自作1月/ 夜明けのふくろう(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/31 20:20:35
『牙王さんも心配してますよ。まぶた半分下がってますよ?』
「いや、寝るわけにはいかないよ」
赤毛の青年の声がする。
「カーリンを救うためにひと月以上もの間、国王陛下に仕える騎士団を森の中に足止めしてるんだから。日頃の感謝の気持ちをこめたい」
『でも舟漕いでますよ、わが主』
「う」
(なんだあいつは眠いのか。軟弱だのう)
ふくろうはくつくつ笑って小屋の窓辺に飛び寄った。窓からちらと、小屋の中を見る。
(なんだあれは)
とたんに、ふくろうはごくりと息を呑んだ。
もったり黄色いクリームのごとき巨大な山の上に、色鮮やかな栗がいくつも飾りつけられている。それはあたかも山にそびえる美しい城の形に造形されていた。栗のひとつひとつに掘り込まれているのは、なんとも細かで優美な花模様。城山のふもとには緑豊かな香草が敷き詰められて、草地のごとし。なんと細い橙色ニンジンでつくられた人々や動物がたむろっているではないか。その造形の細やかさといったら、目の玉が飛び出るほど精緻であった。
草地にはミニチュアの木が立っているが、これもすべて食べられるもので作られているようだ。小さな赤い木の実が宝石のごとくたわわに実っている。
草地の色が黄金色に変わっている部分は、畑を模しているのであろうか。ニンジン人形が小さな編み籠を抱え、なにかをまいている仕種で立たされている。そのまん前に、今まさになんともおいしそうな色合いと匂いの黄金色のゼラチンが流し込まれていた。
(池か!)
池の中に落とし込まれていくのは、ゆでた木の実を削られてできた緻密な魚たち。ニンジン人形がその岸辺で、槍の穂先のような形をした細長い果物をふりあげている。あれはここいらに住むコウモリたちが好物にしているものだ。ニンジン人形が今にも魚を仕留めようという見事な様相が、そこには具現されていた。
「うう。眠い。目がぼうっとしてきた。も、もう少しなのに」
『眠気ざましのスースー草があればいいんですけどねえ』
「ああ、ちょうど切らしちゃってたな。うっかりしてた……でもあれ、川向こうにしか生えてないから取りにいっても間にあわな……」
『あらあら、しっかりしなさい』
(こいつは一体なんというものを作るのだ。あと少しというのはどこがどうなるのか。み、見たいぞ。見たいぞ!)
ふくろうは迷わずバッと小屋から飛び立ち、あっという間に川向こうへ行き着いた。ぎらりと金の目を光らせ、草をにらむ。
眠気ざましの草というのは? ああ、あれだな。腹を下した時に一度食べたことがある――。
ふくろうは狙い違わずその草をつかみ取り、きこりの小屋へと戻って窓から投げ入れた。
『あら? わが主』
変な声がよろこんで青年を起こす。
『ごらんなさい。スースー草ですよ。不思議なこともあるものです。窓から飛び込んできました』
(さあ楽しみだ。とても楽しみだ)
ふくろうは樫の木に戻り、ほくそ笑んだ。
明日はきっとあの見事な金色の城下町が、いかつい男たちに供されるのだろう。そこでどこがどう完成したのか見てやろう。
(楽しみだ。とても楽しみだ!)
「うほおおおお!」
「うまい! うまい!」
「これすごいっすねおばちゃん代理」
「ちょ……ま……、も、もう少しじっくりながめてから……」
「でもこのきんとん、甘味ぐあいが最高っすよ、おばちゃん代理!」
「焼き栗香ばしいなぁ」「ほくほくですね。勝ち栗って勝利祈願だよね」
「うんうん。アロワにんじんは、150歳まで生きたアロワばあさんが品種改良したニンジンだよな」
「ああ、だから長寿祈願なんすね」
「ちょ……ま……、ひ、ひと口で……」
「いやごめん、うますぎて手がとまんないわ。城壁、出世魚のパイでできてるのかぁ。すごいなおばちゃん代理」
「この鈴なりの木の実って、たしか子沢山祈願の縁起ものすよねえ」
(な、なんだ?!)
目前の喧騒にふくろうはハッと目を覚ました。しまった、とわが目をばちばち何度もしばたきうろたえる。しののめの空がもう頬染めるのを止めて、真っ青になっている。
(なんと、寝過ごしてしまったか?!)
目の前のひらけた処に、いかつい銀鎧の男たちが何十人と群がっている。赤毛の青年がハハハと苦笑しながら頬をかいている。困っているようでいて、しかし嬉しそうだ。
(ま、待て! 待ってくれ! 見せてくれ!)
ふくろうはわたわた慌てた。しかし群がる男たちに阻まれて、あの見事な城もそのふもとも少しも見えない。まったく隙間が無い。あっという間にあの美しい城は崩されているようで、男たちの腹の中へと収まっているのか、くっちゃくっちゃものすごい食べっぷりの音だけが聞こえてくる。
(なっ……! なんという、こと、だ)
きゅう、ことり。
ふくろうは樫の木から落ちた。
寝過ごしてしまうとはなんたる失態。前日の昼に、装置の変な音で起こされたのが悪かったのだろう。
(ああ、気になる。とても気になる。あれからあと、一体何が加えられたのだっ)
しばらくして大満足の男たちが離れていくと、後に残ったのは緑の香草がほんのひと握り。つわものどもが夢のあと。美しく見事な城の面影はなく、きれいさっぱり何にも残っていなかった。
(ああ。ああ……)
「よし! 作業開始だ!」「結界増幅装置、がんばって増設しましょう!」
ふくろうが悔しさに地団駄踏んでいると。えいえいおーと気合を入れる男たちのそばをすっと通り抜け、赤毛の青年が樫の木のそばにやってきた。なんとその手にはかわいらしいネズミが載っている。何かの食べ物で作られているようだ。
「どこのふくろうかはわからないけど。俺の剣が、スースー草を投げ込んでくれたのは絶対ふくろうだっていうから……」
とつぶやきつつ、青年は大きな樫の木の洞にそのネズミをそっと入れた。
「ここ、ふくろうの巣のひとつだよな。ここの奴かどうかは知らんけど。ありがとうってことで置いてくよ」
(なんと私に?!)
青年が木から離れると、ふくろうはパッと洞の中に飛び込んだ。やはりネズミは食べられるもので作られていた。なんと肉入りのパイだ。それはなんとも香ばしく。そして。
(うまい! うまい! うまいぞおおっ!)
ふくろうは舌鼓を打った。昨夜食べたネズミよりも、それは何倍も何十倍も何百倍も、おいしいごちそうであった。
(なんと美味か。あっぱれだ。祝福あれ赤毛の青年!)
こうしてふくろうが大満足で腹を満たすかたわらで、北方銀枝騎士団は必死に装置を増設し、三日三晩ペダルをこぎまくり、ついにはすさまじく真っ白い見事な大結界を生み出すに至るのであるが。
それはまた別の、長い長い物語である。
――夜明けのふくろう・了――
ご高覧・コメントありがとうございます><
ふくろうさんの期待感に同調していただけてうれしいです^^!
騎士団話はあくまでも明るく楽しく……そしてほろりとしたものが書けるといいなぁと思います。
フクロウさん視点に同調して「何やってるんだろう??」と好奇心をあおられました。
ご高覧ありがとうございます><
おいしくて栄養たっぷりですーノωノ*
気持ちもこもってるのでなおおいしい^^
ご高覧ありがとうございます><
おばちゃん代理のスキル値は一作目の「あけるな危険」時点でかなりのレベルです。
どうやってこの域に達したか、剣がなぜ主人に選んだのか、
お話のもともとの始まりの部分をいつか書ければと思います^^
ご高覧ありがとうございます。
長く引っ張っている話の本題ですが、たぶん次回には救出されるのではと思います。
いまは短編連作形式ですが、話数がたまってきましたので、さてこれをどうひとつにまとめるか……
一人称で書くか三人称でいくか、群像劇でいくか、いろいろ迷ってしまいます^^
ご高覧ありがとうございます><
仰るとおり、たぶんミントやその系統の草なのだと思います^^
私もこの世界での縁起物の食べ物をいろいろ想像するのが楽しかったです。
御節の縁起物を調べて参考にしましたが、かち栗、よろこぶのこんぶなど、
井戸の埋めてよし(梅と葦)に通じる祈り・願いの形は大変興味深いものでした。
日本以外のお正月料理はどんなだろうと、好奇心もわいています^^
ご高覧ありがとうございます><
はじめは第三者視点だったのですが、
童話調にふくろうさん視点で書いてみました^^
しかし剣はめざといです^^
ご高覧ありがとうございます><
特大結界を作り出せそうなので、希望がもてますよね。
しかし心の闇が取り払えるかどうか、
精神というものは不思議で難しいものだなぁと思います。
あたしも食べてみたいにゃん^^
おばちゃん代理の料理の腕が凄すぎです。
いつ王家に連行されてもおかしくないですねぃ^^;
増設なった装置、やる気と元気の塊になった騎士団。
奇跡でもなんでも起こせそうです♪
活躍を楽しみにしています^^
美味しそうでありまた綺麗な箱庭のような御馳走が目に浮かびます
職人技でふくろうさんならずとも私もみてみたいと思いました
☆「お城と城下町のピエスモンテ」
ピエスモンテとは=いくつかの菓子を高く積み重ねて作るディスプレイ用の装飾菓子。
宴会、結婚、イベント、パーティ用に作られます。
・お城→くりきんとん(勝ち栗。栗の皮をむくことを「かちる」といい、勝ちと結びついた)
・城壁→出世魚のパイ(出世。たぶんブリみたいに大人になると呼び名がかわる川魚)
・緑の香草→(五穀豊穣。畑にまくとほんとうに豊作になるごまめ的な薬草)
・アロワニンジンの人や動物→(長寿。由来は本編にある通り)
・木になっている赤い木の実→(子宝。フィルというらしい)
・ゼラチン池の岸辺→(金運。中にお肉と黒豆が入っている。黒豆が金運を呼ぶという。これでネズミもつくった模様)
・ニンジン人形がもってる槍→(豊漁・豊猟。スピアフルーツという木の実)