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宇宙からの贈り物夢とNever give up1

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上記URLは、僕が子供の頃、大阪の空もまだ夜には暗くなり、夜の闇の中で見上げた星空、そしてその星を天体望遠鏡で見たときの感動に始まった「宇宙って、果てはないの?」太陽系、銀河系、そして大宇宙へ無限の可能性に魅せられた私の心を表現したブログのURLです。

  「ボイジャー2号海王星大接近!」
1977年8月に打ち上げられたボイジャー2号が
1986年1月地球から28億Kmも離れた海王星に人類の探査機として初めて最接近するというのです、当時私は36歳結婚もし子供も2人授かっており貧乏でしたが幸せでした。
がこのニュースに子供時代の宇宙少年に戻っていました。
そんな時NHKで、ニュ-スが流れて、しばらくして特番がありました、その番組を見て、どれほど興奮したことでしょう。

人類が初めてみる天王星は我々の想像を遙かに超えるものでした

それから2年後の1989年8月には同じボイジャー2号が、今度はもっと遠い、地球から45億Km離れた惑星、海王星に最接近しました。
王星に大接近して、その激しい大気現象の証拠を見せてくれ、めて目にする天皇星の輪や衛星の神秘のベ-ルを脱がせてくれたのです。

そしてその謎に包まれた神秘の星の、驚くべき姿を私たち人類に見せてくれました。

海王星は太陽から遠く離れているので、恐らく大気は薄く凍り付いた静かな世界だと人類は考えてきましたが、ボイジ-ャ-はそこに激しい大気の動きがあることを伝えてきました、

不思議なことに木星より外にあるてにがあることも私たちに、教えてくれました。

ボイジャー計画は二つの体で一つの心と言われますが、土星・木星・天王星・海王星の4大惑星全てを訪れた2号と兄弟機の1号がおり、彼は土星の衛星タイタンを詳しく探査して
1980年、土星探査を終えたボイジャ-1号はそれで使命が終わるはずでした。

しかし1990年、私がまたと無い凄いチャンスに巡り会うことに地球のスタッフが、気づいたのです。

その時私は秒速20Kmの速さで太陽から遠ざかっていました

そしてその時1990年2月15日そのチャンスがやって来ました

僕(ボイジャー)は、土星で役目を終えて、目を閉じていましたが、その僕に、地球から不思議な指令が届いたのです

「君はもう一度目を覚まして太陽系の外側から我々太陽系の家族写真を撮ってくれ」

という思いがけない言葉でした。

私は、もう永遠に見ることのない筈の、閉じていた目を開きましたそして小さなエンジンをもう一度噴射して太陽の方向を振り返りました、

そして64枚の写真で、人類が初めてみる太陽系の周辺部から見た
「太陽系の家族写真」を地球に届けることに成功しました。

ボイジャ-計画が作られたときには誰も考えなかったこの記念碑的成果、それは、この計画が176年に1回しかない計画の中にも無かった成果でした。

 数々の困難を乗り越えた先で、更なる可能性を求め続けた人間の心が可能にした出来事です。

<その2>へ続く





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