アスパシオンの弟子30 黒い右手(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/12/20 17:14:43
「ひっく……ひっく」
だれかが、しゃくり上げて泣いてる。すぐそばで。
「うええっ……うえっ……」
ああ……黒い髪の男の子だ。内股に立ちつくして、蒼い衣の袖でぐしぐし涙を拭いてる。
「ぺ、ぺぺ……ぺぺぇ……」
こいつ、また兄弟子のエリクにいじられたのかな?
大丈夫だよハヤト。おいらがエリクに後ろ足キックをお見舞いしてやるから。
ハヤトは、すごいよ。
もうネクラじゃないし。当番ちゃんとしてるし。導師になるための段階試験もクリアしてるし。
おいらに毎日手作りニンジン料理食わせてくれるし。
こないだなんか、年終わりの祭りのプレゼントに、おいらにニンジンケーキ作ってくれたじゃん。
三段もあってすっげえでかい奴。あれ、すっごくおいしかった。
ほんとすごいよ。自信持てよ。な? そんなに泣くなよ。ほら、涙拭いてやるから――
あ……れ?
おいらの手、なんで人間みたいな手に……
でもこの手……真っ黒いな。ふやけてるし。
ご、ごめん。こんな手でさわったら……気持ち悪いよな。
それじゃ歌でも歌ってやるよ。
あ……れ?
おいらの声、なんで出ないんだ?
うぐっ……ごめ……口からなんか、変な水がぼこぼこ出てきて……
唄えないよ……あ、こっち見ないほうがいい……かも。
なんか、おいら、ぐちゃぐちゃだ。ごめん。ごめ……
「弟子いっ! ばか! このばか! ばかやろう! なんで天から俺を引き戻すんだっ!」
あ……
そう、だった。
そう、でし、た。
おいら……ううん、僕は、もうウサギじゃない……
ハヤトは、今は僕のお師匠さま。
ああでも。なんか頭がもうろうとして……
ウサギだった時の記憶と。今の記憶が。ごちゃまぜになって……
「今すぐ俺の体に入れ! 俺は天に戻る!」
見えないけれど、絶対泣いて、ます、ね……これ。
いや、ですよ。そっちには、戻りません、からね。
「おまえがペペに何かしたのか?!」
あ。灰色の導師に、つっかかって、ますね。導師の声は……まだよく、聞こえません。
「あれ? なんで? ちくしょうなんで、魂抜けねえんだ! 禁呪ぶちかましても魂が離れねえ!」
すごい……魔法の気配。体全体が重くて。押しつぶされそう、です。
「おま……え……俺のぺぺに何したあああああああ!!!!!」
あ……お師匠さま、キレてる……。
「ざけんじゃねええええ!! こいつは俺のだ! さわんなちくしょう! おまえら殺してやる!!!」
おまえら? まさかフィリアも、攻撃対象? だ、だめ、です! お師匠さ――
「俺の、美少女に転生♪超ハッピーエンド計画を、台無しにしやがってえええええ!!!!」
……は? い?
「俺が超かわいい美少女に生まれ変わって、超かっけえアスパシオンなペペに押しかけ女房する予定だったのにいいいい!!」
ちょ……それ、年の差、いくつです? この人たしか、三十才余裕で越えてますよね?
今から生まれる女の子を嫁にしろ? ぼ、僕、犯罪者になりたくありません!
ていうか、我が師が「絶世の」美少女にって……。
……。
……。
か……勘弁して下さい!
いやですきもちわるいですそうぞうできませ――
「俺とペペは晴れて押しも押されぬラブラブカーップル! になるはずだったのに!
ちくしょうふき飛んじまえええっ!!! 『四肢引き裂け獅子の咆哮! 出でよ深淵の牙!』」
――「私のペペ!」
え?
僕の体の奥底から、灰色の導師の声が響いた?
その瞬間。
僕の目がカッと開き、僕の体は一瞬で起き上がって船室戸口に飛び出して……
「ぐっ……あああっ!」
僕の右腕に恐ろしい衝撃が食いこんできました。
黒い液体が周囲に飛び散り。すぐ目の前に天を突くように立つ灰色の導師の衣に、びしゃりとはね飛びました。
「ぺ……ぺぺ!!」
ずちゃっと嫌な音をたてて倒れた僕の真うしろに、我が師がいました。
顔は顔面蒼白。右手は光り輝く紫色。
その右手の紫の光をたちまち消した我が師は、頭を両手で抱えてその場に膝を折りました。
「そ……そんな……そんな! なんでペペがこいつの盾になるんだ!」
だ、大丈夫、ですよ。今のはたぶん四肢を引き裂く韻律だろうけど、全然痛くないし。
あ……あれ? 右腕が、ちぎれて……る?
床にごろって転がってる黒ずんでる塊、きっとそうですよね……ぼ、僕の手だ……。
「素晴らしいだろう? これが《魔人の子》。我が生ける盾だ」
灰色の導師がくつくつ笑いながら腕を組み、戸口の枠にもたれかかりました。
そのすぐ後ろで、蒼い顔のフィリアが尻もちをついた形で、床に両手をつけてわなないています。
「たとえバラバラになろうが、決して死なぬ。私に直接呪いを放っても無駄だ、黒の導師!
どんなことをしても、その矛先はこの《魔人の子》にいくぞ」
だからおとなしくしろ、と灰色の導師がたたみかけると。
我が師はしゃがみこんで悲鳴とも呻きともつかぬ苦悶の声を放ちました。
「よりによって、なんでメニスの純血種なんかに目を付けられた? この世で一番
けったくそ悪いばけもんに……エリクはどうした? あいつ何してんだよ? ちくしょうう!」
うわ。しがみついてきた。
ぶじゅっと、僕の体からどす黒い液体が染み出してきました。
腐ってふやけてどろどろなのに、我が師は構わずきつく抱きしめてきました。
でも僕には、何の感覚も感じられませんでした。我が師の腕のきつさも。暖かさも。何も……。
「私のペペ。アスパシオンを韻律で縛れ」
灰色の導師の冷酷な声が響くや。ころがっている僕の右手が勝手に動きました。
ま、まさか、そんな……!
『戒めよ、縛りつけ。奪え。自由な声を。自由な手足を』
僕の口から勝手に韻律が飛び出し、たちまち強力な魔法の気配が降りてくると同時に。
床に転がる僕の黒ずんだ右手から、ありえぬことにまっ白な綱のようなものが放たれました。
なんという光量!
まばゆい光は我が師が瞬時に張った結界をぶち破り、我が師をあっという間にがんじがらめに
しました。腕どころか口にまでしっかり巻きついて、韻律の発動を阻止しています。
信じられません……すごい魔力を持つ我が師をこんなに簡単に封じ込めるなんて。
「いい子だ、私のぺぺ」
灰色の導師がにやりと笑いました。まるで悪魔のように。
「しばらくそこに這いつくばって、師を眺めていろ」
「お母様やめて! かわいそうだわ」
涙ながらに訴えるフィリアに、灰色の導師は答えました。ぞくりとするほど低く、冷たい声音で。
「フィリア。まさか木の寝台を修理しただけで、おまえを吹き飛ばした罪が消えるとでも?」
あ……。
「愛しい娘よ、おまえを殺した者を、親の私がそう簡単に許せると思うか?」
ああ……。
「罪の報いを受けるがいい、魔人の子。そこで動かず、おまえのもと師が泣くのを見ていろ」
僕のひどい姿を我が師に見せつける?
泣きじゃくる我が師を、ずっと目の前で見ている?
そんな……なんて……罰……。
体の痛みを感じない僕に……たぶんもう二度と感じられない僕に、灰色の導師は一番堪える罰を下したのでした。
心がはりさけそうな罰を。
コメントをありがとうございます。
はじめ右手だけでなく四肢がばらばらになる予定だったのですが
(師匠オーバークォリティで)
グロ系になってしまいそうだったので自重しました><;
コメントをありがとうございます。
親は子を必死にまもるもの。
今回の罰はかなり厳しくなってしまう模様です><
キリスト教系の幼稚園のクリスマスといえば、あの劇ですよね^^!
私は畏れ多くもマリア様にあこがれてました……
でもやっぱりその他大勢の天使~^^;
これからどうなるやら・・・。
心、賢さ、勇気・・・
お話が違いますねぃ^^;
幼稚園の頃、クリスマスで欲しかったのは
クリスマス劇での東方の三博士の役。
黄金、乳香、没薬の3人しかなれないから
競争率高し^^;
お題:クリスマスに欲しいもの
ぺぺはニンジンケーキ
私は……うーんうーん……サンタを信じる心・ω・