自作6月 夏至・恋人 エクステル(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/06/29 23:22:10
どうして布に血がついていたのか。
女将がなぜ旦那様と言い争っていたのか。
薬を飲んで「お店」で働くようになって、ほどなく分かった。
私が飲んでいる薬は、体の成長を止めるもの。
旦那様は大人になれなった私を、「お店」に来た人にこう宣伝した。
『永遠の少女。不死のメニス』
メニスはほとんど老いない種族。「お店」では混血の子を二人抱えている。
でも本物で貴重なその子たちは、お姫様のようにとても大事にされていた。
大陸法典で、庇護されなければいけない生き物だと定められているからだ。
だから彼女たちのお客さんは吟味されつくして週に一度だけ。どの人も、やんごとなき人たちばかり。
「決して傷つけることのなきようお願いいたします。涙の一粒で十分、寒露の効力がございますので」
旦那様はそう愛想笑いをする裏で、とても恐ろしいことをしていた。
私のような二束三文の人間の娘を「メニス」にして。お金を出した人に、好きにさせる……。
薬のせいでぼうっとしている私は、涙を流せと、何度も殴られたり、蹴られたりした。
手足を傷つけられて、血をとられた。
ギラリと光る刃物で、肉をこそげとられたり。髪を切られたりもした。
なぜなら。
メニスは不死の体を持っている。
その血を飲めば。その肉を食べれば。不死になるといわれているから――。
「お前本当にメニスなのか?」
「あんまり血が甘くないなぁ」
「でも体臭はすごく甘ったるいぜ」
一体何人の人に、傷つけられたのだろう。
痛いはずなのに。血がどくどく流れているのに。
薬のせいで頭がぼうっとして。ぜんぜん、抵抗できなかった。
悲鳴さえ。
出すことが。
でき。
なく……て……。
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キン キン キン キン
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床。
「どうですかネコメさん」
「うーん。この赤鋼玉に異常はなさそうだけれど。これはルファの目と同じものだね」
「ルファの目?」
夢を見た翌朝、俺はネコメさんがいる工房へ駆け込んだ。
なんだか夢で見た自分――女の子の感覚がとても生々しすぎて、これは何か実際に起こったことじゃないかと思ったからだ。
つまり剣の精神波が、俺に変な情報……いや、記録を流し込んでいるんじゃないかと。
推測したとおり、剣に嵌っている赤鋼玉には、膨大な情報が詰め込めるのだという。
「それが漏れてきているんでしょうかねえ。でも壊れている、というわけではなさそうです」
「はぁ。そうなんですか」
昼に娘と牙王と一緒に夏至祭りに行ってみた。
広場に入ったら、背の高い夏至柱が立っていて、周囲は黒山の人だかり。
夢で見た柱よりも立派で大きく、つけられている花も見事で感心しきりだったが、夢の中の女の子が気になってぞくりとした。
あの女の子。
かつて本当にいたのだとしたら、どうなったんだろう……。
屋台で仕入れた果物を大量に買い込んで、夏至のごちそうはジャガイモクーヘンとベリージュレ、それから低地魚のから揚げを作った。
赤毛の女の子たちも銀枝騎士団員も大喜び。狼たち用に作った特大腸詰めも大好評。
俺の主人であるウサギにニンジンジュレをつけてやったら、ウサギはでれぇと溶けていた。
「柱の周りで踊ってきたか?」
ウサギが聞いてきたので、そうしたと答えると。
「うへへー。あそこで一緒に踊った男女は、将来結婚するっていわれてんだぜー」
ウサギはにやにや。俺は真っ赤になっていまだ狼姿の牙王を見やった。
いやほんとに、そうなるといいんだけど……。
カーリンと一緒に厨房で皿を洗って片付けてて自室に戻ったら、見回りから帰ってきた牙王がたちまち麗しいディーネの姿になった。
「パパ! ママ!」
なんだかんだいって、俺たち家族は幸せだ。
夢の中のあの女の子は……こんな幸せはとてもつかめそうにない。
寝台に立てかけた剣は、いまだだんまりだけど。
今夜も、夢を送ってくるのだろうか――
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「あ……ここは……?」
ある日目覚めたらそこは、いつもの場所ではなかった。
ずっと閉じ込められていた、窓の無い牢獄のような部屋とは違って、円窓がいっぱいあって、とても明るい部屋。
私はふかふかのベッドの上にいた。手足にはぎっちり包帯を巻かれていて、とても薬くさい。
周りは本がいっぱい。地球儀みたいなものもいっぱい。金属の動物がそこかしこにいる。
ウサギにネズミ。犬に猫。それから小鳥。棚に目玉のような宝石がいっぱい並んでいて一瞬どきりとした。
寝台の上できょろきょろしていたら、赤い髪の女の子が蜂蜜やパンや果物を持ってきてくれた。
ここは、塔の中だという。
お父様が階下にいるから、会って欲しいと言われた。
ふわふわ焼きたてのパンはとてもおいしい。今まで食べたことのない味。ほんのり甘くて、口の中でさっと溶ける。
どうやら歩けるようなので、赤毛の女の子に「お父様」のところに案内してもらった。
途中で幾人も、赤毛の女の子たちと行き交った。みんな同じような顔。みんな姉妹なのだそうだ。
「ここです。工房なんですよ」
そこに見えたのは、真っ赤に燃える炉。金属の棒や塊。美しい剣や槍。
そして。金槌をふるう少年の背中。
この人が? 赤毛の女の子のお父さん? まだ子供のように見えるけれど?
「ああ、起きた? ずいぶんうなされてるようだって、僕の娘たちが言ってたけど」
少年がくるりと振り向く。澄んだ青い目が私を射抜いた。
「あの……ここって……」
「ごめん。眠っている間に連れてきちゃった」
「えっ……」
金槌を置いて、少年がにっこりしながら近づいてくる。
うろたえながら、記憶の糸をたぐる。
ああ……そうだ。
確かこの人は、「お店」に来たお客さん。
「永遠の少女」の私を一晩買った。
他の客のように血をとるために傷つけてきたり、手足の肉を削ってきたりしないから、私はとても嬉しかった。でも頭が重くて、ろくに話もできなくて。
ずっと、抱っこされていたような気がする。
朝になったとたん、この人は旦那様の言い値で私を買い取ってしまった……
「お店」にいる本物のメニスの子をひとり、囲える値段で。
私はすごくびっくりして。気が遠くなって。それから――
ああ、記憶がない。
きっと倒れたのだろう。
気を失ったまま、ここに運ばれてきたようだ。
「この塔って……一体? 何を作っているの、ですか?」
「ここはひそみの塔。どこにあるか、場所はちょっと言えないな。世間から隠してるから。今作っているのは、王冠だよ。ピピ師が開発した、時間流を止める膜を応用してる」
なんだか……すごいものを作っているみたい。
ピピ師というのは、塔のてっぺんに住んでいるお師匠様。
技師でウサギだという。
「ピピ師のことは気にしなくていい。赤毛の子たちが世話するからね」
それにしても。なんてきれいな少年なんだろう。金の髪がきらきら光って見える。
「ねえ赤猫。呼び名じゃなくてほんとの名前はなんていうの? 教えて」
私の両手を優しく握って少年が聞いてくる。
うろたえながらも、私は答えた。この人が、私の新しい主人。私の持ち主だから。
「……エクステル」
およみくださり、ありがとうございます。
再起動時間かかっていますね;
魂が複数入っているせいでしょうか;
オリジナルコピー、エクステル、それからもうひとり……
ちょっとコンフリクトが起きているのかもしれません。
ネコメさんがたぶん更新ファイルをつっこんだので、
その読み込みインストールにも、時間がかかっているのかも^^
およみくださり、ありがとうございます。
はい。まさしく運命の転機。
ここで捕まってしまいました><
お読みくださりありがとうございます。
ウサギの奥さんを覚えててくださって、うれしいです!
どうも普通の人ではないみたいです><
およみくださり、ありがとうございます。
実際の記憶、そのようですね^^
宝石の中に魂がそっくりそのまま……のようです。
赤毛の青年の夢の形をした、赤猫さんの物語^^
ペペさんのお話でも少し出てきた赤猫さんの記憶・・・
それは剣の記憶。
刀身も新たになって、剣は再起動中なのでしょう。
時間がかかっているのは剣の持つ歴史・記憶の再展開の量が
膨大だからですかねぇ^^;
赤毛の子の「お父様」とエクステルさん、
熱く切ない恋人です^^
楽しいお話をありがとうございます♪
どういう役割になるのだろう
あとでまた続きを読んでみますね