Nicotto Town



自作6月 夏至・恋人 エクステル(後編)


 どうして布に血がついていたのか。
 女将がなぜ旦那様と言い争っていたのか。
 薬を飲んで「お店」で働くようになって、ほどなく分かった。
 私が飲んでいる薬は、体の成長を止めるもの。
 旦那様は大人になれなった私を、「お店」に来た人にこう宣伝した。  

『永遠の少女。不死のメニス』

 メニスはほとんど老いない種族。「お店」では混血の子を二人抱えている。
 でも本物で貴重なその子たちは、お姫様のようにとても大事にされていた。
 大陸法典で、庇護されなければいけない生き物だと定められているからだ。
 だから彼女たちのお客さんは吟味されつくして週に一度だけ。どの人も、やんごとなき人たちばかり。

「決して傷つけることのなきようお願いいたします。涙の一粒で十分、寒露の効力がございますので」

 旦那様はそう愛想笑いをする裏で、とても恐ろしいことをしていた。
 私のような二束三文の人間の娘を「メニス」にして。お金を出した人に、好きにさせる……。
 薬のせいでぼうっとしている私は、涙を流せと、何度も殴られたり、蹴られたりした。
 手足を傷つけられて、血をとられた。
 ギラリと光る刃物で、肉をこそげとられたり。髪を切られたりもした。
 なぜなら。
 メニスは不死の体を持っている。
 その血を飲めば。その肉を食べれば。不死になるといわれているから――。

「お前本当にメニスなのか?」
「あんまり血が甘くないなぁ」
「でも体臭はすごく甘ったるいぜ」

 一体何人の人に、傷つけられたのだろう。
 痛いはずなのに。血がどくどく流れているのに。
 薬のせいで頭がぼうっとして。ぜんぜん、抵抗できなかった。
 悲鳴さえ。
 出すことが。
 でき。
 なく……て……。


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 キン キン キン キン

 打つ。打つ。赤い光。

 キン キン キン キン

 打つ。打つ。金の床。

「どうですかネコメさん」
「うーん。この赤鋼玉に異常はなさそうだけれど。これはルファの目と同じものだね」
「ルファの目?」

 夢を見た翌朝、俺はネコメさんがいる工房へ駆け込んだ。
 なんだか夢で見た自分――女の子の感覚がとても生々しすぎて、これは何か実際に起こったことじゃないかと思ったからだ。
 つまり剣の精神波が、俺に変な情報……いや、記録を流し込んでいるんじゃないかと。
 推測したとおり、剣に嵌っている赤鋼玉には、膨大な情報が詰め込めるのだという。

「それが漏れてきているんでしょうかねえ。でも壊れている、というわけではなさそうです」
「はぁ。そうなんですか」

 昼に娘と牙王と一緒に夏至祭りに行ってみた。
 広場に入ったら、背の高い夏至柱が立っていて、周囲は黒山の人だかり。
 夢で見た柱よりも立派で大きく、つけられている花も見事で感心しきりだったが、夢の中の女の子が気になってぞくりとした。
 あの女の子。
 かつて本当にいたのだとしたら、どうなったんだろう……。
 屋台で仕入れた果物を大量に買い込んで、夏至のごちそうはジャガイモクーヘンとベリージュレ、それから低地魚のから揚げを作った。
 赤毛の女の子たちも銀枝騎士団員も大喜び。狼たち用に作った特大腸詰めも大好評。
 俺の主人であるウサギにニンジンジュレをつけてやったら、ウサギはでれぇと溶けていた。

「柱の周りで踊ってきたか?」

 ウサギが聞いてきたので、そうしたと答えると。

「うへへー。あそこで一緒に踊った男女は、将来結婚するっていわれてんだぜー」 

 ウサギはにやにや。俺は真っ赤になっていまだ狼姿の牙王を見やった。
 いやほんとに、そうなるといいんだけど……。
 カーリンと一緒に厨房で皿を洗って片付けてて自室に戻ったら、見回りから帰ってきた牙王がたちまち麗しいディーネの姿になった。

「パパ! ママ!」

 なんだかんだいって、俺たち家族は幸せだ。
 夢の中のあの女の子は……こんな幸せはとてもつかめそうにない。
 寝台に立てかけた剣は、いまだだんまりだけど。
 今夜も、夢を送ってくるのだろうか―― 

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「あ……ここは……?」

 ある日目覚めたらそこは、いつもの場所ではなかった。
 ずっと閉じ込められていた、窓の無い牢獄のような部屋とは違って、円窓がいっぱいあって、とても明るい部屋。
 私はふかふかのベッドの上にいた。手足にはぎっちり包帯を巻かれていて、とても薬くさい。
 周りは本がいっぱい。地球儀みたいなものもいっぱい。金属の動物がそこかしこにいる。
 ウサギにネズミ。犬に猫。それから小鳥。棚に目玉のような宝石がいっぱい並んでいて一瞬どきりとした。
 寝台の上できょろきょろしていたら、赤い髪の女の子が蜂蜜やパンや果物を持ってきてくれた。
 ここは、塔の中だという。
 お父様が階下にいるから、会って欲しいと言われた。
 ふわふわ焼きたてのパンはとてもおいしい。今まで食べたことのない味。ほんのり甘くて、口の中でさっと溶ける。
 どうやら歩けるようなので、赤毛の女の子に「お父様」のところに案内してもらった。
 途中で幾人も、赤毛の女の子たちと行き交った。みんな同じような顔。みんな姉妹なのだそうだ。

「ここです。工房なんですよ」

 そこに見えたのは、真っ赤に燃える炉。金属の棒や塊。美しい剣や槍。
 そして。金槌をふるう少年の背中。
 この人が? 赤毛の女の子のお父さん? まだ子供のように見えるけれど?

「ああ、起きた? ずいぶんうなされてるようだって、僕の娘たちが言ってたけど」

 少年がくるりと振り向く。澄んだ青い目が私を射抜いた。

「あの……ここって……」
「ごめん。眠っている間に連れてきちゃった」
「えっ……」

 金槌を置いて、少年がにっこりしながら近づいてくる。
 うろたえながら、記憶の糸をたぐる。
 ああ……そうだ。
 確かこの人は、「お店」に来たお客さん。
「永遠の少女」の私を一晩買った。 
 他の客のように血をとるために傷つけてきたり、手足の肉を削ってきたりしないから、私はとても嬉しかった。でも頭が重くて、ろくに話もできなくて。
 ずっと、抱っこされていたような気がする。
 朝になったとたん、この人は旦那様の言い値で私を買い取ってしまった……
 「お店」にいる本物のメニスの子をひとり、囲える値段で。
 私はすごくびっくりして。気が遠くなって。それから――
 ああ、記憶がない。
 きっと倒れたのだろう。
 気を失ったまま、ここに運ばれてきたようだ。

「この塔って……一体? 何を作っているの、ですか?」
「ここはひそみの塔。どこにあるか、場所はちょっと言えないな。世間から隠してるから。今作っているのは、王冠だよ。ピピ師が開発した、時間流を止める膜を応用してる」

 なんだか……すごいものを作っているみたい。
 ピピ師というのは、塔のてっぺんに住んでいるお師匠様。
 技師でウサギだという。

「ピピ師のことは気にしなくていい。赤毛の子たちが世話するからね」

 それにしても。なんてきれいな少年なんだろう。金の髪がきらきら光って見える。

「ねえ赤猫。呼び名じゃなくてほんとの名前はなんていうの? 教えて」

 私の両手を優しく握って少年が聞いてくる。
 うろたえながらも、私は答えた。この人が、私の新しい主人。私の持ち主だから。




「……エクステル」



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2016/07/13 11:38
よいとらさま

およみくださり、ありがとうございます。
再起動時間かかっていますね;
魂が複数入っているせいでしょうか;
オリジナルコピー、エクステル、それからもうひとり……
ちょっとコンフリクトが起きているのかもしれません。
ネコメさんがたぶん更新ファイルをつっこんだので、
その読み込みインストールにも、時間がかかっているのかも^^
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2016/07/13 11:35
かいじんさま

およみくださり、ありがとうございます。
はい。まさしく運命の転機。
ここで捕まってしまいました><
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2016/07/13 11:33
E.Greyさま

お読みくださりありがとうございます。
ウサギの奥さんを覚えててくださって、うれしいです!
どうも普通の人ではないみたいです><
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2016/07/13 11:32
カズマサさま

およみくださり、ありがとうございます。
実際の記憶、そのようですね^^
宝石の中に魂がそっくりそのまま……のようです。
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2016/07/02 11:22
おはようございます♪

赤毛の青年の夢の形をした、赤猫さんの物語^^
ペペさんのお話でも少し出てきた赤猫さんの記憶・・・
それは剣の記憶。

刀身も新たになって、剣は再起動中なのでしょう。
時間がかかっているのは剣の持つ歴史・記憶の再展開の量が
膨大だからですかねぇ^^;

赤毛の子の「お父様」とエクステルさん、
熱く切ない恋人です^^

楽しいお話をありがとうございます♪
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2016/07/01 21:56
転機が訪れたんですね。
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2016/06/30 19:57
前に出てきた塔の女の人
どういう役割になるのだろう
あとでまた続きを読んでみますね

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2016/06/29 23:42
実際に起きた出来事を夢で見たのかも知れませんね。




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