自作6月 夏至・恋人 ソートアイガス(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/06/30 06:28:32
「ソートアイガス ――創砥式7305――」
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キン キン キン キン
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床。
「エクステルぅ?」
この塔に夢の中の女の子が来ていることが分かって、朝起きた俺は真っ青。
さっそく工房で灰色技師のウサギに聞いてみたが、どうも反応が鈍い。
「金髪少年が買いとってここにつれてきた? あー……それって俺の一番始めの弟子のことだな」
なんだかものすごく微妙な顔。
「ってことは、赤猫ちゃんのことかね? 今から百年ぐらい前の話だわ」
赤猫……たしかにあの女の子の呼び名はそうだ。一世紀も前のことなのか。
「たしか、うちの妖精たちと同じ赤毛の娘だったな。そういえば、剣の中に……」
「え?」
「うんまあ、だからそうなるんだな」
ぼりぼり頭をかくウサギは、言葉を濁した。
夢の続きをみたら事情が分かるだろうと言われ、あとは説明なし。
なんだかとても言いにくい感じだった。
今日もまた眠ったら、あの子の夢を見るのだろうか。
どうか幸せになっていてくれ――。
その夜俺はそう願いながら、寝台にわが身を横たえた。
かわいい娘と、娘に寄り添ってすやすや眠る、金の狼を眺めながら。
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その少年は、偉大な鍛冶師。『大鍛冶師マエストロ』と呼ばれて大陸中の人々に尊敬されている。
でも、住んでいる処は誰も知らない。
私も、この塔がどこにあるのかわからない。
マエストロはエティア王国を建てた英雄たちの、大いなる力を秘めた武器を作ったそうだ。
それからあの赤毛の女の子たちもそう。マエストロが培養液を入れたカプセルで作ったという。
たった一人の女の人の命のもとを使っているから、女の子たちはみんな姉妹。みんな同じ顔。
私よりとても美しい子たち……。
マエストロはどうして、私を買い取ってくれたのだろう?
メニスの子を買った方がよかったんじゃないかと思う。
あのお姫様のような子たちだったら、ここの赤毛の子たちよりも、きれいだもの。
どうして?
どうして?
わからない……
マエストロは寝台でずっと寄り添ってくれて、まるで恋人みたいに頭を撫でてくれたり、口づけしたりしてくれる。
でもまさか本当に、お嫁さんにしようとは思っていないはず。
お金で買ったぼろぼろの娘なんて。
「赤い髪、好きだ」
「はい?」
「いい色だよね。炉の炎みたいで」
寝台の上で片肘で頬を支えて、マエストロが私に笑いかける。
なんてまぶしい笑顔なんだろう。
「マエストロの髪の方が、きれいです。太陽の光のよう」
「……ありがと」
あ。口づけ……。
どうして?
どうして?
……もしかしたら。
マエストロは私のことを、本当に永遠の少女だと誤解しているのかもしれない。
私を研究したくて、買いとったんじゃないだろうか。
でも私はまがいもの。
薬を飲まされて、体は子供のまま。その内臓はもう……
なんだかとても申し訳なくて、なんでもいいから役に立ちたくなった。
マエストロに頼んだら、厨房で働くように言われた。
塔の食料庫には食材がなんでもそろっていた。
パンにお米に麦にトウモロコシ。牛や羊のお肉。十種類以上の魚。それ以上の種類の、チーズ。お野菜も、お酒もいっぱい。いっぱい。
母に最後に食べさせてもらった、チーズのシチューを作ってみたら。
「おいしい! おいしいよこれ。すごいね」
マエストロに、ものすごく喜ばれた。
「香りキノコをほんの少し入れてるの」
「へええ。隠し味か」
おかわりしてくれて、なんだかとても嬉しい。
――「おじいちゃん、今日もだめ」「ずっとご飯食べないなんて心配ね」
塔のてっぺんから降りてきた赤毛の子たちが、残念そうに食堂に入ってくる。
マエストロのお師匠様は、奥さんを亡くしてからずっと臥せったまま。
ご飯をろくに食べてくれないらしい。
「ピピ師のことは気にしないで」
マエストロはそう仰ったけれど。
私は心配になって、お鍋からほかほかのシチューをよそって持って行ってみた。
塔のてっぺんにいたのは、けだるく寝床の中に沈み込んでいるウサギさんだった。
「ごめん、食欲ないから……って君だれよ?」
ウサギさんは赤い目でまじまじと私を見てきた。こいつはだれだ? と首をかしげながら。
「赤猫です。マエストロに、買われました」
「ふうん?」
それから何度か、私は作ったご飯をウサギさんに持っていった。
でもウサギさんは、一度も食べてくれなかった。置いて行ったお皿はいつも手付かずのまま。
ウサギさんは正直なんだろうか? 匂いからして私の料理はだめなのかも。
マエストロは優しいから、おいしくなくても食べてくれるのかも……。
そう思っていたある日。
「おいしいの作れなくて……すみません」
ウサギさんの部屋から手付かずのシチューを下げたら、くらっとめまいがして転んでしまった。
お皿が割れる。床にシチューが飛び散る……
「だっ、大丈夫?!」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ!」
ウサギさんが心配して飛び出てきてくれて。皿の破片をかき集める私の手を見て、びくりとした。
「あの、こんな手で、ごはんを毎回……作ってくれてたの?」
「あ……」
私の指は両手とも、何本か欠けている。足の指もない。
「お店」にいたとき、手足の肉といっしょに、切られてしまったから。
わかってる。人に見せられる体じゃない。
本当はここにいる資格も……
「だ、だれかほかの人……ごはん作ってくれる人雇ってくださるように、マエストロにお願いします。わた、私のは、きたないから」
「え……」
「マエストロのも、ほんとはちゃんとした人が作った方が……その方が……」
「あの、ご、誤解だよ。俺、君が作ったもんが嫌なんじゃなくってほんとに食欲が――」
ウサギさんがおろおろ困っている。
どうしよう。ごめんなさい。ごめんなさ……
――「エクステル! なにしてる!」
涙であたりが見えなくなったとき。階下からマエストロが駆けあがってきた。
「ピピ様にはやらなくていいって言っただろ」
肩を上下させてはあはあ言って。首にナプキンを垂らして右手にぎっちりスプーンを握っている。食堂から、全速力で昇ってきたみたい。
「ご、ごめんなさいマエストロ、で、でも……いたっ」
あわてて片付けようとしたら、お皿の破片で指を切ってしまった。
「僕のエクス!」
とたんにマエストロは血相を変えて、私の手首をものすごい勢いで握ったと思いきや。
ちゅくっとケガした指を口に含んだ。その本数が足りないことなんて、まったくお構いなしに。
「ばかな子……」
「マエストロあの……ふあ!」
え? なにこれ。抱っこされた。お姫様のように。
うそ。うそ……
「おいで。すぐに治療しようね」
「あ、あの。あの……」
「ピピ様は無視していいから。君のご飯を食べないなんて、愚かすぎる。にんじんでも投げ込んでおけばいい」
あ。口づけ……。私が作った、チーズのシチューの味がする。
ああ。胸が熱い。
なんだか胸がいっぱいだから? ち……違う。
これは。これは――
「……エクステル!」
私の喉の奥から、熱いものがこみあげてあふれてきた。
真っ赤な、血が。

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- かいじん
- 2016/07/03 20:37
- 剣に様々な記憶が込められているんですね。
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- カズマサ
- 2016/06/30 06:38
- 好きだから買ったのかも知れませんね。
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