンで焼いてる卵クーヘン焦がしそう。
いや。いや。気をしっかり保て、俺。
食べさせることが仕事である料理人たるもの、自分が食われたぐらいで動揺してたらいけない。
金髪少年ががつがつ食欲旺盛すぎるとか、おかわり五杯もしたとか、露ほども思いだしちゃいけない。
す、スルーだ。スルー。大体アレは夢だ。ゆ……
「パパ、大丈夫? 焦げてる!」
うあああああああ! 一瞬気が遠くなってたっ。カーリン感謝!
ほんと最近、厨房を手伝ってくれる娘はしっかりしてきた。朝のクーヘンの半分は、この子が焼いてくれる。
……今夜寝るのはとても恐ろしい。
またあんな事態になるのは恥ずかしい。
どうしよう。目覚ましジュースでも飲んで、眠らないようにしようか……
およみくださり、ありがとうございます><
エクスはかなりしんどい過去をもっていましたし。
ソートくんは感情を表すのが苦手というか、
そっち方面ではすごく不器用なので、もうなんとも……;
およみくださり、ありがとうございます><
おばちゃん代理はもう、災難としかいいようが……w
剣とおばちゃん代理はふだん精神波で会話しているのですが、
剣の方がおばちゃん代理の脳波に波長を合わせているようです。
そのチャンネルが、つなぎっぱなしのままだったようですね;
再起動のコンフリクトで、エクスの記憶が漏れ出しちゃったんだと思います。
コップの水が表面張力失って、ちょろっとこぼれちゃうみたいな。
もれたのが一万一千年のオリジナルの方じゃなくてよかったです;
(代々のご主人さまを語るながーい身の上話が、別サイトにありますw)
およみくださり、ありがとうございます><
本当のことだから、まさしくそうですよね。
実際の体験の追体験だから、
においも触感もちゃんと再生されるのでしょう。
マエストロと赤猫さんの物語、ウサギの塔編^^
ペペさんの物語では見ることのできなかった
赤猫さんの記憶が、料理長の夢へ投影されて
鮮やかに再現されていきます^^
マエストロの重要なセリフ「死なせない」
料理長の夢も最大の山場に向かっているようです^^
楽しいお話をありがとうございます♪
それが本当の事でしたからね。