Nicotto Town



アスパシオンの弟子82 焼成(後編)

 この護国将軍との同盟締結を経たのち。俺たちはメキドの王宮にて、アイテリオンとの交渉を開始した。交渉中は大陸同盟の監察官がつきっきりで耳をそばだてていたので、兄弟子さまも俺も必要なこと以外はだんまり。
 アイテリオンは即座に反応してきて、一週間後に封印された魔人たちと灰色のアミーケを、大湖マリオティスの真ん中にある古城で交換することとあいなった。
 引き渡される魔人は俺、俺の面倒をよく見てくれたカルエリカさん、それからマルメドカくんの三人。
 アイテリオンは会戦で封じられた五人と俺の六人全員を要求してきたが、アミーケひとりを贖うのにその人数は多すぎるだろう、と兄弟子様が強硬につっぱねた。
 一週間後の交渉に備え、俺たちはそれまでにそれぞれやるべきことを成した。
 ヴィオと我が師は、喧嘩しあいながらポチ2号に入っているウサギの世話を。
 兄弟子様は、アフマルたちが厳重に国外に隠している魔人の棺のもとへ行き、棺を開いて魔人二人にオリハルコンの心臓を植えつけ、アイテリオンの呪縛から解放した。棺の中で眠らせたままで、だ。
 俺は単身、東の離宮にいるトルナート陛下とサクラコさんのもとへ赴いた。
 両陛下は厳重な警備のもと離宮に軟禁状態であったので、俺はウサギの姿でこっそり侵入しなければならなかった。
 しかし白亜のその宮はかつて戦火で焼けた王宮よりも格段に立派で、焦げ跡も崩れているところなども少しも無い。そして頼もしいことにケイドーンの巨人傭兵団がそっくり移ってきていた。
 サクラコさんが何ぴとも入れぬと目を光らせている執務室。そこで密書を書いていた陛下は、窓に貼り付いているウサギな俺を見つけて筆をひたと止め、すぐに中に入れてくれた。

「アスワド!?」
「トル……! 大丈夫か? 無事か?」
「大丈夫だよ。幸いまだ、王統廃止の動議は出ていないからね。メキド解放戦線の人たちを通して、貴族たちと連絡を取り合ってる。エティアや他の国々に働きかけてくれるよう頼んでるところだ」

 さすがのトルナート陛下は、やはりへこたれてなどいなかった。地方貴族たちに武装蜂起など起こさぬようにと呼びかけ、大陸諸国に密書を書きまくっていた。大陸同盟はアイテリオンの意のまま。しかしこっそりあまたの国に取引や援助をもちかければ、メキドから監察団を引くよう訴える動議に賛同票が出ると読んだのだ。

「それにしても君はアスワド……じゃないみたいだね。もしかして……『おじい』って呼ぶべき?」

 陛下は、ウサギの俺を愛しげに抱き上げ、しげしげと眺めた。

「傀儡の王になりかけたのを逃れ、晴れて名実共にメキドの王となった時。僕はメキド解放戦線の妖精たちから、メキド王にのみ伝えられるという機密を聞いた。この国には不死の守護神がいると。その人は『おじい』と呼ばれていて、しかもウサギに変じることができるという。でも革命のときに僕の命を助けてくれたものの、天の方舟に封じられているんだと。そして昨日……妖精たちが嬉しそうに伝えにきてくれた。『おじい』は、方舟から帰還してメキドに入ったって。君が……そうなんだね?」
「ただのウサギだよ」

 俺はぽそりと、少年王の腕の中で呻いた。

「トルの足を引っ張った、馬鹿なウサギ」
「『おじい』は……樹海王朝以前からいると聞いている。つまり君は時間をさかのぼったんだね? そしてずっとメキドの地を守ってきてくれた。『おじい』は新しく王が即位したら必ず、継承祝いの祝福の言葉をくださると聞いたけど……もしかして、それを言いに来てくれたのかな?」

 うん。そのつもりだった。
 でも俺の口から出たのは……。

「……俺がファイカで失敗しなかったら……ごめん……ごめん……!」
「この世界の時間軸はたったひとつだと聞いた事がある。未来から干渉しても、過去を変えることはできないと。もし君が時の泉に放り込まれなかったら、たぶんチェルリの王統はできなかったし、僕は生まれてこなかったはずだ。なのにどうして君を責められる? 君は、僕らの生みの親だというのに」

 やばい。やっぱり涙出てきた……。
 俺、この瞬間をずっと期待してた。ずっと何百年もこの時を夢見てた。トルナート陛下に再会して、許しの言葉を聞く時を……。
 陛下はニッコリ微笑んでウサギの俺を抱きしめてくれた。

「ありがとうウサギのペペ。大好きだ」




 トルはガルジューナを貸すと申し出てくれたが、俺は固辞した。トルとメキドを守るために緑の蛇は必要不可欠だ。万が一俺の作戦が失敗し、ヒアキントスの肝いりの蒼鹿家や連合軍が攻めてくるような事態にでもなったら、緑の蛇に護国を頼るしかない。だからそのまま離宮近くの地下道に置いてもらった。
 トルに絶対無事に戻ると約束し、俺はそれから妖精たちが隠し持っている鉄の竜で天の島へ飛んだ。
 俺がずっと住んでいた八番島ではなく。三番島へと。

「アイダさん。俺、ついに自分で作る時が来ちまった」

 ソートくんがかつてやって来て作業したであろう三番島作業所。そこで唯一、義眼に付加できる機能。
 それは、魂を吸い込む破壊の目。
 俺は七日七晩徹夜して、赤い義眼を焼成した。そういえば俺が作った、時間停止機能がある義眼。あれは……レモンがそのまま持っているんだろうか。あとで確認しよう。俺が嵌めてたものも、トルのために修理しよう。敵地から帰ったら。そう、帰るんだ俺は。また、メキドに。
 力の限界値はつけない。たった一度の勝負に使用する奴だから、手加減なんてしない。メニスの王アイテリオンを倒すには、この力が必要だ。
 こいつを突きつけるんだ。アイテリオンに。
 自分の子供たちを道具にするあいつを、俺は絶対に許さない――!

 俺は一心不乱に、三番島にしかない材料――吸魂石で義眼の神経板を作りあげた。
 慎重に。慎重に。
 憎しみと、願いをこめて。


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2016/02/06 07:19
よいとらさま

お読みくださりありがとうございます><
ついに肝となるものを造りました。
今話でトルに会うという一番気にかかることをやり遂げましたので
ぺぺはわざと抑えていた記憶の蓋を外します。
八番島あたりから淡々と俯瞰していたことの真相がわかりそうです。
限界値なし、うまく発揮されるといいのですが^^;
秘秘式は何か抜けがありそうな気もしますw
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2016/02/06 07:11
優(まさる)さま

お読みくださりありがとうございます><
アイテリオンをちゃんと仕留められるのかどうか。
神様みたいな人なのでむずかしいことでしょうが
がんばってほしいですね^^
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2016/02/02 23:28
こんばんは♪

憎しみと、願いをこめて・・・
ペペさんの気持ちだけでなく、アイテリオンに対峙する
すべての人の気持ちをこめて・・・

力の限界値はつけようがない。
人の気持ちに限界がついていないように・・・


ペペさん用の道具が完成しましたね^^
あとはいつ使うのか。どんな戦いになるのか。

続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2016/01/30 20:21
これからが本当の戦いですね。
アバター
2016/01/30 14:51
カテゴリ:友人
お題:友人から貰ったもの

(四百年後のおまけ話)

『――「こうして武帝トルナートは、自身の存在を作り出したウサギ魔人に大変感謝したそうです」
「へええ。そんな記録があるなんて知らなかった」 

 赤の学友マクルードは、自国の英雄王を愛している。ゆえに眼を丸くして興味津々、翠の話に耳をそばだてた。

「武帝の伝記で史実に最も近いのは、メルケ版とコンリ版です。当時の宮廷日誌は戦乱で失われましたが、この二版はそれをもとにして書かれているそうです」
「あ、メルケ版は読んだことがある。たしか武帝は逃避行中に病にかかって、お妃が薬草をあげて助けたってのがなれそめの話だったと思う」
「ええ。その逆がコンリ版です。大帝が未来のお妃が殺されかけたところを助けた、となっています」
「うわあ、どっちが本当なんだろ」
「私の見解では……」

 それからえんえん二つの本の共通点や相違を淀みなく述べ始めた翠に、赤もマクルードも目を瞠った。
 武帝の祖先は誰かとか、王妃は純血の巨人かそれとも混血か、などなど学者の間では色々な論争があるという。
 マクルードは市井に伝わるおとぎ話から、学者たちが開く学会の話まで引き合いに出して、興奮気味に翠と語った。話は武帝のことだけでなく、メキド王家に伝わる著名人や偉人の話にまで及んだ。どの話題も、翠はわずかに首を傾げながら、もの柔らかな表情で淀みなく喋った。まるで生粋のメキド人のように、とても詳しく。

「……ゆえに白猫王が出したお猫様憐れみの令も、史実ではないと思われます」
「でも『白猫王の物語』はすごく面白いよね。『覇王ジェリドヤードの大冒険』より僕は好きだ。自分の国の王様の話ってことが大きいけど」

 白猫王の物語? 覇王ジェリドヤードの大冒険?

 赤はどちらも読んだことがなかった。けれど学友が面白いというのだから、きっとそうなのだろう。
 とても楽しげな学友の様子を見ているうち、赤は翠に友達を取られたような気分になった。
 翠は退屈しのぎに話題を提供してくれたのだろうに、おのれは何を馬鹿なことを考えているのか。心中にわき起こる昏い感情に落ち込み、はりついた笑みを浮かべたまま、赤はちらと飛行船の甲板に目をさまよわせた』
 
 トルが友達からもらったのは、命。
 赤が友達からもらったのは、孤独と劣等感。
 赤がんばれ>ω<




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