アスパシオンの弟子⑯ 銀の鳥かご 前編
- カテゴリ:自作小説
- 2014/08/19 16:46:47
寺院の三階の、ひんやり薄暗い岩壁の部屋。
岩をくりぬいた小さな円い窓が三つ、並んでいます。
昼下がりの日の光が差し込むその窓から、歌声が流れ込んできます。
唱和です。
黒き衣の導師様たちが、岩の舞台で鎮魂の歌を歌っておられます。
向こう岸の街の犠牲者を、悼んでいるのです。
街の被害は、甚大でした。
三分の一以上の建物が丸焼けになり。手当て空しく、亡くなった人々は百人以上――。
「きゅう……」
僕は、長い耳をだらりと垂らしました。
僕はまだ、ウサギのまま。
瑠璃色の卓上に置かれた銀の鳥かごの中に閉じ込められています。
岩壁にかかる、蒼い鹿紋のタペストリー。美しい流線型の足がつき、びっしり彫刻が施されたテーブルや椅子。
岩を穿って作った書棚には、キラキラ光る蒼い置時計や蒼い磁器が並べられています。見事な唐草模様の絨毯も、
地の色は蒼。銀糸の刺繍の縁取りがついた、豪奢な更紗が敷かれた寝台も、蒼……。
この部屋は、ヒアキントス様のものです。
僕は何度も変身を解こうとしたのですが。ウサギの口からは、どんなに韻律を唱えようとしても、キュウという鳴き声が
出るばかり。ヒアキントス様に、人語を封じる韻律をかけられているようです。
僕らは――街へ行った寺院の者たちは皆、街の犠牲者を埋葬するのを手伝った後、寺院へ帰りました。
デクリオン様の葬送の儀を行うためです。この不幸な方は、「バーリアル」の炎を受けた直後、心の臓が止まって
しまったのでした。
引きあげの船の中で、ユスティアス様はもと師の亡骸にすがり、おいおいと泣いて、ずっとご自分を責めておられました。
そして我が師へ、恐ろしい呪いの言葉を吐いていました。でもバルバドス様に気絶させられたことは、全く覚えていない
ようでした。
導師の中からも犠牲者が出たので、寺院内は騒然となりました。
そして。
我が師は「悪に墜ちた導師」として、最長老様から破門の宣言をされてしまいました。
なぜならバルバドス様とヒアキントス様、黒幕のお二人は、僕も我が師によって焼き殺されたことにしたからです。
「あろうことか己が弟子を焼き尽くし、遺体も残さず消し炭にするとは」
「なんという恐ろしい所業を!」
「アスパシオンは、なんと恐ろしいものに取りつかれたのか……」
寺院中のだれもが憤りました。怒りと驚きと哀しみの中で、デクリオン様の葬送の儀が荘厳に執り行われ。
その遺灰が湖に撒かれました。
それからユスティアス様は再び長老様たちに訴えて、たくさんの弟子たちを募り、街の再建を手伝いに向こう岸へと
渡って行かれました。
一方、黒幕のお二人はというと。
バルバドス様は、「アスパシオンを止める」と称して、導師を三人連れて北五州へ向かわれました。おそらく「バーリアル」を
近くで操るためでしょう。同行した導師様たちは、バルバドス様の仲間なのでしょうか? それとも違うのでしょうか?
わかりません。
ヒアキントス様は寺院にとどまり、毎晩こっそり水晶玉でバルバドス様と連絡を取っています。我が師とその軍隊は着々と
進軍しており、山を二つ越えて、北の辺境と北州の境をついに越えたようです。
お二人の真の目的は、まだよく分かりません。
本当に金獅子家の兵器を潰すためだけに、あの「バーリアル」を起動させたのでしょうか? 何かもっと大層な企みが
あるように思えてなりません……。
「やあ、まだらウサギ。エサだぞ」
鳥かごの隙間から、しなびたハーブの葉っぱが入ってきました。
僕の世話と治療は、レストという名の弟子がしています。目にまぶしい金髪のこの少年は、僕と同い年。彼の師と同じ
北五州の蒼鹿家の出身で、もとは公子様です。
「ほら、早く食べろ」
我が師が僕に放った黒い炎は、だいぶ手加減されたものだったのでしょう。僕は幸いにも重傷には至らず、
メディキウム様特製の軟膏を塗りたくられているうちに、だいぶ治ってきました。焼け焦げた肌にピンクの新しい肌が
張ってきています。見るも無残なまだらウサギです。
「またぞろ、まずそうに食べてるなぁ」
だっておいしくないです。しなびた葉っぱなんて。せめて、ニンジン、くれませんか……?
鳥かごの隙間からレストの指がにょきっとつき出てきて、僕の丸ハゲのお尻を突っつきました。
「きゅんっ!」
「もっとおいしそうに食べろよ」
「きゅん!」
「はは。びくっとして面白いな」
「きゅん!」
「ははは。ほら、もっと鳴け」
かごの端にノソノソ逃げる僕。かごを揺らして、僕がずるっと滑るのを笑うレスト。
ああ、人の言葉が話せたら……!
窓から聞こえてくる導師様たちの歌が、終わりました。するとレストはパッとかごから離れてハタキを持ち、せかせかと
蒼一色の部屋の掃除を始めました。
するとほどなく、部屋の主人が帰ってきました。ヒアキントス様も目の覚めるような金髪。この髪の色は、純血の北方人の
証です。
「掃除とは感心ですね、レスト。ウサギにエサをやりましたか?」
「はい、お師さま」
レストは猫をかぶって、いけしゃあしゃあと言ってのけました。
「でもあまり食べてくれません。とても心配で胸がつぶれそうです」
すると。彼の師も、いけしゃあしゃあと言ってのけました。ニッコリ微笑みながら。
「大切にするのですよ。街の役人から預かった、大事な預かり物ですからね」
本当は「大事な人質」なのですが。そんなことはおくびにも出しません。
「お師さま、アスパシオンの奴は、僕らの地へ至るでしょうか?」
レストは心配げに師に尋ねました。自分の故郷が破壊されないかどうか、気になるのでしょう。というか、レストは、
師の悪巧みを全く知らないようです。
ヒアキントス様は、笑みを浮かべたまま答えました。
「大丈夫です。アスパシオンは我らが蒼鹿家の地には至りません。バルバドス様たちがその前に追いつくでしょうからね」
「しかし、ひどいですよ」
ぼそりと、レストが口を尖らせて言いました。
「おかげで夏の御霊送りの祭りが、中止になってしまったんです。とても残念です」
ああ、本当なら今頃は……。
弟子たちが中心となって湖に灯篭を流して、過去の偉大な導師たちを讃えるお祭り。確かにその行事の時期です。
それは魔法の花火をあげる弟子たちの競技会となっており、街から捧げられるお菓子が振舞われる楽しいものですが。
今、寺院の弟子の半分は街へ復興の手伝いに行っていて。焼け野原の街は、お菓子を作る余裕など少しもありません。
「はばたく鳥の群れの花火を出せるようになったのに……」
「それは素晴らしい。きっと優勝したことでしょうね。では、豊穣祭の時に皆にお見せなさい。二ヵ月後ならば街もだいぶ
落ち着くでしょうから、秋の祭りはたぶん中止になりませんよ」
「はい!」
蒼鹿家の師弟はそれから和気あいあいと、花火の魔法について論じました。動く花火のことや、どうやって
望みの色を出すのかなど。
まるで街の惨事など忘れてしまったかのようにえんえんと、日が暮れるまで。
宮廷の祝宴で使われるようなきらびやかな魔法のことを、語り続けるのでした。
後編へ続く
コメントありがとうございます。
復興運動で街が発展するといいですよね^^
3.11の大震災で被害を蒙ったところも、そうなるといいなぁと切に願ってやみません。
作中のこの街は王国の一番北の果てにあるのですが、五百年後もまだ存在しています。
発展は微妙ですが、復興はできたということなのでしょう^^
弟子、いじめラテことで、新たな覚醒なるか!
コメントありがとうございます。
ひっそり着々順調に進行しているようです・ω・
コメントありがとうございます。
黒幕は賢者レベルの知識人たちなので、そうそう馬脚を現すことはないように思われます><
お題:夏祭りの思い出
今回はニコブログお題二つ盛り込みです・ω・