アスパシオンの弟子55 処刑(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/07/26 13:20:51
「閣下。この件を収めるために、大陸同盟会議が召集されました。閣下はこれより大陸同盟の
預かりとなり、国際裁判を受ける事になります。どうか、お覚悟を」
扉ごしのホニバさんの言葉に僕は震え上がりました。
なんという事態。よもや大陸同盟を引っ張り出してしまうなんて……。
僕が放り込まれた所は、ファイカの議事堂の地下牢でした。
轡(くつわ)を嵌められ、手足を縛られ、ほとんど身動きできない状態。
しかもフィリアが作ってくれた銀の右手は、取り上げられてしまっていました。
今回の事件の、凶器として――。
なぜ僕は、まるでメキドを滅ぼすようなことをしたのでしょう。
「もうひとりの僕」がしたことは、万死に値する行為です。
被害者である蒼鹿家は、ありとあらゆる形での謝罪と賠償をメキドに求めてくるはず。
その要求をすべて呑んだとしても、今回の事件は、「メキドの凶行」として大陸中に流布されるでしょう。
先のエティア王太子暗殺未遂事件に加えての、さらなる今回の不祥事ときては――さすがに
博覧市の協賛を見送る国が現れるに違いなく。せっかく結んだ同盟をも、破棄される恐れがあります。
トルナート陛下とサクラコ妃殿下が。メキドの人々が。国を栄えさせようと必死にがんばって
いるのに。なのに、僕がそれを台無しにしてしまうなんて……!
僕は、思わず自分の舌を噛み切って自死をはかりました。けれどもメニスの魔人の体は、
「死ぬこと」を許してくれませんでした。
僕はただ、悔恨の涙を流すことしかできませんでした。
ただだらだらと。なす術もなく。
体感で一日経ったころ。ファイカの役人がやってきて、僕が率いる交渉団は全員、蒼鹿家の
訴えによって部屋に軟禁されたと伝えてきました。
大陸同盟のれきれきたる面々と、メキドと蒼鹿家双方の宰相が、このファイカに集って
協議を始めたということも。
心優しい国王夫妻のこと、僕を切り捨てられずに、ひょっとしたら僕を救おうとするかも――
一瞬よぎったその懸念は、幸い杞憂に終わりました。というのも。
「嘆かわしいことだ、我がしもべよ。おまえはメキドの第一将軍の任を解かれたぞ」
なんと意外にも、灰色のアミーケがこの牢部屋の前にやって来て、扉ごしにそう伝えてきたからでした。
灰色の導師は魔人である僕の主人として裁かれるべく、大陸同盟に召喚されたというのでした。
メキドの温泉地で護送車に押し込まれた、と。
「ファイカの国主に賄賂を積んで、しばしおまえとの面会時間を作ってもらった。まったく、
とんだバカンスだ。よもやビングロングムシューの観光地まで、咎人として運ばれるとは」
アミーケの口から「更迭」を聞かされたとき、正直僕はホッとしました。トルナート陛下は、
絶対そうしなければならないのです。メキドが生き残るために。
「事件が起こって即座に、蒼鹿家がメキド政府を訴えた。おまえと交渉団への酌量なき処分、
被害者家族への莫大な賠償金請求。怒り心頭の蒼鹿家はそれだけでは足らぬと、コルとロル両名の
即時引き渡しを要求している。
そればかりではなく、トルナート陛下とエリシア姫、姉弟二人での共同統治を強く求めているぞ。
姫の帰郷は白紙に戻し、その御身を蒼鹿家預かりのままで統治権を与えろと、この上なく強気の
姿勢だ。調停は、ことのほか荒れるだろうな」
やはり。ここぞとばかりに要求の嵐……。
しかし当然、加害国のメキドは強く出ることはできません。第三者の審問機関である理事国
大使たちは、被害国である蒼鹿家の請求を全面的に支持するでしょう。
「開戦を食い止められれば御の字といったところだ。しかしまったく……まんまと白の導師に
はめられたものだな。わがしもべよ」
轡(くつわ)をされて返事が出来ない僕でしたが。アミーケの吐きだすような言葉に驚愕の唸り声が
漏れました。
え?! はめ……られた?!
「白の導師が陛下を説得して、おまえを切り捨てることを承諾させた。勝手におまえの後任に
ヴィオを据えたぞ。あの化け物はアスパシオンが送り込んだ庭園のウサギを王宮の衛兵にして、
我が物顔だ」
そ、それは僕がとんでもない失態を演じたからでは……?
「哀れなしもべよ。おまえのそばに、白い蝶がいなかったか?」
あ……! いました。温泉に入った時、見ました。あれはもしかして、白の導師様のお力?
もしかして、あの蝶は僕に何か影響を与えるものだった?
「白の導師が来てから、わがルーセルフラウレンは無力にされ、アスパシオンは様子が
おかしくなった。おまえも何かされたとしか思えぬ。何か変なことが起きていなかったか?」
まさか。もう一人の僕がおかしくなったのは、白の導師様のせい?
いや、そもそももう一人の僕という存在が出てきたこと自体、あの方と関係がある?
「轡(くつわ)をされて答えられぬか。だが扉越しに聞こえてくるその荒い息遣いで、
反応がわかる。身に覚えがあるようだな」
まさか白の導師様は、味方じゃない?!
そんな! あんな清らかで穏やかな人が……
「ふん。おまえは今、そんなはずはない、あの人はそんな人ではないと心中で必死に否定しているな?
それがあの白い導師のやり方だ。あれは正義と慈悲をかざしてすべてを駆逐していくんだ」
心の内の思考を読まれてどきりとする僕に、灰色の導師は恐ろしいことを告げました。
「メニスの王は、おのれの魔人だけではなく、他のメニスの魔人も自在に操ることができる。
おまえがしごくまともだったゆえ、手を出されていないと思っていたが……違ったようだな。
白の導師がここまでしてくるとは、メキドの復興を邪魔したい輩が、奴と組んだのやもしれぬ」
その時の僕には、とても信じられませんでした。
白の導師様が、あの柔らかな微笑でメキドを貶めようとしているなんて。
組んだ相手は蒼鹿家だとでも言いたげに、アミーケは鼻を鳴らしました。
「哀れなしもべよ。おそらく裁判の後、私は水鏡の地へ護送され、かの地で封印されるだろう。
フィリアをあの白い親子に人質にとられていては、その処分に甘んじるしか今のところ手はない。
土台、あの白の導師にまっこうから抗っても無駄だ。正攻法では絶対勝てぬ。我が妻ルーセル
フラウレンとおまえの師とて、普通にやってあれを負かすことはできぬだろう。だから……」
深いため息が扉の向こうから聞こえました。
「おまえはしばし安らかに眠っていろ。本音を言えば、私はいずれおまえを永久に封じてやる
つもりでいた。ゆえにこたびの処罰は、私にとっては願ったりかなったりだからな」
あ……そうですよね。僕はこの人にとても嫌われてますから。こんな風に言われるのは当然――
「おまえは、私の伏兵としてこの地に置いていく」
伏兵?
灰色の導師の言葉に、僕は首を傾げました。一体何を言っているのかと。
「おまえは不死身。決して死なぬ。そんなメニスの魔人は、永遠に凍結封印されることに
なっている。だから、しばしおまえを救う奴が現れるのを待っていろ。もし運よく凍結から
目覚めた暁には、隣の泉に飛び込んでやるべきことを成せ。いいな」
え? 隣の泉? 泉……って?
――「時間です」
ファイカの役人が扉の前に来て催促しました。灰色の導師は今一度僕に言い含めて、
扉の前から連れ去られていきました。
「いいな、元を断て。我がしもべよ」

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- アマネ
- 2015/10/30 16:16
- 凄い展開です!
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- かいじん
- 2015/08/26 22:16
- 大変な事態になってますね@@
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- 優(まさる)
- 2015/07/26 13:31
- 白の魔人を倒すしかないでしょう。
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