Nicotto Town



自作1月/自転車 夜明けのふくろう(前編)

 ふおー

 ふぃー

 ふあー

 森の中に、不可思議な調べが響き渡る。

 ねぼけまなこのふくろうは、その不思議な音色に起こされた。

(なんだなんだ?) 

 いまだ空は青く、暗き夜ではない。まだ眠っていなければならぬ刻であるのに、なんだか外が騒がしい。

 一体どこの大鳥が騒音を撒き散らしているのか。

 ふおー

 ふいー

 ふあー

(ええいうるさい。眠れない)

 ふくろうは眠たい目をこすりながらよたよた巣穴から外に出た。森の賢者たるもの、ひとこと騒音の主に文句をいってやらねばと思ったのである。眠気で重たい翼をばさりと広げ、ふくろうは騒音の出所へと飛んだ。

(まったくけしからん。本当にけしからん。)

 樫の木にとまれば。 

「ひいふう」「ほうふう」「ふうふう」

 すぐ目の前で、いかつい銀鎧の人間どもが、鉄輪が二つ連なる金属の乗り物に乗り、必死にペダルを漕いでいるのが見えた。

「ひいふう」「ほうふう」「ふうふう」

 その数、ずらりと十人。そばで眼鏡をかけた人が懐中時計を見ながら時間を計っている。

「はい! 十分たちました。交代してくださいっ」

 眼鏡の人の厳しい声に、ずらり居並んで金属の鉄輪装置でペダルを踏んでいる男たちが、どへえとくたびれ次々と地にたおれた。

(なんだなんだ? 何をしておるのだ)

 ふくろうはくりっ、くりっ、と首を傾げた。当たりはまだ昼、まばゆすぎて視界が白く焼けている。

 十台の鉄輪が一列に並ぶ装置の前には十本の管が繋げられており、その先に金属の筒が連なる大きな装置が置いてある。いつだったか洞窟の中で見たことがある、林立する石英の結晶のかたまりのような形だ。

 いかつい銀鎧の騎士たちがペダルを漕ぐと、その幾本もの鉄の管から、さきほどのふおー、という変な音が出るらしい。

(こんな音を出して一体何のつもりか)

 ふくろうはフガフガクルクル文句を言ったが、人間というものは馬鹿であるので、彼の賢い鳴き声などその耳にはついぞ届かない。しかして音が出る鉄の管のまん前にあるものを見るなり、怒れるふくろうはびくりと固まった。

(なんだあれは。あの黒くて丸い塊は)

 おののきがふわふわの羽を逆立てる。

 不気味なものがそこにはあった。闇夜を吸い込んだように黒い球体。その中には。

 膝を抱えて縮こまる、ひとりの少女――。

 

  

 

  

「どうですか、騎士団長?」

 ふくろうは心ざわつきながらも球体の前にいる者どもに視線を戻した。

 赤毛の青年が心配げに銀鎧の男たちに様子を伺っている。両手いっぱいにほかほか炊き立てのドド豆が入った鍋を抱えており、料理の調理途中であるようだ。

「あかーん」

 鉄輪装置からどへえと降りてきたいかつい男が、地に大の字になって音を上げる。

「対結界震動装置もまったくきかーん。相当に硬いぞあれは」

 うらめしげな視線の先には、真っ黒い球体。

「この装置を設置するまで、北方銀枝騎士団は中にこもっている少女を救い出すべく、ありとあらゆる方法を試してきたが」

「ですね。ひと通り悪魔祓いを試して。伝説の武器なるものをエティアの国王陛下から借りてきて斬りつけて。異国の退魔護符もありとあらゆる種類のものをとっかえひっかえはりつけましたね。名だたる大神官を呼んで祈祷をさせてもみました」 

「しかし黒い球体はびくともせず、だ」

「ですよねえ……困ったもんです」

(あの黒く丸い不気味なものを消そうとしているのか?)

 ふくろうはクルクル首を回した。

 赤毛の青年のまわりには狼たちがうろうろしている。なんと犬のように馴れている。銀鎧の者たちも、当たり前のように狼の頭を撫でている。なんとも不思議な集団だ。

「陛下が、失われた灰色の技を継承しているという技師を紹介してくれたのはよかったんだがなぁ。強力な結界を消すには同等の力の結界をぶつけて対消滅させるといいっていわれて、設計図もらったろ? その通りに対結界震動装置をここでトテカンと作り上げたはいいんだが。球体と同じ結界力が出ない。要するに出力が足りん」

「まさか騎士十人分の人力、十分交代で二十四時間操業しても追いつかぬほどの固さとはね」

 騎士団長と呼ばれた人の隣に真面目そうな硬い顔の人がやってきて、額の汗をぬぐいながら呻く。

「鉄輪を倍の二十台にするか、副団長」

「そうですね。それがだめだったら三十台に」

 副団長と呼ばれた人がうなずく。

 人力では限界がある。鉄輪だけでなく狼たちも協力できるよう、コンベアー式の装置も作ろう。その場にいる銀鎧の男たちと赤毛の青年はそう話し合っていた。

「お手数かけてすみませんね。増設作業に入る前に、力をつけてください」

「お、こいつは」    

 赤毛の青年がほくほく湯気立てる銅色のスープを差し出す。

 なんとよい匂いだと、ふくろうは目を細めた。銀鎧の男たちがほう、と安らかな息をついている。

「ドド豆汁か~」「もうそんな日なんだ。一年ってあっという間だな」

「本来なら、明日が新年おめでとうなんだよな」

「おばちゃん代理、こいつが出てきたということは……」 

「作ってますよ。だから今日は、手抜きのドド豆汁です」

「おおおおう」「やったー!」

 騎士たちの顔が喜びと期待に輝く。

「エティアの旧い暦では、いまの大陸神聖暦の三月ニ十五日が正月でしたからね」

「そうそう。おばちゃん代理、お前の村でもあれだろ、古い年始の日に、七種類の特別なお祝い料理を食べるんだろ?」

「ええ。ド辺境ですけどちゃんと作ってましたよ。だから二十四日は忙しいので、超カンタンにドド豆パンとドド豆汁でしのいでましたね」

「しかしここでアロワにんじんなんて手に入るのか?」

「大丈夫です。手に入りにくいのは出世魚ぐらいですかね。でもにんじんも魚もメルカトさんが手配して取り寄せてくださいました。明日にはお出しできるようがんばります」

「おおおお」「楽しみだなぁ」

 赤毛の青年はそれから夜通し、森の中の小さな小屋でグツグツコトコト何か作業をしていた。そこはきこりが住まっていたところだが、老いて亡くなり久しく空き家となっていたはず。いつのまにやら、赤毛の青年と銀鎧の騎士たちが寝床としているらしい。

 ふくろうがさっと飛び立ち、小さなネズミを取って腹を満たして戻ってきても、青年はトントンシュルシュル音をたてて、ずっと作業していた。

 甘い匂い。すっぱい匂い。香ばしい匂い。

 なんともいろんな匂いがしてきて、ふくろうはくらっとめまいを覚えた。

(一体何を作っているのやら)

 

――『大丈夫ですか? 無理しないでもう眠ってはどうです?』


 くらくらする頭をぶるんと一回転させると。奇妙な声が小屋から聞こえてきた。

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2016/02/06 22:10
決壊の周りを必死で自転車こぐ騎士さんたちを想像すると笑ってしまいますw
アバター
2016/02/01 21:58
この後結界は破れるのでしょうか?
アバター
2016/01/31 20:02
少女が出て来ましたのかな?




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