Nicotto Town



雲の屋台

 マブシイ……
 ココハ、ドコ?

 マッシロ
 ヌクヌク
 キラキラ

 マッシロ
 ヌクヌク
 キラキラ……

 なんじゃここは。
 ふわふわ。雲の上だ。 
 わしゃあ、どうしてこんなところに。
 おふっ。雲が分厚い。うまっちまったよ。
 なんてあったかいんだろうの。

 白くて。輝いていて。なんだか、ものすごくなつかしいところだ。
 声がきこえる。
 とても遠くの、下の方から誰かが叫んでおる。でも、よく聞こえん。
 ここはあたたかすぎて、とけちまいそうだ。
 ほろほろと。とけてなくなっていくような気がする。

 ほろほろ
 ほろほろ

 白くて。輝いておって。あたたかくて。なつかしい。
 ほんのりあたたかい光が雲を照らしておる。
 ぶわっと、風が吹き抜けていく。
 生暖かい風。雲が割れた。
 む? 雲の合間に、誰かいるぞ。 
 もしかして、神さま、ちゅうもんか?

――「いらっしゃいませー!」

 は? 
 え?
 なに? 
 それは虹色の人の形をしたものだった。これはおなご、か? 
 頭に猫の耳のようなものがついており、短いスカートにひらひらエプロンをつけている影。
 その光るものがくいくいと、招き猫みたいに手を動かしておる。

「おめでとうございまーす。

 当店へお越しのお客様、通算七百七十七億七千七百七十七万七千七百七十七人目! 
 開店一年ですごいでしょ? ラッキーセブンでーすお客様!」

 は? 店?!
 虹色の人の形をしたものは両手を組んで、サッとお辞儀をした。

「天上の雲の屋台へウェルカムです!」


 天だと!?
 するとわしは死んだのか。
 茫然とするわしの目の前で、いきなり白い雲が割れた。
 何か建物のようなものがある。
 なんと。これはまごうことなく、たしかに店だ。
 渦を巻いておる白い大きな屋根。もこもこの柱。ふわふわのカウンターと椅子。
 みんな白い雲でできておる。 
 雲の椅子は沢山あって、いろんな生き物が座っているようだ。
 あれは犬か? そっちのは猫だな。ネズミ、牛、虎、ウサギ、竜ヘビ、馬、羊、サル、鳥……
 むろん人間も。なんか変な魔物もごそっとおる。
 種族のごった煮状態。大盛況だ。
 みな何か飲んだり食べたりしておるな。
 雲のお皿になにか入ってるようだ。雲のコップにも。

「さあさあ、そこのお席にどうぞ。そんなどよーんってしないで。ラッキーセブンのお客様なんですから、きっとすごくいいことありますよ。オーダーは店主に直接おねがいしまーす」

 虹色の猫耳娘のすすめでわしは雲の椅子にどかりと座った。
 店主は、カウンター越しにいた。

「やあいらっしゃい。恰幅のいい方じゃの。さて、何にするかね?」

 黒い衣をまとった白い髭のじいさんだ。
 もこもこの雲を両手に持ってニコニコしておる。

「好きなものを何でも作ってやるぞ」

 すると虹色の猫耳娘がこっそり耳打ちしてきた。

「おすすめは雲のワタアメですよ。イチゴ味ソーダ味パイナップル味。ご希望ならメロン味も。雲バナナは甘党におすすめ。あ、タバコとお酒はハタチになってから。お客さま、おいくつです?」

 うーん。わしゃあ、いくつだ? 
 ずいぶん長いこと、暗い所で放っておかれてたような……

「見たところだいぶお年の感じね。ピンクの雲カクテルはどうです? おしゃれで味も最高ですう」
「これこれ、自分の好物をおしつけるでない。ほれ、お客さんがまたきたぞ。出迎えしてこんか」
「ああんもう。兄弟子さま、忙しいんですよー、ちょっとぐらい手伝って下さいよー」

 猫耳娘は、すぐそこの雲のテーブルにつっぷしている黒髪の男にぶうたれた。
 その男は雲のジョッキを片手にのんべんだらりとしておった。

「うふえええ、今ちょっとパスー。ねみーい」
「もう!」

 猫耳娘は呆れてひゅんと飛んでいった。
 わしはニコニコの白髭店主にあらためて聞かれた。

「さて、何にしようかね?」

 うーむ。ウイスキーはあるのか?

「お安い御用じゃ」

 白髭の店主は雲をひと練りふた練りした。みるみる雲が飴色になっていく。

「長く熟成させた物がええんじゃったな」

 うん。そうだな。六十年ぐらいか?

「ほうほう。お安い御用じゃ」

 ぬっ? お安い御用とは。 
 白髭の店主がさらに雲を練り上げると、モコモコの塊は濃い茶色の輝く細い糸となり。
 しまいにはキラキラ輝く液体となって小さな雲のグラスに注がれた。

「どうじゃね?」

 うむ。これだ。この麦の香り。ちょっとシェリー酒の匂いが混じった芳醇な香り。
 とても落ち着く…… 

「しかしおまえさん、ずいぶん年をくっとるのう。波乱万丈だったかね?」

 そうだったような。しかしさほどでもなかったような。
 わけがわからぬうちに森から連れてこられて。
 手足を切られて。体をバラバラにされて。ゆがめられて。固められて。
 体の中にたっぷり酒を入れられて。ずうっと暗い所で放置されとったな。
 ずうっとずうっと。

「そりゃあ大変だったのう」

 いやあ、放置されてただけだから、そんなにしんどいってわけでも。
 それより、その、もっと……

「ほうほう。もっと欲しいかね」

 縁までいっぱい欲しいな。
 わしゃあ、ウィスキーが大好きだ。とってもとっても大好きだ。
 できるならもう一度、本物を飲みたい。

「じゃろうな。じゃあ、もう一度飲むかね?」

 白髭の店主は大きな雲の塊を両手いっぱいに抱えて、大きく動かした。
 金色の輝きがわしの寸胴の体を焼いた。
 まぶしい。すごくまぶしい。
 白髭の店主がわしの体に直接、きらきらうねる黄金の液体を注ぎこんだ。
 なんだこれは。熱い! すごく熱い!

「団体さん入りまーす」

 遠くから、あの虹色の猫耳娘の声が聞こえる。

「兄弟子さま! 忙しいんです。そこどいて! んもう、席足りないんですってば。早く雲で椅子作ってくださいよー」

 どやどやざわざわ、沢山の気配。
 でもなぜかそれは、近づいてくるはずなのに遠のいていく感じだ。
 遠く。遠く。
 うう、しかし体が熱い。ものすごく熱い。
 本当に燃えてるんじゃないか?
 ふう。ふう。腹が膨らむ感じで苦しいぞ。
 む? な、何だ?
 もしかしてわしは、落っこちてるのか?
 いつの間にか足元の雲が割れ。ぽっかり穴があいて。
 わしは落ちていた。
 ものすごい勢いで落ちていた。
 燃えながら。ぎゅううんと。


 熱い
 熱い
 熱い!

 燃える
 燃える
 燃える――!



「どうだ新入り」
「はい主任、火が完全に消えました」
「中を確かめろ」
「……いい香りです」
「よし、蘇ったな」
「これが焼き入れ、リチャーってやつですか」
「うむ。古くなった醸造樽は中を焼いてやる。そうすれば生き返るのさ」
「しかしこのウイスキー樽、ずいぶん古いですよね」
「六十年かな」
「入ってたウイスキー、半分以上減ってましたよね。熟成中に樽から蒸発するんでしたっけ」
「いわゆる天使の分け前ってやつだ。しかしこの樽のは他のよりずいぶん減っていた。
おかげで凄い酒になってたんだが。樽の寿命は六十年から八十年て言われてるが、
まだまだこいつは使えそうだ。きっとまた凄いのができるぞ」
「もとの木がよかったんでしょうね。きっと素晴らしいオークの木だったんだ」
「そうかもな」


 う……
 あたりが暗い。
 隣にわしと同じ大きな樽がずらりと並んでおる。
 これは、いつも見ていた風景だ。
 まさかわしは、戻ってきたのか?
 おお。体にウイスキーが満杯だ。
 白髭の店主が入れてくれた?
 いや、これは本物だ。本物が入ってるぞ! やった!

『ラッキーセブンのお客さまなんですから、きっといいことがありますよ』

 もしかして白髭のあの店主は……。

 ありがとう。
 ありがとう。
 わしゃあ、もう少しがんばるよ。


 ちびちびやりながらな。



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2015/01/28 22:15
すみません。母が亡くなってしばらくしてから、
母の島を当時の友達限定に変更してしまったのを忘れていました(;_:)

おそらく母の島に上陸出来なかったのではないでしょうか。。。
もしご迷惑でなかったら、お友達になって下さいませんか?

こんなところに書きこみ、すみません。
お読みになられたら消して下さい。


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2015/01/12 16:30
かいじんさま

読んでいただき、また音声作品の方も聴いてくださってありがとうございます><
お酒と屋台と……でしかもテーマが再出発。
ちょっとくたびれてしまった大人の方にエールを送るつもりで書かせていただきました^^
(自分も含めw)
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2015/01/11 20:40
ちょっと大人な童話ですね^^
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2015/01/07 00:09
夏生さま

読んでくださってありがとうございます^^
お題がショートショートの形で、ということでしたので、
なんとしてもオチをつけねばと悩み悩みしつつ書きました^^
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2015/01/07 00:06
よいとらさま

聴いてくださってありがとうございますー><
メイドさんまで演じてくださってほんとうに凄いと思います。

マッサンでかもい社長さんが電車からよーく見えるよう工場建てたったーという
その工場を帰省中に電車からみかけました。本当によーく見えました^^

今年のウイスキーの売り上げはすごいことになりそうですねノωノ*
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2015/01/06 17:57
今晩は!

見事なオチですね。
うーん感心いたしました。
ウィスキーの樽とは予想できませんでした。
(*^▽^*)

m(_ _)m
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2015/01/03 10:36
あけましておめでとうございます♪

ラジオドラマ聞きました^^
なんていうか、光景だけでなくお店の音の風景まで聞こえてきそうな
朗読劇でした。すばらしい♪

マッサンのおかげで近所の酒屋にも竹鶴がありました。
とうぜん、お買い上げw
お湯割りにして温まってぬくぬくしています^^
小さい幸せ♪
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2014/12/29 00:47
よいとらさま

テーマは再出発で、しかもショートショートというお題でしたー。
ので、このところマッサンを見ている私はウイスキーに手を出してしまったのでした……ノωノ
最長老さまの屋台は開店一年目ということなので、ちょっと未来のお話になります^^
アルバイトに兄弟子さまが居座ってる件(ェ
かなりネタバレしてしまったかも^^;
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2014/12/29 00:42
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます。
ショートショートなのでオチをしっかりつけなくてはと
がんばりました^^
ほめていただいてとてもうれしいです!
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2014/12/26 22:49
こんばんは♪

番外編の音声版、今からとても楽しみです。

何年か前にウイスキー工場へ見学に行って、そのときに
リチャーの実演も見ました。
お酒が染み込んでいるだけあって、大きな炎でよく燃えるんですよね^^

木は切られたらそれで終わりじゃなくて、魂は核となるところで
ちゃんと生きていて、加工品となって生き続けることがよくわかります♪

木は何年もかけて乾燥したあと、樽に組み立てられて、
最初はシェリー酒を仕込むのだと見学のガイドさんに教わりました。

リチャーの対象になるまでに膨大な時間が樽に蓄積されているのですね。
現代で最も貴重なもの、時間。
樽が天使とともにチビチビやるのを咎める人は誰もいません♪
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2014/12/26 19:21
番外編ですか・・・。

良い作品に成っていますね。声で聴いたら、画面が浮かぶかも知れませんね。
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2014/12/26 16:48
おきらくさま

ありがとうございます><
お正月封切りなのでまだ作品URLがないのですが、
発信元様はこちらになります^^↓
https://www.youtube.com/channel/UC7E_RI0pc5v42z7snzQ4QtA
アバター
2014/12/26 16:33
URL教えてくださいね^^
アバター
2014/12/26 16:22
・アスパシオンの弟子の番外編です^^
・このお話単体でも読めます。
・競演制作委員会2015お正月ショート・ショート企画参加作品
・テーマ:再出発
 
作:広海 朗読:屋久谷拓哉さんで、競演制作委員会様から
元旦に朗読作品が配信されます。(ユーチューブ)
メイドな猫娘含む登場人物全員を、屋久谷さんが演じわけておられます@@
ぜひ七色の声音を聴いてみて下さい^^




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