Nicotto Town



7月自作/砥石 『開けるな危険』(後編)

 かくしてどろどろの塩漬け魚にまみれた青年は、折れた剣を抱いて野営地から逃げ出した。

 とにかく臭いので、敵兵たちはみな臭素爆弾だと思い込んで怯み、すっかり逃げ腰。

その隙をついて味方の兵士たちは森の中へ。いや、味方もあまりの臭さにほうほうの体で

逃げ出したのだった。

 青年自身もひいひい言いながら、暗い森の中へ身を隠した。

 しかし匂いの強烈過ぎることといったらなかった。敵兵はもとより、運悪く出くわした狼の群れすら、

きゃいんきゃいんと尻尾をまいて逃げていくのだ。

 体がきれいになるまで、すべてのものから避けられるのか。

 青年はひどく憂鬱になったが、なぜか蝿だけはものすごくたかってきた。魚の塩漬けの腐臭は、

ハエにとっては異常なぐらい魅力的なようであった。

 朝が来ても河には行き着かず、青年はひとり森をさまよった。この状態で砦に行っても、

「くさすぎる!」のひと言で門前払いどころか衛兵に切り殺されそうだ。

 なんとか小川を見つけた青年はじゃぶじゃぶ我が身を洗ったが、しかし強烈な匂いは落ちなかった。

『水で洗ったって匂いはとれませんよ』

「じゃあどうやったらとれる?」

『焼きなさい』

「は?」

『体を、焼きなさい』

「はあ? どうやって?」

『服は焼却処分。髪の毛は丸坊主にしなさい。体は焚き火で焙るのです』

 下着も焼けといわれて非常に困ったが、青年は渋々言う通りにした。

 焚き火にさっと我が身を当てると、なるほどあの恐ろしい臭みがウソのように消えていった。

 しかし丸坊主とは少々恥ずかしい。

 洋服を焼いて丸裸とはかなり恥ずかしい。 

『生まれた時の姿になっただけですよ。葉っぱで大事な所を隠せば、神聖なるアダムになりますね』

「アダム?」

『地球の一番最初の人間ですよ。聖書に書かれておりました。英国紳士は、敬虔なクリスチャン

なのです』 

「くり……?」

『それよりいいかげんに私の名前を覚えなさい。失礼ですよ』

「お、おう。なんていうんだ。教えてくれ」

『おや? 前に私名乗りませんでしたか? 私の名前はエク……』

 そこで剣の声はフッと途切れた。

「エク?」

『……』

「おい?」

『……』

「どうした?」

『……長たらしすぎて忘れました』

「おいおいおいおい!」

どうも最近、物忘れがひどくていけません』

 やはり頭のおかしい人工精霊だと、青年は苦笑するばかりであった。




 翌日。「葉っぱのふんどしをつけた丸坊主の不審者」として、青年は砦の衛兵にひったてられ。

「おばちゃん代理! 生きていたか」

 騎士団長になんとか気づいてもらえて牢屋行きは免れた。どころか。

「臭素爆弾を密かに携帯して行軍していたとはな。さすが栄光ある銀枝騎士団のつわものだ。あの状況で

九死に一生を得るとは素晴らしい」

 なんと砦の司令官に褒められた。

 はるか三百リーグかなたの騎士団営舎に急使が飛ばされ、「開けるな危険」はまだあるのかと

捜索の手が入った。

 結果。

 あと三十樽もの「開けるな危険」が地下の隠し部屋から回収された。

 数週間後、敵軍に包囲された砦の城壁から、味方の軍は「開けるな危険」をつぎつぎと投下。

破裂した樽はあたりに臭素をまき散らし、敵兵をことのほか怯ませた。

 腐った漬け汁にまみれた兵士たちは骸を喰らう蝿にたかられ、なんと病にかかった。

 病は敵軍の間で蔓延。かくして万単位の敵軍は、兵糧攻めをするつもりが攻めきる前に、

自滅したのであった。

 これが世に名高い、シュールストレミングの戦いと呼ばれる戦であり。

 この戦を機に、ひとりの英雄が生まれることになったのである。

 背に折れた剣を負う英雄が――。





「いかがでございましょうか、国王陛下。これまでの叙述で、事実と違う箇所はございますか?」

 玉座の王は、上目遣いでおそるおそる尋ねてくる書記官を見下ろした。書記官の手にはたった今、

王に向かって読み上げた巻物がある。その題字には、「エティア王国武王伝記:巻の一」と書いてある。

「当時の騎士団長たる現宰相閣下と、司令官であられた公爵閣下、それから『さる筋』から詳細に、

シュールストレミングの戦いのことを聴取いたしましたら、かような具合になりまして」

「ふーん? さる筋、ね」

 王は玉座のかたわらにたてかけてある毛皮の包みを睨みながら、御言葉を下した。

「『葉っぱのふんどしを付けた丸坊主の不審者』ってところは削除しろ」

「は、はい」

「代わりに『金の髪をなびかせた色白の見目麗しい青年』って書いとけ」

「ぎ、御意」

「そんで、青年は騎士団名物ふる・ちん踊りで、騎士団長に認識してもらえたってのも削除で」

「あの、それは初耳です。ここには書いてございませんが」

「え」

『ブッ』

 玉座のそばの毛皮のくるみから、噴き出し笑いする声が聞こえてきた。

『ああ、そういえば踊ってましたね』  

「ちょ、黙れ」 

『必死な顔して、前を隠してた葉っぱを取って。いやぁ今まですっかり忘れておりました。

英国紳士は、下品な物は見て見ぬふりをするのです

「黙れってー!」

「ももも申し訳ございま――」

「あ! いや、君に言ったんじゃない。そんなに縮こまるな。とにかく、かっこよく書けば

それでいいから!」

 王はあわてて涙目の書記官を宥め、それからそそくさと大広間の舞踏会へ出て行った。

『さて。今回こそ、お妃を見つけられるとよいですねえ』 

 玉座のそばの毛皮の中で、折れた剣はひとり楽しげに囁いた。

 だれにも聞こえぬ声で。

 


 かのシュールストレミングの戦いより五年。

 料理番の青年はあれからあれよあれよと昇進して、ついには一国の主となったのであるが。

 包丁一本と折れた剣とでいかようにして玉座に昇ったのかは、また別の、長い長い物語である。


『開けるな危険』――了――

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2015/08/07 16:44
Ханиさま
読んで下さってありがとうございます><

結構シリアスな戦争のはずなのですが、
おとぎ話調でコメディっぽくなりました^^

お魚はくさいもの世界ナンバーワン、集合住宅で
このお塩漬け魚の缶詰を開けようものなら、まさにテロ級だそうです@@;

楽しんでいただけてうれしいです^^
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2015/08/03 21:27
あはは( 〃´艸`)
笑っちゃいけないのかもしれませんが
エンドがほのぼのでホッとしました

まさかの魚が兵器とか~…w

奇想天外なお話
楽しかったです^^
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2015/08/02 18:05
紅之蘭さま
読んで下さってありがとうございます><
この世にクサヤ以上のものがあるとは……ですよね。
目にしみるってところが、凶悪度はねあがってます^^;
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2015/08/02 17:58
よいとらさま
読んで下さってありがとうございます><

>鬱陶しい

某天空の島にいる黒い導師:「はげしく同意」
某天空の島にいる銀髪の子:「でもアクラさん、役に立つよ。何でも食べて退治してくれたんだよ」
某黒い導師:「だが喋りすぎる。うざい」
某銀髪の子:「お酒飲むと黙ってくれるよ。おみき、だっけ? かけると満足してずーずー眠り出すの」
某黒い導師:「ああ、酔いつぶれるんだろ。酒は熟成もほとんどされてない、安いやつな。新酒信者だとか自分で言ってた。ドマネ・コンティよりヴァイオス・ヌーボーがいいんだと」
剣:『おはよーございまーす! 我が主、お酒くださーい。酒ー♪』

 ……かなり酒豪みたいです@@;

※アクラさん:銀髪の子が、自分の名前を忘れた剣のために付けてあげた名前。
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2015/08/02 17:27
スイーツマンさま
読んで下さってありがとうございます><
一人称のラノベ風か、三人称のおとぎ話風にするか迷いました。
立身出世物語としてラノベ風に続編を書くとどうだろうか、と
ぼちぼち構想を練っているところです。

剣は、設定では一万九千年の間に何十人か主人を持っています。
持ち主になった人はみんな、ひとかどの英雄になっているみたいです^^
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2015/08/02 17:18
ミコさま
読んで下さってありがとうございます><
まさにキングメーカー、
勝手に選んだ人を勝手に英雄や王様にしちゃう剣のようです;
一万九千年分の蓄積記憶と特殊能力でどんな事態も見事に解決!?
でも自分の名前は本当に忘れています^^;
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2015/08/02 17:15
夏生さま
読んで下さってありがとうございます><
剣は柄の宝石の部分に魂が宿っているようです。
しかも設定では物知りだけでなく恐ろしい特殊能力も多々持っているようです。
またこの剣のお話を書けたらよいなと思います。

歴史や年代記などの信憑性って実際の所どのくらいあるのでしょうね^^
いつでも生き残って勝利した人や時の政府が好き勝手書けますから、
本当に真実は闇の中……ですよね。
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2015/08/02 17:11
E.Greyさま
読んで下さってありがとうございます><
はい、なんだか立身出世的なファンタジーになりました^^
「エク……以下長たらしくて忘れました」とうそぶく剣は、
代々勝手に主人を選んでは勝手に英雄にのし上げる、はた迷惑な剣です^^;
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2015/08/02 17:08
かいじんさま
読んで下さってありがとうございます><
ふる・ちん踊りは某農大の大根踊りのようなもの?
銀枝騎士団の伝統おそるべしw
ちなみにかなり由緒のある騎士団らしいです@@
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2015/08/02 17:05
kobitoさま
読んで下さってありがとうございます><
ブログなどでよく「試食会」を催したと記事があがっているのですが、
雨合羽を着たり袋の中で開缶したりと、周到な準備と防備が必要みたいです。
実際に食べられる人はすごいかも^^
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2015/08/02 17:02
優(まさる)さま
読んで下さりありがとうございます><
大切にしなきゃいけないとのお言葉に剣が狂喜しております。
『ですよね! ですよね! 英国紳士は、とても役に立つのです』
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2015/08/01 15:30
くさや……
母の実家であれが焼かれたとき
恐ろしい臭いがして部屋中、服とか、大変なことになりました
あれの十数倍
にゃっ><
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2015/08/01 10:39
おはようござます♪

おそらく地上最凶の臭撃兵器。
天然素材を利用して環境に優しいのもいいですねぃ^^;

こんなしゃべる剣があったら、毎日楽しそうです。
王様をつくる伝説の剣^^
もしかすると、おせっかいで鬱陶しかもしれませんが・・・

楽しく読みました。次回作を期待して待っています♪
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2015/07/31 22:56
危険な臭気の保存食
折れた剣はなんでも知っている……
楽しい作品に仕上がりました

転載先での24時間内のアクセス数が109でした
人気者ですね^^


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2015/07/31 20:00
アーサー王の物語というよりは
長靴をはいた猫のような世話好きなエクスカリバーみたいな感じがします
おしゃべりなエクスカリバーなら、料理人さんも、ヒーローになりそう
まずは立志伝序説

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2015/07/31 17:34
今晩は!

剣が話すという設定が面白かったです。
英雄伝説は、いつの時代でも粉飾されるものですね。
冷めた視点が快かったです。

次作を鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m

追伸
暑さ負けで超短文・・・ご免なさい

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2015/07/31 01:12
ヒロイックファンタジーだったのですね
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2015/07/29 21:01
ふ○ち○王万歳!^^
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2015/07/29 14:59
シュールストレミング、臭いはさておいて、美味しいのかどうかが気になります。
だけど、食べた後には息から世界一臭い香りが・・・。^^;
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2015/07/28 23:00
王様に成っていましたか。

こう言う助だちの剣も有りますから、こう言う剣は大切にしないといけませんね。
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2015/07/28 22:56
世界一臭い缶詰:シュールストレミング(北欧のお魚の塩漬けで発酵食品)を題材に
剣話をひとつ書いてみました^^;
本当に強烈みたいです。クサヤやキビヤックより段違い平行棒にすごいらしいです。
剣は改造に改造を重ねられてアスパの世界にやってきた設定になっておりますが、
世界一有名といってもよい「あの剣」です。




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