鬼の爪 (短編)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/07/05 20:59:41
それは古い古い昔話し。
冷たい夜。鈴虫の声が響き渡る夜の闇に、その大きな鬼は現れやした。
辰雅は刀を抜いて、大きな鬼の背中に斬りかかったが。背後には幼い娘と嫁がそれは恐ろしそうに泣いておりやした。
鬼は強く、辰雅の刀は及ばずに折れ、その身体が真っ二つにされるのを、幼い娘は泣きながら見ておった。
鬼の手が、母に向けられ、血が飛びやした。
鬼は笑って言った。お前はわしの子を生むのだと。大きな金色の瞳を見開いて、笑いやした。
娘の身体に爪を一つ残して、鬼は消えやしたが。娘が大きくなって、赤子を産むと。
幼い息子の額には、二本の小さな角がありやした。
――この昔話の続きを、私は知らない。
寝る前にこの話しをしてくれていた祖父は、息子が生まれてからの続きを話してはくれなかった。きっと、角を持って生まれた赤子は、殺されてしまったのだろう。
幼い頃の私は、人の死に敏感に反応しては大泣きをする子供だった。だから祖父は、私に話の続きを聞かせてはくれなかったのだと、今は思う。
祖父が亡くなって4年後、私は息子を出産したが、ある理由で共にいる事はできなかった。昔話の生まれた息子に角があったのなら、私の息子には、鬼の声があったのだ。私は、その声に心を失い、そして、最悪の行為を息子にしてしまった。
そして、夫は息子を連れて出て行った。
――そうか、昔話の母親は、自身の息子を殺したんだ。
暗く深い堀の中で、ぽつりと開いた小さな窓を見据えながらふと思った。そして、笑った。
世間ではこれを幼児虐待と言う。だが、昔話の世界なら、それは許されるのか。
女は知らない。祖父が語らなかった、昔話の重要な結末を。
※昔話の結末は、こうだ。
鬼の角を持つ息子は、それはそれは母親に可愛がられて育ちやした。しかし、村人たちはそれを許さなんだ。
ある日の事。息子は川に釣りに行き、帰ってこなんだそうな。息子はそれから三日後、川の下流で発見されたそうだが。首が無かった。角のある首は、鬼の住む山に捨てられ、烏に喰われておりやした。
母親は、心が壊れやした。そして、首を吊りやした。
――悲しい結末を祖父が話さなかったのは、鬼の角があっても、人を蔑まず見下さない人間にする為だという事に、結局女は気づかなかった。
虐待した事を、子供のせいだと言い張って。自身を正当化しようとした。愚かで醜い人間に育った自身を可愛がり、そして暗い堀の中にいる。
見て見ぬふりは、できないのではないか?
過ちを犯して、自身を正当化する事は、何よりも重い罪だ。
今になって、俺は思うよ、親が悪いんじゃない、子供も悪いんじゃない。その根っ子にある、心に潜む見えない魔性が一番悪い。それを抉り出すのが文学の本当の仕事だと思う。
私には子はいませんが、主人公である塀の中の母親の気持ちはわからなくもないです。
私は、時折子どもの泣き声、癇癪の声、興奮した声が、それこそ鬼の声に聞こえることがあるからです。
虐待をする親は、愚かでみにくい人間に育った自分を、その自分を育てた親を、自分がそうなった原因全てを憎んでいるのではないかと思うことがあります。
行き場の無いそれらの憎しみを我が子にぶつけているのではないかと。
だからと言ってそれは決して許されることではなく、虐待は虐待の連鎖を生むだけの話だと思うのです。
村人が許さなかったのは子の外見ではなく、蔑みなどでもなく、鬼の血を引く子が大人になった時、何か恐ろしいことをするのではないかという漠然とした恐怖のようなものではないだろうか。
塀の中の母親は、子の泣き声にこの村人たちと同じ恐れを抱いたのだろうかと、ふと感じたりしました。
僕はしてないだろうか・・・そんな気にさせる物語でした。
そして、もう一つ感じたことがあります・・・それは、どうみても不条理な判決が下された裁判などにに対する憤りの思いです。
昔話になぞらえた例え話・・・僕はそう感じました。
巡回中です。あとで読みに伺います。(あ~読みたい)
『自作小説倶楽部』よりお知らせです。
しょうさん・黎菜さんが入会されました。
よろしくお願いします。
感動しましたっ❤