アスパシオンの弟子82 焼成(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/30 13:42:53
黄昏の空。暮れなずむ赤。日没の光。
エティアとメキドの国境を過ぎるとほどなく、ポチ2号は夕空を後にして地下へ潜った。
地下線路を走ってしばらくして気づく。王都までの道はこんなにうねうね曲がっていないはずだと。すると鉄兜のウェシ・プトリが、地下のあちこちに検問ができていると口を尖らせた。
「あたしたちの運送会社に監察官の査察が入ったの。それで地下の駅には大陸同盟の検問官が派遣されて、いちいちポチを止めて荷を調べるようになったのよね」
各駅停車は面倒くさいので迂回して駅を避けているという。アイテリオンは難癖をつけて妖精たちの運送会社を潰そうと目論んでいるらしい。営業事務所や組合にも査察官がわらわらおしかけているそうだ。
「でも大丈夫! あたしたち、負けない」
妖精たちがやっている事業はポチ関係だけじゃない。すでに大陸全土に様々な業種を手広く展開している。運送会社が解体させられても、他の会社が穴埋めできる。
懸念すべきは、アイテリオンがどこまでプトリ家の規模を把握してるかだ。山奥の国の拠点を潰されたということが気にかかる。本拠であるエティア王宮そばの潜みの塔。妖精たちの出生場所だけは絶対に知られてはならない。
「あれ……兄弟子様?」
ぎゅうぎゅうづめの運転席がきつすぎたのか、兄弟子様がしゃがんで胸を押さえている。
「ああ、大丈夫だ。ちっと目眩がしてな」
今ならよくわかるが、白胡蝶の毒は相当にきつい。兄弟子様を襲った時、アイテリオンは本気で殺すつもりだったんじゃなかろうか。ヴィオの介入がなければ兄弟子様は危なかったと思う。この人、もしやアミーケを救うために療養半分で動きだして、無理してるのか?
「おいおい、そんなこわい顔で睨むな。大丈夫だって」
やっぱりそうだ。かばっている胸に痣のようなものが見える。少しでも具合悪そうにしたら、すぐに培養カプセルに突っ込もう……。
王宮近くの駅で俺たちは一度だけ検問を受けた。中味はただのウサギ。しかもこの国の摂政たる兄弟子様が護国将軍フラヴィオスのために取り返してきたものだというと、検問員は一発で通過と駅での荷降ろしを許可してくれた。
「しかしものすごい数ですな」
「千はいるんじゃね?」
「これをどうやって王宮まで?」
「降ろす前に検疫するからしばらくは駅どまりにする。王宮に変なものを持ち込んだらいけないだろ?」
ウサギを駅に留めおいて、俺たちは王宮へ登った。魔人ペペがウロウロ姿を見せてはまずいので、俺はウサギの姿のままでいた。この姿ならばヴィオは狂喜する、と踏んだのだが。護国将軍の姿は玉座の間にはなかった。
焼け焦げた壁面の間に置かれた玉座の周囲には、どろっとした目つきの廷臣たちと大陸同盟から使わされた監察官たちがずらり。廷臣たちはアイテリオンの白胡蝶にでもやられたのか、軒並み生気がない。王宮での政は、すでに監察官たちに見張られた廷臣たちの手に委ねられていた。その筆頭は、ロザチェルリ。革命軍の摂政ロザチェルリの弟で、貴族連合に寝返り、王宮門でトルに蒼鹿家の要求を突きつけた奴だ。
トルナート陛下とサクラコ王妃はどこかと兄弟子様が尋ねると。ロザチェルリは頭も下げずにさらっと返した。
「今朝方、東の離宮にお移りいただきもうした」
「王宮から移された?!」
「両陛下におかれましては、お世継ぎ作りに励んでいただくことになりましたので」
監察官たちは、すんなり王宮に入れてやっただけでも感謝しろといわんばかりの態度。廷臣の筆頭ロザチェルリは、どろんとした目でぶつぶつつぶやくように兄弟子様に奏上した。隣につっ立つウサギ頭の奴には、怪訝な顔で一瞥しただけ。幸いにも我が師とはばれていないようだ。
「さらに護国将軍閣下はつい先日、メキド軍を大陸同盟の監察官にゆだねまして、ご自身は日々王宮にて研鑽を詰まれておられる」
メキドを完全に獲った暁には、ヴィオを魔王にして、メキドを拠点に大陸中に惨禍をまき散らす。アイテリオンの目論みはそんなところだろうか。
「勝手なことをするな! 陛下を王宮に戻せ!」
「なれど国の後継をもうけるは、君主の一番の責務でございますゆえ。こればかりは我らでは肩代わりできぬ、最優先の国事にございます……」
ロザチェルリの顔はなんだか不満げだ。監察官たちに言わされているといった風がありあり。目論み通りではなく不本意、といったところか。
摂政の兄弟子様は歯軋りした。廷臣どもは、国王陛下から執政権を委任されたとの一点張り。兄弟子さまと我が師は、その地位にあれど執政権停止という非常に屈辱的な立場に置かれているという。
「なにしろ摂政のお二人は名ばかり。動けぬ状態で何もできぬのでは、我々が担うしかございますまい」
「動ける状態で何でもできるようになった。執政権を返せ!」
「国王陛下と大陸同盟、双方のご命令と認可が下りませぬとお返しはできませぬ」
トルの勅令はたちどころに下りるだろうが、問題は大陸同盟。アイテリオンが仕切っているから、むろん認可など下りるはずはない。
幸いなことに六年前にファラディアとの会戦で棺に封じられた魔人たちは、アフマルらメキド解放戦線の妖精たちが隠している。それで大陸同盟の査察官たちの手中には落ちないで済み、かろうじてアイテリオンが兄弟子様の交渉に乗ってくる状況を作ることができている状態だ。
そうでなければ、万事休すだったろう。メキドは官も軍も大陸同盟に押さえられたのだから。
蒼鹿家の蹂躙を待つばかりの体勢にされたメキドを救うには、大陸同盟をどうにかするしかない。
「アステリオン殿はともかく、アスパシオン殿にはとても執政権をお返しすることはできますまい。メキドを捨てて他国で遊園地経営に走るなど、わけがわからぬ。気狂いもはなはだしい」
「……今、僕のお師匠さまをひどく侮辱されたような気がしたのですが?」
「ぺぺ、その右手を即刻おろせ」
ロザチェルリの愚痴を聞いて、ウサギの着ぐるみをかぶった我が師が右手を突き出し韻律を唱えようとする。「我が師のために生きるキモぺぺ」なので、アスパシオンの悪口をいう奴はこの世から抹殺しようという勢いだ。ここで韻律戦など始めて強引に政権を奪取しようものなら、相手の思う壷。執政権停止じゃなくて剥奪追放になるどころか、大陸同盟が連合軍をメキドに送り込んで完全制圧する大義名分を与えてしまう。
「ぺぺ。俺の言う通りにしろ。それがアスパシオン様のご遺言だぞ」
ウサギ頭のキモペペがしぶしぶ引き下がる。ぐっと不満をこらえる俺たちに、ロザチェルリはふてぶてしい顔つきのはげ頭をもそっと下げてきた。
「摂政殿は当面の間、護国将軍様のお相手をなさってくださいますよう」
護国将軍は王宮内で遊び呆けているようだ。ロザチェルリは俺たちにも「なにもするな」と言いたかったのだろうが、お言葉通りに俺は受け取ることにした。
ありがたくヴィオの相手をさせてもらおう。
気負って玉座の間を出たとたん。赤毛の妖精たちが数人、俺たちの前に現れた。
「摂政さま! ヴィオがフィリアさんを……!」
「すごい魔力で部屋を閉じられて、侵入できません!」
フィリアに禍が及ばぬよう、兄弟子さまは妖精たちにこっそり警護を頼んでいたらしい。だが火急の事態が起こったようだ。急ぎヴィオがいるという部屋に案内されれば、びっちり韻律でふさがれた扉が俺たちの前に立ちはだかった。
「フィリア!」
たちまち、兄弟子様の右手がまっ白に燃え上がった。
燦然と輝く太陽のごときに。

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- 優(まさる)
- 2016/01/30 20:10
- どうしたのかな?
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