Nicotto Town


木漏れ日の下


気狂いピエロ【21】

 コールの家に戻る車内。鼻を啜る音と、小さく零れる嗚咽だけが聞こえていた。悲鳴を上げる軽自動車のオンボロエンジンが、なんとも悲しげに聞こえる。
冬化粧をした街並みはまるで自身を置き去りにしていく様に流れて行き。いつもの廃れた街並みが現れる。一時間、会話は無かった。隣で運転をしているコールの表情は硬く、言葉もみつからない様子で、しっかりとハンドルを握り運転するだけだ。一日がこれで終わったのだと思うと、心が握り潰されそうになる。これでマリーとの関係は終わり、もう一生会う事は無い。大事な日の最後にしょうもない嘘をつき、そして逃げる自分が、なんとも憎らしく、そして悲しい。そんな事を考えていると、コールの家が見えてきた。古めかしい佇まいは自身の家と似ていてどこか落ち着く。
今日はもう寝よう。昼の1時、薬を飲んで眠れば夜まで目は覚めない。早く、一日を終わらせて明日を迎えたかった。

「コール、私少し寝るから」
「ああ……はい」
 言える言葉はない。唯、従うしかない。コールの心中は、揺れていた。
「夜になっても起きなかったら、そのまま起こさないで」
「……分かりました」
 相手の言葉を確かめて薬を口に含む。小さな錠剤の粒はすんなりと喉を通り、ベッドに入るとゆっくりと眠りに落ちていく。ゆっくり眠ろう。唯それだけを、考えた。

――ベルカさん。俺は、少しでも貴方の役に立てていますか。
 眠りに落ちていくベルカを見据えながら、青年は小さく呟いた。そして、一人家を出て行った。テンポの良い皮靴の踵の音が響き、またオンボロのエンジンが悲鳴を上げる。
微かに残るベルカの薄い香水の香りが、自身を包み込むのを感じ。煙草を一本。前方のダッシュボードから取り出して火をつけた。ベルカの前では決して吸わない。目を盗んでは吸う煙草は、タールが多く含まれる銘柄の物だ。酒に煙草、自身は早死にするだろう。そう分かっていても吸う。中毒者の、証しだ。
「さて……行こうか」
 コールは車を発車させ、窓を開ける。進んでいる道は、さっき戻ってきた道。ピリーズ通りに向かう道だ。
この行動から、少しづつ。コールとベルカの間に亀裂が入り始める。後々分かるコールの単独行動の意味が、二人に、深い溝を作るのだ。

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