狼男爵とジプシー道化師 (短編小説)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/08/15 18:37:53
その男爵は、古びた古城で静かに生活していた。ボサボサに伸びきった白髪を乱暴に掻き上げただけのとても男爵とは言い難い髪型をして、伸び放題の髭を無造作にぶら下げただらしの無いその風貌は、古城の下に住む村人たちから、狼男の子孫ではないかと言われる程不気味なものだった。服も所々解れ、だらしなく弛んだ黒い燕尾服。靴は艶を失った革靴。狼男の子孫と言われて不気味がられるのも頷ける。そして、村人たちは男爵にこんな渾名をつけた。
――壊れ古城の狼男爵。と。
そして、こんな歌も作られた。
【狼男爵がやってくる、悪い子は頭から一飲み。悪戯っ子は足を持っていかれる。言う事を聞かないのは何処の子だ、母さん泣かせる子は何処の子だ。狼男爵がやってくる、悪い子捕まえに今日も来る】
心の底から馬鹿にした拙い歌。古城の下に住む子供たちはこれを聞いて育つのだ。つまり、物心ついた時から、村の子供は狼男爵を恐れ忌み嫌う様になるのだ。口を聞いたこともない男爵を蔑み。そして見下す住人達。
その中で、一人の青年は疑問を抱いた。
「ねぇ、ロロじいさん。狼男爵って、そんなに恐い人なの?」
「知らんなぁ」
「俺、そんなに恐い人とは思えないんだよなぁ、見た事も話した事もないんだけどさ」
「お前と同じだよ。名前と見た目のせいで、人は決めつけるんだ」
「……」
汚れの無い純粋な瞳を光らせていた青年は、一瞬の内に瞳を悲しみの海に沈め、その口元に影を落とした。
「お前は、できそこないという意味のカジモドという名前を付けられ、親もいない。左足が無いから不憫と言われ、仕事も貰えない。義足でも道化師として働けるお前が、今では追いやられて鍛冶職人の助手だ。だから、狼男爵とお前は、似た者同士なんだよ」
老人の紡ぐ言葉が妙に湿っぽい。胸の中は今まで零した涙を全て吸ってぱんぱんに膨れていた。カジモドは暗い瞳を上げて、老人の顔を見据え、言葉を探す。ようやく出てきた言葉は、とても言葉足らずだった。
「ロロじいさん。俺も18歳になったし、そろそろ一人で生きてみようと思うんだ。これ以上、ロロじいさんに迷惑はかけられない。ジプシーだった俺を拾って育ててくれて、本当に感謝してる。仕事、俺がいなくなれば増えるからさ。もう食べる事にも困らないよ」
「カジモド、お前、ジプシーに戻ると言うのか?」
慌てる様子もなく言葉を紡ぐ老人は、静かに向かい合って座り、食卓の上に置かれた青年の手を、皺だらけの手を震わせながら静かに握った。
「うん。俺は、生まれながらのジプシー。その生き方が俺なんだ」
「止めておけ。確かに、一人で生きると言う響きは良いものかもしれん。だがなカジモド、その生き方はお前には無理だ。大人しくここにいろ」
「言うと思ったよ」
青年の決心は固かった。何故なら、これは自身との決別だから。不憫と言われるなら、一人で生活してみせる。ジプシーなりのプライドを、見せてやろうと思ったのだ。
カジモドは、握れられた手を少し強引に引き剥がし、乱暴に刈り上げられた金髪を一度掻き上げて、力の籠った目で。言った。
「俺は明日の朝、ここを出て行く。本当に、お世話になりました」
言葉を失い、唯見据えるだけの老人を、心の底で感じる深い悲しみと、広がる苦みと共に押し潰し。青年の青い瞳は輝いていた。荷造りは三日前から済ませている。あとは、道化としての技術を持って。外の世界に向かうだけだ。
青年の揺るぎない意志を見て、老人は、もう何も言わなかった。悲しい顔をして、諦めたように頷き、一言「分かった……気をつけるんだぞ、カジモド」と、言うだけだった。
老人の優しい心遣い。
離れてしまうとしても、いつかまた老人と出会えることを祈ります。
送り出すのは温かな目の老人
それぞれが素敵な人生を送れるといいですね
拝見しました
これからUターンです
旅立った青年が得るのは満足か絶望か。続きが楽しみです。
『自作小説倶楽部』よりお知らせです。
村井紅斗さんが入会されました。よろしくお願いします。